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霊異戦記  作者: 股切拳
第四章  
58/64

伍拾八ノ巻 ~御先 三

  《 伍拾八ノ巻 》  御先 三



 屍解しけの邪法 怨行おんぎょう御先ミサキ魂咒ごんじゅ……。

 鬼一爺さんから告げられた、その呪術の内容が重石になり、暫しの間、俺達の中にどんよりとした暗い雰囲気が漂いだした。

 こんな空気になるのも仕方がない。今の説明が本当ならば、もし、この呪いが今回使われていた場合、未然に防ぐことはかなり厳しいからである。

 だが、鬼一爺さんはその前に、(我の知らぬ術かもしれん……)とも言っていた。なので、まだそうだと決まったわけではないのだ。

 とりあえず、俺は重い空気を少しでも変える為に、軽く明るい口調で皆に言った。

「で、でもさ、まだ仮定の話だろ。鬼一爺さんもさっきそう言ってしさ。だから、悪い方へばかり考えずに、他の事も考えてみようよ。それに、この事件が霊異的事象だった場合、呪うに至った経緯の方が問題だと思うしね」

「そ、そうですよね。だって、如月先輩の事も有りますし」と瑞希ちゃん。

 俺の言葉を聞いた3人は、次第に表情を緩めてゆく。

 どうやら、この場の空気も少しは軽くなったようだ。

 俺はそんな3人の表情を見たところで、一度咳払いをしてから言った。

「ところで沙耶香ちゃん。さっき如月さん達は、10人の同級生が自殺したと言ってたよね」

「そういえば、そんな事を言ってました……アッ!?」

 沙耶香ちゃんも気付いたようだ。

「そうなんだよ。如月さん達の言っていた人数と、この報告書の人数が合わないんだよ。どう思う?」

 沙耶香ちゃんは、ノートPCにある報告書を眺めながら言った。

「ほ、本当です……。最新の報告書の筈なのに、先程の会話の人数と合わないですね。一応、鎮守の森には警察の情報もある程度入ってきますので、漏れや時期のズレといったものはない筈なのですが……どういう事なんでしょうか」

 今の言葉を聞いて、以前、一樹さんが言っていた話を俺は思い出した。

 確か一樹さんは、黄泉の時に、霊障を監視する者は警察内部にもいる、みたいなことを言っていたのだ。

 ということは、尚更、数が合わないとおかしいのである。

 俺は言う。

「もしかすると、この一連の謎を紐解くには、如月さんやあの女性が通っていた中学校……え〜と何て言ってたっけか……」

 すると詩織さんが言ってくれた。

「確か、鐘浦中学1年2組とか言ってなかったかしら。それともう1つ。あのエプロン着た女の子が言っていた、ユカという子の名前も気になるわ〜」

「そうですね。これは一度、鐘浦中学の事や、如月先輩の当時のクラスメイトとかを調べた方が良いかもしれないですね」と、瑞希ちゃん。

 だが今の瑞希ちゃんの言葉を聞いた瞬間、俺は、ある事が脳裏に過ぎったのだった。

 それは自殺者の人数が合わない、1つの仮説である。

 その為、俺は頷くと共に言ったのだ。

「ああ、そこが重要なところだと思うんだ。それと、この報告書に書かれている自殺者達は全員、愛知県内の者達だ。もしかするとだけど……俺の考えが正しければ、如月さん達の元クラスメイトで、県外の高校に通う者がいるかもしれない。その中に、今回のような自殺者がいるかも知れないからね。これらは確認してみる必要があるよ」

「た、確かに……その可能性は十分あります」

 沙耶香ちゃんはそこで思案顔になる。

 色々と複雑な事情が絡み合っていそうな事件ではあるが、先程の如月さん達のやり取りを見たお蔭で、これらの解決の糸口が見えてきたようだ。

 だがその時、鬼一爺さんが首を傾げながらボソッと口を開いたのだった。

(しかし、妙じゃのぅ……)

「妙って、何がだ?」

 そこで鬼一爺さんは俺に視線を向ける。

 そして納得いかないのか、唸りながら話し始めたのである。

(ウ〜ム……。涼一は、今、十名の者が死んだと言うておったが、ちと多い気がしたんでの。先程、我も言うたが、あの術で呪殺できる人数は、それほど多くはないのじゃよ)

