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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
53/64

伍拾参ノ巻 ~黄泉 十一

 《 伍拾参ノ巻 》 黄泉 十一



 ――地龍八門の陣を発動した瞬間。

 俺の目の前にある八門の空間には、白く発光する霧の様なものが漂い始める。

 それと共に、八門の結界内の大地全てが、薄らと青い色をした大地へと変貌を遂げてゆくのである。

 それはまるで、南国の澄んだ美しい海の様であり、大地そのものが澄んだ神聖な場所へと変化したかのようにさえ見える。

 また、その澄んだ大地の上には、決して強くはない白く優しい光が、全てを包み込むかのように結界内を埋め尽くし始めているのだ。

 俺はその光景を見ながらこう思った。

 まるで夢に出てきそうな景色だと……。

 目の前に広がる不思議な光景に、俺は暫し、印を組みながらも見とれていたのであった。

 だがしかし……。

 この神聖な空間に似つかわしくない、禍々しい存在が俺の前方15m位のところにいた。

 それは勿論、黄泉の事である。

 だが、黄泉は地龍八門の陣が発動するなり、体が小刻みに震えるだけで、身動き一つしなくなったのだ。

 まるで、金縛りにでもあったかの様に……。

 俺は黄泉の動向を注視しつつ、鬼一爺さんに話しかけた。

「き、鬼一爺さん。……黄泉は一体どうしたんだ? 何故、動かない?」

 黄泉を見据えながら、鬼一爺さんは静かに言った。

(この地龍八門の陣は、結界内に満たされる正の霊力によって、負の存在を苦しめ、且つ、無力化させる為の術法じゃ。即ち、正の霊力だけが漂うこの結界内では、奴は何も出来ぬのじゃよ。要するに奴は今、八門の鎖に繋がれておるという事じゃわい)

 俺は鬼一爺さんの言葉を聞き、周囲に漂う光景を見回した。

 確かに、これだけ強い正の霊波動が漂う空間だと、負の霊力の塊である黄泉の様な存在は厳しいだろう。

 鬼一爺さんの言うとおり、奴は鎖につながれた状態なのも頷ける。

 今の状況は要するに、黄泉の瘴気の中にいた俺達と逆の様な現象が起きているのだ。

 だが、鎖に繋いでいるだけでは、この化け物は倒せない。

 その為、俺は言った。

「黄泉を無力化させたのはいいけど。これからどうするんだ?」

 鬼一爺さんは俺の顔を見ると言った。

(では、涼一。今からする事を大まかに話そう。まずは地龍八門の結界を完全に塞ぐ為に、全ての門を数珠繋ぎにする八門連環の法陣というのを行う。これをせぬと、その後の術が使えぬのじゃ)

 初めて聞く言葉だが、意味は分かる。

 俺は頷くと言った。

「じゃあ、鬼一爺さん。説明を頼むよ」

 すると鬼一爺さんは、準備運動でもするかのように体を屈伸させた。

 霊体だから、それは要らんだろ。

 などと思っていると鬼一爺さんは言うのである。

(うむ、では行くぞ。ゆっくりでも構わん。我のやる型通りに印を組むのじゃ。まずは休門と生門からじゃ)

