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霊異戦記  作者: 股切拳
第四章  
57/64

伍拾七ノ巻 ~御先 二

  《 伍拾七ノ巻 》  御先ミサキ 二



【……こ、この2カ月の間に……その中の10人が、し、死んじゃったのよ。……し、しかも、全員が気が狂ったように自殺で死ぬなんて……。ぜ、絶対におかしいよ、こんな事って……】


 いつしか俺は、彼女達の緊張感のある会話に魅入られたかのように、無言でジッと聞き耳を立てていた。

 隣にいる瑞希ちゃんや沙耶香ちゃんに詩織さんも、俺と同じく、無言で聞き入っていた。

 まぁ当たり前と言えば当たり前だ。付近でこんな会話をされたら、誰だってこうなるだろう。

 それはともかく……。

 この言葉を発した女性の姿は、俺がいる場所からは見えない。

 だが、身体の奥底から絞り出すような今の声を聴いただけで、頭を抱えて怯える女性の姿が、なんとなく想像できるくらいであった。

 それくらいの切羽詰まった感を俺は感じたのである。

 女性は一体何に怯えているのか……。

 それは今の会話を聞いただけで、俺が窺い知ることは流石に難しい。

 だが、話の流れから察するに、恐らく、中学時代の同級生が次々と、自ら死を選択しているという事実に恐怖しているのだと思う。

 とりあえず、それだけは今の話でよく分かったのである。

 確かに、この2カ月の間に同級生10人が自殺するという内容は、ハッキリ言って異常な事態だ。

 時々、中高生がイジメを苦にして自殺したという話は聞くことがある。が、しかし、同級生10人となると、話が違ってくるのだ。

 そこで俺は考える。

 同級生10人が自殺をする状況とは一体何なのだろうかと……。

 以前、新聞や報道等で、練炭による集団自殺があったという話は、俺も何回か聞いた事がある。

 またその他にも、宗教等が関係する事件の類で、集団自殺というキーワードを目にした事があった。が、この女性の話し方を聞いた感じでは、どうも、それらとは少し違うような気がした。

