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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
52/64

伍拾弐ノ巻 ~黄泉 十

  《 伍拾弐ノ巻 》 黄泉 十



 ――麻耶は周囲を警戒しながら、つい先程まで黄泉が居座っていた場所へとやってきた。

 だが其処に来るなり、麻耶は目を見開くと共に顔を顰める。

 何故ならば、麻耶の視界には予想していた以上に、凄惨な光景が広がっていたからである。

 所々に掘り起こしたかのような溝と穴があり、その上から奇妙な液体が撒き散らされたか如く覆いかぶさっていた。また、それらの真ん中には、カメラを取り付けた電柱が折れて横たわっていたのだ。

 そんな凄惨な光景を見た麻耶は、ある疑問が脳裏に過ぎった。

 それは『化け物が結界の外に出たのは、結界を間引いた事だけでなく、取り付けたカメラに反応したからではないのか?』という疑問である。

 だが其処には今や化け物の姿はなく、瓦礫と共に奇妙な液体が塗れているだけの場所になっていた。

 確認しようにも、既に真相は分からない。

 その為、とりあえず麻耶は過ぎった疑問を無視することにして、本来の目的を優先させる事にした。

 麻耶は目的であるカメラの回収を行う為、横たわる電柱の方へと歩み寄る。

 電柱の所に来た麻耶は、自身が取り付けた電柱の中間部分へと目を向けた。

 だがしかし、取り付けたであろう場所にカメラは見当たらない。

 麻耶は更にその周辺を隈なく見回す。

 だが麻耶の視界に入ってくるのは、所々に塗れているゼリー状の液体と、黄泉の触手が掘った溝や穴ばかりであった。

 それらを見た麻耶は、あまり時間が無い為、焦りや苛立ちのようなものが生まれてくる。

 しかし、それらの感情を抑えつけて麻耶は、周囲を念入りに確認するのである。

 と、その時だった。

 麻耶の前方に、あるモノが飛び込んできたのだ。

 それは地面を大きく引っ掻いた様な溝から見える、僅かに黄色く点滅する光であった。

 場所は電柱から若干離れた所で、涼一達の向かった方向に位置している溝である。

 それを見た麻耶は、足早にその溝へと移動する。

 そして点滅する光に目を向けたのである。

 するとそれを見た麻耶は、ホッと一息吐いて安堵の表情を浮かべた。

 何故なら、光が発せられているのは、秀真と麻耶が設置したあの霊能計測カメラで間違いなかったからである。

 やや土の中に埋もれる様な状態ではあったが、紛れもなく、麻耶の良く知っているカメラなのであった。

 だから安堵の表情を浮かべたのである。

 それを見て気が楽になった麻耶は、早速、しゃがんでカメラへと手を伸ばす。

 そして、若干、土に埋もれたカメラを取り出すと、自分の前に持ってきて状態の確認をするのであった。

 大きさは一昔前のハンディタイプビデオカメラを少し大きくしたもので、極端に大きな機材ではない。

 麻耶はそのカメラを簡単に見回したが、見たところ異常はない様であった。

 だが、カメラには奇妙な液体がかなり付着している。

 その為、麻耶は修祓霊装衣のポケットからハンカチを取り出して、まず、それらを拭き取るのだった。

 麻耶はカメラを拭いながらも、後方を見て応援部隊との距離を確認する。

 それから更に、黄泉と戦う涼一達の方向へと目を向けて様子を確認するのである。

 応援部隊の方はまだ若干離れた所におり、一番近くにいる涼一達の1人は麻耶から50m程先にいた。

 麻耶はそれらの位置関係を確認すると急いで液体を拭き取り、電源が入ったままのカメラを腰にある術具入れの中に仕舞う。

 そして麻耶は急いで立ち上がると、もう一度、涼一達と応援部隊の位置を確認するのである。

 まだ気付いてない事を確認した麻耶は、この場を後にしようと、すぐさま応援部隊が来る反対方向へと移動を始める。

 と、その時だった!