「お、おう、分かった」

 そして俺は、鬼一爺さんが演じる術式型を見本に、八門連環の法陣を行使し始めるのであった。


 ――30分後。


 鬼一爺さんの指示と実演を元に、俺は2つの法陣術を行使する事になった。

 それは八門連環の法陣と、天地浄刹てんちじょうせつの法陣という名の法陣術である。

 前者は結界を完全密閉する意味合いのもので、後者は結界内を更に強い正の霊力で満たして、今以上に穢れを浄化する術法である。

 で、俺は今、天地浄刹の法陣という術法をやっており、もうこの法陣術は最終局面へときているのだ。

 俺は印を組みながら、黄泉に視線を向ける。

 直径10m以上はあった骨で出来た球体も、今ではサッカーボール程の大きさとなっていた。

 また、骨の球体がドクンッドクンッと打つ鼓動もかなり早い上に、中から湧き出てくる妙な液体の量もかなり減ってきたのである。

 その様子を見た限りでは、もう虫の息といった感じである。

 やや哀れではあるが、この化け物は長きに渡り、生命をその体に取り込んできた性質の悪い化け物。

 その事実の前には同情の余地はない。

 この世界に関わった以上、ここでこの化け物を滅ばすのが、俺の浄士としての勤めだ。まだ仮免だが……。

 フトそんな事を考えていると、鬼一爺さんは俺に言うのだった。

(涼一、次で最後じゃ。行くぞ)

 俺は無言で頷く。

 それから前方にいる鬼一爺さんが実演する型を見ながら、俺もそれに習ってゆっくりと型を取るのであった。

 因みに最後の型は、カメハメ波を放った後の様な体勢である。

 と、その時だった。

【ヴァァァァギャァァァ】

 最後の印を組むと同時に、黄泉の断末魔の様なものが聞こえてきたのである。

 またそれと共に、黄泉の本体である骨の球体も、気化したかのように消滅をしたのだ。

 そして、黄泉の球体があった場所には、黄色とも緑とも言えないゼリー状の液体だけが、融けた氷の跡の様な水溜りになって残るのであった。 

 これでもう終わりだろう。

 そう思った俺は、鬼一爺さんに言った。

「鬼一爺さん、もう黄泉はこれで消滅したんだよな?」

 すると、鬼一爺さんはずっと黄泉の本体がいた所を見詰めていた。

 その表情は、何かを見極めているかの様である。

 だが暫くすると納得したのか、何回か頷いて俺の方に振り返る。

 そして口を開くのであった。

(……これでもう終った筈じゃ。もう奴が放っていた負の波動の気配もないからの)

 俺はそれを聞いて気が楽になり、フゥゥと大きく息を吐く。

 それと共に、組んでいた印を解くと、鬼一爺さんに言った。

「つう事はさ。もう地龍八門の陣を解いてもいいんだろ?」

 すると鬼一爺さんは、そこでもう一度、黄泉を見る。

 だが、さっきと同じく液体だけが残っているだけで、特に何も変化はない。

 鬼一爺さんは俺に視線を戻すと言った。

(うむ。もう解いても良かろう)

「オッケー。じゃあ、地龍の陣の結界を解くよ」

 俺は気楽な感じで返事すると、早速、地龍の陣に描かれた霊結の術式部分を解いて、地霊力の流れを断つのであった。

 その瞬間。

 結界内に満ちていた正の霊波動は、霧散するかのように、何処かへと行ってしまった。

 密閉状態だったから、こうなるのは当然だ。

 そして俺の周囲は、地龍八門の陣を行使する前と同じ光景へと戻ったのであった。


 地龍八門の陣を解いた俺は、流石に、今までの怒涛の展開で疲れた為、肩や首を回して自分でマッサージを始める。

 そしてマッサージをしながら、黄泉がいた場所へと歩いて移動するのであった。

 黄泉のいた所には、奴の体から出ていた奇妙な液体が水溜りの様に広がっており、此処にさっきまでいたという痕跡だけが残っていた。

 それを見ると共に、これでようやく終わったという解放感みたいなものが俺の中に生まれてくる。

 また、黄泉を倒したという安心感からか、俺はそこで一度、大きく背伸びをするのである。

 そして、一将さんに黄泉の修祓が完了した事を告げようと、無線機のマイクに手を掛けるのであった。

 だがその時……。

 またあの負の波動が小さくではあるが、漂い始めてきたのである。

 俺は黄泉のいた場所に、即座に振り返る。

 だがそこには、水溜りの様な奇妙な液体があるだけで、黄泉は何処にもいない。

 その為、俺は慌てて考える。

 ――どういう事だ、一体……。

 何故また、黄泉のあの波動が漂い始めてくるんだ……一体なぜ?――

 しかし、いくら考えても答えが出てこない。

 おまけに負の波動は段々と大きくなっていくのだ。

 不味い、なんか知らんけど嫌な予感がする……。

 そう思いながら周囲を警戒していた、その時。

 鬼一爺さんが慌てた様に、俺に向かって言うのであった。

(いかぬッ涼一ッ! 早くそこから離れるんじゃ!)

