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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
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伍拾ノ巻  ~黄泉 八

 《 伍拾ノ巻 》 黄泉 八



 ――無線機に返事をした俺は、此処から300m以上先にいるであろう黄泉の方角へと視線を向ける。

 するとその方向からは、禍々しく強い負の波動が感じられるのであった。

 間違いなく、あの化け物の波動である。

 だが、それだけではない。

 その禍々しい波動へと引き寄せられるように向かう、幾つかの小さな負の波動も感じられるのである。

 これは恐らく、近辺にいる悪霊達で間違いないだろう。

 不味い事態の上、更に悪いことが重なり始めているようだ。

 また視線の先には、さっきと同じ場所のあたりで、明かりと共にプロペラ音が聞こえてくる。

 今もヘリが上空で監視を続けてくれているみたいだ。

 それらを確認した俺は、一度、目を閉じて大きく深呼吸をすると、さっき映像で見た、脳内にこびりつく黄泉の恐ろしい姿を振り払う。

 そして、やや怖いながらも覚悟を決めると、一歩、足を前に踏み出したのだった。

 するとその時。

 また無線機から一将さんの声が聞こえてきたのである。

《ヘリからの報告では、奴は今も、火霊術の結界を越えたすぐの所から動いてはいないようだ。何故かは分からないが、其処に奴の好む何かがあるのだろう。今のうちに奴の注意をこちらに向かわせなければならない》

 一将さんは一拍置くと続ける。

《それと術者の諸君……くれぐれも気を付けるんだ。この化け物は異様な形態で、尚且つ、力も恐ろしく強い。それに加え、瘴気を発して悪霊共を呼び寄せているとんでもない化け物だ。今回は鎮守の森から修祓依頼がされてない事象なので発表はないが、この黄泉は鎮守の森が定める修祓難度最高位【SSSクラス】の修祓に相当すると私は見ている。よって、恐らく生身の身体能力のままでは歯が立たんだろう。奴と対峙するに当たっては、【青面金剛しょうめんこんごうの真言】等を使い、身体能力を上げてから立ち向かったほうがいい。それと火の類は成るべく使わない様にするのだ。奴が逃げて、市街地に向かってしまう可能性がある。とりあえず、今の事を念頭に置いて、事にあたってほしい。私からは以上だ》

 すると間髪おかずに、無線機からは《了解しました》という声が聞こえてきた。

 だが俺は、『しょうめんこんごう』の真言というのが分からなかったので、返事が出来なかったのである。

 こういう事は鬼一爺さんに聞くのが一番手っ取り早いので、早速、聞いてみる事にした。

「き、鬼一爺さん。あのさ、今、一将さんが『しょうめんこんごう』の真言を使って身体能力を上げろって言ってたけど……それって何か分かる?」

(青面金剛の真言? そりゃ夜叉真言の事じゃわい。青面金剛の真言と夜叉真言は唱える音は少し違うが、術の中身は同じじゃ)

 今の言葉を聞いた俺は、少々意外だったので驚きつつも口を開いた。

「へっ、そうなの? また例の如く、古の秘術だとばかり思ってたよ」

 鬼一爺さんは言う。

(まぁその辺の事は、また今度、詳しく教えてやるわい。今はまず魑魅じゃ)

 だが俺は、あまり気の進まない術だったので、ややげんなりしつつ言うのだった。 

「っていうか……アレを使うのか……。まぁ一応、この一カ月以上、筋トレとかもしてきたから、最初と比べると大分マシにはなったけど……アレかぁ」

 何故なら、この術自体は結構凄いんだが、術に身体が負けると痛い目に遭うのである。

 初めて使った時なんかは、エライ目に遭ったのだ。全身筋肉痛である。

 だが鬼一爺さんは、そんな俺の尻を叩くかのように、怒りながら言うのだった。

(カァァァァ! 何を言うとるか、涼一ッ。今はそんな事言うとる場合じゃないじゃろ。さっさと覚悟を決めて、魑魅の所に行かんかいッ)

