表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
39/64

参拾九ノ巻 ~修験霊導の儀 一

 《 参拾九ノ巻 》 修験霊導の儀 



 ――涼一が天目堂で女難にあっていた、丁度その頃……。


 道間兄妹の住むマンションと同じ五階にある住戸のリビングに、土門長老と宗貴、そして詩織がいた。

 同じ五階とはいっても、道間兄妹の住戸とはやや離れた場所で、間取りは同じく、3LDKとなっている。

 だが、日当たりがあまり良くない所為か、道間兄弟の住戸と比べると、暗い印象の受けるところであった。

 しかし、それだけが原因ではなく、昨日、入居したばかりという事も大いに関係しているのである。

 何故ならば、3人のいるリビング以外の室内には何も家財道具が無く、ほぼ空っぽの状態だからである。

 そして唯一、家財道具があるリビングといっても、中央にコタツと壁際に液晶テレビが一台設置されているだけであり、非常に殺風景な感じとなっているのだった。

 またそれ以外を言えば、リビングの片隅には各自が持ってきたであろう、鞄等の荷物がまとめて置かれているだけなのである。

 そういった事情もあって、この住戸全体に暗く寂しい雰囲気が、若干ではあるが漂っているのであった。

 そんな様相をしたリビングにて、今、3人はコタツに入り、その上に置かれたお茶を飲みながら一息いれている最中であった。

 だが、3人の着る衣服の違いもあってか、休憩というよりは商談をしているかのように第3者の目には映るだろう。

 何故ならば、土門長老と宗貴はスーツ姿で、一方の詩織は白いセーターにデニムジーンズと言った対照的な服装だからである。

 そして詩織もそれが気になったのか、2人の服装に目を留めると言うのであった。

「お爺さんにお兄さん。もう道間一将様との挨拶は済んだのですから、着替えてゆっくりしたらどうですか?」

 その言葉を聞いた2人は、自分の着るスーツを見回す。

 すると宗貴が口を開いた。

「そうだな。いつまでもこんな格好してたら堅苦しくてしょうがない。着替えてくるか」

 宗貴はそう言って立ち上がる。

 そして、片隅に置かれたボストンバッグの一つを手に取り、別室へと移動するのであった。

 だが土門長老は『まだええわい』といった感じで、別段、気にする訳でもなく、悠々とコタツの上に置かれたお茶をズズッと啜るのである。

 詩織は、そんな土門長老を微笑ましく眺める。

 だがその時、詩織の脳裏にある事が過ぎったのだった。

 その為、問い掛けるのである。

「そういえば、お爺さん。明後日から合同訓練を始めるそうですけど~、予定とかはもう決まっているのですか?」

「おお、そう言えば、まだ言ってなかったの。ンンと、其処の鞄に日程表が入っておるから、鞄ごと持って来てくれぬか」

 土門長老はそう言うと、詩織の後方に纏めてある鞄の一つを指差した。

「この鞄ですか?」

 詩織は土門長老の指先を辿り、自分の一番近くにある黒い革製の鞄を指差す。

「おお、それじゃ。コッチに持って来てくれ」

 詩織は、その革製の鞄を手に取り、土門長老に手渡す。

 鞄を受け取った土門長老は、その中にゴソゴソと手をいれ、一枚のA4用紙を取り出したのである。

 土門長老は、その紙をコタツの上に置き、詩織に差し出した。

「これが日程表じゃ。一応、訓練内容も大まかにではあるが書いてある。それを参考にしてくれるかの」

 詩織は眼鏡のフレームを押し上げ、日程表に視線を向ける。

 そして訓練日程を順に目で追ってゆくのであった。

 すると、一通り確認したところで、詩織は土門長老に言った。

「お爺さん。この日程表を見ると、昼は『座学と実技』で、夜は『合同修祓』といった感じに分かれてますけど~。夜は分かりますが、昼はどういった学習内容なんですか?」

「ああ、それか。まぁ大まかな内容は、鎮守の森における近年の修祓傾向と、その対策や改善事項の話。そして現代霊能の講義と実習といったところじゃわい」

「ふぅん……」

 と、日程表を見ながら詩織はゆるい返事をする。

 だが今度は訓練初日の内容に首を傾げる。

 そして問い掛けるのであった。

「あれ~? お爺さん、此処に小さく【修験霊導しゅげんれいどうの儀】って書いてあるけど……。儀式の立会人として、浄将じょうしょう以上の方が、何方どなたかお見えになるのですか?」

「ああ、それか。まぁ本来ならそうするのじゃが、今回は儂と道間殿だけで行う。儀式の結果は儂等で処理するつもりじゃ」

 土門長老の言葉を聞くなり、詩織は驚きつつも言った。

「エェッ? でも~、規定を破る事になるんじゃないの」

「まぁの。じゃが、こういった機会じゃ。折角じゃし、今年度のお前達の儀もまとめてやろうと思っての。それに、詩織達もその方が気楽じゃろ。本来ならば、『東京で毎年定期的に行われる儀によって、なるべく、階位称号を受けよ』と鎮守の森は促しておるからの。ヒョヒョヒョ」

