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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
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四拾九ノ巻 ~黄泉 七

 《 四拾九ノ巻 》 黄泉 七



 ――俺達は地龍八門の陣を行使する為に、目的の神社へと向かい移動を開始した。

 ホテルから10分程車を走らせたところで、神社を覆う鎮守の森の姿が薄暗いながらも見えてきた。

 そして神社から500m程離れたところで、俺達は一旦車から降りると、一将さんを先頭にとある場所へと向かい歩いてゆくのである。

 歩を進める中、俺は空に目を向ける。

 日はもう殆ど山の影に隠れており、後10分もすれば完全な暗闇へと移行するだろう。

 いよいよ、黄泉の動き始める時間帯である。

 だが、そう考えると共に、恐怖と緊張が入り混じった複雑な気持ちが、俺の中を駆け巡るのだった。

 またそれと共に、何故か知らないが、いつもと比べると俺の足が重く感じるのである。

 これも今から始まる事への緊張からきているのかもしれない。

 他の皆もそうなのだろうか? と思いながら、俺は一樹さんや宗貴さんを見る。が、その真剣な表情からは、俺には何も汲み取れない。

 俺は黄泉や術に対する不安を無理やり振り払うと前に視線を戻す。

 そして一将さんの案内する方向へと歩き続けるのであった。


 薄暗い中を進んでゆくにつれ、一将さんが俺達を案内しようとしている場所が少しづつ見えてきた。

 俺達が向かっているのは、どうやら、農道に駐車してある神代総合商事と書かれた大型貨物トラックのようである。

 だが普通の貨物トラックと違って、幾つかのアンテナの様なものが天井部分から確認できるのである。

 それらの中には衛星放送用のパラボラアンテナの様なものまで取り付けられていたのだ。

 この貨物トラックみたいなのは、一体何なんだろう?