【あ、あぶないッ! 早く逃げるんだァ、そこの人!】

 若い男の叫ぶような声の後。

 麻耶の斜め上空から一本の触手が襲いかかってきたのだ。

 予期せぬ突然の忠告と触手の襲撃に、麻耶は足を止めて驚愕の表情を浮かべる。

 逃げる事ばかりに注意が向かっていた麻耶は、化け物の存在をすっかり失念していたのだ。

 そして身動き取れないまま、触手に巻き付かれてしまうのであった。



 ―― その少し前…… ――



 俺は宗貴さんと明日香ちゃんと共に火霊術の結界の中へと入ると、まず、向かう先にいる黄泉の存在を確認した。

 黄泉は結界から100m程離れた所にいる。

 また、周囲にはヘリのライトで照らされた八門を担う術者達の姿があり、小さく俺の目に飛び込んできたのだ。

 今見た感じだと、一将さん達は、続けざまに襲い掛かる黄泉の触手攻撃に、付かず離れず、何とか対処している状況であった。

 いや……そうではない。

 恐らく、ああやって今まで黄泉の注意を引いてきたのだろう。

 因みに一樹さんと龍潤さんは、もう既に一将さん達の元へと着いており、今は戦闘に参加していると思われる。

 なので、俺達も早くその輪に加わらなければならないのだ。

 だがしかし……。

 そこで、このまま向かって良いのだろうか……という疑問が、俺の脳裏に過ぎったのだった。

 何故ならば、怪我をしている宗貴さんと、保護した明日香ちゃんの事があるからだ。

 このまま向かったところで、恐らく、宗貴さんはさっきの様に戦えない。

 おまけに、今は明日香ちゃんの事もある為、下手を打つと、またさっきの二の舞になる可能性があるのだ。

 さっきの様な事はもう避けたい。

 そう思った俺は、隣にいる2人に言うのであった。

「宗貴さんに明日香ちゃん。ちょっと止まって待ってもらえますか」

 俺の声を聞き、2人は足を止める。

 そこで宗貴さんは口を開いた。

「日比野君、どうしたんだい?」

「宗貴さん。……このまま向かうと、黄泉と対峙する事になります。でも、宗貴さんはまだ、怪我が完全に治っていない。ですので、宗貴さんと明日香ちゃんは死門の結界にて、待機していた方がいいと思うんです」

 俺に続いて鬼一爺さんも霊圧を上げて言った。

(涼一の言う通りじゃ。今は他の者達に任せておけ。宗貴と明日香は八門の結界で待機していた方がええ)

 俺と鬼一爺さんの言葉を聞いた宗貴さんは、空を見上げて目を閉じる。

 そして納得したように頷くと言った。

「……そうだな。確かに、日比野君や鬼一法眼様の言うとおりだ。このまま向かえば、逆に迷惑をかける可能性がある。それに今は、奴を八門の結界に誘い込んで、法陣を発動させることが何よりも優先される。我々は先に持ち場へと向かうことにするよ」

「でも気を付けてください。まだ周辺には悪霊もいますんで」

 と言うと俺は周囲を見回す。

 宗貴さんは少しだけ笑みを浮かべると言った。

「一応、明日香もいるから俺の事は大丈夫だ。日比野君もあの化け物には気をつけろよ」

「はい、勿論です。死にたくないですからね」

 次に俺は、やや思い詰めた表情で宗貴さんの隣にいる明日香ちゃんに言った。

「それじゃあ、明日香ちゃん。宗貴さんをよろしくね」

 すると明日香ちゃんはハッと顔を上げる。

 それから、何時にない真剣な表情で言うのだった。

「わかってる。私……もう勝手な事はしない……。日比野ッチも気を付けてね」

 俺は頷くと言った。

「うん。じゃあ2人共、また後で」

「日比野君、ではまた後で」

 それを合図に、宗貴さんと明日香ちゃんは、八門の陣がある方向へと駆けてゆく。

 駆けてゆく2人を見た俺もまた、前方にいる黄泉へと向かって駆け出したのであった。


 俺は黄泉へと向かう中、一将さんに今のやり取りを無線で報告することにした。

《一将さん、こちら日比野です。報告があります。まだ宗貴さんの怪我は治ってはおりませんので、今、宗貴さんと明日香ちゃんの2人には、八門の結界へと先に行ってもらいました》

