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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
4/64

四ノ巻 ~霊符術

   【 壱 】



『エ・ブゥオナ!』で昼食を終えた俺達は、その後、ついでに学園町内のショッピングセンターに足を運んだ。

 暫くそこで買い物やゲームセンター等で遊んだ後、俺達は一旦、高天智中央公園に戻る事にしたのである。

 時刻は5時半頃。

 まだ空は明るかったが、今日はこれで解散することにし、また9月になったら中津の森キャンプ場で再会する約束をして、俺は家路に着いたのであった。

 久しぶりに外へ出た俺は、霊に遭遇しまくったので、少し疲れていた。

 その為、早く帰ろうと思い、寄り道せずに自分のアパートへと向かう。

 しかし、その帰り道。とある住宅街の交差点付近で、今までの霊と様子の違う、女の幽霊に出会ったのである。

 その霊は若い女性で、住宅の壁に向かい、シクシクと悲しく泣いていた。

 俺はその悲しい様子が少し気になったので、その霊に近づき、迂闊にも声をかけてしまったのだ。

 そして、直ぐにこの行動を後悔するハメになったのである。

「どうしたのですか?」

 俺が声をかけると、霊はピタッと泣き止み、体を小刻みに震わせながら奇妙な声を発した。

「………ヴヴヴ…ヴ」

 そして、次の瞬間! 

【ヴァァァァ!】

 女性の霊は口が裂けた様な恐ろしい形相で振り向き、突然、襲い掛かってきたのである。

 俺は余りに突然の出来事だったので、後ろに尻餅をつく形で倒れこむ。

 そして、身動きが取れない俺の上から覆い被さる様に、恐ろしい形相の女が飛び掛ってきたのだ。

 悲鳴を上げることも忘れた俺は、金縛りに遭ったかのように何も出来ず、ただそれを見ているだけだった。

 もう駄目だ! 

 そう思った次の瞬間。

 ――ドン!――

 横から鬼一爺さんが現れ、女の霊を突き飛ばしたのである。

『大丈夫か? 涼一!』

 俺は今の出来事が余りに強烈だった為、焦点の定まらない目で、呆然と前方を眺めながら動揺をしていた。

 時間が経つにつれて、今の出来事を頭の中で整理できるようになってくる。

 そして、あの女の形相が脳裏に過ぎると共に、ブルブルと身を震わせたのであった。

 俺は周囲を見まわして、先程の女の霊がいないのを確認した。

 どうやら、もう此処にはいないようだ。

 俺はそこで、ゆっくりと立ち上がる。

 そして、まずは鬼一爺さんに礼を言ったのである。

「き、鬼一爺さん。あ、ありがとう。助かったよ」

『……涼一、無闇に霊に声を掛けてはならぬと、このあいだ言ったではないか。今のお主には、まだ悪霊に対する手段が無いのだぞ』

「ゴメン……。なんか知らないけど、あんな風に悲しく泣かれるとさ……完全に俺のミスだ」

 鬼一爺さんは腕を組むと、しょうがないとばかりに言った。

『涼一、これだけは言っておく。悪霊というのは、人々の怒りや悲しみ、恐れや憎悪、そういった強い負の感情から生まれるのじゃ。これらの強い負の感情を持つ霊は、全て悪霊だと思え。そして、悪霊には意思が無い。つまり、悪霊を諭す事など不可能なのじゃよ。強い負の感情が、悪霊として存在する事を許しているのじゃからの。まあ、これも良い経験になったじゃろ。以後、気をつけるのじゃぞ』

「わ、分かった。肝に銘じておくよ」

 俺は今の言葉を深く脳内に刻んだのであった。


 アパートに帰った俺は、先程の嫌な体験を洗い流す意味もこめて、まずシャワーを浴びる事にした。

 そしてシャワーから上がった俺は、床に直接敷いた布団の上にゴロンと寝転がったのだ。因みに、これが俺の寝床である。

 まぁそれはさておき、俺はそこで、物を保管する符術の話を思い出したので、鬼一爺さんにそれを訊いてみる事にした。

「鬼一爺さん。昼に言っていた、空間に保管する符術って、一体どんな構成の術なんだ?」

 窓から外を眺めていた鬼一爺さんは、俺に振り返ると言った。

『ん、送還の符術の事か? フム……符の四方に反発する霊力を配置するだけの術じゃ。行使するとき、その反発する霊力を符の中心でぶつけて、符上の空間を歪めるんじゃよ。まあ簡単に言うとこんな感じじゃ。勿論、符に籠めた霊力の大きさによって、保管できる量も変わるがの』

