四拾六ノ巻 ~黄泉 四
《 四拾六ノ巻 》 黄泉 四
――【ヴァァァ……ヴァ……ギギィィアァァァ】
恐る恐る呻き声のする方向へと振り返ったその先には、木の根を思わせる不規則に歪んだ1本の長い触手の様なものが、俺達の視界に入ってきたのだった。
その不気味に歪んだ触手は、山の内側から這い出てくるかのように、絶え間なく次々と伸びてくる。
そして山の斜面から飛び出た触手は、タコの様な軟体動物を思わせる波うつ動きを繰り返しながら、霊波発生装置の周りをグルグルと囲み始めるのだった。
霊波発生装置から50mほど離れた所にいる俺と明日香ちゃんは、その不気味な触手の動きをただ茫然と生唾を飲み込みながら見ていた。
見た感じでは霊波発生装置が興味対象らしく、今のところ、触手の様な化け物は俺達には気付いてないようだ。
しかし、早く立ち去らないと不味いのには変わりない。が、俺達はその異様な化け物をついつい目で追ってしまうのだった。
怖いながらも、俺はこの気持ち悪い動きをする奇妙な触手に目を凝らす。
すると触手の周りには、さっき見た集合住宅のいたる所に付着していた緑色っぽいのゼリー状の液体が見て取れるのだ。
またそれと共に、集合住宅にも漂っていた鼻を刺激する腐ったようなあの臭いも、辺りに漂い始めるのである。
もうこれだけ符合するものがあると、間違いなく、これが集合住宅を襲った化け物なのだろう。
だが俺達が標的にしていた、強弱の波がある負の波動は、山の中腹辺りから変わらずにそのままなのだ。
おまけに、この化け物からも同じような波動を感じるのである。
これは一体どういう事だ……。黄泉は2体いるのだろうか……。
フトそんな事を考えたが、とりあえず、俺は視線の先にいる悍ましい触手へ更に目を凝らす。
触手は一本だけだが、それらが山の内部から絶え間なく出て来ており、俺の目測では既に200m以上の長さは出ているように感じる。
そして、それらがまるでモンブランケーキを連想させるかのように、トグロを巻いて霊波発生装置を覆い尽くしてゆくのである。
すると次第に、霊波発生装置を設置した場所には、直径20m程はありそうな歪な半円形の触手ドームが形成されたのであった。
だがそんな触手に目を凝らしていると、とんでもない物が、俺の目に飛び込んできた。
「な、なんだよアレ……」
俺はあまりの異様さに思わずそう呟いた。
その異様さとは……触手そのものの正体であった。
信じがたいことだが、触手は大小さまざまな人や獣の骨が歪に繋ぎ合わさって出来ているのだ。
半透明な緑色の液体越しになので不鮮明ではあるが、人間や犬に猪や熊の様な動物の頭蓋骨や背骨に大腿骨、そしてあばら骨等が所々に垣間見えるのである。
だが、それだけではない。
その触手からは、今も山の中腹から感じる強弱のある負の波動が、絶え間なく発し続けられているのだ。
まるで触手自体が泣いているかのように……。
隣にいる明日香ちゃんは、振り絞るように震えた声で俺に言った。
「ひ、日比野ッチ。何よ、あ、あの気持ち悪い化け物は……。あ、あんな馬鹿でかい化け物、今まで見たことないわよ……」
「お、俺だって見たことないよ。でも多分、あ、あれが集合住宅を襲ったんだと思う」
「そ、そんな事、私にも分かるわよッ!」
俺達は、異様な骨の触手の行動を何故か呆然と立ち尽くし目で追う。
そんな風にモタモタしていると、鬼一爺さんが霊圧を低く抑えつつ、俺にやや焦った表情で再度忠告をしてきた。
(涼一! 早く明日香と共に此処から去るのじゃ。不味いぞい。これは我の勘じゃが、かなり厄介な化け物じゃ。早うせいッ)
「お、おうッ」
だが、俺がそう返事したその時であった。
【ヴァァァァ……ギギィィアァァァ】
霊波発生装置をドーム状に、こんもりと幾重にも囲んだその骨の触手は、地の底から響くような呻き声を上げたのである。
そして間髪をおかずに、触手ドームは深紫色をした煙状の瘴気を勢いよく、周囲に大量に撒き散らすのだった。
その瞬間、先程までの長閑な雰囲気とは打って変わり、禍々しい負の霊波動が辺りに漂い始めるのである。
これは不味い!
