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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
45/64

四拾伍ノ巻 ~黄泉 三

 《 四拾伍ノ巻 》 黄泉 三



 ――高天智市を出てから約1時間30分後。

 俺達は今、G県のインターチェンジを降りて一般道を走っているところである。

 目的地である荒守村が所在する高御上市たかおかみしには高速道路が無いので、暫くは一般道を走らないといけないのだ。

 因みに、先程見た道路脇の大きな案内看板には、『高御上市まであと30Km』と書かれていた。

 まぁそんな訳で、後暫くは、やや長い道のりを進む事になるのである。

 俺はダッシュボードに内臓されたデジタル時計に目をやる。

 すると、時刻はもう午前11時30分を指し示していた。

 もうすぐで昼時だが、あまりお腹が空いた感じがしない。理由は、魑魅の事とこの車内の雰囲気である。

 実はあれからも一将さんや一樹さんの口数が少ないので、車内の重い雰囲気は継続中だ。

 その為、なんか居心地が悪い。

 爽やかに、もっと元気出していこうぜ!っと言えないのが辛いところである。ハァ……。

 外を眺めながらそんな事を考えていたが、俺も流石に外の景色を見てばかりいるのも飽きてきたので、隣にいる鬼一爺さんに視線を向けた。

 鬼一爺さんは目を閉じて腕を組み、何かを考え中のようである。

 恐らく、魑魅の事を考えてるのだろう。決して寝ている訳じゃない筈だ……多分……。

 だが、そんな鬼一爺さんを見ていると、俺はマンションであった明日香ちゃんの事が頭を過ぎったのである。

 それと共に疑問も浮かんできた。

 まぁ今はあまり関係ない事ではあるが、気分転換も兼ねて、俺は鬼一爺さんにそれを尋ねるのだった。

「鬼一爺さん。考え中のところ悪いけど、いいかい?」

 鬼一爺さんは目を開き、俺に振り向く。

 そしてやや静かな声で言った。

(なんじゃ? 何か聞きたいことでもあるのか?)

「ああ。まぁ魑魅の事とは関係ないんだけどさ……」

(フム……言うてみい)

「明日香ちゃんの事なんだけどさ。鬼一爺さんは明日香ちゃんに足りない物があると言ってたけど、一体何が足りないんだ?」

 鬼一爺さんは俺の質問を聞くなり、キョトンとした表情をする。

 そしてニコヤカに微笑みながら言うのだった。

(フォフォフォ、なんじゃ。涼一も分からんのか? 仕方ないのぅ。まぁ折角じゃし、涼一も考えてみい)

「なんだよ、教えてくれないのか……フゥゥ」

 俺は溜息を吐いて、ややガッカリした仕草をした。

 すると鬼一爺さんは、しょうがないとばかりに言う。

(それじゃ、一つ助言をしてやろう。今のお主の様に教えを請う身じゃなく、お主自身が秘術を教える立場として考えるんじゃ。さすれば何かが見えてこよう)

「ふ〜ん、秘術を教える立場か……」

 俺は顎に手をやり考える。

 するとその時。

 運転中の一樹さんが、俺達に向かい口を開いた。

「鬼一法眼様、私達に術を教えて頂けるそうで、誠にありがとうございます。色々とありましたので礼を言うのが遅くなりました。申し訳ありません。それで……術の修練の方なのですが、いつから始めましょうか?」

 鬼一爺さんは「フム……」と言うと、目を閉じて暫し考える。

 そして10秒ほどすると口を開いた。

(まぁいつでも良いのじゃが、今は魑魅が先じゃ。術の修練については、これが片付いてから考えようぞ)

「確かに、まずは魑魅ですね。では、その時には宜しくお願い致します」

 一樹さんは、バックミラー越しに鬼一爺さんを見ると、そう返事をした。

 するとそれに続き、一将さんも鬼一爺さんに向かい、丁寧に頭を下げて言うのである。

「私からも宜しくお願い致します、鬼一法眼様」

(ウム)

 と、その時だった。

 突如、一将さんの携帯電話が鳴り出したのである。

 一将さんは上着ポケットから携帯を取り出すと電話に出た。

「もしもし八神さん。何かあったのか? ……な、何だって、麓で被害がッ!……クッ。……ああそうだ、私達はまだ高御上市に入っていない。其処に到着するまでにはまだ少しかかる。……ああ、分かった。高御上警察署にいる鎮守の森の者には、私から連絡をしておこう。ああ……では……」

 今の内容を聞く限りでは、事態は深刻さを増した様である。

 一将さんは電話を切ると、一度溜息を吐く。

 それから携帯のボタンをプッシュして、何処かに電話をかけるのだった。

 電話が繋がったのか、一将さんは話し出す。

「ああ、沙耶香か。すまないが、至急、調べてもらいたい事がある。……では言うぞ。G県高御上警察署の刑事課に所属する、鎮守の森の関係者を調べて欲しいのだ。……ああ、そうだ。電話番号も名簿に載っている筈だ。分かり次第、折り返し電話してくれ。……では頼んだぞ」

