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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
33/64

参拾参ノ巻 ~女難序曲

 《 参拾参ノ巻 》 女難序曲



 朝食を終えた俺は、カーテンを開いて外の様子を窓ガラス越しにぼんやりと眺めていた。

 ガラス戸の向こう側に見える学園町の様子は、今日の未明から降りだした雪の為、辺り一面真っ白な世界となっていた。

 今は雪も止んでいる事もあり、窓から見える近くの道路には、傘を差さずに出歩いている人々の姿がチラホラと確認出来る。

 だが、上空はもやがかかったように灰色の曇り空で覆われているので、その内、また雪が降ってくるかもしれない。さっき見た天気予報でもそんな事を言っていたし……。

 まぁそれは兎も角、俺は今、そんな雪化粧が施された学園町を眺めながら昨夜の事を考えていた。

 勿論、俺と鬼一爺さん、そして土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんの4人で交わされた話をである――


 ―― 昨晩 ――


 土門長老達二人は沙耶香ちゃんと瑞希ちゃんがマンションを出たのを確認すると、俺と鬼一爺さんに先程までとは打って変わった真剣な表情を向けてきた。また、それと共に、緊迫感のある雰囲気を二人は発し始め、今までの緩い流れを塞き止めるかのように、俺達との間に見えない壁を作り出すのであった。

 そんな中、土門長老が硬い声色で俺達に話しかけてきた。

「さて、それでは、話易くなりましたところで、早速、本題に移らせて頂きましょうかの……」

 そう言った土門長老からは老練な人間が放つしたたかな気迫を感じる。

 俺は二人の雰囲気が一変した為、驚くと共に、無意識の内に何時の間にか身構えていた。

 そんな俺を見た鬼一爺さんは、いつもと同じく飄々とした調子で言う。

(涼一、そんなに身構えんでもええわい。この者達は我等について聞きたい事があるだけのようじゃ。のう、そうじゃろ? 土門長老とやら)

「はい、そうですじゃ。日比野君と鬼一法眼様には、どうしても聞かせて貰わねばならん事がありましての」

 土門長老は、俺と鬼一爺さんに鋭い視線を投げかける。

 俺は妙な迫力を土門長老から感じてはいたが、それよりも『俺と鬼一爺さんの一体何を知りたいのだろう?』という事のほうが気になった。

 何故ならば、爺さんから口止めされている事柄もあるからだ。

 しかし、今回の事で色々と都合の悪い物を見られてしまったので、誤魔化すような事は出来ないであろう。と俺は考えていた。

 その為、俺は内心ビクビクしながら、二人に問い掛けるのであった。

「今、『どうしても』と言われましたが、御二人は俺達の何を知りたいのですか?」

 土門長老は俺と爺さんを交互に見たあと、ゆっくりと話し出した。

「聞きたい事は幾つかあるんじゃが。先ずは、あの男をあんな状態にした刀についてお伺いさせて頂きましょうかの。道間殿からその報告を受けた時、どうしても聞かねばならぬと思っていた事じゃ。儂も長いあいだ、この呪術業界に生きてきたが、人の生気を吸い上げるような刀の事など聞いた事も無いんじゃ。さぁ、話してくれんかの」

 やはりその事か……と思った俺は鬼一爺さんを見る。

 すると鬼一爺さんは俺に一回頷くと、二人に向かい、ゆっくりと口を開いたのだった。

(フム……仕方あるまい。それについては我が言おう。だが、今から話す事は絶対に他言をしては成らぬ。絶対にだ。それが守れぬなら、お主等の問いには答えぬッ!)

 鬼一爺さんはそう言うと共に、鋭い視線と高い霊圧を振り撒き、二人を威圧した。

 今の爺さんの霊体からは、普段からは考えられないくらいの強い霊波が出ている。今ならば、霊感の無い人間でも爺さんを視界に納める事が出来る筈だ。

 爺さんがそんな風に二人を威圧するのは、恐らく、警告する意味合いもあるのだろう。『もし約束を破ったなら、ただでは置かぬ!』という……。

 土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんは、そんな鬼一爺さんを見るなり即座に身構える。

 二人と鬼一爺さんの間にやや緊迫した空気が漂い始める。

 だが、1分程そうやって対峙したところで、土門長老は一息吐くと共に肩の力を抜いた。

 そして、沙耶香ちゃんのお父さんに軽く頷くと、土門長老は鬼一爺さんに向かい言うのだった。

「フゥ、分かりました。儂等は誰にも言わぬと誓います。ですから気を静めてくだされ、鬼一法眼様」

 土門長老の言葉を聞いた鬼一爺さんは霊圧を徐々に下げてゆく。

 鬼一爺さんは元の霊圧に戻ったところで二人に話し始めた。


(よかろう、では話そうかの。……だが、その前に一つ聞きたい。今の世には、幽現成る者の伝承と鬼降ろし呪法というのは伝えられておるのかの?)