 何故そう思ったのか。

 それは、会話のニュアンス的になんとなく集団自殺ではない事と、何かに怯えるこの女性自身の挙動からそう感じたからである。

 と、その時……。俺の脳裏にある事が過ぎった。

 それは、1週間ほど前だったかに見たTVニュースのことであった。その時、ニュースキャスターが言っていたのだ。愛知県で高校生の自殺が相次いでいるというようなことを。

 俺も曖昧な記憶だからハッキリと断言はできないが、確かそんなニュースがあったのを思い出したのである。

 ひょっとすると、この女性が言っているのは、それの事なのかもしれない。

 だがそう考えると共に、俺にはある疑問が湧いてきたのだ。

 それは、友人が自殺をしたというのに、この女性の様子はどう考えても不自然だということである。

 普通ならば、故人を悲しむ状況なのに、明らかに、何かに怯えている感じなのだ。

 これは、一体、どういう事なのだろうか……。


 俺がそんな風に考える中、如月さんの声が聞こえてきた。

「し、死んだって……。一体、どういう事なのよ、彩」

 すると間をおいて、女性の弱々しい声が聞こえてくる。

「……こ、言葉の…通りよ。……死んじゃったのよ。みんな気が狂ったように、自分で命を絶ったの……」

「ね、ねぇ、彩。ついこの前のニュースで、相次ぐ高校生の自殺がこの辺りであったのを聞いたわ。それってもしかして……」

「そ……そうよ。ケンゴ達の事よ。……つ、次は、私の番かも……」

 そう呟いた女性の声は消え入りそうな声であった。

 やはりこの女性は、何かに怯えているのだ。

「な、何を言ってるのよ、彩。それじゃまるで、殺されるかのような言い方じゃない」

「そ、そうよ……私……こ、殺されるのかも……。私、ケンゴ達が次々と自殺した時から……ずっと思ってたのよ……。これは……ユカが……私達に……アノ復讐を……」

「ちょっと、なんでユカがッ」

 と、如月さんの声が聞こえた直後だった。

【ケンゴ達の死に方が異常だからよッ。あ、あんな自殺は、自殺じゃないわッ。み、みんな、ユカに呪われたのよッ! ユカの怨みの所為で、こうなったのよッ!】

 叫ぶような女性の声が聞こえてきたのだ。

 そして女性は、ロビー脇の通路から駆ける様に出てきたのである。

 遅れて如月さんの姿も俺達の視界に入ってきた。

【ま、待って、彩ッ!】

 だがその女性は、如月さんの方へは振り返らずに、元いたカフェラウンジの奥へと走り去って行った。

 また、如月さんもそれ以上は追いかけようとせず、呆然としながら、今の女性が去った方向を見詰めていたのであった。


 この時の俺は、聞いてはいけない話を聞いてしまったような気分であった。

 なぜなら、僅かな間の出来事ではあったが、得体の知れないドロドロとしたものを俺は感じたからである。

 隣に目を向けると、瑞希ちゃんや沙耶香ちゃんに詩織さんも同様のようで、不安と気まずさが入り混じった複雑な表情で、如月さん達を見詰めていた。

 まぁ無理もないだろう。普通の会話とは程遠いモノを聞いてしまったのだから。

 呆然と眺めていた如月さんも暫くすると、俺達の存在に気付く。

 そこで俺達と如月さんの目が合った。

 すると如月さんは、気まずそうな表情になり、俺達に慌てて一礼をする。

 そして逃げる様に、この場を後にしたのであった。

 

 如月さんが去ったところで、沙耶香ちゃんがボソッと口を開いた。

「今の話ですが……もしかしますと、鎮守の森からあった修祓調査の依頼と、何か関係があるかもしれません」

「ン、修祓調査?」

 聞きなれない言葉が聞こえたので、俺は思わず言った。

 沙耶香ちゃんは頷くと続ける。

「はい。鎮守の森では、断定の難しい霊異的事象の場合は、かならず期間を設けて事前調査が行われるのです」

「断定の難しい霊異的事象ねぇ……」

 と呟いた俺は、漠然と、どんなモノだろうかと考える。

 するとそこで詩織さんが言った。

「霊異的事象というのは、それこそ千差万別だから、しばらく見定める期間が必要な場合があるのよ〜」

 瑞希ちゃんは言う。

「なるほど、確かにそうですよね……。一口に霊異的事象といっても、良いモノと悪いモノもありますもんね」

 瑞希ちゃんの言う事はもっともだ。が、そういった内容の事ならば、階位の高い熟練の浄士が見れば一目瞭然だろう。

 なので、恐らく、そういった人達でも断定できない場合の事を言っているのかもしれない。

 まぁ要するに、判断の難しい非常に曖昧な事象の場合は、様子を見る必要があるという事なのだろう。

 それならば仕方がない。再現性の低い機械の故障とかでも、そういう場合は様子を見るものだし。

 沙耶香ちゃんは瑞希ちゃんの言葉に頷くと言う。

「ですので、断定できない場合は、対象となる異常な事象が本当に修祓の必要があるのかどうかを調査した後、しかるべき対応をとるのが鎮守の森の決まりになっているのです」

「ふ〜ん。という事は、今の会話にあった『相次ぐ自殺』というのが、霊異的な事象の可能性があるということなのかい?」

 俺はとりあえず、思った事を口にした。

 だが沙耶香ちゃんは、頷くと共に、やや歯切れの悪い口調で言ったのである。

「ええ。……ですが、調査した方々の報告によりますと、今もまだ、少し判断しかねているみたいなのです」

「断定はできないって事?」と俺。

「はい。ですが、自殺の方法があまりにも異様らしいので、その疑いは十分にあると報告にありました。しかし問題は、呪術を使ったような痕跡や、霊的な痕跡がまったく無いそうなので、判断が難しいようなのです」