 俺は鬼一爺さんの忠告の意味が分からない為、黄泉のいた所に振り返る。

 と、その時だった!

 振り返った俺の目の前に、黄色とも緑とも言えないあの奇妙な液体が、地面から立ち昇って水柱の様に佇んでいたのである。

 俺は思わず叫んだ。

「な、何だよこれッ!」

 だが俺が叫ぶや否や、ソレは俺に向かって襲いかかってきたのだ。

 襲いかかってきた液体は、俺の背丈よりも少し大きな水柱であった。

 それらがまるで意思を持ってるかのように、俺の眼前で手を広げたかの様に広がり、覆いかぶさってきたのだ。

 避ける暇もなかった俺は、何もできずにその液体へと飲み込まれる。

 そして迂闊にも、俺は抵抗も出来ずに捕獲されてしまったのであった。



 ―― 一方…… ――



 涼一の背後で液体が立ち昇る姿を見た鬼一法眼は、目を見開く。

 またそれと共に、鬼一法眼は慌てて叫んだのだった。

(いかぬッ涼一! 早くそこから離れるんじゃ!)

 だがしかし……。

 鬼一法眼の忠告むなしく、涼一はその液体に取り込まれてしまったのだ。

 液体の中に取り込まれた涼一は、溺れているかのように手足をジタバタする。

 そして前方にいる鬼一法眼に向かって手を伸ばす様に、必死に体を前へ出そうとするのである。が、体は前には進まない。

 完全に体を飲み込まれてしまっている涼一は、体の自由も同時に奪われてしまっていたのだ。

 だが、死にたくない涼一は、必死にもがいて前へ出ようとする。

 しかし、体は依然進まない。

 また、諦めずに何度もそれを繰り返す。

 何故なら、涼一にはそれしか方法がないからだ。

 だが時間が経つにつれて、呼吸が出来ない涼一は、当然、息も苦しくなってくる。

 そして次第に苦しさのあまりから、のど元を抑える仕草をし始めたのであった。


 鬼一法眼は険しい表情でそれを睨み付けると共に、何もできない自分に歯がゆさを感じていた。

 だが、このまま放っておくわけにいかない為、鬼一法眼は取り込まれた涼一を救うべく、必死に策を考えるのである。

 しかし、この存在を何とかするには地龍八門の陣を使う以外に手はない。

 しかも、要である地龍の陣を発動できるのは涼一のみ。

 その為、鬼一法眼が今とれる方法は、やや離れた所にいる八門の術者に、手を借りるしかない状況なのであった。

 だが、八門の術者は1人欠けても発動はできない。

 仮に涼一を助けれたとしても、それが原因で、術を発動する少しの間、タイムラグが生じるのである。

 鬼一法眼はそれがある為に、非常に頭を悩ませているのだ。

 と、その時だった。

 涼一を取り込んだ液体は、更に地面から湧き出てきたのである。

 それはまるで地下水が湧いてくるかのようであり、際限なく何処までも出てきそうな雰囲気を醸し出していた。

 また、その湧き出る液体が増えるに従い、元あった液体も更に大きな液体の塊へと変化を遂げてゆくのである。

 そしてそれが結果的に、涼一を取り囲む液体の壁を更に広げたのであった。

 だがそれを見た鬼一法眼は、鋭い目つきで言った。

(……そういう事じゃったのか。わかったぞい。この魑魅の正体がッ!)と。

 しかし、現状で取れる手立てが無い為、鬼一法眼は眉間に深く皺を寄せるのである。

 そこで鬼一法眼は難しい表情をしながら、もがく涼一に視線を向けた。

 すると液体の中にいる涼一は、次第にジタバタする手足がゆっくりとなり、力尽きたかのようにグッタリし始めたのだ。

 今の涼一は、琥珀の中に閉じ込められた古代昆虫の様になっており、誰が見ても此処から出るのは容易ではない状況である。

 その為、鬼一法眼は更に顔を顰め、弱々しく言うのであった。

(ぐぬぅ……もはや、手段を選んでいる場合ではないか。仕方ない、一将殿の手を借りよう)

 鬼一法眼はそう決断すると共に、一将がいる方向へと振り向く。

 そして涼一を背にして移動を始めた――


 ――その時だった!