 鬼一爺さんの言葉を聞くや否や、土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんは、狐につままれたような表情でお互いの顔を見合した。

 沙耶香ちゃんのお父さんは言う。

「鬼一法眼様、鬼降ろしの呪法は禁呪として伝わってはおりますが、どのような呪法なのかまでは良く分かってないのが現状です。まぁ我々が知らないというだけで、何処かで密かに伝承されているかも知れませんが……。それと、今、仰られた幽現成る者ですが。現世うつしよ幽世かくりよを行き来する事が出来るという、陰陽の中心に立つ者の事ですかな?」

(行き来するという表現は好ましくないが、まぁそれに似た様なものかの)

 土門長老は言う。

「でしたら、一応、どちらも私共の家に伝わってはおりますの。ですが、実態の分からない話ですので御伽噺おとぎばなしのようなものと私共は捉えておりますじゃ。まぁそれに関連した事として、我が土御門家の祖である安倍清明様が、その幽現成る者であったのではないか、と言い伝えられてはおりますがの。……で、それがどうかしたのでしょうか?」

(フム……一応、伝わってはおるか。なら話は早い)

 と言うと鬼一爺さんは俺に視線を向かわせる。

 そして顎に手を当てながら二人に言った。

(先ず、幽現成る者じゃが……此処にいる涼一がそうじゃ)

「「なッ!!」」

 土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんは、目と口を大きく開きながら驚く。

 だが、鬼一爺さんは驚く二人を無視して続けた。

(それと、生気を吸い取る刀じゃが……。あれは鬼降ろしの呪法で作られた建御雷神たけみかづちのかみの分霊、布津御魂ふつのみたまが宿った刀じゃ。つまり、俗に言う布津御魂剣ふつのみたまのつるぎという物じゃの)

「た、建御雷神たけみかづちのかみに、布津御魂剣ふつのみたまのつるぎですとッ! 一体、どういう事なのですかッ」

 土門長老は一歩前に踏み出し、鬼一爺さんに言った。

 その隣に居る沙耶香ちゃんのお父さんは、話に付いていけないのか、口をポカンと開けていた。

 どうやら、鬼一爺さんの話がショッキングな内容だったみたいである。

 鬼一爺さんは言う。

(まぁ待て、それについては後で言おう。で、今言った布津御魂剣ふつのみたまのつるぎは問題があってのぅ。本体の鬼神である建御雷神たけみかづちのかみ威霊いれいを降臨させた身体か、若しくは、幽現成る者以外には触れる事が出来ぬのじゃよ)

「「…………」」

 それを聞いた途端、二人は俺を見ながら無言で固まっていた。

 ジ○ジョ風に言えば、ザ・ワールドの時を止めるスタンド攻撃を受けたかのようである。

 俺はそんな二人を見た所為か、約10秒程ではあるが、室内の時間も止まったかのような錯覚を覚えるのだった。

 そして、時は動き始める……。

「「き、鬼一法眼様ッ、その話は誠でございますか!?」」

 土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんは、大きな声でハモリながら鬼一爺さんに詰め寄った。

(誠じゃ。じゃから、お主等に他言せぬように釘を刺したのじゃよ。もし、何処ぞに居る良からぬ連中にこの事が知れようものなら、涼一の力を悪用される恐れがあるからの……)

「オ、オイッ、爺さん。今、俺の力を悪用されるって言ったけど、どういう事なんだよッ」

 俺は今の鬼一爺さんの言葉が引っかかった為、即座に問い掛ける。

(涼一、お主も地霊封陣を行使した時に気付いたであろう……。今まで黙っていたが、幽現成る者はその気になれば、鬼神の武具に触れられるだけでなく、武具の力を己の意思で扱えるのじゃよ。まぁ今はお主自身が未熟な為、まともには使えぬがの……)