「それが引っかかるのか?」

 鬼一爺さんは頷くと続ける。

(他にもまだある。屍解する術はの、それこそ相当な腕を持つ術者でなければ扱えぬ。じゃから、我の生きていた時代では、権力を持つ者や呪術者等を呪殺する際に使われた例しかないのじゃよ)

「マジか……」

真剣マジじゃ)

 鬼一爺さんは最近覚えた現代語で返してきた。

 なので、緊張感が一瞬失われたが、話の内容は結構大事な内容なので流す事にした。

 鬼一爺さんは言う。

(じゃから、それを考えるとの、死んだ者達には悪いが、屍解の術を使うには値しないような気がするのじゃよ。それ程の術を扱えるのなら、普通に呪殺を行っても大丈夫な筈じゃからな)

「そういえば、そうだな……。沙耶香ちゃんも今、屍解の術は秘術の部類だって言ってたし」

 確かにそう考えると、鬼一爺さんの言うとおり引っ掛かる部分である。

 だが逆に考えれば、その可能性は低いという事なのかもしれない。

 俺は言う。

「それじゃあ、この屍解の術が使われた可能性は、薄いのかもしれないね」

 だがしかし、鬼一爺さんは尚も微妙な表情を浮かべているのだ。

 そして、一言、こう呟いたのである。

(じゃと、よいがの……)

 と、その時だった。

【フィォォォォ〜、フィァァァ~】

 突然、笛の音が聞こえてきたのだ。感じ的には、日本伝統の横笛のような音である。

 音の発信元は沙耶香ちゃんであった。どうやら携帯の着信音のようだ。

 沙耶香ちゃんはポケットから携帯を取り出すと電話に出た。

「はい、お兄様。え、今ですか? 今、私は日比野さん達と共に、私の部屋におりますが……。はい、分かりました。では、そちらに向かいます」 

 沙耶香ちゃんは電話を切ると俺達に言った。

「お兄様からです。一応、夕食会の中締めをしたいから、ビアガーデンにまで戻ってきてほしいとの事です」

「じゃあ、戻ろっか。一樹さんにもこの事を伝えないといけないしね」

 というわけで俺達は、一旦、ビアガーデンの方へと戻ることにしたのである。



 ―― その夜 ――



 ビアガーデンにて中締めを行った後、俺達は暫し休憩をしてから、再度、沙耶香ちゃんの部屋に集まる事になった。

 というわけで、今は一樹さんや明日香ちゃんもいるのだが、この2人はまだ詳細な内容を知らない。

 なので、如月さん達の事や鬼一爺さんからあった話等を、まず2人に分かりやすく説明をする事にしたのである。

 2人は静かに俺達の説明を聞いていた。

 因みに一樹さんは、昨晩、あの報告書を見たようなので、大体の内容は分かっているといっていた。

 その為、説明はスムーズに進んだのだが、明日香ちゃんは自殺した者達の死に様を聞いて、若干、青褪めたような表情をしたのだ。

 やはり年頃の女の子だから、こういった事実は衝撃的なのかもしれない。

 だが、とはいうものの、すぐに元の表情に戻って話に耳を傾けていたので、それなりにこう言った話には耐性があるのだろう。まぁ明日香ちゃんも浄士だから、当たり前と言えば当たり前だが……。

 それはさておき。

 俺達は一通りの説明を終えると、まず一樹さんの意見を聞くことにした。

 俺は言う。

「――とりあえず、今、話した内容がこれまでの経緯です。一樹さんはどう思われますか?」

 ハーフパンツにTシャツ姿の一樹さんは、腕を組むと無言になる。

 色々と説明したので、恐らく、頭の中で整理しているのだろう。

 暫くすると、一樹さんは重々しく口を開いた。

「……やはり、如月の中学時代の事が気になるな。実を言うと、今回、この合宿場所にしたのは、如月がこの辺りの出身だと聞いたからでもあるんだよ。だから、少々お節介かと思ったのだが、此処にしたんだ。日頃、如月は主将として頑張ってきた事もあるし、少し気分転換にもなるだろうと思ってね。まぁこれは、俺では無くて、顧問の先生の意向だが」

