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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
43/64

四拾参ノ巻 ~黄泉 一

 《 四拾参ノ巻 》 黄泉



 ―― 一方、その前日……。


 日が昇りつつある東の空を暫し眺めると、俺は大きく息を吐いた。

 息と共に、口から若干白い煙が勢い良く出てくる。

 またその煙が、今朝の気温を物語っているのである。恐らく、今の気温は1℃か2℃くらいだろう。

 後数日で4月とはいえ、やはり、朝と夜はまだまだ冷え込む日が続く。その為、俺は今、ダウンジャケットの様な保温に優れた衣服を身に着けているのだった。

 そんな寒い外気を凌ぎながら、俺は周囲に視線を向ける。

 やや薄暗い様相ではあるが、夜明けの光が地上に届き始めると共に、周囲の景色もぼんやりと浮かび上がってきた。

 その様子は炙り出し絵の様に、徐々に浮かび上がるといった感じである。

 そんな不思議な瞬間を暫し見詰めた俺は、此処に来た目的を思い出すと意識をそちらへと向けるのだった。

 今、俺は高天智天満宮の裏山に来ている。

 この裏山の頂も、去年最後に訪れた時と比べると、やや雑然とした様相となっていた。

 目の前にある開けた広場には、落ち葉が何重にも重なって散らばっており、まるで焦げ茶色の絨毯を敷いたかのように、辺り一面に広がっていた。

 また、奥にある小さな祠や東屋に視線を移せば、そこも広場と同じく、落ち葉や折れた枝等が所々に散らばっており、薄汚れた様相をしているのだ。過酷な冬の跡といった感じである。

 俺はそんな風に様変わりした頂の様相を一通り眺めると、とりあえず、やや大きめの黒っぽい岩が転がる広場の端へと移動するのであった。

 で、ここで何をしているのかというと……。

 雪が消えた事と呪術業界の事が段々分かってきたという事もあり、一応、周囲を注意しながらではあるが、鬼一爺さんの教える古の霊術は今日から屋外トレーニングに移行する事になったのである。そういう訳で今日は、今年の屋外霊術修行の初日なのだ。

 勿論、この事を知ってるのは俺と鬼一爺さんだけであり、他の訓練メンバーはおろか、土門長老や一将さんも知らない。というわけで、秘密の訓練なのである。

 そして山道入口には、去年と同じ様に人払いの符も貼り付けてあるので、山に人が入らない様にも当然してある。

 因みに去年よりも、かなり念入りに符を貼ってあるので、多分、大丈夫の筈だ。そう信じよう。……やや不安はあるが。

 とまぁそれはさて置き。

 俺は岩の1mほど手前まで来ると、一旦、立ち止まった。

 そして目の前の岩を暫しの間、ジッと眺めるのである。

 岩の大きさは直径70〜80cmといったところで、一抱えでは手が届きそうにないほどの大きさだ。

 重さは見た感じだと、100kg以上はありそうである。

 そんなゴツイ岩を前にした俺は、大きく深呼吸をしながら目を閉じると、静かに霊力を練り始める。

 また、必要な霊圧にまで高めたところで、俺はその霊力を両掌へと移動させるのであった。

 それから精神を研ぎ澄まし、一つ一つ、ややゆっくりとではあるが、両手で印を順に組み上げてゆく。

 すると印を組むにつれて、掌に集めた霊力が圧縮されるかのように、指先で集束してゆくのを俺は感じ始めるのだった。

 そして最後の印を組み上げた、その瞬間。

 印を組んだ指先から放出されるかの様に、青白く光り輝いた、細く鋭い霊力の刃が生まれたのである。

 刃渡りは1mほどで、勿論、いつも使う霊刀とは違って重さはまったく感じられない。

 またこの霊力の刃は、印を組むと言う方法で霊力を圧縮する術式を構成しており、そこから更に、練り上げた霊力を指先から放出するといった原理で出現している。

 その為、理論上は俺の練り上げた霊圧が弱まれば、この刃も収縮して消え去るのである。勿論、組んでいる印を解いても消滅するが……。

 まぁ現代社会にある物で例えるならば、ウォーターカッターのような感じだろうか。兎も角、そんな感じなのだ。

 そしてこの霊力の刃が出現したという事は、即ち、印術・飯綱の太刀が発動した事を意味するのである。

 で、この飯綱の太刀であるが……。

 今のこの光景を見た者は恐らく、こう思う……いや、言うかも知れない。

『すげー! ス○ーウォーズに出てくる、ジェダイのライトセ○バーみてえだッ』と。

 それ程に、色といい長さといい、似ているのである。

 違いはと言えば、グリップ部分が無いのと「ヴォン」というあの独特な機械音が無いだけなのだ。

 その為、俺はこの術を前回発動した時、映画の中でライトセ○バーちゃんばらを繰り広げるオビ・○ンやア○キンの姿が脳裏を過ぎったのだった。

 とまぁ、そんなどうでもいい事はさて置き。

 この飯綱の太刀。実は、まだ試し斬りはしてない。という訳で、今から目の前にある岩で、それをやるところなのである。

 鬼一爺さん曰く、見た目は大丈夫でも斬れ具合を見てからじゃないと、本当に術が完成しているかどうかは、分からんそうである。因みに、岩で試せと言ったのも鬼一爺さんだ。本当にこんな岩が斬れるのかどうか分からないが……。

