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霊異戦記  作者: 股切拳
第四章  
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六拾参ノ巻 ~御先 八

  《 六拾参ノ巻 》  御先 八



【さて……まずは、お前達という邪魔を排除するとしようか。私は今、新しい術の実験している最中なのだ。とっとと、消えて貰おうッ!】


 坊さんはそこで霊力を一気に練り上げる。

 その瞬間。

 この坊さんの全身から、噴き出す様な白いオーラが現れたのである。

 俺は、この男が放つ凄まじい霊圧を感じるなり、戦慄を覚えた。

 何故ならば、俺が今まで見てきたどの術者よりも、高い霊圧だったからだ。

 その為、俺はこの一瞬、サァーと血の気が引いた。

 だがその時!

 鬼一爺さんが慌てて、俺に忠告してきたのだ。

(何をやっとる、涼一ッ。お主も早く、夜叉真言を使うのじゃ! 宗貴はもうしておるぞ!)

 隣をチラ見すると、宗貴さんは印を組みながら、夜叉真言を唱えている最中であった。

 不味いッ、出遅れた……。

 それを見た俺は、慌てて夜叉の印を組む。

 そして、夜叉真言を唱えようとした。が、その時だった!

「ムンッ」

 なんと坊さんが、俺に目掛けて錫杖を突き出したのである。

「わわッ」

 俺は印を解き、身体を仰け反る。

 そして、間一髪で、錫杖の突きを逃れると、そのまま後方に倒れたのだ。

 ドスンッという衝撃と、アスファルトの硬い感触が背中に伝わってくる。

 こ、このままでは不味い。早く体勢を立て直さなければッ。

 そう思った俺は、すぐに起き上がろうとした。が、坊さんの方が早かった。

 坊さんは既に俺の真上におり、仰向けに倒れる俺に向かい、錫杖を突き出していたのである。

 や、やばい、もう駄目だ……こ、殺される……。

 と思った、次の瞬間。

「セヤッ!」

 宗貴さんが横から月夜見を突出し、坊さんの錫杖を弾いたのだ。

 それから続けざま、坊さんに蹴りを放ったのである。

 しかし、その蹴りを坊さんは錫杖で受け止めた。

「ほう……中々の動きだ」

 坊さんはそう言うと、地面に着地し、軽い動作でバックステップを踏む。

 そして俺達と、少し間合いを取ったのであった。

 宗貴さんはそこで、月夜見を中段に構え、坊さんと俺の間に立ち塞がってくれた。

 あ、危なかった……宗貴さんが居なければ、俺はもう殺されていただろう。

 宗貴さんに礼を言わなければ……。

「あ、ありがとうございます。宗貴さん」 

 宗貴さんは言う。

「大丈夫かッ、日比野君。今の内だ。急いで、身体強化をするんだ」

「は、はい」

 俺は返事すると、急いで立ち上がる。

 それからすぐに夜叉の印を組み、真言を唱えたのであった。

《 ――ウォム・ヴァジューラ・ヤースカ・ウーン―― 》

 真言に反応した霊力は、俺の身体を補強すると共に、身体も僅かに発光させる。

 そして身体強化を確認した俺は、早速、背中の霊刀を抜き、中段に構えたのである。


 話は変わるが。

 今の俺は、霊力を少し調整して、身体の発光を抑えている状態であった。

 何故、そんな事をしているのかというと、黄泉との戦いの後、土門長老や一将さんから、ある事を指摘されたからなのだ。

 で、その指摘されたある事だが。

 俺の場合、練った霊力に対する夜叉真言術の霊力変換効率が高いので、身体の発光が強く、目立ち過ぎるとの事であった。

 要するに、霊力変換効率だけを見ると、俺は最高水準らしいのだ。

 とりあえず、以上の理由から、俺は霊力調整をしているのだが、抑える事によって、当然、デメリットも生れてくる。

 そのデメリットとは、霊的なモノに対しての補強度が弱まるという事であった。

 因みに、肉体的な補強度に関しては、皆とそれほど変わらないようだ。

 なので早い話が、物理的には問題ないが、霊異的には若干の問題がある状態なのである。

 俺もデメリットを背負いたくはなかったが、土門長老達が言うように、あまり目立つ様な事も避けたい。

 その為、俺は仕方なく、そういったマイナス調整を行っているのである。