 一樹さんは、そこで沙耶香ちゃんに視線を向けると言った。

「ところで沙耶香。父にはもう、この事を連絡したのか?」

 沙耶香ちゃんは首を横に振ると言った。

「いえ、まだでございます。まずは、お兄様の意見を聞いてからと思いましたので」

「そうか……。なら、すぐにメールで詳細に内容を伝えてくれ」

「はい、では早速」

 と、沙耶香ちゃんが返事したところで、一樹さんは付け足すように言った。

「ああ、それから沙耶香。父にお願いして、修祓調査班に、5年前の鐘浦中学1年2組の生徒達全員の事と、ユカという名の生徒の身辺を出来るだけ詳しく調べてほしいとも書いておいてくれ」

「はい、分かりました。そのように、今すぐ連絡します」

 そして沙耶香ちゃんは、早速、ノートPCに向かいキーボードをタイプをし始めたのである。

 今のやり取りを見ていて、俺は思った。

 どうやらこういった場合は、メールや書面でやり取りするのが常なのかもしれないと。

 多分だが、情報を正確に伝える為なのだろう。

 日本語は同音異義語が多いから、口頭だとどうしても正確に伝わらない部分もある。

 だから緊急時以外は電話ではなく、メールで報告をするに違いない。俺はそう考えていたのだった。

 と、そこで、明日香ちゃんが口を開いた。

「ねぇ、一樹さん。鬼一法眼様が言っていた屍解の邪法なんですけど。鎮守の森に所属する術者で、その類の呪術を扱える人って知ってます?」

 一樹さんは目を閉じて少し考えると、首を横に振る。

「いや……知らない。だが、もし使える者がいたとしても、秘伝の法として門外不出になっている可能性が高い。だから、おいそれと使えるとは言わないと思うな」

「ですよねぇ……私も聞いた事ないもん」と明日香ちゃん。

 一樹さんは続ける。

「それに屍解を伴う術は、極めると仙人になれるとも云われる秘術だ。だから、そう簡単に出来るものでもない。恐らく、使える者がいたとしても、ごく限られた者だろうとは思うがね」

 俺は今の『仙人』という部分が気になったので、思わず言った。

「屍解って極めると仙人になれるんですか?」

 だが一樹さんではなく、鬼一爺さんが先に答えてくれた。

(ウム。一樹の言う通りじゃ。屍解の法は、本来、屍解仙しかいせんとなるのを目指す術じゃからの。じゃが、数多あまたの術者達がそれに挑み失敗をしたのじゃ。そうやって失敗した術が、怨行・御先之魂咒のような、左道の邪法となって残ったのじゃよ。御先之魂咒は、屍解仙になれなかった者が残した不完全な術の一つなのじゃ)

 俺は初めて知る内容に驚くと共に、ある疑問が湧いてきた。

 その為、俺は鬼一爺さんに問いかける。

「今、屍解仙になれなかった者が残した不完全な術といったけど、そういう失敗した術は沢山あるのか?」

(ウム。まぁそうじゃな……使いものにならぬモノも含めれば沢山あるのぅ)

「ふぅん。屍解仙というのがイマイチよく分からんけど、力のある術者って妙なモノを求めるんだなぁ。俺には理解できんわ」

 俺は思った事を正直に言った。

 なぜなら、肉体を消滅してまでする事なのだろうかと俺は思っているからだ。

 鬼一爺さんは言う。

(まぁ涼一がそう思うのも無理ないの。じゃがこの術は、人の欲望が渦巻く業深き術なのじゃよ。涼一も今言うたが、大きな力を手に入れた者の中には、更なる大きな力を求める者が多いからの。失敗した術は、それらの成れの果てというわけじゃ。悲しい話じゃわい)

 鬼一爺さんの言葉は重いモノだった。

 確かにその通りかもしれない。人間の欲深さが産み出した悲しい術なのだ。

 またそう思うと共に、嘗ての陰陽寮で屍解の邪法が封咒されたという意味も、なんとなく理解したのである。

 と、そこで一樹さんが口を開いた。

「鬼一法眼様、1つお聞きしたいのですが」

(ん、なんじゃ?)