 そんな事を思いながら俺は進んでゆく。

 それから程なくして俺達は、貨物トラックの最後部にある荷台扉の前に辿り着いたのだった。

 すると其処で守衛の様に立っている、修祓霊装衣を着た2人の坊主頭の男が、俺達を見るや否や深く頭を下げてきた。

 またそれと共に、丁寧な言葉づかいで言うのである。

「ご苦労様です、土門長老に一将様。指示のあった物は全て取り揃えておきました。そしてこの修祓指令車の中は、何時でも使えるようになっております」

 一将さんは2人に柔らかい笑みを浮かべると言った。

「ありがとう。では、早速使わせてもらうよ」

「では、暫しお待ちを」

 片側の男はそういうと、もう一人の男に目配せをする。

 それを合図に、もう一人の男は手に持った小さなリモコンのボタンを押したのである。

 すると、グゥィィィンという低いモーター音と共に、観音開きの扉が開いてゆくのであった。

 扉が開ききったところで、昇降用の階段が降りてくる。

 そしてこれらの機械動作が終わると、2人の男は俺達に入るよう、丁寧な仕草で促すのであった。

「では、どうぞ中にお上がり下さい」という言葉と共に……。

 俺達は2人に一礼すると、階段を上り荷台へと足を踏み入れる。

 階段を上りきると中の様相が視界に飛び込んできた。

 其処には武具や術具等の置かれた部屋や、会議机が幾つか置かれた部屋、そして液晶モニターが幾つか並んだ指令室の様な部屋が、狭いながらも設置されていたのである。

 しかもそれらはガラス壁になっているので、中が良く見えるのであった。

 俺はその中にあるモニターが見えるハイテクを凝らした部屋を感心しながら見回す。

 中にはモニター以外にも、オーディオ機器の様でいて計測機器でもあるような用途不明の機械類が沢山、金属ラックにマウントされていた。

 それらがHUBを介して、この部屋の隅にある卓上に置かれたPCへと繋がっているみたいである。

 また今見た感じだと、この部屋にはその卓上にて機器やPCを操作する、眼鏡を掛けた中年くらいの人が1人居るだけのようだ。

 俺がそんな風に中を見回していると、一将さんが皆に言うのだった。

「では、これより最終準備に入ろうと思う。各人は、此処の更衣室で修祓霊装衣に一旦着替えて、それから、此方の机が置かれた部屋に来てほしい」

【はい】

 俺達は声を揃えて返事をすると、早速、着替えに取り掛かるのであった――


 ――それから30分後。

 修祓霊装衣に着替えた俺達は、会議机が置かれた8畳程度の部屋にて、最終の打ち合わせをしているところである。

 また俺達の他にも、八門を担う他の術者の方達が5名おり、その方達と一緒に、これから黄泉に対して行使する地龍八門の陣の流れを復習しているところなのだ。

 この5名の術者は道摩家の流れを汲む方々のようで、見た感じだと30代から40代くらいのベテランの域に達している人達ばかりである。

 俺の見立てでは、かなり高い霊力を練れそうな人達で、かなり修祓経験も豊富そうな人達に見える。

 いや、実際そうなのだろう。

 俺みたいなポッと出のヒヨッコとは違って、5人から伝わってくる勇ましい雰囲気自体が、かなり堂に入った感じの様に見えるからだ。

 また、5人中3人が総合格闘家みたいな大きな体型なので、すごい威圧感を漂わせた人達でもあるのだった。

 髪は3人とも短めで、別段これといった特徴はない。が、3人の首回りは筋肉質でとても太く、もうそれだけで首から下の体型が想像できるくらいであった。

 俺がこの人達と肉弾戦やったら、あっという間に負けると思う。そんな人達である。

 そして他の2人であるが、その方々は俺とそんなに変わらない体型の人達なので、3人の様にムキムキとした威圧感はない。

 外見は2人共、お坊さんの様にツルっぱげであり、物凄く人の良さそうな笑顔をした方々であった。

 ついついコッチも釣られて笑顔になってしまう感じだ。

 また2人は、やや細めの顔立ちとかが似ているので、もしかすると兄弟なのかもしれない。が、かなり場数を踏んでそうな人達である。

 何故なら、2人の首や眩い頭頂部には修祓の際に出来たと思われる、幾つかの傷痕が確認できるからである。

 1人は3本の爪の様なものでひっかかれた生々しい傷痕で、もう一人は首の付け根辺りに火傷をしたような傷が確認できるのだ。

 だが、もしかすると傷痕は修祓とは関係ないのかもしれない。が、少なくとも、俺には喧嘩とか事故によってできた傷には見えないのである。

 そして俺は、そんな2人を見てこう思ったのだった。

 人の良さそうな顔をしているが、相当修羅場を潜っているに違いない、と……。

 この2人を見る限りでは、そう思わずにはいられないのである。

 とまぁそんな訳で、この頼もしい雰囲気を漂わせる方々が八門の内の五門を担うわけだ。

 一将さんが、このような霊的にも肉体的にもたくましくて勇ましい方々を選んだのには、勿論、理由がある。

 それは鬼一爺さん曰く、結界内の強い霊力に耐えられる肉体と霊体を持ち、尚且つ、ある程度霊力の流れを安定させられる者達でないと駄目らしいのだ。

 もうこの時点で、どういう人が候補になるのかが明確になっている。

 なので、霊的にも肉体的にも未熟な術者しかいない場合は、それらの負担を軽減させる為に人数を多くしてカバーする以外にないのだ。

 だが、鬼一爺さんは出来ればこの方法は避けたいと言っていた。基本的に1つの結界に1人の術者という構成なのだそうだ。

 まぁ俺にはよく分からんが、色々と不都合な部分があるんだろう。

 とりあえずそういった事から、この人選になったのである。

 そんな訳で、こういった人達と共に俺は最終確認をしているのであった。


 因みに、俺達の中で結界を担うのは一将さんと一樹さんに宗貴さん、最後に俺である。

 3人はそれぞれ、開門・驚門・死門の結界を受け持つ事になっているのだ。

 そして土門長老と明日香ちゃんは、この修祓指令車にて待機という手筈になっているのであった。


 一通り、地龍八門の陣の流れを再確認したところで、一将さんは皆に言った。

「では、これにて最終確認は終わりとする。今からはこれを念頭に置いて、各自が受け持つ八門の結界にて待機していてほしい。それとこの先、何があるか分からない為、各自は武具や術具の他に、通信連絡手段として小型のトランシーバーやタブレット端末も忘れずに装備しておいてほしい。私からは以上である。何か質問があれば、今の内にお願いしたい」