 とりあえずそういう事なので、俺はその霊力の刃が出現したのを確認すると、目の前にある岩に向かい袈裟に振り下ろすのだった。 

 光の刃が何の抵抗も無く、斜めに岩をスッと通り過ぎる。

 するとなんとッ!

 岩は鋭利な刃物で切断されたかのごとく、スパッと綺麗に両断されたのである。

 そんな風に岩があっさり切断された為、俺は内心驚く。

 またそれと共に、岩の綺麗な断面に目を奪われ、両手で組み続けていた印を思わず解いてしまったのであった。

 当然、指先から出ていた霊力の刃は、何も無かったかの様に消え去る。

 俺が飯綱の太刀を解いたところで、鬼一爺さんが岩の傍に近寄ってきた。

 そして(フォフォフォ、どれどれ)と言いながら、早速、爺さんは岩の切断面を確認するのである。

 鬼一爺さんは、色んな角度から切れ具合を見回した後、陽気な口調で俺に言った。

(おお、エエ感じじゃ、エエ感じじゃ。もうこの術は大丈夫じゃな。フォフォフォ)

 だが、陽気な鬼一爺さんとは違い、俺はこの術にちょっと恐怖してたりするのである。

 理由は勿論、この異常な切れ味だ……。

 この飯綱の太刀にかかれば、こんなゴツイ岩が豆腐状態なのである。

 そんな凄まじい切れ味を見てゾゾッと寒気がしたので、俺は思わず言うのだった。

「そ、そうかい。しっかし、恐ろしい程の切れ味を持った術だな……。なんか、やばいよこの術……。焼き切って無いってだけで、切れ味はマジでライトセ○バー並やんか……コワッ」と。

 誤って自分を斬ってしまったら……なんて思うとゾクッとしてしまう術なのである。

 という訳で覚えたにも拘らず、もう既に俺の中では、あまり使いたくない術の一つになってしまっているのだった。

 まぁ基本的に俺はビビリなのでしょうがない。

 だが、そんな風に畏縮する俺を見た鬼一爺さんは、やや憮然とした表情で言うのである。

(何じゃ、涼一ィ。これしきの事で驚いておったら、この先に待ち受ける術なんぞ使いこなせんぞい)

「フゥ……はいはい、分かったよ。まぁ慣れるしかないか」

 俺は鬼一爺さんの長い説教が始まりそうな気がしたので、これ以上余計な事は言わない事にした。

 そんな俺を横目で見つつ、鬼一爺さんは続ける。

(では涼一、次にじゃが。このあいだ新しく教えた式符術と夜叉真言の修行じゃ。まずは式符術から始めようかの。ほれ、やってみぃ)

