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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
7/64

七ノ巻 ~悪霊

   【 壱 】



 今は午後11時頃。

 其処はこの時間帯になると、人の往来がぱったりと途絶えてしまう寂しい通りだった。

 薄暗い夜空を見上げると、雲に若干覆われた悲しげな三日月の姿が見える。

 そして、夜空の所々に見える星達は、その雲の影響もあってか、本来の輝きを失っており、おどろおどろしく地上を包み込んでいるようにも見えるのであった。

 そんな不気味な夜空の元、俺は人通りのない寂しい路地を前へと進んで行く。

 周囲に目を向けると、今は稼動していない廃工場等の姿が幾つも目に飛び込んできた。どうやら嘗ては工業地区だったようだ。

 そういった廃工場の存在がより一層この路地を寂しくさせる。

 また、時折、風が吹くと聞こえてくる、剥がれかけたトタンの壁が「キィキィ」と悲しく鳴いており、それが更に、この通りを寂しく演出するのである。

 そんな不気味で寂しい雰囲気の漂う路地を進んで行くと、前方から、怒りと憎しみの負の感情を撒き散らす存在が、俺の視界に入ってきた。

 そう……これが今回、この路地に来た目的の存在なのである。


 俺はその存在に近づくと、意を決して声を掛けた。

「なぁ、貴方も、もうそろそろ、楽になったほうがいい。無関係な人に悪さしちゃいけないよ」

 その存在は、俺に振り向いた。

 見たところ、どうやら男のようであった。

 歳は30〜40歳位だろうか。

 だがしかし、俺の目の前にいる存在は人間ではない。悪霊と呼ばれる存在であった。

 そう……俺はこの悪霊を退治しに此処へやってきたのだ。

 とりあえず、俺は悪霊を隈なく見る。

 顔はいかつく、口は裂けており、透き通った仄かに赤い体からは、物凄い負の感情を発していた。因みに、それらは主に怒りの感情であった。

 何ゆえ悪霊として此処に存在しているのか分からないが、こうなってしまった以上、消滅させるしか方法は無い。

 その為、俺は準備取り掛かった。

 すると程なくして、悪霊は大きく裂けた口を開き、俺に目掛けて飛び掛ってきたのだ。

 しかし、飛び掛ることを予想していた俺は、予め用意しておいた霊籠の符を一枚サッと取り出す。

 それから霊符に籠められた力を解放し、悪霊に向かい投げつけた。

【グギャァァァ】

 悪霊は霊符から放たれた青白く光る霊力を正面から浴び、断末魔の声と共に消滅した。

 それはあまりに呆気ない終りであった。

 用事を終えた俺は、踵を返し、表の通りへと歩き始める。

 俺はそこで、同行している今夜の依頼人に話しかけた。

「なぁ、鬼一爺さん。これで今日は本当に最後だろうな?」

『フォフォフォ、心配せんでも『今日は』お仕舞いじゃ』

「ったく……【今日は】かよ。まさかこの1週間、悪霊退治なんかするとは思わなかったよ。お陰で肩も凝るし……」

 だが今の言い方が気に入らなかったのか、鬼一爺さんはムスッとしながら口を開いた。

『何を言うておる。これも修行じゃ。しかも、ワザワザ弱い悪霊をあてがっておるのに、その言い草はなんじゃ』

「はいはい、感謝してますよ……」

 俺はそう言いながら、両手をヒラヒラさせる。

 すると、それを見て気を悪くしたのか、鬼一爺さんはまた俺に説教を始めたのだ。

『涼さんや……。人の世が創りだす暗く淀みすさんだ思念が、このような者達を生み出しておるのじゃ。これは世直しじゃ。お主にはもっとその気概を持ってもらわねばならぬの。カッカッカッカッ』