 液体に捕らわれた涼一がいる鬼一法眼の後方から、白く眩い光が発したのである。

 光に気付いた鬼一法眼は、すぐに涼一へと振り向いた。

 そして振り向くや否や、鬼一法眼は驚愕の表情を浮かべるのであった。

 何故ならば、その眩い光の正体は、涼一そのものから発せられているからである。

 また、光の中心にいる涼一自身にも、鬼一法眼は驚きのあまり目を見張ったのだ。

 鬼一法眼を驚かせたもの……。

 それは、涼一のとる姿であった。

 液体の塊の中心で、涼一は眠ったかのように目を閉じながら、教えていない筈の印を幾つも流れる様に組んでいたのだ。

 涼一の組む印を見た鬼一法眼は、誰にともなく呟いた。

(なぜ、教えてなどいない【孔雀法・除魔光翼の印】を涼一が……)と。

 鬼一法眼は得体の知れないモノを見るかのように、慣れた手つきで印を組んでゆく涼一を見ていた。

 そして、涼一が最後の印を組んだ、その瞬間。

 まるで孔雀が羽を広げたかの様に、涼一を中心に虹色の美しい光が全方向に放たれたのだ。

 涼一を取り巻く液体は、虹色の光が現れると共に、一斉に弾けて周囲に飛び散った。

 またそれと共に、涼一は液体から解放されて放り出されたのである。


 液体から出てきた涼一は、地面に四つん這いになって突っ伏し、「ゲホッ、ゲホッ」と咳き込む。

 鬼一法眼はそんな涼一に慌てて近寄ると、急いで声を掛けた。

(だ、大丈夫か、涼一!)

 涼一は四つん這いのまま下に俯き、非常に辛そうな感じである。

 だが、意識はハッキリしてるのか、鬼一法眼になんとか答えるのだった。

「ゲホッ、ゲホッ……お、おう……ハァ……ハァハァ……あ、あんま、大丈夫じゃない」

 涼一の言葉を聞いた鬼一法眼は、焦った表情から、やや柔らかい表情へと戻る。

 そして仕切り直しとばかりに言った。

(そ、そうか。では涼一。すまぬが、我の言葉に少し耳を傾けてくれ)

 涼一は鬼一法眼の方へは向かず、下に俯いたまま無言で頷く。

 鬼一法眼は言う。

(あの魑魅はまだ滅んではおらぬ。じゃが、我はあの魑魅の正体がようやく分かった。そして奴が何故、火を嫌うのかも。……それでじゃ。辛いところすまぬが、地龍八門の陣をもう一度発動させてほしいのじゃ。できるか?)

 涼一はそれを聞くなり、やや辛そうに顔を上げる。

 それから大きく一息吐くと口を開いた。

「……せ、選択肢が1つしか無いやんか。ゲホッ……やるしかないやん」

(よし、なら早速、頼むわい。また奴は集まりかけたからの) 