「はい、了解」

 と返事をすると、俺は霊符入れから一枚の符を取り出した。

 因みにこの式符だが、2週間ほど前に爺さんから教えてもらった式符術だ。

 今度の式符は、前回の小鳥の式符と比べると描く術式がかなり多いので、やや大きめの符となっている。

 そして、これもまた前回と同じく、俺の血で直接描かれているので、痛い思いをして作った符なのである。

 まぁそれは兎も角。

 俺は折畳んである符を広げると、符を成就させる術式部分に指先をあて、符の力を解放する。

 と、その瞬間。

 符は白い光の輝きに包まれ、ある形へと変貌を遂げ始めるのだった。

 手や足、そして頭といった物が形成され、次第に人型へと変貌を遂げ始めてゆき、また、背中からは黒い翼が現われたのである。

 そして符の力を解放してから10秒ほどで、その式は完全体となって俺の前に姿を現したのだった。

 この式を見るのはこれで5回目だが、見るたびに、『これが、俺の分身なの?』と思ってしまう。

 何故ならば、この式の姿はモロに烏天狗からすてんぐの姿だからである。

 顔や頭は、全体が黒い羽毛に覆われており、そこに瞳のない白い目と烏のような黒い嘴があるので、ほぼ烏の頭といっても差し支えのない造形をしている。

 また、その下の胴体はというと、山伏を思わせる様な白っぽい着物を身に纏う姿をしているのだ。

 その他にも、足首から下は猛禽類のように鋭い爪が生えているという事もあり、人型ではあるが、明らかに人ではない存在なのであった。

 背丈は140cm程なので、それほど大きくはない。人間で言えば、10歳から13歳くらいの子供の身長だろう。

 だが、見た目が非常にインパクトのある式なので、初めて見た時は自分で作っといてなんだが、俺はちょっとビビッてしまったのだ。

 まぁ仕方ない。だって怖いんだもんよ、この式の姿が……。

 ゲームで出てくるとしたら、確実に敵の部類だろう。そう思わせるくらい、化け物っぽいのである。もし、ド○クエなんかに出てきたらバギ系呪文を唱えてきそうな逸材である。

 で、この式だが。実は出現させただけで、まだ操作は一度もしていない。

 理由は勿論、俺の部屋の中だけでしか試してないからだ。

 という訳で、今日はこの烏天狗の初操縦をするのである。

 式の出現を確認した俺は、鬼一爺さんに視線を向ける。

 すると鬼一爺さんは空を指差して言った。

(さて、それじゃ涼一。まずは、その烏天狗の式を空に飛ばして見せよ)

「おう、分かった」

 中々手強そうな式ではあるが、俺は烏天狗を正面に見据えると、目を閉じて俺と式の繋がりを確認する。

 それから、この式を操る為に精神を集中させたのであった――


 ――そして、その日の夜。


 俺は毎日恒例になっている夜の合同修祓から帰ってくると、部屋の明かりをつけて楽な服装に着替える。

 それからコタツやエアコン、そしてテレビの電源を入れ、これから訪れる人達を待つのだった。

 俺は何気なく、テレビの上に置かれた時計を見る。今の時刻は11時30分。

 時刻を確認した俺は携帯を充電器に繋ぐと、渇いた喉を潤す為に冷蔵庫へと向かった。

 そして中から350mlの缶ビールを取り出すと、棚の上に置いてあるツマミの柿の種を持ってコタツへと入ったのである。

 俺は早速、プルトップを起こしてビールを一口飲むと、柿の種に手を伸ばしてポリポリと食べながら一息ついた。

 だが、そこで俺はある事を思い出し、机から一冊のノートと筆記用具を取り出すのだった。

 そしてノートを開くと、今日の修祓を思い起こして、俺はそれらの内容を記述してゆくのである。

 実は俺、この訓練が始まりだしてから、修祓内容を全てこのノートに記述しているのである。

 理由は勿論、今後の為だ。経験というものは基本的に、忘れやすいものと忘れにくいものがあるからである。まぁノートは一時的にメモしておく様な感じで、清書するのは後日パソコンでだが。

 俺はそれらを書き終えると、またビールに手を伸ばして一息つく。

 それから、テレビの前にいる鬼一爺さんに視線を向けたのであった。

 すると今日はいつもの爺さんとは違い、何かを考えるように、やや難しい表情をしていた。

 多分、これからやって来る人達に話す内容を考えているのだろう。

 しかしまぁ、俺には関係ない事だ……。

 そう思いながら、俺はまた一口、ビールで喉を潤すのだった。

 こんな感じで暫く寛いでいると、ピンポーンという呼び鈴が鳴った。

 俺はコタツから出ると、ついでにテレビの音を小さくしてから玄関へと向かう。

 そしてドアスコープで訪問者の確認をしてから、ドアを開いたのである。

 ドアを開くや否や、訪問者は陽気な口調で挨拶をしてきた。

「おお、日比野君。すまんの、夜分遅くから」

 ドアの向こうにいたスーツ姿の土門長老がそう言った後、続いて、同じくスーツ姿の一将さんも俺に言うのである。

「先程、修祓を終えたばかりで疲れてるところを申し訳ない」と。

「いえいえ、気にしないで下さい。それでは土門長老に一将さん、狭いところですが、どうぞお上がり下さい」

 俺は2人に中へ入るよう手振りを交えて言った。

「では、お邪魔する」

「すまないね、日比野君。それじゃ、お邪魔するよ」

 2人はそう言うと共に玄関を潜るのであった。


 俺は2人をコタツの所にまで案内する。 

 そして2人が座ったところで、俺は一応、飲み物の確認をしたのだった。とはいってもビールかコーヒーかだが。

 だが2人共、飲み物はいいと言って断ってきたので、俺はそこでコタツに入る。

 と、そこで土門長老は言うのである。

「日比野君。……来て早々で悪いのじゃが。鬼一法眼様を呼んでもらえるじゃろうか」と。

 だが土門長老がそう言うや否や、俺が呼ぶまでもなく、鬼一爺さんは霊圧を上げて2人の前に姿を現したのだった。

 鬼一爺さんの姿を視界に入れた2人は、背筋を伸ばして丁寧に頭を下げる。

 そしてまず、土門長老から口を開いた。

「おお、鬼一法眼様。すいませぬ、こんな夜分遅くに……」

 鬼一爺さんは2人を交互に見ると言った。

(うむ。それは構わぬ。……で、我の結論を聞きに来たのじゃったな)