 一将さんはそう言った後、皆の顔を順に見てゆく。

 すると、人の良さそうな顔をしたツルッパゲの2人の内、頭頂部に3本のひっかき傷がある男の人が、手を挙げたのだった。

 一将さんは言う。

龍潤りょうじゅんさん、何か分からないところがあったかね?」

 今の「りょうじゅん」という名前を聞いた感じだと、お寺のお坊さんの様な名前である。

 外見とも一致するし、普段は寺の住職か何かをやってるんだろうか?

 俺がそんな事を考えていると、その『りょうじゅんさん』と呼ばれた人は丁寧な動作で一礼し、口を開いたのである。

「一将様。実は先程からずっと、私は気になっている事があるのでございます。それは、この黄泉と呼ばれる魑魅についてであります。一将様もご存じの事とは思いますが、私の先祖も嘗ての道摩家当主達と共に、黄泉との戦いに加わりました。ですので、私の家にもこれらの言い伝えが残されております。それによりますと、この戦いの結末は、凄惨な被害をもたらした上で、ようやく封印が出来たというものらしいのです。もしその言い伝えが本当なら、今仰られた方法で本当に上手くいくのかどうか……。それが、ずっと気になっていたのであります」

 今の話を聞いた一将さんは、やや眉間にしわを寄せて少し難しい表情になった。

 まぁ一将さんのこの反応は仕方がない。

 根拠を求められると難しい話だからだ。

 でも確かに、この人の言ってる疑問はもっともな事である。

 以前はどうにもならなかったのに、今回はどうにかなると考える方がどうかしている。

 これは一将さんでも返答が難しいだろう。

 鬼一爺さんの事は流石に言えないだろうし……。

 俺がそんな事を考えていると、さほど間をおかずに、土門長老が口を開いたのであった。

「ウム。確かに、龍潤さんの仰ることはもっともじゃ。じゃが、安心してほしい。今回使う結界術は道摩家に伝わる秘術じゃが、道間殿が調べたところじゃと、当時は、揃えられなんだものがあったが為に使えなんだそうじゃ。じゃが、今回は全てが揃っておる。じゃから、準備万端という訳じゃ。のぅ、道間殿?」

 土門長老の助け舟が効いたのか、一将さんはホッとした表情になる。

 そして、オホンッと一度、咳を入れて仕切り直すと言うのだった。

「今、土門長老が仰られたが。当時は今と違って、術具等の部分で不備があったそうなのだ。よって、以前とは違うので、今回は安心してほしい。こちらも準備はできているという事だ」