 どうやら沙耶香ちゃんに連絡していたようである。

 しかも、今の話を聞く限りでは、警察の関係者にも鎮守の森に関わる人がいるようなのだ。

 俺はこの事実にやや驚く。

 だが考えてみれば、一番そういった事態に遭遇するのは刑事なのかもしれない。

 なんといっても警察は、異常事態に遭遇した人々の通報で、真っ先に動く機関だからである。

 そして今の一将さんの口ぶりだと、どうやら日本全国の警察署には、そういった人々が常駐しているのかもしれないのだ。

 後で一将さんか一樹さんに、それらを確認しておこう。

 フトそんな事を考えていると、一樹さんが恐る恐る一将さんに尋ねるのである。

「父上……先程、被害が出たと言いましたが、本当なのですか?」と。

 一将さんは頷くと重々しい口調で言った。

「ああ、そうだ。……麓にある集合住宅で、其処に住まう住民が全て消えるという事件があったそうだ」

「な、なんですとッ!?」と、一樹さんは前方を見ながら、やや声高に言う。

「今、電話をかけてきてくれた八神さんの話では、もう既に、高御上警察署の者が何人か来ていると言っていた。恐らく、誰かが通報したのだろう。しかも、八神さんの話では、その被害にあった集合住宅は異様な有様らしい……」

 一将さんは幾分、感情を抑えた口調でそう俺達に言った。

 だが心中は焦りと苛立ちで、穏やかじゃない筈だ。

 その証拠に、話をしている一将さんの右肩は小刻みに震えていた。

 これは仕方がないだろう。恐れていた事が、もう既に起きていたのだから……。

 そんな一将さんを暫し見た俺は、話の内容をもう一度、頭の中で復唱する。

 だが、思い返すうちに引っかかる言い方の部分があった。

 さっき一将さんは、『麓にある集合住宅で、其処の住民が全て消えるという事件があったそうだ』と言っていた。居なくなったのではなく、消えると言ったのだ。

 これは言い間違いなのかどうか、気になるところである。

 その為、俺は尋ねるのであった。

「あの、一将さん。今、住民が消えると言いましたが、何処かへ行ったという訳ではないんですよね?」

 一将さんは俺に振り向くと、真剣な表情で言った。

「ああ、そうだ。八神さんの話によると、肉体だけが消失しているような言い方だった。そして、その集合住宅内の所々に、得体の知れない緑色の液体が付着して、酷い有様らしい……」

 俺は今の話を聞くなり、背筋にゾゾッと悪寒が走る。

 またそれと共に、一体どんな化け物なんだ! と心の中で俺は呟くのである。

 そして、まだ見ぬ、黄泉といわれる得体の知れない化け物への恐怖心だけが、俺の中で大きく膨れ上がり始めるのであった――


 ――それから車に揺られる事、約30分。

 俺達は高御上市の中心市街地からやや外れた位置にある、ビジネスホテルに到着した。

 其処は、ここ2、3年の間に建てられた感じの新しいホテルで、四角い4階建ての結構立派な建物であった。

 茶褐色の外壁はタイル貼りになっており、碁盤の目の様に目地が走っている。その色の所為もあって、レンガ造りのようにも見えるホテルなのであった。

 また、ホテルの周囲には、ツツジの様な小さな緑葉をつけた背の低い庭木の植え込みが縁取っており、それが建物を際立たせる良いアクセントとなっているのである。

 それらの外見もあってか、ビジネスホテルとはなっているものの、中々に品の良い雰囲気を持ったホテルなのだ。

 で、何故このホテルに来たのかというと、当初の予定では荒守村まで行く予定だったのだが、麓に被害が出ているという事もあって、急遽、予定変更となったのだ。

 そしてこのホテル。一将さんの話によると、八神さんという方が俺達の宿泊施設として、このホテルに予約を入れてくれたようである。

 周囲にはこのホテルよりも背が低い建物ばかりなので、良く目立っており、見つけるのが楽であった。

 八神さんという人は、恐らく、そういった事を踏まえてこのホテルにしたのかもしれない。

 でも一番の理由は、被害にあった現場に近いという事だろう。一将さんも道中の電話でそんな事を言ってたし。

 まぁ兎も角、そういった理由から俺達は此処に来たのである。


 俺達は敷地内の駐車場に車を止めると、早速、ホテルへと向かい歩いて行く。

 そして自動ドアを潜り、やや広々とした受付のあるロビーへと進むのである。

 まず最初に、そこでチェックインをすませると、俺達はロビーに置かれているソファーや椅子に腰掛け、やってくる人を待つのだ。

 そのやってくる人だが、ここを予約してくれた八神さんという人と、鎮守の森関係者である高御上警察署の刑事さんなのである。その2人は途中で合流して、一緒にこのホテルへ来るらしい。