「……チッ」
俺は周囲の変化に思わず、舌打ちをした。
何故ならば、悪霊が集まりやすい環境に、周囲が一変した為である。
俺は明日香ちゃんに言う。
「あ、明日香ちゃん。やばい、早く此処から離れようッ。この濃い瘴気の所為で、悪霊まで集まってくるッ」
「う、うん。そ、そうみたいね……ゴクリッ」
明日香ちゃんは生唾を飲み込みながら、そう返事した。
するとその時だった。
「ズザザザッ」という地面を掘るような音が、触手ドームの方から聞こえてきたのである。
何か嫌な予感がしたが、俺と明日香ちゃんは化け物を正面に見据えながら、化け物に気付かれないよう、ソッと忍び足で後退り始めるのだった。
そして、ある程度の距離を確保し、一気にこの場を離れようと正反対に方向転換をした、丁度その時!
「ウワッ!」
「キャァァ!」
俺達の足元から、一本の触手が勢いよく飛び出るように、地面から、突如、現れたのである。
間一髪だったが、俺達は左右、横に飛び退いて何とかかわした。
すると地面から飛び出した触手は、俺と明日香ちゃんを窺うかのように、海に生えた昆布の様にユラユラと縦に波打つ。
そんな触手を見据えながらも俺はこの時、ある一つの疑問が浮かび上がってきたのだ。が、先ずはこの状況を切り抜けなければならない。
その為、俺はとりあえず、相手の隙をついてこの場から去る方法を探る。
相手は、鬼一爺さんですら得体の知れない化け物だから、この選択は仕方がない。
だが、その時だった。
明日香ちゃんが突然、波打つ化け物の地面近くの生え際にめがけて、霊力の籠った蹴りと拳を数発、叩きつけたのである。
しかし、化け物は逆に明日香ちゃんの霊力に反応する。
そして間髪入れず、触手の先端部分は緩やかにカーブし、明日香ちゃんに狙いを定めて襲い掛かったのであった。
「クッ! 何よ、この化け物。全然、攻撃が効いてないじゃないッ」
そう愚痴りながら、明日香ちゃんは後方にジャンプして触手を避ける。
だが更に素早いその触手は、着地した明日香ちゃんの右足に絡め取るように巻き付くのである。
「コ、コノォ!」
すると明日香ちゃんは、巻き付いてきた触手を振り解こうと、残った左足に霊力を込めて触手を踏み抜いた。
だがしかし、骨の触手はその程度の攻撃など意を返さず、明日香ちゃんを宙にひっぱり上げると共に、更に地面から這い出てくる。
そしてあっという間に明日香ちゃんの身体は5m位の高さから、タロットカードの吊られた男の様に宙吊り状態になってしまったのだ。
これは大ピンチである。
だが実戦経験の浅い俺は、こんな場合どうしていいか分からない為、ただオロオロする。
と、そこで鬼一爺さんが俺に即座に言うのだった。
(涼一ッ、飯綱の太刀を使って化け物と明日香を斬り離すのじゃ! 急げッ)
「お、おう。分かったッ」
鬼一爺さんの一言で冷静さを取り戻した俺は、直ぐに霊圧を上げて印を組み上げる。
そして飯綱の太刀を発動させた。
指先から飛び出た霊力の刃を確認した俺は、すぐさま、明日香ちゃんを宙吊りにしている触手に向かい袈裟に斬りつけた。
以前、岩で試し斬りをした時と同じように、スパッと何の抵抗もなく刃が通り、骨の触手はすんなりと断ち斬れる。
すると当然、万有引力の法則に従って「キャァ」と言う声と共に、明日香ちゃんが落下してくるわけである。
一応、そうなる事を予想していた俺は、印を解き、明日香ちゃんを受け止めるべく、前屈みになりながらも両手を前に突き出した。
明日香ちゃんを受け止めると共に、ずっしりとした重みが両手に伝わってくる。
ついでに、やや前のめりの態勢で受け止めたので両膝がやや辛い状態だ。
だが、今はそんな事を言っている場合じゃない為、即座に明日香ちゃんを地面に下ろす。
何故ならば、こうしている間にも化け物は斬られた部分を補うかのように更に地面から這い出てきているのだ。
すぐにでも立ち去らねばならない。
とそこで、鬼一爺さんが再び俺に言うのであった。
(涼一、お主の近くにある化け物が這い出てくる穴に向かって、浄化の炎を放つのじゃ。そして、その隙に明日香と共にこの場を去れッ)
俺は鬼一爺さんの指示に無言で従い、霊圧を上げて【浄化の炎】の真言を唱える。
《 ――ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ―― 》
真言を唱えると、見慣れた直径40cm程の青白い火球が右掌に出現する。
だがその時だった。
火球が現れるや否や、化け物はまるで浄化の炎を嫌がるかのように、俺達から距離を取り出したのである。
浄化の炎が苦手なのだろうか?
