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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
32/64

参拾弐ノ巻 ~七者会談

 《 参拾弐ノ巻 》 七者会談



 ――俺は今、学園町にある沙耶香ちゃんの住むマンションに来ている。そして、そのマンション内の広いリビングにて、閃光の矢で貫かれた肩の手当てを沙耶香ちゃんと瑞希ちゃんの二人にしてもらっている最中なのであった。

 沙耶香ちゃんの住むこのマンションはかなり新しく、壁紙やフローリング等の建材が蛍光灯の反射で眩しく光り輝いていた。大きなキッチンやトイレ等も同様に真新しく光り輝いている。他の部屋には行っていないが、恐らく、何処の部屋に行っても真新しい品の良さを感じさせる雰囲気であろう事は容易に想像できる。その為、工事が終わってからそれほど期間が経ってない様に見えるマンションであり、俺のワンルームと比べると非常に広く快適な感じの空間となっているのであった。

 だが、建物の真新しさとは裏腹に、リビングの様相は真ん中のコタツと周囲の壁際に設置されたソファとテレビだけの割と殺風景な感じの部屋である。11月に高天智市へ引っ越して来たと沙耶香ちゃんが言ってたから、殺風景なのはそういった理由もあるのだろう。

 そんな事を考えながら俺は室内を見回す。

 因みに、鬼一爺さんはクリスマス特番の良く分からんテレビ番組を見ているところだ。場所が変わっても鬼一爺さんの行動はマイペースである。

 沙耶香ちゃんのお父さんとお兄さんは、土門長老という人の所へ男を引き渡しに行っている為、此処にはいない。だが、それが終わり次第、その土門長老という人と共に此処へ戻ってくると言っていたので、その内来る筈だ。また、「戻ってくるまで此処にいてくれ」と念押しもされている為、俺は手当てをしてもらいながら二人の帰りを待っているところなのであった。

 そして今、話に出てきた土門長老と呼ばれる人だが、この人を連れて来る事になったのには理由がある。実はあの後、神社にて今日の経緯を簡単に俺が説明したところ、二人を悩ませる大問題が出てきたからなのである。

 二人は当初、拘束した男をそのまま連れてゆくつもりだったらしい。だが、拘束した男があんな状態になった過程と俺の存在(というか、多分、鬼一爺さんの存在だろう)が、非常に不味いようなのであった。それで色々と思案した結果、その土門長老という人に事情を説明して、後腐れないようにこの事態を収拾してもらおう、という結論に至ったのである。

 また、沙耶香ちゃんを含めたその時の3人の表情は、非常に険しく、苦渋の決断といった感じだったので、相当に判断の難しい状況だったのだろう。

 まぁそういう訳で、此処に来るまでに多少バタバタとした感はあったが、とりあえず、神社からは撤収する事になり、今に至るという話である。

 そして、そんな風に今までの展開を思い返していた、丁度その時。

「ックション!」

 俺は大きくクシャミをすると共にブルッと震えがきたのだった。

 理由は勿論、上半身が裸の状態で手当てをして貰っているからである。が、幾ら暖房がかかっている室内とはいえ、20分前にスイッチを入れたばかりで、まだそれ程に部屋自体が暖まっていない。その為、鳥肌の立つ身体を小刻みに震わせながら、俺は手当てを受けているのであった。

 そんな震える俺を見た瑞希ちゃんは、包帯を手に持ちながら元気良く微笑むと言う。

「日比野さん、もうすぐで終わりますからね。あとちょっとだけ我慢してくださいね」

「ハハ、ありがとう、瑞希ちゃん」

 やや震えながら笑顔でそう答えた俺は、隣にいる沙耶香ちゃんに視線を向ける。

 沙耶香ちゃんは、使い終わった塗り薬を救急箱に仕舞っている最中であった。

 そこで丁度、俺と目が合う。

 すると沙耶香ちゃんは、柔らかい笑みを浮かべて俺に話しかけるのであった。

「日比野さんが自分で行った霊的な応急処置が早かったので、傷もそれ程酷くありませんでした。多分、直ぐに良くなりますよ」

「そう? そりゃ良かった。俺もそれを聞いて一安心したよ」

 俺がそう答えると、瑞希ちゃんが包帯を巻きながら言う。

「私も一安心しました。日比野さんがあの光に撃たれた時、私、思わず目を覆っちゃいましたよ。でも、傷を見たら、思ったほど酷くなかったのでホッとしたんです。これからは、あまり危ない事はしないで下さいね。……っと、はい、終わりましたよ日比野さん」