 道中にあった一将さんとの電話のやり取りで、そういう段取りになったのだ。

 という訳で、その人達が来るまでの暫しの間は休憩となるのである。


 俺はロビーに置かれた無人のソファーに腰掛けると、「フゥゥ」と大きく息を吐いた。

 そして首や肩を回し、凝った筋肉を解すのである。

 3時間近くも車の中にいれば、流石に肩が凝ってしまう。

 勿論、あの雰囲気の中だったので、気分的にもかなり疲れたが……。

 とりあえず、長旅の疲れを癒すために暫くそうやってマッサージをしていると、宗貴さんが俺の座るソファーへとやってきた。

 俺は宗貴さんに視線を向ける。

 今日の宗貴さんは、黒いレザージャケットに青いジーンズというロック系ファッションを思わせる出で立ちで、家の親父が好きそうな格好をしている。中々にワイルドな格好だ。

 その宗貴さんは、空いている俺の隣に腰掛けると、軽く微笑み、やや小声で話しかけてきたのである。

「日比野君が、まさか、鬼一法眼様の弟子だったなんてね。今日はこの魑魅の事といい、驚くことばかりだよ」

「すいません、鬼一爺さんの事を黙っていて……」

 俺はやや罪悪感があった為、とりあえず、頭を下げて謝罪した。

「いや、別に謝らなくてもいいよ。日比野君が悪いわけじゃないしね。それは兎も角……」

 と、そこで宗貴さんは、ジャケットの内ポケットから黒い名刺入れを取り出す。

 そして俺に一枚の名刺を差し出すのだった。

「日比野君。俺は普段、神代総合商事 第4事業部の部長をしている。何か困ったことがあったら、連絡して来てくれ。力になるよ。まぁ俺からも色々とお願いする事があるかもしれないが、ハハハ」

