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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
47/64

四拾七ノ巻 ~黄泉 五

 《 四拾七ノ巻 》 黄泉 五



 ――俺は化け物の所へと飛ばしていた式を自分の所に戻す。

 そして閉じていた目を開くと共に、式符術を解いた。

 その瞬間、烏天狗の式は幻であったかのようにサッと唯の紙へと戻り、地面にフワッと舞い落ちるのだった。

 俺は落ちた式符を回収すると、皆の顔を見回して今の実験結果を伝える。

「鬼一爺さんの言ったとおりでした。式で魑魅に火を放ちましたら、慌てたように這い出てきた穴から山の内部へと戻っていきましたよ。奴は確実に火を嫌っておりますね」

 結果を聞いた鬼一爺さんは、さっきと同じく、少しだけ霊圧を上げ、声だけバージョンで言った。

 因みにだが、俺には霊圧関係なしに鬼一爺さんは見えている。

(やはりの、思った通りじゃわい。さて、ではそれを踏まえてじゃが……一将殿に一つ聞きたい事がある)

 突然話を振られた一将さんは、ハッと顔を上げると、やや驚きつつも口を開いた。

「鬼一法眼様。聞きたい事とは、何でございましょうか?」

(朝方、『まんしょん』とやらで言っておったの。道摩家の古文書に、黄泉という魑魅の事が書かれておると……。我はその内容が知りたいのじゃ。で、その古文書とやらには、如何にして魑魅を追い詰めたかの記述はなかったのかの?)

 一将さんは短く綺麗に刈りそろえられた顎髭を人差し指で撫でつつ、目を閉じる。

 そのまま何かを思い返すように沈黙をはじめた。

 そして20秒程すると、目を閉じたまま落ち着いた口調で、静かに話し始めるのである。

「……それが実は、その古文書にはどうやって黄泉を追い詰めたかの細かい記述は無いのです。大まかに、先祖を含めた200名以上の呪術者達と共同で追い詰め、封印をしたとだけ書かれているだけなのです。ですが……先程、日比野君が言った【奴は火を嫌う】という言葉を聞いて、古文書のある記述の部分を思い出しました」

 すかさず、土門長老は尋ねる。

「ある記述? 道間殿。それは一体、どのような記述なのじゃ?」

 一将さんは閉じていた目を開くと共に、皆の顔を見回してから言った。

「その内容ですが。古文書には、黄泉の封印を施す前に、あの荒守の集落がある付近一帯の木々を切って山焼きを行ったという記述がありました。更にその前後の記述では、かなりの術者が黄泉との戦いで命を落としたとも……。それらを踏まえますと、恐らく、もはや手段を選べる状況では無かったのでしょう。事の真相は分かりかねますが。私が思うに、黄泉の大体の位置を把握した先祖は、恐らく、日の光を利用して黄泉の行動範囲を狭める事と、呪術成功率を上げる為に障害物を無くす事を考え、あの辺り一帯の木々切り倒して山を焼いたという事なのかもしれません。まぁこれはあくまでも、私の勝手な想像ですが」

(フム、なるほどのぅ、山焼きか……)

 一将さんは鬼一爺さんの言葉に、「ええ」と相槌を打つと続ける。

「そして、今言った古文書の記述と、先程の日比野君の話とを照らし合わせますと。それらが結果的に、偶然にも奴の弱点を突いていたのかもしれませんな」

 だが一将さんの話を聞いた鬼一爺さんは、腕を組むと眉間にしわを寄せる。

 それから更に難しい表情をしながら言うのであった。

(じゃが、あの魑魅の反応……。我には普通の弱点とは、また違う様に見えるのじゃ。いや、寧ろ、それらの事があった所為で弱点になったのかもしれん。我も真相は分からぬが。兎も角、先程の涼一とのやり取りを見た感じじゃと、魑魅自体が火に弱いという事でなく、火に対して嫌悪感を抱くような動きに見えたのじゃ。奴は火の何かを恐れておるのかもしれん。それは山焼きの事かもしれぬし、もしやもすると、嘗ての封印された時の事をまざまざと思いだし、それを恐れたからなのかもしれぬ)