フトそんな事が頭を過ぎったが、今はすべき事を優先させなければいけない。
その為、火球の出現を確認した俺は、すぐさま触手が這い出てくる地面の穴に向かって右掌を突出し、術を放ったのであった。
穴に直撃した火球は、勢いよく爆ぜると共に、地上に這い出ている触手部分にも火の手が回り、触手を焼きつくし始める。
またそれと共に、触手の動きも鈍くなるのだった。
だが、これは一時的な効果しかない。
何故ならば、霊波発生装置のある場所には、さっきと変わらずにあの化け物が居るからである。
早く立ち去らないとエライことになる……。
とりあえず、この濃い瘴気の漂う範囲は、俺の見立てだと恐らく、化け物を中心に半径100m程だろう。
俺達は今、大体、化け物から60m程離れた箇所にいる。
瘴気の圏外に出るには最低でも40m以上移動しなければいけない。安全を確保する為には更にかなりの移動が必要だ。
短い時間の中でそう考えた俺は、300m程先に黒い線のように見える舗装された道路を指さして、明日香ちゃんに言うのだった。
「明日香ちゃん、とりあえず、アソコに見えるさっき通って来た県道まで、全力で走るよ!」
「う、うん……」
明日香ちゃんは浄化の炎に焼かれている化け物を見ながら、弱弱しくそう返事すると、急いで立ち上がる。
そして俺と明日香ちゃんは、化け物が焼かれている隙をついて、脇目も振らずに全力疾走で、この場から撤退を始めたのであった――
――息も絶え絶えに、ようやく道路まで辿り着いた俺達は、後ろを確認して化け物が居ないのを確認する。
それから俺は霊的感覚を研ぎ澄まし、付近の負の霊波動を注意深く探るのである。
どうやら今のところ、この辺りはまだ瘴気の影響はない。とりあえず一安心といったところだ。
そうやって付近の安全を確認した後、俺達は呼吸を整える為に路肩で小休止する事にしたのである。
俺達は両膝に手を付きながら前に屈んだ姿勢になり、肩で息をしながらも呼吸を整える。
額からは大粒の汗が絶え間なく落ちており、足元のアスファルト路面をポタッポタッとした音と共に濡らしていた。
まだ周囲の外気が冷たい所為か、出てくる汗がひんやりとしたものに感じる。
そんな風に2分ばかり休んだところで、明日香ちゃんがやや控え気味に俺に話しかけてきたのだった。
「さっきはありがとう、日比野ッチ……」
俺は明日香ちゃんに振り向くと、笑顔を作りながら言った。
「へッ? ああ、いいよ。気にしないで。とりあえず、持ちつ持たれつという事で」
すると明日香ちゃんは、曇った表情を浮かべ、やや間を開けてから聞いてきた。
「ところで……さっき化け物に使った術って、鬼一法眼様から教えてもらった術なの?……」
「まぁ一応……爺さんから習った術だよ」