「わ、分かってるよ。今行くって、もう……」

 これ以上グダグダやっていると、鬼一爺さんはいい加減マジギレする。

 そう思った俺は、黄泉の所に急いで視線を向かわせる。

 そして黄泉の波動が感じる方向に目を凝らすと、其処へと向かい駆け出したのであった。

 勿論、背中に背負った霊刀を何時でも抜けるよう、意識を向かわせながら……。


 上空に輝く星々が仄かに辺りを照らす為、周囲は完全な暗闇ではなく、少し薄暗い。

 そんなやや薄暗い中、舗装された農道を走り続けていると、俺の前方に1つの小さな明かりが見えてきたのだった。

 明かりが見えるのは、俺がいた地龍の陣から大体150m程の所である。

 その光は懐中電灯の様な明かりで、俺の方を照らしているみたいであった。

 どうやら誰かが、俺を待っているような感じである。

 誰だろう? と思いながら走ってゆくと、薄暗いながらも近づくにつれて2人の人影が見えてきたのであった。 

 そして顔が判別できるくらいに近づいたところで、俺はスピードを落として歩みを止めたのである。

 其処はT字路になっており、人影は一将さんと一樹さんの2人であった。

 また、明かりの正体は一将さんの持つ霊刀のようである。

 一将さんは刀に霊力を僅かに籠めながら、懐中電灯代わりにしてたのだ。

 因みにそれを見た瞬間、なるほど、と思ったのは言うまでもない。

 そして隣にいる一樹さんも抜き身の霊刀を右手に持っており、2人は何時でも戦えるといった感じなのであった。

 俺は一将さんの修祓スタイルというのは知らなかったが、今見た感じだと、一樹さんと同じく霊刀を使うスタイルのようだ。

 まぁ親子なので、これは以外でも何でもない事である。

 だが、一将さんの刀は唯の霊刀ではなさそうである。

 近くに来て分かったが、一将さんの持つ霊刀は物凄い霊波動を発しており、かなり高位の霊刀のようであった。

 刃渡りは一樹さんの鵺と同じく、大体70cmと少しといったところだ。

 しかしその霊刀は、一将さんがさほど霊力を高めていなくても、刀身から白い煙のようなものが立ち昇って見えるのである。

 まるで刀身自体が静かに熱を発しているかのように……。

 素人の俺が言うのもなんだが、多分、さぞや名のある刀匠が作った霊刀なのかもしれない。

 そしてこの霊刀も一樹さんの持つ鵺の様に、立派な名前があるのだろう。

 まぁそれはさておき。

 俺は戦闘準備が出来ている2人の前にゆくと、口を開いた。

「待っててくれたんですね」

 一樹さんは頷くと言った。

「ああ、日比野君を待っていたんだ。確認しておきたい事があるからね」

 俺は、なんだろう? と思いながらも言った。

「確認したい事というのは何でしょうか?」

 すると今度は一将さんが言う。

「では単刀直入に聞こう。日比野君は、青面金剛の真言は知っているのかね? 金剛夜叉真言でもいい」

 鬼一爺さんからさっき聞いたばかりなので、俺は正直に言った。

「はい……一応使えます」

 やや弱々しい声になってしまったが……。

 だがそれを聞いた一将さんは、安心したように一息吐くと言うのだった。

「そうかね。それは良かった。確認したかったのはそれだけだ。さて、では向かうとしよう」

 と、その時だった。

「おや? 日比野君に一将さん。それに一樹君も。こんな所でどうかされたんですか?」

 俺達の後ろから宗貴さんが来たのである。

 宗貴さんが遅れてきたのは、俺よりも黄泉のいる所から遠い位置だったからだ。

 また宗貴さんは、修験霊導の儀や合同修祓の時に見た時と同じく、右手には霊槍を持っていた。