 俺は鬼一爺さんの言葉を聞くと共に、自分の両手を見つめる。

 そして地霊封陣を行使した時の事を思い返すのだった。

 だが、そこで俺は考えるのである。布津御魂剣ふつのみたまのつるぎからあの時感じた膨大な霊力を俺の意思で制御を出来るのだろうかと……。

 確かに、地霊封陣の時はその力を使ったが、あれは俺の意思ではなく、刀の霊力を法陣の起点で解き放っただけである。おまけに、たったあれだけの事で、立ってるのも辛くなるくらい疲れたし……。

 とてもではないが、あの膨大な霊力を俺の意思で扱える様になる自信が無い。

 そう考えた俺は鬼一爺さんに向かい言う。

「鬼一爺さん、幾らなんでもあの刀の力を俺の意思で扱うなんて無理だよ……。とてもじゃないがそんな自信ない」

(フム……まぁ確かに、今のお主ならそう思うのも無理は無いの。じゃが、頭の片隅には置いておけ。そして涼一、お主自身もこの事は誰にも、決してッ、話しては成らぬぞ。決してじゃ! 災いの元じゃからな)

 鬼一爺さんは大きく強い口調で俺に忠告してきた。

「……それは俺も分かってるよ」

(肝に銘じておくのだ。今の世にも幽現成る者の伝承と鬼降ろし呪法が伝わっておるという事は、我が言った事も伝わっておると考えねばならぬからの。深く用心せねばならぬ)

 と、そこで土門長老が話を割ってきた。

「鬼一法眼様ッ。こ、この事を知っているのは当事者である日比野君と鬼一法眼様の二人だけなのですか?」

 俺と爺さんはその問い掛けに無言で頷く。

 それを見た土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんは、難しい顔をしながら顔を見合わせる。

 そして沙耶香ちゃんのお父さんが、一瞬、俺の顔を見てから鬼一爺さんに問い掛けたのだった。

「鬼一法眼様、日比野君は現代の霊術は知っているのですか?」

(いや知らぬ。涼一が扱えるのは我が授けた術だけじゃ。それがどうかしたのかの?)

 鬼一爺さんの返答を聞いた二人は、二言三言、小さな声で言葉を交わす。

 その後、土門長老が俺達に向かい気まずそうに口を開いた。

「あのぉ実はですな……非常に申し上げにくいのですが――」と、土門長老は低い物腰で言葉を選びながら、鬼一爺さんと俺に、今の自分達の現状を事細かに説明するのだった。


 10分後。

 土門長老とお父さんの話を聞いた俺は、驚くと共に、鬼一爺さんと出会ってから今まで辿ってきた道のりを検証すべく、必死になって思い返していたのだった。

 何故ならば、俺が爺さんから習っている霊術の類は、二人の話を聞く限りだと、もうその殆どが現在では失伝してしまっているそうなのだ。当然、目の前にいる二人の家も失伝しているそうである。

 理由はやはり、数々の歴史の動乱に陰陽道の大家が巻き込まれていったのが、そうなった原因だそうである。土門長老の話では、京の都を焼け野原にした応仁の乱が特に酷かったそうだ。

 鬼一爺さんはそれを聞くと共に、やや残念そうな寂しい顔をしていた。以前、爺さんに賀茂家断絶の話をした時と同じ様な表情である。

 だが、今、問題なのは失伝した事ではない。失われた術を俺が今まで使ってきた事が問題なのである。そこから俺達の異質さに気付く者が現れるかもしれないからだ。

 現に沙耶香ちゃんのお父さんは、土蜘蛛退治の時に霧守高原で俺が使用した霊符を見て、失伝した術の使い手がいる事を知ったらしい。そして、調査する為に沙耶香ちゃんとお兄さんを高天智市に送り込んだと言っていた。また、此処に送り込んだ理由は、高天智市内で何者かが勝手に除霊をしているのが怪しかったからだそうである。間違いなく、俺の仕業だ……。

 まぁそんな訳で、俺は今まであった事を二人に説明し、意見を求める事にしたのであった。

「――っと言うような事が今まであったのですよ。一応、今言った浅野さんというG県の葦原警察署の刑事さんには、他言しないように念押しはしてあります。それと、霊符類も一応使い終わったら回収できる物はしてます。でも今回、あの神社で何枚も霊符を使用したので確認したほうがいいですね。……このくらいですかね、痕跡がハッキリと残っていそうなのは」

