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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
8/64

八ノ巻 ~霊道

   【 壱 】



 今は午前4時頃……まだ人々の活動し始めるまえの時間帯である。

 当然、お日様もまだ昇ってはいない為、外は真っ暗だ。学園町にある各家々も、まだ誰も起きてはいないので、勿論、明かりなどは点いてない。

 この辺りで今の時間帯に明かりがあるのは、電柱に設置された街灯か、コンビニの明かりくらいのものである。その所為か、外の様子は暗く寂しい雰囲気であった。

 また、やや肌寒い風が時折吹いてくるが、今はもう9月下旬。秋の訪れが始まっていてもおかしくない時期である為、当たり前の事であった。

 そんな暗く肌寒い中、俺は重い瞼を擦りながら歩いているところだ。

 何故こんな時間帯に外に出歩いているのかというと、勿論、理由がある。

 それは、3日前から始めだした真言の術の修行の為だ。

 実はこの術、俺の狭い部屋で練習するには少々危険なので、屋外で始める事になったのである。

 おまけに、人に見られるのも不味い為、こんな相撲取りの朝稽古の様な時間帯になったわけだ。

 とまぁそんなわけで、この真言の術だが……以前、鬼一爺さんは、人によって霊力が反応する真言の音の高さがバラバラだといっていた。その為、2日前に一応俺の霊力を調べたのだ。

 するとその結果、俺の霊力は、結構低い帯域の音で反応する事が分かったので、今に至るというわけである。


 因みに、どのくらいの低さかというと、歌っていない時のGA○KTとかラ○クのHYD○みたいな低さだ。今までこんな音域で話した事が無いので、非常に唱えにくい。困った話である。

 あと、どうやって音の高さを調べたのかだが……これに関しては恥ずかしいので、今は割愛させて貰いたい。一応、カラオケBOXで調べたとだけ言っておく。とはいえ、何れ説明することになるだろう。


 というわけで、今、俺が向かっている場所だが、この学園町には学問の神様である菅原道真を祭った神社、高天智天満宮がある。その天満宮の裏には、この学園町内において唯一緑溢れる自然界を形成している、高さ100m程の小規模な山があるのだ。 

 まぁ、早い話が、その裏山に向かっている訳である。明け方とはいえ、人目につかない場所を探すとなると、此処しかなかったのだ。


 程なくして、高天智天満宮に辿り着いた俺達は、懐中電灯の明かりを頼りに境内を進み、その奥にある裏山へと向かった。

 裏山にきて分かったことだが、植林された所と手付かずの雑木林とが半々くらいで混生しているので、小さな山とはいえ、進みにくい所であった。道も舗装などはされてないので、結構険しい。凸凹の山肌を歩いているような感じだ。

 俺はそんな山道を黙々と進み続ける。

 するとその途中、俺はある事に気が付いたのだ。

 それは何かというと、街中と比べると霊魂の数が多いということであった。

(もしかすると霊魂は、無機質な鉄筋コンクリートや鉄骨の建物よりも、大自然の営みの感じられる所の方が良いのかもしれないな。確証はないけど……ん? 着いたかな)

 ふとそんなことを考えながら山道を登ってゆくと、いつしか俺は裏山の頂にまで到着していた。

 俺はそこで、とりあえず、周囲を見回す。

 山の頂には小さなほこらがあり、少ないスペースではあったが広場もあった。

 また、その広場には登頂者が休む為の東屋とベンチ等も置かれており、ちょっとした休憩場といった感じになっているのだ。これはありがたい配慮であった。

 まぁそれはさておき、俺は広場の真ん中に移動すると、まずは鬼一爺さんに指示を仰いだ。

「鬼一爺さん。で、これから真言を唱えてみる訳だけど、注意事項とかは無いの?」

『そうじゃな。もう一つ言うておくと、霊力をある一定の練度にまで高めぬと、幾ら正確な音程で真言を唱えてもはっきりとした変化は現れぬ。これも肝に銘じよ。まぁ練り過ぎも良くないがの。全ての調和を大事にするのじゃ、涼一』