 間髪おかずに一将さんの声が聞こえてくる。

《そうか、了解した》

 俺は一将さんの返事を聞くと同時に、走るスピードを上げた。


 前方に見える黄泉の周辺には八門の術者達がいるが、一か所に集まって注意を引いてると言った感じだ。

 皆がバラバラに黄泉の周辺にいるわけではない。

 その為、俺も皆のいる方向へと駆けてゆく。

 だがしかし……。

 俺と黄泉の距離が50m位に差し掛かった頃、異変が起きた。

 黄泉の行動に変化があったのである。

 何故か知らないが、黄泉は先程いた場所の方向へと触手を伸ばし始めたのだ。

 それと共に、自らの体を引きずって移動を始めたのである。

 これはまるで、さっきの場所へ戻ろうとしているみたいだ。

 そう思うと共に、俺の中で嫌な予感がし始めてきたのである。

 すると、丁度そこで、一将さんの無線連絡が聞こえてくるのであった。

《不味い、奴はまた結界の外へ出ようとしている。日比野君、さっきの術はまだ使えるか?》

 だが、黄泉のスピードは結構速い上に、時間を稼ぐ距離もない。

 その為、俺は言った。

《この黄泉の移動スピードでは無理です! ……でも他に火を使った術があるので、それをやってみます》

 今、一将さんに言った他の術というのは浄化の炎である。

 というか、この距離ではこれしかできないのだ。

《ならば、頼む!》

 俺は一将さんの返事を聞くと、霊力を練りながら進路を黄泉へと変える。

 そして真言を唱えるのであった。

《 ――ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ―― 》

 俺の右手に40cm程の青白い火球が出現する。

 それを確認した俺は、もう30m位にまで迫ってきている黄泉に向かい、即座に放った。

 火球は真っ直ぐに黄泉へと向かってゆく。

 そして黄泉のど真ん中に直撃すると、火球は爆ぜて、黄泉の幾つかの部分を焼き始めたのである。

 火の手が広がるにつれて、黄泉の身体はワサワサと大きく震えだす。

 それと共に、黄泉は徐々にスピードを落とし始めたのだ。

 どうやら、効果があったみたいだ。

 だが、黄泉の近くは危険な為、俺はすぐに後ろへ向かって逆走する。

 そして20m程逆走したところで、黄泉との距離を再確認するのであった。

 すると黄泉はもう止まっており、俺との距離は50mといったところだ。

 そこで鬼一爺さんは言う。

(涼一、今の内に七曜の符を用意するのじゃ)

 俺は頷くと、術具入れへ手を伸ばした。

 だがその時だった!