 鬼一法眼はそう言いながら、周囲に散らばる液体へと視線を向けた。

 するとなんと、涼一の光によって飛び散った液体が、また1つの場所へと集まりだしていたのだ。

 それを見た涼一は、慌てて立ち上がると言うのであった。

「や、ヤバいやんか! 鬼一爺さん、急ごう!」



 ―― 涼一が液体に捕らわれる少し前 ――



 死門にて、明日香と共に同じ印を組む宗貴は、結界に変化があった為、地龍の陣へと視線を向けた。

 その変化とは、地龍の陣からずっと供給されていた霊力が途絶えたからである。

 宗貴はもう終ったのだろうか? とも思ったが、自身の勝手な憶測で印を解くのは不味いと考える。

 その為、霊力が途絶えた後もずっと印を組み続けるのであった。

 するとそんな中。

 隣にいる明日香が、宗貴に向かって声を掛けたのである。

「お兄ちゃん、霊力が止まったみたいだけど。もう終わったのかな?」

 首を振ると宗貴は言う。

「いや、分からん。だが、我々の勝手な判断で印を解くわけにはいかない。今行われているのは、俺達の知らない術だ。日比野君達から連絡があるまでは、絶対に解くなよ、明日香」

 明日香は宗貴へ視線を向けると、真剣な表情になる。 

 そして、自身に言い聞かせるかのように言った。

「……うん。勝手なことして、また誰かが怪我するの、もう、見たくない……」

 そんな明日香を見た宗貴は、涼一のいる地龍の陣へと視線を戻す。

 そして地龍の陣を暫く見た後。

 宗貴は目を閉じて静かに言った。

「明日香。俺達浄士は、今の様に集団行動もあるが、主に個人行動の方が多い。その時、色んな局面を判断するのは当事者である俺達1人1人だ。だから常に、周囲の変化と対象の変化に、気を配り続けなければならない。そして更に、そこから試行錯誤を繰り返したうえで、最終的な決断を各々の責任で下すんだ」

 宗貴の言葉を聞く明日香は、今までの自分を振り返っていた。

 そして、兄の言葉を非常に重く受け止めるのである。

 宗貴は続ける。

「今、他の陣を受け持つ者達は、単に技能の面だけでなく、そういった面が全てにおいて成熟した方々だ。彼らはこういう事態の時、統制者である一将さんの指示があるまでは、絶対に勝手な事はしない。だから明日香……これからもこの世界でやっていくのならば、今までの自分を改めるんだ。でないと、俺の怪我以上の大惨事が起こる事だってあり得るんだぞ」

 明日香は思い詰めた表情ではあったが、何かを噛みしめるように地龍の陣へと視線を向けていた。

 暫く2人の間に無言の時が流れる。

 そんな中、明日香は重々しく口を開く。

「うん……。私、今までの自分を見つめ直してみる。もう自分の所為で、大事な人達を傷つけたくないもん」

「ああ、よく考えるんだ。お前は、そういった面を治せば、もっと伸びる筈だ」

 宗貴はそう言うと、笑みを浮かべて明日香に視線を向けた。

 と、その時だった。

 地龍の陣がある前方から、虹色の眩い光が突如あらわれたのである。

 それはまるで孔雀が羽を広げたかのような光景であり、非常に神々しい光を放っていたのだ。

 2人は信じられないモノを見るかのように、目を見開きながらその光を見つめる。

 そして明日香は、恐る恐る言うのだった。

「お、お兄ちゃん。あ、あれは何?」

「……分からん。だが、まだ戦いは終わってないという事だ。気を抜くなよ、明日香」

 虹色の光を見た2人は、共に真剣な表情に戻る。

 それからジッと地龍の陣がある方向を見詰めて、印を組み続けるのであった。



 ―― そして、涼一は…… ――



 地龍の陣へと慌てて戻った俺は、まだ辛いながらも急いで霊力を練ると、発動の術式印を体全体を使って組んだ。

 その瞬間。先程と同じように、八つの青白い光が、八門へと向かって伸びてゆくのである。

 そしてあの白く発光する霧の様なものも、また、漂いだしたのであった。

 するとそれを見た鬼一爺さんは、少し安心したのか、ホッとした表情なるのである。

 鬼一爺さんのこの反応は、黄泉を結界に縛り付ける事が出来たからだろう。

 とりあえず、一安心といったところだ。

 まぁそれは兎も角。

 鬼一爺さんは地龍八門の陣が発動すると俺に言った。

(よし。これで、あの魑魅の動きは封じた。では次に行くぞい)