「それって、すごいよね。鬼一爺さんの頃の陰陽師とかって、皆、その術使ってたのか?」

 鬼一爺さんはかぶりを振る。

『いんや、使っておらぬ。我等の使う術は、限られた者達にしか伝えておらぬからの』

「エ、そうなの?」

『そうじゃ。我等の術は秘匿とされる部類の術じゃ。陰陽師でも限られた一握りの者にしか伝えておらぬ。力という者は持つ者次第で天地の開きが出るからの。そんな簡単に、誰にでも伝えて良いものじゃないのだ』

 まぁ確かに鬼一爺さんの言うとおりである。

「へぇ〜、まあ言ってる事は分かるよ。それじゃ、何で俺に教えようと思ったの? やっぱり同情か?」

『そうではない。いや……確かにそれも多少はあるが、本質はそこではない。一番の理由は、お主が幽現なる者だからじゃよ。幽現なる者は二つの世の悲しみを知り、また二つの世の喜びを知る。そして、嘗て我の師がこう言っておった。……幽現成る者は即ち陰陽成る者、そして世のことわりの中心にいる者だと。我がお主に術を教えるのはなさけではなく、陰陽の教えを受けた者として、我に与えられた使命だと思っておるからじゃ』

「よせよ、爺さん。そんな風に言われると照れるじゃねぇか」

 俺は背中の辺りが、むず痒くなり、ソワソワとする。

『フォフォフォ。まぁそういう事じゃ、さて……』

 鬼一爺さんはそこで、時計に目を向けた。

 そして、ニコニコと口を開いたのである。

『それはそうと、涼一よ、そろそろ水戸黄門の時間じゃろう?』

「あ、もうそんな時間か。しっかし、鬼一爺さんも好きだな。まさか、こんなにはまるとは思わなかったよ……」

 俺はテレビの電源を入れる。

 すると、あのお約束のテーマ曲が流れているところであった。

 そして鬼一爺さんはというと、アリーナ席で食い入るように水戸黄門を見始めたのである。

 実はこの爺さん、水戸黄門を見て、かなり気に入ったらしいのだ。

 おまけに、昼の4時頃から再放送している必殺!仕事人にも反応していたのである。

 どうやらこの爺さんは、捕り物帳の時代劇が大好きなようだ。

 というわけで、今から鬼一爺さんの娯楽タイムの始まりなのである。

 部屋にテレビは置いてあるが、俺自身は殆ど見る事が無いので、このテレビも存在価値が出てきたようだ。



   【 弐 】



 8月28日……この日は朝から雨だった。

 雨が降る日というのは、俺はいつも憂鬱ゆううつになる。

 特に嫌な思い出があるわけではないが、何となく嫌な気分になってしまうのだ。

 多分、潜在的な部分で湿っぽいのが苦手なのかもしれない。

 というわけで俺は今、机の正面にある窓から、外の雨模様を眺めているところであった。

 雨はやむ気配は無い。っていうか、さっきから余計に酷くなっている。ザーザー降りというやつだ。

 天気予報では、今日一日、雨マークだったので、ずっとこんな感じなのだろう。

 しかし、俺が見ているのは雨ばかりではない。

 窓の外には雨の他に、ゆらゆらと宙を漂う霊魂達の姿も、否応無く視界に入ってくるのである。

 だが俺は、そんな霊魂達を見ている内に、ある事に気が付いたのだ。

 それは何かというと、晴れた日と比べると、霊魂がやたらと多いという事であった。これは首を傾げる現象であった。

(なんなんだろうな、これ……わけが分からん。霊魂にとっては、雨が心地いいのか? いや……もしかすると、雨乞いをしてるのかも……)