 黄泉は止まった状態から、ロケットを打ち上げるかのように、一本の長い触手を物凄い速さで伸ばしてきたのである。

 その触手は俺の頭上を通って放物線を描くように、さっきまで黄泉が居座っていた所へと向かってゆく。

 俺はその触手の動きを目で追う。

 そして触手の先端が、地面へ落ちるその瞬間。

 俺の目に、あるモノが飛び込んできたのであった。

 それは……なんと人であった。

 見間違いかと思ったが 薄暗い中、モゾモゾと動く人の姿を俺は見たのだ。

 またそれと共に、俺は大きな声で叫んだのであった。

【あ、あぶないッ! 早く逃げるんだァ、そこの人ッ!】

 だがしかし……。

 俺の叫びもむなしく、その人は触手に捕らわれてしまう。

 そして黄泉は釣り糸を回収するかのように、捕らえた触手を本体に戻すのであった。


 人を捕獲した触手は、俺の頭上を通って本体へと戻ってゆく。

 その途中、捕らえられた人物と俺は目があった。

 触手に捕らわれいていたのは、ポニーテールをした若い綺麗な女性であった。

 衣服は修祓霊装衣を着ていたので、応援部隊の1人なのかもしれない。

 だがその女性の目は、俺に向かい助けてくれと訴えているかのように見えたのである。

 しかし……俺はただ見送るしかできなかった。

 その為、何もできない自分に悔しさの様なものが込み上げてくるのだ。

 とその時。

 鬼一爺さんが真剣な表情で、俺に言うのであった。

(涼一ッ、今の捕らわれとった女子おなごに聞きたい事があるッ。この距離ならば、夜叉真言を使って救出が出来る筈じゃ。奴の体内に取り込まれる前に、早う救出せい!)と。

 俺は頷くと急いで夜叉の印を組み、必要な霊圧を上げる。

 そして迷いを捨てて、夜叉真言を唱えた。

《 ――ウォム・ヴァジューラ・ヤースカ・ウーン―― 》

 その瞬間。

 俺の身体に青白い霊力のオーラが纏い始める。

 だがしかし……。

 俺の身体から発したオーラは、他の皆のとは明らかに違っていた。

 何故ならば、皆の様に弱い輝きではなく、強い輝きを放っていたからである。

 まるで俺自身が発光体かのように……。

 因みにだが、暗闇の中で夜叉真言を発動させたのは今が初めてだ。

 なので、俺は自分のオーラというものを、初めて目にしたのである。 

 色々と疑問が尽きないが、今はすべき事へと意識を向かわせる。

 そんな訳で、術の発動を確認した俺は、背中に背負う霊刀を抜くと共に、黄泉目掛けて全力で駆け出したのであった。



 ―― 一方…… ――



 触手に捕らわれた麻耶は、何とか抜け出そうと必死に抵抗していた。

 だが悲しいかな。

 麻耶は両手ごと触手に巻き付かれており、強く締め付ける触手に対して、ほぼ何もできない状態なのである。

 その為、足や身体をジタバタするぐらいしか、できる抵抗は残されていないのであった。

 そして麻耶がもがけばもがくほど、触手は強く締め付けてくるのだ。

 もがいても無駄と言わんばかりに……。

 するとその時だった。

 触手に引っ張られて宙にいる麻耶の下に、自分の追っていた涼一の姿が目に飛び込んできたのだ。

 またそれと同時に、涼一と目が合ったのである。

 麻耶の目には、涼一が自分という存在に対して驚いていた様に映っていた。

 その為、麻耶は涼一を見ながらこう考えたのだった。

 ――ああ、任務失敗ね。

 あの目は私を不審に思っている目だわ……。

 しかも、こんな化け物に喰われて死ぬなんて、私ってツイてない――

 そう考えた麻耶は諦めたかの様に、やや弱々しい笑みを浮かべていた。

 死を覚悟した麻耶は、自身が運ばれる先の黄泉本体へと視線を向ける。

 すると麻耶が近づくにつれ、本体側で変化があったのだ。

 麻耶を捕らえた触手が本体に向かうにつれて、大きく口を開けるかの様に、球体側面の上部がパックリと裂けたのである。

 そして触手は、裂けた口の真上までくると、麻耶を口の中に入れようと緩やかにカーブするのであった。

 今の状況を見た麻耶は、いよいよ年貢の納め時だと考えた。

 だがしかし!

 その時、麻耶の視界に信じられないモノが飛び込んできたのだった。

 それは……青白く光り輝くオーラを身に纏った涼一が、麻耶の視界に入ってきたのだ。

 麻耶はわが目を疑う。

 何故なら、こんな身体強化の霊光はあまり見た事なかったからである。 

「な、なんなのよ、この男……。一体、何者なの? 青面金剛系の術をあそこまで昇華させるなんて……」

 涼一を見た麻耶は思わず、ボソッとそう呟いた。

 そして麻耶は、自分が捕らわれているという事も忘れて、涼一の姿を呆然と眺めるのだった。



 ―― 涼一は…… ――



 50m程先にいる黄泉に向かい、俺は全力で駆ける。

 だが俺が近づくにつれて、黄泉にも動きがあった。

 それは、黄泉が触手を伸ばして俺に襲い掛かってきたのだ。

 しかも本体から距離が近い所為か、大きな丸太ぐらいありそうな太い触手である。当たったら、ひとたまりも無さそうな触手だ。

 その極太の触手は真っ直ぐに俺へと伸びてくる。

 俺はその瞬間、ある事を閃いた。

 それを実行する為に、俺はまずは触手を横に避ける。

 そして今の身体強化された跳躍力を利用して、その触手自体に飛び乗るのであった。

 要するに、触手を足場にしようと思ったわけだ。

 極太の触手に乗った俺は其処を足場にして、20m先にいる黄泉本体へ向かい、一気に間合いを詰める。

 するとそこで鬼一爺さんは俺に話しかけてきたのだった。

(涼一。返事はよいから、今は我の言葉に耳だけ傾けよ。まずは口の様な裂け目の上部に見える、女子を捕らえる触手の付け根へと行け。今のお主の身体の力なら可能な筈じゃ)

 俺は鬼一爺さんの言うとおりに動く事にした。

 黄泉に接近した俺は強化された跳躍力を利用して、黄泉本体に無数にある、足のかけやすい歪な骨の繋ぎ目部分に飛び乗る。

 其処を足場にしながら、霊刀をピッケル代わりに使い、球状になった黄泉の身体を上に向かって移動するのである。

 その途中、鬼一爺さんは言う。

(付け根部分に着いたら、真下にある奴の口の中に、浄化の炎を一発お見舞いしてやれ。口の中が火事になれば、流石の化け物も、慌ててあの女子を離すじゃろう)