「ハハハ、ゴメンね瑞希ちゃん。心配かけさせて」

 瑞希ちゃんに注意をされた俺は、面目ないといった感じで頭を掻きながら返事をする。

 そして、肩を回し、包帯の巻具合を確認してから上着を着始めるのだった。

 だが、服を着ている最中、フトある疑問が湧いてきたので俺は瑞希ちゃんに問い掛ける。

「ところで瑞希ちゃんさぁ、なんで神社に居たの? 俺、てっきり、帰ったとばかり思ってたんだけど……」

「そ、そうですよ。私もそれが気になってたんです。どうして高島さんがアソコにいたのかと」

 そこで沙耶香ちゃんも身を乗り出す。

 すると瑞希ちゃんは、やや俯き加減になりながらションボリと小さく答えるのだった。

「だって……帰り際の日比野さんとお爺さんの表情が、あまりにも深刻そうに見えたから気になったんだもん……。それで日比野さんの後をつけたら、あの神社に入っていったから……後は……ゴメンなさい、日比野さん」

「やっぱりか。多分、そうじゃないかなって俺も思ってはいたんだよ。帰り際の様子が少し変だったからさ。まぁそれは兎も角、今度からは一言言ってね。俺も今回の様な事があると困るからさ」

「はい、反省してますぅ」と返事すると瑞希ちゃんは肩を窄める。

「瑞希ちゃんもあまり無理しちゃ駄目だよ」

 と、言いながら瑞希ちゃんの頭を撫でた俺は、テレビ台の上に置かれている時計に目をやる。時刻はもう7時を回っていた。

 時刻を確認した俺は瑞希ちゃんに言う。

「瑞希ちゃん、お家に連絡しないと不味いんじゃない? お家の人も遅いから心配してると思うよ」

「家の方にはさっき連絡を入れました。一応、友達の家にいると言ってあるんで大丈夫です。それに、道間さんのお兄さんが家まで送ってくれるそうなんで」

 確認の為、俺は沙耶香ちゃんに視線を向ける。

 沙耶香ちゃんはコクリと頷く。

「はい、一応そういう手筈になっております。高島さんも私達の世界に関わってしまったので、これからの話に加わってもらわないといけないんです。少しお時間を頂く事になりますが、私共が責任を持って家まで送らせて頂きますので、それに関しては心配しないで下さい」

「ま、そういう事なら仕方ないか。しかし、とんだクリスマス・イブになったなぁ。ハァァ」

 俺はそう言うとコタツの上に突っ伏した。

「クスクス、本当ですね。……でも、日比野さんと会えたので、その……それについては良かったです」

 沙耶香ちゃんは、頬を若干紅く染めながらそう言った。

 そんな沙耶香ちゃんを見た瑞希ちゃんは、俺の隣に来るなり腕に手を回して言うのだった。

「瑞希も、今日は何時もより日比野さんと長く一緒にいれるので嬉しいです」っと。

 すると沙耶香ちゃんも俺の隣に来る。

 その途端、何故かは分からないが、非常に緊迫した空気を二人から急に感じ始めるのであった。

 俺はそんな空気にややたじろぎながらも二人に視線を向かわせる。

 すると二人は笑顔ではあるが、何処かいつもと違う固い笑みとなっていた。

 そんな二人に対して『何なんだ、一体?……』と考えていた丁度その時。

 テレビから「ピコピコ〜ン」と、いけ好かないニュース速報の音が聞こえてくるのだった。 

 俺はテレビの方へ視線を向ける。

 すると其処には、白い点滅文字で画面上部にこう表示されていた。


 >大沢伊知郎議員、F県での講演会場にて死亡。

 >F県の高天智市にて講演を行っていた光民党幹事長の大沢伊知郎議員が、会場施設にて突然倒れ、県内の病院へ直ぐに搬送されましたが、先程、搬送先の病院にて死亡が確認されました。