「先程の説明にもあった怨行・御先之魂咒という術ですが、こういった屍解を伴う術の場合、最善の対処とはどのような方法をとると良いのでしょうか?」

 鬼一爺さんは目を閉じると無言になった。

 多分、昔あった実例か何かを思い出してるのだろう。

 暫くすると口を開いた。

(……御先之魂咒ならば、とれる応手は一つだけじゃ。この屍解の邪法が、何ゆえ不完全かというと、ちゃんと理由があるのじゃよ)

「理由?」と俺。

 鬼一爺さんは頷くと続ける。

(この術が不完全なのは、術者の御先が、屍解の邪法を行使した場所に括られておるという点じゃ)

 一樹さんは言う。

「ということは、つまり、御先が何か事を起こすのは、術を行った場所からという事ですか?」

(ウム、そうじゃ。じゃから、御先之魂咒を行った場所を見つけ、そこに捕らわれておる狙われた者達の分霊を切り離せば、この術は力を失う。それが唯一の方法じゃわい。……じゃが、この術が使われていると考えるのは、今はまだ早計じゃ。もう少し様子を見た方が良いの)

「確かに……。今は調査班からの報告を待つしかないですね」

 一樹さんはそう言うと腕を組み、困ったように思案顔になるのであった。

 そして俺は思ったのである。

 話を聞くと簡単な事の様に聞こえるが、これはかなり大変な事だと。

 なぜなら、あまりにも広範囲なので、やみくもに探しても、まず見つからない公算が強いからだ。もしこの術が使われているのなら、見つけ出すのは至難の業である。

 普通の呪いなら道を辿ることも出来るのかもしれないが、これは道なき道を探さねばならないのだ。これはかなり厳しいと言わざるを得ない。

 恐らく一樹さんのあの表情は、俺と同じことを考えているからだろう。

 また他の皆も同じことを思っているのか、誰も言葉を発する者はいなかった。

 俺達の中に沈黙の時間が訪れる。

 だがどちらにせよ、5年前の鐘浦中学の事が分からない限り、これらの真相に辿り着くのは不可能に近い。

 今の俺は、確信にも似たような気持ちを抱きながら、そう思っていたのであった。



 ―― 翌朝 ――



 今の時刻は朝の7時。

「フワァァ」

 俺は大きな欠伸をしながら、ホテルの通路を進んでゆく。

 向かう先は、このホテル3Fにあるレストラン。今から朝食を食べに行くのである。

 因みに俺は今、西田さんや田島さん達と一緒に、レストランへ向かっているところだ。

 2人は練習の疲れもあまりないのか、朝からテンションが高い。いや、まぁ2人だけではなく、他の林さん達もだが……。

 やはり女子高生の中というのは、若い男にとって特別な存在なのだろう。

 斯く言う俺も普通の状況ならばそうなのだが、如何せん、色々と込み入った事情もあるのでそう手放しでは喜べない。なので、ちょっと辛いところではあるのだ。

 とまぁそれはさておき。

 周囲に目を向けると、俺達が進むホテル内の通路には、他の宿泊客達の姿がチラホラと見受けられた。

 だが、向かう方向がみんな同じなので、俺達と同じく朝飯を食べに行くのだろう。

 俺は次に、通路の外側に面した壁にある窓に視線を向けた。

 通路の窓からは、非常に眩しくて強い日の光が射し込んできていた。朝だというのに容赦ない感じである。まるで、今日も暑い1日にしてやろうとでも、いわんばかりのようだ。

 その為、俺は思わず、お手柔らかに頼みますよと脳内で呟いたのであった。言っておくが、これは本心である。別に、気取っているわけではない。

 そんな風に周囲を見回していると、いつしか、食欲のそそる旨そうな香りが漂い始めてくるようになった。

 どうやら、レストランの近くに来たようだ。

 またその香りの所為か、グゥゥと腹も鳴ったのだ。体は正直である。

 そして香りに誘われるように、俺は前方へと視線を向けた。

 すると通路の突き当りに、レストランの入り口が見えたのだった。どうやら目的地に到着したようだ。

 というわけで俺達は、早速、中へと入っていくのである。


 中に入った俺はまず正面に目を向ける。

 すると入口の少し先には、沢山の一品料理が並ぶ、大きな白いテーブルが目に飛び込んできたのだ。

 因みにそのテーブルは、和食と洋食に分かれて左右対称に並んでいた。

 これを見た感じだと、どうやら、ここの朝食はバイキング形式のようである。

 しかし、旨そうな香りでレストラン内は満たされているので、和風だろうが洋風だろうが、どれも物凄くおいしそうに俺の目には映ったのだった。

 一刻も早く食べたいところだが、バイキングコーナーは今、若干混雑しており、少し並ばないといけないみたいだ。

 というわけで俺達は、コーナー入口の付近にあるトレイだけを持って、行儀よく列に並んだのである。

 その間、俺はレストラン内部をチラッと見回した。

 レストランの中は流石に広く、真新しい白いクロスが敷かれた食事用テーブルが幾つもあった。それらの影響か、非常に清潔感の溢れる様相をしている。