 俺が話し終えると沙耶香ちゃんのお父さんは言う。

「あの神社については、この後、私と一樹で後始末をしておくから心配しないでくれ。それに、あの男が仕掛けた人払いの結界もまだ生きてる筈だから、そうそう一般人は寄り付かないだろうしね。土門長老は今の話で気になるところはありましたか?」

 土門長老は暫く考えると言った。

「まぁ日比野君の話を聞く限りじゃと、今のところはそれ程に不味い事態でもなさそうじゃな。とりあえずは一安心というとこかの」

 その言葉を聞き俺は少しホッとした。

 と、そこで土門長老は、沙耶香ちゃんのお父さんに何やら耳打ちをする。

 そして沙耶香ちゃんのお父さんは、鬼一爺さんに向かい真剣な表情になって言うのだった。

「鬼一法眼様、折り入ってお願いしたい事があるのですが……」

(……何じゃ、一体?)

「実は先程も申しましたとおり、我等は歴史に翻弄されたが故に、古の秘術を失伝してしまいました。そこでお願いがあるのです。厚かましい事とは思いますが、どうか私達…いえ、私共の子供達にも、その秘術を授けてやってもらえないでしょうか? このとおりです」

 そう言い終えた沙耶香ちゃんのお父さんは、深々と頭を下げて鬼一爺さんに土下座をした。

「私からもお願い致します、鬼一法眼様」と言いながら土門長老も同様に頭を下げる。

 突然、そんな風に土下座をするので俺はやや驚いた。が、そうしたくなる気持ちも分からなくはなかった。

 俺は鬼一爺さんに視線を向ける。

 すると、そんな二人を見た鬼一爺さんは、顎に手を当てて暫し無言で考えるのであった。

 2分ばかり考えたところで、鬼一爺さんは口を開いた。

(フム、まぁよかろう。……但し、条件がある)

「じょ、条件とは?」と土門長老。

(我が師から受け継いだ時にもされた事じゃ。その者が術を授けるに値するかどうかを我自身が判断する。ただそれだけの事じゃ)

 それを聞いた沙耶香ちゃんのお父さんは、暫し目を閉じて考えると言った。

「鬼一法眼様、それは資質を見るという事ですか?」

(ウム、勿論それもある。じゃが、それだけではない。その者の全てを見させてもらうという事じゃ。それと、この事はその者達に言ってはならぬぞい。我は真の姿を見させてもらうのじゃからの。これが条件じゃ)