と返事をしたところで、俺は鬼一爺さんに言われるがままとはいえ、土門長老達から「成るべく使わない様に」と言われていた、古の術を使ってしまったのを自覚するのだった。
まぁでもあの状況だと仕方ないだろう。鬼一爺さんの判断に従わなければ、どうなっていたか分からんし……。
俺がそうやってさっきの化け物とのやり取りを思い返していると、明日香ちゃんはボソッと一言、弱弱しく言うのだった。
「そ、そうなの……」と。
今の明日香ちゃんは化け物の事よりも、鬼一爺さんの課題の方をかなり意識しているのだろう。
まぁ無理もない。が、今後は非常に危険な化け物とのやり取りが、これからも予想される。
その為、俺は明日香ちゃんに忠告の意味を込めて言うのだった。
「明日香ちゃん、鬼一爺さんの言った事が気になるかもしれないだろうけど、今は化け物の事を優先しなければいけない。あまり他の事に気を取られていると、自分の身にも危険が及ぶよ」
すると明日香ちゃんは、キッと俺に強い眼差しを向けて言い放った。
「そ、そんな事、日比野ッチに言われなくても分かってるわよッ! 何よッ、私の気も知らないでッ」
「そんなに怒らないでよ。……俺も、明日香ちゃんが心配だから言ってるんだよ。今回の化け物は合同修祓訓練の時と違って、対応を少しでも間違えると、本当に命取りになりそうなヤバい相手だからさ。……分かるだろ、明日香ちゃん?」
俺は憤る明日香ちゃんにややたじろぎながらも、念を押すために再度、そう忠告をしたのだった。
何故ならば、先程の化け物への対応にしても、少し向う見ずな感じがした為である。
おまけにそれが原因で、明日香ちゃん自身の身にも、実際、危険が及んでるし……。
幾らなんでも、得体の知れない化け物相手に軽率すぎるだろう。
そう思ったから、俺は再度忠告をしたのである。
すると明日香ちゃんは、少し思いつめたのか、ションボリと肩を落とす。
だが20秒程度俯いたところで勢いよく顔を上げると、吹っ切れた様に肩の力を抜き、幾分か和らいだ表情で俺に言うのであった。
「……そうね。確かに日比野ッチの言うとおりだわ。今は魑魅の方に意識を向けて、鬼一法眼様の事は、とりあえず、置いておく事にする。……死んだら、術の修行どころじゃないもんね」
「そうだよ。まずは無事、この仕事を終えることが先決だよ。こんなところで死んだら元も子もないからね」
とりあえず、明日香ちゃんは魑魅の方に意識を向けてくれるようだ。
そんな明日香ちゃんを見て少し安心すると、先程、触手に襲われた時に過ぎった疑問を俺は思い出すのだった。
早速、その疑問を俺は鬼一爺さんに問いかける。
「鬼一爺さん、聞きたい事がある。それと爺さんの声だけでも、明日香ちゃんに聞こえるよう、霊圧を調整してくれ」
(なんじゃ、涼一。何を聞きたい?)