 というわけで話を戻す。


 俺が夜叉真言を行使し、霊刀を構えたところで、坊さんはニヤリと笑みを浮かべる。

 その微笑みは、すごく不気味であり、溢れる自信のようなモノが感じられた。

 恐らくこの坊さんは、俺達2人くらいならどうとでもなる、とでも思っているのかもしれない。

 またそう考えると共に、俺はこの坊さんに対して、少し萎縮してしまうのであった。

 だが、さっきの様に、不意打ちのような展開は怖い。

 なので俺は、ゴクリと唾を飲み込みながらも、気を抜かないよう、相手の出方をジッと窺うのである。


 俺達と坊さんの間に、無言の対峙が暫く続く。

 だが、その対峙の最中、俺の脳裏に、ある懸念が浮かび上がってきたのだ。

 その懸念とは何か?

 それは、俺の中に深く刻まれた倫理面に対しての事であった。

 何故なら俺は今、霊刀とはいえ、刃物を人に向けているからである。

 そして、この霊刀を坊さんに振るえば、確実に相手を殺傷してしまう可能性があるのだ。

 勿論、俺は人を斬った事なんぞない。

 今までこれで斬ったのは、悪霊や物の怪の類だけである。

 なので、人に刃を向けるのすら、これが初めてなのだ。

 俺は思った。

 この刀を人に向かって、俺は振るえるのだろうかと……。

 またそう考えると共に、こういった倫理面に対しての不安が、止め処なく溢れ出てくるのである。

 だが、こんな事を考えている時点で、結果は明白だ。

 恐らく、俺は人に向かって刀を振るえない。

 俺のこの動作は、あくまでも、威嚇としての行動なのだ。が、しかし……。

 この坊さんには、そんな甘っちょろい考えなんぞ、通用しないだろう。

 それは、この坊さんが俺を躊躇なく殺そうとしたことからも、容易に想像できる。

 なので俺は今、次に坊さんが襲い掛かってきた時、刀を振るうべきか否かを、しきりに悩んでもいたのである。

 だがそんな俺の悩みが顔に出ていたのか、坊さんが笑みを浮かべ、こう言ったのであった。

「クククッ、土御門家の嫡男はともかく、そちらの小僧はまだまだ未熟のようだな。戦いに対する覚悟というものが、まるで出来ておらぬわ」

「グッ……」

 俺は唇を噛んだ。

 当たっているだけに、反論できない。

 と、その時だった。

 鬼一爺さんが俺に囁いたのである。

(涼一よ……。返事はせぬでよいから、今は我の言葉に耳だけを傾けよ)

 続けて鬼一爺さんは言う。

(……あの坊主、ただの術者ではない。あれは、相当な手練れじゃわい。しかも、かなり、結界術に長けておると見た。そこでじゃ。念の為、五行障壁の符をいつでも使えるよう、今の内に用意しておくのじゃ。……よいな)

 何故、この符術をチョイスしたのかは分からない。が、言うとおりにする事にした。

 俺は返事をせずに身体を半身にする。

 これは、腰にある術具入れを、坊さんから見えない様にする為だ。

 次に俺は、目は坊さんに向けつつも、刀の柄から左手をそっと離し、術具入れに左手を伸ばす。

 そして、霊符入れから五行障壁の符を取りだし、いつでも使える様に懐に忍ばせたのである。

 するとそこで、坊さんが口を開いた。

「ふむ……。夜叉の法を使ってくれたお蔭で、お前達がどれほどの力量を持つのかは、大体、分かった。さて、それでは、とっとと終わらせる事にしようかッ。フンッ!」

 その直後だった。

 坊さんは袖から何枚かの霊符を取りだし、上空に投げたのである。

 宙に舞った符は、人と同じ大きさはあろうかという、角の生えた、紫色の鬼のようなモノへと変化してゆく。

 そして、それらの式鬼は、坊さんの前にフワリと降り立ったのだ。


 式鬼の数は8体であった。

 俺と宗貴さんはそれを見るなり、警戒すると共に武器を構え直した。

 そして坊さんは、式鬼が出現したところで印を組み、何かの真言を唱え始めたのである。

 と、その時。

 坊さんの真言と連動するかのように、出現した式鬼達は、突如、俺達の周囲を囲うように散らばったのだ。

 式鬼は3mから4m程の均等な間隔で、俺達を中心にして立ち止まる。式鬼と俺達の距離は、凡そ、10m程。因みに、それらの式鬼がいる位置を線で結ぶと、八角形を描けそうな感じであった。