 以前、機会があったのでその霊槍の事を宗貴さんに聞いたら、なんでも、月夜見つくよみと呼ばれる十文字槍だと言っていた。

 槍は何といっても全長2m以上はある長い武具なので、間合いがとれて使い勝手がいい武器に俺には見える。

 そして修験霊導の儀や一緒に修祓をした時の宗貴さんを見た感じでは、相当練達した動きを見せていたので、かなりの腕前なのは確かであった。

 以上の事から、宗貴さんの修祓スタイルは槍術に主眼を置いたものなのだ。

 まぁそれは兎も角。

 一将さんは宗貴さんに言った。

「ああ、日比野君に確認事をしただけだよ。もう終わった。さて、では急ごう」

 俺達3人は「はい」と返事すると、早速、黄泉の所へと駆け出すのだった――



 ――俺達は火霊術結界の内側に位置する、瘴気の漂い始める田園地帯へとたどり着くと、周囲には既に、結構な数の悪霊共が徘徊していた。

 そして先に到着していた5名の術者達は、もう、それら悪霊との戦闘に入っていたのだ。

 その5人は農道ではなく、足場の悪い田畑の中で戦闘をしていた。

 だが地面が凍結しているという事もあり、日中は柔らかい田畑も、今は地面が固い。

 なので、遠慮せず地に足をつけて戦える状況なのであった。

 おまけに俺達は、修祓霊装衣の他に滑りにくい革製の黒いブーツも履いてるので、そういった危険も多少は抑えられているのである。

 それもあって先に来ていた人達は、あまりそういった事は気にせずに悪霊共と格闘をしているのだった。

 頭頂部に3本のひっかき傷がある龍潤さんという人や、もう一人のツルッパゲの人も、錫杖を用いて悪霊共を薙ぎ払っている。

 2人の武具を見る限りだと、最早、坊さんそのものである。

 また、その他の人達も自分の体術や大きい数珠みたいな武具を使って、悪霊共を容赦なく葬り去っているのである。

 やはりこの5人は、只者ではない。かなりの手練れだ。

 霊圧や格闘術などもかなり成熟しているレベルなのである。

 そうした実際の戦いぶりを見ると、凄い腕前の人達なのは疑いようのない事であった。

 だが、俺は見学に来たのではない。

 戦いに来たのだ。

 一将さんや一樹さん、そして宗貴さんの3人も、既に戦闘に加わっている。

 俺もすぐに意識を切り替えると、背中の刀を抜いて付近の悪霊共を斬り伏せるのである。


 俺達は悪霊共を消滅させながら黄泉へと近づいてゆく。

 そして濃い瘴気が漂っている空間へ足を踏み入れたところで、一将さんは皆に大きな声で言うのであった。

「これより先は奴の世界。皆は青面金剛の真言か金剛夜叉真言を使い、身体を強化するのだ」

 皆は無言で頷くと霊圧を高める。

 それから両手で一つの印を組みながら真言を唱え始めた。

《 ――オン・ディーバヤクシャ・マンダマンダ・カカカカ・ソワカ―― 》

《 ――オン・バザラ・ヤクシャ・ウーン―― 》

 聞きなれない真言や夜叉真言と同じような感じの真言が、次々と皆の口々から聞こえてくる。

 そして唱え終わるや否や、仄かに青白いオーラの様なものが、皆の身体から発し始めたのであった。

 それは決して発光するような強い輝きではない。

 非常に弱く儚い輝きを見せる光であった。その為、日中ならば見えないだろう。

 だが今は夜である。それもあって、皆の身体を覆うオーラがよく分かるのだ。

 そしてこれは、身体強化の為に霊力が全身を補佐している事の証でもあるのだった。


 俺も皆に続かないといけない。

 そう思って夜叉の印を組んで、真言を唱えようとした。

 丁度その時だった!