 鬼一爺さんの説明を聞いた俺は、今の内容を噛み砕いて口にした。

「……という事は、元々、火は苦手ではなかったけど、過去のトラウマから火を嫌っている可能性もあるって事か……」

(ウム。そういう事も有り得るという事じゃ。あれらも厄介なことに、強大になるにつれて知恵をつけてゆくからの)

 今、鬼一爺さんは聞き捨てならない言葉を言った。

 その為、俺はすぐに問いかけた。

「鬼一爺さん、今、知恵をつけるって言ったけど、マジか?」

(ここに来る道中、涼一に言うたと思うが、ある日突然生まれる邪悪な魑魅というのは、多くの生命を喰らって変化し、じきに強大になってゆく。じゃが、それは単に力や体だけが変化して強大になるという意味ではない。人が色々な事を経験し成長していくのと同様、魑魅もまた同じく成長してゆくという意味じゃ……。しかも、このような魑魅は条件が揃えば短い時で、あっという間に成長してゆく。そこが、この類の化け物の一番厄介な性質たちでもあるのじゃよ。あの時、魑魅の変化次第で手を変えねばならぬというたのは、正に、そこなのじゃ)

 今の話を聞いた俺は、それまで抱いていた魑魅という化け物のイメージを大きく覆されたのだった。

 実をいうと俺は、大きな力を持つとはいえ、魑魅の事を本能のみで動き回る動物的な化け物だと思っていた。

 だが、知恵がまわって強大な力をもつとなると、根本的に考え方を改めないといけない。

 またそう考えると共に、俺の背筋に寒い物が走るのであった。

 何故ならば、早く仕留めるなり封印するなりしないと、物凄い被害を出しながら、延々といたちごっこを続ける羽目になるからである。

 鬼一爺さんの話が本当なら、この黄泉というのは、何としても早期に決着つけねばならない化け物なのだ。

 俺がそんな風に畏怖する中、鬼一爺さんは続ける。

(……しかし、残念じゃが、此度は山焼きという手は使えぬな。山中には、まだ雪が多く残っておる。おまけに今の世じゃと、山焼きという手段は色々と都合が悪かろう。我も涼一と行動をする様になってから、少しは今の世の事を学んだからの)

 すると土門長老が頷きながら、鬼一爺さんの言葉に相槌を打つ。

「……ええ、確かに。鬼一法眼様の仰る通り、雪の有無に関わらず、山焼きは不味いですな。とりあえず今は、【黄泉は火を嫌う】という事が分かっただけでも大きな収穫ですじゃ。ですので、その性質を利用して、黄泉を追い詰める策を練った方がいいですの」

(……ウム……そうじゃな)

 だが鬼一爺さんは、今の土門長老の話を聞き、妙な間を空けながら何処か歯切れの悪い返事をしたのだった。

 多分、鬼一爺さんには、何か納得のいかない部分があるのだろう。

 俺はそれが気になったので、鬼一爺さんに聞く事にした。

「鬼一爺さん。今、なんか歯切れ悪い返事をしたけど、なんか気になる事でもあるのか?」

 すると鬼一爺さんは、俺の顔を一度チラッと見ると、今も山の中腹辺りから感じる、負の波動の場所に視線を向ける。

 そしてゆっくりと話し出した。

(……あの魑魅は火を嫌う。じゃが……恐らく、火で止めは刺すことは出来ぬじゃろう。その昔、最終的に封印という手段を道摩家の者達が取ったのも、そこに理由がある気がするのじゃよ。あの魑魅を完全に退治するには、まだ、知らねばならぬ秘密があるように我は思うのじゃ)

