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霊異戦記  作者: 股切拳
第参章  古からの厄災
35/64

参拾伍ノ巻 ~帰省

 《 参拾伍ノ巻 》 帰省



 1月2日。

 瑞希ちゃんや沙耶香ちゃん達と初詣に行った翌日の早朝、俺は電車に揺られながら実家のある物部市へと向かった。

 今日も昨日と変わらず良い天気だけれども、時期が時期なので、まぁ当然の事ながら外気はやはり冷たい。

 だが、お日様が出ている内は、ポカポカとした心地いい光を下界に届けてくれるので、冬の寒さを幾分か和らげてくれるのだ。

 また、その日光のお陰か、気分的にも幾らか楽になり、道中の足取りも若干軽くなったような錯覚を俺は覚えるのだった。

 とまぁそんな話は置いておいて……。

 昨年はお盆に一度、実家に帰ってからそれっきりだったが、あの当時は御迦土岳みかづちだけでエライ目に遭ったので、帰省したという実感がイマイチ湧かない。

 帰るには帰ったが、どちらかというと、すぐに高天智市のアパートへ逃げ帰ったという表現の方がピッタリである。

 まぁ、あの時は布津御魂剣という洒落にならない超危険アイテムを持っていたから、こればかりは仕方がない。

 そういった前回の反省も踏まえ、今回の帰省はゆっくりと過ごすかなと考えながら、俺は実家へと向かっているのだった――


 ――という訳で、電車に揺られ更にタクシーに揺られる事2時間半……。

 俺は物部市にある我が家へと約五ヶ月ぶりに帰って来たのである。

 今の時刻は、午前10時半。

 実家の前でタクシーを降りた俺は、久しぶりの故郷の空気を満喫すべく、とりあえず、大きく背伸びをすると深呼吸をした。

 それと共に周囲を見渡す。

 いつもならば雪が降り積もって、この辺り一帯は白銀の世界といった感じになってるのだが、今年は降雪はあるが、まだ積もるまでには至っていない。その為、大地はそのままの姿を保っていた。