「はい。して、鬼一法眼様。儂等の孫達はその御目にどう映りましたでしょうか?」

 土門長老の言葉を聞いた鬼一爺さんは、少しの間、目を閉じる。

 2人はやや緊張した面持ちで、鬼一爺さんをジッと見ていた。そんな2人を見た所為か、やや空気が重く感じられる。

 そして20秒ほどが経過した頃、鬼一爺さんは目を見開き、2人に言うのだった。

(……では話そう。我が術を授けてもよいと思うた者は……宗貴に一樹、そして詩織と沙耶香の四名じゃ)

 鬼一爺さんの言葉を聞いた2人は、暫くの間、固まったかのように無言で動かなかった。

 その為、シーンと静まり返ったかのような静寂が、あたりを包み込む。

 聞こえてくるのは、エアコンの送風音とテレビ番組の小さな音だけである。

 そんな重苦しく、流れの塞き止まった空気の中。

 まず最初に一将さんがホッとした様な表情になり、フゥと大きく息を吐いたのだった。

 一樹さんと沙耶香ちゃんが合格したので、気が楽になったのだろう。

 またそれと共に、塞き止めてあったかの様な重い雰囲気も終わりを迎えるのである。

 だが、それとは対照的に、土門長老はやや肩を落としているように見えた。

 まぁこれは仕方ない。

 鬼一爺さんの言葉を聞く限りだと、宗貴さんと詩織さんは合格したが、明日香ちゃんは不合格という事なのだから……。

 そして土門長老は大きく溜息を吐いた後、鬼一爺さんに視線を向け、ゆっくりと口を開いたのだった。

「そうですか……。やはり、明日香は駄目でございましたか」

 土門長老の口ぶりでは、何となくではあるが、予想はしていた様に見える。

 しかし、面と向かって言われたので、少しショックだったのだろう。

 土門長老は続ける。

「鬼一法眼様……。明日香は、どの様なところが不味かったのでしょうか? やはり、日比野君に対する日頃のやり取りが、不味かったのでしょうか?」

 鬼一爺さんは腕を組みながら、首を左右に振ると言った。

(いいや。明日香は、我等の術を扱うのに、一つだけ足りぬものがあったからじゃ。が、それは涼一の事とは関係ない。また、素養や天稟の事でもない……)

「では、一体?」

 土門長老は尚もそう問い掛ける。

 鬼一爺さんはその問い掛けに、目を閉じて暫し考え込むと言うのだった。

(……それは兎も角、土門長老。この結果は、明日、皆に伝えるのかの?)

「はい。一応、明日の朝、伝えようかと思っておりますじゃ。……ですが、明日香には言う訳にはいかぬでしょう。こうなってしまった以上、教えぬ方が良いと思いますからの」

 土門長老はやや力なく、そう返事をした。

 明日香ちゃんの事が堪えているのだろう。なんか知らんが、見ていると気の毒になってくる。

 だが、土門長老の言う通り、術を教えられないのなら、知らせる訳にもいかないのは事実なのである。

 辛いだろうな、土門長老……。

 俺がそんな風に同情していると、鬼一爺さんは意外な事を口走ったのであった。

(いや、明日香もその場に連れて参れ。この集まりに参加する者が全員揃ったところで、我が直接、明日香に言おう……)

「エッそれはどう言う……?」

 土門長老も、鬼一爺さんの言葉が意外だったのか、微妙な表情でそう問い掛けるのである。

 すると鬼一爺さんは(今は何も考えず、我の言うとおりにせよ。以上じゃ)とだけ言うと、霊圧を下げて2人の前から姿を消したのだった。

 そんな鬼一爺さんを見た俺と土門長老に一将さんは、互いに顔を見合わせると首を傾げた。

 恐らく2人共、俺と同じで、鬼一爺さんの真意が分からないからだろう。

 鬼一爺さんには何か考えがあるのかもしれないが、俺達からすると『訳が分からない』といった感じなのである。

 だが、今の鬼一爺さんからは、それ以上の言葉が聞き出せそうにない。

 その為、土門長老も渋々ではあるが、質問はこれで終える事にしたのである。

 そしてこの後、俺達3人は明日の簡単な打ち合わせを少し行い、この場は御開きになったのであった。


 ――その翌日の朝。


 俺は沙耶香ちゃん達の住むマンションに来ていた。また、今日は日曜日なので瑞希ちゃんも一緒である。

 話は変わるが。昨夜、俺は瑞希ちゃんもこの結果発表の時、一緒にいてもいいのかどうかを鬼一爺さんに確認した。

 すると鬼一爺さんは少し悩んだ末、『別に構わぬ』という答えが返ってきたのである。

 俺はこの時の爺さんの仕草が、いつもと少し違って見えたのと、その判断に少し違和感を覚えたのだ。

 これは俺の主観だが、鬼一爺さんは瑞希ちゃんにだけは少し甘いような気がするのだ。まぁ孫の様に思っているからなのかも知れない。だが、同い年の沙耶香ちゃんと比べると、やや甘い感じがするのである。