「この人って今日、高天智市に来てた人やんか。なんで死んだんだろう? やっぱ病気かなぁ……。でもここ最近、光民党の議員って立て続けに亡くなってるよなぁ。しかも、この人で4人目じゃんか」

「そういえば、日比野さんの言うとおり、この人で4人目ですよね。珍しい事もあるもんですね」

 瑞希ちゃんも首を傾げながら相槌を打つ。

「そうだよね。もしかして、誰かがデス○ートを拾ったのかも。なぁんてね」

「またまたぁ。もう、日比野さんたら。そんな事あるわけ無いじゃないですか。ただの偶然に決まってますよ」

 と、そこで俺は、さっきから様子のおかしい沙耶香ちゃんに視線を向ける。

 何故ならば、沙耶香ちゃんはニュース速報を見るや否や、突然、それを見て黙り込んだからである。

 テレビを見詰めるその表情は、何処か陰りのある寂しい感じになっていた。

 そんな沙耶香ちゃんの表情が気になったので俺は問い掛ける。

「どうしたの? 沙耶香ちゃん。ニュース速報見てから様子が変だよ」

 すると沙耶香ちゃんは、身体をビクッと一回震わせて俺に振り向いた。

 そして真剣な表情になり、一呼吸間を置いてからゆっくりと話し始めるのだった。

「……日比野さん、実はあの男なんですが、この大沢議員の件と関係があるのです」

「エッ、どういう事?」

 思いもよらない言葉が沙耶香ちゃんの口から出てきたので、俺は即座に聞き返した。

「その件については、後で父からも話があると思いますので、その時に聞いてください。私もそんなに詳しくは知らないので……」

 そう話す沙耶香ちゃんの表情は何処と無く寂しい表情の様に見える。

 色々と複雑な事情があるのだろう。

 俺はこれ以上この話はしないようにし、別の話題に変える事にした。

「フゥン、じゃあ後でお父さんに聞くよ。アッそうだ。話は変わるけどさ、沙耶香ちゃんが持ってた霊符って見せてもらっていいかい?」

「えっ、は、はい。ちょっと待っててもらえますか」

 と言うと沙耶香ちゃんは、リビングの隣にある部屋へ入って行った。

 それから程なくして戻ってくると、俺が見やすいよう、コタツの台上に数種類の霊符を向きを揃えながら並べていくのだった。

「一応、これ以外にもあるのですが、私が良く使う霊符はこういったタイプの物です」

「へぇ、これが、沙耶香ちゃん達が使う霊符かぁ……」

 俺は眼前にある霊符をじっくりと眺める。

 隣に居る瑞希ちゃんも「へぇ〜」と興味深そうにそれらを眺めていた。

 そして符を見ている内に、俺はある事に気が付くのだった。

 沙耶香ちゃんが持ってきた霊符には、全て印刷されたかのような統制のとれた模様が描かれているからである。

 符の大きさも俺が自分で作った物とは違い、綺麗に切り揃えられて千円札の様にすべて同じ大きさとなっていた。

 その為、神社とかに良くある大量生産品のお札といった感じがするのである。

 しかし、それ以上に気になる事があった。それは符に描かれている術式である。

 これらの霊符に描かれている術式は、俺が鬼一爺さんから習った物を簡素化した様な感じが何処と無くするのである。早い話が劣化してるような印象を受けたのであった。

 だが、いきなりそんな事を言うと沙耶香ちゃんも気分を悪くすると思い、とりあえず、それは置いておく事にした。

 一通り霊符を見た俺は、沙耶香ちゃんに向かい言った。

「これって何処かで作られている物なのかい? 沙耶香ちゃんが作った物じゃないよね。なんか、印刷された物のような感じがするからさ」

「はい。実は霊符に限らず、私達の使う術具は天目堂てんもくどうと呼ばれる呪術具を専門に開発・販売する会社で作られているのです」

「へぇ〜天目堂ってところで作られてるんだ。ン……天目堂……。それって全国的に有名な『仏壇仏具の天目堂』と同じ……なわけないか」

 俺は、時々、テレビや雑誌なんかで耳にする事がある、天目堂と呼ばれる仏壇屋の事を思い浮かべていた。

 それを聞いた沙耶香ちゃんは笑顔で言う。

「良く分かりましたね、日比野さん。そうですよ、あの天目堂です。表向きは仏壇仏具を取り扱い、裏では呪術具を取り扱っているのです。でも、これは関係者しか知らない事なので、他言はしないでくださいね」