 俺は無言で頷くと、付け根部分に向かいながら女性の位置を確認した。

 女性は俺の前方斜め上におり、奴に宙づり状態にされている。

 また今は、大きく口を開けた黄泉本体の裂け目へと、丁度、女性が運ばれているところでもあった。

 黄泉の口と触手の位置関係をみると、まるでチョウチンアンコウの様に見える。

 それは兎も角。

 急がないと不味いと思った俺は、少しスピードを上げて触手の付け根へと移動するのである。


 登って来る途中に少し触手の攻撃があったが、俺は霊刀を使ってそれらを斬り払いながら潜り抜け、女性を捕らえた触手の付け根部分に程なくして辿り着いた。

 そこで早速、鬼一爺さんの指示通りに浄化の炎を発動させるのである。

 俺は火球の出現を確認すると、大きく口を開ける奴の裂け目に照準を合わせて、すぐに火球を放った。

 火球は奴の馬鹿でかい口に向かって突き進む。

 そして口の中に火球が入って底に衝突すると、爆ぜて青白い火の手が黄泉の口に広がるのである。

 火の手が広がるや否や、黄泉は慌てた様に体全体を振動させる。

 またそれと共に足元も揺れる為、俺のバランスも悪くなった。が、何とか持ちこたえる。

 と、その時だった。

 黄泉は巻き付けていた女性を離したのだ。

 当然、女性は真下に落下する。

 とそこで鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

(よし、今じゃ涼一。跳躍力を利用して女子を助けるのじゃ)

 俺は指示通り、すぐさま行動を開始した。

 落下している女性を空中でキャッチする為、俺は口の裂け目部分を大きくジャンプしたのだ。

 それはほんの一瞬であった。

 黄泉の口に落下するその直前。俺は左手で女性を抱きかかえると、ジャンプした勢いのまま大地に向かってダイブしたのである。

 だがその最中。

 10m以上の高さを飛んでいる俺には、鬼一爺さんに言われるがまま勢いで行動した後悔と恐怖が沸き起こってきた。

 何故ならば、こんな事するのは初めてだからだ。

 幾ら夜叉真言で強化されているとはいえ、怖いのである。が、今更そんな事を言っても、もう遅い。

 俺は覚悟を決めると、恐る恐る地面へ女性と共に着地したのであった。

 だがしかし……。

 予想した衝撃は俺の身体には来なかった。

 何故か知らないが、普通に着地した時と変わらない振動しか来なかったのである。

 その為、俺はホッと安堵の表情を浮かべる。

 またそれと共に、夜叉真言で得た身体強化の凄さを実感したのであった。


 俺はとりあえず、左手に抱きかかえた女性に目を向ける。

 女性はなんか知らんが、焦点の定まらない目をして俺を見ていた。

 化け物に喰われそうになったので、かなり動揺してるのだろう。

 などと思っていたその時。

 そこで鬼一爺さんは俺に、慌てた様に言うのだった。

(涼一、また奴の触手が来ておるぞッ!)

「チッ、またかよッもう……」 

 俺は女性を左手で抱えたまま、強化された跳躍力を利用してその場を離れる。

 その途中、一瞬振り返って、触手の様子を確認した。

 すると今居た場所に、3本の触手が上空から突き刺さったのだ。

 俺は命拾いしたとばかりにホッとする。

 だがその時だった!

 4本目の触手が軌道を変えて俺達の方へと伸びてきたのである。

「今度はコッチかッ」

 俺はまた更に横へとジャンプしてそれをかわす。

 そして今度は、距離を取る為に女性を抱えたまま暫く走って、やや離れた場所に移動するのである。

 俺はある程度走ったところで触手との距離を確認する。

 今、俺達と触手の距離は30m程だが、女性を抱えたままだとすぐに追いつかれてしまう。

 このままだと、俺もこの女性もいつか奴にやられる。

 そう考えた俺は、何かないかと周囲を見回す。

 すると俺達が隠形法を使ってやって来た方向から、暗闇に浮かぶ幾つかの小さな光が視界に入ってきたのである。

 どうやら応援部隊が来たようだ。

 そう思った俺は女性に言った。

「貴方は早く、この場から離れた方がいい。向こうにも、応援に来た人達がいるから。さ、早く!」

 女性は驚いた表情で俺の顔を見る。

 すると申し訳なさそうに口を開いた。

「あ、あの、ありがとう……それと……ごめんね……」

 お礼を言うと共に、その女性はサッと立ち上がり、全力でこの場を後にしたのであった。

 だがそれを見るや否や、鬼一爺さんは、突如、怒ったように言うのである。

(バカモンッ! 何故、逃がしたのじゃ! この馬鹿タレがぁ。さっきの苦労が水の泡じゃわい!)

