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霊異戦記  作者: 股切拳
第四章  
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六拾ノ巻  ~御先 五

  《 六拾ノ巻 》  御先 五



 俺が地脈の中をダイブしてから、どれくらい時間が経ったのだろうか……。

 今の俺は、時刻を確認するすべを持っていないので、時間的な事がよく分からない。

 しかも、周囲の何処に目を向けても、同じような光景が広がっている為、どれだけ進んだのかもイマイチ分からないのであった。

 霊体生活が長い鬼一爺さんならば、その辺のところはよく分かるのかもしれないが、俺は初めての経験だ。なので、ひどく戸惑ってしまうのである。

 まぁこれは俺の勘だが、時間的な事を言えば、潜り始めてから5分から10分程度の事だとは思う。が、移動距離に関しては何とも言えない。

 何故なら、この水中の様な空間の状況を考えると、流石に距離感が無くなるからである。

 だがとはいうものの、当初は微弱に感じていた負の波動もハッキリと分かるようになってきた。

 なので、確実に進んでいるという事と、目的に近づいているという事だけはわかるのだ。

 だがしかし……。

 次第に大きくなっていくこの波動に、俺は、少し恐怖を覚えていた。

 何故、恐怖したか。

 それは、感じられる霊波動が、怨みに満ちたモノであったからだ。俺の経験上から言っても、怨念という言葉が相応しい霊波動なのである。

 これほどの怨念を放つ悪霊はそうそういない。

 いや、俺自身、ここまでの怨みを持った霊波動は、経験した事が無いほどであった。

 しかもこの地脈は、正の霊波動で満ちた空間である。

 その為、こんな場所で、こんな霊波動を感じること自体が、大体おかしいのだ。

 これだけの負の波動が感じるという事は、恐らく、何らかの呪術が関係しているのかもしれない。

 そこで俺は考える。

 一体、この霊波動の発信源には何があるのだろうか……。

 鬼一爺さんが言っていた様に、屍解の邪法を使っている可能性が高いのだろうか、と……。

 またそう考えると共に、非常に嫌な予感もしてくる。

 そして俺の中には、得体の知れない不安だけが、徐々に、蓄積されてゆくのであった。


 俺達はそれからも暫く進み続ける。

 すると鬼一爺さんは、ある所で立ち止まったのである。

 俺もそれに習って立ち止まった。

 しかし、立ち止まった場所は、あの霊波動の発生源ではなく、その付近であった。

 鬼一爺さんが、なんでこんな所で立ち止まったのかは分からない。が、俺はそこで、息を飲んだのである。

 何故ならば、俺達が進むその先には、黒い煙が立ち込めるような薄暗い空間の箇所があったからだ。

 しかも、この忌まわしい霊波動は、そこから強く発せられているのである。

 それはまるで、ゆるやかに流れる川に、黒い墨汁を垂れ流したかのような現象であった。

 その為、この安らぎに満ちた空間内において、正反対の禍々しい空間が、溶け込むように存在しているのである。

 勿論それだけではない。

 その空間からは、今までよりも強く、そして深い怨念の渦巻く霊波動が、絶えず発せられているのだ。

 俺はその様子を目の当たりにすると共に、深い戦慄を覚えた。

 喜怒哀楽の霊波動というのは、俺も実生活の中で感じるが、これは明らかに異質な波動と言わざるを得ない。

 この波動はまるで、世の中の全てに対して、只管ひたすら憎み、怒りに打ち震え、そして慟哭しているかのようであった。

 そして、この忌まわしい波動を感じている俺は、さっきから背筋が寒くなる思いなのである。

 一体、この先で何が行われているのだろうか……。

 それは分からない。

 いや、実を言うと、考えたくもないというのが正直なところだ。が、しかし。俺は今から、これらの出来事を見定めなければならない立場である。なので俺は、霊波動に委縮しながら、少し憂鬱にもなっているのであった。

 と、そんな中、鬼一爺さんが話しかけてきた。

(さて……。では涼一よ。一度、地上へ出るぞい)