 俺が育ったこの物部市の地区は、田舎である物部市でも更に田舎になる地区で、村落という表現がしっくりくる様な場所である。

 遠くに見えるやや黒っぽい山々は紅葉も終わり、葉の散った木々が見せる独特の寂しい殺風景な感じと、暗い雰囲気を見る者に感じさせる。

 また、この集落を囲うようにある沢山の水田も、去年一年の役目を終え、作物の植え付けが始まる春を待つかのように、耕された黒い土がむき出しの状態になっているのだった。

 そんな冬の故郷を眺めた俺は、目の前に佇む日比野家に視線を向ける。

 俺の実家は周囲にある家々と見比べても特別変わった所も無い。強いて言えば、茶色い壁が特徴の一般的な2階建ての和風家屋である。

 家の周りには、爺ちゃんが農作業に使う2階建ての納屋と、親父とオカンの車が入った平屋の車庫があり、前回帰って来たときとなんら変わらぬ同様の建物が其処に佇んでいる。

 だが、五ヶ月ぶりに見る日比野家は冬の訪れに伴い、至る所に雪囲いが施されており、その為、前回帰省したときとは一風変わった違う佇まいになっているのだった。

 特に玄関周りや縁側は半透明のポリカ波板で厳重に覆われており、雪が積もっても簡単には入りにくくなっている。

 その様は、まるで『よっしゃぁ、いつでも降ってこいやぁ!』と言わんばかりの堂々とした佇まいに俺には見えるのだった。

 そんな我が家の変化した部分を感慨深く眺めながらも、俺は玄関に向かい歩を進める。

 玄関のすぐ前にまでやって来ると、ポリカ波板で遮断されて確認できなかった雪囲いの中も、よく見えるようになる。

 囲いの中の見覚えのある玄関には、正月飾りの注連縄や門松、そして日の丸の旗も確認でき、それらが家にやって来た者をメデタイ気分にさせてくれる。

 またその他にも、築30年という我が家の白い玄関壁には、俺が小さなガキの頃に悪戯書きした意味不明な模様が小さく描かれており、俺を懐かしくさせてくれるのである。

 これを書いた時は、オカンに凄い剣幕で怒られたのを覚えている。因みに模様は解読不能だ。まぁ小さい頃の落書きなので、大して意味は無いだろう。

 そんな変わらない部分に目を向けつつ、俺は久しぶりに実家の玄関戸を右に引いたのだった。

「ただいまぁ」

 俺は大きな声でそう言うと玄関を潜る。

 すると、奥にある居間の戸が開き、妹の美涼みすずが黄色いパジャマ姿で現れたのだった。

 起きてそのままの格好といった感じである。

 まぁそれでも、ボーイッシュなショートカットスタイルの髪は寝癖などなく整っているので、起きた後に一応、手入れはしたのだろう。

 そして久しぶりに見て気付いたが、瑞希ちゃんや沙耶香ちゃんと年が近い所為か、よく見るとこの年代特有のあどけない雰囲気が美涼から感じられるのだった。

 背丈も瑞希ちゃんと同じくらいなので、それもあるかもしれない。

 そんな妹は俺の前にやって来るとニンマリと笑顔になって口を開いた。

「兄貴、お帰り。それとアケオメ」

「フゥゥ、あのな、美涼……。最低でも、明けましておめでとう、くらいは言ってくれよ。家族なんだからさ」

 妹の適当な挨拶に、ややゲンナリしつつも靴を脱ぎ家に上がる。

 美涼には沙耶香ちゃんの爪の垢でも煎じて飲ましてやりたい、などと考えつつも、俺は居間へと歩を進める。

 広さ8畳の居間には、オカンがコタツに入って焼餅を食べながら正月特番のテレビ番組を見ていた。

 セミロングの髪型は、お盆の時と変わっていない。というか、俺が小さい頃からずっとこの髪型のような気がする。因みに髪の毛は茶色に染めている。

 また室内には、コタツの上に置かれた焼餅の焦げた香ばしいかおりで充満しており、妙に俺の食欲をそそらせるのだった。そういえば、道中何も食べなかった事を思い出す。

 まァそれは兎も角……。

 俺はオカンに新年の挨拶をする。

「今帰ったよ。それと、明けましておめでとう」

「あら、涼一お帰り。それと、アケオメ」

 俺はオカンのその言葉にクラッと目眩を覚える。

 その為、額に手を当てながら俺は言うのだった。

「オカンもかよ……。新年の挨拶くらいはちゃんとしようぜ」

「暫く見ないうちに、硬い男になったねぇ、涼一。そんな事じゃ、今時の女の子にはモテないよ」

「私もそう思う。兄貴は硬すぎなんだよ」と美涼もオカンに同調する。

「フゥゥ、もういいや……」

 俺が正論を言ってる筈なのだが、オカンと美涼にこう切り返されると、もうどうでも良くなってきた。

 溜息を吐いた後に俺は続ける。

「ところで、親父と爺ちゃんは?」

「お父さんは、多分、自分の部屋にいるんじゃないかい。お爺ちゃんは、コウさんの所に年始の囲碁を打ちに行ってるよ。多分、一泊してくるんじゃないかい」とオカン。

「ふぅん、そうか。爺ちゃんは居ないんだ」

 コウさんというのは、爺ちゃんの兄の事である。つまり親戚の家に行ってるらしい。

 と、そこでオカンは何かを思い出したのか、俺に言う。

「あっそうだ涼一。涼一からも言ってやってちょうだい」

「ヘッ、何を?」

 オカンは憮然とした表情で言う。

「お父さん、また新しいギターを買ったんだよ。それも結構な値段のを。あまり散財するような事はしないようにって、言ってやってちょうだい。もう本当にあのお父さんは……若い頃から何も変わってないわ」

「またか、変わってないな親父は……。分かった、言っとくよ」

 実は俺の親父、いい歳してロックバンドなんぞを組んでいるのだ。因みにバンド名は『ナイス・ミドル!』という。

 親父達が意訳すると自称『素敵な中年オヤジ!』という意味になるそうだ。なにが、というか、何処がナイスなのか良く分からないが、兎も角、オッサンバンドマンなのである。

 因みに担当している楽器はリードギターで、前回、親父の部屋に入ったときには、エレキギターやらアコースティックギターやらが合計20本近く置かれていたのを覚えている。

 オカンの悩みの種である。


 まぁそんな訳で、居間を後にした俺は、とりあえず、持ってきた荷物を2階にある自分の部屋に置くと石油ファンヒーターのスイッチを入れて部屋を暖める。

 それから1階の奥にある親父の部屋へと移動するのだった。

 親父の部屋の前についた俺は、目の前の扉をノックする。

 コンコン――

「…………」

 応答無しである。

 再度ノックする。

 コンコン――

「…………」

 応答無しである。

 まぁ、こんな風に突っ立っていても仕方がないので、俺は思い切って扉を開いた。

 すると扉の先からは、黒色のジャージ姿で眼鏡をかけた親父が、ヘッドホンをかけて一心不乱にエレキギターを弾く、という姿が目に飛び込んで来たのである。

 因みに、俺の親父は地元企業で働く普通のサラリーマンで、何処にでもいる普通のオッサンだ。背は俺より少し低いが、良く似た体型である。

 ロッカーだからといって長髪とか、毛を染めたりはしていない。まぁライブの時は、結構ロッカーぽい格好をするが……。

 話を戻す。

 俺はそんな親父を久しぶりに見ると同時に、少し引いた。

 だが、ノリノリの奇妙な動きでアッチの世界にいる親父に、一刻も早く俺の存在を知ってもらう為、俺は親父に近付いて肩をポンと叩いたのだった。

 すると親父はビックリしたのか、飛び跳ねながら振り返る。目玉が飛び出そうなほど、大きな目をして……。

 俺の存在に気付いた親父は、ヘッドホンを頭から外して、ホッとしながら話し出した。

「なんだ、涼一かぁ。おどかすなよ……」

「だって、ノックしても返事ないからさ。まぁとりあえず、明けましておめでとう」

「おう、明けましておめでとう。それはそうと、これを見てくれ」

 親父はそう言うと、肩にかけたままになっているエレキギターを俺に見せる。

 そして、ウンチクを始めるのだった。

「涼一、このギターはな、お父さんの大好きなギタリストの一人、エリック・ジョ○ソンのモデルなんだよ。リアPUにもトーン配線をしてあるから、音作りの幅が広いんだ。まぁ値は張るが、すばらしいギターだ」