 一将さんの言葉を聞いた『りょうじゅんさん』は、感心したように何度か頷くと言った。 

「そ、そうだったのでありますか。これは要らぬお世話でしたな。ならば、私からはもう何もありませぬ」

 どうやら納得したようである。

 だが俺は、それよりも感心したことがある。

 それは土門長老の機転である。

 というか、土門長老。良くそんな嘘をすぐ思いつくなぁ。今のはどう考えても、時間的に4秒程度で考えた嘘だ。ある意味凄いわ。

 などと思いながら、俺は土門長老に感心しているのだった。

 まぁそれは兎も角。

 一将さんは今のやり取りで気が楽になったのか、もう一度、皆に聞いた。

「他にはないだろうか?」

 だが、今回は誰も手を上げなかった。

 一将さんは安心したように頷くと、真剣な表情になって言うのだった。

「皆の力で、今回は必ずや黄泉を葬り去ろう。……以上だ」と。

 それを号令に俺達は、各々が術具や武具にさっき言った各道具類を装備した後、各自が担当する結界へと向かい散ってゆくのであった。


 ―― 1時間後 ――


 俺は今、地龍の陣の術式が描かれたシートの中心部分に立って、待機しているところである。

 そして俺の後ろには大霊力を引き出す為の神社があり、更にその手前には、神社入口である白い鳥居の姿がおぼろげながら見えるのであった。

 因みにこの地龍の陣が置かれている位置だが、八つの点で正方形を描くように配置された八門の陣の中心であった。

 ――――――――――――――――――――


      開    休    生  




      驚    地    傷




      死    景    杜


 ――――――――――――――――――――

 要するに正方形の中心という事だ。そこが地龍の陣の位置なのだ。

 逆の見方をすれば、俺を中心に東西南北、それに加えて南東南西北東北西の位置に八門の結界があるのである。

 そういう場所なので、俺は周囲を見回して八門の確認をする。

 だが、視界に入ってくるのは暗闇のみ。

 今は夜な為、150m以上先にいる八門を司る術者達の姿は、流石に見えないのだ。

 なので、今の俺は暗闇の中に1人ぼっちで突っ立っている状況なのであった。

 まぁでも小さな間接照明があるので、一応、明かりはある。が、なんか知らんけど、寂しいのだ……。

 鬼一爺さんや周辺に漂う霊魂はいるが、生きている者が俺1人だと、やっぱり心細いのである。

 しかし、八門の結界にいる人達のところにも、俺の所と同じような間接照明があるので、人の姿は見えなくても、それらの明かりだけは小さくだが確認できるのだった。

 という訳で、その明かりを見る度に少しホッとした気分になるのである。

 だが、暗くて人がいないだけなら、いざ知らず。今は物凄く寒い。

 空を見上げれば、お星さまが怖いくらいに綺麗に輝いてるのだ。

 俺が立っている神社入口付近も、既に土中の水分が凍結し始めているのか、シートを踏み締める度にバリバリと割れる様な音がする。

 もう完全に凍てつく大地といった感じである。

 こりゃ、今夜は確実に氷点下だな……。

 そんな事を考えると共に、ブルブルと震えて、鳥肌も立ってくるのである。

 俺は凍てつく冷たさでかじかんできた手足を何とかする為、柔軟体操や屈伸運動をしながら手の平に息を吹きかける。

 すると白い煙の様な息が、ブワッと俺の眼前に広がるのだった。

 一応、今の俺は防寒スーツの上から修祓霊装衣を着ているので、それほど寒いという訳ではないが、流石に手足の様な末端部分や露出した顔等はそれでも寒いのである。

 そんな訳で俺は極寒の中、寒さに耐えながら奴が来るのを待っているというわけだ。

 勿論、ジッとしていると寒いので、屈伸運動等をずっと繰り返しながらである。

 そんな風に体を動かしていると、時折、遠くからバババババッというヘリコプターのプロペラ音が聞こえてくる。

 音は黄泉がいるであろう山の方角から聞こえてくるので、一将さんが手配したヘリで間違いないだろう。

 今も黄泉の監視を続けているに違いない。

 そんな事を考えながら屈伸運動を続けていた、丁度その時であった。

 右耳に取り付けたイヤホンマイク型のトランシーバーから、一将さんの声が聞こえてきたのである。

《……術者の諸君、私だ。たった今、ヘリの監視チームから連絡が入った。あの山中で化け物が動き始めたそうだ。奴は今のところ、予定通りに此方の方へ向かっているらしい。また、ヘリチームによるこの結界への黄泉の到達予想は、奴のスピード等から計算すると大凡、30分前後だそうだ。それと黄泉の姿だが、ヘリ上空から暗視カメラで撮影した映像を見る限りでは、悍ましい上にかなり巨大な化け物のようだ。今、皆の持つタブレット端末でも見れるように、撮影された動画を修祓指令車から共有ファイルに送らせる。各自、参考にしてほしい。……そして最後に一言。いよいよ此処からが本当の戦いだ。我らの力を合わせて、祖先達が成しえなかった400年の長きにわたるこの戦いに、今度こそ終止符を打とう。では皆の健闘を祈る……》