「ハハハ、分かってるよ。それは心配しないで」

「私も口が堅いから安心してね」と瑞希ちゃんが言ったところで、鬼一爺さんも俺達のやりとりに興味を持ったのかコッチにやって来た。

 そして(ホホウ、これは今の世で使われておる霊符か、どれどれ……)と言いながらマジマジと符を見詰めるのであった。

 鬼一爺さんは符を見るなり一瞬眉間に皺を寄せる。恐らく、俺と同じことを思ったのだろう。

 だが、直ぐ元の飄々とした雰囲気へと戻ると、沙耶香ちゃんに向かい言った。

(フム……。娘子よ、これらの霊符を今の世の術者達は普段使用しておるのかの?)

「は、はい……そうでございます」

 沙耶香ちゃんは何処と無く気まずい表情で答える。

 鬼一爺さんにまだ緊張してるのだろうか?

 俺がそんな風に考えていると鬼一爺さんは言う。

(これらの符に描かれておる術式は、我の生きていた頃にもあったぞい。民間術者達の間で使われていたものじゃな……全部、見た事あるわい)

「フゥン、鬼一爺さんの時代にもあった術式なのか。なるほどねぇ……」

「へぇ〜そうなんだぁ。昔からずっと続いている霊符なんですね」

 瑞希ちゃんはその中の一枚を大事そうに手にとると、文化財でも見るかのように軽く驚きながらそう呟く。まぁ、今の瑞希ちゃんにとってはすべてが物珍しく見える事だろう。

 だがそこで気になる事があった。

 沙耶香ちゃんが俺と鬼一爺さんの顔をジッと見ているからである。

 その視線は俺や爺さんの反応を見ているといった感じだ。

 何故、そんな風に見ているのかは分からないが、その視線が気になったので、俺は沙耶香ちゃんに問い掛けるのだった。

「ン、沙耶香ちゃん、どうかしたの? なんか難しそうな顔をしてたけど……」

 だが、沙耶香ちゃんは俺をジッと見詰めながら聞いてきた。

「……日比野さん。その霊符を見て何か感じませんでしたか?」と。

「それってどういう事?」

 俺は質問の意味が良く分からなかったので逆に聞き返す。

 すると沙耶香ちゃんは、背筋を伸ばして真剣な表情になり、俺と鬼一爺さんに向かい言うのだった。

「日比野さんに鬼一法眼様、まだ話してなかった事があるのです」

「話してなかった事?」

 俺は『一体、何だろう?』と考えながら返事をする。

「はい。私の苗字は道間ですが、私の家には代々続くもう一つの名前があるのです」

「もう一つの名前?」

「はい。私達が代々受け継いできたもう一つの名前を『道摩』といいます」

 沙耶香ちゃんの言葉を聞いた鬼一爺さんはピクッと一瞬眉根を動かした。

 そして言う。

(……ほほう。お主、道摩のゆかりの者であったか)

「はい。ですが、道摩家の本流は既に絶えており、私達はその分家の血筋にあたります」

 鬼一爺さんは、沙耶香ちゃんの言った道摩という名前を知っている様である。

 話を聞く限りでは相当に古くから続く家で、どうやら、鬼一爺さんの同業者といったところなのだろう。

(なるほどの……。そして、道摩家も本流が途絶えてしまっていたか……)

「道摩家も……という事は、鬼一法眼様は賀茂家の事も既にご存知なのですか?」と、鬼一爺さんの言葉に沙耶香ちゃんはやや驚きながら聞き返す。

(ウム。以前、涼一に『ぱそこん』ちゅうやつで調べてもろうたからの。大体の事は聞いておる。歴史の動乱で幾多の陰陽師達が翻弄された様じゃの)