 細かい事はよく分からんが、たしかに、素人目に見ても綺麗な塗装を施してあり、ネックやボディの木目も浮き出たように見える、美しい仕上がりのギターである。

 結構な高級木材を使っているのは容易に見て取れる。

 シルバーの金属パーツ類も、まだ、買ってからそれ程に日が経っていない所為か、室内の明かりが反射して真新しく光り輝いていた。

 形はストラトキャスターと呼ばれるもので、ヘッド部分にはメーカ名であるFe○derの筆記体ロゴが描かれており、一際目を引いた。

 とりあえず、親父の新エレキギターを鑑賞した俺は、オカンの忠告を思い出したのでそれも言った。

「親父、ギターの事は分かったけど、オカンが嘆いていたぞ。お金の使い過ぎだって。幾らしたんだよ、それ?」

「値段は30万チョイといったところだな。まぁたしかに、母さんの言う事も一理あるし、これからは自粛するよ。とりあえず、そう言っといてくれ」

「へいへい。でも、親父からも言っといた方がいいよ」

「ハハハ、そうだな」

 俺は、親父の部屋を久しぶりに眺める。

 部屋には10本程のアコーステックギターとエレキギターが、スタンドに並べて綺麗に置かれていた。

 また、壁際にはVOXと書いてある、パッと見は鞄に見えるアンプも確認出来る。恐らく、VOXというのはメーカー名だろう。 

 しかし、前回部屋に入ったときと比べると、ギターの本数が少ないように思えたので、それについて尋ねてみた。

「アレッ、親父って、もっとギターを持ってなかったっけ?」

「ああ、他のギターは人に譲ったり売ったりしたから、今、手元にあるのはこれだけだ。あまり沢山持っていても使わないからな。ハハハハ」

「ふぅ〜ん、まぁいいや。それじゃな、親父。もう行くから、ギター続けてくれていいよ」

 と俺が帰りかけたところで、親父は俺を呼び止める。

「そうだ涼一。今度、リズムギターをウチのバンドで弾いてみないか?」

 実を言うと、俺はローポジションでの簡単なコード伴奏程度ならギターを弾けたりする。

 中学から高校時代の一時期は、俺も弾き語りとかに憧れた所為でもある。

 まぁ、この頃は誰もが通りそうな定番の趣味である。因みに、俺がギターを教わったのは勿論、親父だ。

 だが、ここ最近は興味が失せてしまったので全然弾いてないのだった。当然、高天智市のアパートにも無い。

 まぁそういう訳で、俺は断る事にした。

「最近はギターなんて弾いてないから、指先の皮が普通の人と同じだよ。やめとく」

「むぅ〜そうか。ま、気が変わったら言ってくれ。それじゃあ、また後でな」


 とまぁそんな感じで親父の部屋を後にした俺は、1階の仏壇にてご先祖様にお参りをする。

 その後、自分の部屋に戻り、旅の疲れを癒すかのようにゴロンと寝転がるのだった。

 因みに、俺の部屋には高校時代に読んでいた雑誌や本が壁際の棚にあるだけで、ほかは何も無い。大きさは4畳程度で、割と日当たりのいい部屋である。

 ただ、お盆に帰省した時と比べると、妙に片付いてる。恐らく、オカンが掃除をしてくれたのだろう。後で礼を言っておこう。

 まぁそんな風に室内の変化に目を向けていると、そこで鬼一爺さんが下げていた霊圧を上げたのだった。

 俺の部屋には他に人の気配もないので、鬼一爺さんがこれ幸いと思ったのだろう。

(フゥゥ、ようやく、楽になったか。あまり霊圧を下げ続けるのは楽じゃないのぅ)といいながら首を回す。

 霊体の鬼一爺さんに肩こりなんぞある訳無いのに、不思議な行動である。

「おお、そう言えば鬼一爺さんの事を忘れていたよ」

(むッ、なんじゃい。冷たいのう、涼一は……)と言うと鬼一爺さんは拗ねた態度をとる。

「まぁ、そうむくれるなよ。仕方ないじゃないか、アパートを出てから3時間近くも経ってるし……」

 爺さんとそんな遣り取りをしている時、フト、これからの修行の事が俺の脳裏に過ぎった。

 その為、問い掛ける。

「ところで、鬼一爺さんさぁ、これからはいつも以上に細心の注意を払って、霊術の修行をしなきゃいけない訳だけど……どうしよう?」

(フム、そうじゃのぅ、人払いの術は、霊術に長けた者には通じんからのぉ。どうするかのぅ)

 俺の問い掛けに鬼一爺さんは暫し目を閉じて考え込む。

 そして、何かを閃いたのか、ポンと手を打つのだった。

(涼一、そうじゃ。良い術があるぞい。今のお主ならもう扱えるはずじゃし、あの狭い部屋でも出来るしの。それに何より、お主の霊力を扱う技量も向上するしの。次の段階にもってこいの術じゃ)