 土門長老はそう言うと豪快に笑った。

「確かにそうですけど~……」

 そう答えつつも、詩織はやや心の中で引っ掛かった感があった。

 だが、考えたところでよく分からない。

 すると次第にどうでも良くなり、いつもの表情に戻って言うのだった。

「でもそこは~、お爺さんにお任せしますわ。ウフフ」


 その時であった。


「ただいまぁ」という声が玄関の方から聞こえてきたのである。

 土門長老と詩織は声のする玄関の方角へと視線を向けた。

 するとそこからは、朱色のダッフルコートにジーンズといった出で立ちの明日香が姿を現したのであった。

 詩織と土門長老は、そんな明日香の姿を視界に入れると言った。

「あら、お帰り~明日香。早かったのねぇ」

「お、帰ったか。それでどうじゃった? この間手配したお主の術具は、此処の天目堂に届いておったかの」

 だが明日香は気に入らない事があったのか、ムスッとした表情でコタツに入る。

 そして口を開くのであった。

「もう最悪ッ!」

 そんな明日香が気になり、詩織は尋ねる。

「どうしたの、そんなに怒って。何かあったの?」

「何があったんじゃ?」

 続いて土門長老も怪訝な表情になり尋ねる。

 すると明日香は口を尖らせて2人に言った。

「さっき、天目堂に行ったら酷い目にあったのよ」

「……酷い目?」と詩織。

「実はさぁ、天目堂のカウンターに若い男が一人、先客で居たんだけど。そいつが私にぶつかってきたお陰で、私がそいつと一緒に転倒しちゃったのよ。で、それだけならイザ知らず、そいつドサクサに紛れて私の胸をモロに触ったのよ! もう最悪よッ、あのエロ男!」