「ああ、分かった。それじゃ、昨日教えてくれた【浄化の炎】の真言を唱えるよ」

 俺はそう告げた後、身体の力を抜き、両足を肩幅くらいに広げて背筋を伸ばした。

 そして、目を閉じ、昨夜の鬼一爺さんの説明を思い浮かべたのである。


 ――『よいか涼一。真言の術はお主の身体にある霊力を変化させて身体の外に放出する術じゃ。前の段階で練り上げた霊力に比してその変化も大きくなる。じゃが、変化が大きくなると喜んでいてはいかぬ。これは一つの例じゃが。練り過ぎた高い霊力を放出すると言う事は、一時いっときとはいえ、お主の身体に必要な霊力までも放出する事に成りかねんという事じゃ。つまり、霊圧を上げすぎると、諸刃の剣となってお主に襲い掛かってくるという事じゃな。で、何が言いたいのかというと。明日の修練の前に、今のお主が普段の霊力はどの位で、また、どこまで霊力が練れるのか? を知っておかねば成らぬと言う事じゃ』――


 俺は鬼一爺さんの忠告に注意し、静かに霊力を練り上げる。

 高い霊圧になり過ぎると不味い為、俺はいつも修行で練り上げる霊力の6割程度に抑え、右掌に霊力を集中させた。

 そして、右掌を正面に突き出し、某ビジュアル系の人の様に低い声で、真言を唱え始めた。

 ―― ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ ――

 真言を唱えるに従い、霊力が何かに変わってゆくのが感じられた。

 と、その直後、突然、力が抜けて行くような感覚に俺は襲われる。

 俺はこの症状に驚き、思わず瞼を開いた。そして驚愕したのだ。

 何故なら、右手の掌に10cm程の青白い炎の玉が出来ていたからである。

 その炎の色は、悪霊退治でいつも使っている霊籠の符を解放した時の様に、青白く強い輝きを放っていた。それだけではない。練り上げた霊力を燃料として燃えているので、霊力消耗による疲労も、俺に重く圧し掛かってきたのである。

 その為、俺は集中を切らし、そこで片膝を突いた。 

 と、その瞬間、俺の掌から炎は消え去ったのだ。

『フォフォフォ、やはり初めて行使すればそうなるの。お主だけじゃないぞ。皆、最初はそうなるのじゃ』

「じ、爺さん。真言の術って結構、疲労感が凄いね。霊力の制御が難しいよ」

『そりゃ当然じゃ。お主は今日初めて使うんじゃからの。まぁ、これでどういう術かは分かったじゃろう。じゃが、初めてで術を発現させた事だけでも良くやった方じゃ』

 俺はそこで、自分の掌を見詰めながら、先程の青白い炎を思い浮かべた。

「爺さん。この術は霊力を炎に変化させた後は目標に放つんだよな?」

『そうじゃ。じゃが、お主はもう少し大きな霊力を練れるように精進せねばの。我がお主の身体に憑依してこの術を行使した時は、今の3倍以上の炎を生み出したのだ。本人ではない我が操ってじゃぞ。じゃから、お主本人ならそれ以上の霊力を練り上げられる筈じゃ。それだけの天稟てんぴんも持っておる』