「へぇ〜どんな術だい?」

(うむ、印術というのじゃが、その名の通り、己の手で印を組み霊力を変化させる術じゃ)

 鬼一爺さんはそう言うと両手でカンチョーのポーズをとる。

 沙耶香ちゃんとかならば、もっと違う見方を出来るのかも知れないが、俺が歩んできた人生の中では、それが一番シックリくる表現なのであった。

 そういった先入観からか、見た目がイマイチな為、俺は若干テンションが下がる。

 そして口に出してしまうのである。

「うわぁ〜なんか知らんけど……カッコ悪そうな霊術だね」と。

 すると、鬼一爺さんはムキになって言うのである。

(馬鹿も〜ん。姿なんぞ、どうでもよいわ。それよりも涼一、我の組む印を見て何か思い出さぬか?)

 鬼一爺さんは色んな種類の印を次々と連続して組んでゆく。

 だが、俺には色んな種類のカンチョーフォームにしか見えないので首を傾げる。

「思い出さんか、といわれてもなぁ……」

(コリャア、涼一。もう少し真剣に見んかッ。我はお主に教えた筈じゃぞ)

 俺の返事を聞いた鬼一爺さんは怒りながらも更に組み続ける。

 しかし、今度は次第にスピードを落としてゆっくりとである。

 すると、それらを見て行くうちに、何処かで見たような錯覚を抱く様になったのである。

 いや、錯覚ではない。これは……。

「鬼一爺さん……もしかして、今組み続けている印は、俺が今まで習って霊符に書いてきた、術式を構成する為の模様か?」

(そうじゃ、ようやく分かったか。まったく涼一は……)

 爺さんは、しょうがない奴じゃと言わんばかりに、俺へジト目を向ける。

 色々と鬼一爺さんも言いたそうではあるが、とりあえず、俺は今の内容を総括する事にした。

「という事は、つまりだ。印術というのは霊符等の術具といった外部の物を使わずに、その場で印を組むという方法で術式を構成し、霊力を変化させる術ということか」

 俺が整理してそう言うと、鬼一爺さんは腕を組み頷く。

(涼さんや、まぁそういう事じゃ。とはいっても、霊符の様に色んな術式を自由には使えぬから、発動できる術も限られてくるがの)

「なるほど……これは使える。ストックしておけるとはいっても、霊符には限りがあるからね。真言術もそうだけど、身一つで完成できる術は心強い」

 と俺は顎に手をやり言った。

 話は変わるが、霊力というものは基本的に自分の意思で、切ったり、張ったり、飛ばしたりする事は出来ない。

 確かに高練度の霊力は悪霊を消滅させるが、霊力はあくまでも加工素材であり、加工する為には霊符等の術具といった術式が施された他の媒体に霊力を移すか、さては真言術のように音で加工するかしか無いそうである。

 でもまぁその前に、まずは加工が可能なところまで霊圧を練り上げるのが大前提だが……。

 で、今、鬼一爺さんが言った印術というのは、霊術理論の上で考えるとその前者の範疇ではあるが、その場で手を使い術式を構成させるという点を考えると、それら二つの中間に位置する霊術の様に、俺には思えたのだった。

 そんな事を考えていると爺さんは言う。

(まぁそれとは別に、幾つかの真言術もそろそろ学んでゆかんとの。浄化真言以外も覚えて行かぬと、これから先、印術と組み合わせる事が出来ぬしの。フォフォフォ)

「印術に新しい真言術か……どんな術かわからんけど、また頑張るかぁ」

 今の話を聞き、これから学ぶであろう印術や新しい真言術に俄然、俺の中で興味が湧き始める。

 そして、俺の好奇心が刺激され高まってきた、丁度その時。

 鬼一爺さんが陽気に笑いながら言うのだった。

(フォフォフォフォ、という訳で、早速始めるかの。涼さんや)

 そう言うなり、鬼一爺さんは黄門様の如く、満面の笑顔を俺に向ける。

「エエッ、今からか? ちょっと勘弁してよ。まだ正月だぜ!」

 幾らなんでも、新年早々、そんなオカルチックな事はやりたくないので、俺はとりあえず抗議してみた。

 だが、俺の抗議を聞くや否や、仏の笑顔を浮かべた鬼へと、鬼一爺さんは変化したのである。

 そして、低くオドロオドロしい声で俺に言い放った。

【涼さんや、世直しの道は長く険しい……。余の顔をよく見るのじゃ。仏の顔でいる内に、サッサと始めぃ!】

 鬼一爺さんは年末にあった暴れ○坊将軍や水○黄門の再放送をずっと見ていたので、恐らく、それらの影響をだいぶ受けているように思われる。

 だって毎日かぶり付きで見てんだもんよ。少年時代のような穢れの無いキラキラした目をして……。

 その時点から凄く嫌な予感はしていたが、まさか、こんな時期のこんな所で発動するとは……。

 まぁそれは兎も角、俺は物凄い威圧感を放つ爺さんに促されるまま、旅の疲れを癒す事もなく、霊術の修練を始めるハメとなったのだった。

「ゴクリ……は、はひッ」

 トホホ。



 ―― 1階では ――



 涼一が術の修練をやり始めてしばらく経った頃。

 1階の居間にて美涼は、コタツに入りながら母と他愛ない談笑をしていた。

 その時、美涼はフト何気なしに、壁にかかった時計に目を向ける。

 今の時刻は11時45分。

 時計を見た美涼は母に言う。

「お母さん、もうすぐお昼だよ。昼食の準備しないといけないんじゃない?」

「あら、本当だわ。さてと、それじゃあ、美涼はテーブルを拭いて、その後に食器類を出しといて頂戴。それが終わったら涼一に、後少ししたら居間へ降りてくるように、って言っといてくれるかい」