 明日香はそう言うと肩と拳を震わせる。

 だが、冷静に話を聞いていた詩織は、のほほんとしたゆるい口調で言うのである。

「でも~、その男の人は意図的に触った訳じゃないんじゃないの。多分だけど~、その人も転倒した不可抗力で、触れてしまったんじゃないかしら」

 詩織の意見を聞いた明日香は、尚も言う。

「それでもよッ。もう思い出しただけでも腹が立つわ。帰り際、あいつにパンチを一発お見舞いしてきたけど、まだ足らないわ……」

 そんな憤る明日香の様子を見た土門長老は、豪快に笑いながら言うのだった。 

「ヒョヒョヒョヒョ。しかし、明日香とぶつかったその男の人も災難じゃったな。まぁ、ぶつかった相手が悪かったっちゅう事じゃの。ヒョヒョヒョ」

「ちょっとお爺ちゃん。笑い事じゃないよ。ったくもう……」

 明日香は腕を組みながら抗議する。

 と、そこで詩織は、明日香を宥めながらも尋ねるのだった。

「まぁまぁ。ところで明日香、荷物の方は届いてたの?」 

「それがさぁ。いきなり、そいつとの接触だったもんだから、頭に来て帰ってきちゃった。だからまだ確認してないのよ。お昼を食べたら、もう一度行って来るわ」

 と言った明日香は、後ろに勢い良くゴロンと寝転がる。

 そんな明日香を見た土門長老は、気楽な口調で言うのであった。

「まぁ、それでええわい。今日明日中に用意が出来ればエエんじゃからの」

 するとそこで、ゆったりとした私服に着替えた宗貴がコタツに入ってきたのである。

 そして明日香に言うのだった。

「昼からなら、俺が天目堂まで送っていってやるよ。もう用事も済んだしな」

 明日香は宗貴の言葉を聞くと、ムクッと起き上がり、笑顔になって言うのであった。

「ホントォ? 助かるわ。じゃお願いね、お兄ちゃん」と。



 ―― そして2日後 合同訓練初日 ――



 今日は土曜日。そして合同修祓訓練の初日でもある。

 朝食を終えた俺は、モッズコートにジーンズといった格好に着替えると、合同訓練に向かう為、沙耶香ちゃんのマンションへと歩を進めるのであった。

 だが向かっているのは俺一人ではない。瑞希ちゃんも一緒に、である。

 丁度、訓練初日が土曜日という事もあって、学校が休みである瑞希ちゃんも安心して参加できるという訳である。

 今日の瑞希ちゃんは紺色のコートとジーンズ、そして白いニット帽といったシックな格好をしており、肩には若干ゆとりのあるショルダーバッグをかけていた。

 瑞希ちゃん曰く、そのショルダーバッグの中には、ジャージのような動きやすい服も入っているようだ。

 訓練と聞いて、念のために用意してきたそうである。段取りの良い子だ。

 まぁそういう俺も修祓霊装衣を持っては来ているのだが……。

 因みにだが、送還の符術を使って霊刀と共に修祓霊装衣は保管してあるので、俺は鞄等の手荷物を持ってきていない。その為、非常に身軽な格好をしているのである。

 そして実を言うと、使わなくなった日用品なんかも少し、この術を使って保管していたりするのである。

 ドラえもんの四次元ポケットほどではないが、非常に 便利で重宝する術なのだ。

 今後も要らなくなった物を片付けるのに、大活躍する予定なのである。

 とまぁ、そんな事を考えながら、俺は空に視線を向ける。

 天気予報では曇りになっていたが、もやのかかった様な空模様なので、パッと見は雨でも降って来そうな感じだ。

 だが、降りそうで降らないのが、曇りというものだ。多分、降る事はないだろう。

 そう結論すると、俺は視線を元に戻して歩を進める。

 と、その時だった。

 前もって、瑞希ちゃんに言っておかなければならない事を俺は思い出したのである。

 その為、瑞希ちゃんにそれを告げるのだった。

「そう言えば、瑞希ちゃん。一つ言い忘れてた事があるんだ」

「……言い忘れてた事? なんですか?」

 瑞希ちゃんは俺に振り向くと、首を傾げながら聞いてきた。

 俺は続ける。

「実はさ、合同訓練をしている間は、鬼一爺さんの事は口に出さないで欲しいんだよ」

「えっ、それってどういう事ですか?」

「まぁ簡単に言うと、土門長老のお孫さん達は、まだ鬼一爺さんの存在を知らないから、あまり驚かしたくないんだ。それに、鬼一爺さん自身も面倒なのは嫌だって事で、今日は何処かに雲隠れしていないんだよ。そんな訳で、爺さんの事は口に出さないで欲しいんだ。いいかい?」