 俺達を囲んだ式鬼達は、それぞれが印を組み始める。

 そして、全ての式鬼が印を組み終えた、その瞬間。

 俺達の周囲には、此処に来る途中に施されていた、あの幻術結界のような霊波動が漂いだしたのである。

「こ、この霊波動は……」

 身に覚えのある霊波動なので、俺は思わずそう口にした。

 だが今度はあの時とは違い、物凄い霊圧を感じさせる波動であった。

 その為、この波動が漂うや否や、宗貴さんは頭を押さえて地に膝をつく。

 またそれと共に、宗貴さんの苦しそうな声も、俺の耳に聞こえてきたのであった。

「ウグッ……これは……なんという……ウアァァッ!」

 宗貴さんは苦悶の表情を浮かべると、槍から手を離し、両手で頭を抱え込む。 

 そして嗚咽するかのように苦しみだしたのである。

 この様子を見る限りだと、相当に苦しいそうだ。

 しかし……俺はやはり、何ともないのである。

 だが俺は、どう対処していいのか、判断に迷ってしまった。

 とりあえず、宗貴さんに駆け寄った方が良いのだろうか?

 などと考えた、その時。

 鬼一爺さんが俺に言ったのだ。

(涼一よ。お主は動ける筈じゃ。周囲にいる式をどれでもよいから、今すぐに叩き斬るのじゃ。急げッ)

 あっ、そうか……。俺は動けるんだ。

 鬼一爺さんのお蔭で、それに気づいた俺は、即座に行動を開始した。

 俺はまず、前方にいる式鬼に素早く駆けより、刀を袈裟に斬り下ろしたのである。

 その瞬間。

 式鬼は真っ二つに切れた紙をへと戻っていった。

 またそれと同じくして、俺達の周囲に埋め尽くされていたあの霊波動も、フッと霧散したのであった。


 俺が式鬼を斬り捨てたところで、坊さんは声を荒げた。

【何ッ! この八鬼の結界内を動けるだとッ】

 続いて鬼一爺さんの声が聞こえてくる。

(涼一よッ。他の式鬼も、早く始末するのじゃ。急げッ)

 俺は無言で頷くと、即座に行動を開始した。

 次に狙う式鬼。

 それは今切り捨てたモノの右側に位置する、式鬼だ。

 俺は向上した身体能力を利用し、素早く間合いを詰める。

 そして、間髪入れずに、霊刀を横に薙いだ。

 2体目の式鬼も、あっさりと紙切れに変わった。

 この調子で、俺は3体目の式鬼も仕留める。

 だがその時だった。

「ぬぅ……おのれッ!」

 坊さんが静かに怒声を上げると共に、幾つかの印を組んだのである。

 その刹那。

 頭を押さえて蹲る宗貴さんに向かい、残り5体の式鬼が襲いかかっのだ。

「マ、マズいッ、宗貴さんはまだ……クッ」

 俺は強化された跳躍力を利用して、奴等よりも先に宗貴さんの前に行く。

 そして、襲い掛かる式鬼2体を仕留めた。

 だがしかし……。

 残りの3体は対応できなかった。

 俺は何とかしようと身体を振り向かせたが、それが精一杯だったのだ。

 振り向いた俺の目の前には宗貴さんがいた。が、式鬼の長く鋭い猛禽類の様な指爪が、今正に、宗貴さんへ襲い掛かる寸前であった。

 もう間に合わないッ。宗貴さんがやられる!