 などと馬鹿な事を考えていると、そこで鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

『涼一よ、ボケッとするでない。さ、始めるぞい』

「おう、いいよ」

 今日はこれから符術の勉強となっている。

 つーわけで鬼一爺さんは、符術に必要な道具の説明を始めるのであった。

『涼一、霊符術はの、紙と筆とすずりすみ、そして、霊力と術式とお主の血が少々必要じゃ。まずは今言った物を用意するのじゃ』

 俺は手を上げると言った。

「え〜と、質問が……」

『何じゃ?言うてみい』

「最後の方に言った、俺の血が必要というのは、どういう事なのでしょうか?」

『墨にお主の血を混ぜて使うのじゃ。符に込めるのはお主の霊力じゃからな。血を少々混ぜることで、墨とお主の霊力の親和性を高めるのじゃよ』

 初耳だが、何となく理解は出来た。

「へぇ〜、それじゃあさ、鬼一爺さんも現役の頃は、やっぱ血を混ぜてたのか?」

『あたりまえじゃ。それと言うておくが、避ける方法はないぞ。それに血といっても、ちょこっとじゃ。指先を針で刺して出す程度のもんじゃから、どうって事ないじゃろ。死にはせん』

 どうやら、やらないといけないようだ。

「ハァ、余り痛いのは嫌やけど、しゃあないか。それと、紙とかは何でもいいの? 今の世には墨汁というのもあるけど?」

『紙は今の世の物でもよいじゃろ。ただ、出来れば丈夫な物がいい。それと、今言った『ぼくじゅう』というのはなんじゃ?』

「ああ、墨汁ってのは――」

 俺は鬼一爺さんに、墨汁の説明と、その他のインクや絵具の事等もついでに説明した。

 墨汁以外の説明をしたのは、鬼一爺さんにも、今の文明的な製品の事を多少は説明しておかないと代用が利かないと思ったからだ。

 すると鬼一爺さんは、俺の話を聞くなり、唸りながら関心したのである。

 やはり、時代がかなり違うので、その辺は仕方ないだろう。最高にカルチャーショックってやつに違いない。

 鬼一爺さんは言う。

『なるほどの。あの『てれび』というやつといい、今の世は便利な物が沢山あるのじゃな』

「まぁな。で、墨汁で代用きくかな?」

『どうじゃろうの。まぁ話を聞く限りじゃと、問題ない気もするがの。何事もやってみねば分からぬ。じゃから、やってみればよい』

「そっか、まあどっちにしてもここには無いな」

 俺はそこで窓の外を眺める。

 そしてボソッと呟いたのであった。

「……仕方ない。雨が降るので気が進まんけど、買に行くか」――


 それから30分後、俺は買い出しから帰ってきた。

 この雨の中、近くのホームセンターに行き、墨汁と筆、紙を買ってきたのである。

 ただ、すずりは置いてなかった為、他の容器で代用する事にしたのだ。


 話は変わるが、今日、霊符の実習をする事になったのは理由がある。

 俺が符術の考え方と霊力の扱いを修練し始めてから、一応、今日で2週間が経過したわけだが、鬼一爺さんは俺の霊的な成長に驚いていた。普通、霊的な成長というのは、それなりに時間がかかるモノらしいのだ。

 というわけで、今の俺でも初歩の術くらいは何とかなるかもしれないという事になり、こういう展開になったのである。

 つーわけで話を戻そう。


 買出しから戻った俺は早速机に向かい、それらを並べた。

 それから鬼一爺さんの指示の元、霊符の作成に取り掛かったのである。

『涼一、今から作る霊符の術式は憶えておるな?』

 俺は昨晩の話を思い出しながら言った。

「ああ、一応ね。霊籠りょうろうの符とか言うやつだろ。確か……霊力を符に籠めてストックしておく術だよな。で、術式は『籠める・溜める・放つ」の三つの術構成を順に書くんだったっけか」