 今の鬼一爺さんが言うとおり、確かにそこは腑に落ちない点である。

 嘗ての道摩家の術者達は、黄泉を滅ぼす事が出来なかったが為に、封印という手段と取ったのだ。

 退治出来るのなら、既にしている筈なのである。

 では、黄泉を退治できなかった理由とは、一体なんなのだろう……。

 フトそんな事を考えていると、一将さんが低く重い声で、皆に警告するかのように言うのだった。

「鬼一法眼様……。実は古文書の記述には、最後にこう締め括られておりました。【――幾度となく、呪を浴びせようとも、黄泉は絶えることなく水が湧くかのように必ず何度も蘇る。黄泉の封印は何があっても絶対に解いてはならぬ。道摩の名を継し者はこれを末代まで伝え続けよ――】と……」

(フム……何度も蘇るか……)

 皆はその言葉に驚愕し、周囲には重く息苦しい空気が立ち込める。

 まるで何かから息を潜めているかのように、皆が口を噤み、静かな時が過ぎてゆく……。

 すると鬼一爺さんは、そんな重苦しい中でも空気を読まず、マイペースに現状を総括して言うのであった。

(まぁとりあえずじゃ。先程の一件で分かった事は、奴が火を嫌うという事。そして日が高くとも、それなりに強い正の霊波動と生命の波動に対しては、本体からかなり離れていても反応して襲い掛かってくる事があるという事じゃわい。今はこれらの性質を利用して、策を練るしかあるまい)

 鬼一爺さんの言葉を聞いた皆は、無言で重々しく頷いた。

 勿論、俺もだ。

 そんな俺達の表情を一通り見た鬼一爺さんは、やや目つきを鋭くし、真剣な表情になる。

 すると大河ドラマに出てくる戦国武将の様に、どっしりと腰を据えた頼もしい雰囲気を身に纏い、口を開いたのだった。

(さて、ではそれらを踏まえてじゃ。今、我が考えた魑魅への対処方法を大まかにじゃが、話そうかのぅ)

 今の言葉を聞いた皆は、全員がハッとした表情になり、俯き気味だった顔を真っ直ぐにした。

 鬼一爺さんは土門長老と一将さんに視線を向ける。

 そして二人に尋ねた。

(それでは土門長老に一将殿。一つ聞きたい事がある。今の世でも、【奇門遁甲きもんとんこう】の流れを汲む呪術や霊術というのは、割と使われておるのかの?)

 鬼一爺さんは、何やら俺には分からない単語を言いだした。

『きもんとんこう』という名前を聞いた感じでは、どこかの市町村でご当地名物になっている郷土料理を思わせる名前である。

 まぁ今までの話の流れから考えれば、それは絶対にありえないだろう。今、これを言ったら、確実に冷たい視線が飛ぶから言わないでおこう。

 俺がそんな馬鹿な事を考えていると、土門長老は言った。

「奇門遁甲の流れを汲む術でございますか……。まぁ色んな流派が沢山ございますが、今も使われてますの。割とこの呪術業界では有名な部類のものですから。それに儂等も時折、使う事がありますからの」

 よく分からんが、どうやら『きもんとんこう』というのは、呪術業界だと広く知られているものらしい。

 鬼一爺さんはそれを聞き、ややホッとした表情で言った。

(おお、そうであったか。知っておるならば話は早い。実は、我ら賀茂氏には、こういった強大な魑魅に対処する術法の中に、奇門遁甲を元に作られた【地龍八門ちりゅうはちもんの陣】という結界術があるのじゃ。それを使えば、奴を身動き取れない様に結界内に閉じ込められる筈じゃ。封印するにしろ退治するにしろ、まずは、自由に動ける魑魅をどうにかするのが、この場合、一番の近道の様な気がするからの)