 俺は思わず叫んだ。

【宗貴さんッ!】

 その刹那。

 片膝をつく宗貴さんの周囲を、白い光が一閃したのである。

 そして、その光が消えた直後。

 3体の式鬼は、真っ二つに切断された紙に戻り、ヒラヒラと宙を舞ったのだ。

 紙が舞い落ちるその真ん中には、十文字槍の月夜見を頭上に掲げる宗貴さんの姿があった。

 どうやら間一髪、宗貴さんは動けるようになったようだ。……よかった。

 式鬼を始末した宗貴さんは、そこで立ち上がる。

 そして坊さんを睨み付けながら、俺に言ったのである。

「ありがとう、日比野君。危うく、やられるところだった。助かったよ」

 そう言った宗貴さんの表情は、やや辛そうではあったが、大分、回復はしていたようであった。

 俺は言う。

「いえ、おあいこです。それよりも、この坊さん……かなりヤバそうな術者です……」

「ああ、そのようだ」

 宗貴さんも目を鋭くし、小さく頷いた。

 そして俺達は、更に警戒を強めると共に、再度、武具を構え直したのである。

 だがしかし……。

 前方にいる坊さんは、そんな俺達とは対照的に構えなどとらず、無言で此方をジッと見詰めているだけであった。

 幻術を破られたので、もう少し焦るのかと思ったが、そんな素振りはとんと見せないのだ。

 それが却って無気味であった。

 とはいえ、この坊さんは気が抜けない相手だ。

 その為、俺は気を引き締めると共に、坊さんの動きを注視し続けるのである。


 俺達と坊さんは、暫し無言で対峙する。

 笠を深く被った状態である為、坊さんの表情は窺い知ることが出来ない。見えるのは顎と口と黒い髭だけだ。

 坊さんは今、どんな顔をしながら俺達を見ているのだろうか……。

 フトそんな事が脳裏に過ぎる。

 だがその時であった。

 坊さんが、静かに、そして低い声色で話し始めたのである。

「小僧……貴様、一体何をした? そこにいる土御門の男よりも劣る、お前程度の霊圧では、俺の編み出した八鬼幻界の呪法は解けぬ筈。何をした?」

 俺は言ってやった。

「さぁな。自分で考えたら?」

「ふん……まぁよかろう。どの道、お前達は始末せねばならぬ。……あまり手を掛けずに始末してやるつもりだったが、仕方あるまいッ」

 坊さんはそう告げると、今度は、懐からやや長い数珠の様な物を取り出したである。

 そして、それを右腕に巻きつけ、「ムンッ」という掛け声と共に、坊さんは霊圧を上げたのだった。

 坊さんは俺達に、数珠を巻き付けた右腕を突き出すと真言を素早く唱えた。

《 ――オン・キリキリ・オン・キリキリ・オン・キリウン・キャクウーン―― 》

 なんとその瞬間!

 坊さんの右腕から稲妻の様な青白い光が迸ったのだ。

 それはまるで、スター○ォーズに出てきた暗黒卿の使うフォースの稲妻攻撃のようであった。

 その稲妻が俺達に向かって襲いかかる。

「グッ」

「うわッ」

 宗貴さんと俺は稲妻から逃れる為に、慌てて真上に跳躍した。

 そして放たれた稲妻は、俺達がいた場所を突き抜けていったのである。

 か、間一髪、避けられた……。

 と思った矢先だった。

 坊さんは不敵な笑みを浮かべて、こう言ったのだ

「クククッ、馬鹿めッ。身動き取れぬ宙に逃げるとは、愚か者めがッ」

 坊さんは落下する俺達に向かい、再度、稲妻を放った。

 稲妻は俺達目掛けて一直線に襲い掛かってくる。

 そして避けるすべのない俺達2人は、着地したその瞬間、それをモロに受ける事になったのだ。

 稲妻は俺達2人を包み込む。

【グアァァ!】 

 俺達は苦悶の表情と悲鳴のような声を上げ、それから地面に仰向けになって倒れた。

 そして悶絶しそうなほどの苦しみが、俺達を襲うのである。


 痙攣を起こしたかのように手足が震え、そして麻痺したかのような痺れが全身に行き渡っていた。

 それだけじゃない。

 全身の筋肉を無数の針で突き刺されたかのような痛さも、同時に俺の身体を駆け巡るのである。

 それはまるで、全筋肉が悲鳴を上げているかのようであった。

 この痺れと痛みの所為で、俺はまったく身動きが取れないのだ。

 ヤバイ……これはヤバイ……こんなのをずっと続けたら、し、死んでしまう。

 しかし、そうは思うものの、まったく身体がいう事を聞かない。

 だが焦る俺は、何か良い手はないだろうかと、必死に考えるのである。

 と、その時だった。

 こちらに歩み寄る坊さんの姿が、俺の視界に入ってきたのだ。

 坊さんはゆっくりと俺達に近づいてくる。

 今の俺は半ば恐慌状態に近い所為か、坊さんが足を踏み締めるたびに、ドスンという振動音が聞こえてきそうなほどであった。

 またそんな坊さんの動きを見ると共に、俺の中で膨れ上がる恐怖という名の風船が、今にも破裂しそうなほど大きくなっていたのである。

 こ、このまま俺達は殺されるのか……。い、嫌だ。死にたくない!