「え? ここから先に見える、あの薄暗い場所には行かないのか?」

 鬼一爺さんは首を横に振ると言った。

(恐らく、あの真上で呪術を行っているのであろうが、この先に待ち受ける術者は、屍解の邪法を扱えるかもしれぬ輩じゃ。幾ら我等が霊体といえども、この地脈の中では流石に術者に気付かれるわい。じゃから、人の霊波動が沢山ある地上から近づくのじゃ。ゆくぞ、涼一)

「わ、分かった」

 返事した直後、鬼一爺さんは上へと昇ってゆく。

 俺もすぐ爺さんの後を追った。

 そして俺達は、程なくして、見慣れた地上の世界へと舞い戻ったのである。


 水面から出るような感じで地上に戻った俺達は、一旦、上空に舞い上がると、そこで地上を見下ろした。

 すると俺の目に飛び込んできたのは、幾つもの家屋が軒を連ねた住宅街であった。

 今は、空から降り注ぐ日光のお蔭で、それらの街並みがよく見える。

 と、その時。

 街の中に走る道路脇に、鐘浦地区と書いてある看板が、俺の目に留まったのだ。

 この名前は、如月さんが言っていた地区の名前である。多分、此処はその鐘浦地区なのかもしれない。

 次に俺は全体を眺める。

 しかし、見回したところ、出歩いている人はあまりいないようであった。

 その為、この鐘浦地区全体が、少し閑散とした街並みに見えたのである。

 多分、糞暑いから、エアコンの効いた家の中にでもいるのだろう。

 と、そんな風に街並みを見回したところで、俺はある事に気が付いた。

 それは、糞暑かった外の気温というものが、今の俺にはまるで感じられないのである。これだけ炎天下の中でも、非常に快適なのだ。

 今の俺が霊体だからだとは思うが、これは嬉しい誤算であった。

 だが今は、そんな事に感動している場合ではない。

 なので俺は、すべき事へと意識を向かわせたのである。

 俺は鬼一爺さんに言った。

「地上には出たけど、これからどうすんだ?」

 すると鬼一爺さんは、やや離れた所に見える1軒の家屋を指さす。

 それから鋭い表情になって言った。

(……アソコじゃな。恐らく、あの家屋の中にて、何らかの呪術が行われておるのじゃろう。行ってみようぞ)

「お、おう」

 俺と鬼一爺さんは、その家へと向かい、上空を浮遊しながら進み始める。

 だが俺はその家に近づくにつれて、思わず眉根を寄せたのだった。

 何故ならば、この家には、人が住んでいるような感じが全然しないのだ。

 荒れ放題の庭と、閉め切った窓。色褪せた壁面に、表札のない玄関……。

 これらを見た俺の第一印象は、どう見ても空家といった感じなのである。

 本当にこの家で、呪術が行われているのだろうか……。

 とも思ったが、確かに、負の霊波動はこの家から発せられている。なので、ここで間違いは無いようだ。

 だが俺は、空家で呪術を行う理由が分からないのである。

 またそれと共にこう思ったのだった。

 普通、こういった呪術をする場合、こんな住宅街にある空家を選ぶだろうかと。

 そこが腑に落ちないのである。

 でも、中を覗けば、何か分かるだろう。

 そう考えながら、俺は進んでゆく。

 と、その時だった。

 鬼一爺さんが、やや慌てた様に言ったのだ。

(待てッ、涼一ッ!)

