表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
30/64

参拾ノ巻  ~地霊封陣

 《 参拾ノ巻 》 地霊封陣



 ――今はもう午後5時を過ぎている。一応、この間の除霊の時に着ていたフード付きの黒いコートを上に着ているが、流石に外の気温が低いので少しは寒い。が、予想していた範疇はんちゅうなので俺は気にせずに市街地を進んで行くのだった。

 だが、中心市街地はクリスマス・イブという事もあって流石に人や車が多く、移動するにも中々自分のペースでという訳にはいかない。その為、焦りや苛立ちに似たような気持ちが俺の中に湧いてくるのだった。

 何故ならば、近付くにつれて徐々にハッキリと感じられる負の波動と共に、俺の中の何かが警報を鳴らしているからだ。漠然とではあるが、確実に良くない事が起きているのは俺にも分かる。そして、負の波動を辿りながら俺は考えるのである。こんな人通りの多い繁華街で一体、何が起きているんだ?と。

 そんな事を考えながら只管ひたすら進んで行くこと20分。隣が公園で周囲が林となった神社から、波動が発せられているのを俺は突き止めたのだった。その神社の手前辺りからは、ピリピリとした禍々しく強い負の波動が伝わってくる。

 俺は神社正面の赤い鳥居を潜ると、早速、負の波動の発信源に向かうべく足を其方側に向けた。だがその時、負の波動を発している逆の方向から、やや高い霊圧を放つ存在が俺の霊感に引っかかったのである。

 俺はその方向に視線を向ける。が、先は暗闇で何も見えない。

 しかし、何故か嫌な予感がした為、俺は鬼一爺さんに問い掛けたのだった。

「爺さん、向こうから高めの霊圧と、それに群がる負の波動の両方を感じる。もしかすると、誰かが霊術を使って戦ってるんじゃないのか?」

(ウム……どうやら、悪霊どもと誰かが戦っておる様じゃ。不味いわい、この程度の霊圧しか練れぬ術者ではその内やられてしまうぞい。えぇい、仕方がないッ。涼一、助けに行くのじゃ)

 鬼一爺さんは負の波動の発信源と、その反対方向を交互に見ながら険しい表情でそう言った。

 爺さんの表情を見る限りでは苦渋の決断といった感じである。恐らく、本当は発信源に一刻でも早く向かいたいのだろう。

「わ、分かった」

 俺はすぐさま其方側へと足を向けて走り出す。

 その途中、勿論、直ぐに術を行使できる様に、霊符の準備と霊圧を上げる事は忘れない。

 そうやって臨戦態勢に入りながら参道を外れて林の中を進んで行くと、木々の生えていないやや開けた場所に出たのだった。そして其処に出るなり、先程感じた高めの霊力と負の波動の正体が俺の目に飛び込んできたのである。

 なんと其処には、眼鏡を掛けた一人の女性が悪霊に囲まれており、非常にヤバイ状況となっていたのだ。周囲を囲む醜悪な表情を浮かべた半透明の悪霊どもは、今にも飛び掛かろうとしているからである。

(涼一ッ、不味いぞい。形振なりふり構ってる余裕はない、早く助けるのじゃ)