 受け取った名刺には『第4事業部 取締役部長』と書いてあった。

 それを見た俺は、当然、こう思った。

 すげぇ、この若さで部長って……。しかも取締役って、確か、経営者になるから普通の役職じゃないし……。

 そう思った俺は、驚きながらも言った。

「宗貴さんは取締役部長なんですね。……凄いですね」

「まぁ、この会社の株主は殆どがソッチ系だから、色々とあるんだよ」

 宗貴さんはそう言うと、やや疲れた様に項垂れた。

 深く詮索するつもりはないが、多分、土御門家自体が神代総合商事の株主でもあるのだろう。

 またその他にも、土御門家という家柄上、複雑な事情があるのかも知れない。

 俺はそんな事を宗貴さんの態度から汲み取ると、やや同情しながらも言った。

「そうなんですか、色々と大変なんですね……ン?」

 と、その時だった。

 ホテルの入口から2人の人物が、俺達の所へと小走りにやってきたのである。

 1人は中肉中背の眼鏡をかけた初老の男性で、上下ベージュ色の作業服を着ていた。

 そして、短く刈りそろえられた白髪交じりの頭髪の所為か、やや頑固そうに見える人である。

 もう1人は40代くらいの茶色いスーツ姿をした男性で、身長180cmほどの、ややゴツイ体型をした人である。

 髪型は整髪料で綺麗に流したオールバックで、なんとなく強面の男であった。俺は一瞬、その筋の人かと思ってしまった。

 その2人を見た一将さんは、座っていた椅子から立ち上がると、まず一礼をする。

 すると眼鏡をかけた初老の男が、一将さんに口を開いたのだった。

「一将さん。お待たせしまして、すいません。此方が、高御上警察署の刑事さんです」

 オールバックの男の人は、一将さんに一礼すると言った。

「初めまして、高御上署の吉田と言います。遠路はるばるご足労、ありがとうございます」

「八神さんに吉田刑事。お待ちしておりました」

 一将さんは2人と握手をする。

 今のやり取りを見ると、初老の男性が八神さんという人で、ゴツイ人は吉田という刑事さんのようだ。

 吉田刑事はチラッとロビーに目を向けると言った。

「とりあえず、此処では何ですので、現場に向かいながら私の車の中でお話しましょう」

「そうですね。では参りましょう」と言った一将さんはソファーに座る俺達に視線を向ける。

 そして言った。

「では私と土門長老は、この刑事さんの車に同乗する。他の皆は各自の車で付いて来てくれ」

 それを聞いた宗貴さんと一樹さんは無言で頷く。

 という訳で俺達は、被害のあった集合住宅へと向かう為、移動を始めるのであった。


 一将さんと土門長老を除いた俺達4人は、宗貴さんのランドクルーザーで纏まって移動する事になった。

 ランドクルーザーの中は外からの見た目どおり、広く快適で、8人乗りという乗車定員にも拘らず、それ以上に乗れそうな感じであった。

 車に足を踏み入れた俺は、好奇心から車内を見回す。すると室内の立派な内装が目に飛び込んできた。

 落ち着いたベージュ色のシートやマット。シフトレバーの周囲や、ハンドル及び肘掛の一部分に施された木目調のパネル。そして最新式のカーナビ。

 それらは妙に高級感を漂わせており、クロカンタイプの車なのに、クラウン等の高級車を思わせる様な内装になっているのである。

 そして俺は、いつかこんな車に乗りたいな、などと思いつつ、後部座席のシートに腰掛けるのであった。

 俺達が車に乗り込むと、程なくして、吉田刑事の車であるシルバーのセダン・マークXが動き出した。

 それに続き、宗貴さんも車を発進させるのである。

 車が動き出して暫くした頃、道中ずっと気になっていた事を俺は思い出す。

 その為、俺の隣に座る一樹さんに、気になっていた事を尋ねるのだった。

「一樹さん。G県に来る途中から気になっていた事があるんですけど。全国の警察署には、鎮守の森の関係者が何人か駐在しているのですか?」

「ああ、そうだよ。やはり、一番そういった異常事態に遭遇できるのは、犯罪捜査に携わる人間だからね。それに被害者もまず、警察に連絡するケースが多いから」

 一樹さんは俺が想像してたのと同じ理由を言った。

「やっぱり、そうだったんですか。自分もそんな気がしたんですよ」

 と、そこで一樹さんは何かを思い出したのか、天井を見上げる仕草をする。

 そして俺に言った。

「そういえば日比野君てさ、霧守高原で土蜘蛛を確か、倒したんだよね?」

「ヘッ? あ、はい。……あの時はすいませんでした」

 俺は予想外の事を聞かれたので、思わず間の抜けた声を出す。

 そして当時のモグリ修祓の事を思い出してしまい、つい謝ってしまったのだった。

 すると、それを見た一樹さんは、首を左右に振ると、笑顔で言うのである。

「ハハハ、いや、それは別にもういいよ。ただ、あの時も刑事から鎮守の森に通報があったんだよ。で、G県は一応、道摩家の管轄区域の一つだから、土蜘蛛退治の依頼書が回ってきてね。それに通報した刑事の名前が書かれていたんだ。確か……小島とかいう刑事さんだったかな。まぁ兎に角、日本全国にそういった霊障に関する鎮守の森のネットワークが張り巡らされているって事さ。ああそれと勿論、それらネットワークの中には刑事さん以外の監視者達もいるからね。監視者は多種多様なんだよ」

 俺は意外な事実を知った為、驚きを交えながら言った。

「土蜘蛛の時もそうだったんですか。へぇ、なるほど。それに、今の話を聞く限りでは……鎮守の森って、表に出ないだけで色んなところに繋がり持ってそうですね。凄く勉強になりました」

 一樹さんは言う。

「まぁこの呪術業界は、結構、思いがけないところに手が入ってたりするからね。……ああ、それと1つ付け加えておくと、刑事さんにしろ、他の監視者にしろ、修祓はしないからね。あくまでも通報するだけだから。一応、鎮守の森の規定では浄士の称号を持つ者以外は修祓してはいけない決まりになっているからね。そいうことさ。まぁ刑事が通報するっていうのもおかしな話なんだけどね。ハハハ」

「監視者は通報するだけなんですか……。なるほど、覚えておきます」

 と言った俺は、今の話を頭の中で整理する。

 だが、一樹さんの言った言葉の中に、やや気になる部分があった。

 なので、とりあえず、それを聞いてみる事にした。

「ところで、今、一樹さんが言った管轄区域の事なんですけど、そんなのあるんですか?」

「日比野ッチって、何も知らないのね……」

 だが、一樹さんではなく予想外の所から声が聞こえてきた。

 助手席にいる明日香ちゃんである。

 明日香ちゃんは此方に振り向くと言った。

「まぁいいわ、教えてあげる。私達土御門家や道摩家といった呪術大家は、歴史が長い分、一門から生まれていった分家やその流れを汲む呪術家が幾つもあるのよ。だから必然的に、そういった縁の者達を束ねる役目があるの。昔からの慣習みたいなもんだけどね。まぁ兎に角、そういう理由から呪術大家は多くの人を動かしやすい立場なの。で、多くの人を動かしやすいって事は、イザという時に迅速に対応できるし、広い地域もカバーできるって事だから、不測の事態になった場合は、そういう役目を鎮守の森から帯びているのよ。でもまぁ呪術大家とはいっても、一応、浄将以上の称号を持った修祓者が居るというのが前提だけどね。まぁそういうわけなのよ」