 本来の理由ではないが、この訓練期間中は鬼一爺さんの事を隠しておかないといけないので、嘘八百を俺は並べるのである。

 因みに、鬼一爺さんは霊圧をかなり下げた状態で、俺の隣にしっかりと居るのだ。何処にも行ってはいない。

 という訳で、俺の説明を聞いた瑞希ちゃんは、ニコリと微笑むと言った。

「分かりました。それじゃ、訓練期間中はお爺さんの事は言わないように、気をつけますね」

「ハハハ、ごめんね。変なお願いして」

「いいですよ。お爺さんも色々と考えることあるでしょうし。エヘへ」

 瑞希ちゃんはそう言うと、屈託のない笑みを浮かべるのである。

 とりあえず、言い忘れてた事を告げた俺は、ホッと一息吐く。

 そして前方に視線を向けるのだった。

 だがそこで、瑞希ちゃんはやや硬い声色になり、俺に聞いてくるのである。

「日比野さんは、土門長老のお孫さんに会った事あるんですか?」と。

「いや、ないよ。それが、どうかした?」

 なんかさっきと様子が違うなぁ。などと思いながらも、俺はそう返事する。

 すると瑞希ちゃんは、やや気まずそうな感じで尋ねてくるのであった。

「あ、あの……去年の事なんですけど。土門長老が日比野さんにお孫さんを会わせたいって言ってたじゃないですか……それを思い出して……」

 瑞希ちゃんの言葉を聞き、『そういえばそんな事があったなぁ』と思い返す。

 そして言った。

「よく覚えてたね、瑞希ちゃん。あの時はさぁ、その場凌ぎでああ言ったんだけどね。お見合いってなんか面倒な感じがするから、実は、あまり乗り気じゃないんだよ。ハハハ」

 それを聞いた瑞希ちゃんは、さっきの気まずそうな雰囲気から一転。

 明るい雰囲気になって言うのである。

「えッ日比野さんは、あまり乗り気じゃないんですか?」

「まぁね。ただ、乗り気じゃないんだけど、いきなり断るのも悪い気がしたから、無難な受け答えをしただけだよ。それがどうかしたの?」

 俺の問い掛けに、瑞希ちゃんはニコリと微笑む。

 すると、声のトーンも幾分か上げて言うのだった。

「エヘへ、なんでもないですよ。ただ、思い出したから聞いただけデース」

 そんな明るい瑞希ちゃんを見た俺は不思議と和む。

 またそんな瑞希ちゃんのお陰か、空は曇っているけれども、気分的には晴れた日の様な気分に俺はなるのであった。


 それから5分後。

 俺と瑞希ちゃんは、沙耶香ちゃんの住むマンション入口の自動ドア前に辿り着いた。

 だが、このマンションはセキュリティーシステムがしっかりしているので、このまま突っ立っていても入口の自動ドアは開かない。

 訪問者は、訪問先に連絡してロックを解除してもらわないといけないのである。

 その為、俺は其処にあるセキュリティーシステム機器に、沙耶香ちゃんの住む住戸番号を打ち込むのであった。

 入力が終わると、機器のスピーカー部分から、沙耶香ちゃんの声が聞こえてきた。

「はい、道間ですけど。どちら様でしょうか?」

「おはようございます。日比野です」

「アッ、おはようございます、日比野さん。ただ今、ロックを解除しますので、少しお待ち下さい」

 と言った後に、自動ドアがウィーンという音と共に開くのである。

 俺と瑞希ちゃんは其処を潜るとエレベーターで五階に上がり、沙耶香ちゃんの住む住戸へと向かうのだった。

 そして住戸前に来た俺達は、壁にある呼び鈴ボタンを押す。

 押して暫くするとガチャリと扉が開く。

 すると其処からは、暖かそうな白いセーターとデニムのロングスカート姿の沙耶香ちゃんが現われるのである。

 勿論、トレードマークのツインテールは今日も健在だ。

 そんな沙耶香ちゃんは、俺達を見ると改めて挨拶をするのだった。

「日比野さんに高島さん、おはようございます。外は寒いので、どうぞ、中へお上がり下さい」

「それじゃ、お邪魔します」

「お邪魔しまーす」

 そして奥にあるリビングへと案内されるのだった。


 リビング中央のコタツには、沙耶香ちゃんのお父さんである一将さんと、他に一樹さんの姿があった。

 2人は対照的な格好をしており、一将さんは茶色いスーツ姿で、一樹さんはスリムタイプの黒いカーゴパンツに黒ジャケットというラフな感じの服装だ。

 また、二人のいるコタツの上にはコーヒーの入ったカップが3つ置かれており、それと共にコーヒー豆の芳醇な香りがリビング内一杯に漂っているのだった。

 俺と瑞希ちゃんは2人に近寄ると、頭を下げて互いに朝の挨拶をする。

 そして挨拶を終えると、一将さんが、コタツの空いたところへ座るよう、俺達に手振りを交えて促すのであった。

 それに従い、俺達2人は空いたところに並んで座る。

 俺達が座ったところで沙耶香ちゃんは、飲み物の確認をするとキッチンの方へと移動した。

 そこで一将さんは、俺達に向かい口を開くのだった。

「やぁ日比野君に高島さん、久しぶりだね。元気にしてたかい? 2人の様子は沙耶香と一樹からの報告で、大体の事は聞いてはいるのだが……。どうかね、この業界の感想は?」

「この業界の感想ですか……。そうですね……まぁ知らない事があまりに多いので、今は覚えるのに苦労してるところですかね」

 と俺が言った後に、瑞希ちゃんも感想を述べる。

「私も日比野さんと同じで、知らない事だらけです。でも、覚えるように努力してます」

 俺達2人の感想を聞いた一将さんは、若干、微笑みながら言う。

「ハハハ、そうだろうね。鎮守の森には色々と複雑な規定や約束事も多い。まぁ今は焦らずに一つ一つ覚えて行きたまえ。それが一番の近道だよ」

「確かに、そうかも知れませんね」

 そんな他愛ない話をした後、俺は今後の予定を確認する為に一将さんに尋ねるのだった。

「ところで話は変わるのですが、今日からの訓練内容とかはもう決まってるのですか?」

 すると一将さんではなく、俺の右斜め前にいる一樹さんが答えた。

「ああ、そう言えば、まだ日程表を渡してなかったね。ちょっと待っててくれるかい」

 と言って一樹さんは立ち上がる。

 そしてリビング壁際の棚から2枚の紙を取りだし、俺と瑞希ちゃんに手渡すのであった。

「これが、一応、訓練の日程表かな。其処に書かれている内容は、かなり大雑把だからアレだけどね」

「ありがとうございます、一樹さん」

「ありがとうございます、道間先生」

 お礼を言った俺達は、早速、それに目を向ける。

 だが……見たものの、訳の分からん意味不明な単語が、結構書かれているのである。

 その為、俺は眉間に皺を寄せる。

 隣に目を向けると、瑞希ちゃんも難しそうな表情をしていた。まぁ当然だろう。

 と、その時。

 トレイに2つのコーヒーカップが載せた沙耶香ちゃんが、丁度、俺達のところにやってきたのである。

 それらを俺と瑞希ちゃんの前に差し出すと、沙耶香ちゃんは俺の隣に来て言うのだった。

「日比野さん。難しい表情をしてますけど、なにか気がかりな所でもありましたか?」

「ああ、沙耶香ちゃん。知らない単語が、結構書かれているから、少々面食らったんだよ。例えば、この初日に予定されている修験霊導の儀とかね……。初めて聞く言葉だよ」

 そう書かれている箇所を俺が指差すと、沙耶香ちゃんは言う。

「それですか。確かに、日比野さんはまだ知らないかも知れませんね。簡単に言うと、これは修祓者の階位を決める儀式の事です」

 修祓者の階位という言葉に俺は反応する。

 何故ならば、2日前、天目堂で源さんに教えてもらったばかりだからだ。

 またそれと共に、称号の名前も思い出すのである。

 そして俺は沙耶香ちゃんに言った。

「その階位って、浄士とか浄佐とかいう称号の事だよね?」

 すると、沙耶香ちゃんは少し驚いた表情で言う。

「えっ、日比野さん知ってるんですか?」

「ハハハ、実は2日前に知ったんだ。天目堂へ、この間の荷物を受け取りに行ったとき、源さんに教えてもらったんだよ」

「そうだったのですか。すいません、本来なら私達が教えないといけないのに……」

 沙耶香ちゃんは、少し申し訳なさそうに答える。

「謝らなくていいよ、沙耶香ちゃん。まぁそれはさて置き、さっきの話に戻るけど。修験霊導の儀はそういった称号を得る為の儀式って事だね?」

「はい、そうなんです。で、今日は最初にその儀を行うんですよ。場所は、土門長老の知人である神主さんが管理をしている、無人の神社で行うそうです。勿論、人払いの結界を施してですが」