 動け、動け、俺の身体ァァ!

 などと考えた、その時。

 鬼一爺さんの声が聞こえてきたのだ。

(涼一よ。夜叉真言に使うておる霊力を元に戻すのじゃ。早うせいッ。このままじゃ殺されるぞい)

 俺は鬼一爺さんの言葉で、ハッと我に返る。

 そうだった。俺は霊力のマイナス調整をしていたのだ。

 俺はそれを思い出すと、苦しいながらも行動を開始したのである。

 僅か数秒の事ではあったが、俺は霊力を慎重に操る。

 そして苦労の末、調整していた霊力を何とか元に戻したのであった。

 後は、霊力の補強度を再構築するだけだ。

 だがとはいうものの、この痺れと痛みの中では、意識を集中するのは難しかった。

 しかし、ここで何とかしないと、もう後がない。

 そう思った俺は振り絞るように声を発し、稲妻の呪縛から逃れようと、必死にもがいたのである。

【グァァァァァ!】

 その直後。

 必死さが功を奏したのか、霊力調整も上手くゆき、身体補強度は俺本来の状態に戻ったのだ。

 またそれと共に、痺れや痛みもある程度緩和され、体の自由も完全にではなかったが得られたのである。

 作業を終えた俺は、脳内でホッと一息吐いた。

 と、丁度そこで、鬼一爺さんの声が聞こえてきたのだった。

(涼一よ、まずは、お主の右脇に転がる刀の柄を握るのじゃ。じゃが、動くのはまだじゃぞ。今はまだ、奴に動けるようになったことを悟られてはならぬ。奴が、お主の霊刀の間合いに入るまで、ジッと待つのじゃ)

 俺は無言で鬼一爺さんの言葉に従った。

 またその時、少し安心感のようなものも同時に生まれてきたのである。

 なぜなら、鬼一爺さんの指示によって、今まで不味い事態になった事が一度もないからだ。

 そして俺は、こういう時の鬼一爺さんを信用しているのである。 


 坊さんはゆっくりと俺達に歩み寄る。

 恐らく、先程の幻術の事もあり、警戒しながら近づいているのだろう。

 俺はその間に、右脇に転がる刀の柄を握り直した。

 そして痙攣したフリをしながら、接近をジッと待ったのである。

 だがそれも、もうすぐ終わりを迎える。

 坊さんは俺達と僅か2m付近にまで近づいてきたのだ。

 いよいよだ……。

 と、そこで、鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

(今じゃ! 涼一ッ)

 俺は刀の柄をギュッと握ると、素早く立ち上がる。

 そして右手の刀を下から上へと、逆袈裟に斬り上げたのであった。

 だが、その瞬間。

 刀を振るう俺の中に、人を斬る迷いのようなモノが生まれた。

 その為、刀の軌道が無意識のうちに、坊さんの右腕へと向かっていたのである。

 しかし、今更そんな事を考えたところで、軌道を変えるにはもう遅い。そのまま刀を振りぬくしかないのだ。

 俺は勢いよく刀を振りぬく。

【何ッ! グッ】

 だが坊さんの反応も凄かった。

 この突然の出来事にもかかわらず、咄嗟に後方へ飛び退いたのである。

 その為、刀の切先は坊さんの右腕をかすめ、巻き付けた数珠を斬る事くらいしかできなかった。

 しかし、それによって稲妻の術も解ける事となり、俺や宗貴さんを包み込んでいた、あの稲妻の様な光も消滅したのであった。


 後方に飛び退いた坊さんは、刀がかすめた右腕を、錫杖を持ったままの左手で押さえる。

「チッ」

 そこで坊さんは舌打ちをした。

 どうやら、今の攻防で、腕の皮くらいは斬れたのかもしれない。

 そして坊さんは、忌々しげに口を開いたのである。

「き、貴様。なぜ、動けるッ。俺の行使する不動金縛りを逃れられる術者なんぞ、そうそうは……ムッ!……」

 だが坊さんは何かに気付いたのか、そこで言葉を斬ると、暫しの間、俺を見たのである。

 坊さんは言う。

「なるほど……。小僧、中々の策士だな。その夜叉の法を見る限り、実力を隠しておったようだ……。油断したわッ」

 続けて、鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

(涼一よ、今の内にあ奴を斬るのじゃッ。奴に時を与えるな。何を講じてくるわからぬぞッ)