 鬼一爺さんは頷く。

『そうじゃ、そこまで分かっているなら、実際にやってみようぞ。さて、まずはお主の血からじゃな』

「はぁ〜、余り気が進まんが。観念するか」

 鬼一爺さんの指示に従い、俺は裁縫針で左手の人差し指を刺す。

 当然、俺は痛さで顔を歪めた。が、そこは我慢し、墨汁を入れた容器に数滴の血を垂らした。

 そして俺は筆を使い、墨汁と血を混ぜ合わせたのである。

 それが終わったところで、鬼一爺さんは次にすべき事を指示してきた。

『さて、では紙を机に置くのじゃ。そして呼吸と姿勢を整え、心を落ち着かせてから、焦らずゆっくりと術式を書くがよい。さ、はじめよ』

 俺は背筋を伸ばし、大きくゆっくりと深呼吸をする。

 そして、幾分か頭の中が穏やかになった状態で、目の前の紙に向かい筆を走らせたのである。

 ゆっくりと筆を走らせた為、符が出来上がるのに10分程掛かった。

 時間をかけたのはそう急ぐ必要も無いだろうと思ったからだ。

 そして書き終えたところで筆を置き、鬼一爺さんに確認してもらったのである。

『ほう、よく書けておるな。ま、初歩の符術じゃからそれ程難しくも無いからの。それでは、涼一、その符に霊力を籠めてみよ。但し、籠の術式の所からじゃぞ。そこが入口じゃからの』

「おう」

 俺は今書いた符の上部にある、籠の術式に人差し指と中指を当て、呼吸法と意念で霊力を練り上げる。

 それから指先に向かって放出する様に霊力の流れを変えた。

 と、その直後。

 俺は目を見開いたのである。

 何故なら、符に書いた模様の上を、まるで電気が駆け抜けていくかのように、青白い光が走って行くからだ。

 俺はそこで鬼一爺さんに視線を向けた。

『ふむ、うまくいったようじゃな。それじゃ、涼一。後、200枚は今日中に書いてもらおうかの』

「はぁ! これを200枚も書くの? マジかよ」

 俺は耳を疑った。

 すると鬼一爺さんは、怒ったように、こう言い放ったのである。

『馬鹿も〜ん。当たり前じゃろうが。これも修行じゃ。今みたいにチンタラチンタラ書いておったら、イザと言う時、困るじゃろうが!』

「うう、分かったよ」

『分かったら、サッサと始めいッ』

「とほほ……」

 そして修行地獄が始まったのである。


 その後、俺は渋々ではあったが、鬼一爺さんに言われたとおり、200枚の霊符を書いた。書き終わったのは午後7時過ぎであった。

 だが書き終えた後、余りに何枚も書いたもんだから、手首が吊るくらいに痛くなったのだ。

 そしてこの時、俺の中で1つの仮説が出来たのである。

 それは何かというと、符術を使う陰陽師達は職業病として、慢性の腱鞘炎に悩んだに違いないという事であった。そう思いたくなるくらいに、手首が痛くなったのである。

 だがしかし……。

 実は『この日からが本当の術の修行の始まりだという事に』その時の俺は、まだ気が付いてなかったのだ。

 特に、次の日は本当に参った。

 前日に書いた霊籠の符に、霊力を籠めなければなら無かったからだ。これは本当にしんどかった。

 なぜなら、干からびているんじゃないのかと思うほど、霊力を符に籠めなければならなかったからだ。

 その為、霊力を籠め終わった後は、鏡で自分の顔を確認するくらいであった。

 しかし、これらの荒行のお陰か、更に一週間経った頃には、俺の霊力を操る技能は飛躍的に向上していたのである。

 もう暫くすると、呼吸法を使わずに、意念のみで霊力を操れるかも知れないと思うぐらいに。

 俺は嬉しくなって、この話を鬼一爺さんにした。が、それが失敗であった。

 次からは更に量を増やすような事を言い出したのだ。

 正直、しまったと思った。

 そして俺は、そんな鬼一爺さんを見てこう呟いたのであった。

「あんた、名前にもあるけど、ほんまに鬼やん……」と――



   【 参 】



 それから霊符術の修行を始めてから、1週間が経過した。

 今日はいよいよ、あの符術を行使する日だ。

 そう……空間保管の術である送還の符術を、ついに実践する日が来たのである。

 とりあえず、これが成功すれば、部屋のクローゼットの奥に忍ばせた『生気を吸い取る超極悪な魔剣・布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ』の悩みが解消される。