「へぇ~、神社でやるんだ」

 どうやら、此処で儀式はやらない様である。

 まぁ確かに、こんな所でそんな妖しげな儀式をするとなると、色々と支障がでるから仕方ないのかも知れない。

 と、そんな事を考えていた丁度その時。

 カンコーンといった重厚な鐘のチャイムが、リビングに鳴り響くのであった。

「土門長老達かしら?」

 沙耶香ちゃんはそう言って立ち上がると玄関へと向かった。


 沙耶香ちゃんが玄関へ行って暫くすると、土門長老と思わしき人物の声が小さいながらも聞こえてくる。

 そして二言三言、言葉のやり取りをした後に、その人物はこのリビングへと姿を現したのであった。

 勿論、その人物とは紛れもなく土門長老である。

 今日の土門長老は紺色のスーツ姿で、その上から黒色のロングコートを着るといった出で立ちをしていた。

 これは俺の主観だが、そのロングコートのデザインが映画のゴッドフ○ーザーとかに出てきそうなやつだったので、今日の土門長老は『シブい雰囲気が漂う、チョイ悪爺さん』といった感じに俺には見えたのである。

 そんな土門長老は先ず最初に、一番近い一将さんと一樹さんに頭を下げて挨拶をする。

 続いて俺と瑞希ちゃんに朝の挨拶をするのである。

「おお、おはよう日比野君に高島さん。久しぶりじゃの。元気そうで何よりじゃ」

「「おはようございます、土門長老」」

 俺と瑞希ちゃんはハモリながら、挨拶をした。

 息の揃った挨拶に、土門長老はニコッと笑顔になる。

 そして言うのだった。

「さて、日比野君。もう聞いておるかもしれんが、今日は参加者の実力を調べる意味も込めて、先ず最初に、修験霊導の儀という儀式を予定をしておる。まぁそういう事じゃから、宜しく頼むぞい」

「はい、先程、日程表で知りました。此方こそ宜しくお願いします。ところで、今日は、土門長老のお孫さん達も来ておられるんですか?」

 俺はそう言うと玄関の方に視線を向ける。

 すると土門長老は笑いながら言うのだった。

「ヒョヒョヒョ。儂の孫等は、一足先に神社へ行かせて、人払いの結界を施させておるんじゃ。じゃから、今は儂一人だけじゃよ」

 それを聞いた一樹さんは、やや驚きつつも土門長老に問い掛ける。

「えっ、結界を張るのを自分達は手伝わなくてもいいんですか?」

 土門長老は、右手を顔前で左右に振ると言う。

「ああ、それは結構じゃ。儂が勝手に決めた場所じゃからの。そして、神社本殿の掃除も昨日の内にしてしもうたから、直ぐに始められるよう段取りしてある。後はもう皆様方に来て頂くだけじゃ」