 一将さんがそう言った直後。少しの間、シーンとした静かな時間が訪れる。

 だが、10秒ほどすると無線機には、皆の《了解しました》《今度こそ黄泉を葬りましょう》といった声が、次々と聞こえてくるようになるのだった。

 そして俺も皆に習い、「了解しました」と口にするのであった。


 返事を終えた俺は、ウエストポーチ状の道具入れから、やや大きめの手帳サイズはある小型のタブレット端末を取り出す。

 そして俺はタブレット端末を起動するのである。

 タブレット用のOSが立ち上がると、液晶パネル上に幾つかのアイコンが表示される。

 俺はその中の共有ファイルと書かれたフォルダをタッチしてファイルを開いた。

 ファイルを開くと更に幾つかのファイルが細かく表示される。

 俺はその中の【黄泉】と書かれた映像ファイルをタッチするのである。

 すると再生プレイヤーが起動して、モノクロの暗視動画像が液晶パネル上に映し出された。

 俺はどんな化け物なんだろう?と暗視動画像に目を凝らす。

 だが其処には、一目で異様と分かる悍ましい化け物の姿があったのだった。

「……こ、これが……黄泉」

 動画を見た俺は、ボソッと呟くと共に生唾を飲み込む。

 そして、黄泉という悍ましい化け物の真の姿に対して、身体の隅々に至るまで戦慄が走ったのだった。

 見た感じは丸い化け物だが、その化け物の大きさや特徴が異様なのだ。

 日中襲われた時に見たあの触手は、正しく、奴の手足なのである。それらを使って自らの巨体を引きずっているのだ。

 またそれに加え、行く手を阻む木々を容赦なく薙ぎ倒しながら進んでゆくその巨大な姿からは、とんでもない怪力を持った化け物だという事が、映像を通して伝わってくるのだった。 

 と、その時。

 鬼一爺さんが俺の持つ端末の映像を横から覗き込んできたのだ。

 そして(ムゥ……)と低く唸りながら口を開くのである。

(この魑魅の姿……。かなりの負の怨念が集まって生まれた化け物じゃな。我のいた時代でも、そうは見たことないほどの醜悪さじゃわい)

「エッ? ……今、そうは見たことないほど醜悪っていったけど、マジか……」

 鬼一爺さんの表情と今の内容から、俺は不安になってきたので問いかける。

(うむ……。こりゃ、祟り神といっても差支えないわい。それとじゃな、人や獣の骨が寄り集まっているところを見る限りじゃと、この魑魅が生まれる為のうつわとなったのは、こういった動物の死骸なのかもしれんのぅ)

「う、器? まぁ、そ、それは兎も角。こ、この化け物。……この地龍八門の陣で何とかできるよね?」

 俺は鬼一爺さんの言った内容も気になったが、それよりも、コイツを何とかできるのかどうかの方が重要だった為、もう一度確認をした。

 すると鬼一爺さんは、俺の顔を見て頷くと共に、やや柔らかい表情で言うのであった。

(……まぁ大丈夫じゃろう。とりあえず、今は奴が来るのを待たねばの……)