「へっ? 逃がした? ってどういう……って、ドワァァァ!」

 鬼一爺さんに問いかけた、その時だった。

 また、黄泉の触手が上空から、俺に襲いかかってきたのである。

 しかも、さっきの4本に加えて、今度は本体までが俺へと向かってくるのだ。

 俺は跳躍力を利用して、其処からまた更に移動を開始する。

 だが、黄泉は俺の逃げる方向へと触手を放つと共に、尚も執拗に追いかけてくるのであった。


 女性を解放してから3分くらい経っただろうか。

 何故か知らないが、黄泉はあれからずっと触手を伸ばして、俺を親の仇の様に追いかけてくるのだ。

 ハッキリいって最悪である……。怖くて涙が出てくる。

 お蔭で、俺は未だに夜叉真言を解くことが出来ずにいるのであった。

 術後の後遺症が心配になってくる……。

 それは兎も角。

 俺にはさっきから気になっている事があった。

 それはなぜ突然、黄泉は俺ばかり狙う様になったのかという事である。

 奴を怒らせるようなことは確かに一杯した。が、この黄泉の行動は、それ以上のものを感じるのだ。

 俺は考える。

 一体なぜ奴は執拗に追いかけてくるのだろうかと……。

 するとその時だった。

 さっきから俺の隣で、妙に難しい顔をしていた鬼一爺さんが話しかけてきたのである。

(……奴が涼一を追いかけてくる訳が分かったぞい)

 俺は走りながらも聞き返す。

「な、何が分かったんだ?」

(どうも奴は、夜叉真言で強化されたお主の身体を目当てに、追いかけて来ておる様じゃ)

 俺は眉間に皺を寄せる。

 嫌な予感がしつつ、俺は言った。

「エッ?……それって……もしかして」

 鬼一爺さんはニコリと笑みを浮かべると言った。

(そうじゃ。お主を極上の御馳走だと思っておるという事じゃな。他の者達と比べると、涼一の方が術の完成度が高いからじゃろう。フォフォフォ)

「わ、笑い事じゃねェよ、このジジイィ! 最悪じゃねェかぁぁ! 早く夜叉真言を解かないとヤバいやないかァァ」

 ジジイの戯言を聞いた俺は、半泣きになりながら訴える。

 だがこのジジイは事も有ろうか、こんな事を言うのであった。

(いや、解いてはならぬ。夜叉真言はこのまま行使し続けよ。フォフォフォ、こりゃエエわい。良い考えが浮かんだぞい)

「良い考え? ……なんだよそれ?」

 と言いながら、俺は後ろから追いかけてくる黄泉に目を向けた。

 勿論、奴は俺の後方から変わりなく追いかけてきていた。

 俺が視線を戻したところで、ジジイは適当な田畑の場所を指さして言った。

(涼一。お主は暫くこの辺で、アレと遊んでおれ)

 俺は思わず、我が耳を疑った。

 だがこのジジイの目はマジだと言ってるのである。

 ムカついた俺は言う。

「ジジイ、ふざけんなよこんな時に! 言うに事欠いて【遊ぶ】ってなんだよ!」

(まぁ要するに、ここで時間稼ぎをしろという事じゃ。じゃそういう訳じゃから、我はちと一将殿の所へ行ってくるわい)

 というとこのジジイは俺に背を向けるのである。

「ちょ、ちょっと待てよ、ジジイ!」

 するとジジイは最後に、俺へ向かってこう言ったのであった。

(さっきの女子おなごを逃がした罰じゃと思って諦めい)と……。

 鬼一爺さんはそういうと共に、闇の向こうへと消えていくのであった。



 ―― 一方その頃…… ――



 涼一が黄泉に追いかけられているのを見た一将は、どう対処しようかと悩んでいた。

 何故ならば、涼一と黄泉がほぼ同じ速さで動く為に、手を出し辛いのである。

 またそれと共に違う悩みもあった。 

 それは涼一が行使する真言術の完成度が高い為に、一将の付近にいる術者達が驚きの表情を浮かべているからである。

 事情を知らない他の者達は口々に「一体、何者だ?」「あの青年。頼りなさそうだけど、意外と凄いんじゃないか」「優秀なハンドヒーリング使える方は、他の術も凄いですな」といったような言葉が一将の耳に入ってくるのだ。