「は〜い」

 と陽気なテンションで美涼は返事をすると、早速、言われたとおりに始めるのだった。

 テーブルを拭いた美涼は、台所の食器棚から茶碗や皿等を次々とテーブルの上に置いてゆく。

 そしてそれらを終えた後、涼一の部屋へと向かう為に階段のある方向へと歩を進めるのだった。

 すると、階段を上るにつれて涼一の話し声が美涼の耳に聞こえてくる。

 美涼は階段を上りながら(携帯で電話中なのかな?)と考えつつ、涼一の部屋の前へとやってきた。

 そして、そっと扉を開いて、狭い隙間から中の様子を確認したのである。

 だが、美涼の目に飛び込んできたのは、想像を絶する光景であった。

 その光景とは……。

 涼一が奇妙な姿勢で両掌を組み、尚且つ、その後ろで着物姿の老人の幽霊が怒りつつ、何かの指示を出している光景だったからである。

 20秒程ではあるが、美涼は息を飲み、目を見開きながらそれらを凝視する。

 室内の感じとしては、涼一が間違える度に鬼一法眼が怒り飛ばし、涼一はげんなりしながらそれに従うといった、やっている二人にとってはいつもの修行風景である。

 だが、そう言った事に免疫の無い美涼は、それらを見るなり、当然、恐ろしい物を見た時のような戦慄が身体に走るのであった。

 美涼は、ゴクリと生唾を飲み込みながら、震える手で物音を立てないように扉をそっと閉める。

 そして、忍び足で涼一の隣にある自分の部屋へと向かうのだった。


 部屋に戻った美涼は、青褪めた表情で閉めた扉によりかかり、もう一度、ゴクリと生唾を飲み込む。

 そして、動揺のおさまらない気持ちを一旦整理する為、胸に手を当てて大きく深呼吸を繰り返すのだった。

 そんな動作を何回も繰り返した後、美涼はボソッと口を開いた。

「な、なによ、今の……。も、も、もしかして、幽霊?……。ゴクリッ」

 美涼はもう一度、目を閉じて先程の光景を思い浮かべる。

 暫くそうやって衝撃的な光景を思い返すと、美涼はある結論をだした。

【兄貴は、悪霊にとり憑かれている!】という結論を……。あの場面だけを見た普通の人間の思考回路ならば、至極一般的な解釈である。

 また、そう結論付けた美涼の脳内では、次第に、父や母へ言うべきかどうかの押し問答が始まるのであった。

 だが、幾ら考えても結論が出ない。

 そして、こうも思った――多分、話したところで絶対に信じない。親をからかっているだけだ。そう言われるのがオチだ、と。

 しかし、こうしていても埒が明かないと思った美涼は、意を決して、ある事を確認する為にもう一度、涼一の部屋へと向かう事にしたのだった。

 自分の部屋を静かに出た美涼は、忍び足で物音を立てないように涼一の部屋の前へやってくる。

 それから先程と同じ様にまた扉をそっと開け、再度隙間から覗き込んだ。 

 美涼の目にはさっきと同様の衝撃的な光景が飛び込んでくる。

 そこで美涼は覚悟を決めて、ある行動に出る。

 ――コンコン――

 一旦、扉を閉めると、美涼はノックをしたのである。

 すると、ノックの音が聞こえると共に、室内の鬼一法眼は霊圧を下げて姿を隠す。

 それを確認した涼一は、扉の方に視線を向けると言うのだった。

「ン、何? オカンか?」

 美涼は意を決して扉を開ける。

 扉が開ききり、美涼の全身が見えたところで涼一は言う。

「なんだ、美涼か。どうしたんだ?」

 室内をぐるっと見回してから美涼は言った。

「お母さんが、後少ししたら、ご飯だから降りて来るようにって言ってたよ……」

「お、もうそんな時間か。分かったよ」

「……それじゃね、兄貴」

 そんな遣り取りを終えた後、美涼はまた自分の部屋へと戻るのだった。


 美涼の部屋は隣にある涼一の部屋と同じくらいの大きさで、室内には本棚と勉強机、そしてベッドといった構成になっている。ベッドの上にはクマのぬいぐるみ等も見受けられ、この年代の女の子の部屋模様としてはごくごく普通の部屋である。