 しかし、考えたところでそれ以上の事は分からないのと、あまり危険な目に遭いそうな事でもないので、次第にどうでも良くなり、俺はこの事については深く考えない事にしたのだった。

 という訳で話を戻す。


 俺達は沙耶香ちゃんの住戸にお邪魔すると、リビングへと案内される。

 そして道間家の人々に挨拶をした後、コタツの空いている箇所に腰を下ろすのである。

 するとそこで、沙耶香ちゃんは俺達に朝のコーヒーとココアを淹れる為、キッチンへと向かうのだった。若いのにおもてなしの上手な子である。

 そんな沙耶香ちゃんに感心しながら、俺はコタツに視線を移す。

 コタツには俺達の外に一将さんや一樹さんもおり、気分良くコーヒーやお茶を楽しんでいる最中であった。また、それらのいい香りが俺の鼻を刺激する。

 2人の服装に目を向けると、一将さんは紺のスーツ姿で、一樹さんは青いジーンズに黒い長袖シャツといったラフな私服姿をしていた。2人共、いつもと同じ様な格好である。

 まぁそういう俺達も、一樹さんとそんな変わらない格好であるが……。というか、他のメンバーも含め、いつも大体こんな感じの服装なのである。スーツを着ているのは土門長老と一将さんだけなのだ。

 そして周囲に目を向ければ、いつも座学を行っているこのリビングの様相も、見慣れた変わらぬ光景なのである。

 だが今日は、いつもとやや違っている事があった。

 それは一将さんの雰囲気である。

 一将さんは昨日の鬼一爺さんの言葉を聞いて安心したのか、いつも以上にかなりリラックスしている様に見えるのだった。なんか知らんが、憑き物が落ちたかのように、晴れ晴れとした雰囲気である。