 その為、一将は次の手を考えづらい上に、言いだし辛い状況にもなっていたのであった。

 だがしかし、このままにはしておけない。

 そう考えた一将は、眉間に皺を寄せながらも、何かいい手はないかと思案する。

 するとその時。

 一将の耳元に、聞きなれた声が聞こえてきたのであった。

(一将殿。話がある)と。

 その声を聴いた一将は、ハッと顔を上げると小声で言った。

「鬼一法眼様、どうかされたのですか?」

(一将殿、話がある。今のうちに皆を八門の陣に戻すのだ。涼一があの化け物を引き付けておる間にの)

 それを聞いた一将は、顎に手を当てて頷くと、涼一に視線を向ける。

 次に八門の陣がある方向へ視線を向けると言った。

「……という事は、日比野君が奴を八門に誘き寄せるという事ですか?」

(そうじゃ。幸いにも、涼一が夜叉真言を発動したおかげで、今、奴は涼一に夢中になっておる。この機を逃すと、中々、後は難しいぞい。今はこの状況を利用するんじゃ)

「……そいうことですか。わかりました」

 一将は一言そう言った後、無線機のマイクに手を掛ける。

 そして、黄泉から逃げ回る涼一を見ながら、皆に告げた。

《八門を担う術者全員に告ぐ。今より皆は持ち場へと戻り、術を行使する為に待機するのだ。そして持ち場に着いた者から順に、無線にて連絡してほしい。……今を逃せばもうチャンスはないだろう。奴は彼が誘き寄せてくれる。さぁ急いで戻るのだ》

 一将の無線を聞いた皆はすぐに返事をする。

《了解しました》と。

 それを合図に、皆は一斉に八門の陣へと戻り始めたのである。

 そしてこの場には、涼一と黄泉だけが取り残される事になるのであった。



 ―― そして涼一は…… ――



 鬼一爺さんが一将さんの所へ向かってから、もう5分程経過した。

 黄泉はあれからも変わらずに、俺を執拗に追いかけてくる。

 できれば諦めてもらいたいが、その様子は全くない。

 しかも、移動スピードが速いので、俺もまったく気が抜けない状況だ。

 おまけに、触手で攻撃もたまにしてくるので、その度に背筋が寒くなってくるのである。

 因みに襲いかかってくる触手は、右手に持った霊刀を使って、なんとかギリギリ対処している。お蔭でハラハラしっぱなしだ。

 できるなら、夜叉真言を解いて奴の対象から逃れたい。

 だが、今、夜叉真言を解いたら確実に黄泉の餌食になるだろう。

 例え、夜叉真言が原因で襲ってきているとしても、だ。

 しかし俺も、いい加減こんな事ばかりやっているのも、流石に苦しくなってきた。

 慣れない術なので余計である。

 その為、今の俺の脳内には「もういい加減に勘弁してくれよ!」といった嘆きの言葉しか出てこないのだ。

 もう心技体がヘタって来てるのである。

 だが俺がそんな風に嘆いている時、一将さんの声が無線機から聞こえてきたのだ。

《八門を担う術者全員に告ぐ。今より皆は持ち場へと戻り、術を行使する為に待機するのだ。そして着いた者から無線にて連絡してほしい。……今を逃せばもうチャンスはないだろう。奴は彼が誘き寄せてくれる。さぁ急いで戻るのだ》

 俺はこの言葉を聞いて全てを理解した。

 要するに俺は、霊波発生装置の役目を任じられたのだ。

 トホホ……泣きたくなってくる。

 だが、今の現状を考えるとこれしか無いのかもしれない。

 黄泉は今のところ、俺にしか興味ないようだし……。

 なんて事を考えていたその時。

 俺の前方から、鬼一爺さんがようやく姿を現したのであった。

 鬼一爺さんは俺の傍に来ると言った。 

(涼一、あと少し辛抱してくれ。もうこの戦いも、そろそろ幕を下ろす時がきたからの)

「……俺がこのまま囮になって、地龍の陣まで向かえばいいんだろ?」

 鬼一爺さんは頷くと言った。

(うむ。まぁそういう事じゃ。お主には負担ばかりかかるが、我慢してくれ)

 するとそこで皆から次々と無線連絡が入ってきた。

《休門、準備できました》

《生門入りました》

《傷門、OKです》

《杜門、準備できました》

《景門もOKです》

《死門も準備できています》

《驚門入りました》

 そして最後に一将さんが、俺へ呼びかけるのである。

《開門も準備できている。さぁ後は、日比野君の番だ。八門の陣へと黄泉を連れてきてもらいたい》

 俺はイヤホンマイクに向かって言った。

《分かりました。……では今から黄泉を連れてゆきます》

 鬼一爺さんは言う。

(さて、では行くぞ。涼一)