 俺は鬼一爺さんの言葉に少しだけ安堵を覚える。

 だが暗視動画に映る黄泉の姿に視線を戻すと、再び戦慄が走るのだ。

 その為、俺は弱々しい声で返事をしてしまうのであった。

「ああ。そ、そうだね……」と。



 ―― 15分後 ――



 山中の木々を薙ぎ倒しながら、黄泉は何かに魅入られたかのように、涼一達が待ち構える神社へと向かい進み続けていた。

 黄泉が通った後は斜面の土が削られている為、遠くから見ると一筋の線が引かれたようになっている。

 だが、今は夜である。当然、肉眼では分からない。

 暗闇の中をザザザザと削られてゆく音だけが周囲に聞こえてくるのである。

 また、黄泉は幾人もの浄士達が施した火霊術に近寄らないよう、一心不乱に突き進んでいる。

 その為、矯正されたかのように歪みのない一筋の線の様になっているのだった。

 そんな風に、真っ直ぐと進みだしてから15分程過ぎた頃。

 黄泉は山の麓付近へと到達しており、山を抜ける一歩手前まで来ていた。

 そして山から完全に抜け出ると、黄泉は更にスピードを上げたのである。

 時速20kmから40kmにスピードを上げた車の様に……。

 これは山中の様に、行く手を阻む木々や岩といった障害物が無い為であった。

 平野部に躍り出た黄泉は、水を得た魚の様に勢いよく骨の触手を伸ばして、それらをまるで大地に碇を下すかのように突き刺してゆく。

 そして自身を勢いよく引きずって前に進んでゆくのである。

 何回も何回も、この行動を繰り返しながら……。

 今がもし日の高い日中であったなら、土や小石を巻き上げて平坦な田園地帯に広がる田畑を突き進む黄泉の姿は、まるで大平原の主を思わせるかのようにさえ見えたかもしれない。

 行く手に障害物があろうが無かろうが構わず突き進むその姿は、巨体という事も相まって、野の王者といわんばかりだからである。

 何ゆえその方向に黄泉は突き進むのか……。

 黄泉を此処まで引き寄せているのは何なのか……。

 それは勿論、一将達が仕掛けた霊波発生装置から発せられる、生命と魂の疑似波動であった。

 黄泉はそれを喰らいたいが為に、一心不乱に突き進んでゆくのである。


 黄泉が山を抜け出てから10分程経過した頃。

 スピードを落とす事なく進んでいた黄泉は、もう既に八門の結界付近へと差し掛かろうとしていた。

 もう黄泉は、このまま結界内へと入り込むに違いない。

 この時、八門の結界を担う者達は皆がそう思ったであろう。涼一も例外ではなかった。

 いや、黄泉自身も真っ直ぐ突き進むつもりだったのだろう。

 だがその時だった!

 勢いよく進む黄泉は、突如、急ブレーキを掛けた車の様に動きを止めたのであった。

 それと共に、止めた時の勢いを殺せなかったのか、10m程ではあるがズズズッと地面にスリップ痕を残す。

 そして先程まで聞こえていた引きずる音は止まり、辺りの暗闇には不気味な静けさだけが漂うのである。

 この静寂の中、黄泉は時間が止まったかのように、暫しの間、身動きせずにジッとしていた。

 黄泉は何故、急に止まったのか?