鬼一爺さんの声を聞いた明日香ちゃんは「エッ?」とやや驚くしぐさをすると、俺に言った。
「き、鬼一法眼様は今、此処にいるの?」と。
そういえば、鬼一爺さんと俺の関係を話してなかったのを思い出す。
なので、まずそれを告げることにした。
「ああ、いるよ。鬼一爺さんは俺に憑いているようなもんだからね」
「そ、そうなの……ハハッ」
すると明日香ちゃんは、やや引き攣った笑みを浮かべながら返事したのだった。なんか知らんが、予想外だったのだろう。
まぁそれは兎も角、俺は疑問を問いかける。
「さっき、化け物が俺達の足元の地面から現れたとき、俺は迫りくる負の霊波を感じなかったけど、何でだ? 最初、現れたときは感じたのに……」
俺の疑問を聞いた鬼一爺さんは、目を閉じて腕を組むと、ゆっくりと口を開いた。
(……フム、それはのぅ。あの化け物が周囲に撒き散らした濃い瘴気が原因じゃの。濃い瘴気がお主の霊的感覚を鈍らせたのじゃよ。しかも、あの場に漂うていた瘴気の波長はあの化け物と同じ様な波動じゃった。例えるならば、霧が深くて目の前の視界が悪くなるのと同じ様な理じゃ。このような状況になってしまいよると、流石にお主の優れた霊的感覚でもどうにもならんのぅ)
「だからか……。だとしたら、すごく、不味いな……」
俺は鬼一爺さんの言葉を聞き、幽現成る者の感覚を持ってしてもあの濃い瘴気に覆われた中では奴の負の波動を見つけられない、という現実に恐怖感を覚えるのだった。
何故ならば、幽現成る者である俺自身が持つ一番のアドバンテージが無くなるからである。
これは非常に危険な事態である。早急に打開策を考えねばならない。
俺の不安をよそに、鬼一爺さんはさっきの化け物がいる山の麓に視線を向けながら続ける。
(これは我の考えじゃが……。恐らく、お主等が襲われたのは、あの濃い瘴気が原因かもしれぬ)
「濃い瘴気が原因? ……どういう事だよ」
(逆に考えるのじゃ。あのように濃い瘴気は、涼一や明日香にとっては負の霊波を辿れない為に身動きしづらい霧になる。じゃが、あの魑魅にとっては蜘蛛の巣と同じような意味合いを持つのかもしれぬ、という事じゃ。何より、あの魑魅……濃い瘴気を撒き散らして、一時ではあるが、己の周りに死の世界を形成しておるからの。その瘴気の中で、夜空に輝く星々の様に、より一層浮き彫りになった正反対の輝きを放つ生命を探しておるのじゃろう。この世の生命を喰らう為にの……。そして喰らう度、更に、魑魅は強大になってゆくのじゃ……)
俺は鬼一爺さんの話を聞いてゆくうちに、ゾゾッと背筋に悪寒が走ると共に鳥肌が立ってきた。
要するにあの魑魅は、獲物を捕らえやすいよう、レーダー代わりに瘴気を放っているかもしれないのだ。
その可能性は大いにあり得る。というかその可能性の方が、現状、一番高いのである。
隣にいる明日香ちゃんも、鬼一爺さんの話を聞くなり、両腕を交差して反対側の腕をつかみ委縮していた。
まぁこれは仕方ないだろう。
もしそれが本当なら、少数の術者では対応しきれない程、影響範囲が大きい化け物だからだ。
だが、そこでフト気になる事を俺は思い出す。またそれと共に、嫌な予感もするのである。
それは魑魅が瘴気を放つ前に感じていた違和感であった。
俺はそれも鬼一爺さんに問いかける事にした。
「鬼一爺さん、実はもう一つ気になっている事があるんだ。今もあの麓からは化け物の負の波動を感じるが、最初に山の中腹辺りから感じた強弱のある負の波動はそのままだ。どういう事だ一体? なんかどちらも同じような感じがする波動を感じる。俺には化け物が二体居るというよりも、どちらも同じ化け物の様な気がするんだが……」
すると鬼一爺さんは(フム……)といった後、少しの間、黙り込む。
何か色々と考えているのだろう。
2分ばかり静かな時が過ぎたところで、鬼一爺さんは口を開いた。
(恐らく、山の中腹におるのは本体の方やもしれぬ……。そして涼一達を襲った根っこの様な化け物は、魑魅の手足みたいなものなのじゃろう。そう考えれば、今も2か所で感じる同じような負の波動の辻褄が合うからの……。しかも、あの魑魅……。まだ日が高いというのに出てきたという事は、本体は動けずともあのような形でなら、日中でも動けるという事じゃろう。真に厄介な魑魅じゃわい)