 鬼一爺さんはそれを見るなり慌ててそう指示してきた。

「分かってるよ!」

《――ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ――》

 俺は女性を救出する為、直ぐに真言術・浄化の炎を両手に発動させる。

 そして、即座に悪霊ども目掛けて火球を放った。

「ワアァァァギャァァァ」

 悪霊数体が浄化の炎で焼き尽くされる。更に俺は霊籠の符を手に取り付近の悪霊に投げつけた。

 今の攻撃で出来たスペースを通って、すぐさま、俺は地面に伏せる女性の元に駆け寄る。

 何故ならば、一刻も早く女性の周りに障壁結界を張らないと悪霊どもの餌食になってしまうからである。 

 右足首を押えながら倒れているその女性は、駆け寄った俺の顔をまじまじと見詰めている。

 服装を見た感じではどうやらOLのようだ。若干、小柄な体型ではあるが……。

 と、そんな事が一瞬頭に過ぎったところで、女性は俺に向かい声を掛けてきた。

「ひッ日比野さん! どうして此処にッ」と。

「ヘッ、何で俺の名前を知ってるの? って、今はそれどころじゃないッ」

 思いがけない言葉がその女性の口から出てきたので、俺はそう聞き返した。

 だが、周囲には沢山の悪霊おり、今にも襲い掛かろうとしている為、直ぐに意識をそっちに移す。

 そして、用意しておいた障壁の符をポケットから取り出すと、直ぐに術を行使するのだった。

 俺の霊力で紡がれた青白い五芒星の障壁結界が俺と女性を中心に描かれる。

「「ギャァァァァァ」」

 とその時、俺達に飛び掛ってきた悪霊が結界の霊力に当てられて消滅をした。

『フゥゥ、どうやら間一髪だったようだ』そう思いながら俺は心の中で一息つくのであった。

 するとそこで、俺の後ろにいる女性は言う。

「日比野さん……貴方、一体何者……」と。

 女性はまたも俺の名前を口にした。

 俺は訝しげに思い、術に意識を集中しつつも、後ろで倒れている女性に振り向いて問い掛ける。

「俺、貴方と何処かで会った事ありましたっけ?」

 すると女性は、ポカーンとした表情を浮かべながら言った。

「な、何を言ってるんですか。私ですよ。道間です。高島さんと同級生の……。何回か会っているじゃないですか」

「ヘッ? も、もしかして沙耶香ちゃん……」

 と言いながら俺は女性を隈なく見る。

 確かに良く見れば沙耶香ちゃんだ。声も聞き覚えのあるものだ。

 だが、髪はストレートに降ろし、尚且つ、眼鏡を掛けているのでパッと見は別人である。

 その為、俺は言う。

「この間の格好と全然違うから分からなかったよ」

 俺の言葉を聞いた沙耶香ちゃんは「アッ」と言いながら今の自分の服装を見回す。

 そしてやや力なく言ったのだ。 

「た、確かにこの格好では分かりませんよね……」


 そんなやりとりしながらも、俺は周囲の危険な状況に目を向けていた。

 すると結界の周囲にはかなりの数の悪霊が今も集まって来ており、また、その悪霊達は俺の出方を窺うかの様に此方をジッと見ていたのである。良く見ると、悪霊に混じって目が赤いカラスの姿もある。だがこのカラスからは負の波動が感じられるので、どうやら普通のカラスではないようだ。

 それらを確認した俺は考える。勿論、どうやってこの状況を打開するかをである。

 また、それと同時に後悔もした。もっと策を練ってから飛び込めば良かった、と……。

 何故ならば、この障壁の符術は強力な結界ではあるが5分程しか張っていられない。その為、次の手を一刻も早く考えなければならないのである。

 しかしながら、今のこの状況で俺が取れる方法は一つしかない。火界術・朱雀の法を使う以外には無いのである。御誂おあつらえ向きにもこの状況にピッタリの術だ。

 だが、この術には一つ大きな問題がある。まだ一度も使った事がないからだ。使い方は知っているが使うのは初めての術なのである。

 しかし、何時までもこうやって悩んではいられない。時間は刻一刻と過ぎてゆく。

 短い時間の中で散々悩んだ末、火界術・朱雀の法を行使する事に決めた俺は、後ろに居る沙耶香ちゃんに言った。

「沙耶香ちゃん、少し頭を下げて伏せていてくれ」

「い、一体何をするつもりなんですか?」

 と沙耶香ちゃんは右足首を押えながら言う。

「加減の分からない術を使うから伏せていて欲しいんだ。いいね?」

「……分かりました」

 何かを言いたそうな表情ではあるが、今の状況を理解したのだろう。

 俺も色々と聞きたい事はある。まぁ、これを切り抜けた後の展開を考えると少しブルーにもなるが……。

 それは兎も角、沙耶香ちゃんはそう返事すると頭を下げて地面に伏せるのであった。

 俺はポケットから七曜の符を取り出して浄化の炎を発動させる為の霊力を練る。

 だが、ここで一つ片付けなければならない課題がある。

 火界術と障壁の符術という二つの術を同時に行使する事は出来ないからだ。

 その為、俺は霊力を練りながら、行使している最中である障壁の符術を中断するタイミングを見計るのであった。



 ―― 沙耶香は ――



 頭を伏せながらも沙耶香は、涼一が何をするのかしっかり見届けようと、視線を涼一に向けていた。そして、そんな涼一を見ながら考えるのである。自分が今まで探してきたいにしえの秘術の使い手は涼一なのではないかと……。

 涼一に視線を向かわせながらも沙耶香は今現在行使中である、霊符と術者の霊力だけで創られた強力な障壁結界にも目を向ける。それを見て出した沙耶香の結論は『後で日比野さんに問い質さねば』であった。


 それから程なくして障壁結界が中断され、二人を覆っていた結界は消え去る。

 当然、それを見た沢山の悪霊とカラスは、これ幸いと二人に襲い掛かってきた。

 そして次の瞬間!