 鬼一爺さんの言葉を聞いた二人は、顔を見合わせると互いに頷く。

 そして土門長老は頭を下げて言うのだった。

「鬼一法眼様。では年が明けましたら、孫を三人連れてきますので宜しくお願いしますじゃ。勿論、その事は伏せて孫に説明しておきます故」

「私の所の沙耶香と一樹も宜しくお願い致します、鬼一法眼様」

 沙耶香ちゃんのお父さんも頭を下げて言う。

 そんな二人を見た鬼一爺さんは、真剣な表情になると腕を組み、二人に言うのだった。

(ウム、ではその者達を暫く見させてもらおうかの)――


 ――といった昨晩の話の内容を俺は思い返していたのであった。

 その他にも色々と話した事柄があったが、とりあえず、一番頭に残った話はそれである。

 だが、もう一つ重要な話があった。

 それは、俺に現代霊術を覚えてもらうという事である。

 理由は勿論、鬼一爺さんから習った術をなるべく使わないようにする為だ。こればかりは従わざるを得ない。俺も厄介事は御免被ごめんこうむりたいし……。

 まぁそんな訳で、今日から早速、その現代霊術を教えてくれる講師が、俺のアパートに来る予定になっているのだった。

「ピンポーン」

 と、そこで呼び鈴が鳴った。

 俺は時計を確認する。今は9時半を回ったところだ。

 だが、沙耶香ちゃんのお父さんが寄越すと言っていた講師が来るのは、10時過ぎだった筈だ。

 予定を変更したのかな?などと思いながら俺は玄関へ向かう。そして、覗き穴から外に居る人物の確認をするのだった。

 すると其処には講師ではなく、瑞希ちゃんが佇んでいるではないか。

 今日の瑞希ちゃんはコートとマフラーの他に手袋と白いニット帽を装着していた。冬のフル装備である。見ているだけで外の寒さが伝わる格好である。

 俺はそんな瑞希ちゃんを見ると共に、昨日の霊術修行の約束を思い出した。

 そしてダブルブッキングしてしまっている事に、今、気付いたのであった。昨日のゴタゴタで、瑞希ちゃんとの約束をすっかり失念していたのだろう。

 しかし、こうなってしまった以上、悩んでいても仕方が無い。それに、瑞希ちゃんもこの先覚えるなら現代霊術のほうが、何かと都合が良いだろうし。

 そう考えた俺は、とりあえず扉を開けて爽やかに朝の挨拶をしたのだった。

「おはよう、瑞希ちゃん」

「おはようございま〜す、日比野さん。エヘへ、今日もよろしくお願いしますね」

 瑞希ちゃんは昨日の事など無かったかのように、いつもどおりに元気良く挨拶をしてきた。

「ハハハ、元気だね、瑞希ちゃんは。ところで、昨夜は良く眠れたかい?」

「はい、おかげさまで良く寝れましたよ」

 そう言った瑞希ちゃんはニコリと微笑む。

「それを聞いて安心したよ。さて、それじゃあ上がってよ。此処寒いからさ」

「はい、おじゃましま〜す」

 俺は瑞希ちゃんを部屋に招きいれると、座布団を二つコタツの周囲に置いた。

 一つは瑞希ちゃん用の座布団で、もう一つはやってくる講師のである。

「瑞希ちゃん、それじゃあ座ってて。今、ココアでも入れて持ってくるよ」

 すると瑞希ちゃんは、キッチンの方へ向かおうとしたところで、俺に聞いてくる。

「日比野さん。今、コタツに座布団を二つ置きましたけど、私以外にも誰か来るんですか?」

 中々に鋭い子である。冷静に状況を分析している。

 俺の座る場所には既に座布団があるので、今、コタツの周りには合計3つ置かれている事になる。だから瑞希ちゃんも不思議がったのだろう。

 因みに、合体させてあった寝具類は畳んで部屋の隅に置いてある。

 理由は、良く知らない人にそんな状態を見せるのは、流石に気が引けたからだ。

 まぁそれはさて置き、俺は瑞希ちゃんに事情を話す事にした。

「実はさ、昨日、沙耶香ちゃんのお父さんから『現代の霊術を教える講師を俺の所に派遣する』って言われたんだよ。多分、あと30分程すると来ると思うんだけどね。まぁそれが二つ置いた理由かな」