「……やっぱりか。……まだ太陽が照っているのに偉く活動的だったから変だと思ったんだよ」
鬼一爺さんの話を聞いた俺は、弱弱しくそう呟いた。
今の内容は、実を言うと俺も思っていた事である。
しかし、認めたくはない為、一応、鬼一爺さんに確認の意味を込めて聞いたのだった。
それらを踏まえたうえで俺は鬼一爺さんに尋ねた。
「だ、だとするとだよ。あそこで俺達が襲われた現実と照らし合わせると……あまり考えたくないけど、今やもう、あの山自体が魑魅の根城ということだよ。もしそうなら警戒範囲が広すぎて、生半可な手段じゃ焼け石に水だよ。何かいい方法はないの? 鬼一爺さん」
すると鬼一爺さんは、ややビビりながらした俺の問いかけに、不敵な笑みを浮かべて言うのだった。
(確かに、生半可な手段では太刀打ちできぬの。じゃが、先程の涼一と化け物のやり取りのお蔭で、一つあることを我は知る事が出来た。涼一も気付かなんだか? お主が浄化の炎を行使した時の事じゃ)
俺は鬼一爺さんに言われて、その時の光景を思い返す。
それと同時に、あの時気になったことを思い出したのである。
「アッ……そういえばあの化け物、浄化の炎を発動した途端、やけに俺達から距離を取り始めたな……。まるで、避けるかのように」
俺は顎に手を当てながらそう呟いた。
鬼一爺さんは頷くと言う。
(ウム、そうじゃ。じゃが、化け物のあの反応は浄化の炎という術に反応したのではなく、【炎】そのものに反応した様子じゃった)
「エッ炎自体にか?」
俺はその辺の細かい事はよく分からなかったが、数多くの経験を持つ鬼一爺さんの目には、何か別の反応が見えたのだろう。
(……我にはそう見えたという事じゃ。兎も角、今は確実な手立てが欲しい。そこでじゃ、涼一。お主に今すぐ、やってもらいたい事がある)
俺は首をかしげつつ聞き返す。
「やってもらいたい事? なんだ一体?」
(お主に教えた烏天狗の式があったじゃろう。アレを使い、あの化け物に霊力の炎ではなく、本物の火を放ってほしいのじゃ。この方法ならお主の危険も少ないからの。それに、つい先日した修練の様子を見た感じじゃと、今のお主ならこの距離でも十分操れるはずじゃ。まぁそういう訳じゃから、式を通して魑魅の反応を確かめてほしい。どうじゃ、やってくれぬか?)
「ああ、それは分かったけど。……何か火種が欲しいな。そんなの持ってきてたかな……」
俺はそういうと、ライターやマッチの様な火をつけるものがないかと、自分の上着やジーンズのポケットを探る。が、何も見つからない。
まぁ、持ってきた覚えもないので、当然と言えば当然である。
参ったなぁ、と思いつつコメカミをポリポリと人差し指でかいていると、明日香ちゃんがポケットから一つの珠を取り出して言うのだった。
「日比野ッチ、火霊珠ならここにあるから種火として使ったら? 火霊珠自体は霊力で燃えるけど、これでその辺の棒切れを燃やせば普通の火になると思う」
俺はとりあえず、確認の為に鬼一爺さんに聞いてみた。
「爺さん、この術具の火を種火に使うくらいならいいよな?」
(ムゥ、あまり良くはないが、無いのなら仕方あるまい。それで構わぬ。兎も角、早くせぬと奴はまた姿をくらます。急ぐのじゃ涼一)
「お、おう」と、返事したその時だった。
向こうから一台の白い車が俺達の方向にやってきたのである。
それは宗貴さんのランドクルーザーであった。
ランドクルーザーは近づくにつれてスピードを落とし、路肩にいる俺達の横につける。
そして乗っていた土門長老と宗貴さん、そして一将さんの3人がドアを開けて、すぐさま降りて来たのである。
3人は俺達に寄ると、まず、土門長老が怪訝な表情で口を開いた。
「日比野君に明日香、こんな所でどうしたんじゃ、一体? 何かあったのかの?」
俺はとりあえず、時間がないので今あったことを簡単にだが、説明をする事にしたのだった。
「ええ、実は……」――