 その為、不安と期待が入り混じったモノではあったが、俺はこの日を心待ちにしていたのである。

 今、机の上には、大きな白い紙が広げられている。

 霊籠の符に使う紙よりもかなり大きい物で、A2サイズといったところである。

 これは勿論、鬼一爺さんの指示によるものだ。

 というわけで、その大きな紙を広げたところで、俺は鬼一爺さんの指示を待つのだった。

『それでは涼一。その紙に、昨晩、説明した通りに術式を書くのだ』

 俺はそこで、術の構成を思い浮かべる。

 そして、大きく深呼吸をして邪念を振り払い、俺は筆を手に取ったのである。

 送還の符の術式……。

 それは霊籠の符の術式を応用したものであった。

 符の四方に霊籠の術を配置し、符の中心に送還の結界を書く。その結界に向かって、四方から放たれる霊力を誘導し、送還の結界内の空間を歪ませる。

 大雑把にいうと、そういうプロセスの術だ。

 とはいえ、厳密にいうと、霊籠の術式以外にも結構併用する術式があるのだが……長くなるので割愛させてもらう。

 まぁそれはさておき、俺はそれらの術式を、丁寧に、そして慎重に、符へ書き込んでいく。

 そして書き終えたところで、鬼一爺さんに確認してもらったのだ。

『フム、よく書けておるわ。では、符を床に置いて霊籠の術式に霊力を籠めるのだ』

 俺は言われたとおりに霊力を籠めた。

 鬼一爺さんの声が聞えてくる。

『よし、いいじゃろ。では、四方の力を解放せよ』

 俺は四方の霊籠の術を解放する。

 と、次の瞬間。

 中心の結界に異変が起きたのだ。

 なんと、深紫色の空間が送還の結界の中に現れたのである。

 俺はそこで、恐る恐る鬼一爺さんの顔を見た。

 鬼一爺さんは言う。

『涼一よ。布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを此処へ持ってくるのじゃ』

「おお、わ、わかった」

 俺はクローゼットの中から布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを取り出すと、符の前に置いた。

『涼一、その縛ってある紐と布を解け』

「お、おう」

 指示に従い、グルグル巻きにしておいた布と紐を外す。

 中から、以前と変わらず妖しく光る、あの刀が姿を現した。

『ふむ、それでは、刀をその空間に入れてみよ』

 俺は布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを手に取り、深紫色の結界の中に入れる。

 すると、まるで水の中にでも入るかのように、ズブズブと入っていったのだ。

 刀が全部入ったところで、鬼一爺さんは次の指示をしてきた。

『よし、では結界を一旦閉じよ。それで終わりじゃ』

 結界を閉じるというのは、符を畳めという事だ。

 俺は言われたとおりに符を畳む。

 と、そこで鬼一爺さんは笑みを浮かべ、俺に告げたのである。

『涼一よ。この術はの、物を取り出すときは符の結界を切れば良いのじゃ。かなり便利な術じゃから、良く憶えておくのじゃぞ』

「そうだよな。これすげえよ。でも、人に知られてはいけない術の様な気がするな」

 これは本当にそう思った。

 下手に知られようものなら、犯罪に巻き込まれるのがオチな術である。

『まぁの、世の中には何でも悪い事に使いよる馬鹿がいるからの』

「でも、これで1つ悩みが減ったよ」

『そういえば、明日じゃなかったのか。キャンプとか言うのにいくのは』

 鬼一爺さんの言葉を聞いて、俺はある事を思い出した。

「いっけねぇ! そういえば、ヤマッチから買い出しを頼まれたのがあるんだった。送還の術のことで一杯だったから忘れてたよ」


 というわけで俺は、この後大慌てで、ホームセンターに向かい小物類の調達に向かったのだ。

 とりあえず、明日はキャンプだ。ここ暫くずっと術の修行詰めだったので、久しぶりにのんびり羽を伸ばそうと考え、俺は若干ウキウキしながら、明日に胸を躍らせていたのであった。 

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