 すると今度は一将さんが、丁寧に頭を下げて礼を述べるのである。

「土門長老、すみませぬな。色々と気を使っていただき」

「いやいや、気にしないで貰いたい」

 と言った土門長老は腕時計に視線を向ける。

 それから俺達に言った。

「さて、それでは、後30分程しましたら向こうに行きますかな。恐らく、その頃には孫達も結界を張り終えておる筈じゃからの」

 そして俺達は、暫くの談笑の後に、目的地である神社へと移動を始めるのであった――



 ――俺達がマンションを出てから、車で30分程の所に、その目的の神社はあった。

 其処は高天智市内とはいえ、かなり市街地から離れており、周囲には田園や大きな河川といった自然の営みが確認出来るところである。

 だが、それらの中にぽつんと佇んでいるという訳ではなく、神社自体は小さな町の片隅にあり、其処のやや高めの丘に建立されているのであった。

 勿論、神社の周囲には、俺達の所属する組織と同名の鎮守の森で囲まれており、神聖な場所である事をやや離れた位置からでも分かる様になっていた。

 俺達を乗せた2台の車は、その神社の駐車場へと入って行く。

 因みに車は、一樹さんと一将さんがそれぞれを運転している。

 20台程入りそうな駐車場には、白いランドクルーザーが一台、既に止まっていた。

 お孫さん達は一足先に行っていると土門長老が言っていたので、恐らく、この車の持主はお孫さん達のだろう。

 そのランドクルーザーの横に一樹さんと一将さんは駐車する。

 そして俺達は、持ってきた荷物を車から降ろし、参道の方へと向かって歩を進めるのであった。

 参道の入り口には御霊神社ごりょうじんじゃと彫りこまれた石碑があり、この神社の性格を訪れる者に知らせていた。

 俺はその先の境内に視線を向ける。

 茶色く汚れた雪がまだ少し残っている所為か、やや雑然とした雰囲気はあるものの、参道部分だけは誰かが掃除をしたのか、綺麗になっていた。

 たったそれだけの事ではあるが、人の手が加わっている雰囲気が感じられる神社なのである。

 その為、田園風景の中によくぽつんと佇んでいる田舎の神社と違い、忘れ去られたかのような寂しい雰囲気というのはあまり感じないのである。

 そんな入口の佇まいを眺めつつ、俺達は参道へと入って行くのだった。


 話は変わるが、この神社を管理している神主さんも鎮守の森に所属している者の様である。

 土門長老の古くからの友人だそうで、今日は貸切という事だそうだ。

 また土門長老の話によると、この神主さんに限った話ではなく、鎮守の森にはこういった神職を持つ人も多いそうである。

 その話を聞いた俺は、その人達が一番この業界にマッチする職業に就いてるように思えるのであった。

 まぁこれは仕方ない。表と裏でやってる事がほぼ同じなのだから。

 という訳で話を戻す。


 参道を真っ直ぐに進んで行くと、石灯篭や鳥居といった神社の定番モニュメントが視界に入ってくる。

 モニュメントには所々にシミや苔等が付着しており、それらは、この神社が建てられてからかなりの年月が経過しているのを物語っているのだった。

 また、こういった汚れというのは不思議なもので、汚いという感じではなく、厳かな感じとして人々に訴えかけてくるのである。

 何故だろう……まぁ考えてもわからんので、俺は無視して先に進む。

 すると今度は、100段以上ありそうな長い石階段が俺達を待ち受けているのであった。

 俺はそれを見ると同時に『うわぁシンドそうな階段……』と心の中で呟いた。

 まぁ丘に建立されている事を分かった時に、ある程度予想はしていた事だが……。

 そんな事を考えつつ、俺はその階段を上り本殿へと向かって進んで行く。

 頂に近付いてくると、階段の終わりを示す、左右に配置された狛犬の石像が見えてくる様になる。

 狛犬を視界に入れた俺は『ようやく終わりが見えたか……』とホッとすると共に、更に足へ力を込めて階段を上るのであった。


 俺はやや息が荒くなりつつも、足早に石階段を上りきる。

 そして上り終えたそのすぐ先には、築2、300年は経過しているであろう、御霊神社本殿の姿が目に飛び込んできたのである。

 本殿は、思っていたよりも大きく、やや横長な感じの建物であった。

 正面に見える柱や扉、そして木製の階段には、長い間、雨や風、そして日の光に晒されてきたであろう色褪せた痕跡が、遠目からでもハッキリと見てとれる。

 またそれと共に、日本古来の神社建築様式の放つ本殿の神聖さと鎮守の森の静けさもあって、この場所一帯は非常に厳かで神々しい空間となっているのであった。

 俺はそんな本殿の放つ不思議な光景を暫しの間、立ち止まって眺める。

 暫くすると、階段を上り終えた瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんも俺の隣にやってくる。

 そして瑞希ちゃんが難しい表情をして言うのであった。

「なんか、かなり古そうな神社ですね。夜になると幽霊とか出そうです」

「ハハハ、確かにそんな感じもするね。ン? 他の人も着いたようだ」

 後ろを確認すると、一樹さんや土門長老も丁度、階段を上り終えたところだった。

 と、その時。

 正面にある本殿の扉が、左右に開いたのであった。

 扉が開くと共に、3人の男女が現われる。

 少し離れているので顔までは分からないが、体型や姿勢を見た限りでは若い男女である。

 すると若い男の人が此方へとやって来るのだった。

 その人は丁寧に頭を下げて俺達に挨拶をする。

「おはようございます、道摩家の皆様方。お待ちしてました」と。

 一将さんはニコリと微笑み、その男の人に口を開いた。

「おお、宗貴君。おはよう。朝早くから結界を張ってくれていたそうだね。どうもありがとう。私が皆を代表して礼を言わせて貰うよ」

 続いて土門長老が男の人に言う。

「宗貴、詩織と明日香もコッチに呼ぶんじゃ。先ずは皆に挨拶せんとの」

 土門長老の言葉を聞いた男の人は、後ろにいる2人の女性に、此方へ来るよう手招きをする。

 それを見た2人の女性は、此方へとやってくる。

 だがその時であった!

 俺は我が目を疑ったのである。

 何故ならば、2日前の天目堂で、俺に右ストレートを見舞った、あの女性の姿があったからである。

 向こうも目を見開いて俺の顔を凝視する。

 そして声高に言うのだった。

【あぁッ! この間、私の胸を触った、変態エロ男ォォォ!】

 この場にいる全員が俺に視線を向ける。

 なんか知らんが、凄くその視線が痛い……。

 俺は即座に弁解する。

「ちょ、ちょっと待ってよ。あれは……」

 だが、そう言いかけた時である。

 俺の両隣にいる瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんが、怒りの波動を高めながら、笑顔でゆっくりと振り向いたのであった。

 そして2人は、表情に似つかわしくない、低くおどろおどろしい声色で言うのである。

「「日比野さん……この方が言っておられるのは、どういう事ですか?」」と綺麗にハモリながら……。

 俺は言い様の無いプレッシャーを2人から感じると共に、やや怖くなってきた。

 おまけに身の危険を感じるし……。

 どう考えても、2人は笑顔であるが、確実に怒っている。

 これは不味い! 

 と思った俺は、必死になってその時の状況説明をするのであった。

「ちょっ、2人共。お、落ち着いて聴いてよ。こ、これには訳があるんだ」

【へぇ……どんな訳ですか!】

 と言った2人の霊波動は、更に迫力を増す。

 今の2人からは、返答如何によっては唯では済まさない、といった薄ら寒い雰囲気が感じられる。

 だが、ここは本当の事を言って誤解を解かないといけない。

 そう自分に言い聞かせると、良く聞きとれるように俺はゆっくりと2人に、いや、この場にいる全員に説明を始めるのであった――


 ――その詳細な状況説明をする事、約10分。

 ジェスチャーを交えながら必死になって説明した甲斐もあり、俺は瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんの怒りを鎮める事に成功をしたのであった。