「マジでか? っつーかこの間の時、この術使ったのかよ。初耳だぞ」

『フォフォフォ、じゃから最初の術に選んだんじゃよ。身体が覚えておると思ったからの』

「まぁ、いいけどさ。ところで、これからこの術の練習をする時は、人目につかない様にしないと不味いよな。下手すりゃ放火魔に間違えられるよ。なんか此処でも不安だ」

 俺はそこで周囲を見回した。

 幾ら早朝で人の姿が見えないとはいえ、民家等はこの下に沢山ある。

 此処で修練をする限り、その悩みは尽きないように思えたからだ。

 すると俺の不安を察したのか、鬼一爺さんは暫く考え込むと、ある提案してきた。

『フム……確かにの。なら、人払いの結界もついでに教えるかの』

「人払いの結界? 何それ」

『読んで字のごとく、人を近づけ無いようにする結界じゃ。まぁ、ある種の幻術に似たような物じゃな』

「ホォォ、そんな術まであるのか? もう何でもありだな」

 俺はまた新しい術の存在を知り、腕を組んで感心した。

『ま、それはまた後で教えるとして、今は真言の術じゃ。さ、日が昇る前にまだ少しある。修練を続けるのじゃ』

「オウッ、じゃあ、また最初から行くか」


 その後も、俺と鬼一爺さんの指示に従い、暫く真言の術の修行を続けた。

 そして、空も明るくなり、人々が活動を始めるようになったところで、俺達は裏山を降り、自分のアパートへと帰ったのである。



   【 弐 】



 学園町から西にやや離れた位置に、高天智ニュータウンと呼ばれる新興住宅地がある。

 元は田畑や森であったのだが、F県の都市開発・住宅地基盤整備事業と都会からのU・I・Jターン希望者を募って10年前に実施された、人材勧誘事業との兼ね合いで出来た新しい住宅街である。

 建っている家屋は当然新しく、殆どが洋風の建物ばかりで、屋根の色なども赤や青、黒や白色等カラフルなものが目立つ。

 また、この住宅街の北には小高い丘があり、その上には滑り台やジャングルジム等、子供の遊具施設等も設置されていた。

 そして、今現在も変わらず住宅は増え続けており、住宅のまだ建ってない空いた土地が全部埋まる日もそう遠い日ではないのかも知れないと思わせるくらい、此処は勢いのある新興住宅地であった。が、しかし……。

 新しい物を招くという事は、当然、古い物を淘汰して行く事にもなる。

 淘汰して問題の無い物もあれば、淘汰してはいけない物も……。


 この高天智ニュータウンに、2ヶ月前に引っ越してきた家族がいた。

 3人家族で、苗字は高島という。一家の大黒柱のUターン転職に伴い、関東地域から此方のF県に引っ越してきた家族であった。

 その高島家の一人娘は学園町の西にある高天智聖承女子学院に通っており、名前を高島瑞希(たかしまみずきという。現在中等部の二年生である。

 身長は140cm程で性格は明るく、また、髪をサイドテールで纏めているのが特徴の、可愛らしさと元気さを合わせ待った子である。

 瑞希も転校してきてからは、その持前の明るさですぐに友達もでき、順風満帆の学園生活の様に見えた。が、最近の瑞希はどこか元気のない表情であった。

 勿論、それには原因があった。そして、瑞希は苦しんでいた。真夜中になると決まって起きる出来事に……。


 話は1ヶ月程前に遡る。

 瑞希の父は昨年、高天智ニュータウンにある丘の丁度下にある土地を買い、其処へ今年になって家を建てた。

 そして2ヶ月前に建築業者から住宅の受け渡しが済み、引越しを始め此処に移り住んだのである。

 だが、1ヶ月程経ってから異変が起き始めた。

 瑞希の父や母には特に何も無いようだが、瑞希にだけソレが訪れた。

 当時、瑞希は風呂から上がると、2階の自室に戻り髪を乾かしていた。

 鼻歌交じりで鏡に映る自分を見ながら、髪にドライヤーを当てていると、鏡の中で何かが動いた様に感じ、瑞希は振り向く。しかし、其処には、何も動く物など無い為、瑞希はまた髪を乾かし始めた。

 最初はそんな何でもない事からだったが、それからというもの、瑞希の部屋では変な物音が聞こえたり、窓を叩く様な音が聞こえたりと、おかしな事が次々と起こり始めたのである。

 瑞希は最初、それらの現象に対してあまり深く考えなかった。だが、この1週間程前から事態は深刻化し、瑞希自身に被害が及ぶようになった。真夜中になると、首を絞められているかのような感覚に目を覚ますようになるのである。