 そんな自分の部屋へ戻った美涼は、室内にぐるりと目を向かわせると、とりあえず、目を閉じて大きく溜息を吐いた。

 フラフラと勉強机に移動すると椅子を引いて腰掛ける。

 すると、頭を抱えながらまたもや大きく溜息を吐くのだった。 

 そして、目の前の白い壁を見詰めながら一人呟いた。

「あ、あの幽霊、私が部屋に入ったら居なかった……。多分、私に気付いて隠れたんだわ。これじゃあ仮に、お父さんやお母さんを呼んで来ても信じてもらえない。どうしよう……。このまま放っておいたら兄貴がヤバイよ……」

 美涼は頭を抱えながら、この事態をどうするか必死に考える。

 そして散々悩んだ末、美涼はある一つの結論を出したのだった。

 それは……。

「こうなったら、私がなんとかするしかない。大人は多分信じてくれないし、何より、あの幽霊はまた隠れてしまいそうだし」

 そう決意した美涼は、勉強机の脇にある、中学の入学祝に親から買ってもらったノートPCに視線を向かわせる。

 真剣な目を浮かべた美涼は決意を胸に一度頷くと、そのノートPCを机の真ん中に移動させて電源を入れるのだった。

 PCが立ち上がると、美涼は早速、ブラウザのアイコンをクリックして起動する。

 そして、ポータルサイトの検索バーを使って、悪霊退治の方法を探し始めるのだった。



 ―― その日の夜 ――



 俺は久しぶりに、夕食を親子四人水入らずで食べていた。

 今日は正月である為、その食事内容も豪華なものになっている。

 仕出し屋に頼んで作ってもらった刺身の盛り合わせや寿司の盛り合わせ等が、テーブルの大部分を占領しているのだ。見てるだけで腹がグゥグゥなるというものである。

 だが、そんな料理を前にして、今の俺には一つ難点があった。

 それは……鬼一爺さんから印を組む練習を何回も何回もやらされたので、両掌の関節が笑っている状態なのである。しかし、当たり前の話だが、俺自身は全然笑えない状態である。

 予期せぬ荒行をするハメになった為にこうなったのだが、これのお陰で俺は箸を持つと手に震えがくるのだ。自分自身が見ていても、あきらかにおかしい震えである。

 オカンは心配そうに俺の手を見てたが、「夜になると寒いからね」といって誤魔化しておいた。

 とりあえず、そんな感じで夕食を食べ始めたのである。

 そして食事中、予想してた事だが、オカンや親父から大学の事や一人暮らしの事等の質問攻めに遭う。

 まぁそれらの質問には適当に答えておいたが……。

 ただ、先ほどから気がかりな事が一つあった。

 美涼の様子が少しおかしいのだ。

 時折、チラチラと俺のほうにやたらと視線を向けるのである。

 俺は首を傾げつつ美涼に問う。

「美涼、どうしたんだ? なにか聞きたい事でもあるのか?」

 すると、美涼は慌てて言う。

「う、ううん。ち、ちがうよ。ただ、一人暮らしってどんなのかなぁ、って気になっただけだよ」

 俺の主観だが、美涼は何か隠してるような気がするのだ。

 長い間、一つ屋根の下で暮らしてきた勘が、俺の中でそう告げている気がするのである。

 そんな風に考えていると、親父は美涼に言う。

「美涼、お前にはまだ早い。はやから、そんな事に興味を持つんじゃない」

「まぁまぁ、お父さん。美涼も多感なお年頃だから、仕方が無いわよ」とオカン。

 といった感じで、この話はこれで終わり、また他愛ない談笑が始まる。

 そして終始こんな感じの雰囲気で、夕食時の家族団欒は進んで行ったのである。

 まぁその後も時折、美涼は俺に妙な視線を向けていたが、向こうでの生活が気になってるだけなのかもしれない、そう思う事にし別段深く考えない様にしたのだった。

 だがしかし!

 この後、予想だにしない災難が降りかかる事になるのを、この時の俺は全く気付いていないのであった――


 夕食を終えた俺は、しばらく居間で寛いでから2階の自室へと戻った。

 部屋に入るなり俺は「クション!」とクシャミをする。それと共にブルッと震えがきた。

 恐らく、夜になって外が冷えると共に、その影響で室内の気温も寒くなってきた所為だろう。

 そう考えた俺は部屋の温度を上げる為、ファンヒーターの設定温度を1℃だけ上げる。

 それから、まだ早いが、寝る為の布団を敷き、その上にゴロンと寝転がるのだった。

 するとそこで、さっきと同じ様に鬼一爺さんは霊圧を上げる。

 そして俺に言った。

(涼一、もう一度おさらいをするぞい。教えた印を組んでみるのじゃ)

「エェー、寝る前にもやるのかよ……」

(…………)

 俺がそうぼやくと、鬼一爺さんは笑顔のまま無言で俺を見詰める。静かに霊圧を高めながら……。

 何か嫌な予感がした俺は、観念して投げやりに言った。

「ハイハイ、分かりました、分かりましたよ。ええ、やりますとも、やらせていただきますとも」

(分かればよい。さ、始めよ……)