 今の鬼一爺さんの言葉を聞いた一将さんは、驚きの表情を浮かべつつも即座に聞き返す。

「誠でございますかッ、鬼一法眼様。……して、それは、どのような形式の術なのでしょうか?」

(フム。術の大まかな理は、奇門遁甲における八門の関係を知っておれば、大凡おおよそ、理解できるとは思う。じゃが、この地龍八門の陣は、祟り神と呼ばれるほど強大な化け物を結界内に閉じ込め、尚且つ、場合によっては葬り去る為の攻防一体の術法じゃ。となると、当然、必要なものがある。それは行使する為の術者の人数と、術の発動に必要な膨大な量の霊力、そして八門の結界に誘い入れる策じゃ)

 意外な言葉を聞いたので、俺はすかさず問いかける。

「エッ? 今、膨大な量の霊力と術者の人数って言ったけど、一人でやる術じゃないの?」

 すると鬼一爺さんは、やれやれといった感じで俺に言った。

(あのな……涼一。流石にそんな強力な結界術は、一人では到底無理じゃ。この術には最低でも九名の術者が欲しい。しかも九名というのは、かなり成熟した術者の場合じゃ。それに、地脈を流れる地霊力の力も借りんと、術の発動に必要な霊力が確保できぬわい」

「まぁ、そりゃそうか……」

 確かに、あの化け物の規模を考えると、流石に一人でどうこう出来るような感じではない。

 鬼一爺さんは続ける。

(じゃが、そうはいうものの、行使する術者の方は、未熟な者でも人数を掛ければ何とかなるとは思う。問題は、何処に地龍八門の陣を仕掛け、如何に誘い込むかという事じゃ。それなりに広い場所で、尚且つ、それなりに強い地霊力が通る地脈付近でないと駄目じゃから、自ずと場所も限られてくる。また、そこに誘い込む為の策も幾つか考えねばならんからの)

 と、そこで鬼一爺さんは、一旦、話を区切る。

 そして一将さんに視線を向けると言うのであった。

(で、どうする一将殿? もし我が今言うた地龍八門の陣を使うならば、色々と今から段取りせねばならぬ。じゃから、決断は急いだ方が良いぞ。幾ら今の世に『じどうしゃ』や『けいたいでんわ』といった便利な道具があるとはいえ、揃えねばならぬものは揃えんと術は使えんからの)

 一将さんは鬼一爺さんの問いかけに目を閉じて思案する。

 そして20秒程経過したところで目を開き、頷くと共に言うのであった。

「そうですな……。今は早急に対応を考えねばなりません。放っておけば更に手が付けられなくなる可能性があります。ここは、鬼一法眼様の言った術法にかけてみましょう」

 続いて土門長老が言う。

「では、一旦、またホテルの方へ戻るとするかの。陣を仕掛ける場所なら、この地に住まう八神さんに聞いた方がええじゃろう。この地の龍脈の事も一番よく知っている筈じゃ。それに、そこに誘い込む策も落ち着いた場所で考えた方が、良い案が浮かぶじゃろうて」

 今、土門長老は龍脈と言ったが、以前、鬼一爺さんから地脈の別名だと習ったのを俺は思い出した。

 世の中には一つの物や事柄に、色んな呼び方があるので、非常にややこしい。

 兎も角、そういう訳で俺達は、また作戦を練る為にホテルへと向かう事になるのであった。


 ――1時間30分後――


 今の時刻は午後3時30分。

 俺は腕時計で時間を確認すると、ビジネスホテルの一室にある窓辺に視線を向ける。

 すると、太陽が少し西の空に傾き始めており、丁度、西側にあるこの部屋の窓辺からは、眩しい西日が射し込み始めてるのであった。

 もうすぐ、日が落ちる……。つまり、奴の時間がもうすぐやってくるという事だ。あの黄泉という死をまき散らす化け物の時間が……。

 俺は時間がもう少し欲しいなと思いつつ、視線を元の位置に戻した。

 という訳で俺は今、ビジネスホテルの一室にいる。

 俺がいるこの部屋はホテルの3階にあり、畳が12畳敷かれた3人用の和室部屋である。

 ビジネスホテルなのでそこまで快適な設備はないが、それなりに広さを持った部屋なので、割と落ち着けるところなのだ。

 また、和室という雰囲気の所為か、温泉宿に来たかのような錯覚も覚える。まぁこう思うのは、俺が日本人だからかもしれない。

 とまぁそれはさておき。

 この部屋には俺の他にも、宗貴さんと明日香ちゃん、そして一樹さんに土門長老といった面々がおり、今はこれから始まる黄泉との決戦へ向けての準備をしているところなのである。