「ど、どうしたんだよ、急にッ」

(涼一は、暫し、ここで待っておれ……)

 鬼一爺さんはそう言った後、慎重に家屋へ近寄ると、周囲を念入りに見回し始めた。

 何か気になる物でもあったのだろうか……。

 暫くすると、鬼一爺さんは俺の所に戻って来た。

 そして、非常に険しい表情で俺に告げたのである。

(むぅ……マズいの。あの家の周囲には、人払いの結界の他に、かなり強力な不動霊縛ふどうりょうばくの結界までも施されておる。このまま進めば、我等も結界に捕らわれてしまうわい。弱ったの……)

 不動霊縛の結界……。

 この術の名に俺は覚えがあった。

 1週間前、厳霊イカツチの行という修行を俺はしたのだが、その時に使った霊縛の陣を説明するときに、鬼一爺さんは確か、この術の名前を例に出して説明していたのだ。

 因みにその時の説明では、近縁種の術だと言っていたので、同じような術なのだろう。

 俺は言う。

「マ、マジかよ。って事は、確実に中で呪術を使ってるって事じゃないか」

 鬼一爺さんは重く頷く。

 そして困ったように話し始めた。

(ウム、涼一の言う通りじゃな……。しかもこの分じゃと、まだまだ何か施してある気がするのぅ……。それにもう一つある。それは、あの結界の強さじゃ。こりゃ、恐らく、相当な腕を持つ術者の仕業じゃわい。さて、どうしたもんかのぅ)

 鬼一爺さんの見解だと、あの家にいるのは、どうやら並みの術者ではないようだ。

 確かに鬼一爺さんの言うとおりかもしれない。

 人払いの結界の他に、人体や霊体をも金縛り状態にする不動霊縛の結界まで使っているという事は、あらゆることに対して、他にも何らかの対策を既に講じてある可能性が高いのだ。

 俺達の間に、嫌な沈黙が漂う。

 暫くすると鬼一爺さんは、仕方ないとばかりに首を横に振り、溜息を吐く。

 そして諦めたかのように言ったのである。

(近づけぬのならば、致し方あるまい。とりあえず、場所が分かっただけでも良しとしよう。さて、では一旦、戻るとするかの)

 俺は無言で頷く。

 というわけで俺達は、来て早々、海神神社へと戻る事になったのであった。



 ―― 海神神社 ――



 神社に戻った俺は、すぐに妙見の行と地龍の陣を解く。

 だが術を解いた瞬間、俺は霊体の時の浮遊感があったためか、少しよろけてしまったのだ。

 しかし、何とか踏ん張って体勢を持ちなおすと、俺は神社の縁に腰かけて楽になる。

 そして一息ついたところで、鬼一爺さんに、この後の対処について問いかけたのであった。

「おい、鬼一爺さん。ど、どうすんだよ。相手は、ヤバそうな術者の可能性があるんだろ?」

(フム……)

 と言ったきり、鬼一爺さんは黙り込んでしまった。

 そして目を閉じて腕を組み、何やら考え始めたのである。

 10秒、20秒と時間が経過してゆく。

 と、そこで見回りの3人も俺達のところにやってきた。恐らく、俺の声が聞こえたからだろう。

 まず沙耶香ちゃんが口を開いた。

「日比野さん。もう術の方は終わったのですね。何か分かりましたか?」

「うん、まぁ、それなんだけどね……」

 俺は歯切れ悪く返事すると、鬼一爺さんに視線を向けた。

 だが鬼一爺さんは、まだ目を閉じたまんまである。

 もうかれこれ1分以上はダンマリなのだ。

 堪りかねて、俺はもう一度言った。

「おい、爺さん」

 と言った直後であった。

 鬼一爺さんはようやく口を開いたのである。

(……しかし、妙じゃ。何故、あれほどの術を使える者が、あのような場所で外法を使うのか……。それが、合点ゆかぬ。いや、そもそも、それほどの術が使えるのならば、霊能を持たぬ者を呪殺するなど容易い筈じゃ。何故じゃ、……一体何がある)

 確かに鬼一爺さんの言うとおりだ。

 腕のある術者ならば、普通に呪殺を行っても問題ない筈なのである。

 俺達の間に、また沈黙が漂い始めだした。

 と、その時。

「あ、あの、お話し中のところ申し訳ありませんが、少し宜しいでしょうか?」

 沙耶香ちゃんが、申し訳なさそうに話に入ってきたのである。

「ン、何?」

(何か、あったのかの)