 寝転がった俺は、「よっこらせ」と立ち上がると一度深呼吸をする。

 そして、鬼一爺さんから日中にならった『飯綱いづなの太刀』と呼ばれる印術の術式を組み始めるのだった。

 この術は文字通り、霊力の刃を作るのが目的なのだが、なれない術の所為か、結構難しいのだ。

 因みに鬼一爺さん曰く、飯綱いづなというのは鎌鼬かまいたちの別名でもあるそうである。

 というわけで話を戻す。

 この『飯綱いづなの太刀』という印術は、10種類の術式模様を両手で組み上げていくのだが、しっかりと正確に組んでいかないと霊力が変化しないのだ。

 しかも、途中で失敗すると、一からやり直しなので非常に面倒なのである。

 その為、何度も繰り返し練習して、身体に叩き込むしかないわけであった。

 そういった理由から、おさらいを何回か続けていると、コンコンとノックする音が聞こえてきたのである。

 俺はとりあえず、練習を中断し、そちらに意識を向かわせた。

「ン? 誰?」

 すると、少し間を空けてから返事が返ってきた。

「……兄貴、私だけど。今、ちょっといいかな?」

 どうやら扉の向こうにいるのは美涼みたいだ。

 俺は鬼一爺さんに霊圧を下げるように目配せをする。

 それから返事をした。

「いいぞ、入れよ」

 俺の返事を聞いた美涼は、今から運動でもするかのような赤いジャージ姿で部屋の中へと入ってきた。

 そして、そんな気合の入った風に見える美涼は、黒い紙袋を大事そうに抱えながら俺の前へとやってくるのだった。

 紙袋の中に何が入ってるんだろう? と考えつつも、俺は美涼に用件を聞く事にした。

「美涼、なんか聞きたい事でもあるのか? 晩飯の時もなんか聞きたそうにしてたけど」

 すると美涼は真剣な表情になり、一呼吸置いてから、俺に言うのだった。

「兄貴……私見たんだ」

「ン、何を?」

 俺は軽く問い掛ける。

 だがこの後、美涼の口からはとんでもない事が語られるのだった。

「お昼に兄貴を呼びに来たとき、扉の隙間から私見たんだ。ア、兄貴が悪霊に苦しめられてるのを……」

「…………」

 美涼から予想外の話を聞き、俺は少しの間、頭の中が真っ白になった。と同時に時間が止まったような錯覚も覚えた。

 俺と美涼の間に無言の時が暫し流れる。

 そして、重苦しい空気の中、俺は口を震わせながらもなんとか言った。

「み、見たのか……ア、アレを……」

 美涼は無言で頷くと、抱えていた袋を床に置いて言うのだった。

「兄貴……私、なんとか悪霊を退散させる為に頑張るから!」

「ヘッ? 退散させるっておまッ」

 なんか知らんが、予想外の展開になってきた。

「心配しないで兄貴。色々と調べて、これでも少しは揃えてきたんだ。悪霊が嫌いそうなものを」

 美涼はそう言うと紙袋の中に入ってる物を次々と出してきた。

 袋の中には、塩や唐辛子、瓶に入った得体の知れない液体、聖書や数珠、そしてロザリオのネックレス、学業成就のお守りや家内安全のお守り等、無国籍で統一性の無い品物がわんさかと入ってたのだ。

 そして美涼は、おもむろにその中の一つ『塩』をまず手にとると、俺の顔面に向かい豪快に振りまくのだった。

「チョッ! おまッ、やめ……【悪霊退サァァァン!】」

 当然、美涼の振りまいた塩が俺の目に入る。

「グワッ、目がぁぁぁぁ、目がぁぁぁぁ」

 塩の刺激が俺の目頭を熱くする。

 それと同時に、一瞬だが、天空の○ラピュタにでてきたムスカ大佐の気持ちが少しわかった気がした。

 だが美涼は、そんな苦しむ俺を無視して更に続ける。

【まだよ。兄貴に纏わり付く悪霊よ立ち去れェェェ】

 今度は俺の顔に何か冷たい水のような物が掛けられた。

 恐らく、瓶に入った妙な液体に違いない。

 このままでは流石にヤバイと思った俺は、美涼に慌てて言う。

「ちょ、ちょっと待てッ! 落ち着け、というか落ち着いてくれッ」

「兄貴、だめだよ。こういう事は一気にやってしまわないと。それにもうすぐで悪霊が出てくるはずだから、もう少し我慢して!」

 駄目だ……今の美涼には、ある程度本当の事を言わないと信じてくれそうに無い。

 美涼は完全に自論を信じきっており、尚且つ、鬼一爺さんを悪霊だと勘違いしてしまっている。

 そう考えた俺は、塩でやられた目を閉じつつ、鬼一爺さんに呼びかけるのだった。

「オイッ鬼一爺さん、姿を現して美涼を説得してくれッ」

 すると、俺の前方から鬼一爺さんの声が聞こえてきた。

 どうやら俺と美涼の間に現われたようだ。

(娘子よ。やめるのだ。我は悪霊などでは無いぞい)

 だが、美涼は爺さんの姿を見るなり、更にエスカレートするのだった。

【現われたな、この悪霊め! ……イエスは御霊によって荒野に導かれた。悪魔に試みられるためである。そして、四十日四十夜、断食をし、そしてえ〜と……そののち空腹になられ……え〜と……え〜いもう、長いから、これでもくらえぇ、だりゃせいぃ!】