 多分だが、土門長老や一将さんはそれなりに緊張感を持って、この合同修祓訓練を企画していたのだろう。

 今の一将さんの表情を見る限りでは、特に俺はそう思うのだ。

 そしてそんな一将さんの影響もあってか、いつも以上に、このリビング空間はゆったりとした朝の一時となっているのであった。


 まぁそれは兎も角。俺は腕時計で時刻を確認する。

 今の時刻は、午前9時15分。

 因みにこの時間帯は、いつもならば座学が始まっている時間帯でもある。が、今日は座学は行われない。

 何故ならば、昨夜も土門長老や一将さんと話していた通り、今日はこれから、この訓練を行っていた真相を皆に告げる事になっているからである。

 だが、まだ土門長老達は此処に来ていない。

 一応、昨夜の話では9時半から始めるという事だったので、土門長老達もそのうち来る筈だ。

 フトそんな事を考えていると、沙耶香ちゃんがコーヒーとココアを持って俺達のところにやってきた。

 沙耶香ちゃんはそれらを俺と瑞希ちゃんに配り終えると、俺の隣にチョコンと座る。

 そしてニコリと微笑み、言うのだった。

「日比野さん。今日はこれから、お父様と土門長老からお話があるそうです。それで午前中の座学は無いそうですよ」

「ああ、そうみたいだね。俺も昨日、一将さんと土門長老から聞いたんだ」

 と言った俺は、チラッと一将さんの顔を見る。

 一将さんは笑顔でゆっくりと頷いていた。

 すると沙耶香ちゃんは、やや驚いた表情で言うのだった。

「えっ、もう聞いているのですか?」と。

 一将さんは言う。

「ああ。昨夜、私達から日比野君には伝えておいたからね」

 すると今度は瑞希ちゃんが俺に尋ねてきた。

「日比野さん、今日は何の話があるんですか?」

 しかし、どう答えていいものか俺は迷う。

 という訳で俺は、判断を仰ぐ意味を込めて、一将さんに目で訴えかけるのだった。

 それを汲み取った一将さんは機嫌よく笑顔で言うのである。

「高島さん、まぁ時が来れば分かる。ハハハ」

 と、その時。

 リビング内に鐘の音色が鳴り響いた。

 これは勿論、この住戸の呼び鈴である。

 また、それが鳴り響くや否や、沙耶香ちゃんは即座に立ち上がり、玄関へと向かうのであった。


 暫くすると玄関からは、数人の話し声が聞こえてくるようになる。声の感じからすると、どうやら土門長老や宗貴さんの様である。

 また、それと同じくして詩織さんや明日香ちゃんの声も聞こえてきた。これはもう土門長老達で間違いないだろう。

 そして、その土門長老達は暫くすると、沙耶香ちゃんに案内される形でリビングに姿を現したのであった。

 リビングに来た4人は俺達に笑顔で朝の挨拶をした後、それぞれがソファーやコタツの空いた所へと移動する。

 だがその時。俺は昨夜の出来事を思い出し、今来た土門長老達の表情をついつい見てしまうのだった。

 宗貴さんに詩織さん、そして明日香ちゃんの3人は、いつもと変わらぬ表情をしているが、土門長老だけはやはり、少し元気が無い様に見える。

 まぁ俺は昨夜のやり取りを直に見ていたので、その先入観もあって、余計にそう見えるのかもしれないが……。

 それは兎も角。

 土門長老と一将さんの2人は、全員が腰を落としたのを確認すると、俺達に向かい合うように壁際へ移動して正座をする。

 そして神妙な面持ちになって俺達の顔を見回した後、まず、土門長老が口を開いたのであった。

「……今日は、皆に重大な話がある。その為、本来ならば今は座学の時間じゃが、少し予定を変更させてもらう事にしたのじゃ。……で、その重大な話じゃが。今までお主等には黙っておったが、2月の末から今までの1ヶ月間、皆に訓練を行って貰っていたのには二つの理由があるのじゃ。一つは皆も良く知っている最初に説明した訓練目的じゃから、もう言わなくてもわかっておると思う。じゃが、この訓練にはもう一つ、皆には教えてない、隠れた目的があったのじゃ」

「「エッ、隠れた目的!?」」

 と、そこで宗貴さんや一樹さんが驚いた口調でハモリながら言った。

 またそれと同時に、他の皆も互いの顔を見合わせて首を傾げ、ややざわざわとした感じになるのである。

 それを見た一将さんは、皆に注意をする。

「静かに! まずは、土門長老の話を聞きなさいッ」

 土門長老は一将さんに、一度、軽く会釈をすると続ける。

「オホンッ。で、その隠れた目的なのじゃが。これについては儂等からではなく、もう一人の立会人から直に御説明を願おうと思っておる」

 と言った土門長老は、俺に視線を向けると手招きをした。

 俺はそれに従い、土門長老の隣へと向かう。

 その途中、他のメンバーの表情をチラッと見た。すると、皆が一様にポカンとした表情で俺を見詰めていた。

 この急で突飛な事態についていけないのだろう。まぁ俺が逆の立場だったら、同じ反応をしてるとは思うが……。

 まぁそれは兎も角。

 俺が隣に座ったところで、土門長老は皆に言う。

「まず、皆に言っておかねばならぬ事がある。それは、もう一人の立会人というのが、この日比野君のお師匠様で在られる御方だからじゃ。その御方に皆は驚くかもしれないが、どうか落ち着いて話を聞いてもらいたい」

 今の言葉を聞いた他のメンバーは、皆が口々に「日比野君の師匠?」「聞いてないわよ。というか、何処にいるのよッ、そんな人」といった言葉を発しながら首を傾げていた。

 そんな風に、周囲が少しざわつく中、土門長老は俺の肩にポンと手を置くと言うのだった。

「では日比野君。お願いする」と。

 俺は頷くと、隣にいる鬼一爺さんに言った。

「鬼一爺さん……。皆に姿を現してくれ」

(ウム……)

 鬼一爺さんはそう言うと共に、霊圧を上げて姿を現す。

 その瞬間。

「な、何よッ!」とか「「なッ!」」といった驚きの声が聞こえてくるのだった。

 今、声を上げたのは土門長老のお孫さん達だ。

 3人は鬼一爺さんの事を知らされてないから、驚くのも無理はない。

 一方、沙耶香ちゃんや一樹さんは、今の流れで話の筋が分かってきたのか、落ち着いた表情で俺達を見詰めていた。

 俺の位置から見ると、そんな土御門兄妹と道摩兄妹の対照的な様相がハッキリと見て取れるのである。

 またそんな雰囲気の中、鬼一爺さんは皆に視線を向け、ゆっくりと口を開くのだった。

(今、土門長老からも話があったが、我が涼一の師である。名は賀茂在憲と申す者なり。今から800年ほど前の京の都で、陰陽師をしておった者じゃ。まぁ我を良く知る者達からは、鬼一法眼とも呼ばれておったがの)

【き、鬼一法眼……賀茂在憲……】

 息を飲み込みながらそう呟いた宗貴さんに詩織さん、そして明日香ちゃんの3人は、口が半開きになったまま驚きの眼差しを鬼一爺さんに向けていた。

 他の3人は良く知っている事情なので、先ほどから変わりなく、鬼一爺さんを見詰めている。

 鬼一爺さんは続ける。

(まぁそれは兎も角じゃ。我はこの2人から、ある事を頼まれておった。その為、姿を隠してお主等全員を暫くの間、見させてもらったのじゃ)

 宗貴さんは、目を閉じて静かに正座する土門長老をチラッと見た後、鬼一爺さんに問い掛ける。

「あ、ある事とは……一体?」

(それはの。我等が古来より伝承してきた秘術をお主等にも伝えて欲しいと頼まれたからなのじゃよ。土門長老等に聞いた話じゃと、今の世ではもう、我等の秘術は失伝してしまっているそうなのでな。……じゃが、我等の術は限られた者達の中で伝承してきた秘術じゃ。そう易々と誰にでも教える訳にはいかぬ。そこでじゃ。お主等が、術を授けるに価する者かどうか、暫くの間、見させてもらう事にしたのじゃよ)