 ゴゴゴゴッというような音が、前方の地面から聞こえてきたのである。

 その音を聞いた皆は、前方の暗闇に向かい身構える。

 そして次の瞬間。

 ドゴォという音をたてながら、2本の触手が地面から勢いよく、俺達の前に飛び出てきたのであった。

【な、なんだと! グワァァ】

 先頭にいた体格の大きな人は叫んだ。

 その人は足元付近から来るのを予想してなった所為か、身体に巻き付かれて、触手に頭上高く持ち上げられたのである。

 すると一将さんは流れの速い川の水の如く、触手の根元付近へ素早く入り込む。

 そして即座に地面から出た触手2本を1つは袈裟に、もう1つは水平にと、流れる様に切断したのであった。

 持ち上げられていた人は、当然、空から落ちてくる。が、その最中。自力で触手を振り払うと、その反動を利用してクルンと回転し、体勢を立て直して着地したのであった。

 この人間離れした動きは身体強化による賜物だろう。まず、人間の身体能力では無理である。

 だが、骨の触手は今の攻防など無かったかのように、更に地面から這い出てくる。

 それからまた、再度、俺達めがけて襲い掛かってきたのだ。


 今度の触手は、宗貴さんと一樹さんへ狙いを定めて襲い掛かる。

 それを見た宗貴さんは、十文字槍を目の前に真っ直ぐ立てると、霊力を槍に籠め、槍の中心部分で一つの印を組むのだった。

 すると、十文字部分の先端から、美しい月明かりの様な透んだ白い光を発し始める。

 宗貴さんはそれを確認すると、槍を頭上で大きく車輪の様に回転させたのだ。

 そして回転させた勢いを利用しながら、刀で横に薙ぐよう「ハッ!」という掛け声と共に、十文字槍を素早く振ったのであった。

 その瞬間!

 槍から三日月を思わせる光が衝撃波と共に放たれて、迫り来る触手に襲いかかったのだ。

 触手は三日月の衝撃波をまともに浴びると、千切れて吹っ飛んでいった。

 初めて見た技だが、すごい破壊力だ。

 さすが、階位の高いエリート浄士である。


 一方、一樹さんも負けてはいない。

 触手との距離を確認した一樹さんは、刃を目の前に持ってくる。

 それから宗貴さんと同じ様に、片手で印を組みながら刃の付け根に高めた霊力を籠めたのである。

 するとなんと、刀身の周囲には稲妻のようなバチバチとした光が帯び始めたのだ。

 その様は刀身自体が放電しているかの様であり、まるで、ファンタジーRPGとかでてくる稲妻の剣みたいであった。

 俺はその光景を見ると共に、一樹さんが以前、鵺は雷獣と言っていたのを思い出した。

 どうやらこれが、この霊刀の真の力なのだろう。

 次に一樹さんは、腰を低く落として顔の横に刀を持ってくる。

 そして霊力の雷を纏った刃を上に向けて、縦ではなく横に構えたのだ。

 これは霞構えというやつで、一応、防御の構えだと俺は聞いている。

 だが一樹さんはこの構えを取るや、勢いよく下から掬い上げる様な感じで、「ハァァァ!」という掛け声と共に、刀で弧を描がく様に振り上げたのだ。

 と、その時だった!

 刀に纏っていた光が稲妻の様に、触手へと電光石火の如く走ったのである。

 触手はそれをまともに受けるや否や、もがく様によじれて、動きを止めたのだった。まるで感電したみたいだ。

 すると一樹さんはもう既に次の行動へ移っていた。

 稲妻を放ってすぐに間合いを詰めた一樹さんは、もがく触手に向かって袈裟に、水平に、縦に、更に下からと四連の斬撃を凄い速さで加えたのであった。

 触手はあっという間にバラバラになる。

 そして一樹さんはバックステップを2回程繰り返して、再度、間合いを広くとるのであった。


 俺は2人の……いや、皆の戦いぶりに驚愕した。

 今まで俺が、合同修祓訓練で見てきた宗貴さんや一樹さんは、実力の1割も出してなかったのだ。

 まさか此処まで凄いとは……。

 などと感心していた、その時だった。

 鬼一爺さんが、やや真剣な表情をしながら俺に言うのである。

(涼一、一将殿に伝えよ。一旦引いて、手勢を二手にわけよ、と)

 俺は首を傾げながら聞き返した。

「エッなんでだ? 凄いじゃないか、皆」

(その事ではない。涼一、お主も日中のやり取りで分かっている筈じゃ。あの魑魅にとっては、この瘴気のお蔭で獲物を見つけやすくなるという事を。身体強化した事が、逆に不味い事になっておるのじゃ。それに幾ら触手を攻撃したところで、奴には蚊ほどにも効いておらぬ。あれだけ続けざまに這い出てくると、奴に近寄る事すら出来ぬわ。分かったら、早う伝えるのじゃ、涼一ッ)

