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日本の御影

作者: 白山 いづみ
掲載日:2021/08/01


日本の夏。


強い日差しの中、陽炎がゆらめく。

湿気も高くて、汗が引かない。


つんと、線香のにおいが鼻をさす。


石畳を伝う先には、伝統的な木造建築。

ひろく門を開け放した、禅寺が佇んでいた。





耳鳴りのように蝉の声がする。


どこか、涼しい木陰か、日影に入りたい。

日が高過ぎて木陰もほとんどなく、ひたすら蒸し暑い。



ここは寺だ。

どこか、涼めそうな場所はないだろうか?





正面の本堂は、開け放たれている。

人の気配はない。


だけど本殿から漂ってくる線香が、人がいる証だ。


「・・・すみませーん」


無人の本殿に呼び掛けても、返事はない。

それはそうか。




石畳から外れて、ざくざく砂利を踏み、右側の建物に向かう。


微かに味噌汁の香りがする。


「すみませーん、誰かいますかー?」



がたん、と障子がつかえてから、すっと横に開いた。



「はーい。どちら様ですか?」


白い作務衣姿の少年が、小鍋を片手に出て来てくれた。中学生位だろうか。


「すみません、暑いので少し休ませて頂きたいんですが、入っていい場所はありますか?」


「あぁ、暑そうですね。本堂の裏にまわると木陰が多いですよ。水汲み場に屋根もありますし」


「そうですか。ありがとうございます」



ぱたんと障子が閉まり、また蝉の声が響く。




言われた通りに寺の本堂の裏にまわる。


やっと大きな木々の影で日差しが和らぐ。

けれど、そこは寺の裏。

裏山を背にしていくつもの古い墓石が、段々畑のように連なっている。


墓参りのための水汲み場には小さな屋根がついていて、涼しげな雰囲気だ。


冷たい水で顔を洗いたい。

でも流石に墓参り用の水では・・・

いや、誰もいないし、少し位大丈夫だろう。



冷えた蛇口を捻ると、勢いよく冷たい水が出た。

きらきらとした水をすくって、顔を洗う。

気持ちが良い。

軽く水気を払って蛇口を閉じる。

タオルがなくても、この暑さだ。すぐに乾く。


ふう、と顔をあげる。



本当に涼しくなった。

木陰で休んだら、また歩けそうだ。




「・・・・、・・・・・・」




誰か、人の声がする。

蝉の声が少し遠くなる。


見回すと、いつのまにか、手近な墓の前に人がしゃがみこんでいた。




長く黒い髪が、日差しのなかで白く輝く。

手を合わせ終わってゆっくり立つ。


どこの制服だろうか。

高校生?


白いシャツに赤いネクタイ。

灰色のプリーツが入ったスカート。


ぼうっとしたような顔が、こっちをみる。



「あ、すみません」

目があって、おもわず謝る。




「・・・どうして、ここに、人が」


掠れたような声に問われる。

お墓の前だ。たぶん、泣いてたんだろう。




「本堂の横の建物の人に、こっちが涼しいと聞いたんです。今日は蒸し暑いですね」




「・・・セイヤ。あの子が・・・。なんて意地悪するんだろう。私が、会いたかった・・・」


ポロポロと涙が彼女の白い頬を伝う。




ん?




「あの・・・」

今表に行けば、あの少年は、いるのでは?




「ここには、誰もいないから。涼んだら、お帰りください」



そういった彼女は、ふ、と()()()()()()






一斉に、五月蝿いくらいの蝉の声が耳に戻る。

目を擦って、ぐるっと周りを見る。



木陰と、墓地と、水汲み場。






誰もいない。




暑すぎて彼女が歩いて帰るときに記憶でも飛んだか?

いや、頭は水でさっぱりしたばかりだ。





人が消えた。



人って、消えるものじゃないだろう。





背中が、ぞく、とする。

口を結んで、本堂の表へいそいで歩く。



さっき見た本堂の正面。

変わった様子はなく、開け放たれた本堂の奥からは、線香のにおいがしている。



さっきの少年に、涼をとったお礼を言ってから、ここを出よう。



「すみませーん、木陰を貸して頂き、ありがとうございましたー」


この寺の檀家でもないのに、墓地で涼ませて貰ったんだ。このぐらい挨拶しておいたほうがいい。


あと、自分の声でもいいから、人間の声が必要だ。






蝉の声が響く。




さっき少年が出てきた筈の障子は、ぴたりと閉ざされ、人の気配はない。


いやいや、ちょっとこのタイミングでトイレにでも行ってるんだろう。



何度か同じように、呼び掛けてみる。



障子は閉ざされたまま。

その奥に人が住んでいる気配もしない。








誰もいない。











蝉の声が響く。


真夏の日差しに、陽炎がゆらめく。





「・・・お邪魔しました~・・・」

小さく言って、走り出る。



寺の門を出て少し離れたところで、ふりかえる。

線香のにおいも、わからない。





ただ、無人の禅寺が、陽炎に揺れていた。



























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世界を支配する魔女は 流れ星を手に入れる 愚者の夢をみる 可愛い勇者が好き ヒロイン オムニバス 魔女 悪役 正義 伏線 女神 魔法 超能力 天才 隠された能力 溺愛  悪役 主人公 無双 注意 滅亡 報われる系 天才 ファンタジー ダークヒーロー 秘密 冒険 蛇 龍 竜 罠 謎解き
― 新着の感想 ―
[良い点] 『奇妙な体験』という言葉がピッタリくるお話ですね。たとえ幽霊同士であっても会えないこともあると考えると、何だか切ないです。
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