 俺にはまだまだ知らないことが沢山あるようだ。

「へぇ、色々と複雑な事情があるんだね。ありがとう、明日香ちゃん。分かりやすく教えてくれて」

 俺は明日香ちゃんにニコリと微笑むと礼を言った。

 すると明日香ちゃんは照れたのか、「べ、別に、お礼なんていいわよ」と言うと共に、サッと顔を背けるのだった。ここら辺は相変わらずである。

 とまぁそんなやり取りをしつつ、俺達は目的地に向かい進んで行くのである――


 ――ホテルを出発してから15分程の所に被害現場はあった。

 その集合住宅は、白い外壁とブロック塀に囲まれているのが特徴の、それなりに新しい感じがする3棟の建物である。

 俺達を乗せた車は、その建物に伸びる一本の道路を真っ直ぐに進んで行く。

 すると、その先にあるブロック塀入口の左右には、紺色の制服を着た2人の警官が後ろに手をまわし、門番の様に立ち塞がっていたのであった。

 また警官の後ろには、『KEEP OUT 立ち入り禁止』と書かれた黄色のテープが、何本も横に張られているのである。

 刑事もののテレビドラマとかに良く出てくる光景と、まったく同じである。こんな天気の良い日に似つかわしくない、物々しい光景だ。

 まぁそれは兎も角。

 俺達は入口近くの道路脇に車を駐車すると、そこで車を降りる。

 そして吉田刑事を先頭に、警官のいる入口へと向かい、歩を進めるのであった。

 吉田刑事は2人の警官の前に行くと、懐から警察手帳を掲げる。それを確認した警官は頷くと共に道を開けてくれた。

 そこで吉田刑事は俺達に振り返り、言うのである。

「では、私の後に付いて来て下さい」と。

 俺達は無言で頷く。

 吉田刑事は張られたテープの間を潜り、敷地内へと入ってゆく。

 そして俺達もそれに続き、被害現場へと足を踏み入れたのであった。


 敷地内に入った俺達は吉田刑事と共に、まず道路側の集合住宅へと向かい、歩いてゆく。

 だが、建物の正面部分が視界に入ったところで、俺は衝撃を受け、立ち尽くしてしまったのだった。他の皆も同様に立ち尽くす。

 何故なら、道路側からは綺麗な外壁しか見えなかったが、その反対側は惨状といっても差し支えない様相をしていたからである。

 建物の白い外壁は、半透明の緑色をした液体が至る所に付着しており、その前の砂利が敷いてある地面は、奇妙な掘られ方をした溝が幾つも走っているのだ。しかも、生ゴミの腐ったような臭いのオマケ付である。

 それらが得体の知れない不気味な光景として、俺の目に飛び込んできたのだ。

 だがしかし、ひとつ気になる事があった。それは、俺達が佇むこの場所に段ボール箱がポツンと地べたに置かれているからだ。

 なんだろう、あの箱? と思いつつも、俺は他の同行者達に視線を向ける。

 すると土門長老や一将さんも、この惨状に目を向け、非常に険しい表情をしていた。

 勿論、宗貴さんや一樹さん、そして明日香ちゃんの3人も同様である。

 そして鬼一爺さんも、鋭い眼差しでその異様な光景を見詰めているのであった。

 一将さんはその惨状に目を向けながら、吉田刑事に言う。

「吉田刑事、私達は中を見ても良いのですかな?」

「ええ、それは構いませんが、一つ条件があります。実はまだ鑑識の方を呼んではおりませんので、あまり不用意に痕跡を残されると、後々、面倒な事になってしまいます」

 吉田刑事はそう言うと、俺が気になっていた段ボール箱から白い手袋と7足の白い作業靴を取り出した。

 どうやら、段ボール箱は吉田刑事が用意していたもののようだ。

 因みに、それらの手袋や靴は全て同じタイプの物である。

 吉田刑事は言う。

「ですので、この手袋とこの靴を履いてください。鑑識は足跡も取りますので」

「すいません、お借りします」

 一将さんはそう言うと、俺達皆に靴と手袋を手渡してゆく。

 そして全員が装着したところで、俺達は更なる惨状を見るべく、歩を進めるのであった。


 ――そして20分後。


 俺は今、現場の外に駐車した車の周囲で、清々しい空気を何時も以上に、目一杯深呼吸している最中であった。

 理由は勿論、あれらの中にある惨状を見たからなのと、あの嫌な臭いの所為だ。

 ハッキリ言って、俺には長時間あんな所にいるのは無理である。他の皆も同じだったのか、大きく深呼吸していた。

 明日香ちゃんなんかは、両手で口の中に空気をかき入れる仕草をしながら、大きく深呼吸している最中である。まぁそうしたい気持ちも分からんでもない。トラウマになりそうな臭いだから……。