 俺は鬼一爺さんに言われて、日中の出来事を思い出す。

 またそれと同時に、鬼一爺さんの言う意味も即座に理解したのだった。

 確かに鬼一爺さんの言うとおり、触手が絶え間なく這い出てくる所為で、皆は先へ進めない状態なのである。

 俺は「お、おう。分かった」と言うと、やや前方にいる一将さんに視線を向ける。

 一将さんは這い出てくる触手を見据えながら、後方から皆のサポートをしているようだ。

 少し引き気味の所にいるので、伝えるなら今である。

 そう思った俺は、小走りで近寄ると一将さんに今の事を伝えるのであった。

「か、一将さんッ。お話が」

 刀を正眼に構える一将さんは、ビックリしたのか、ハッと振り向く。

 そしてやや驚きながら言うのだった。

「どうしたのかね? 日比野君」

 俺はさっきの事を告げた。

「鬼一爺さんが、一旦引いて、手勢を二手に分けるようにと言ってます」

 すると一将さんは首を傾げて聞き返してきた。

「引く? どういう事だね、一体……」

「確信が持てなかったので言わなかったのですが、黄泉はどうやら濃い瘴気の中で、光り輝く生命を見つけるみたいなのです。つまり、この濃い瘴気は黄泉の対生命用のレーダーで、今は、皆が身体能力を向上したことが原因で、奴の標的になってしまってます」

 俺の言葉を聞いた一将さんは、眉間に皺を寄せて顔をゆがませた。

 そして触手と戦う皆を見ながら、苦虫を噛み潰した表情で言うのであった。

「クッ! そういう事かッ。だから、突然、我ら目掛けて襲い掛かってきたのか」

 と、そこで鬼一爺さんは少しだけ霊圧を上げて、一将さんに言った。

(一将殿。向こうにある町へ、奴を行かせぬ様にするのならば、まずは奴の進む先を火霊術の結界の中だけに向かわせる必要がある)

 一将さんは無言で頷く。

 鬼一爺さんは続ける。

(まだ幸いにも、奴は同じ場所に留まっておる。それとこの瘴気を逆に利用するのじゃ。そこで我の考えじゃが、今のうちに二手に分かれさせよ)

「二手に……でございますか?」

 一将さんは今の言葉を聞くなり、怪訝な表情を浮かべて聞き返す。

 鬼一爺さんは頷くと言う。

(そうじゃ。この場合の二手というのは、二方向からの攻撃という意味ではない。引きつけておくものと、追い立てるものが必要という意味じゃ。火霊術の結界内側に囮になる者を置き、結界の向こう側に虚を突くものを置く。つまりそういう事じゃ。奴は夜叉真言の様な、強化の術法には過敏に反応する様じゃしな)

「なるほど……。という事は、向こう側で火を使うという訳ですな。では、向こうに回す者を何人か呼びましょう」

 だが、鬼一爺さんは此処で首を横に振るというのだった。

(いや、一将殿。向こう側には涼一と一樹と宗貴の3人を我は押す。その方が色々と、我には都合が良い)