 だが、俺はさっきから少し気になる事があった。

 なので、まず、それを問いかける事にした。

「き、鬼一爺さん。さっきの地龍八門の陣でも、完全に倒せなかったんだ。何かいい手はあるのか?」

 この法陣術では、縛り付けて弱らせる事しか出来ないと俺は思ったのだ。

 だから問いかけたのである

 すると鬼一爺さんは、黄泉の方向を見ながら静かに言った。

(……我は読み間違えておった。あの魑魅の正体をの……)

 俺は首を傾げつつも尋ねる。

「さっきもそんな事言ってたけど。奴の正体って、一体何なんだ? さっきの感じだと、気持ち悪い液体としか思えないけど」

 鬼一爺さんはそこで俺に振り向く。

 そして重々しい口調で言うのだった。

(その通りじゃ、涼一。奴は液体そのものなのじゃよ。そしてあの液体の正体とは、怨念が大量に渦巻く穢れた水なのじゃ。穢れた水が器となってあの魑魅が生まれたのじゃよ。骨の球体は奴の本体ではなかったのじゃ)

「液体が正体……」

 俺はボソッと呟く。

 だが奴の正体は分かっても、肝心の奴を倒す手段が分からない。

 その為、俺はもう一度問いかける。

「でも、その穢れた水は、地龍八門の陣では完全に始末できなかったんだ。何か、別の手が必要なんじゃないの?」

 鬼一爺さんは頷くと共に笑みを浮かべる。

 それからまた、黄泉へと視線を戻し、話し始めた。

(……そうじゃな。確かに、奴は地龍八門の陣では完全に消し去る事は出来ぬ。じゃが、一つだけ手はあるのじゃ)

「一つだけ?」

 鬼一爺さんは続ける。

(うむ。一将殿が言っておったじゃろう。祖先が山焼きを行った、と。あれが奴を滅ぼす、唯一の方法なのじゃ)

 俺は意味がよく分からない為、首を傾げる。

 すると、そんな俺を見た鬼一爺さんは、笑みを浮かべて言うのであった。

(涼一。奴はの、生命だけが糧ではない。もう一つあるのじゃ)

「もう一つ?」

 鬼一爺さんは頷くと言った。

(うむ。それは水じゃ。生命と同じでな、この大地にある水がないとあの魑魅も生きて行けぬのじゃよ。ゆえに奴は火を恐れたのじゃ。山焼きで大地の水気がかなり飛んだじゃろうからの。という事はつまり、あの周囲一帯を魑魅ごと、水気が無くなるまで焼き尽くせばよいのじゃ。それであの魑魅は完全に滅びるじゃろう)

 だがそれを聞いた俺は、聞き捨てならない為、即座に問いかけた。

「ちょ、ちょっと待てよ。そんな火をどうやって調達するんだよ!」

 鬼一爺さんはそこでボソッと言う。

(……今から、裏門を開く。それで奴を滅ばすのだ)

「そういえばホテルでもそんな事言ってたな。一体、何なんだ。その裏門て?」

 今の言葉を聞いた鬼一爺さんは、振り向くと共に俺の足元を指さす。

 そして鋭い目つきになって言うのだった。

(涼一のいる地龍の陣。そこに裏門である地門がある。そしてそれを開いた時。この地龍八門の陣がもつ最大術法、八龍降魔はちりゅうごうまの陣へと変化するのじゃ)

「八龍降魔の陣……」

 俺は鬼一爺さんの言った名前を復唱する。

 それと共に、嫌な予感が脳裏を過ぎったのであった。

 何故ならば、ホテルでこの裏門の事を鬼一爺さんに聞いた時、態度がおかしかったのである。

 しかも、このジジイがそんな態度をとる時は、大抵、俺の身に災いが降りかかるのだ。

 という訳で、俺はストレートに尋ねた。

「あのさ……ところでその術だけど。使うと俺はどうなるの?」

 鬼一爺さんは中途半端な顔のまま暫く固まる。

 もうこの時点でかなりの状況証拠だ。

 少し間をおいて、鬼一爺さんは歯切れ悪く言った。

(ま、まぁ。その、なんじゃ。アレじゃ。大丈夫じゃ、心配するな。死にはせん)

「……」

 俺はそんな鬼一爺さんに、ジッと流し目を無言で送る。

 するとジジイは、話題を逸らすかのように、黄泉へ向き直って言うのであった。

(そ、そんな事よりもじゃ、涼一。は、早くせぬと、この戦いを終えられぬぞ。それでも良いのか?)