 またそれにくわえて、しゃれたガラス張りの衝立や日本庭園を思わせるモニュメント等も置かれているので、和と洋が入り混じる奇妙な空間ともなっているのだ。

 だが奇妙とはいっても、変だというわけではない。

 レストラン内は不思議と調和がとれており、非常に心地よい感じなのである。

 とまぁそんな風に周囲を見回していたわけだが、実はこの時、俺は和食と洋食のどちらを食べようか少し悩んでもいたのだった。

 俺は結構優柔不断なところがあるので、こんなしょうもない事で悩んでしまうのである。

 だが悩んでいる内に俺達の番が来たようだ。

 西田さん達は洋食の方を食べるようで、そちらのコーナーへと移動し始めると、各自が好きな料理をトレイに乗った皿へ盛り付けてゆく。

 で、俺はだが、久しぶりにちゃんとした和食を食べたくなったので、和食のコーナーへと歩を進める事にしたのだった。

 テーブルに置かれている料理は、焼き魚や煮物、漬物に汁物といった和食の定番メニューが殆どだが、結構、色んなおかずがあるので、迷いながら俺は皿に盛り付けてゆく。

 そして一通りの料理や御飯をトレイに載せると、バイキングコーナーから出て、食事用のテーブルが並ぶ空間へと移動を始めたのである。

 西田さん達はバイキングコーナーには既にいない。

 なので、俺はテーブルのある空間に視線を向けると、西田さん達を探した。

 テーブルは空席が目立ってはいるが、3分の1くらいはもう既に埋まっていた。

 この中にいる筈なんだが……と、思っていたところで、俺の目に西田さんの姿が入ってきた。

 西田さん達は、ホテルのすぐ近くの海岸を見渡せる、視界良好な窓辺のテーブルに陣取っていたのである。

 そして俺は、早速、西田さん達のいるテーブルへと向かったのだ。


 俺は空いてる席に座ると口を開いた。

「うわぁ、この場所、凄く良い眺めですね」

 座って気付いたが、この位置から眺める海岸は格別なのである。

 なぜなら、窓の先に見える海は、太陽の光が波に乱反射して、キラキラと宝石の様に光り輝いていたからだ。

 俺はそれを見て、少し得をした気分になった。これを見て食べる朝食は、中々、贅沢である。

 西田さんは言う。

「へへへ、だろ? 良い場所が空いてたんだよ。この光景は今しか見れないだろうからね」

「感謝しますよ、西田さん。というわけで、頂きますッと」

 俺は手を合わせて箸をとると、早速、朝食を食べ始めたのであった。


 朝食を食べだしてから暫くすると、姫会長達や高天智聖承女子学院の剣道部員の姿も、少しづつ見受けられるようになってきた。

 女子部員の子達は、学生っぽく学校のジャージ姿であるので、非常に目立つ存在である。

 すると、その中に瑞希ちゃんや沙耶香ちゃん、そして詩織さんや明日香ちゃんの姿を発見した。

 向こうも気付いたのか、俺に笑顔を向けてきたのである。

 俺も彼女達に微笑み返す。

 だがその時だった……。

 俺の視界に、昨夜の話題になった如月さんの姿が入ってきたのだ。が、しかし……俺は如月さんよりも、背後にいる人物に目が行った……。

 しかもその人物は、如月さんに向かって何かを訴える様な身振りをしていたのだ。

 俺は考える。

 どういう事だこれは、一体……。

 するとそこで、俺の相向かいの席にいる田島さんが口を開いたのであった。

「あの如月香織さんという子……可愛いよね」

「お、田島はああいう子がタイプなのか?」と西田さん。

「へへへ、そうっスね。ああいう子って、イイっすよね」

 田島さんは照れた様な笑いを浮かべた。

 どうやらハートにズキュゥゥゥンといった感じなのだろう。

 だがそれよりも……。

 俺は今、田島さんの事ではなく、如月さんの背後にいる人物を見て、非常に恐ろしい事を考えていたのだった。

 なぜなら、この場にいてはいけない人物の姿が、如月さんの背後にあったからだ。

 俺は如月さんの背後にいる人物を見ない様に、視線を下に落とす。

 そして脳内で、こう呟いたのである。


 ――な、なんで、あの人の姿が、此処に……。

 しかし、もうあそこに見えているという事は、恐らく、もう……。――


 これは、食後すぐに、一樹さんへ知らせておいた方が良さそうだ。

 俺はそう結論すると、とりあえず、そのまま食事を続けたのであった。

 するとそこで西田さんが俺に話しかけてきた。

「あ、そうだ、日比野君。姫から昨日聞いたんだけどさ。この合宿は、日比野君を通じて話があったって聞いたけど、本当かい?」

「へ? あ、ああ、はい。一応、そうなりますね」

 俺は全然違う事を考えていたので、思わず気の抜けた返事をしてしまった。

 西田さんは言う。

「という事はさ、高天智聖承女子学院の教員に、知り合いでもいるのかい?」

 俺は頷くと、やや離れた所にいる一樹さんを指さして言った。

「ええ、まぁ。えっと、あそこにいる人がそうなんですけど、名前は道間一樹さんと言いまして、高天智聖承女子学院の教員です。あの人が剣道部の副顧問なので、その縁もあって、この合宿の話が舞い込んできたんですよ」