 話は変わるが。

 コンビニに買い出しに行っていた一樹さんは、あの後すぐ俺達と合流した。

 その時は事情を知るなり、俺と明日香ちゃんにかなり深く何度も頭を下げて謝ってきたので、ちょっとビックリしてしまったのだ。

 俺達は別に何も思ってなかったので、すぐに頭を上げてもらったが。

 まぁ責任感の強い一樹さんだから、そういう行動にでたのだろう。

 という訳で話を戻す。


 それで黄泉に対する作戦であるが。

 つい30分ほど前に、一応、一通りの事は決まったのだ。

 まず、魑魅がいる山の近隣にある村の安全は、夜の間、警察の者達が20人程の規模で警戒に当たってもらう手筈になっている。

 ここまでの人数をかけることになったのは、あの集合住宅での事件が、一応、警察の間では集団拉致事件として扱われていることも関係しているようだ。

 勿論、その際には村の周辺の明かりは電灯と火を使ったものになるそうである。

 これは村周辺を電気無しでも明るくできるという効率的な面からと、気温の下がる夜の警備な為、現場の警官の防寒対策という事で吉田刑事が押したそうだ。

 という訳で、近隣の住民たちの事は事件担当者でもある吉田刑事と、幾人か隠れて常駐する鎮守の森の浄士の方に全て任せてあるので、俺達はそれほど気にしなくていい。

 そして、地龍八門の陣を仕掛ける場所だが。

 黄泉本体?の負の波動が感じられる山から少し離れた所ではあるが、良い場所があったので其処に決定した。というか、八神さん曰く、場所的に其処しか無いそうだ。

 因みに其処は、だだっ広い田園風景の中にポツンと鎮守の森を形成した、小さな無人の社がある所であった。

 入り口正面には、勿論、石でできた白い鳥居があるので、遠目から見てもすぐに神社と分かるところである。

 そこの真下に、かなり強めの地霊力が通る地脈があるので、これを地龍八門の陣を発動させ続ける霊力源にするという訳である。

 まぁ今回の場合、この小さな神社を現代社会の電気に例えるなら、工場やプラントといった電力消費の大きい施設によくある、高圧受電設備みたいなものかも知れない。

 で、最期に誘い込む為の方法であるが。

 これにはもう一度、あの霊波発生装置を使う事が決まり、更にもう一つ。今度は奴の嫌いな火も同時に使う策で行くことが決まったのである。

 誘い込む道筋は、八門の結界から山の中腹にいるであろう魑魅まで一直線になるよう組まれており、それらを利用して色々細工するというわけだ。

 そして今、一将さんと八神さんは、道摩家所縁の術者やこのG県や近隣の県に住む術者達と共に、誘い込む準備に取り掛かっている最中なのである。

 聞いた話によると、かなりの数の術者が動員されるらしい。

 そして霊波遮断の術式を施した特殊な霊装衣を着た者達が、ヘリを使って山中にも入り、火霊術を施す為の作業に入るようだ。

 まぁこれは、かなり広範囲にわたって、山の要所要所に火を使った細工をしないといけないから仕方ないだろう。

 因みにヘリとかは、一将さんの指示で神代総合商事が手配した物のようである。

 今は恐らく、宗貴さんの車の中で明日香ちゃんが言っていた不測の事態なのだろう。

 そして、道摩家当主にして浄将の階位称号を持つ一将さんが、その纏め役としての責務を全うしてる状況なのだ。大変である……。

 という訳で、俺の知らんところでは、何時の間にかすげぇ大がかりな事が進行しているのだった。

 またその他にも、八門の結界と誘き寄せる道筋となる区域には、人払いの結界も同時に施され、一般人が立ち入ら無いようにという配慮も、勿論、成されているのである。