 それも最初のうちは錯覚だと瑞希は思っていた。

 だが、昨夜はいつもと違っていたのだ。

 昨夜も瑞希は真綿で首を絞められる苦しさで目を醒ます。

 そして、瞼を開いたその時……瑞希の目には、怒りに目をギラつかせて醜く歪んだ、見た事も無い女の顔が飛び込んできたのである。

 それを見た途端、瑞希は金縛りに遭ったかのように身動きがとれず、ただ苦しむだけの状態になった。

 だが暫くすると、それも終わりを迎える。女の姿はいつのまにか消えており、それと同時に金縛りも解けたのだ。

 自由になった瑞希は、醜く歪んだ女の顔を思い出すと身震いし、それからは一睡も出来なかった。

 そして、夜が空けたのである。


 瑞希は朝食の席で父と母に昨晩の事を打ち明け相談した。

 しかし、両親は「夢でも見たのだろう」とまったく取り合わず、瑞希の必死の訴えも届かない。

 その為、拭えない不安と共に、瑞希は意気消沈したまま、学校へと向かったのであった。


 家を出た瑞希は近くの駅へと向かうと、そこには高天智聖承女子学院の制服、紺のブレザーを着た友人の姿があった。

 名前は加奈といい、瑞希と同じく高天智聖承女子学院に通う生徒である。また、2人は同じクラスでもあった。

 加奈は瑞希より若干背が高く、長く伸びた髪をポニーテールで纏めており、瑞希同様可愛らしい子である。

「おはよー、瑞希」

「おはよう、加奈……」

 2人は朝の挨拶を交わすと、駅のホームに置かれたベンチの一つに腰を下ろした。

「瑞希、どうしたの? なんか元気ないよ」

「ン? ちょっとね……。なんか最近眠れないんだぁ」

 瑞希は昨夜の事を友人に話そうか話すべきか迷ったが、変な風に思われるのもアレなので言わないことにした。

「眠れないような事でもしてるの?」

「何よ、その眠れないような事って」

「だって、瑞希って剣道部でしょ? 毎夜、竹刀の素振りでもしてるのかなぁって」

 加奈はそう言うと共に、竹刀を振る仕草をした。

 すると瑞希は頬を膨らまし、加奈に抗議した。

「もうっ、そんな熱血じゃないよ、わたし。加奈って私を誤解してるよ」

「ゴメンゴメン。ちょっと言ってみただけだよ。アッ、電車来たよ。行こッ瑞希」

 そして2人は学園町行きの電車に乗り、学校へと向かったのである。



   【 参 】



 俺は鬼一爺さんに連れられて高天智ニュータウンに来ていた。

 理由は、いつものごとく世直しの悪霊退治であったが、今回はある人物からの頼みで此処に来ているのだ。

 何でも、孫が大変な事になっているから何とかしてくれと俺に泣きついてきたのである。

 それを見た鬼一爺さんは、最近よく見かける黄門様モードになると、俺に断りも無く「そなたの思い確かに受け取ったぞ」と訳の分からない事を述べて、勝手に引き受けたのである。