 俺は無言で頷くと、八門の方向へと向かい進路を変更したのであった。


 八門までの距離は大凡、300m。

 進行方向の先に見える、八つの小さな間接照明の明かりを目標に、俺は進んでゆく。其処に八門の陣が置かれているからだ。

 俺は走りながら周辺をチラッと見る。

 先程まで暗闇だった俺の周囲は、今、凄く明るい。

 それは、ずっと上空で監視しているヘリのライトが、俺と黄泉を後方から照らしてくれているからだ。

 このナイター照明の様な明かりのお蔭で、俺は前方が非常に良く見えるのである。

 これはありがたい。がしかし、今の俺は良い事ばかりでもない。

 何故ならば、経験した事のない間、夜叉真言をずっと使い続けている負担があるからである。

 俺も流石に疲れてきたのだ。それプラス気分的にも。

 しかし、今此処で術を解こうものなら、エライ事になるのは間違いない。

 その為、俺は死にたくないの一心で、必死に行使し続けているのであった。


 俺が八門の結界付近に来たところで、鬼一爺さんは口を開いた。

(涼一、お主の右側にある休門と開門の間から入ってゆくのじゃ)

「分かった。其処へ向かうよ」

 俺が返事すると、鬼一爺さんは続ける。

(それとじゃが、今の内に浄化の炎を使えるように、霊力も高めておけ)

「ハァ!? 無茶言うなよッ。ただでさえ、夜叉真言で疲れているのに」

 何を言ってるんだ、と思った俺は、即座にそう言った。

 しかし、鬼一爺さんは首を左右に振って言うのである。

(今の速さで奴に突っ込まれると、地龍の陣を行使するがとれぬぞ。それでもいいのか?)

 こういう時のジジイは、イチイチ正しい事を言うので、俺はもう何も言えない。

 その為、俺は諦めた様に項垂れて返事した。

「分かったよ、もう……何とかするよ」

 また返事をすると共に、辛いながらも俺は静かに霊力を練り始めるのであった。


 それから程なくして、俺は休門と開門の間に到達する。

 俺はそこで一度、チラッと後方を見た。

 黄泉は相も変わらずに、俺へと向かって一心不乱に追いかけてくる。

 多分、俺の事を極上の獲物だと思ってるのは間違いないだろう。……ハァ……溜息しか出てこない。

 するとそんな事を考えているうちに、俺と黄泉は八門の陣へと突入していた。

 そして突入すると同時に、俺は八門の中心である地龍の陣へと向かうのである。

 俺は先に見える地龍に陣に置かれた間接照明を元に、今の距離を確認する。

 目算だと、距離は100m程。

 次にする事は浄化の炎で奴の虚をつく事である。

 どのタイミングで浄化の炎を使おうか……。と考えていた、丁度その時。

 鬼一爺さんが俺の耳元で言うのであった。

(今じゃ、涼一。奴は完全に八門の陣へと入った)

 俺は辛いながらも真言を唱えた。

《 ――ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ―― 》

 右手は霊刀で塞がっている為、俺は左手に火球を出現させる。

 火球を確認した俺は、奴の方向に振り返り、浄化の炎を放ったのであった。

 放った火球は黄泉へと向かい、一直線に飛んでゆく。

 そして黄泉に衝突すると同時に爆ぜて、その周辺に火の手が上がるのである。

 黄泉は不意打ちを食らった為、進む勢いが弱まった。

 よし、今の内に……。と思った俺は、地龍の陣へと急いで向かう。

 そして地龍の陣の結界へと入った俺は、即座に霊力を練ると共に、地龍の陣を発動させる為の術式を身体で演じるのであった。


 ――右手と左手を真っ直ぐ伸ばして宙に大きく弧を縦に描く。

 それから右足を一歩前に出して、地龍の陣と地脈とをつなげる【霊結】の術式部分に右足を乗せる。

 次に、真下にある八門すべてに地霊力を送る、放の術式が描かれた部分に左膝を着ける。

 その体勢のまま、両手の人差し指と中指だけを伸ばし、それらを真横にクロスさせて十字を切る印を組む――


 その時だった!

 俺がいる地龍の陣を中心に、眩い八本の青白い光の線が、八門へと向かって地上を走ったのだ。

 その光の線はまるで雷が落ちたかのように、細かい歪な折れ曲がりを見せながら、八門全てに向かっていった。

 そして光が八門すべてに到達した、その時……。

 この地龍八門の陣が置かれた結界内全てに、白く発光する霧の様なものが覆い始めたのであった……。

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