――俺は簡単に掻い摘んで、今までの経緯を2分ほどで説明をした。
すると、宗貴さんがランドクルーザーのバックドアを開き、20Lポリ容器にライターと新聞紙といった物をを持ってきたのである。
そして宗貴さんは、俺の前にそれを差出して言うのだった。
「日比野君、これを使うといい。一応、念のため、さっき外での暖房用に灯油を購入してきたんだよ。まだ外は寒いからね」
もうこれは願ってもない、高級放火アイテムである。
俺は宗貴さんに感謝の意を伝える。
「ありがとうございます、宗貴さん。では早速、使わせていただきます」と。
ここで予想外にも欲しかったものが一式揃ったので、俺は早速、鬼一爺さんに言われた事を実行する為に霊符入れから式符を取り出す。
そして、烏天狗をこの場で出現させるのだった。
式が展開されると共に「何よ、この式ッ」という明日香ちゃんの驚いた声が聞こえてきた。
まぁ化け物っぽい式だから、驚くのも仕方ない。
俺も最初は驚いたし……。
それはさておき、俺は烏天狗の両手と足にポリ容器とライターと新聞紙を持たせると、さっきの化け物がいる山の麓へ向かって式を羽ばたかせたのであった――
――俺は目を閉じ、式を通じて物を見る。
周囲一帯に広がるまだ作物の作付けがされていない、やや殺風景な田園風景を空から見下ろしつつ、その先にある山の麓へと視線を移す。
今、上空から見た感じだと、この辺りには俺達以外誰もいないみたいである。
化け物の被害に遭う人は近くに居なさそうなので、一先ずは安心だ。
おまけに、今飛ばしている式の姿は誰にも見られないだろうから、遠慮なく飛ばせられるし。
俺はそんな事を考えつつ、式を羽ばたかせて化け物の居る山の麓へと飛行させる。
それから程なくして、式は化け物の付近の上空に辿り着いた。
そこで一旦、化け物と周辺の様子を俺は見る事にした。
俺達が襲われた時、この辺りに漂っていた濃い瘴気も、今はだいぶ薄まっているみたいである。
この分だと、化け物にかなり近づけそうだ。
今度は化け物自体に視線を向ける。
すると霊波発生装置を覆う骨の触手で出来た、直径20m程ありそうである歪な半円形のドームは、さっきと変わらず其処にあった。
どうやら、霊波発生装置に今も魑魅はご執心なようだ。
多分、相手が機械なので、生物と違って魑魅自身が取り込んだり、消化したりできないからなのかもしれない。
まぁでも、霊波発生装置のバッテリーが切れたら、流石に魑魅も関心が無くなるかもしれないが……。
それは兎も角、今の状況を確認した俺は、高度40m位を保ちつつ、触手ドームの真上に式を移動させる。
そして烏天狗の手に持たせたポリ容器の口を真下に向け、触手ドームの天辺に遠慮なく灯油を振り掛けたのであった。
すると化け物は、灯油が掛かるなり、若干、全体的に小刻みに震えだした。が、それだけであった。別段、他に変化はない。
次に、俺は式の高度を下げる。
これはこの高さからだとやや風があって着火しにくい為だ。
触手ドームから20m程の高度に式を下げたところで、俺は式に持たせた新聞紙を棒状に丸めると、その先をライターで炙って着火し、即席の松明を作るのだった。
火が着いたのを確認した俺は、一気に化け物に向かって高度を下げる。
そして灯油に塗れた触手ドームの天辺部分に向かい、火の着いた新聞紙をくべたのであった。
その瞬間!
ボウッと触手ドームに火の手が上がった。
またそれと共に【ヴァァァァ……ギギィィアァァァ】という地の底から響くような呻き声を化け物は発し始めたのである。
だがそれだけではない。
幾重にも重なってドームを形成していた骨の触手は、まるで布生地が解れたかのようにバラバラになってゆくのだった。
それらは慌てふためいたかの様に小刻みに波打ち、火の手から逃れようともがいているように見える。
すると慌てふためく触手は、這い出てきた穴に、まるでビデオを逆再生した映像のように、山の内部へと慌てて戻りだしたのであった。
これはもう、鬼一爺さんの言った通り、火が苦手という事で間違いないようだ。
そして俺はこれらの一部始終を見届けた後、式を俺達の元へと帰還させるのであった。