「は、はい、そうなのです。それで実は……『ピンポーン』……」

 沙耶香ちゃんが鬼一爺さんに向かい何かを言いかけた、丁度その時。

 リビングにチャイムの音が鳴り響いたのだった。

「お父様達かしら? ちょっと待っていて下さい」と言うと沙耶香ちゃんは玄関へ向かう。 

 そして暫くすると「お帰りなさいませ」という沙耶香ちゃんの声が玄関の方から聞こえてきたのである。

 それと共に、はっきりとは聞こえないが、数人の話し声らしきものが聞こえてきたのだ。

 声の感じからすると、どうやら、沙耶香ちゃんのお父さん達が戻ってきたようである。

 俺と瑞希ちゃんは互いに顔を見合すと、背筋を伸ばしてやや緊張気味にやってくるであろう人達を待つ。因みに鬼一爺さんは、また霊圧を下げて姿を隠そうとしていた。多分、何回も同じことを言わせられるのが嫌なのだろう。

 それから程なくして、沙耶香ちゃんと共にスーツ姿の3人の男達がこのリビングに入ってきたのだった。


 現れたのは沙耶香ちゃんのお兄さんとお父さん、そして白く長い髪と髭が特徴の老人である。恐らく、この老人が土門長老という人物なのだろう。何しろ、見た目がモロ長老といった感じなので間違いないはずだ。

 沙耶香ちゃんは俺の対面になるコタツの前に、その老人を丁寧に案内すると言った。

「土門長老、此方へお座りになって下さい。今、お茶をお持ち致しますので」

「おお、すまんの。それでは座らせてもらおうかの。よっこらせっと」

 土門長老と呼ばれたその老人は陽気な口調でそう答えると、どっしりと腰を下ろして俺の会い向かいに座った。

 続いて、沙耶香ちゃんのお父さんやお兄さんも空いたところに座る。

 俺と瑞希ちゃんは3人に無言ながらも頭を下げて会釈をする。

 それを見た3人も俺に軽く会釈を返してきた。

 全員がコタツの席に座ったところで、沙耶香ちゃんが皆の前にお茶の入った湯呑みを丁寧に置いてゆく。

 置かれた湯呑みからは品の良いお茶の香りが湯気と共に立ち上っており、その香りが緊張気味の俺を少しリラックスさせてくれるのだった。

 湯呑みを全て配り終えた沙耶香ちゃんは、俺の隣に来てチョコンと座る。

 瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんが俺の両隣にいる所為か、若干の窮屈感と緊迫感があったが、そこは気にせずに俺は3人の男達を左から順に見てゆく。

 と、そこで沙耶香ちゃんのお父さんが俺に話しかけるのであった。

「日比野君、神社でも言ったと思うが、此方のお方が土門長老だ」

「は、初めまして、日比野といいます」

 俺はぎこちなく頭を下げ、やや緊張しながら簡単に自己紹介をした。

 すると、土門長老は柔らかい笑みを浮かべて俺に言う。

「いやいや此方こそ。今、道間殿よりご紹介があったが、わしの名は土門と申しますじゃ。そして、貴殿には大変お世話になったので、先ずはお礼を述べさせて貰いたい。あの男を捕らえて頂き誠にありがとうございました」

 土門長老は丁寧に頭を下げて俺にそう謝辞を述べた。

 そして土門長老の礼が終わると、今度は沙耶香ちゃんのお父さんが俺に礼を言うのだった。

「日比野君、私からも先ず、お礼を言わせて貰いたい。此度は娘を助けて頂いたのと、我等の追っていた人間を捕らえる事に協力して頂き誠にありがとうございました」

 沙耶香ちゃんのお父さんは深く頭を下げてきた。その様は、床に頭が付きそうなくらいである。

 突然、深く頭を下げてお礼を言われたので、若干驚くと共に罪悪感も俺の中に湧いてきた。

 その為、俺は慌ててお父さんに言った。

「あ、頭を上げて下さい。成り行き上そうなっただけですから、そんなに気にしないで下さい」

 だが、お父さんは頭を下げたまま続ける。

「いや、君があの場所に居なければ、恐らく、沙耶香はあの男に殺されていただろう。それに君は、我が身を呈し、傷を負ってまで娘を守ってくれたそうじゃないか。幾ら感謝しても足りないくらいだ」