 俺も釣られて黄泉の方へ視線を向ける。

 確かに、いい加減この戦いもそろそろ終わらせないといけない。

 だが、ジジイは何かを隠しているのだ。

 しかし、俺も黄泉との戦いでかなり疲れている為、このまま術を行使し続けるのも中々難しい。

 そう考えた俺は、鬼一爺さんに向かって最後の確認をするのである。

「本当に、死ぬような事は無いんだろうな? 寿命が縮むとかもなしだぞ」

(それは勿論じゃ。安心せい。お主は術を行使したら、後は暫くゆっくりと休めばよいだけじゃ…………恐ろしく疲れる筈じゃからの)

 最後の方は聞き取れなかったが、今の言葉を聞いた俺は、とりあえず鬼一爺さんに指示を仰ぐ事にした。

「で、裏門て、どうやって開くんだ?」

 鬼一爺さんは俺の後方を指さして言った。

(お主の真後ろに、霊結とよく似た術式があるじゃろ。それが地門開放の術式じゃ。そこへ右足を乗せて、発動の時と同じ術式印を組めばよい。要するに反対向きで発動の印を組めばよいだけじゃわい)

 俺は頷くと、早速、体を反転させる。

 それから、やや怖いながらも、地龍の陣を発動させる印を組み始めたのだ。

 そして最後まで組み終えた、その時!

 地龍の陣から八門に流れていた地霊力に、大きな変化が現れたのである。

 それは、まるで堰き止めてあった水が流れ込むように、膨大な量の地霊力が八門へと向かって流れ始めたのだ。

 清流が激流になったかのような感じだろうか。

 兎に角、物凄い霊圧の地霊力が、結界内を駆け巡っているのである。

 今までの地龍八門の陣は、地門によって地霊力の流量を調節されていたという事なのだ。

 その余波は当然、地龍の陣を行使している俺の体にも、大きな負担となって圧し掛かってくる。

 気を抜くと、俺自身が何処かに飛ばされてしまいそうな感じだ。

 またそれと共に、見えない力によって俺の体は少し自由を奪われているようにも感じるのであった。

 ハッキリ言って俺は、今の状況が恐ろしい。

 術の成功よりも、この術に身体が耐えきれるのだろうか、という不安の方が今の俺には大きい。

 だがしかし。俺が要の術なので、弱気になんかなっていられない。

 その為、なんとかそれらの恐怖を抑えつけて、俺は必死に術へと意識を集中するのであった。


 地門を開放してから程なくして、八門全てに膨大な霊力が流れ込む。

 そしてその瞬間。

 八門すべてから青白い霊力の龍が、物凄い勢いで天へと向かって昇ったのだ。

 100m程の高さにまで立ち昇った青白い八匹の龍は、次に、放物線を描くように結界へと向きを変えて降りてくる。

 八匹全ての龍が地面へと降りてくると、結界内で蜷局とぐろを巻くかのようにうねり始めるのであった。

 するとそこで、鬼一爺さんは俺に言った。

(涼一、地門解放の術式に両手を置け。そして地霊力の波長とお主の霊波長を合わせるのじゃ)

 俺は苦しいながらも気合で体を動かす。

 術の負担の所為か、まるで体全体に重石を付けられたかのようだ。

 俺はなんとか、そこへ両手を置く。

 鬼一爺さんは、俺が手を置いたのを確認すると、次の指示をしてきた。

(よし、ではこれで最後じゃ。浄化の炎の真言を唱えよ)

 俺は頷くと、いつもよりもゆっくりと、唱え慣れた真言を口にした。

《 ――ノウモ……キリーク……カンマン・ア……ヴァータ―― 》

 その時だった!