 一将さんは頷くと言った。

「わかりました。では、一樹と宗貴君を呼びます」

 一将さんはそういうと、無線機のイヤホンマイクに向かい言うのだった。

《一樹に宗貴君は一旦、此処を後にして、至急、日比野君と共に火霊術の結界の外に回ってほしい》

 戦闘中だった2人は、今の無線連絡を聞き、俺と一将さんがいる方向へ即座に振り向く。

 そして、すぐに此方へと向かい走り出したのである。

 という訳で、俺達3人は火霊術の結界外へと向かう事になったのであった。



 ―― 一方、その頃 ――



 黄泉のいる場所から約400m程下がった所を走る農道に、1人の人影があった。

 其処は火霊術の結界の外側であり、人払いの結界の内側である。

 よって周囲には誰もおらず、その人物は1人だけであった。

 夜空の星々の輝きが薄明りとなって、その人物を浮かび上がらせる。

 その人影とは明日香であった。

 今の明日香は修祓霊装衣を着ており、涼一達と同様に全身が黒一色となっていた。

 その影響もあって、暗闇に溶け込みながら、黄泉へと向かい歩を進めていたのだ。

 明日香はその他にも、右の腰のあたりに羂索を装備し、背中にはリュックタイプの術具入れを背負うといった出で立ちをしている。

 その為、傍目から見ると何やら物々しい格好にもなっていた。

 また、手には明かりを得る為の霊石を持っており、その明かりを頼りに進んでいるのである。

 だが明日香は、本来ならば、修祓指令車にて待機の指示を受ける身である。

 此処にいてはいけない身なのだ。

 何ゆえ、明日香は勝手な単独行動をとるのか……。

 それは明日香自身が、失態を犯した事に深く悩んでいたからである。

 ではその失態とは何なのか……。

 それは皆が黄泉の対策で奔走している中、自分だけが眠りこけてしまった事に対する悔やみであった。

 だが、これは明日香の所為ではない。鬼一法眼に憑依されたのが原因なのである。

 しかし明日香の中では、その事実が大きく膨れ上がって暗い影を落としていたのであった。

 これは皆が頑張っている中、自分だけが寝てしまったという事の他にも、鬼一法眼から与えられた課題の影響もあった。

 よって、『今からでも頑張って、失態の分を取り返さなければいけない』という、半ば、強迫観念にも似たような気持ちを抱いたが為の行動でもあるのだ。

 どうして眠ってしまったのかは、明日香には当然分からない。が、そこは明日香にとって問題ではなかった。

 自分が眠ってしまったという事実だけが、重く圧し掛かっているのである。

 そして、そんな心境の時に今の事態が発生したのであった。

 明日香はその時、無線にて一将と土門長老の会話を聞いてしまったのだ。

 無線で現在の状況を知った明日香は、『挽回するなら今しかない』と思い、すぐに行動に出た。

 明日香は無線を聞くや否や、修祓指令車内の武具と術具を色々と詰め込んだのである。

 そしてそれらを持って黄泉の所へと向かったのだ。

 自分も皆と同じ様に役に立つというところを見せたい、と思いながら……。

 またそう思うに至った一端には、もう一つ。明日香に与えられた待機という指示も、眠ってしまった事への罰に思えて不満だったのかもしれない。

 そういった色々な思いを秘めながら、明日香は前へと進んでゆく。

 明日香は口を真一文字に結び、強い眼差しを黄泉の方向へ向けている。

 暗闇を歩く明日香の表情からは、何かしらの硬い決心だけは窺えるのであった。



 ―― 一方、涼一達は ――



 瘴気がかなり薄くなっている火霊術の結界がある場所へ走って来た俺達は、結界を越えて外へと出た。

 今の位置は、ヘリの位置から見ると、黄泉から神社側に100m程離れた所である。

 また、俺達が今越えた結界は農道部分に施してある結界で、此処から外にでる事にしたのは、単純に農道の方が移動しやすいからである。

 そんな訳で俺達は、舗装された綺麗な道を通って、市街地へ向かわせない様に黄泉を回り込む予定なのだ。

 因みにだが、宗貴さんと一樹さんは青面金剛の真言を解いて、生身の状態に戻っている。

 これは勿論、黄泉の霊感に配慮しての事だ。

 そして俺は結局、あの術は使わなかったので、これはある意味、嬉しい誤算なのであった。

 とまぁそんな事はさておき。

 俺はさっきからある事が気になっているのだった。

 それは、黄泉のいる部分だけが火霊術の結界が無くて、その他は何ともないという事である。

 この結界は一応、火の柵を作るような感じなので、線を引いたかのように真っ直ぐ結界が通ってないとおかしいのだ。

 特に、平野部に設置された結界の仕組みは、電気でいう直列接続と同じで、数珠つなぎで設置されている筈なのである。そんな説明を3時頃の作戦会議で一将さんがしていたのだ。

 という事は、スポット的に結界が切れているというのは、理論上、変なのだ。

 俺はそれが気になったので、走りながら一樹さんに問いかける事にした。

「一樹さん、気になる事があるんですけど。この結界って数珠つなぎで構成してるのに、なんで黄泉の所だけ結界が無いんでしょうかね?」

 すると一樹さんは、同意する様に頷きながら言うのだった。

「日比野君もそう思ったか? 実は俺もさっきから気になってたんだ。最初は黄泉が切ったのかと思ったが、黄泉から先にある結界は生きてるから変なんだよ。まるで間引きをしたみたいだ」