「なんだ、そういう事だったんですか。良かったぁ。私、日比野さんが性犯罪者になったのかと思っちゃいましたよ」

 瑞希ちゃんは、いつもの表情に戻るとそう答える。

 続いて沙耶香ちゃんも言う。

「事故なら仕方ないですわ。でも、日比野さんも気をつけて下さいよ。考え事をしている時が一番、事故に遭いやすいんですから」

 2人の誤解が解けたので俺はホッと一息吐く。

 また、他の面々も納得してくれたようで、土門長老に至っては逆に「それは大変じゃったのう。孫の非礼を許して欲しい」と謝罪の言葉を掛けてくれたのであった。

 だが土門長老がそうは言っても、当事者であるその女性だけは口を尖らせていた。

 そして俺に言ったのである。

「私、まだアナタの事、許した訳じゃないからね」と。

 まぁこれはしょうがない。不可抗力とはいえ、痴漢にも等しい行為をしてしまったのだから。

 後でもう一度、誠心誠意を込めて謝っておこう。いや、しないといけない。

 俺はそう考えるのであった。

 と、そこで土門長老は皆に言った。

「さて、これで皆が揃ったようじゃな。この後の予定は、本殿内でお互いの自己紹介をした後に、儀式の準備に入る予定じゃ。そういう事じゃから、よろしくの」

 それを合図に俺達は、本殿の中へと入ってゆくのであった。



 ―― 修験霊導の儀 ――


 

 俺達は互いの自己紹介をした後、持ってきた荷物を取り出して、本殿の広間に各種の術具を配置して行く。

 感じとしては、番号の書かれたスピーカーの様な物を八つの方角に配置し、其処から伸びたケーブルが制御機械に繋がれるといった構図だ。

 早い話がホームシアターでよく見られる7.1chサラウンドシステムの様な感じの配置である。

 まぁ広間の面積が30畳はあるので、ホームシアターにしては少しデカイかもしれないが……。

 とりあえず、そういった見た目なので『なんかあまり術具っぽくないな』などと思いながら作業をしていたのだった。瑞希ちゃんも俺と同意見だ。

 一樹さんの話によると、そのスピーカーみたいなやつは霊波を感知したり、逆に微弱な霊波を発したりする装置のようだ。

 また、それらの制御機械と思われる物にはノートPCも接続されており、これで得られた計測結果を数値化しているようである。

 その為、パッと見は術具というより、最新鋭の科学実験機器といった感じなのである。

 因みにその術具の中には、2日前に俺が天目堂へ取りに行ったアタッシュケースもあったのだった。

 どんな役目の物かは分からないが、この修験霊導の儀で用いる術具の様である。

 そして色々と戸惑いながらではあったが、準備も20分程で完了し、今はもう儀式を始める段階に突入しているのであった。


 土門長老に一将さん、そして瑞希ちゃんを除いた俺達6人は、全員が修祓霊装衣に着替えると広間に集まった。

 そして儀を始めるにあたって、先ず最初に、一将さんから儀式の概要と順番の説明があるのだった。

 順番は土門長老のお孫さんである宗貴さんから始まり、最後は俺といった感じである。

 説明を聞いた俺は、とりあえず、広間をぐるりと見渡し、見やすい位置を探す。

 するとその時、土門長老がやってきて言うのだった。

「日比野君、儂等の近くで見なさい。其処が一番よう分かるからの」

「そうなのですか。では、其処で見させてもらいます」

 そう返事した俺は、早速、立会人のいる付近に移動し、其処の床に座り込んだ。

 すると、瑞希ちゃんや沙耶香ちゃんも俺の両隣にやってくる。

 そして沙耶香ちゃんが言うのである。

「日比野さん。修験霊導の儀は十二の霊導儀式があるんですが、その半分である六つをこの室内でやります。その六つの儀式で、霊的技能と霊的感覚といった基礎霊能力を鎮守の森が定める基準を元に、立会人が格付けをしていくんです。それを今からやりますから、どういう内容なのかを良く見ておいた方がいいですよ。日比野さんもこれから毎年、受ける事になりますので」