 つまり、霊異的事象の線が濃厚だが、霊異的な痕跡が無いということか……。

 それならば、確かに、熟練者でも判断が難しいかもしれない。

 しかし、沙耶香ちゃんの言った内容に気になる点があったので、俺は問いかけた。

「今、自殺の方法が異様と言ったけど、どんな方法だったの? さっきの子も、そんな事言ってたし」

 だが沙耶香ちゃんは俺の質問を聞いた途端、周囲を念入りに見回し始めたのである。

 どうやらここで話すには、色々と都合の悪い事があるのかもしれない。

 沙耶香ちゃんは隅々まで見回した後、ボソッと小さな声で言った。

「ここでは流石に今の詳細は話せません。もしよければ、今から私の部屋に来て頂けますか? そこに私のノートパソコンがあります。それで、調査した報告書の内容が見れますから」

 如月さん達のやり取りを見た後なので、流石に気にならないといえば嘘になる。

 なので俺は正直に言った。

「じゃあ気になるから、一度見てみようかな。瑞希ちゃんと詩織さんはどうする?」

 すると2人は、ニコリと微笑みながら低い声でこう言ったのだ。

【行くに決まってるじゃないですか。絶対、2人きりにはさせませんよッ】と。

「そ、そう」



 ―― 沙耶香の部屋 ――



 場所を変える為に、俺達は沙耶香ちゃんの部屋へと移動した。

 沙耶香ちゃんの部屋は俺の部屋と同じく、2台のシングルベッドが並ぶ2人用の部屋であった。

 しかし、室内を見回しても、沙耶香ちゃんの荷物しか見当たらない。

 どうやら、この部屋の宿泊者は、沙耶香ちゃん1人だけのようである。

 話を聞かれると不味い人間もいないので、かえって好都合かもしれない。というか、だから俺達を招いたのだろう。

 まぁそれはともかく。

 沙耶香ちゃんは鞄からノートPCを取り出して、この室内の窓際付近にある丸いテーブルに置くと、早速PCを起動する。

 そして目的のファイルを開くと、俺に振り返って言ったのだ。

「日比野さん、これが昨晩、道摩家に提出された最新の報告です。どうぞ、ご覧なってください」

「ありがとう。じゃあ、見せてもらうよ」

 というわけで、俺は早速、修祓調査報告書というモノに目を通し始めたのである。

 この報告書はかなり細かく書かれていたが、全部見るつもりはないので、マウスをスクロールしながら、俺はある程度流し読みをする。

 だが、ある記述の箇所で、俺は思わずマウスのスクロールを止めたのだった。

 それは、自殺者達の挙動や死んだ場所等が記述されている項目であった。

 書かれている内容があまりに異常だったのだ。それも、思わず顔を顰めてしまうくらいに……。

 そこにはこう書かれていた。


 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


* 吉川健吾(18歳) 1人目   


 【死亡日時】 7月7日  午後8時00分頃

 【自殺現場】 愛知県名古屋市にある自宅風呂場内にて

 【死亡状況】

 死亡時は全裸であり、自身のカッターナイフにて全身を斬り裂いていた。

 夜遅く仕事から帰宅した父親によって発見される。

 特異な点として。

 自殺時、自らの内臓等を引きづりだした形跡があった。

 また争った形跡等も無かった事と、遺書も見つかった事から自殺処理される。



* 嶋田祐司(17歳) 2人目


 【死亡日時】 7月14日 午前5時30頃

 【自殺現場】 鐘浦地区の公園にて

 【死亡状況】

 遺体の胃の内部と食道は、公園内にある大量の砂や砂利で満たされていた。

 また、これらの砂や砂利は自分で飲み込んだ形跡があったようだ。