 塩で目を一時的にやられてるので、詳細はわからないが、途中までは聖書の一文を読んでいたようだ。

 だが、読むのが面倒くさくなったのか、美涼は何かを爺さんに向かい投げつけたみたいである。

 しかし……。

「ぐわぁぁぁ!」

 突然、硬い何かがバサッと俺の顔面にぶち当たったのだ。

 恐らく、今読んでいた聖書だろう。なんて罰当たりな事を……。

 聖書の角が顔面に直撃した為、俺は顔を押えて悶絶する。

 しかもよく考えたら、鬼一爺さんは俺の前に現われたみたいなので、爺さんに投げつけられた物は、すり抜けて俺に当たる構図になっているのだ。

 まったくもって予想外である。

 だが、尚も美涼の暴走は続く。

「な、なんで効かないの。おのれ、こうなったら……えい、えい、えい、えいッ!」

「痛ッ、アイタァ。ちょッ、美涼! や、やめれッ」

 今度は手当たり次第に、持ってきた物を爺さんに投げつける。そして俺がことごとく被害を受けるわけである。

 というか、何故ことごとく投げるという行為になるのか、それが理解しかねる。

 まさか、狙ってやってるんじゃないだろうな。そんな事が一瞬過ぎった。

(やめるのじゃ、娘子よ。落ち着くのじゃ)

 鬼一爺さんもなんとかいさめ様とはしてるが、あまり効果はないようだ。

 まぁ悪霊だって思ってるんだから仕方ない。聞く耳もたん状況だ。

 慌てて鬼一爺さんを頼ってしまった、完全に俺の状況判断ミスである。

「……なんで効かないのよぉぉぉ。ヒェェェェン」

 ついに投げる物が無くなったのか、途方にくれた美涼は泣き始める。

『やっと打ち止めか……』そう思った俺はとりあえずホッとしつつ、辛いながらもなんとか目を開けて、泣いている美涼の傍へとゆく。

 そして、美涼の両肩にポンと優しく手を置いてから言うのだった。

「美涼、泣くんじゃない。少し、落ち着け。それと、この爺さんは悪霊なんかじゃないから」

 俺の言葉を聞いた美涼は少しは落ち着いてきたのか、幾分か緊張のほぐれた声色で問い掛けてきた。

「グス……あ、悪霊じゃないなら、なんなのよ?」

「フゥゥ、実はな……」――


 ――それから20分くらいかけて、鬼一爺さんとの事を若干ボカしながらも、俺は美涼に説明する。

 因みに、美涼には『俺は幽霊が憑きやすい体質だから被害に遭わないように、その昔、陰陽師だった鬼一爺さんが監視してくれている』と誤魔化しておいた。

 まぁ、何処で知りあったのか、とかは色々と聞かれたが……。

 話を戻す。

 そして美涼も、最初こそ、脅えたように聞いていたが、鬼一爺さんが人懐っこい性格だと分かると、美涼も次第にいつも通りの気楽な雰囲気に戻り始めた。

 話し始めて15分くらいすると、逆に鬼一爺さんに質問をしたりもしてたので、美涼も爺さんの存在を受け入れ始めたみたいである。

 とりあえずそんな感じで、美涼には納得してもらったのだが、この事は親も含めて誰にも他言しないように釘を刺しておいた。

 色々と面倒な事になるので、そこんところは特に強く言っておかないといけないからだ。

 美涼も、それについては一応同意してくれた。まぁ大丈夫だろう、多分……。実の妹を信じてみよう。

 また、説明を終えた後は美涼も積極的に、色々と昔の事を鬼一爺さんに聞いたりするようになり、すっかり受け入れたようだったので一安心といったところである。

 まぁそんな感じで、予期せぬ事態をなんとか乗り切った俺は、安心感からか全身の力を抜いて布団の上に寝転がるのであった。

 だがその時、御神籤おみくじに書いてあった『女難にこと気をつけるべし』の一文が再度、俺の脳裏を過ぎる。

 それと共に、これも女難の一種かと思うと全身に悪寒が走ったのであった。

 俺がそんな風に身震いしていると、美涼はしれっとした態度で言った。

「兄貴もちゃんと鬼一爺さんの事を言ってくれればよかったのに、そしたらこんな事にもならなかったんだから」

「言う暇がどこにあった。ったく、フゥゥ、誰かさんに変な物を一杯投げつけられたから、もう一回風呂に入らないといけないよ……あ〜あ」

 俺はそう言うとジト目で美涼をみる。

 すると美涼は、顔の前で必死に両手を合わせ、拝むように言った。

「ゴ、ゴメンネ、兄貴。ちゃんと反省はしてるから……ね?」

 まぁ反省してるみたいだしいいか……。

 そう考えながら、俺はクシャミをしつつ二度目の風呂へと向かうのだった。

 そして風呂に向かう途中、俺は固く誓うのである。

 今回みたいな事がもう無いように、親しい間柄だといっても気を抜かず、もう少し警戒心を持つように心がけようと。

 次はこんな目では済まないのかも知れないのだから……。

 というわけで、年が明けてからまだ二日しか経って無いのにも関わらず、予想外の大変な目に俺は遭ったのであった。 

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