 隣にいる宗貴さんも続いて言った。

「やはり、2人ともそう思ったか。俺もだ。多分だが……これは人為的なものを感じる。朝、一将さんが言っていただろう。黄泉の封印が何者かに解かれたと……。もしかすると、それと関係してるのかもしれない。確証はないが……」

 宗貴さんの言葉を聞いた俺は、反射的に周囲に意識を向けた。

 だが、特に何も今のところは感じない。

 しかし、宗貴さんの言った事は非常に重要な事なので、頭の中に入れておいた方が良さそうである。

 と、その時だった。

 土門長老の声で無線が入ってきたのである。

《土門じゃ。道間殿、そして術者の皆。……すまぬ。儂が目を離した隙に明日香が出て行ったんじゃ。恐らく、黄泉のところへ向かったと思われる。見つけたら、保護してほしい。こんな大変な時に、本当に申し訳ない》

 といった内容のものが耳に入ってきたのであった。

 俺達は一応《了解しました》と返す。

 そして俺は宗貴さんに視線を向けたのである。

 すると宗貴さんは、目を閉じて額を抑える仕草をするのだった。

 宗貴さんはやや怒った口調で言う。

「明日香の奴、また、勝手な事を……。今度という今度は、かなり厳しく言っておかないと」

 そこで一樹さんは、怒る宗貴さんを宥める様に言った。

「まぁまぁ宗貴さん。明日香ちゃんは多分、自分が寝てしまった事に対して責任感じてるんじゃないかな。色々と大事な時だったし。それに、鬼一法眼様に憑依されたのも知らないからね」

 だが宗貴さんは首を振ると言うのであった。

「いや、アイツが勝手な事をするのは今に限った事じゃないんだ。ウチの爺さんもそれがある為に、実力的には明日香で大丈夫な修祓依頼でも、明日香には1人で絶対に修祓をさせないからね」

 今の話を聞いた俺は、以前、土門長老がそんな事を言ってたのを思い出した。

 確か、初めて明日香ちゃんと修祓をした日だったような気がする。

 宗貴さんは続ける。

「それに俺達の家は、明日香が小さい時に両親が居なくなった。だから、小さい明日香の相手をしていたのは爺さんなんだ。それもあってか、爺さんも明日香には甘いんだよ。甘さが命取りに成る世界だから、厳しくしないといけないのにな」

「そうだったんですか……」

 俺は意外な事実をしり、やや控えめにそう呟いた。

 なんか知らんが、すごい複雑そうな家庭事情のようだ。

 宗貴さんの話す口調からも、今まで色々とあったというのは伝わってくるのである。

 まぁそれは兎も角。

 俺は宗貴さんに言った。

「でも、明日香ちゃんがどのルートを通ってくるのか、分からないですよね。ただ、修祓指令車が火霊術の結界外なので、多分、俺等と接触する可能性はありますけど」

 すると宗貴さんは空を見上げる。

 そして祈るようであり、また疲れたようでもある複雑な表情で、ボソッと言うのであった。

「フゥ、早まった真似をしないでくれよ、明日香……」

 

 ―― 10分後 ――


 距離的には少し大回りになるが、俺達は移動しやすい舗装された農道を走って、目的となる一将さん達の反対側へと進んでいた。

 勿論、これには訳がある。

 それは多少大回りしても、此方の方が早く着くからだ。

 田畑を通る場合は、段差や障害物に加えて、周囲を覆う暗闇という視界の悪さもある。なので、中々、思う様には進めないのである。

 そういった理由から、俺達は碁盤の目の様に通る農道を走り続けているのであった。

 そして、火霊術の結界を出てから10分程たった頃。

 俺達はようやく目的の場所へと到着したのであった。

 其処は農道の交差点で、周囲には電柱に取り付けられた外灯があったので、若干、視界の良い所である。

 だが、俺達がいる場所はまだ瘴気が薄い。なので、黄泉から100m程離れている場所でもあった。

 まだ黄泉路の入口に立っているといった感じだ。

 まぁそれでも、瘴気に寄ってくる悪霊共が結構いるので、今、一樹さんと宗貴さんと3人で、それらをある程度蹴散らしたところである。

 俺は一息ついた段階で、鬼一爺さんに言うのであった。

「鬼一爺さん。とりあえず、反対側に着いたぞ。これからどうするの?」

 俺の言葉を聞いた鬼一爺さんは、2人にも聞こえる様に声だけバージョンで言った。

(フム。今からやる事は単純じゃ。まず、奴に出来るだけ近づいて火の手を上げるだけじゃ。が、そう簡単には行かぬ)