 その後、全身に火を着けて焼身自殺したと思われる。本人が火を着けた形跡あり。

 当初、殺人が疑われたが付近にて争った形跡はなく、不審な人物も目撃されなかった。 

 その為、後日、自殺として処理される。

 その裏付けとして、遺体発見日に少年の自室内から遺書も見つかった。



* 河西大樹(18歳) 3人目


 【死亡日時】 7月15日 午前2時00分頃

 【自殺現場】 鐘浦地区の自宅2Fの自室にて

 【死亡状況】

 自らの腕や指の肉を食いちぎったのち、窓から飛び降りて死亡。

 特異な点として。

 胃の内部から画鋲や乾電池、洗濯洗剤等の異物が大量に発見される。

 家族もこの時間帯は就寝中で、少年の異変には気付いていなかった。

 室内で争った形跡や、家族が少年の部屋に入った形跡もなかったようである。

 そして少年の自室から遺書も見つかった事から、自殺として処理された。



* 赤井祐樹(17歳) 4人目


 【死亡日時】 7月16日 午後6時30分頃

 【自殺現場】 鐘浦地区の父親の経営する製材所にて

 【死亡状況】

 木材加工用の帯鋸バンドソーで自身の両腕を切断後、自らの首を切断し死亡。

 遺体発見者は製材所従業員。

 終業時刻を過ぎても製材所内の帯鋸バンドソーが回りっぱなしだった為、不審に思い確認。

 そこで惨状を目の当たりにする。

 警察は殺人として捜査し、当初、この従業員が疑われた。

 だが現場は争った形跡もなく、少年の鞄から遺書も発見された事から自殺処理された。



* 早川恵理香(17歳) 5人目


 【死亡日時】 7月28日 午後11時00分頃

 【自殺現場】 愛知県名古屋市 少女が通うカトリック系学園内の礼拝堂にて

 【死亡状況】

 遺体は髪や鼻、そして耳や頬肉をカッターナイフにて削ぎ落としていた。

 その為、少女の顔に生前の面影はない。

 死因は、最後に胸を切り裂いた事による大量失血死とおもわれる。

 発見者は朝の礼拝に訪れた学園の教師。

 礼拝堂の奥にあるマリア像の前で、懺悔をするかのように蹲っていた少女を発見したらしい。

 凶器のカッターナイフには、彼女の指紋しか検出されていない。

 現場付近には争った形跡もなかった。

 そしてこれも遺書があった事から、自殺として処理される。


           ・

           ・

           ・


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺は読んでいて胸が悪くなってきた……。

 さっき食べた肉を戻してしまいそうになったのは言うまでもない。

 というか、喉元に何かが少し上がってきた感じがする。ウップ……我慢しよう。

 まぁそれはともかくだ。

 俺の見ている項目には、こんな感じの痛々しい記述ばかりが、8件ずらりと並んでいるのである。

 幾ら文字の情報とはいえ、とてもではないがこれ以上は俺も読めなかった。

 なので、俺はモニタ画面から逃げる様に、下のキーボード部分へと視線を逸らしたのであった。

 そこで俺の背筋に、ゾゾゾッと悪寒のようなモノが走る。

 そして俺は俯きながら、脳内で自問するのであった。

 普通、こんな風に自殺する奴なんているだろうかと……。

 いや、どう考えても、まず居ないであろう。

 俺ならば、死ぬときくらいは、あまり苦しまずに楽に死にたいものである。これが一般的な考えだと思う。

 しかしだ。これらの自殺方法はどれもこれも、苦しんだ後に待っている死が殆どなのだ。これはあまりに異常である。まるで自分自身に拷問でもしているかのようだ。

 またそう思うと共に、俺はこうも考えたのであった。