 沙耶香ちゃんは頷くと言った。

「実は日比野さん達が術を行っている最中に、兄から2つの報告があったのです」

 俺は言った。

「一樹さんからか。それで、どんな内容なの?」

「まず1つ目ですが、日比野さんが朝食後に言われていた通り、あの女性は今朝、自宅の部屋から遺体で発見されたそうです。それで、死亡状況は……」

 沙耶香ちゃんは言いにくそうな感じであった。

 俺は気を使って言った。

「ああ、無理して言わなくていいよ。何となく、想像はつくし」

 すると沙耶香ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げる。

 そして続けた。

「それと2つ目ですが、実は如月香織さんの事についてなのです」

「如月さんがどうかしたの?」

「はい、実は――」

 それから暫しの間、やや長い説明を受ける事となったのであった。



「――今言ったのが、兄からあった報告です。それと兄は、鬼一法眼様の意見をお聞きしたいとも言ってましたので、それも一緒に御連絡させていただきます」

 鬼一爺さんは今の説明で何か分かったのか、鋭い表情になっていた。

 そして沙耶香ちゃんの話を聞き終えると共に、重々しく口を開いたのである。

(その娘……御先に狙われておるの。……じゃが、使われておる呪術は、御先ミサキ之魂咒のごんじゅではないようじゃな。我が思うに、それ以上の邪法の気がするわい)

 どうやら鬼一爺さんの見解によると、如月さんは呪いの標的になっているようなのだ。

 しかも今の言い様だと、かなりヤバイ呪術の可能性があるみたいである。

 何か知らんが、思っていたよりも深刻な事態になってるのかもしれない……。

 それはともかく、俺は言った。

「今、御先って言ったけど。って事はさ、屍解の邪法を使っているという事か?」

(ウム、その可能性が高いじゃろうな。じゃが、我は、その娘に近寄ったという坊主の方が気になるのじゃよ)

 鬼一爺さんは、そこで沙耶香ちゃんに視線を向けると言った。

(沙耶香よ。一樹は、その坊主が香炉の様な物を持っていた、と言っていたのだな?)

「はい、如月さんがそう仰ったそうです」

(もしやすると、その香炉の中身……反魂香か……)

「は、はんこんこう?」

 俺は初めて聞く言葉に首を傾げる。

 すると明日香ちゃんが、俺に説明をしてくれた。

「日比野ッチ。反魂香は、死者の魂を呼び戻せると云われている霊薬の事よ。とはいっても、死んでから1週間程の間の魂じゃないと、戻せないらしいけどね」

「へぇ、そんな霊薬があるのか……」

 やっぱ明日香ちゃんも女性とはいえ、この世界に身を置く人間だ。

 流石にこういった事は、よく知っているようである。

 明日香ちゃんは続ける。

「でもね、話を聞くところによると、反魂香は雑霊や生霊も呼び寄せてしまうらしいのよ。だから鬼一法眼様の予想が正しければ、多分、それを使って、被害者の分霊を集めたんだと思うわ」

 鬼一爺さんは頷く。

(ウム。明日香の言う通りじゃろう。多少の分霊くらいならば、反魂香で集められるからの)

「ほ、ほんとかよッ。凄い霊薬だな」

 俺は今の話に素で驚いていた。

 そしてこう思ったのである。

 まさか、生霊までをも呼び寄せるのかと。

 またそう思うと共に、俺の知らない事柄が、世の中にはまだまだ沢山あるんだなとも思ったのだ。

 と、そこで、詩織さんが付け加える様に言った。

「でもね、日比野君。反魂香は、鎮守の森で特例禁忌霊薬に指定されているのよ〜。だから、無断で精製したりすると、鎮守の森の査問機関に糾弾されるわ〜。だから、作ろうなんて思ったらだめよ〜」

「だ、大丈夫です。そんなもん、絶対に作る気ないですから」

 と答えた後、俺は鬼一爺さんに言った。

「でもさ、そうやって集めたとなると、益々、怨行・御先之魂咒の可能性が強いんじゃないのか?」

 だが鬼一爺さんは首を左右に振った。

 そして目を閉じて言う。

(いや、それは分からぬ。じゃが……今の沙耶香の話を聞いて、ようやく、何かが見えてきたわい。どうやら、呪術を行使したのはこの術者であって、この術者ではない可能性があるの)

「は? どういう事?」

 俺は意味が分からんので思わず言ってしまった。

 だが鬼一爺さんはそんな俺を無視して、沙耶香ちゃんに問いかけた。

(沙耶香よ、今一度確認する。一樹の報せにあったユカとかいう者の家系に、坊主のたぐいは間違いなくおらぬのだな?)