「へぇ〜あの人と知り合いなのか。凄いね、日比野君」

「は? 凄い?」

 俺は意味が分からんので、思わずそう呟く。

 すると西田さんは、感心したように言うのであった。

「うん、だってさ。あの人は確か、2年前か3年前だったか忘れたけど、全日本学生剣道選手権で、優勝した人のような気がするんだよ。だから凄いねって言ったのさ」

「マ、マジすか。俺、全然知りませんでしたよ」

 俺は初めて知る一樹さんの一面に驚愕したのである。

 確かに、剣道の腕前は相当なもんだと思っていたが、まさか学生の大会とはいえ、全日本の大会で優勝をしていたとは……。恐るべし、一樹さん。

 西田さんはやや首を傾げながら言った。

「え、知らなかったのか? 知り合いなのに意外だね。でも、一体、どういう知り合いなんだい?」

「え〜と……まぁ遠い親戚といったところですかね、なははは」

 俺はどう答えていいのか分からんかったので、思わず適当な嘘を吐いてしまった。

 だが、もう言ってしまったのでどうにもならん。後で一樹さんに言って口裏合わせとこう。

 俺がそんな事を考えていると、田島さんが口を開いた。

「ところで日比野君。君ってさ、あそこにいる女子学院の中等部の子2人と、あの穏やかな感じの人に凄く懐かれてるね」

 田島さんの視線を追うと、そこには瑞希ちゃんと沙耶香ちゃん、そして詩織さんの姿があった。

 俺はどう答えたもんかと、返答に悩む。

 するとそこで田島さんは言った。

「いいなぁ〜。可愛い子達だし、羨ましいよ」

「いや、あの子たちはそういうんじゃなくて、親戚みたいなもんですからね。そんなに気にしないでください、ははは」

 俺はまた適当に笑って誤魔化しておいた。

 あまり詮索されると、都合の悪いこともあるから仕方ない。

 とまぁそんなわけで、この後も、やや答えにくい質問もあったが、俺はその都度、適当な受け答えをして、朝食の時は過ぎていったのであった。



 ―― 朝食の後 ――



 俺は食事を終えて暫くののち、一樹さんと共に、沙耶香ちゃんの部屋に来ていた。

 因みに面子は、俺と一樹さんと沙耶香ちゃんの3人だけである。

 何故ここに来たのかというと、勿論、朝食の時に見たあの内容を伝える為だ。そしてここが、一番話しやすいからである。

 なので、俺は部屋に入るなり一樹さんに言ったのだった。

「一樹さん、昨晩も話したと思いますが、如月さんと話をしていた女性についてお話ししたい事があります……」

「女性? ああ、鐘浦中学の元生徒という女の子の事か。何か言い忘れた事でもあったのかい?」

「……あの女性は、恐らく、もう死んでいると思います」

 一樹さんは眉根を寄せると言った。

「何だって、どういう事なんだ、一体?」

 すると沙耶香ちゃんも目を見開いて言ったのである。

「ひ、日比野さんも見えたのですか? 私もおぼろげではあったのですが、先程のレストランで、如月さんの後ろにいる霊の姿が見えたのです。……私もそれが気になっておりました」