 死ぬ前の自分をここまで痛めつける必要があるのだろうかと。

 ……さっぱりわからない。恐らく、幾ら考えたところで、これの答えは見つからないだろう。

 考えすぎて頭が痛くなってきた俺は、そこで後ろに視線を向ける。

 すると瑞希ちゃんや詩織さんが非常に曇った表情で、俺の背後から覗き込むように、この報告書を見詰めていたのだった。

 瑞希ちゃんに至っては少し狼狽しているようにさえ見える。

 無理もない。中学生の女の子が見る様な記事ではないのだから。

 俺は一度深く深呼吸した後、もう一度モニタに視線を戻す。

 と、そこで、画面の最下部に書かれている最後の記述が、俺の視界にはいってきたのである。

 そこにはこう書かれていた。



 ――この少年少女達の遺体状況があまりに異常であるため、当初は警察も殺人の線を含めて捜査していたようであった。

 しかし、死亡時の現場検証や聞き込み等でも、犯人に繋がる手掛かりといったものが捜査線上にまったく浮上しなかった事から、早い段階で殺人の線は消えたようである。

 またこの少年少女達の部屋や荷物等から見つかった遺書であるが、それには過去を悔いた懺悔のような言葉が連綿と綴られていたそうである。

 以上の事から、警察は自殺と判断したらしい。


 備考としてだが、自殺者達全員ともに、重度軽度問わず、精神病を患っている者は皆無であった。

 自殺した日やその前日も、別段、奇妙な行動を起こすこともなく、ごく普通の日常生活を送っていたようである。

 その為、麻薬等のような薬物による心神喪失症状といった可能性も考えられたが、今のところ、そういった成分は彼らの遺体から検出されていない。

 尚、ここ記されている8名の少年少女達であるが、死亡時には誰1人として、彼等の悲鳴や苦悶の叫び声等を聞いた人物はいないようだ。

 これから出てくる可能性もあるが、今は0である。


 以上のことから、厭魅えんみ蠱毒こどく、その他の呪詛等による呪殺の可能性が捨てきれないが、今のところ、遺体や自殺現場、そして現場付近からは、霊的な痕跡が全く確認されてはいない。

 よって、引き続き、これらを注意深く見定める必要があることを結論として報告させていただく。――



 この記述を読み、俺は思った。

 こんな拷問の様な死に方にもかかわらず、人間は無言で死を迎えられるのだろうかと。

 いや、もしかすると誰も気付かなかっただけで、小さな悲鳴くらいは上げたのかもしれないが……。

 それはともかく、これが仮に自殺だったとしても、尋常ならざる事件なのは疑いようのない事実なのであった。

 しかし……この最後にも書かれているが、俺自身も、これは霊異的な事象ではないかと思いはじめていた。

 何故そう思うのかと言われれば、勘としか答えようがないが、とにかく、俺はそう思っているのだ。

 だが、この最後の記述にも書かれている通り、霊的な痕跡というのがまだ確認されていないようであった。

 俺はこの霊的痕跡というのが、イマイチよく分からない。

 なので、俺は沙耶香ちゃんに言ったのである。

「ちょっといいかい、沙耶香ちゃん。ここに霊的な痕跡が確認されていないって書いてあるけど。痕跡がない事とかって、普通あるのかい?」

 沙耶香ちゃんは顎に手を当てて暫し考え込むと、静かに話し始めた。

「それなんですが……。実は、私が知っている厭魅えんみ等の呪詛のたぐいは、いずれも何かしらの痕跡というのが必ず残るのです。特に遠隔地からの呪殺になりますと、それ相応の霊的な道が必要になりますから、確実に地霊力の乱れという痕跡が残ります。しかし、今回の一連の自殺は、不可解な部分が多いにもかかわらず、そう言った痕跡がないので非常に判断が難しいらしいのです」