 俺にそう告げた沙耶香ちゃんのお父さんはゆっくり面を上げると、隣にいる瑞希ちゃんに視線を移し、頭を下げて謝罪をするのだった。

「君にも怖い思いをさせたね。あの男を取り逃がした我等の責任でもある。本当にすまない」

「わ、私ももう大丈夫ですので、き、気にしないので下さい」

 まさか、自分にも頭を下げるとは思わなかったのか、瑞希ちゃんはアタフタしながら裏返った声色でそう答える。

「だが、今回の出来事で君は、私達、呪術を扱う者の存在を知ってしまう事になった。つまり、裏の世界に巻き込んでしまったのだ。誠に申し訳なく思っている」

「で、でも私、日比野さんの弟子みたいなものですから、その事についても気にしないで下さい」

 瑞希ちゃんの言葉を聞いたお父さんは、俺の顔を見る。

 お父さんの表情は『本当なのかい?』と俺に無言で問い掛けていた。

 その為、俺は言う。

「はい、一応、僕の弟子という事になってます」

「そ、そうだったのか」

 やや驚きながらお父さんはそう言うと、今度は誰かを探すかのように部屋の周囲を見回す。

 恐らく、鬼一爺さんを探してるのだろう。

 だが、見当たらないので早速俺に聞いてくるのであった。

「日比野君、鬼一法眼殿は何処に居られるのだろうか?」

 それを聞いた俺は、横になりながらテレビの前にいる鬼一爺さんに視線を向ける。

 爺さんは、自分は関係ないとばかりにモロにテレビを見ていた。

 この期に及んでも、何食わぬ顔でいつも通りにテレビを見続けるその根性に敬意を払いながら、俺は鬼一爺さんを呼んだ。

「ああ、ちょっと待ってて下さい。鬼一爺さん、呼んでるよ」

 爺さんはダルそうな感じで俺に振り向く。その顔は「またかぁ」といった感じである。

 仕方ないとばかりに鬼一爺さんはその場で霊圧を上げるのだった。

 その直後、3人の男の視線が爺さんへ向かう。

 鬼一爺さんを見た3人の表情は、尊敬や驚きの混じった複雑な表情をしていた。

 そして、沙耶香ちゃんのお父さんはややかしこまりながら、鬼一爺さんに言うのだった。

「おお、其処に居られたのですか、鬼一法眼様ッ」

(フム。で、どうしたのじゃ。まだ、何かあるのかの? 新しい顔が一人増えておる様じゃが……)

 鬼一爺さんはそう言うと、土門長老に視線を向かわす。

 すると土門長老は、「お初お目にかかります。鬼一法眼様」と言いながら背筋を伸ばして礼儀正しく鬼一爺さんに一礼をしたのであった。

 何処となくだが、土門長老の物腰からは若干の緊張といったものが俺には感じられる。

 また、沙耶香ちゃんのお兄さんやお父さんも同様に襟を正して深く一礼をしている為、それら3人の行動は、まるで教祖を崇める信者のような宗教チックな光景となって俺の目に入ってくるのであった。

 それを見た俺は、『鬼一法眼という名前はそれ程に有名な名前なんだろうか? それとも、陰陽道宗家である賀茂家の人間に対して緊張しているのだろうか?』などと色々考えていた。

 だが、俺にとっては別にどうでもいい事なので、若干、引きながらその光景を眺めていたのであった。

 とまぁこんな感じで、七者の会談が始まったのである――


 ――それから1時間くらいの間、俺達はお互いの事情を大雑把にではあるが説明をしていた。

 最初は鬼一爺さんに対して控え気味に話していた土門長老や沙耶香ちゃんのお父さんも、時間が経つにつれて大分慣れてきたのか、次第に楽な口調で話をする様になっていた。鬼一爺さん自体が割と人懐っこい性格なので、それもあったのかも知れない。