 今の言葉を聞いた皆は、顔が引き攣ると共に口を紡ぐのだった。

 その所為か、このリビングは先程の落ち着いた感じから一変し、一気に重苦しい雰囲気へと様変わりしたのである。

 そんな息苦しい雰囲気の中、一樹さんは恐る恐る鬼一爺さんに尋ねた。

「そ、それでは……もう結論は出た。……という事なのでしょうか?」

 鬼一爺さんはゆっくりと首を縦に振ると言った。

(うむ。もう十分、見させてもろうた。我の中ではもう、結論は出ておる。……今からそれをお主等に告げようぞ)

 それを聞くなり、皆は一様に、やや強張った表情をする。

 宗貴さん達3人兄妹は、先程からずっとそんな表情だが、一樹さんや沙耶香ちゃんも今度ばかりは流石に表情が強張っていた。

 まぁ抜き打ちのテストみたいなもんだから当然だろう。

 そして、今のこの状況で唯一、いつもと同じ雰囲気なのは瑞希ちゃんだけなのである。瑞希ちゃんの場合は多分、自分には関係のない話だ、と割り切っているからだろう。

 だが、他のメンバーはそういう訳にいかない。

 その為、全員が生唾をゴクリと飲み込み、鬼一爺さんの次の言葉を待つのであった。

 鬼一爺さんは、そんな皆の表情を順に見てゆく。

 それからもったいぶった様に、ゆっくりと口を開いたのだった。

(では言おう……。この中で術を授けるに価するのは……宗貴・詩織・一樹・沙耶香の四名じゃ)

 鬼一爺さんがそう告げた途端、室内がシーンと静まり返る。

 まるで時間が止まったかのような雰囲気である。

 そんな奇妙な雰囲気ではあったが、時間が経過するにつれ、皆がその言葉を理解し始める。

 またそれと共に、名前を呼ばれた者達はホッとした表情になり、肩の力を抜くのであった。

 宗貴さんや一樹さん、そして沙耶香ちゃんは、憑き物が落ちたような表情になっていた。

 だがしかし。

 やや暗い影を落とす人物が2人いるのである。詩織さんと明日香ちゃんだ。

 詩織さんは、不安げな表情で土門長老と明日香ちゃんを交互に見ていた。

 土門長老は目を閉じ、静かに座している。

 だが明日香ちゃんは納得がいかないのか、俯きながら身体をプルプルと震わせるのである。

 とその時であった。

 明日香ちゃんは意を決した様に勢い良く立ち上がると、俺達の方向に視線を向ける。

 そして鬼一爺さんに詰め寄り、手振りを交えて捲くし立てる様に言うのだった。

「な、なんでよ。なんで私だけッ! 日比野ッチに意地悪したから? それとも素質が無いから? な、何でなのよッ!」

 明日香ちゃんの目は、ちょっと潤んでいた。

 それを見た俺は、なんか心が痛む。自分の所為ではないのにも拘らず、ちょっとズキッときた。

 だが、決めたのは鬼一爺さんだ。

 で、その当人である鬼一爺さんはというと、何食わぬ顔で涙目の明日香ちゃんを正面から見据えており、逆に問い掛けるのだった。

(我の結論が不服か? 明日香)

「と、当然よ! 何でなのよぉ……グスッ」

 明日香ちゃんは涙を拭いながら、尚も問い掛ける。

 鬼一爺さんは普段と変わらぬ口調で答える。

(明日香……涼一の事は関係ない。また、お主の素養や天稟に関しても、我が見た限りでは何も不味いところは無い。じゃがの、明日香。お主には、他の四名と比べると足りないものが一つあるのじゃよ。その足りないものこそが、秘術を扱う者に一生付き纏うてくるものなのじゃ)

「た、足りないものって……グスッ……何よ?」

 すると、鬼一爺さんは目を閉じて黙り込む。

 そして10秒ほど経った頃、鬼一爺さんは目を見開き、明日香ちゃんに言うのだった。

(明日香。我等の秘術をどうしても身につけたいか?)

「と、当然よ! 平安の世の術は、今はもう失伝して無いんだから……グスッ」

 明日香ちゃんは鼻声でそう答えると、鬼一爺さんは静かに言った。

(そうか……ならばお主に今一度、猶予を与えよう。今日より七の夜を迎えるまでに、お主に足らぬものをお主自身の手で見つけ、我に伝えよ)

「そ、それが出来たら教えてくれるの……」

(うむ。それが合うていたら、我等の秘術をお主にも授けよう。但し、足らぬものを見つけるに当たり、一つだけ条件がある。今日から七夜の間の修祓は、涼一と行動を共にするのじゃ。それが我の条件である)

 鬼一爺さんの話を他人事の様に聞いていた俺は、意外な展開になったので、思わず「へっ?」と間の抜けた声を出してしまった。

 またそれと共に、鬼一爺さんへ視線を向けるのである。

 だが、鬼一爺さんの飄々とした表情からは、何も読み取れない。その為、俺は首を傾げるのだった。

 俺と一緒に修祓って、一体どういうつもりなんだ? このジジイは……。訳が分からん。というか、明日香ちゃんに足らんものって一体なんなんだ?