 ここまで大がかりな事を迅速にできるのは、ひとえに日本全国に張り巡らされた鎮守の森のネットワークがなせる業である。もはや、感心しか起こらない。

 とまぁそんな訳で、全体の内容としてはこんな大掛かりな感じなのである。


 で、俺達は今、何をしているのかというと……。

 鬼一爺さんから、地龍八門の陣の大まかな流れというものを教えてもらっている最中なのである。

 説明によると、八門というのは休門・生門・傷門・杜門・景門・死門・驚門・開門という名前が付けられているらしい。なんかややこしい名前である。

 そしてその八門というのは、それぞれ違う術式を施した八つの結果術があり、それが門としての役割を果たすらしいのだ。

 要するに八個の結界術を組み合わせて一つの結界を構築する法陣呪術という事らしい。

 しかも、その地龍八門の陣というのは、鬼一爺さん曰く、三町以上の広さを持つ正方形の陣だそうで、かなり広域に結界を張る術のようである。

 また、鬼一爺さんが言ってるのは尺貫法だからイマイチ感じがつかめなかったが、俺の無駄知識によると三町は、大体、一辺が300mの正方形といった感じなので、結界の規模もそれを基準に考えておいた方がいいだろう。

 まぁ兎に角、そんな説明を受けているのである。

 だが、俺は奇門遁甲なんぞ初めて聞く名前だから、当然、意味も分からない。

 なので、なんか外国語の講義を聞いてるみたいな感じなのだ。

 他の皆を見る限りだと、大体の意味が分かるのか、鬼一爺さんの説明にウンウンと頷いていた。

 その為、なんか俺だけ場違いな感じがするのである。

 すると、その時だった。

 そんな事を考えていたのが顔に出たのか、鬼一爺さんは俺に向かい言うのである。

(なんじゃ、涼一? 難しい顔をしておるが、何か気になる事があるのなら言ってみぃ)

 因みに、鬼一爺さんは声だけバージョンを継続している。

「いや、なんか話を聞いていても、想像がつかんというかさ。捉えどころのない話というか……。まぁ俺が、奇門遁甲を知らないのが原因だろうけど」

 そんな風に俺が微妙な言い回しをすると、土門長老が頷きながら口を開いた。

「そうじゃろうのぅ~。まだこの業界には日の浅い日比野君じゃ。知らんのも無理ないの。それに今でこそ、この奇門遁甲は方位術や占術、それに呪術といったものにも利用されておるが、元を辿れば古代中国の兵法じゃったと云われておるものじゃからの」

「エッ、そうなんですか?」

 なんか知らんが、意外な話だ。てっきり、呪術業界のみのお約束事なのかと思っていた。

 ニコリと微笑むと土門長老は続ける。

「儂も兵法家ではないから真偽の程は分からぬが。嘘か真か、古代中国の周王朝の名軍師である太公望や、三国志にもでてくる蜀の軍師 諸葛亮孔明が、この奇門遁甲を百戦百勝の兵法として用いたとも云われておるくらいじゃ。日比野君もこれらの名前には聞き覚えはあるじゃろ」

「はい、太公望と孔明は、よく聞いたことありますね。へぇ、兵法だったんですか……」

 俺はちょっとしたトリビアに、やや驚きつつ頷いた。

 だが、そこで意外な人物が声を上げた。明日香ちゃんである。

 明日香ちゃんはやや興奮気味に口を開いた。

「そうよ、日比野ッチ! 奇門遁甲は別名 八門遁甲ともいわれて、日本でも過去の歴史において使われてるのよ。武田信玄で有名な甲斐の武田家が用いた武田八陣形なんかは、名軍師、諸葛亮孔明が用いたと云われる八門遁甲の陣や八陣図を元にして作られたんだから」