 今の沙耶香ちゃんの口振りだと、どうやら霊的なモノであった場合だとしても、通常ならありえない事のようだ。

 そこで俺は考える。

 これが霊異的な事象ならば、一体、どんなことがありえるのだろうかと。

 だが俺自身、まだこの世界に関わりだして1年ほどだ。

 ハッキリ言えば、沙耶香ちゃんよりも知識は薄い。なので、正直、見当もつかないのであった。

 だがしかし……報告書の箇所に、1つだけ、少し違和感があった部分があったのだ。

 それは、最後の記述にあった8名の少年少女達という部分である。

 先程聞こえてきた如月さん達の会話の中では、同級生10人が死んだと言っていた気がした。

 なので、如月さん達の言葉を信じるのなら、この報告書に書かれていなければならない死者の数は2人足らないのである。

 しかも沙耶香ちゃんの話だと、この報告書は昨晩に提出された最新のものだと言っていた。

 という事は、時間差的なものも殆ど無い筈だ。

 だから余計に、人数が合わないとおかしいのである。

 どういう事なんだ、一体……。もしかすると記入漏れか何かだろうか……。

 俺はますます、頭の中がこんがらがってきた。ついでに頭も痛くなってくる。多分、無理して分からないモノを考えたからだろう。あーもう、ヤメだヤメ。

 というわけで俺は、溜息を吐いた後、とりあえずこの報告書の感想を言う事にしたのだった。

「フゥ……嫌な事ばかり書いてあるなぁ。これはかなり面倒くさそうな事件かもしれないね。それとこの報告書をみたら、ドロドロした気持ち悪いモノを感じたよ……ン?」

 するとその時。

 鬼一爺さんがこの部屋にヒョイっと現れたのである。

 どうやら、夜の散歩から帰ってきたようだ。

 鬼一爺さんは俺達の所に来ると、霊圧を若干上げて、陽気に言った。

(おお、涼一、此処におったか。なにやら小難しい顔をしておる様じゃが、なにかあったのかの?)

「お爺さん。こんばんは」と瑞希ちゃん。

 沙耶香ちゃんと詩織さんは丁寧に会釈すると言った。

「遅くまで、お疲れ様でございました、鬼一法眼様」

「鬼一法眼様、どうでしたか〜。夜のお散歩は?」

 詩織さんの言葉を聞いた鬼一爺さんは、後頭部をポリポリかきながら飄々と言った。

(フォフォフォ、それがのう、少し道に迷うてしもうての。じゃから、涼一の霊波動を辿って帰って来たんじゃよ。こやつの波動は分かりやすいからのぅ)

 とりあえず、いいタイミングで鬼一爺さんが帰ってきた。

 なので、俺はこれ幸いと、早速、尋ねる事にした。

「おう、鬼一爺さん。丁度良かった。今、ちょっと判断の難しい事があって悩んでたんだよ」

(判断の難しい……なんじゃそれは?)

 俺はチラッとノートPCを横目で見ると、鬼一爺さんに言った。

「実はさ……」――


 ―― 15分後 ――


 俺達は報告書の内容と、如月さん達の会話について、とりあえず、鬼一爺さんに一通り説明した。

 鬼一爺さんは長い顎鬚を撫でながら言う。 

(フム……なるほどのぅ。確かに、それは妙じゃな。じゃが、呪いというものは、強ければ強いほど霊力の痕が残る。じゃから、判断がつかぬというのも分からぬでもないの……)

 やはり鬼一爺さんも報告書の内容に同意見のようだ。

 という事は霊異的な事象ではないのだろうか。

「鬼一爺さんも、やっぱ同じ意見なんだね」

(まぁの。そういった類の呪いならば、そうなるの。それに、厭魅の類の呪術は、仕掛けられた場所や仕掛ける場所さえ前もって分かっとれば、幾らでも対する方法はあるでのぅ)

 鬼一爺さんの口調だと、沙耶香ちゃんの言っていた呪いの類は、さほど問題ないような感じに聞こえてきた。

 だが俺は呪いなんてやった事もないので、対処方法がイマイチ分からん。

 なので聞いてみた。

「へぇ、じゃあ、そういう呪いの対処ってどんな事をするんだ?」

(フム……まぁこれは一つの方法じゃが、術者の力量によっては『かやしの風』を吹かせて、呪いを仕掛けた術者に、呪いを返す事もできるのじゃよ。まぁこれは、そういう呪術ならという場合じゃがの)

「返しの風?」

 聞きなれない言葉が出てきたので思わず言った。

(そういえば、涼一には教えてなんだな。返しの風っちゅうのは、呪いを仕掛けた術者よりも大きな霊力が練れればできるんじゃよ。簡単に言えば、大きな霊力で小さな霊力を跳ね返すだけじゃ。水の流れと同じじゃわい)

 なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。

 鬼一爺さんの言うとおり、霊力の流れる道さえ前もって分かれば、待ち伏せなり強引にいくなりして、より強い圧力で押し返せばいいだけの話である。まぁそう簡単にはいかん事も多いだろうけど……。

 などと俺が考える中、鬼一爺さんは続ける。

(しかし、話を聞く限りじゃと、どうやら、そういった類の呪いではないのぅ……)