 涼一を中心に先程の結界と同じ様な五芒星が出現したのである。

 だが、形が同じと言うだけで色はまったく違っていた。

 結界の五芒星は、青白く光り輝く色から燃えるような赤い色へと変わっているからである。

 襲い掛かってきた悪霊とカラスは、その赤い結界が出現するなり、二の足を踏むかのように結界の手前で止まった。

 沙耶香は赤い五芒星の結界が展開されるなり驚愕する。

 何故ならば、一人の人間が放っているとは到底思えないほどの高度に練られた霊力が結界内に充満しているからだ。

 それらを見た沙耶香は、脅えにも似た感覚を覚えながら、こう考えるのだった。一体、何が始まるの……と。

 霊感の強い沙耶香だから余計にそう感じたのかも知れない。

 また沙耶香は、これから行使する術を見逃さないでおこうと考えて、涼一をジッと見守るのであった。


 ―― 一方、涼一は ――


 赤い五芒星が周囲に展開されたのを確認した涼一は、結界内に充満させた高練度の霊力と同じ波長に自分の霊力を合わせる。

 そして浄化の炎の真言を唱えた。

《――ノウモ・キリーク・カンマン・ア・ヴァータ――》

 その瞬間! 

 物凄い紅蓮ぐれんの炎が、涼一を中心にして弾けた様に凄い勢いで燃え広がり、炎を纏った巨鳥が其処に出現したのであった。

 それと共に上昇気流が起き、周囲の枯葉や枝を宙に舞い上げる。

 周囲に居た悪霊やカラス達は断末魔の悲鳴を上げる暇も無く、火の鳥が発する紅蓮の炎に飲み込まれて消滅してゆく。

 沢山の悪霊を容赦なく焼き払って行くその様は、まさしく不浄を焼き尽くす炎といった感じである。

 また、大きな火の鳥が羽ばたき舞っているかのように見える事もあり、非常に美しい光景となっているのであった。

 沙耶香はそんな信じられない光景を目の当たりにし、一言こう呟いた。

「こ、こんな術があるなんて……す、すごい」と。

 一方、片や涼一は初めて使う術の威力に驚いていた。

 予想していた範疇ではあったが実際に体験するとなると、当然、訳が違うからである。

 だが、今の涼一は驚いてばかりも居られない。何故ならば、初めて使った術であるが故の負担が、涼一自身に重く圧し掛かっているからである。

 険しい表情をした涼一の額や首筋からは、絶え間なく大粒の汗が落ちており、それらが圧し掛かってくる負担の辛さを物語っていた。

 しかし、それももう終わりを迎える。

 周囲に居た悪霊や式であるカラスを全て焼き払ったからである。

 涼一はそれらの状況を確認すると霊力の供給を止めて術を終了させた。

 すると、紅蓮の炎は役目を終えたかのように鎮火してゆき、その後には何事もなかったかの様に元の薄暗い景色へと戻っていったのである。

 術を終えた涼一は疲労で片膝を地面につきしゃがみ込む。そして大きく深呼吸をしながら乱れた呼吸を整えるのであった。



 ―― その後 ――



 俺は今の火界術・朱雀の法で、通常の行動に必要な霊力まで若干消費した所為か、立っているのも辛くなる。その為、一旦、地面に膝をついて大きく深呼吸をする事にし、それから身体に必要な霊力を徐々に練り始めるのであった。

 するとそこで、後ろにいる沙耶香ちゃんが心配そうに声を掛けてきた。

「ひ、日比野さん。だ、大丈夫ですか」

 俺は大きく深呼吸を繰り返しながら沙耶香ちゃんに振り向く。

 そして言った。

「ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだからさ、フゥゥ」

「そ、そうですか……」と答えた沙耶香ちゃんは何処かソワソワした仕草をする。

 恐らく、この短い間に色んな事が起きた為、整理がつかないのだろう。無理もない。

 俺達の間に暫く無言の時間が続く。

 俺はある程度霊力が回復したところで、地に伏せる沙耶香ちゃんに向かい口を開いた。

「沙耶香ちゃん、一体こんな所で何をしていたんだ? さっきは間一髪間に合ったからいいけど。幾らなんでも一人では危ないよ」

「えっと……そのぉ……あのぉ」

 俺の問い掛けに、沙耶香ちゃんはシドロモドロな感じになる。どうやら複雑な事情があるようだ。

 と、そこで鬼一爺さんが話を割ってきた。

(オイッ、涼一。此処はもう終わりじゃ。霊力が回復したのなら直ぐに負の地脈の所にまでゆくぞ)