 で、話の内容だが、俺の方からは今日の経緯と瑞希ちゃんや鬼一爺さんとの事など(勿論、幽現成る者という事は伏せてである)を簡単に説明し、3人の男達からはあの男の事や、それぞれの事情を簡単にだが説明してもらったのであった。

 それで分かったのは、沙耶香ちゃん達や土門長老は『鎮守の森』という呪術結社に属しており、あの男は鎮守の森が追っていた暗殺者らしいという事である。

 事実を知った俺は、今更ながら、とんでもない事に関わってしまったと心の中で嘆くと共に、『神様お願いです。鬼一爺さんと出会ってからずっと続いている、濃い日常生活からいい加減解放してくださいッ』と、いる筈の無い神様に思わずお願いをしていたのであった。

 まぁそれは兎も角、土門長老やお父さんからは『鎮守の森』についても簡単にだが説明を受ける事になった。

 二人が言うには、この『鎮守の森』という組織は、『日ノ本に蔓延はびこ霊異りょういなる災いを鎮め、そして守る森となれ』といった理念で動いており、古くから続く霊術や呪術を扱う家の殆どが、現在は『鎮守の森』に所属しているそうだ。そして、昔は個々の家々で行っていた修祓しゅばつも、今は『鎮守の森』として引き受けているそうなのである。

 また、土門長老はこうも言っていた。こういう組織体制をとる様になったのは、『歴史の流れに翻弄される事ない様に同業者同士で力を合わせる』という意味合いもある、と。

 だが、鎮守の森に属さず、未だに細々と続けている霊術家も少数ながらいる事はいるらしい。そして、それらの霊術家とは別に対立をしている訳ではないとも土門長老や沙耶香ちゃんのお父さんは言っていた。一応、鎮守の森に加盟するかどうかは、その者の任意にゆだねられているそうである。

 まぁそんな感じの話を沙耶香ちゃんのお父さんや土門長老の口から聞いていたのである。

 それで話は変わるが、俺と鬼一爺さんは今ある決断を迫られている最中なのであった。

 実は、俺と爺さんの力を是非とも『鎮守の森』に貸して欲しいと、土門長老と沙耶香ちゃんのお父さんに頼み込まれたからである。

 そんな訳で、俺と爺さんは頭を悩ませているのだった。

 暫くそうやって悩んでいると、土門長老は陽気な口調で俺に話し掛けてきた。

「今、鎮守の森に手を貸して欲しいと言うたが、表立ってと言う訳ではないんじゃよ。今言った話は儂等わしらの中だけの話としてもらいたいんじゃ」

「エッ、それってどういう事ですか?」

「実はの、日比野君と鬼一法眼様の事情があまりにも特殊な事例なので、儂と道間殿だけの中に仕舞っておきたいんじゃよ。あまり目立つと他の術者達を刺激する事になるかも知れんからの。そこで相談なのじゃが、暫くの間、道間殿に協力するという形で、鎮守の森に力を貸してくれんじゃろうか? 先程の話を聞いた感じじゃと、日比野君も鬼一法眼様も今の呪術業界の事はあまり詳しくない様に見受けられる。余計なトラブルを回避する為にも、ここは一つ儂の提案に乗って頂けるとありがたいのじゃよ」

 土門長老の説明を聞いた俺と鬼一爺さんは顔を見合わせる。

 確かに、土門長老の言うとおり、この業界の事はまだ殆ど分かってないのが今の現状だ。

 土門長老の提案も一理ある。それに何と言っても、俺自身、余計なトラブルはこれ以上起こって欲しくない。ここは土門長老の提案に乗るのが吉か……。

 俺がそう考えていると鬼一爺さんは気楽な感じで言った。

(涼一、お主の好きな様にすれば良いぞ。我はお主の考えを尊重しよう。それに、我はお主に憑いておる様なもんじゃからの。お主の行く所に憑いて行くだけじゃわい。フォフォフォ)