「じゃあ、なんなの? 呪いじゃないのか?」

 すると鬼一爺さんは目を閉じて、暫し黙り込む。

 そして何かを思い出すように、ゆっくりと話し始めたのである。

(フム……我の知る呪いの中に、一つだけ、痕を残さぬ左道さどうの法がある)

「さ、茶道の法?」

 と俺が言った途端、詩織さんが言った。

「日比野君、今の言い方だと、お茶の茶道と勘違いしたでしょ〜。鬼一法眼様が言っているのは左の道と書くほうの左道よ。古代では右が正道で左が邪道という意味で使われてたのよ~」

「へ、へぇ〜そうだったんですか。勉強になりました」

 なんか知らんが、少し恥ずかしい。瑞希ちゃんや沙耶香ちゃんも若干クスクス笑ってるし……。

 まぁそれはともかく、俺は気を取り直して言った。

「で、鬼一爺さん、その左道の法って何なんだ?」

(……屍解しけの邪法 怨行おんぎょう御先ミサキ魂咒ごんじゅという名の呪術じゃ)

 この言葉にいち早く反応したのは沙耶香ちゃんだった。

 沙耶香ちゃんは目を見開くと言った。

「屍解の邪法ですってッ……た、確かに屍解することが前提の術ならば、術者による霊的な痕跡は無くなるかもしれません」

 だが俺は言葉の意味が分からんかった。

 なので問いかける。

「さ、沙耶香ちゃん、シケって何なんだ?」

 沙耶香ちゃんは俺に向き直ると言った。

「屍解とは肉体を消滅させて霊魂だけの状態になる事を言いまして、漢字で書くと、しかばねを解くと書いてシケと読みます。ですが私は、屍解の法というのを見た事が無いので、古来の文献に書かれていることしか知りません。なので、あまり詳しくはないのですが、それらの文献によると、屍解をした霊魂は無数に走る大地の龍脈を使って自在になるという記述を、以前、見た事があります。なので、もしそうならば、呪術を使った時のような痕跡は、まず出て来ない可能性が強いですね」

「なんか、やっかいな術やなぁ……」

 俺がそう呟くと、沙耶香ちゃんは深く頷いて言うのだった。

「はい、日比野さんの仰る通り、非常に厄介な呪術と思われます。なぜなら、屍解を伴う術は、殆どの場合が門外不出の秘術の部類になります。その為、術への対処方法がまったく分からないのです」

(ウム。まぁ確かにそうじゃな。対処は難しいのぅ)

 と、そこで詩織さんが鬼一爺さんに尋ねた。

「ところで鬼一法眼様、今、怨行・御先之魂咒と仰いましたが。それはどういった呪術なのですか?」

(御先之魂咒とは、術者自身が御先となって、狙い定めた者のみを呪い殺す術じゃ。ただ、それだけが目的のの……。そして術を行った者は、狙い定めた命を全て刈り取ったところで、己の魂も役目を終えて消滅する。謂わば、死なば諸共という、恐ろしくも悲しき呪術なのじゃよ)

 術の内容を知った俺は、その恐ろしさに言葉を無くした。

 こんな呪術を使う人間は、絶望を味わい、全てを呪うような人間じゃないと、到底無理である。

 今の説明通りならば、救いのない悲しい術なのだ。

 他の3人も、今の話を聞いて暗い表情を浮かべていた。

 辺りに静寂が漂い始める。

 と、そこで瑞希ちゃんは言った。

「お爺さん、今、ミサキっていいましたけど、七人ミサキとかと何か関係があるんですか?」

 鬼一爺さんはニコリと笑うと言った。

(ほう、良く知っておるのぅ。御先というのは早い話が霊魂の事じゃ。元々の意味は神の使いという意味じゃがの。まぁ人によっては死霊と呼ぶ者達もおるが……)

「へぇ~そうなんだ」と瑞希ちゃん。

 鬼一爺さんは頷くと続ける。

(ウム。それで、今言うた七人御先じゃが、それは民の間であった伝承じゃから、我もなんともいえぬの。じゃが、もしやもすると、この御先之魂咒が関わっておるのかもしれぬのぅ。この術で殺められるのは、そのくらいの人数じゃしの。まぁ我にもこれ以上の事は言えぬわい)