「はい、恐らくは。急ぎの調査ではありましたが、兄が依頼したのはその筋の方々なので、間違いないと思います」

 鬼一爺さんは頷くと、次に俺へと視線を向ける。

 それから空を指さして言うのだった。

(涼一よ、先程の家を覚えておるな。今より、式を飛ばして、暫し様子を見るのじゃ。あの家が、ユカという者の家かどうかはわからぬが、呪術は恐らく、あの場所で行われておる。じゃから、何か変わった事があったならば、すぐに報せるのじゃ)

「おう、わ、分かった」

 俺は返事すると早速、霊符入れから、小鳥の式符を取り出す。

 そして符の力を開放した。

 その瞬間。

 白い小鳥が俺の手に出現する。

 式を確認した俺は、すぐさま、上空へと旅立たせた。

 それを見届けたところで、鬼一爺さんは沙耶香ちゃんに言った。

「それと沙耶香よ。一樹に伝えるのじゃ。その女子おなごから目を離すなと。そして、もし操られた場合は力ずくで止めるか、修行の時に教えた霊縛の陣にて縛り付けよと伝えるのじゃ。今はこれ以外、対処の方法が無いからの」

「はい、畏まりました。では、早速、そのように伝えます」

 そして沙耶香ちゃんは一樹さんに連絡をするのである。


 沙耶香ちゃんが連絡している最中、鬼一爺さんは、さっきの家がある方角に視線を向ける。

 そして険しい表情を浮かべながら、ボソッと誰にともなく呟いたのだった。

(……この呪術……ただの屍解の邪法ではないかもしれぬ。もしや……)

 ただの屍解の邪法ではないと言ったが、一体、どういう事なんだろう。

 俺は鬼一爺さんの言葉を聞きくなり、首を傾げた。

 まぁとりあえず、ネガティブな事を想像してるのだけは、よく伝わってきたが……。

 と、そこで沙耶香ちゃんの声が聞こえてきた。

「鬼一法眼様が仰ったとおりに、兄には伝えておきました」

 どうやら電話は終わったようだ。

 だがその時だった。

 突如、沙耶香ちゃんの服から、何かの音楽が聞こえてきたのである。

 どうやら携帯の音のようだ。

 一樹さんからだろうか? とも思ったが、沙耶香ちゃんの動作を見る限り、電話ではなくメールのようであった。 

 沙耶香ちゃんは、スマホのディスプレイを少し眺めると、俺に視線を移して言った。

「日比野さん、修祓調査班からです。今、その由佳という方の家族構成と住所等が送信されてきました」

 グッドタイミングである。

「じゃあ、あの家がそうかどうかを確認できるね。っていっても住宅地図がないか……」

 するとそこで沙耶香ちゃんがニコリと微笑む。

 そして肩に掛けたポーチから、四角い板状の物体を取り出したのである。

「大丈夫です、日比野さん。こんな事もあろうかと、GPS内蔵のタブレット端末も持ってきましたから。これに住宅地図のアプリもありますので、それを見て確認しましょう」

「さすが、沙耶香ちゃんね。しっかりしてるわ〜」と詩織さん。

 沙耶香ちゃんは少し照れた表情になる。

 というわけで俺達は、3年前に自殺した由佳という子の住所の確認と、式を通してあの家屋の監視を行う事になったのだった。



 ―― その後 ――



 タブレット端末を使って由佳という子の住所を確認した結果、微妙なところで多少のズレがあったが、大凡おおよそ、あの家で間違いがないだろうという事になった。

 登記簿上の住所と実際の住所が微妙に違う事はよくあるし、それにマップの正確性を考えると、多少のズレは致し方ないということなのだ。が、とはいうものの、間違っていると目も当てられないので、一応念の為、関係機関に最終確認をして貰っているところである。