 さすがに、いい加減にしてくれとは思ったが、そんな事を言った日にはまた長い説教が待っている為、俺は渋々引き受ける事にしたのであった。

 で、今に至ると……。

「おい、鬼一爺さん。とりあえず、高天智ニュータウンには来たけど、家の場所は分かるのか?」

『おお、場所は一応調べがついておる。あそこにみえる丘の前の家じゃ』

 俺は爺さんが指差す方向に目を向けた。

 すると、ここ最近建てられたと思われる、真新しい白い壁の家が俺の視界に入ってきたのだ。

「ふぅん、あの白い家ね。じゃ……行くか。なんか気が進まんけど」

 俺はサッサと終わらせる為にその家へと向かった。

 それから程なくして、玄関へとやってきた俺は、壁に付けられた呼び鈴を押す。が……全く反応はなかった。

「アレッ、あの人の話では、この時間帯なら娘が帰ってきてる、とか言ってなかったっけ?」

『さぁのぅ。まぁもう少し待ってみたらどうじゃ?』

「しゃあないな。それじゃ向こうで少し待つか」

 そう思い、俺は踵を返した。と、その時、この家に向かって歩いてくる制服を着た女の子の姿が、視界に入ってきたのである。

 ここの子かな? と思い、俺は訊ねてみた。

「えぇと、高島さんの家の方ですか?」

「は、はい……えぇと……どちら様ですか?」

「という事は、君が瑞希ちゃん?」

「はい。そ……そうですが」

 いきなり名前を聞かれたので、瑞希ちゃんは若干戸惑っていたが、俺は構わず続けた。

「実は、君の部屋の除霊を頼まれて此処に来たんだけど。心当たりあるよね?」

「じょ、除霊ですか?」

 瑞希ちゃんは驚いていたが、暫く思案すると、頭を下げ俺にお願いしてきたのである。

「……分かりました。では、お願いします。私の部屋は二階です」と。



   【 四 】



 瑞希は除霊をしにきたと言った、涼一をマジマジと見た。

(歳は10代後半くらいかな……姿を見る限り、あまり除霊関係の仕事をしている様な人には見えない。白いシャツにデニムパンツだから、大学生とか専門学校生といった感じ。本当に、除霊なんてできるのかな……)

 瑞希の目には少し胡散臭く映った。が、父か母が朝の私を見て依頼したのだろうと考え、瑞希は涼一を家に上げた。

「コッチになります」

 自身の部屋がある二階へと、瑞希は涼一を案内する。

 そして階段を上る途中、チラリと後ろを振り返り、涼一を見た。

 涼一は顎に右手を当て何かを考えるような仕草をしていた。

(すごい真剣に何かを考えてる……大分厄介なのかな?)

 部屋の前に来たところで、瑞希は扉を開いた。

「ここが私の部屋です。どうぞ、入ってください」

「じゃあ、失礼するね」

 涼一はゆっくりと足を踏み入れた。

 部屋の中に入った涼一は、目を閉じ、暫し沈黙する。

(どうしたんだろ……目を閉じたまま、ジッとしている……幽霊を探っているのかな)

 瑞希がそんなことを考える中、涼一は目を開く。

 そこで涼一は、ズボンのポケットから一枚の霊符を取り出し、ベッドが置かれている付近の壁に向かい投げつけた。と、次の瞬間。


【ギャァァァァァ】


 青白い光が符から発生し、悲鳴を上げる女の霊が姿を現したのである。

 瑞希は驚愕した。なぜなら、昨夜見た、あの女だったからだ。

(う、嘘……今のは……あ、あの女……)

 女の霊は悲鳴を上げながら、青白い光に飲み込まれ消えていった。

 瑞希はそれを見るや、ビックリしてしまい、床にへたり込んでしまった。

「ン、大丈夫? 瑞希ちゃん」

 涼一は優しくそう言うと、瑞希に手を差し伸べた。

 瑞希はその手を取り、立ち上がると、早速問いかけた。

「い、今のは一体……というか、あ、あの女の人は何なんですか?」

「まぁ、今のが瑞希ちゃんの部屋に住み着いた悪霊かな。さて、まだ終わりじゃないよ。原因はまだあるからね。さて、じゃあ次は、一階を案内してもらえるかな」

「は、はい」

 瑞希は言われるがまま、涼一を一階へ案内する。

 階段を降りたところで、涼一はまた目を閉じた。

 それから程なくして目を開き、家の奥へと向かい、歩き出したのである。

(どこに行くんだろう? この先は物置しかないけど……)

 瑞希が首をかしげる中、涼一は廊下の突き当りにある扉の前で立ち止まった。

「瑞希ちゃん。ここは何になってるの?」

「そこは物置ですけど……。何か、不味い事があるんですか?」

「物置か……ちょっと見させてもらうよ」

「は、はい。ど、どうぞ」

 涼一は物置の扉を開く。

 扉の向こうは、使わない家財道具等が仕舞ってある、至って普通の物置であった。

 涼一はそこで、とある壁に目を凝らす。

 そして、また、ズボンのポケットから一枚の霊符を取り出し、壁に向かって投げつけたのである。

 その直後、霊符は青白い光を放ちながら、壁に張り付いた。

 瑞希は問いかける。

「こ、これは何をやったのですか?」

「ああ、これ? これはね、道切みちきりといって霊の通る道を遮断したんだよ。さて、家の中はこれでおしまい。次は外だな」

 涼一はそう言って玄関の方へと移動した。

 瑞希もそれに続く。


 外に出た涼一は、家の裏にある丘の上へと向かった。

 涼一は丘のある一角で立ち止まり、顎に手を当て、暫し考える仕草をした。

(こんなところで……一体、何をするんだろう?)