「あ、あの時の幽霊!」

 沙耶香ちゃんは突然現れた鬼一爺さんを見るなり、指を差しながらそう言った。

 俺はその反応を見るなり、危険人物として沙耶香ちゃんをマークしていたのを思い出す。

 だが、最早そんな事を言っている場合ではない為、俺は沙耶香ちゃんに言うのだった。

「沙耶香ちゃん、今は時間がない。詳しい話は後でするから待っててくれるかい?」

「ま、待って下さい。何処に行くんですか?」と沙耶香ちゃんは慌てて言う。

「ゴメン、今は詳しく話してる時間がないんだよ」

 俺がそう告げるや否や、沙耶香ちゃんは突然泣き出すのだった。

「わ、私を、ひ、一人にしないで下さい。ヒィェェェン……ヒグッ」

 そんな沙耶香ちゃんを見た俺と鬼一爺さんは、お互いに顔を見合す。

 爺さんは困った表情をしている。勿論、俺もだ。

 多分、今までの張り詰めた緊張の糸が切れたからだろう。余程怖かったに違いない。

 しかし、このままでは事態が進展しない為、観念して俺は言った。

「フゥ、分かったよ。一人にしないから泣かないで」

 俺は泣いている沙耶香ちゃんの顔を胸に抱き寄せて頭を撫でる。丁度、子供をあやすような感じだ。

 すると、落ち着いてきたのか徐々に泣き止んできた。

 そこで俺は言う。

「ゴメンね、沙耶香ちゃん。どう、落ち着いた?」

「グスッ……は、はい」

 と鼻を啜りながら返事をした沙耶香ちゃんは、目を潤ませて恥ずかしそうに俺を見上げる。

「そっか。それじゃあ立てる?」 

「そ、それが、足を怪我してしまいまして……」

 沙耶香ちゃんは右足首に手を当てながら申し訳なさそうに言った。

「ちょっと見せてくれるかい?」

「は、はい」

 沙耶香ちゃんの右足首には、やや深めの切り傷が出来ており、まだ出血していた。

 傷を確認した俺は両掌に霊力を集中させる。すると、両手が青白く光を帯び始めてくる。

 そして、ある程度の霊力が集まったところで、俺は沙耶香ちゃんの右足首患部を両手で優しく包み込むのであった。

 実はこれ、鬼一爺さんからつい最近習った霊力を使う治療法の一つである。とは言っても傷の治りを早める事くらいしかできないが……。

 まぁそんな訳で、それを沙耶香ちゃんに行っているのである。早い話が応急処置だ。

 20秒程そうやったところで、俺は患部から手を離す。

 すると、出血はもう治まっており、傷口は瘡蓋かさぶたが覆っていた。

 それを確認した俺は沙耶香ちゃんに言う。

「よし、とりあえず、これで出血は止まったから大丈夫かな。まだ痛いかもしれないけどね」

「ひ、日比野さんはヒーリングも出来るんですか?」

 と、沙耶香ちゃんは今の応急処置を見るなり驚いた表情で言った。

「ヒーリング……何それ?」

「エッ?」

 俺がそう答えるなり、沙耶香ちゃんはガクッとなる。どうやら今の返答が予想外だった様だ。

 それはさておき、自分達の反対側からは負の波動が変わらずに感じられる。

 その為、俺は沙耶香ちゃんに魔除けの符を渡すと共に言うのだった。

「今から悪霊が寄ってくる元を封じに行くから、これを持ってて」

「こ、この霊符はッ!」

「ああ、それ魔除けの符といって、それを持っていれば弱い悪霊なら寄ってこない筈だよ」

「……」

 だが沙耶香ちゃんは、魔除けの符を見るなり大きく眼を見開き、口をパクパクと震わせていた。

 良く分からないが、魔除けの符が衝撃的だったみたいである。俺の説明もどうやら耳に入ってないようだ。

 そんなに珍しかったのだろうか? などと考えながらも俺は沙耶香ちゃんに言う。

「さ、それじゃあ行こうか」

 俺はそう言うと、沙耶香ちゃんが立てる様に手を差し伸べた。

「は、はい」

 沙耶香ちゃんは魔除けの符をとりあえずポケットに仕舞うと、俺の手を取り立ち上がる。

 だが、右足首に痛みが走ったのか、一瞬顔をしかめるのだった。

 その表情を見た俺は直ぐに問う。

「まだ、かなり痛む?」

 沙耶香ちゃんは申し訳なさそうにコクリと無言で頷く。

 と、そこで鬼一爺さんが焦った表情で俺に言う。

(涼一、今はまだそれ程に封印は解けてない様じゃが、早くせねば不味い事になるぞい)