 それはある物が、黄泉の感覚に引っ掛かったからであった。

 では、その引っ掛かったある物とは、一体何なのだろうか……。

 それは、黄泉が動きを止めてから暫く時が経過した後に、明らかとなるのであった。


 黄泉はジッと5分程その場にて様子を窺う。

 すると、突如、進んでいた方向から右に90度の方向へ、触手を勢いよく伸ばしたのであった。

 そしてその先にある1本の電柱へと向かい、何かに魅入られたように、また勢いよく突き進み始めるのである。

 電柱には一体何があるのか……。

 それは電柱の中間部に取り付けられた1台のカメラであった。

 涼一達の方向に向けて、秀真と麻耶が取り付けたあの霊能計測カメラなのである。

 このカメラが発している色々な波長の霊波が、黄泉の感覚にとまったからなのであった。

 だがこの辺りは、黄泉の嫌う火霊術の結界が走っていたところでもある。

 今まで火霊術の施されている箇所は全て避けてきた黄泉が、何故、今回に限って近づいたのか……。

 それは勿論、火霊術の結界が無いからだ。

 カメラの取り付けられていた電柱の周辺だけが、結界を間引かれていたのである。

 ゆえに、恐れるものがない事を確認した黄泉は、一心不乱に其処へと向かっているのだった。


 電柱の所にまで来た黄泉は、中間部分に取り付けられたカメラに向かって触手を巻き付けると、勢いよく電柱を根元から圧し折る。

 だが、根元から折れても電柱は倒れなかった。

 何故なら、折れた電柱が電線にもたれかかる様な格好となって、辛うじて倒伏を免れたからである。

 しかし、黄泉は更に自身の骨の球体から触手を伸ばす。

 そして電柱の中間部分にグルグルと幾重にも巻き付いて、綿菓子の様な形状になるのである。

 だがその時であった。

 もたれかかっていた電線が、巻き付き続ける黄泉の重量に耐えきれずに切れたのだ。

 その瞬間、バチバチッと火花が周囲に飛び散った。

 またそれと共に、支えているものが無くなった電柱は、当然倒れてゆくのである。

 そして、切れた電線の先にある電柱に取り付けられていた外灯は、全てスイッチを切ったかのように消えて、辺りは更に暗闇が増したのだった。

 だが黄泉は、倒れた電柱の事など構いもせず、今度は本体自らが覆いかぶさる。

 そして折れた電柱全てをこんもりとドーム状に包み込んだところで、辺りに深紫色をした瘴気を大量に撒き散らしたのであった。

 瘴気が周囲に広がるにつれて、不穏な気配も漂い始めてくる。

 何故ならば、今は夜だからだ。

 今は悪霊達が動きやすい時間帯となっているからである。

 その為、この瘴気が辺りに漂うと共に、悪霊達も集まりやすくなるのだ。

 しかも、もう既にその周辺にいたであろう悪霊達は、この瘴気を敏感に感じ取って此処へと向かい始めていた。

 そして時間が経つにつれて、瘴気の漂うその周辺は、生命のいない死の空間となり始めるのであった。



 ―― 一方その頃 ――



 俺は一将さんから無線連絡が入った後も、柔軟体操をしながら体を温めていた。

 こうやってウォーミングアップをずっと継続しているのは、周囲の凍てつく寒さを凌ぐと同時に、黄泉に対してすぐに行動に移せる様にという俺なりの考えでもある。

 まぁその他にも、さっき映像で見た黄泉に対する恐怖心を和らげるという意味もあったりするが……。

 というか、ジッとしていると不安なのだ。それが一番の理由だったりするのである。

 そんな訳で、俺はこの場所に来てからというもの、ずっと屈伸運動や柔軟体操などを飽きもせずに続けているのである。

 だが俺は運動をしつつも、黄泉が来るであろう山側の方角へと、絶えず視線を向けていた。

 それは勿論、黄泉を追跡しているヘリコプターの位置を確認する為である。

 ヘリの位置を見れば、大凡の黄泉の位置も分かるからだ。

 だが、さっきから妙なのだ。

 黄泉を追跡しているヘリの明かりが、今までは徐々に近づいてたのに、今はあまり動かないのである。

 何かあったのだろうか?

 などと思っていた、丁度その時だった。

 一将さんから、今度は焦った口調で無線連絡が入ってきたのであった。

《結界を担う術者諸君。非常に不味い事態になった! 黄泉がルートを外れて火霊術の結界の外に出てしまったッ》

 すると、間髪入れずに今度は土門長老の声が聞こえてきた。

《土門じゃ。道間殿、それは本当かッ。それで、奴は今何処におるのじゃ?》

 一将さんは落ち着いた口調を保ちつつも、焦りが隠せないのか、やや早口で話し始めた。

《八門の結界から、300m程山側に離れた所です。其処で奴は移動を止めて、何かに覆いかぶさっているようです。ですが、今、あの場所には浄士が誰もおりません。今、八神さんに頼んで応援部隊を寄越してもらっている最中ですが、そこに到着するのは15分から20分ほど掛かりそうなのです。ですので、少しの間、空白の時間が生まれてしまうのですッ》

 どうやら、予期しない不味い事態になってしまったようだ……。

 今の話の内容を聞いた途端、俺の背中に嫌な汗が伝うのである。

 土門長老は困った様に、低く唸りながら言った。

《ぐむぅ……やむを得ん。ならば、其処から一番近い、結界を担う者達で少しの間、何とかするしかないの》

《ええ。ですので、結界を担う術者達に、応援部隊が来るまでの間、手を貸してもらいたいのです。早く此方に向かわせないと、奴はその先にある市街地に向かってしまうッ。それだけは何としても阻止しなければいけませんッ》