 俺は脳内で頷くと、早速、行動を開始した。

 人を斬るのに迷いはあったが、とりあえず、今は鬼一爺さんに従うしかない。

 もしかすると坊さんは、逃げてくれるかもしれないし……。

 俺はそんな甘い事を考えながら、坊さんに向かい、霊刀を霞に構えて駆けだしたのである。

「チッ!」

 すると坊さんは舌を打ち、後方に振り返ると走り出した。

 坊さんは俺達が来た方向である、道路へ駆けてゆく。

 だが50m程行ったところで、坊さんは立ち止まって俺に振り返る。

 またそれと共に、錫杖を中段に構えたのであった。

 俺もそこで立ち止まり、霊刀を中段に構える。

 と、その時。

 坊さんは素早く印を組み、夜叉真言を唱えたのだ。

《 ――オン・ヴァジュラ・ヤスカ・ウン―― 》

 唱え終えると同時に、坊さんの身体も、今の俺に近いくらい発光した。

 これを見る限り、坊さんの霊力変換効率はかなり高いようである。などと感心している場合ではない。

 これは相手も同じ土俵に上がってきたという事なのだ。馬鹿か俺は……。

 夜叉真言を唱えた坊さんは、そこで後方をチラリと見る。

 そしてニヤリと不敵な笑みを浮かべ、俺に言ったのであった。

「フフッ、小僧……。お前は、かなりの天稟を持っておるな。それは認めよう。だが……非常な鬼になれぬ奴は、どんなに素質があろうとも、この世界では何れ、野垂れ死ぬ運命よ」

「はぁ? アンタ、一体、何が言いたいんだッ」

 俺は声を荒げた。

 すると坊さんは、後をチラ見する。

 そして、こう言った。

「後ろの公園に人がおるな……クククッ」

 なんと、奴の視線の先には、瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんの姿があったのである。

 俺はその瞬間、背筋にゾワッと悪寒が走った。

 そして、その直後。

 坊さんは、公園に向かい素早く駆け出したのだ。

「ま、まて、糞坊主ッ!」

 俺も慌てて追う。

 だが坊さんの方が、俺よりも公園に近い。

 その為、追いつこうと必死に走るのだが、向こうも身体強化しているので、一向に差は縮まらないのだ。

 公園に近づくにつれ、2人の姿がよく分かるようになってきた。

 視線の先にいる瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんは、首を傾げながら此方を見詰めていた。