 俺は頷きながら言った。

「だよな。あの瘴気をどうにかしないと、奴には近づけないぞ。鬼一爺さん」

 鬼一爺さんは言う。

(ウム、それでじゃ。此処からは隠形の術を使い、奴の付近に移動してもらいたいのじゃ。そこで一つ聞きたい。一樹と宗貴は摩利支天まりしてん隠形法おんぎょうほうを知っておるか?)

 また俺の知らない新しい術の名前が出てきた。

 だが2人は知っているのか、即座に頷く。

 すると一樹さんが口を開いた。

「はい、我々は密教者ではありませんが、その摩利支天の隠形法は良く使う事がありますので」

(そうか。ならば、もう意味は分かるじゃろう。此処からはその隠形法を使って進むのじゃ。じゃが……この術。涼一は少し事情があって、あまり隠形の効果が得られん。そこで2人に頼みたい事があるのじゃ)

 俺は鬼一爺さんが言った意味が一瞬わからなかった。

 だが、今の鬼一爺さんの口振りを見た感じでは、俺が持っている幽現成る者としての体質が関係しているのだろう。

 それ以外に考えられない。

 また、今の話を聞いた2人は「エッ?」と言うと、やや驚きながらチラっと俺を見るのだった。

 まぁこれも仕方ない反応である。

 と、そこで宗貴さんが尋ねた。

「鬼一法眼様。……頼みとは一体なんでしょうか?」

(2人は涼一の両隣にて摩利支天隠形法を行使してほしい。そうすれば涼一自身にも隠形の効果が得られるからの。その状態で奴に近づいてもらいたいのじゃ)

 鬼一爺さんの話に納得した2人は頷く。

 一樹さんは言った。

「なるほど、そういう事でございますか。わかりました。お引き受けしましょう」

 鬼一爺さんは次に俺へ視線を向かわせると言った。

(そして涼一。お主は奴に近づいたら我が指示する場所で、火界術 朱雀の法を使うのじゃ。あの魑魅には少々の火では、恐らく駄目じゃろうからの。よって、七曜の符はすぐに使える様にしておくのじゃ。一発、派手にかましたれ。まぁこんなところじゃわい)


 各々の役割を鬼一爺さんから指示された俺達は、早速、それに取り掛かった。

 俺は霊符入れから七曜の符を取り出すと、すぐに使えるよう、腰の術具入れに入れる。

 これで、一応、俺の準備は完了だ。

 また一樹さんと宗貴さんの2人は、真言を唱えながら二つの印を組むのであった。

《 ――オン・マリーシ・エイ・ソワカ―― 》

 そして唱え終わった途端、2人の霊力は妙な波長へと変化したのである。

 だが、俺には波長が変わったというだけで特に何も感じないのだ。

 本当に隠形の効果なんて得られるんだろうか……。

 などと不安になったが、ここは鬼一爺さんを信用するしかない。

 多分、何も感じないのは、俺の体質も関係してるのだろう。

 そう考えると辻褄が合う。

 多分、この摩利支天隠形法は、俺にとっては使っても効果ないが、使われても効果のない術法なのかもしれない。

 まぁこの辺の事は、また鬼一爺さんに聞こう……。

 などと考えている内に、2人はもう術を完成させたようである。

 宗貴さんは、左の掌の上に右の握り拳を乗せるという印を組みながら、俺の前へとやって来た。

 そして頷くと言うのであった。

「よし、では準備は出来た。さて、そろそろ向かおう。応援部隊も時間通りに来れるとは限らないからね」

 俺と一樹さんは無言で頷く。

 とまぁそんな訳で俺達は、鬼一爺さんが言った通りに隠形法を行使しながら、黄泉の世界へと歩みだしたのであった。 

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