 と言いながら俺はテレビの上にあるデジタル時計に目をやる。

「へぇ、昨日、私が帰った後、そんな話をしていたんですか」

「ハハハ、まぁそんなところかな」

 すると瑞希ちゃんは、やや申し訳なさそうに俺に聞いてくるのだった。

「日比野さん……。その講師の話、瑞希も一緒に聞いてもいいですか?」と。

「いいよ。それに、この先の事を考えると、瑞希ちゃんも知っておいた方が良さそうだからね」

「ほ、本当ですか。良かったぁ、『駄目だ』って言われたらどうしようかと思いましたよ」

 瑞希ちゃんはそう答えると、肩の力を抜いていつもどおりに振舞う。

 そして、上に着たコートを脱ぎながら室内を見回すと言った。

「あれ、日比野さん。お爺さんは何処にいるんですか?」

「ああ、鬼一爺さんなら、久しぶりの雪景色を見てくるって、さっき外に出て行ったよ。その内来ると思うよ」

「そうなんですかぁ。ところで日比野さん。この後来る講師って誰なんですか?」

「さぁ、俺も良く分からないんだ。講師を寄越すとしか聞いてないからね。っと、はい、どうぞ召し上がってください」

 俺はそう答えながら、入れたての湯気の立ったココアを瑞希ちゃんの前に置いた。

「ありがとうございますぅ。今日は寒いんで暖まります」

 と言った瑞希ちゃんは、暖をとるようにココアの入ったマグカップを両手で包み込む。

 そんな仕草をするという事は、相当、寒かったのだろう。

 瑞希ちゃんにココアを配り終えると、俺もインスタントのブラックコーヒーを入れて自分の席へと座る。

 そこで瑞希ちゃんが言った。

「あ、そうだ、日比野さん。実家には年内に帰るんですか?」

「そうだなぁ、ウ〜ン……まだ決めてないや。それがどうかしたの?」

 すると瑞希ちゃんはモジモジしながら言った。

「私、元旦に日比野さんと初詣に行きたいなぁ……なんて思ってるんですけど……難しいですか?」

「まぁ出来ん事もないけどね。2日に帰ればいいだけだから」

 俺の言葉を聞いた途端、瑞希ちゃんはパァッと明るい表情になり言った。

「ほ、本当ですか? でしたら、そうしてくれると瑞希は嬉しいです」と。

 そんな瑞希ちゃんを見た俺は、まぁ別にいいか、と思い返事をする。

「じゃあ、実家には2日に帰る事にするかな。神社の御神籤おみくじを引いて、今年の運勢でも見てから帰る事にするよ」

「エヘへ、ありがとうございます、日比野さん」

 瑞希ちゃんは俺の返答が嬉しかったようで、満面の笑顔でそう言った。

 そして講師がやってくるまでの間、俺と瑞希ちゃんはホットな飲み物を片手に、他愛ない世間話をして時間を潰すのであった。


 ――それから約30分後、ピンポーンと室内に呼び鈴が響き渡る。

 俺は玄関へと移動し覗き穴を確認した。

 すると外にいたのは沙耶香ちゃんであった。沙耶香ちゃんも瑞希ちゃんと同じで、冬のフル装備姿である。勿論、今日は変装などしていないので、一目で沙耶香ちゃんだと分かった。左右に長く垂らしたツインテールは今日も健在である。

 だが、この時間帯にやってきたという事は、恐らく、沙耶香ちゃんが講師なのだろう。というか、薄々、俺もそんな気はしていたが……。

 まぁそれは兎も角、確認を終えた俺は、早速、玄関扉を開いた。

「おはようございます、日比野さん」

 俺の顔を見るや否や、沙耶香ちゃんは丁寧にお辞儀をして挨拶をした。

 そんな沙耶香ちゃんを見た俺は、感心すると共に、確認の意味も込めて、考えていた事を口にしたのだった。

「おはよう、沙耶香ちゃん。あのさ、お父さんが言っていた派遣する講師というのは、もしかして……」

「はい、私でございます。これから色々とご迷惑をかけるかも知れませんが、宜しくお願いします」

 沙耶香ちゃんは丁寧な口調でそう言うと、俺にニコリと微笑む。

 と、そこで俺の後ろから瑞希ちゃんがやってきた。多分、今の会話が聞こえたからだろう。

 瑞希ちゃんは俺の隣に来ると、沙耶香ちゃんに向かい笑顔で挨拶をした。

「おはようございます、道間さん……」

「おはようございます、高島さん……」

 だが沙耶香ちゃんと瑞希ちゃんは、笑顔で挨拶しているにも拘らず、妙な緊迫感を漂わせていた。

 俺は『そう言えば昨日もこんな感じだったなぁ』と暢気に思いながら、沙耶香ちゃんを部屋へ招き入れて案内する。そして沙耶香ちゃんにもココアを出してから、自分の席へと座るのであった。

 沙耶香ちゃんは、俺が座ったところで話し掛けてきた。

「日比野さん、鬼一法眼様は何処かへお出かけしているのですか?」

「ああ、爺さんかい? 今、外に散歩しに行ってるよ。雪化粧を見るのが久しぶりだって言ってたからさ。その内、帰ってくると思うよ……ン?」

 だが丁度その時、タイミングよく鬼一爺さんが窓をスルリと抜けて部屋に入ってきたのである。

 そして霊圧を上げて二人に姿を現したのであった。

(ほう、何時の間にやら客人が来ておったか。フォフォフォ)

「お、おはようございます。鬼一法眼様」

 沙耶香ちゃんは正座をして深く頭を下げると、丁寧に挨拶をした。

 その仕草を見た感じでは、まだ、鬼一爺さんに対して結構緊張をしているようである。

「おはようございま〜す。お爺さん」

 瑞希ちゃんはいつもどおり、気楽な雰囲気で挨拶をする。

 俺は対照的な二人の態度を見て可笑しくなったが、笑ったら二人に失礼だと思い、笑いを堪えていた。

 まぁそれは兎も角、俺も爺さんに話しかける。

「お帰り、鬼一爺さん。で、どうだった雪景色は? 自然現象だから、鬼一爺さんのいた頃と然程さほど変わらないだろ」

(フォフォフォ、それがのう涼一。街の大きさが我のいた頃と比べ物にならないほど大きい所為か、中々に爽快な眺めじゃッたぞい。フォフォフォ)

 鬼一爺さんは満面の笑みを浮かべてそう答えた。 

 その表情を見た感じでは、かなり気分のいい散歩だったのだろう。

(ところで涼一、今から何をするんじゃ?)