「そ、そうなんだ……へぇ」

 俺は、やや興奮気味な明日香ちゃんの妙な迫力にたじろぐ。

 と、そこで宗貴さんが、明日香ちゃんを諌めるように言うのである。

「おい、明日香。……少し落ち着け。日比野君も困っているじゃないか」

「アッ、ごめん……お兄ちゃん」

 明日香ちゃんは、少し恥ずかしかったのか、肩を窄める。

 そして宗貴さんは、苦笑いを浮かべつつ、俺に言うのであった。

「ごめんな、日比野君。明日香は、大の歴史マニアなんだよ。学校でも、日本史研究クラブに籍を入れているくらいだからね」

「ハ、ハハッ、そうなんですか」

 俺は少し乾いた笑いを浮かべながら、そう返事した。

 今のやり取りで、俺は明日香ちゃんの意外な一面を知ったのだった。まさか、歴女だったとは……。

 と、そこで鬼一爺さんが話を戻す。

(涼一、兵法の事は兎も角。今言った地龍八門の陣は、数ある奇門遁甲の系譜の一つというだけで、全く別の術なんじゃよ。ただ、奇門遁甲の事を多少なりとも知っておれば、術を理解しやすいというだけの事なんじゃ)

「なるほどねぇ。ただ、俺は奇門遁甲を知らないから、術の説明を受けても理解できないかもしれないよ?」

 後々、知ったかぶりするのもアレなので、先に釘を刺しておいた。

 すると鬼一爺さんは、軽い口調でアッサリと言うのである。

(ああ、言い忘れとったが。今回は別に、お主は術の理を知らぬでもよいぞ。またこの件が終わったら、嫌でもじっくり教えてやるわい。フォフォフォ)

「フゥン。まぁそれならいいや。とりあえず、了解っと」

 それを聞いた俺は、やや気が楽になったので軽く返事をした。

 だが鬼一爺さんは、何故かそこで真剣な表情になるのだった。

 そして俺に言うのである。

(じゃがの、涼一……。今は理を知らぬでもよいが、この術はお主がおらぬと完成せぬのじゃ。あまり、楽観はするでないぞ)

 俺は予想外の言葉を聞いた為、思わず「へっ?」と間抜けな声を出す。

 鬼一爺さんは俺の顔を見ながら続ける。

(……涼一には言わなんだが。実は一将殿にこの術を進言した時、お主が地龍八門の陣を行使する中心術者となる事を前提に、我は言ったのじゃ。何故ならば、今、話をした八門の他に、もう一つ重要な法陣術があるのじゃよ。それは、八門を統べる役割を持つ【地龍の陣】じゃ)

「地龍の陣?」と俺。

 これは新しく聞く言葉だが、話の内容はなんとなく理解できる。

 また、八つの結界術を組み合わせたものだとばかり思っていたが、この地龍八門の陣というのは、正確には地龍の陣と八門の陣を組み合わせた九つの結界術をつかう法陣術の様である。

 まぁそれは兎も角。

 俺は若干首を傾げつつも、鬼一爺さんの話の続きに耳を傾けた。

(ウム。その地龍の陣がこの術の要なのじゃ。地龍の陣を発動させるにはかなり霊力の扱いに長けた者であるのと、その上で八門を操る事が出来る者でなければならんからの)

 今、聞き捨てならない事を言った為、俺は即座に問い返した。

「エッ? でもさっき、術の理は知らなくてもいいって俺に言わなかったか、鬼一爺さん?」

 すると鬼一爺さんは笑みを浮かべ、今度は少し柔らかい表情になって言うのである。

(フォフォフォ、まぁ今回は我がお主の傍にいて指示をする。じゃから、涼一は地龍の陣を発動させたら、我の指示に従い八門の陣を操ればよいという事じゃよ)