 わけが分からない瑞希は、そこで訊ねた。

「あのぉ……家の裏の丘に、何か不味い事があるんですか?」

「ン? ま、そうなるのかな……。瑞希ちゃん、スコップかハンドショベルのような土を掘る物って家にある?」

「スコップですか……。確かあったと思います。持ってきますか?」

「ああ、お願い」


 家に戻った瑞希は、玄関の角に置かれたスコップを手に取り、涼一に手渡した。

 涼一はそのスコップを使い、足元の土を掘り始める。

 暫くすると何かに当たったのか、涼一はスコップから手を放し、ゆっくりと素手で土を掻き分けていった。

 すると程なくして、地蔵と思われる石像が、地面の中から姿を現したのである。

 瑞希はそれを見るや否や、両掌を口元に当て、息を飲んだ。

(お、お地蔵さんがなんでこんな所に……というか、なんて罰当たりな……)

 瑞希は涼一に訊いてみた。

「こ、これが、げ、原因ですか」

「ン? まあこれがというか、これが置いてあった場所がというか。それはともかく、これを元あった位置に戻さないとね。ンンっとここら辺かな。ヨイショ」

 涼一は掘り出した地蔵をとある丘の一画に移動させる。

 そして、灰のような粉を地蔵に振りかけた後、地蔵に手を触れ、短い言葉を唱えたのであった。


 ―― ナム・サンマダナン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ ――


 それが終わったところで、涼一は瑞希に言った。

「さて、これで、突然できた不完全な霊道は塞がる筈だ。一応、除霊は完了かな。これで瑞希ちゃんも、悪霊に悩まされずに済むよ」

「あ、ありがとうございます」

 涼一はそこで、人差し指を立てると言った。

「ああ、それと瑞希ちゃん。一つお願いがあるんだ。今回の除霊は誰にも言わないで欲しい。俺自身、別に仕事でやってるわけじゃないからね。約束出来る?」

「え? あ、は、はい。だ、誰にも言いません」

「そう、ありがとう」

 今の言葉を聞き、瑞希は少し首を傾げた。

(え? 仕事でやってるわけじゃない……じゃあ、お父さんとお母さんはどうやって、この人の事を知ったんだろ?)

 瑞希は問いかけた。

「あの、今日の除霊は私の両親からお願いされたんですよね?」

「いや、君のお爺さんからだよ」

「ええッ!? で、でも、お爺さんは3ヶ月前に……って!!!」

 瑞希は目を見開いた。

「そう、依頼主は死んだお爺さんだよ。昨日、俺の所にきて、何とかしてくれって言われたんだよ。まぁとりあえず、そういうわけだから、線香の一本でも立ててあげてね。あ、それとこれを渡しておくよ」

 涼一はそこで、一枚の霊符を瑞希に差し出した。

「これは、魔除けの符って言って、悪霊が近寄ってこない御札だ。霊障にあったばかりだから、暫くは持っていた方がいいよ。さて、それじゃ俺はもう帰るよ」

 それを告げたところで、涼一は踵を返した。

「あ、待ってください。お、お爺ちゃん何か言ってましたか?」

「ンン? そうだな、引っ越したばかりで大変かも知れんけど、頑張れって言ってたよ。それじゃね。くれぐれも俺の事は秘密にね」

 涼一はそう言って、口に人差し指を立てると、この場から立ち去った。

 そして瑞希はというと、涼一の背中が見えなくなるまで、じっとそこに佇んでいたのであった。

(今まで信じてこなかったけど……霊って本当にいたんだ……それと霊能者も……。お爺ちゃん、ありがとう。私頑張るよ)


 ―― 一方涼一は


「なぁ、爺さん。今夜も悪霊退治とかって言わないよな。こんな早い時間にやったもんだから疲れたよ」

『なんじゃ、情けないの。まぁ良いわい。しかし、明日からは再開じゃからな』

「はいはい、分かったよ」

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