「ハァ……。また、始まったよ」

 俺は悩んでいた。

 1週間前辺りから始まった、鬼一爺さんの悪い病気に……。


 ―― 1週間前 ――


 キャンプから帰った俺は、またいつもの通り、鬼一爺さんから術の手解きを受けていた。

 符術や霊力を洗練させる為、基本の繰り返しではあったが、俺は文句一つ言わずにそれらを続けていた。

 しかし、そんなある日、それは起こったのだ。鬼一爺さんが水戸黄門を見た後に……。

 その日、俺はシャワーから上がると、いつもの様に夕食の準備に取り掛かった。

 買い置きのカップ麺を棚から取り出すと、紙の上蓋を捲り、かやくと粉末スープを取り出して封を切り、カップ麺の上に遠慮なくふりかける。そして、沸騰したお湯をカップ麺の上に注いだ。

 と、そこで、鬼一爺さんが俺にせがんできたのだ。

『涼一、もうすぐで水戸黄門が始まるのじゃ。早く【てれび】を点けるのじゃ』

「わかったよ、ちょっと待っててくれ」

 鬼一爺さんは、物に触れる事が出来ない。そこは霊体である為しょうがない。

 俺はテレビのリモコンを手に取り、電源を入れた。

 電源を入れて、暫くするとあのお約束のテーマが流れてくる。

 番組が始まると爺さんは途端に静かになり、テレビの前でかぶりつきになって見始めたのだ。

 そこまではいつもある風景だったが、その後、問題が起きたのである。


 俺はカップ麺を食べ終えると、机の上にあるノートPCを立ち上げ、ネットで情報収集を始めた。

 暫くの間、俺がPCとたわむれていると、水戸○門の終わりに出てくるナレーションが聞こえてきた。

 どうやら終わったようだ。

 俺はそうと思い、鬼一爺さんに視線を向けた。が、しかし……そこにはいつもと様子の違う鬼一爺さんの姿があったのだ。

 鬼一爺さんは小刻みに体を震わせており、今にも『痛みに耐えてよく頑張った。感動した』と、某元首相の様な事を言いそうな雰囲気を纏っていた。

 俺はそんな鬼一爺さんに、少し引きつつ、声を掛けた。

「じ、爺さん。そんなに面白かったのかい?」

『…………』

 返事がない。ただの屍のようだ。ッて違う!

 俺はもう一度話しかけた。

「おい、鬼一爺さん、どうしたんだ一体?」

 すると、鬼一爺さんはテレビを見つめたまま、静かに話し始めたのである。

『……涼さんや。何故なにゆえ人の世はこんなにもすさんでおるのじゃろうの?』

「はぁ? りょ、涼さん? まぁいいや。さ、さぁ、なんでだろう」

『人々のすさみは積もり積もって悪霊となる。そして生まれた悪霊は人々に災いをもたらす。この堂々巡りがいつの世も絶える事はないのじゃ。しかし、絶える事はないと諦めていては何も始まらぬ』

 俺は爺さんのこの話を聞きながら非常に嫌な予感がしていた。

 なにかとんでもない事を言う前触れの様に感じたのだ。

 そして、予感は的中するのである。

 鬼一爺さんは俺に振り向き、しんみりと話を続けた。

『我自身が悪霊を退治する事は最早叶わぬ事。この役目、今の世を生きる弟子のお主が担うべきじゃ。しかし、そなたはまだ初歩の術を覚えたてのヒヨッコ。いきなり大きな霊団や物の怪と化した者共を相手になど出来る筈もない。そこで我が今のお主に丁度良い悪霊を見繕い、あてがってやろうぞ。我がお主を立派な術者にしてやる。世の為人の為に己の力を行使する立派な陰陽師にの。涼さんや、待っておれや』