 まぁそれはさておき。

 俺は今、海神神社正面の段になった部分に腰かけ、そこから式を通して、あの家の監視を続けている最中であった。

 因みにあの後、鬼一爺さんからは、式神をあまり近づけすぎるなとも言われたので、50mほど離れた所にある電線の上に式神を止まらせて、俺は監視を行っている。

 電線の上からだと、視界良好なので監視はしやすい。が、時々は飛んだりしないと流石に怪しまれるので、その辺のバランスが重要なポイントだ。

 とまぁ、そんな感じで監視を行っているのである。

 本当はこんな場所からではなく、生身の人間による張り込みが、一番いい方法なのかもしれない。

 だが鬼一爺さんは、中にいるであろう術者にかなり警戒をしているようであった。

 だから式神による監視を命じたに違いないのだ。

 生半可な方法だと、気付かれる恐れがあると思ったのだろう。

 それに、仮に見つかったとしても、式なら痛くもかゆくもないというのもあるのかもしれない。

 だが、とはいうものの……。

 距離が結構あるので、式神での監視をずっと続けられるかが、若干、気がかりではあった。

 しかし、そこは流石に鬼一爺さん。抜かりはない。

 そんな事もあろうかと、この場所を選んだようなのだ。良い勘してるわ。

 で、飛ばし続けられる理由だが。

 この海神神社の真下を通る地脈の力を多少利用すれば、あの程度の距離は延々飛ばし続けられるのである。

 まぁ簡単に言えば、燃料の補給場所があるという事だ。

 しかもあの一帯は、此処と同じ系脈の地脈がモロに通っている場所なので、かえって好都合なのである。

 だがそうはいっても、呪術は術者の腕無しには成しえない。

 なので、俺の式符術の腕も、勿論関係してくるのである。

 要するに何が言いたいのかというと、俺の術の腕も上がったから出来るという事なのだ。

 まぁ鬼一爺さん曰く……それでも俺は【まだまだ】だそうだが……。

 それはさておき。


 俺は式を操りながら、時間を確認する。

 今の時刻は12時であった。もう昼である。

 するとそこで俺の腹がグゥゥゥと鳴ったのであった。多分、時間を見たから身体が反応したのかもしれない。

 俺は次に、隣にいる鬼一爺さんに視線を向けた。

 だが鬼一爺さんは、依然として、目を閉じながら静かに瞑想中であった。

 何か色々と考えているのだろう。多分、あの家と術者の事なのかもしれない。

 鬼一爺さんは物事に納得がいかない場合、よくこうなるのである。

 まぁとりあえず、鬼一爺さんはそっとしておこう。色々と考えて貰わねばならないし。

 などと、考えていた時だった。

 詩織さんのほのぼのとした声が、前方から聞こえてきたのだ。

「日比野君〜。お昼買って来たわよ〜」

 俺は前に視線を向ける。

 すると前方には、参道を歩く沙耶香ちゃんと詩織さん、そして明日香ちゃんの姿があった。

 どうやら3人は、昼飯の買い出しから戻ってきたようである。

 思ったよりも早く戻ってきたので、ここに来る途中にあった近くのコンビニで買ってきたのだろう。

 3人は俺の所にやってくると、詩織さんが、幾つかのコンビニおにぎりとペットボトルのお茶を手渡してくれた。

「はい、日比野君の分よ~」

「ありがとう、詩織さん」

 俺は礼を言って受け取ると、早速、昼食タイムにした。


 食べ始めて暫くすると、沙耶香ちゃんが俺に話しかけてきた。

「日比野さん。何か変わった動きとかはありましたか?」

 俺は首を振ると言った。

「いや、何も動きはないね。ただ、あの家さ、誰も住んでないような感じなんだよな。空家っていうかさ。表札もかかってないし、庭とかも荒れ放題だし」

「え、それは本当ですか?」

 と言った沙耶香ちゃんは、やや驚いた表情をする。