「えっ、これって毎年やるの?」

「はい。鎮守の森に所属する修祓者は、必ず受けるよう、義務付けられていますから」

「へぇ、なるほどね」

 まぁある意味、資格に似たようなものだし、それも当たり前か。

 技量も年月を重ねると上がってくるもんだし。

 などと思っていると、最初に始める宗貴さんが広間の中央へと移動したのである。

 すると瑞希ちゃんは言う。

「いよいよ、始まるんですね」

「みたいだね」

 瑞希ちゃんは興味津々と言った感じだ。

 そして俺も、そんな瑞希ちゃんに負けじと、視線を広間中央に向けるのであった――


 ――それから2時間後。

 儀式は最後から2番目の沙耶香ちゃんの番となっていた。

 沙耶香ちゃんが終われば、次は俺である。

 だが、今やっている儀式内容は、凡そ、把握はしたので、最初の方と比べると俺も大分落ち着いている。

 その為、余裕を持って沙耶香ちゃんの儀式を見ているのだった。

 今やっている儀式自体は、それ程難しいものではなく、単純な内容だ。

 広間中央に立って自分の最大霊圧を練るのと、周囲に配置された術具から発せられる微弱な霊波を探知する霊感、及び霊視の試験といったところである。

 まぁそれが全てではないが、大体そんな感じなので、俺は気楽に眺めているのだった。

 で、話は変わるが、儀式を見ていて気付いた事が幾つかあった。

 それは、宗貴さんや一樹さんの最大霊圧は俺よりも高く、詩織さんや明日香ちゃんも俺と同じか、少し高いという事である。

 まぁ昔からこの業界に身を置いている人達なので、流石に霊圧は高い。

 おまけに呪術大家と呼ばれる名家の方達だから、才能の他にもかなり修練を積んだのだろう。

 そう考えると、たった半年で今の霊圧を練れるようになった俺は、ある意味異常なのである。

 その他にも、霊的感覚においては全員が得手不得手ある様であった。

 儀式を見てて分かった事だが、一樹さんや宗貴さんは、極弱い霊波を探るのが苦手な様である。

 まぁそんな訳で、色々とその人の基礎能力というものが見れたのだった。

 と、その時。

 沙耶香ちゃんが、丁度、儀式を終えたのであった。

 因みに沙耶香ちゃんの結果だが、最大霊圧は俺よりも低い。

 だが、霊的な感知能力はこの中で一番高いようである。

 勿論、俺を除いてだが……。

 まぁ俺の場合は、両方の世界を直に感じているので、こんな計測はほぼ無意味だ。

 この機械の発する一番微弱な霊波でも、俺は余裕で感知できる自信があるからである。

 ハッキリ言って霊的感知能力においては、幽現成る者は最強だと思う。

 だって、実生活における日常的な五感と同じなんだもんよ。

 俺にとっては非常に迷惑な話だが……。

 フトそんな事を考えていると、儀式を終えた沙耶香ちゃんはもう俺の前に来ていた。

 そして沙耶香ちゃんは、笑顔で言うのである。

「日比野さん、それではどうぞ。頑張ってきてください。私はここから見守ってます」

 すると瑞希ちゃんも、頑張れッといったジェスチャーを交えながら言うのであった。

「頑張ってくださいね、日比野さん。瑞希も応援しますからね」

 俺は2人の励ましにニコリと微笑み返すと言った。

「ありがとう、2人共。それじゃあ、行ってくるよ」と。


 広間中央に移動した俺は、周囲に視線を向ける。

 周囲八方向には、儀式の前に均等な間隔で俺が設置したスピーカーの様な術具が配置されている。

 また、床に視線を向けると、広間の大部分には霊波遮断の術式が描かれているのだった。

 恐らく、大地に流れる地脈からの微弱な霊波を遮断するのと、術者と術具以外の霊力干渉を極力無くす為であろう。

 そんな事を考えつつ、俺は試験官の役割をした立会人の一将さんと土門長老に視線を向ける。

 そして深く丁寧に一礼をするのである。

 2人は俺に礼を返す。

 一礼をしたのは、とりあえず、先にやった人達の真似である。

 多分、儀礼の一つなんだろう。

 礼を終えると、一将さんが俺に良く聞こえるよう、ハッキリとした口調で説明を始めるのである。

「それでは、君の基礎霊力を知りたいので、これから六つの霊導儀式を行う。先ずは、最大霊導と意念霊導の順で始めてもらえるだろうか」

 今、一将さんが言ったのは、分かりやすく言い方を変えると最大霊力と霊力操作である。

 まぁ車に例えれば、エンジンの最大馬力と車の運転技術といったところだ。

 で、最大霊導はさて置き、もう一つの意念霊導であるが。

 己の意思で練った霊力をどれだけ自由に操れるか、という霊力操縦技術を確認する為の儀式である。

 前の人達はこの儀式の時に、身体の中心部で練り上げた霊力を身体中に移動させていたので、俺も同じ事をやればいい筈だ。

 という訳で俺は、「はい」と返事すると、集中する為に目を閉じるのである。

 そして、静かに霊力を練り始めるのであった。

 霊体の中心部に語り掛ける様に、いつもよりも、ゆっくりと俺は霊圧を上げてゆく。

 するといつもと同じく、身体の中心部分から渦巻く霊力の流れが感じられる様になってくる。

 其処からは一気に、今の俺に練れる最大の霊力を練り上げるのであった。

 霊体中心部で激しい霊力が渦を巻く。

 そんな最大霊圧状態が20秒程経過したところで、一将さんは言う。

「……では、次に意念霊導へ」

「はい……」

 俺はその言葉通りに高霊圧の霊力を身体の隅々に移動させてゆく。

 足のつま先から、指の先、そして頭の天辺に至るまで、隅々に。

 だがその時、俺の脳裏に前の人達が行った意念霊導の光景が過ぎったのであった。

 良く考えてみたら、俺の前にやった人達はこんなに隅々まで霊力移動をさせてなかったのだ。

 その為、俺はこう思ったのだった。

『もしかすると、別に、ここまでする必要ないのかも……』と。

 その時であった。

 周囲で見ていた人達から小さくではあるが、ざわめきが聞こえてきたのである。

 そして、その中の誰かが、こんな事を口走ったのであった。


【う、嘘ッ! な、なんなのよアイツ!】と――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Wandering Network 逆アクセスランキング参加中
気にいって頂けたら投票おねがいします


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