 鬼一爺さんはそこで立ち上がる。

「ちょ、ちょっと待てよ。何処行くんだよ。こんな時間に?」

『決まっておろう。悪霊探しじゃ。待っておれ。明日の夜は楽しみにしておくんじゃ』

 そして鬼一爺さんは、夜の街へと旅立ったのであった。

「……行っちまった。だいぶ水戸黄門に毒されてた様だけど大丈夫かな。なんか明日は凄く嫌な予感がする」



 翌日の夜……。

 俺は鬼一爺さんに連れられて、生暖かい風の吹く中、学園町の外れにある妙な家の前に来ていた。

 妙と言ったのは、その家には最近まで人が生活していた様な形跡がない為である。

 庭のあるそれなりに大きな和風建築の家ではあったが、肝心の庭は草木が荒れ放題に伸び、風で飛んできたのかは分からないが、ゴミ等もそこかしこにあった。

 また、野良猫の棲家になっているのか、家の玄関には魚等の食い散らかしが、悪臭を放ちながら散乱していたのである。

 以前住んでいた人は夜逃げをしたのか、また代が途絶えてしまったのかは分からないが、今は確実に居ない様であった。

 とまぁそんなわけで、普通ならばただの空き家だが、鬼一爺さんが連れてきたということは、ここはただの空き家ではない。

 そう……とどのつまりここは、幽霊屋敷というやつなのである。

 家の前で立ち止まる俺に向かい、鬼一爺さんは意気揚々と告げた。

『さぁ、涼さんや! 懲らしめてやりなさい。目的の悪霊はこの中におる。大丈夫じゃ。お主の持つ霊符で十分戦える相手じゃ』

 あまり気の進まない俺は、ここでもう一度訊いてみることにした。

「ど、どうしても行かないと駄目?」

 すると鬼一爺さんは、笑顔でこう告げたのであった。

【サッサと行け!】

 鬼一爺さんは笑顔だったが、一瞬、中に居る悪霊よりも怖い霊圧を放ったので、俺は渋々幽霊屋敷内へと足を踏み入れたのである。

 俺は懐中電灯を点け、辺りを照らし出す。

 家の中は埃だらけで、嘗ての調度品や食器類、雑誌や新聞紙等が散らかっていた。

 俺はそこで古新聞を手に取り、日付を見た。すると、1999年12月26日と書かれていた。

 恐らく、その頃はまだ、この家に人が住んでたんだろう。

 俺は新聞を放り、負の霊波が感じられる奥へと進んで行く。居間を抜け、更に奥の襖を開いた。

 そして、目的の悪霊が姿を現したのである。

 悪霊は仏間の様な所にいた。

 ブツブツと独り言を言う50歳くらいの男の霊で、体は透き通り、顔は醜く歪んでいる。

 まぁ早い話がオッサンの幽霊であった。

 オッサン幽霊は、ブツブツと恨み辛みを繰り返し呟やいていた。まさしく、負の感情むき出しの悪霊である。

 そして、その悪霊はというと、俺に気が付くなり、勢いよく飛び掛ってきたのであった。

「ウワァァ」

 俺はこの事態にビックリし、居間の方まで逃げた。

 だがしかし、テンパッていた俺は、散乱した雑誌に脚をとられて転んでしまう。

 俺はすぐさま体を起こそうとするが、悪霊の方が行動は早かった。

 なんと悪霊は、俺に覆いかぶさるように、襲い掛かってきたのだ。

 もう無理だ! そう思った俺は目を閉じながらヤケクソで、手に持った霊籠の符を悪霊のいるであろう方向に出し、力を解放した。

 するとその直後、【ギャァァァ】という悲鳴が聞こえてきたのであった。

 俺はそこで、恐る恐る目を開ける。

 すると、青白い光に包まれ消滅しようとしている悪霊の姿が、俺の目に飛び込んできたのだ。

 呆然とその光景を眺めていると、後ろから鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

『フォフォフォ、危なかったのぉ。万が一の時は、また我が吹っ飛ばしてやるつもりだったが、旨くいったようじゃな』

 俺はヘタリこんだ。

「い、居たんなら助けてくれよ。俺は今まで平和に生きてたんだから、突然こんな事出来るわけないだろ」