 まぁそれは兎も角、中の状況であるが。

 道中、一将さんが言っていたように、全住戸の人達は居なくなったのではなく、消えていた。衣服や装飾品だけを残して……。

 全部の部屋を見た訳ではないが、恐らく、どの住戸も同じ様な光景に違いない。

 そして、あの現状を見た限りでは、黄泉に喰われたという事なのだろう。

 八神さんの話では、封印されていた場所にも、あの緑色の液体が付着していたそうなので、これは黄泉の仕業で確定のようだ。

 それに緑色の液体からも微量ではあるが、俺には負の霊力が感じられたし。だから、まず、間違いないだろう。

 だが、俺はそれよりも一つ気になる事があったのだ。

 それは、この集合住宅の後ろに見える山中から、妙な負の波動が感じられたからである。

 妙と言ったのは、普段退治する悪霊が放つものと違っていて、なんというか、弱く感じたり強く感じたりと、霊波動に大きな波があるのである。

 そして何故かは分からないが、俺にはそれが泣いたり怒ったりといった、人の感情表現の様に感じられたのだ。

 その為、中の惨状よりもソッチが気になって仕方ないのである。隣にいる鬼一爺さんも同様で、俺と同じく山の方へと視線を向けていた。

 俺は考える。『山中で、そんな波動を発しているのは黄泉なのだろうか……』と。

 だが、そう単純に考える訳にもいかない。

 何故ならば、少しおかしな点があるのだ。

 それは、此処に物の怪が入ってきたであろう痕跡はあるのだが、出て行ったと思われる痕跡が無いのである。

 入ってきた痕跡は、山とこの集合住宅の間にある田畑に、黒い線を引いたかのように見える溝がそうである。

 溝の幅は大体3mくらいだろうか。それを見る限りでは結構大きな物の怪のようだ。

 まぁそれはさて置き、出て行った跡が見当たらないのだ。もしかすると同じ所を通って出て行ったのかもしれない。

 だが、それにしては妙なのである。

 溝の底にある土には、進行方向に引き摺ったような跡がついてるのだが、その跡を見る限りでは入ってきた方向のものなのだ。

 それだけを見て判断するなら、まだ物の怪はこの中にいる事になる。

 しかしそれならば、もう既に、物の怪が放つ負の霊波動を俺の霊感は捉えている筈だ。が、この場所で感じるのは、緑色の液体から発せられる微弱な負の霊波動しかないのである。

 これは一体どういう事なんだろう……。吉田刑事や八神さんから少し離れた所で、鬼一爺さんに聞いてみるかな。

 フトそんな事を考えていると、土門長老が俺の前にやってきた。

 そして柔らかい表情を浮かべながら言うのである。

「どうしたんじゃ、日比野君。難しい顔をしておるところを見ると、何か気になる事でもあったのかの?」

「あ、土門長老。はい……実はさっきから妙な霊波動を感じるんです。向こうの山からなんですが……」

 俺はそう言うと共に、集合住宅の後ろに見える山の中腹の、やや右方向を指差した。

 すると土門長老は真剣な表情になり、言うのである。

「妙な霊波動じゃと……。因みにそれはどんな感じなのじゃ?」

「それが、上手く表現できないんですけど。波動が強くなったり弱くなったりといった感じで、大きな波があるといいますか。兎に角、なんかそんな感じなんです。どう思われますか?」

 俺が尋ねると、土門長老は顎に手を当てて、暫し考える。

 そして口を開いた。

「……分からん。じゃが、日比野君の言う事は無視できぬ。それに、今は何か手掛かりが欲しいところじゃ。道間殿に言っておこう」

 土門長老はそう言うと、やや離れた所で八神さんや吉田刑事と話をしている一将さんの所へと行ったのだった。

 そこで土門長老は一将さんに耳打ちをする。

 するとその直後、一将さんはやや驚いた表情で俺に視線を向けるのである。

 そして土門長老と共に俺の所にやって来るのだった。

 俺の前に来た一将さんは言う。

「日比野君。今、土門長老から聞いたのだが、それは本当かい?」

「はい、今も感じます。場所は流石に、此処からだと正確に特定出来ませんが、方角だけは分かります」

「そうか……。で、どの方角だろうか?」

「この方角です」

 俺は先程と同じ方向を指差した。

 一将さんは俺の指し示す方向を凝視しながら暫し考える。

 そして土門長老に言うのであった。

「土門長老、今は奴の足取りが掴めない状況です。それともうこれ以上、近隣住民に被害が出ないよう、周囲の警戒も怠るわけには行きません。よって、G県に住まう道摩家縁の修祓者達にも応援を頼もうと思います。ですので、ここは日比野君を信じて、至急、対策を考えましょう」

「うむ、そうじゃな。では、場所を変えた方がよいの。此処は本来、儂等がいるべき所ではない。それに、吉田刑事も自分の仕事があるしの」

 と言った土門長老は、集合住宅と吉田刑事に視線を向ける。

 一将さんはそれに頷くと言った。

「ええ、確かに。では一旦、ホテルに戻りましょう」

「うむ」

 2人はそう結論すると、八神さんと吉田刑事の元へ行き、事情を説明する。 

 そして吉田刑事とは此処でお別れという事になり、八神さんは俺達と共にランドクルーザーに乗って、さっきのホテルへと一緒に向かうのだった。


 ――それから1時間後。


 俺は一樹さんと明日香ちゃんと共に、負の波動が感じられる山の麓へとやってきていた。

 目の前はもう山だが、俺がいる所は結構平坦なところで、地面には枯れた葉をつけた雑草が押し潰されたかのように生えていた。多分、雪の重みでこうなったのだろう。

 また、周囲にあるのは田んぼと畑ばかりで、他はそれらの用水に使うであろう、小さな川が流れているだけだ。

 遠くに被害のあった集合住宅が、白い点の様に小さく見える以外、近隣には建物は見当たらない。

 魑魅の事がなかったら、ごく普通の長閑な田園風景に俺には見えただろう。

 しかし、今の現状を考えると、流石に長閑な雰囲気とは程遠く感じてしまうのだ。まぁこれは仕方ない。あの惨状を見た後だと……。

 それはさて置き、此処で何をしているのかというと、魑魅を誘き寄せる罠を仕掛ける為に来ているのである。

 ホテルの部屋にて、俺の感じた負の波動を元に対策を練った結果。以前、俺が土蜘蛛退治をした時にやった方法を応用して、黄泉を誘き寄せようという事になったからである。

 実はその他にも、山の中に入って霊波を辿り、黄泉を直接叩くという案も勿論あったのだが、八神さんの「まだ山の中には雪が結構残っているので、雪山に慣れてない人はやめた方が良い」という忠告もあった為、この方法をとる事にしたのである。