 と鬼一爺さんは、沙耶香ちゃんの顔を一瞬チラ見してから言った。

「やだなぁ、爺さん。昨日、沙耶香ちゃんのお父さんが言ってたじゃないか。今から現代の霊術や鎮守の森の事を教えてもらうんだよ。で、講師が沙耶香ちゃんという訳だ」

(ほほう、我も聞かせてもらおうかの。昨日の土門長老とやらの話では、術具類が目覚しい進化を遂げておると言っておったからの。気になるわい)

 鬼一爺さんは顎に手を当てて、俺の隣にやってきた。

 この爺さんは、結構、好奇心旺盛なところがあり、おまけに珍しい物好きでもある。

 恐らく、生前からこんな感じだったのだろう。

 沙耶香ちゃんは言う。

「あの、日比野さん。実は、兄も後で来る事になってるのですけど、いいですか? 一応、父からは、私達二人で日比野さんに色々と教えるようにと言われてますので」

「へぇ、一樹さんも来るんだ。いいよ別に。ただ、この部屋狭いから、それだけは勘弁してね」と俺は後頭部をポリポリと掻きながら言った。

「ありがとうございます、日比野さん。さて、それじゃあ始め『ピンポーン』……」

 沙耶香ちゃんがそう言い掛けた、丁度その時。またもや呼び鈴がなったのだった。

 俺は一樹さんかな?と思い立ちあがると玄関へ向かった。

 そして、覗き穴を確認したのである。

 だが、その先にいる人物を見るなり、俺は思わず我が目を疑うのだった。

 何故ならば、扉の前にいるのは土門長老だったからである。

 俺はそれを確認するや否や、直ぐに扉を開けて丁寧に挨拶をした。

「おはようございます、土門長老」

 土門長老はそんな俺を見るなり笑顔で挨拶してきた。

「おお、おはよう日比野君。どうかね? 体の方は」

「はい、お陰さまでかなり良くなりました。この分だと、直ぐ良くなると思います」

 俺は閃光の矢に撃たれた肩を回しながらそう答える。

「それを聞いて安心したわい。まぁそれは兎も角じゃ。少しばかり話をしたい事もあるんで、中に入らせてもろうてもええじゃろか?」

 俺は後ろの部屋に視線を向かわせた後、土門長老に言った。

「あのぉ、実は今、瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんが来ているのですよ。それでもよろしければ……」

「おお、構わん構わん。別に隠すような話でもないからの。ヒョヒョヒョ」

 土門長老は陽気な口調でそう返事する。

「では、狭いところですが、お上がり下さい」

「すまぬの」

 俺は土門長老を空いたコタツの席に案内すると、自分が使っていた座布団を土門長老に差し出した。

 実は座布団が3枚しかないからである。実に寂しい話である。

 土門長老の姿を見た沙耶香ちゃんと瑞希ちゃんは、二人揃って丁寧に頭を下げて挨拶をする。

「「おはようございます、土門長老」」

「よいよい、そんなに堅ッ苦しい挨拶は抜きじゃ。普通で構わんよ」と土門長老は右手を振りながら二人に言った。

 と、そこで鬼一爺さんが土門長老の前にやってきた。

 そして言う。

(おはよう、土門長老)

「おお、鬼一法眼様、おはようございますじゃ」

(昨日の今日でどうしたのじゃ一体? 何かいい忘れたことでもあったのかの)