 なんて事を考えていると、明日香ちゃんは涙を拭いながら俺の前に来るのである。

 そこで明日香ちゃんと目が合う。

 すると明日香ちゃんは俺に頭を下げて言うのであった。

「日比野ッチ……そういう訳だから、今日から宜しくお願いします」と。

「え〜と、此方こそ?」

 俺は唐突な展開だったので、首を傾げつつ、疑問系で返事をしてしまった。 

 と、その時。

 何処かで携帯が、けたたましく鳴り響いたのだった。

 皆の視線が着信音の発信源へと向かう。

 すると発信源は、どうやら一将さんの様であった。

 一将さんは「失礼……」と、鬼一爺さんや土門長老に言ってから、上着ポケットの携帯を取り出して電話に出る。

 そして立ち上がると別の部屋へと移動するのである。

 だが、その移動した部屋から突然、一将さんの大きな声が壁越しに聞こえてきたのだ。

【な、なんだってッ! それは本当かッ。ま、間違いないのだな、八神さん!】と。

 リビングにいる皆は、その声にビックリして一将さんのいる部屋へ視線を向ける。

 だが、大きい声だったのはそれだけで、それから後は一将さんも幾分かトーンを下げて話し始めたので、会話の内容は良く分からない。が、何となく差し迫った感じである事は、先程の一将さんの声色から俺にも伝わってきた。

 何か不味い事が起きたみたいである。

 そして約5分後、一将さんは非常に険しい表情でリビングに現われたのであった。

 一将さんは皆に目を向けると言った。

「土門長老に宗貴君。そして一樹。あと日比野君と鬼一法眼様もちょっと来てもらえるだろうか。他の者達は少しの間、待っていて欲しい」

 名前を呼ばれた者は、微妙な表情で互いに顔を見合わせながらも立ち上がる。

 そして、一将さんがいた部屋へと移動するのだった。


 畳が敷かれた6畳の和室に案内された俺達は、適当に空いてる箇所へ腰を下ろす。

 皆が座ったところで、土門長老は口を開いた。

「道間殿、一体何があったのじゃ? 先程の様子じゃと、かなり切迫した感じじゃったが……」

 額に汗を浮かべた一将さんは、眉間に皺を寄せ、険しい表情で話し始めた。

「土門長老、非常に不味い事が起きました。今、我等、道摩家縁の者から連絡があったのですが、G県の荒守村にある魑魅すだまの封印が何者かによって解かれたそうなのです」

「なんですとッ、父上。それは本当ですかッ!」

 一樹さんはそれを聞くなり、目を大きく見開いた驚愕の表情でそう言った。

 その表情を見る限りでは、相当ヤバイ事態の様である。

 だが俺はチンプンカンプンである。スダマと言われてもサッパリだ。

 因みにスダマと聞いて真っ先に思い浮かんだのが、『くす玉』なのは内緒である。言ったら確実にKYになるだろう。

 隣の鬼一爺さんに目を向けると、何やら考えているようであった。とりあえず、分からんので後で聞いてみよう。

 俺だけなんか場違いな気がするが、それは兎も角。俺は水を差さないように注意し、話に耳を傾けるのである。

 土門長老は顎の長い髭を撫でながら言う。

「魑魅か……。道間殿、その魑魅はどんな種類の奴じゃ? 封印されておったのなら、かなりの大物じゃと思うが」

 その問い掛けに、一将さんは首を左右に振りながら言った。

「それが、実はどんな化け物なのかは分からないのです。しかし、あの地に封じられていた魑魅は今から400年以上前らしいのですが、その当時、封印を施した先祖が記した書物には、こう記述されておりました」

 一将さんは一呼吸、間を置いてから話し始める。

「――【荒守の地に眠る魑魅すだま、『黄泉ヨミ』の封印を解いてはならん。解けば大きな災いとなり、数多の人々に襲い掛かるであろう】――と……。土門長老も黄泉という名はご存知の筈。道摩家の古文書によると、それがあの地に封印されているらしいのです」

 すると土門長老は、今の話を聞くなり、血相を変えて言うのであった。

「黄泉じゃとッ! 道間殿。それは、その昔……幾つもの村や町の人々を飲み込み喰らい尽くしたといわれる、あの黄泉かッ!?」

 一将さんは目を閉じて深く頷くと、喉元から搾り出す様に言うのであった。

「古文書の記述に間違いがないのならば、恐らく、その黄泉かと思われます」と……。

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