 その応用した方法であるが、黄泉が襲うのは獣や人といった特定の種族ではなく、生きとし生けるもの。即ち、生命であるという仮定の元に立てられている。

 という訳で俺達は、黄泉に餌と誤認させる為、生命の波動と霊魂の波動という2つの波動を発生させる機器を設置しに来たのだ。

 因みにこの機器は修験霊導の儀にて使われた、あの霊波発生装置だったりする。

 何でこんな物があるのかというと。急遽、G県に移動する事になったので、色々と使えそうな術具を慌てて車に詰め込んだ結果、それらの中にこの機器が偶然紛れていたのだ。

 そして、それを見た一将さんが物は試しとばかりに、この方法を思いついたという訳である。

 まぁそんな訳で俺達は今、負の霊波が感じられる山の方に向けて、その機器を設置しているところなのであった。


 作業を始めてから20分程。

 機器の設置を粗方終えたところで、一樹さんは俺達に言った。

「2人共、とりあえず、これで準備はOKだ。では今から霊波を発生させる」

 一樹さんはそう言うと、機器をコントロールする計測メーターやツマミがついた、一昔前のオーディオ機器のような制御機器に手をやる。

 そしてツマミを調整し始めたのだった。

 暫くすると、機器から霊波が感じられる様になる。

 またそれと共に、生命が発する一定のリズムを持った波動が、霊波に混ざり発せられるのである。

 因みに以前、鬼一爺さんに聞いた話によると、この生命の波動というのが、俗に言う気というやつらしい。

 だが、気はあくまでも生命の息吹であって、それ自体には特に不思議な力は無いみたいだ。

 とは言うものの、この辺の事は俺もまだ良く分からんので、これから勉強しないといけない分野ではあるが……。

 まぁそんな訳で、鬼一爺さんに色々と聞いてみなければ、と思っているところである。

 さて、その鬼一爺さんはというと、俺の隣で霊圧を下げて大人しくしているのだが、先程からずっと、負の波動が感じられる方向に鋭い視線を向けていた。

 表情を見る限りでは、色々と考えているようではあるが、一つ気になる事がある。

 それは、集合住宅の惨状を見たあたりから、鬼一爺さんは一言も発しなくなっていたからだ。

 俺はそんな爺さんを見た所為か、黄泉という魑魅に少し恐怖してしまう。

 だが、今の頼れるのは鬼一爺さんの知識である。

 その為、俺は作業が一息ついたら、その心中を聞いてみようと思っているところだ。

 と、その時。

 一樹さんの声が聞こえてきた。

「よし、これで設定は終わりだ」

 俺がそんな事を考えているうちに、一樹さんも機器の調整が終わったみたいである。

 調整の終わった装置からは、人の物と比べるとやや強めの霊波が感じられる。

 一樹さんは機器から手を離すと俺達に言った。

「後は夜まで待って、活動を始める黄泉がこれに反応してくれるのを祈るだけだな……。ところで、2人はお昼まだだよね?」

 そういえば、色々とあったので昼飯を食べていない。

 だが、気分的に食事という感じじゃないので俺は言った。

「まだですね。でもアレを見た後だと、食欲がイマイチ湧きませんね……」

 明日香ちゃんも俺に続く。

「私も、嫌な物を見たのと臭いの事もあるから、日比野ッチと同じだわ」

 すると一樹さんは、笑みを浮かべながら言うのだった。

「ハハハ、まぁ分からんでもないけど。これから魑魅と対峙しなくちゃいけないから、力をつけておかないとね。やや離れた所にコンビニがあったから、そこで何か買ってくるよ。それまで、2人は機器を見張っていてくれるかい?」