「ああ、それは間違いないよ。妙見の行をやった時、今よりも近くであの家を見たからね。見た感じは、モロに空家って感じだったよ」

 すると沙耶香ちゃんは、少し思案顔になる。

 そしてタブレットPCを取り出して、何かを確認し始めたのであった。

 暫くすると、沙耶香ちゃんは口を開いた。

「3年前に自殺した由佳さんの姓名は、倉石 由佳さんというのですが、修祓調査班の報告によりますと、お父さんである倉石 武雄さんは、まだそこに住んでいる筈です」

「え、そうなの? っていうか、由佳さんの家族って、そのお父さんだけなのかい?」

 沙耶香ちゃんはタブレットPCを見ながら答える。

「いえ、5つ上のお兄さんがいるのですが、今は結婚をして東京の方に住んでいるみたいです。それとお母さんの方は、由佳さんが10歳の時に癌で亡くなっているそうです。なので、今、あの家に住んでいるのは、父親である倉石 武雄さんだけのようですね」

 俺はそれを聞くと共に思った。

 住んでいるのなら、何故、表札まで外してあるのだろうかと。

 まぁ色々と複雑な事情が渦巻いているのかもしれない。

 沙耶香ちゃんは続ける。

「それと、由佳さんの事なんですけど……当時、結構、陰湿なイジメにあっていたみたいですね。どんな事をされていたのかまでは分かりませんが、先程届いた調査班の報告に、そう書いてありました」

 俺は声のトーンを落として言った。

「そっか……。3年前に自殺したって聞いた時、そういう事があったんじゃないかなとは思ったよ」

 中学生の自殺なので、一応、そう予想はしていたのである。

 だがそれが確定したとなると、どうやら、この事件は怨恨の線で、ほぼ間違いないようである。

 とすると、父親の怨みによる犯行という事なのだが、そうなると1つ問題が出てくる。

 それは呪術をどうやって行っているかという事だ。

 俺は言う。

「沙耶香ちゃん。お父さんの職業とかって書いてある?」

「倉石 武雄さんの職業は会社員ですね。隣町にある印刷会社に勤務しているようです。ですが、ここ最近は無断欠勤が続いており、尚且つ、連絡もつかない状況なので、会社も困っているみたいですね」

「という事は、呪術関連とは無縁な職業って事か……」

 今分かっている事を並べてゆくと、この男性に手を貸している人物がいるのは容易に想像できることであった。

 色々と複雑な事情が渦巻いていそうな事件のようだが、ここに来て色々と分かるようになってきた。

 と、そこで明日香ちゃんが言う。

「だったら多分、そのお父さんに呪術の手解きをしている人がいると思うわ。誰かはわからないけど……」

 と言った、その直後。

 今まで瞑想中だった鬼一爺さんが、ようやく、口を開いたのだ。

(いや、そうではない。その男に手を貸した術者がおるのは間違いないが、手解きではなく、この術者自身が呪術を使うておる筈じゃ。しかも、相当に腕の立つ術者がの……)

 鬼一爺さんの言葉を聞いた途端、俺達の中に嫌な空気が漂い始めてきた。

 だが俺は気になったので、問いかける事にした。

「な、なぁ鬼一爺さん。因みにその術者は、どのくらいヤバそうなんだ?」

(さぁの。それは我にもわからぬ。じゃが、あの家屋で見た結界術の強さは、並みの術者では施せぬ。じゃから、気を付けた方が良い。今はそれしか言えぬ……)

 その言葉を聞いた3人は、緊張した面持ちで無言になった。

 鬼一爺さんがこんな風に言うという事は、術者も相当なのだろう。

 それは俺も3人もすぐに察したのである。

 俺は重い空気の中、おにぎりを口に持ってゆく。

 そして、ひどく味気ない御飯の感触が、口の中一杯に広がっていったのであった。

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