 恐らく2人は、俺と宗貴さん、もしくは応援に来た術者だと勘違いしているのかもしれない。

 なぜなら、俺が見た2人の表情は、そういった恐れのようなモノが微塵も感じられない表情なのである。

 坊さんは2人に向かって更にスピードを加速する。

 俺は思わず叫んだ。

「逃げるんだッ、2人共ッ!」

 しかし、よく聞こえなかったのか、ポカンとしながら2人は首を傾げるだけであった。

 駄目だ……間に合わない……。

 と思ったその時。

 坊さんは勢いよく跳躍すると、呆気にとられる2人を両脇に抱え、公園の中に入って行ったのである。

【キャァァ!】

 2人はようやくそこで悲鳴を上げた。が、時、既に遅しだ。

 俺は悔しさのあまり、下唇を噛みながらも必死に追いかける。

 だがしかし。

 坊さんは公園に入るなり、不可解な行動をしたのだった。

 なんと坊さんは、公園のど真ん中に行ったところで2人から手を離し、そこに放置したのである。

 そして坊さん自身は、前方へと大きく跳躍したのだ。

 なんであの坊さんは、公園の真ん中で2人を解放したんだろう……。

 走りながらも考えるが、俺には訳がわからなかった。

 だがそんな事よりも、俺は公園で倒れている2人が心配であった。

 その為、急いで駆け寄り、声を掛けたのである。

「だ、大丈夫かッ! 2人共ッ」

「ひ、日比野さぁん。ヒィン、ヒクッ」

「日比野さんッ」

 沙耶香ちゃんはともかく、瑞希ちゃんは半泣き状態であった。

 まぁこうなるのも無理はない。

 俺はとりあえず、2人に怪我が無いかどうかを確認しようとした。

 だがその時。

 坊さんの低い声が、俺の前方から聞こえてきたのである。

【フフッ……かかったな。女子供など、放っておけばよいものを。悔やむなら、己の甘さを悔やむがいいッ!】

 その刹那。

 坊さんは懐から数枚の符を取りだし、空に投げたのだ。

 符は宙で、8匹の赤い目をした黒い式烏しきからすとなる。

 そして、その式烏は羽を広げ、俺達のいる公園の周囲に散ったのである。

 式烏は幻術の時の式鬼と同じように、八角形を描けるような位置に舞い降りる。

 だがそこで首を傾げる事が起きたのだ。

 なんとその8匹の式烏は地面に舞い降りる途中、全てが一斉にフッと消え去り、元の霊符へと戻ったのである。

 霊符はフワリと地面に舞い落ちる。

 何だ、一体……。もしかして、式符術の失敗か? 

 これを見た俺はそんな事を考えた。

 だがそこで、真言を唱える坊さんの声が聞こえてきたのだった。

【リー……ウェイ・レイ・ウェイ……】

 俺は思った。

 一体、何の真言だ? と……。

 だが鬼一爺さんは、この真言を聞くや否や、いつになく慌てて叫んだのであった。

(こ、この術はまさか……。いかんッ、涼一! 早く、五行障壁の符術を使うんじゃァァ!)

「わ、わ、わかった」

 鬼一爺さんのこの慌て様にビックリした俺は、思わず口に出して返事をしてしまった。

 しかし、今はそれどころじゃないようだ。

 俺は急いで、懐に忍ばせておいた五行障壁の符を取り出す。

 そして、すぐに術を行使したのであった。

 符の力を開放すると同時に、五芒星の結界が俺を中心に出現する。

 だがその瞬間!

「ウワァッ!」

「キャッ!」

「ヒッ!」

 俺達のいる公園内は、無数の雷によって埋め尽くされたのである。


 それはおびただしいほどの雷光であった。

 まるで、大量の稲妻が一斉に、目の前で落ちた様な感じである。

 その為、光の壁が出来た様にも見え、非常に眩しい光景となっていた。

 またそれと共に、バチバチというスパークするような音も聞こえてくるのである。

 だがしかし……。

 雷は、俺達に届く事はなかった。

 なぜなら、五行障壁の符による結界によって俺達は守られているからだ。

 だから、今のこの様子を見ていられるのである。

 俺の両隣にいる瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんは、目を閉じて震えながら俺に抱き着いていた。

