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日本の御影

作者: 白山 いづみ


日本の夏。


強い日差しの中、陽炎がゆらめく。

湿気も高くて、汗が引かない。


つんと、線香のにおいが鼻をさす。


石畳を伝う先には、伝統的な木造建築。

ひろく門を開け放した、禅寺が佇んでいた。





耳鳴りのように蝉の声がする。


どこか、涼しい木陰か、日影に入りたい。

日が高過ぎて木陰もほとんどなく、ひたすら蒸し暑い。



ここは寺だ。

どこか、涼めそうな場所はないだろうか?





正面の本堂は、開け放たれている。

人の気配はない。


だけど本殿から漂ってくる線香が、人がいる証だ。


「・・・すみませーん」


無人の本殿に呼び掛けても、返事はない。

それはそうか。




石畳から外れて、ざくざく砂利を踏み、右側の建物に向かう。


微かに味噌汁の香りがする。


「すみませーん、誰かいますかー?」



がたん、と障子がつかえてから、すっと横に開いた。



「はーい。どちら様ですか?」


白い作務衣姿の少年が、小鍋を片手に出て来てくれた。中学生位だろうか。


「すみません、暑いので少し休ませて頂きたいんですが、入っていい場所はありますか?」


「あぁ、暑そうですね。本堂の裏にまわると木陰が多いですよ。水汲み場に屋根もありますし」


「そうですか。ありがとうございます」



ぱたんと障子が閉まり、また蝉の声が響く。




言われた通りに寺の本堂の裏にまわる。


やっと大きな木々の影で日差しが和らぐ。

けれど、そこは寺の裏。

裏山を背にしていくつもの古い墓石が、段々畑のように連なっている。


墓参りのための水汲み場には小さな屋根がついていて、涼しげな雰囲気だ。


冷たい水で顔を洗いたい。

でも流石に墓参り用の水では・・・

いや、誰もいないし、少し位大丈夫だろう。



冷えた蛇口を捻ると、勢いよく冷たい水が出た。

きらきらとした水をすくって、顔を洗う。

気持ちが良い。

軽く水気を払って蛇口を閉じる。

タオルがなくても、この暑さだ。すぐに乾く。


ふう、と顔をあげる。



本当に涼しくなった。

木陰で休んだら、また歩けそうだ。




「・・・・、・・・・・・」




誰か、人の声がする。

蝉の声が少し遠くなる。


見回すと、いつのまにか、手近な墓の前に人がしゃがみこんでいた。




長く黒い髪が、日差しのなかで白く輝く。

手を合わせ終わってゆっくり立つ。


どこの制服だろうか。

高校生?


白いシャツに赤いネクタイ。

灰色のプリーツが入ったスカート。


ぼうっとしたような顔が、こっちをみる。



「あ、すみません」

目があって、おもわず謝る。




「・・・どうして、ここに、人が」


掠れたような声に問われる。

お墓の前だ。たぶん、泣いてたんだろう。




「本堂の横の建物の人に、こっちが涼しいと聞いたんです。今日は蒸し暑いですね」




「・・・セイヤ。あの子が・・・。なんて意地悪するんだろう。私が、会いたかった・・・」


ポロポロと涙が彼女の白い頬を伝う。




ん?




「あの・・・」

今表に行けば、あの少年は、いるのでは?




「ここには、誰もいないから。涼んだら、お帰りください」



そういった彼女は、ふ、と()()()()()()






一斉に、五月蝿いくらいの蝉の声が耳に戻る。

目を擦って、ぐるっと周りを見る。



木陰と、墓地と、水汲み場。






誰もいない。




暑すぎて彼女が歩いて帰るときに記憶でも飛んだか?

いや、頭は水でさっぱりしたばかりだ。





人が消えた。



人って、消えるものじゃないだろう。





背中が、ぞく、とする。

口を結んで、本堂の表へいそいで歩く。



さっき見た本堂の正面。

変わった様子はなく、開け放たれた本堂の奥からは、線香のにおいがしている。



さっきの少年に、涼をとったお礼を言ってから、ここを出よう。



「すみませーん、木陰を貸して頂き、ありがとうございましたー」


この寺の檀家でもないのに、墓地で涼ませて貰ったんだ。このぐらい挨拶しておいたほうがいい。


あと、自分の声でもいいから、人間の声が必要だ。






蝉の声が響く。




さっき少年が出てきた筈の障子は、ぴたりと閉ざされ、人の気配はない。


いやいや、ちょっとこのタイミングでトイレにでも行ってるんだろう。



何度か同じように、呼び掛けてみる。



障子は閉ざされたまま。

その奥に人が住んでいる気配もしない。








誰もいない。











蝉の声が響く。


真夏の日差しに、陽炎がゆらめく。





「・・・お邪魔しました~・・・」

小さく言って、走り出る。



寺の門を出て少し離れたところで、ふりかえる。

線香のにおいも、わからない。





ただ、無人の禅寺が、陽炎に揺れていた。



























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世界を支配する魔女は 流れ星を手に入れる 愚者の夢をみる 可愛い勇者が好き ヒロイン オムニバス 魔女 悪役 正義 伏線 女神 魔法 超能力 天才 隠された能力 溺愛  悪役 主人公 無双 注意 滅亡 報われる系 天才 ファンタジー ダークヒーロー 秘密 冒険 蛇 龍 竜 罠 謎解き
― 新着の感想 ―
[良い点] 『奇妙な体験』という言葉がピッタリくるお話ですね。たとえ幽霊同士であっても会えないこともあると考えると、何だか切ないです。
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