「そ、そうかい。なら、御厄介になろうかな。俺も訳の分からんトラブルは嫌だからね」

 すると土門長老は明るい表情になり言った。

「おお、儂の提案に乗ってくれるかね。ありがたい」

 沙耶香ちゃんのお父さんも同じく明るい表情を俺に向ける。

 そして、俺の決断にホッとしたのか、大きく一息吐いてから言うのだった。

「すまないね、日比野君。力を貸してもらうばかりじゃなく、私も君の力になるよ。分からない事があれば色々と聞いてくれたまえ」

 そう言い終えると、お父さんは俺に手を差し伸べてきた。

 俺はその手を取り握手をする。

 それを見た沙耶香ちゃんは満面の笑顔で俺に言うのだった。

「日比野さん、これからよろしくお願いしますね」

「日比野君、これからよろしく頼むよ」と、続いてお兄さんとも握手をする。

 そして、今まで静かに隣にいた瑞希ちゃんは俺にエールを送るのだった。

「エヘへ、頑張って下さいね、日比野さん。それと、瑞希の師匠でもあるんですから、そっちの方も忘れないでくださいよ」

 屈託のない笑顔を俺に向ける瑞希ちゃんは、そう言った後に俺の腕に手を回してくる。

 そんな瑞希ちゃんに苦笑いを浮かべながら俺は答えた。

「ハハハ、分かってるよ。さてと……」

 そこで俺は時刻を確認する。今は8時30分を回ったところである。

 瑞希ちゃんはさっき、家に連絡してあるとは言ってたが、流石にあまり遅くなると親御さんが心配する筈だ。

 だが、俺が帰ろうと言わない限り、瑞希ちゃんの口からその言葉は出て来そうな気配がない。

 その為、俺自身もソロソロ失礼させてもらおうかと思い、土門長老や沙耶香ちゃんのお父さんに向かいその旨を伝えるのだった。

「あの、すいません。ソロソロ失礼させてもらってもよろしいですか? それと、瑞希ちゃんもあまり遅くなると親御さんが心配すると思うんですよ」

「おお、そうじゃったの。日比野君は兎も角、其方の娘さんは流石に遅くなると不味いの」

 俺の言葉を聞いた土門長老はニコッと笑いながら言うと、沙耶香ちゃんのお父さんに視線を向ける。

 お父さんは土門長老に頷くと、一樹さんに向かい言った。

「それでは一樹、車をマンションの前に回してきてくれるか?」

「はい、それでは」と返事をした一樹さんは足早に玄関の方へと向かう。

 お父さんは沙耶香ちゃんにも言った。

「沙耶香も一樹と一緒に、高島さんを家まで送ってあげなさい。高島さんを巻き込んだのはお前の責任でもあるのだからな」

「はい。ちゃんと家までお見送りしてまいります」

 沙耶香ちゃんは頭を下げて丁寧に返事をすると、瑞希ちゃんに向かい言った。

「では高島さん、5分程で表に車が来ると思いますので暫く待っていてください」

「ゴメンね、道間さん。わざわざ家まで……」

 瑞希ちゃんは申し訳なさそうに言う。

「いえ、気にしないで下さい。私の責任でもありますので」

 と、二人がそんなやりとりをしている中、お父さんは小声で俺に話し掛けてきた。

「日比野君、すまないが、私と土門長老と日比野君、そして鬼一法眼様だけで、もう少し話したい事があるんだ。いいだろうか?」

 俺は少し考えるが、まぁ別にこれといって用事がある訳でもないので、気軽に答えた。

「はい、少しくらいならいいですよ」と。

「おお、すまないね。帰りは一樹にちゃんと家まで送らせるから心配しないでくれ」

 俺の返答を聞いたお父さんは、早速、土門長老に耳打ちをする。

 すると、土門長老はニコリと俺に微笑みかけてきた。俺も釣られて微笑む。

 何の話かは良く分からないが、あまり他言の出来ない複雑な事情があるのだろう。

 さっき土門長老も、俺と鬼一爺さんの事情がかなり特殊な事例だと言っていた。あまり表沙汰にしたくないようにも見えたし……。

 だが、今はこの業界の事を一刻も早く知る必要がある。とりあえず、今一番情報を得られそうな人は目の前に居る土門長老や沙耶香ちゃんのお父さんだ。それに、こうなってしまった以上、従うべきところは従わないと、後々余計なトラブルを招きかねない。 

 この時の俺はそう考えると共に、自分にそう言い聞かせてもいたのであった――


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