 突然の事なので、相当びっくりしているのだろう。無理もない。

 俺はチラッとだけ周囲に目を向ける。

 どうやらこの現象は、さっき舞い落ちた符の内側だけに起きているようであった。

 これを見る限り、恐らく、結界術の類なのだろう。

 しかも、公園内全域なので、かなり広範囲の結界術のようだ。

 だが、鬼一爺さんのあの慌て方を見ると、これは、ただの術では無いのかもしれない。

 なぜなら、さっきの様子を思い返しただけで、相当やばい術だというのが、容易に見て取れるからである。

 多分、鬼一爺さんは、この術の事を知っているんだろう。でないと、あんな風に取り乱さない。

 なので俺は、これがどういう術なのかが、少し気になるところではあったのだ。が、今の俺が出来る事は、この雷が止むのを待つ事しかできない。

 その為、俺は今、『五行障壁の効力が切れる5分までに、治まってくれ』と必死に祈ってもいたのであった。

 しかし、それも2分程で終わりを迎える。

 雷は徐々に弱くなり、最後には、静電気の様な小さなスパークだけになって消えていったのだ。

 その後には、俺が行使する五行障壁だけが、この場に残ったのである。

 だが坊さんは、俺達が無事なのを見るや否や、大きく口を開け、こう言ったのであった。

【な、何ッ!……五行の結界だとッ!】と。

 坊さんは憎々しげに口元を歪ませていた。

 そして俺と坊さんは、また暫しの間、無言で対峙する事になったのである。


 俺と坊さんが対峙を始めて凡そ3分。

 行使していた五行障壁の結界も、役目を終えて消え去った。

 するとそこで、坊さんが口を開いたのである。

「小僧……。貴様、その五行の結界術を誰から習った?」

 俺は惚けたように言ってやった。

「さぁね。誰だっていいだろ。お前には教えないよ」

「……今、行使した雷法・八卦雷天の陣……。これを完全に防げる者は、鎮守の森にいる高位の術者でもおらぬ。貴様、一体何者だ? 土御門や道摩の者ではないな……」

 するとそこで鬼一爺さんが俺に囁いた。

(涼一よ。あの坊主は、得体の知れないお主に、かなり警戒しておる。弱みを見せるな。寧ろ、今の様に強気で行け。そして意気揚々と胸を張って、今の術なら幾ら使われても大丈夫なくらいに言ってやるのじゃ)

 俺は早速、行動を開始した。

「どうでもいいだろ、そんな事。それに今の術なら、何回使われても大丈夫だぜ。さぁ来るなら来てみろってんだッ」

 鬼一爺さんの指示通りに、俺は強気に言ってやった。

 坊さんは忌々しげに言う。

「クッ……おのれッ」

 と、その時だった。


【おお、そこにいるのは日比野君じゃないか。久しぶりだね】


 俺の右側にある公園の入り口から、何処かで聞いた事がある声が聞こえてきたのである。

 そこで俺は、チラッと右に視線を向けた。

 するとなんと、そこにいたのは、黄泉の時に共闘した龍潤りょうじゅんさんだったのだ。

 龍潤さんはあの時と同じように、修祓霊装衣を身に纏っており、手には、この坊さんと同じように錫杖を持つという出で立ちであった。

 その為、以前とまったく変わらぬ雰囲気と姿なのである。

 また、そんな龍潤さんを見た所為か、こんな緊迫した状況なのに、何故か久しぶりという感情が湧いてきたのだ。

 だが此処にいるという事は、どうやら、龍潤さんが今回の応援の術者なのだろう。

 まぁそれはともかく。

 いいタイミングで、力強い味方が現れてくれた。

 そう考えた俺は、ここで坊さんに更なるプレッシャーを与えようと、大きな声で言ったのである。

「お久しぶりです、龍潤さん。丁度、良いところに来てくれました。少し手を焼いていたのですよ」

 公園入口にいる龍潤さんは首を傾げると言った。

「へ? 丁度、良いところ? まぁそれはともかく。ところで日比野君、そちらの御坊さんは何方なんだい?」

 そこで坊さんは、口元を歪ませて言った。

「チッ、仕方ない。いいだろう……。この場は一旦引いてやる……。だが、この借りは返させて貰うぞ」

 坊さんはそこで俺に背を向ける。

 そして最後に、こう告げたのである。

「我が名は不動 幻斉……。日比野とか言ったか、この名をよく覚えておくがいい。何れ、また会おう……去らばだ」

 その言葉を残して、坊さんは颯爽とこの場を後にしたのであった。


 俺はフドウ ゲンサイとかいう坊さんの後ろ姿を見送る。

 するとそこで鬼一爺さんが、ホッとした表情で呟いたのである。

(ふぅぅ、助かったわい。虚勢を張って追っ払うくらいしか、方法が無い相手じゃったからの)

 俺は首を傾げると言った。

「どういう事? 倒せるから、俺にああ言わせたんだろ?」

(倒す? そんな事、無理に決まっておるじゃろ。今の未熟なお主では、あの領域の術者を倒すのは無理じゃ。ありゃ、恐ろしい程の使い手じゃわい)

「って事は……あのまま戦ってたら?」

 鬼一爺はニコリと微笑むと、遠慮なく言った。

(フォフォフォ、お主は確実に死んでおったの)

「う、嘘……」

(マジじゃ)

 俺はここでサァーと血の気が引いた。

 そして、あの坊さんに名前を覚えられてしまったという事実が、今の俺に、重く圧し掛かってきたのである。

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