 八匹の青白い霊力の龍は、青白き火炎龍へと変化を遂げたのである。

 それと共に、結界内すべてをうねりながら、不浄を焼き尽くすべく回り始めたのだ。

 俺の結界の周りは青白き炎で埋め尽くされ、それ以外のモノは何も見えない状況である。

 そして上に目を向ければ、20mほどの高さを持った火炎龍の壁が形成されているのだった。

 恐らく、地龍の陣の外は、灼熱の地獄。

 この炎の中では、流石にあの黄泉もどうにもならないだろう。

 そう考えながら行使し続ける事、10分。

 鬼一爺さんは俺に言うのであった。

(……涼一。もうよい、地門解放の術式から手を離せ)と。

 俺は圧し掛かる負担の為、ゆっくりと手を離す。

 するとその途端、青白き火炎龍は、先程の青白い龍へと戻ったのである。

 と、そこで鬼一爺さんは言った。

(では次に裏門を閉じよ)

 俺は術の負担で重い右足を動かす為、両手を使ってなんとか地門開放の術式部分から退ける。

 それから地門開放の術式を解呪するのだった。

 すると、今までの激流の様な霊圧も弱まり、静かな霊力の流れに戻り始める。

 それを確認した鬼一爺さんは、頷くと共に言うのである。

(よし、もう地龍の陣を解けばよいぞ)と。

 俺はその言葉通りに、霊結の術式を解いて地霊力の流れを断ち、ようやく地龍八門の陣を終了させたのであった。



 ―― そして、鬼一法眼は ――



 涼一が地龍の陣の発動を終了すると同時に、鬼一法眼はすぐに黄泉の元へと向かう。

 そして念入りに、黄泉のいた場所を確認するのであった。

 周囲に散らばっていたあの奇妙な液体は、先程行った八龍降魔の陣によって、大地の水分と共に全てが気化して完全に消滅していた。

 その影響で、黄泉のいた周辺には焼けた大地以外、何の痕跡も見当たらない状況となっていた。

 だが、最初の様に暫くしてから復活することも考えられるので、鬼一法眼は決して安心は出来なかった。

 その為、暫く黄泉のいた場所にて、鬼一法眼は様子を窺う事にしたのだった。

 5分……10分……20分と、鬼一法眼はジッとその場を注視する。

 そして時間経過と共に負の波動が感じられない事を確認したところで、ようやく、黄泉は滅んだと鬼一法眼は結論付けたのであった。

(もうこれで、あの魑魅は完全に滅んだじゃろう……)

 鬼一法眼はボソッと呟くと、其処を後にする。

 それから涼一のいる地龍の陣の所へと向かったのである。


 地龍の陣の所へと来た鬼一法眼は、法陣シートの上で胡坐をかいて座る涼一の傍へといく。

 そして笑みを浮かべて労いの声を掛けた。

(涼一、ようやった。黄泉は完全に滅びさった。お主のお蔭じゃわい)

「……」

 だが、涼一は返事をしなかった。

 それどころか、まるでゼンマイが切れた人形のように身動き一つしないのである。

 訝しげに思った鬼一法眼は、涼一の顔を覗き込む。

 すると、涼一の口元からスースーという寝息だけが聞こえてきたのだ。

 そう……涼一は術を解いた後、八龍降魔の陣を行使した反動が襲いかかってきた為、すぐに意識を失って眠ってしまったのである。

 だから鬼一法眼の言葉に反応しなかったのだ。

 鬼一法眼は優しい笑みを浮かべると、眠る涼一に向かって語りかけた。

(八龍降魔の陣は、まだ、今のお主では早い術じゃったな。無理をさせてすまぬ。……今はゆっくりと休め。後は我が、一将殿に伝えておこう)

 鬼一法眼はそう涼一に言った後、一将のいる方向へと移動を始めたのであった。 

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