「はい、いいですよ」と俺。

「それじゃ、ちょっとの間だけ、見張りを頼むよ」

 一樹さんはそう言うと、レガシーへと向かい歩を進める。

 だが、何かを思い出したのか、5歩ほど歩いた所で立ち止まり、俺に言うのだった。

「……ああそれと、自分が戻る前に父が来たら、そう言っておいてくれるかい?」

「はい、分かりました」

「じゃあ、行って来るよ」

 そして一樹さんはレガシーに乗り込み、この場から去っていったのであった。


 レガシーが小さく見える様になったところで、俺はそこ等辺にある割と綺麗な石の上に腰掛ける。

 そして、鬼一爺さんに視線を向けた。魑魅の事について聞いておきたい事があるからだ。

 まぁそんな訳で、それを尋ねようと思ったのだが。

 丁度その時。明日香ちゃんが、なにやら難しい表情を浮かべながら俺に近寄ってきたのである。

 そして明日香ちゃんは俺の前に来ると、何時もより、やや元気の無い声色で言うのだった。

「ねぇ……日比野ッチ。聞きたい事があるんだけど、いい?」

「ン、いいよ。何?」

 明日香ちゃんは若干、間を置いてから話し始める。

「……日比野ッチから見て、私ってどう思う?」

 俺は明日香ちゃんの頭の天辺から足の爪先まで目を這わす。

 今日の明日香ちゃんはフード付きの白っぽいコートにデニムパンツといった出で立ちで、やや厚着ながらも体のラインはスマートに見える。

 一通り見た俺は、観察結果を明日香ちゃんに伝えた。

「う〜ん……着痩せするタイプかな」

 だが明日香ちゃんは、突如、怒った表情をする。

 そして頬を膨らませながら言うのだった。

「ダ・レ・が、スタイルの事を聞いた? 違うわよッ! その……鬼一法眼様に言われた事よ……」

 俺は凄い勘違いをしてたようだ。

「ああ、その事か。それが、実は俺も分からないんだよ。俺もG県に来る途中、車の中で鬼一爺さんに聞いてみたらさ、『まぁ折角じゃし、涼一も考えてみい』って言われたからね」

 車でのやり取りくらいは、言っても良いだろうと思い、俺はそれを告げた。

「そ、そうなの……」と、明日香ちゃんはやや元気なく答える。

 その姿は何時もの元気な明日香ちゃんより、若干、小さくションボリとして見える。そんな明日香ちゃんを見てたら、少し可哀想になってきた。

 まぁ俺も分かるわけではないが、少しくらいアドバイスしてもいいだろうと思い、隣にいる鬼一爺さんに視線を向けた。

 すると鬼一爺さんも俺の考えが分かったのか、仕方ないとばかりに、大きく息を吐いてを目閉じると、明日香ちゃんを指差したのだった。

 多分、助言しても良いという事なのだろう。

 俺はそう解釈すると、明日香ちゃんに言うのである。

「明日香ちゃん。……そういえばさぁ、車の中で、鬼一爺さんから言われた事があるんだ」

 すると明日香ちゃんは、勢い良く顔を上げて聞いてきた。

「な、何を言われたの?」

「明日香ちゃんに足らないのを考えるヒントとして、『今のお主の様に教えを請う身じゃなく、お主自身が秘術を教える立場として考えるんじゃ。さすれば何かが見えてこよう』って言われたんだよ」

「教えを請う身じゃなく……秘術を教える立場……」

 明日香ちゃんはそう呟くと共に、目を閉じて考え始める。

 暫くそうやって考えると、明日香ちゃんは俺に言うのだった。

「ありがとう、日比野ッチ。私、考え方を少し変えてみるわ」

 そして明日香ちゃんは俺に微笑むのである。

 どうやら、少し元気が出たみたいだ。良かった。

 俺は明るい表情を見せる明日香ちゃんを見てホッとする。


 ――だがその時だった!


 強い負の霊波が、突如、俺達のいる付近の山中から感じられる様になったのである。

 その為、俺はハッとその方向に振り向いた。

 だが妙なのだ。ずっと前から感じている強弱の波がある負の霊波は、そのまま山の奥で変わらずに感じられるのである。

 なのに突然、この付近から負の霊波が感じられる様になったのだ。……いや、突然ではない。これは、凄いスピードで迫って来ているのである。

 どういう事だ? これは……。

 俺がこの突然の異常事態に悩んでいると、鬼一爺さんが僅かに霊圧を上げ、慌てた表情で声をあげるのだった。

(涼一、不味いッ! 早く、明日香と共にこの場から離れるのじゃ!)

 確かに嫌な予感がする。

 俺は鬼一爺さんに頷くと言った。

「オ、オウ。わ、分かった。あ、明日香ちゃん、この場から離れよう! 何かが迫ってきている」

「エッ? ど、どうしたの急に」

 明日香ちゃんはキョトンとした表情をする。どうやら気付いてないみたいだ。

 仕方ない。そう思った俺は、明日香ちゃんの手を取り駆け出した。

 すると明日香ちゃんは、突然の事態についていけないのか、手を引かれながらも俺に言うのだった。

「ちょっ、ちょっと、どうしたのよ突然。何なのよ、日比野ッチ!」

 だがその時。

 ――ドゴォ!――

 俺達の背後にある山の斜面から、地面の震えと共に、何かが弾ける様な音が聞こえてきたのである。

 そして、その直後、まるで地中の奥底から聞こえてくる呻き声のようなものが、俺達の背後から発せられるのであった。

【ヴァァァ……ヴァ……ギギィィアァァァ】

 そのあまりにも悲しく、苦しい雰囲気を感じさせる呻き声に、俺と明日香ちゃんは思わず立ち止まり、恐る恐る振り返った。

 そして……俺達の目に飛び込んできたものは――

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