「ああ、見えたよ。そしてあの女性は、恐らく、もう死んでると思う。断定はできないけど、今までの経験上から、そう感じたんだ。しかも、何かを如月さんに訴えているように見えたんだよ」

 2人は静かに耳を傾けていた。

 俺は続ける。

「それともう一つ。あの女性が死んでから、まだそれ程、時間が経ってない気がします。死んですぐの霊魂や生前の思いが強い霊魂は、まだ肉体との親和性が残っているので、現世うつしよの世界も見えると聞きますからね」

 一樹さんは俺の言葉を聞き、無言になった。

 暫しの沈黙の時間が俺達の間に訪れる。

 沙耶香ちゃんは、やや青ざめた表情を浮かべていた。

 恐らく、報告書に書かれていた自殺者達の死に様を思い出したに違いない。そして、それをあの女性に照らし合わせたのだろう。

 1分程経過したところで、一樹さんは険しい表情になって口を開く。

「……まだ調査班からの連絡はないが、これは鐘浦中学に関連する事件という線が濃厚だな……。もしかすると、如月の身にも危険があるかもしれない。……急がないと不味いかもしれないな」

 一樹さんは俺に視線を向けると言った。

「日比野君、鬼一法眼様は居られるだろうか?」

 だが俺が確認するまでもなく、鬼一爺さん自身が返事をした。

(何じゃ、一樹?)

 一樹さんは丁寧に会釈をすると話し始める。

「昨晩の話にあった屍解の邪法についてなのですが、術を行った場所を特定する方法とかはあるのですか?」

(残念じゃが、場所を特定する方法というのはないの)

「……やはりそうですか」

 一樹さんは溜息を吐くと、やや肩を落とした。

 すると鬼一爺さんは付け加える様に、こう言ったのだ。

(じゃが、一つだけ、良いかどうかは分からぬが、やってみる価値のある方法があるの)と。

 一樹さんはハッと顔を上げる。

「そ、それは一体?」

 鬼一爺さんは、そこで俺に視線を向けると言った。

(ここにおる涼一ならば、もしやもすると、見つけられるやもしれぬ)

 その瞬間。

 俺に一樹さんと沙耶香ちゃんの視線が注がれた。

 言っている意味が分からんので、俺は即座に鬼一爺さんに視線を向ける。

 そしてこう考えたのだ。

 俺に何をさせるつもりなんだ、一体……。もしかして俺の体質を利用するつもりなのか? と……。

 すると一樹さんは、驚きつつも言った。

「ほ、本当なのですか?」

(ウム。じゃが、あくまでも、見つけられるかもしれぬというだけじゃ。見つけられるわけではない)

 そこでまた沈黙の時間が訪れる。

 だが暫くすると、意を決したように一樹さんは俺に言ったのである。

「日比野君、鬼一法眼様がこう仰っているが、手を貸してもらえないだろうか? 今は如月の事もある……。姫野さんには、私から上手く誤魔化して連絡しておく。だから、どうだろう?」

 鬼一爺さんがこの話をした時点で、この流れはもう止めようがない。

 なので俺は、コクリと頷いて返事をしたのであった。

「わかりました。何処までできるか分かりませんが、鬼一爺さんに聞いて一応やってみます」と――

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