『何事も経験じゃ。それに、不恰好とはいえ、一人で悪霊を退治できたではないか。これはお主にとって大きな力になるぞ』

「そ、そうか。まぁ爺さんがそう言うんなら。へへへ」

 俺は爺さんに少し褒められて気をよくしてしまい、それ以上の文句は言わなかった。

 後で考えてみたが、飴と鞭の使い分けの旨いジジイである。

 また、この日の悪霊退治はこの一件だけで帰る事となり、爺さんは明日用の悪霊を探すべく、また夜の街に旅立ったのだった。

 俺は勿論、帰って寝た――


 ――とまぁ、そんなわけで話は冒頭に戻る。

 工業地区の悪霊退治を終えた俺と鬼一爺さんは、一旦、アパートに戻った。

 そして、ここ最近の俺の除霊ぶりを爺さんが総括すると、これからの事を話し始めたのである。

『涼一、今の符術だけでは心許ないじゃろ。そこでお主には真言の術もそろそろ教えようかと思う』

「真言の術? なにそれ」

『本当は、術を覚え始めてから一月ひとつきしか経たぬ人間にはまだまだ早いのじゃが、今のお主の霊力成長は目を見張るものがある。恐らく、幽現なる体の資質なのじゃろう。それに、次の段階に行く為にも真言の術は避けて通れぬしの』

「へぇ、俺って霊力練る才能あるんだ」

『で、真言の術じゃが。簡単に言えば呪文を唱えて己の霊力を変化させる術じゃ。別名、言霊ことだまの術ともいうがの』

「呪文を唱えて……ドラクエのホイミとかパルプンテみたいなもんか。で、それを始めるの?」

『そうじゃ。しかし、その為には色々と憶えねばならぬ事や、お主の霊力の質を調べねばならんがの』

「霊力の質? 何それ」

 俺の問いかけに爺さんは少し難しい表情をする。

 色々と整理して喋ろうとしてるようだ。

『実はの、真言の術は人によって霊力変化の仕方がだいぶ違うんじゃ。原因は分からぬが、恐らく、其の者の育った環境で違いが出るのじゃろう』

「へぇ、変わった術だね。それでどうやって調べるんだ?」

『で、真言の術で先ず理解せねばならぬのが、霊力は特定の音の波に対して、特定の変化を伴うという事じゃ。早い話が、真言という音の波を唱える事で霊力は変化するという事じゃの』

「ホォォ、それは新しい事実だな」

 俺は腕を組み、感心したように頷いた。

『ただ、さっきも言ったと思うが。人によって霊力変化の仕方が違うのはここに大きな問題がある。人によって反応する音の高さがバラバラなんじゃよ。従って、最初にどの高さの音程で霊力が変化するのか?を調べねば、幾ら真言を唱えても変化は起きんという事じゃな。ここまでは理解したかの?』

「ああ、言ってる事は分かるよ。で、調べる方法は?」

『まぁ、それは明日になったら説明してやろう。今晩はもう遅いしの。それに、お主には明日も、世の為人の為に頑張って貰わねば成らぬからの』

「明日もかよ。新しい術の話をしだしたから、明日は無いと思ったのにィィ」

『涼さんや、それはそれ。これはこれじゃの。カッカッカッカッ』

 鬼一爺さんは、頭の中までドップリと水戸の御老公に毒されており、出てくる言葉まで真似をする有様だ。

 正直、この時の俺は水戸の御老公役である里見○太郎を恨めしく思い、それと同時に、水戸黄門を見せた事も悔いていたのであった。

「爺さん。その笑い方やめてくれないか? なんかムカつくんだけど」

『カッカッカッカッ、涼さんや。そんなどうでもよい事にかまけている場合じゃないぞ。精進あるのみじゃ』

「……駄目だこりゃ」

 この時の俺の一言は、故・いかりや長介氏も認めてくれたに違いない。

 そして俺は、鬼一爺さんの演じる水戸黄門様にゲンナリとしながらも、この日は寝床に就いたのであった。

 


 まぁこんな感じで俺の新たな修行が幕を上げた。

 この先に何が待っているのか? そして、俺は何を成すのか? 

 それは分からないが進むしかない。

 何故なら、もう後戻りは出来ないのだから―― 

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