「ああ、そういうことか。でもなんかさ……指示してくれるとはいえ、ぶっつけ本番の術だと不安だな」

 知らないことをいきなり指示通りにやれ、と言われても俺は不安なので、それは正直に言った。

(勿論、後で一通りの説明をするつもりじゃ。じゃが、今は此処にいる者達で八門の陣の術式と地龍の陣の術式を作るのが先じゃ。まずはそれら術式模様の下書きから取り掛かるぞい)

 鬼一爺さんはそう言うと、今度は何故か明日香ちゃんへ視線を向けた。

 そしてニコリと微笑むと言うのだった。

(では今から明日香に、少しの間、手を貸してもらおうかの)と。

「エッ! わ、私ですか? 鬼一法眼様……」

 明日香ちゃんは意外だったのか、ビックリしたように体を起こして返事をした。

 まだ鬼一爺さんに対してかなり緊張しているのか、珍しく言葉がどもっていたのである。

 まぁこれはあの一件があるから仕方ない。

(ウム)

「で、な、何をすればよいのでしょうか?」

 明日香ちゃんがそう尋ねると、鬼一爺さんは人の良い笑みを浮かべて言うのだった。

(それでは明日香、この部屋の真ん中に立って、大きく息を吸い大きく息を吐くというのを少しの間、繰り返してくれんかの)と……。

 それを聞いた俺は、一瞬、デジャブの様なものを感じた。

 いや、訂正。以前、これと同じような事があったのを思い出した。

 それと同時に、今から何が起こるのかも大よその見当がついたのだった。

 このジジイ……アレをまさか此処でやるのか……。

 俺は嘗ての事を思い返しながら、明日香ちゃんに視線を向ける。

 すると明日香ちゃんは何の疑いもせずに立ち上がり、部屋の中央に移動していたのである。

 そして緊張しながら、鬼一爺さんに言うのだった。

「き、鬼一法眼様。じゃあ、始めますね。スゥゥゥゥハァァァァ――」

 明日香ちゃんは何の疑いも持たずに深呼吸を始めた。

(おお、そうじゃそうじゃ。エエ感じじゃ、エエ感じじゃ。上手じゃぞぉ明日香。その調子じゃあ)

 鬼一爺さんは今から始める事への疑念を抱かせない為に、おだてながら適当なことをぬかしている。

 ある意味、今の鬼一爺さんは性質の悪い悪霊の様に、俺には見えたのだった。

 だがそれと共に、俺の中に罪悪感みたいなものが沸き起こってくる。……でも何も言えない。

 他の皆は、何が始まるんだろう? といった感じで事の成り行きを見守っている。……でも何も言えない。

 ちょっと気の毒な為、一部始終を見ていられない俺は、一人だけ畳に視線を向けるのだった。

 と、その時だった。

 バタリッという音と共に、明日香ちゃんが畳の上に倒れたのである。

 当然、他の3人は慌てだした。

「あ、明日香! どうしたんじゃ、急に!」

「明日香ッ!」

「だ、大丈夫かいッ明日香ちゃん!」

 他の3人は緊急事態だとばかりに、倒れた明日香ちゃんに急いで駆け寄った。

 だが5秒ほどすると、何事もなかったかのようにムクリと起き上がり、皆に元気よく振り向いたのである。

 そして俺達にニコリと微笑みながら、意気揚々と口を開くのだった。

「ヨッシャァ、憑依は上手くいったわい。さて、それじゃあ早速、地龍八門の陣の術式を作る作業に取り掛かるぞい。我が直接、書いて教えた方が正確に早く教えられるからのぅ」と。

 それを聞いた他の3人は、事態についていけなかったのか、少しの間、口を開けっぱなしで時間が止まったかのように固まっていた。

 無理もない。3人にとっては、まさか、展開だろうから……。

 まぁそういう訳で俺達は、仮の身体を手に入れた鬼一爺さんの直接指示のもと、これから九つの法陣術式を描いた図面を作り始めるのだった。

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