「まぁそのようなものですかの」と言いながら土門長老は俺が案内した席に座る。

 俺は土門長老が座ったところで、早速、話しかけた。

「あの、土門長老。それで、話というのは何でしょうか?」

「おお、そうじゃったそうじゃった。で、話というのは、少し聞きたい事があったからなんじゃよ」

「聞きたい事?」

 俺は昨夜の事を思い浮かべながら、『まだ何かあっただろうか?』と考える。

 だが、土門長老の口から飛び出てきた言葉は、俺の想像の斜め上を行くものであった。

「そうじゃ。で、その聞きたい事じゃが。日比野君は許婚いいなずけとか結婚を約束した女子おなごとかおるのかの?」

「はぁ?」

 俺は予想外の質問だった為、思わず、そう口から出ていた。

 だがその直後、俺は室内の僅かな異変を感じ取ったのであった。

 何故ならば、土門長老がその質問を俺にした途端、怒りに似た負の波動が室内に漂い始めたからである。

 しかも、その発信源は瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんの二人からだ。

 だが、二人の表情はいつもと変わらず笑顔である。やや硬い感じがするが……。

 また、逆に笑顔である為、何故こんな波動が二人から出ているのかが、俺には理解できないのであった。

 とりあえず、俺は質問に答える。

「いえ、おりませんが……。それがどうかしたのでしょうか?」

 すると土門長老は陽気に笑いながら言った。

「ヒョヒョヒョ、そうじゃったかそうじゃったか。なら話しやすいわい。実はの、家に来年21歳になる孫娘がおるのじゃよ。で、是非一度、日比野君に会わせてみたくての。年が明けたら、また細かい事は連絡するから考えておいて欲しいんじゃ」

 どうも話しの感じからすると、この爺さんは俺にお見合いをさせたいようだ。

 だが、俺はまだ学生だ。流石にそれは早いだろうと思い返事をした。

「土門長老、俺はまだ学生ですので、そういった話は時期尚早の様に思えるのですが……」

「ヒョヒョヒョ、そう緊張せんでもええ。おっと、そういえば写真があるんじゃった」

 土門長老はそう言うと懐から手帳のようなものを取り出した。

 そして、それに挟んであった一枚の写真をコタツの台の上に置いたのであった。

 俺達4人は、早速、身を乗り出してその写真を眺めた。特に瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんは凄い勢いであった。

 写真には3人の男女が横に並んで写っていた。一番左に男性がおり、真ん中と右側に女性二人という構図である。また、家の前で撮った写真なのか、背景には大きくて立派な玄関が写りこんでいた。男性はスーツ姿で、女性二人は赤いブレザーの制服を着ており高校生っぽい感じだ。因みに、写真の中の男女は美男美女で、真ん中にいる女性だけが眼鏡をかけていた。

 俺達がその写真をマジマジと見つめる中、土門長老は言う。

「で、今言った来年21歳になる孫娘じゃが、真ん中の娘がそうなんじゃ。その写真は3年前に撮った物じゃから学生服を着ておるがの。今はもっと美人になっておるぞい、ヒョヒョヒョ」

 確かに写っている女性は美人である。 

 だが、あまり気乗りしない俺は、とりあえず、この場しのぎの返事をする事にしたのだった。

「ハハハ、そうですね。とりあえず、考えておきます」と。

「おお、そうかね。では、また年が明けてから日比野君に連絡するから、楽しみにしとってくれ。ヒョヒョヒョ」

 と、そこで土門長老は腕時計を確認する。

 そして言った。

「さて、それではソロソロ帰らせてもらおうかの。さて、それでは皆さん、良いお年を迎えてくだされ。そしてまた来年も宜しくお願いしますじゃ。では」

 土門長老は満面の笑顔でそう締め括ると、このアパートを後にしたのであった。


 俺は土門長老が帰ったのを見届けたところで「フゥゥゥ」と大きく息を吐いた。

 そんな俺を見た鬼一爺さんは、一言、こう言った。

(お主、来年は女難に見舞われるの)と。

「はぁ? 何を言って……『ゾクッ』……」

 だが、俺がそう呟いた瞬間、瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんから、先程よりも強いメラメラとした負の波動を感じ始めたのだった。

 それと同時に背筋に冷たいものが走る。

 俺は二人にゆっくりと視線を向けた。

 しかし、二人は笑顔であった。但し、目が笑っていなかったので非常に怖い微笑みである。

 そんな二人に少しビビリながら俺は言った。

「ね、ねぇ……二人共、どうしたの急に? なんか怖いなぁ、その表情……」

 すると、瑞希ちゃんは笑顔で沙耶香ちゃんに言った。

「いいえ。何でもないですよ。ねぇ道間さん」

「ええ、何でもありませんわ。高島さん」

 二人は笑顔のまま、いつもより低い声色でそう答えると「「ウフフフフフフフ」」と不気味にハモリながら笑ったのである。

 俺はそんな二人を前にして生唾をゴクリと飲み込む。 

 そして、その後に行われた沙耶香ちゃんの講義は、妙な緊迫感に包まれた中で行われる事になり、非常にスリリングな気分を味わう事になった。

 また、それと同時に鬼一爺さんの言った『お主、来年は女難に見舞われるの』という意味深な言葉が、俺の頭の中を駆け巡る事になり、この日はとても勉強という気分になれなかったのであった。

 

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