「ありがとう、お爺さん。勉強になった」

 瑞希ちゃんはニコヤカ微笑むと鬼一爺さんに礼を言った。

 すると鬼一爺さんは孫を見る様な優しい表情を浮かべたのだった。

 俺は今のやり取りを聞いていて思った。

 瑞希ちゃんは俺よりオカルトに詳しいのかもと。

 俺なんか、今の言葉を聞いた瞬間、地名か演歌の題名かと思ったくらいである。

 だがこれを言った日には、かなり冷たい目線が飛ぶだろうから、黙っておいた方が良さそうだ。だから言わんとこう。

 などと俺がバカな事を考えていると、鬼一爺さんは眉根を寄せて言うのであった。

(……じゃがの、この御先之魂咒という術は、人を操るようなことは出来ぬのじゃよ。精々、魂を弱らせて殺める事しかできぬのじゃ。先程の涼一の話じゃと、死んだ者達はすべて異様な死に様のようじゃしな。我はそこが解せぬのじゃ。もしやもすると、我の知らぬ術かもしれぬな……)

 どうやら今の段階では、流石に鬼一爺さんでも分からんようである。

 しかし、俺はさっきから気になるところがあるのだった。

 それは屍解するという部分である。

 今は屍解という言葉の為に若干カモフラージュされているが、これは非常に悍ましい事のように思えるのだ。

 何故なら屍解とは、すなわち、肉体の死を意味するからである。

 それが気になったので、俺は聞いてみることにした。

「鬼一爺さん、屍解するという事は、要するに死ぬという事だよね。という事は、自分が死んでも殺してやりたい相手って事だ。だから、もしこの術を使う者がいた場合、そこには物凄い怨念が渦巻いてると思うんだけど、そういう負の怨念で動く霊魂なら、悪霊にはならないのか?」

 鬼一爺さんは首を横に振ると言った。

(じゃから屍解するんじゃよ。言いかえるならば、肉体がなくとも肉体がある時と同じように振る舞える霊魂といったところじゃ。目的を考えると、悪霊みたいなもんじゃが、決してそこら辺の悪霊ではないのじゃ。そして、そこがこの術の最も恐ろしいところでもあるのじゃよ)

 俺は鬼一爺さんの話を聞いて行くうちに、暗い気分になっていく。

 またそれと共に、とてつもなく、嫌な予感がしたのだ。

 俺は恐る恐る尋ねた。

「……今、肉体がある時と同じように振る舞える霊魂と言ったけど、そのミサキになった術者は、だ、誰でも呪い殺せる状態なのか?」

 鬼一爺さんは首を横に振ると言った。

(いや、勿論、誰でもというわけではない。この術は呪い殺す者の分霊が必要なのじゃ。そしてこの分霊が、屍解した術者の魂を御先としてこの世に留まらせる仕組みになっておる。とはいうても、精々、五人から八人程度しか呪えぬがの)

 俺はそれを聞いて、少しホッとした。

 何故なら、この術の場合、無差別に誰でも殺せるという線は消えたからである。

 しかし、そんな俺を見た鬼一爺さんは、真剣な表情でこう言ったのだ。

(じゃがの、涼一。この術は、防ぐのが至難の業なんじゃよ。標的が誰か分かったとしても、肉体を持つ者と同じ魂の波動をしておるからの。悪霊どもと同じという訳にはゆかぬ。じゃから、この御先之魂咒が狙うた命は、殆どの場合、刈り取られてしまうことになるのじゃよ。これはに恐ろしき術なのじゃ。その昔、我のいた陰陽寮でも禁忌の邪法として、陰陽頭おんみょうのかみの手により、これら屍解の奥義書の類は厳重に封咒されておったからの)

「マ、マジかよ……」

 俺は鬼一爺さんの話を聞くなり無言になった。

 それは瑞希ちゃんや沙耶香ちゃん、それに詩織さんも同様で、非常に重い空気がその場に漂い始めたのであった。

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