 今の一将さんの言葉を引き継ぐように、土門長老は皆に言った。

《今の話は、術者の皆にも聞こえていると思う。皆は一旦、その場を後にして黄泉の所へと向かってもらいたい。そして、応援部隊が到着するまで、奴を市街地に向かわせぬよう引きつけるのじゃ》

 一将さんと土門長老の話の内容は、結界を担うすべての術者に聞こえている。

 それもあって、すぐに皆から返答が聞こえてきた。

《了解しました》といった声が次々と聞こえてくる。

 俺もあまり気が進まなかったが、一応皆に習って《了解しました》と返事をしたのであった。



 ―― その頃、修祓指令車では ――



 土門長老は修祓指令車の中にある、モニターが設置された3畳ほどの小さな部屋にいた。

 其処にはモニターや各種機器を操作する者と土門長老の2人だけがおり、土門長老は卓上無線マイクに向かって一将と黄泉についてのやり取りをしていたのだった。

 今まで事の成り行きを静観していた土門長老であったが、流石に不味い事態へとなってしまった為、重い腰を上げて無線通信に入ってきたのである。

 土門長老は今とれる方法を一将と無線越しに協議していたのだ。

 この非常事態においても、土門長老は慌てたそぶりはあまり見せずに、今とれる最善の方法を考える。

 そして今、その旨を皆に伝えていたところなのであった。

 土門長老が言い終えると、間をおかずに、その部屋に設置されているスピーカーから術者達の返事がくる。

《了解しました》という声が……。

 それらの返事を聞いた土門長老は、ホッとした表情になると、落ち着いた口調で言うのであった。

《……奴は映像を見る限りじゃと、かなり凶悪な化け物じゃ。皆も十分注意して、事にあたってほしい。以上じゃ》

 土門長老は言い終えると、機器を操作する男に目配せをした。

 すると男は土門長老に頷き、マイクの電源を切ったのである。

「フゥ……厄介なことになったもんじゃわい」

 土門長老はそう呟くと共に、大きく息を吐くと肩の力を抜いた。

 そしてモニターに映る黄泉の映像を一瞥した後、部屋の出口に向かい歩を進めるのであった。


 部屋を出た土門長老は、会議机が置かれた部屋に移動する。

 そして扉を開けて中へと入って行った。

 部屋に入った土門長老は、まず周囲を見回す。

 先程、打ち合わせをしていた時は、机の上に色々と資料などが置かれていたが、今は何も置かれていない会議机だけがある殺風景な部屋となっていた。

 また、部屋の中には誰もいない為、寂しい雰囲気も漂わせていたのである。

 そんな部屋の様相を見た土門長老は、首を傾げながらこう呟いた。

「……明日香の奴、何処に行ったんじゃ? ついさっきまで此処におったのに……」

 土門長老はそう呟いた後、また扉を開いて部屋の外へでるのだった。

 嫌な予感がした土門長老は、この指令車の入口へと移動する。

 そして入口両脇にいる守衛の2人へと近づくのだった。

 守衛の2人は、近づく土門長老に一礼をすると口を開いた。

「これは土門長老。お勤めご苦労さまでございます」

 土門長老は2人に軽く礼をすると問いかけた。

「2人に聞きたいんじゃが、ウチの明日香を見なかったかの?」

 守衛の2人は互いに顔を見合わせると口を開いた。

「あの若い女性の方でございますか? それでしたら、先程、武具と術具を装備して出て行かれましたが」

 土門長老は眉間に深く皺を寄せると、非常に険しい表情になる。

 そして黄泉がいるであろう方向に視線を向けるのだった。

 土門長老は視線を戻すと即座に尋ねる。

「出て行ったじゃと……。で、どっちに向かっていったんじゃ?」

「あちらの方向でございます」

 2人は黄泉がいるであろう方向を指さした。

 その指し示す方角を見た土門長老は声を震わせながら、恐る恐る、こう呟いたのであった。

「ま、まさか……明日香の奴……黄泉の所へ……」と―― 

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