「わ、分かってるよ。あまり急かさないでくれよ、鬼一爺さん」

 どうするかを考えたいところではあるが、色々と考える時間が勿体無いので、俺は奥の手を使うことにした。

 沙耶香ちゃんの真横に俺は移動すると、背中と膝の裏に手を回して抱きかかえたのである。

 まぁ俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。

「エッ、ひ、日比野さん。何を……」

 沙耶香ちゃんは突然こんな体勢で抱きかかえられたので、声を上ずらせて恥ずかしそうに答える。

 しかし、説明している時間が勿体無いので、俺は移動しながら沙耶香ちゃんに言うのだった。

「ゴメンね、沙耶香ちゃん。今は時間が惜しいんだ。批判は後で聞くよ」と。



 ―― 一方 ――



 眩道斎は大きな丸い石に施されていた封印を高練度の霊力で緩めると、其処から負の霊力を引き出して周囲の悪霊を呼び寄せていた。引き出した負の霊力で式を行使して悪霊を誘導させ、その悪霊によって炙りだされる沙耶香を式の目を通じて見付けようとしていたのである。

 20分程そうやって負の霊力を引き出しながら式を操っていると、ようやく効果が表れてきた。放った式の一体が沙耶香を捉えたのである。式の目を通してその現場を見ていた眩道斎は、口元を吊り上げて不気味な笑いを浮かべると、そこで始末するべく巧みに式を操るのであった。

 そして止めを刺そうとした時、予定外の人物が林の中から現れたのである。勿論、その人物とは涼一の事である。林から突如現れた涼一は周囲に50体は居たであろう悪霊と、自分の放った式全てを焼き払ってしまったのだ。

 また、式を通して見えていた景色もそれと共に、当然、途切れる事となったのであった。

「クッ、何ィィッ。悪霊どもと俺の式を一瞬で全て焼き払っただと! クソッ、一体何者だぁ」

 眩道斎は先程の光景を思い出すと醜く顔を歪ませ、そう叫んだ。

 だが、直ぐに冷静さを取り戻して次の行動を考え始める。

 眩道斎が出した結論は、一旦、この場を離れる事にして何処かで隠れながら様子を見るといった隠密行動である。そう結論した眩道斎は封印をこのままの状態にしておき、早速この場を後にするのであった。

 黒いコートに身を包んだ眩道斎は、周囲の暗闇と同化しながら人払いの結界の外へ出ると参道へ向かう。そして神社の正面入口である赤い鳥居の方へと進み始めるのであった。

 眩道斎は70m程先に見える鳥居に向かい、参道を真っ直ぐに進んで行く。

 だがその途中、鳥居近くに聳え立つ巨木の所で、あるものが眩道斎の目に入ってきたのである。

 それを視界に納めた眩道斎はニヤリと不気味な笑みを浮かべ、忍び足でそれに近寄るのであった。



 ―― 涼一は ――



 俺は沙耶香ちゃんを抱きかかえながら、負の波動の発信源へと向かい歩を進めていた。

 境内は隣にある公園の明かりが少しばかり届いてはいるので多少は明るい。が、しかし、流石にそれだけの明かりで歩を進めるのは困難なので、俺は先程まで悩んでいたのである。だがその時、俺は今日作ったばかりの霊符、その名も霊光灯の符があったのを思い出す。俺は思い出すや否や、早速、それを取り出して明かりを灯すのであった。

 そして、沙耶香ちゃんに霊光灯を渡して前方を照らしてもらいながら進む事にしたのである。

 因みに沙耶香ちゃんは「何ですか、この霊符は?」と聞いてきたが適当に笑って誤魔化しておいた。その為、説明はしていない。理由は勿論、爺さんと同じ反応をされたら嫌だからである。

 また、俺達の周囲には数体の悪霊が漂っている。だが、魔除けの符の効果もあり、ある程度までしか近寄ってこない。その為、割とスムーズに移動できているのであった。恐らく、火界術・朱雀の法で俺が此処に集まっていた大部分の悪霊を焼き払ったという事もあるのだろう。

 そんな事を考えながら暫く進んで行くと、前方に大きな丸い石が鎮座する場所に辿り着いた。

 灰色の大きな石で、どうやら負の波動は此処から生まれている様である。地面には周囲に巻かれていたであろう注連縄?(しめなわ)が、鋭利な刃物で切裂かれて落ちていた。明らかに人為的な痕跡である。

 俺はその丸い石から若干離れた所で沙耶香ちゃんを降ろすと言った。

「沙耶香ちゃん、暫く此処に居てくれるかい?」と。

「日比野さん。あ、あの神籬ひもろぎの所へ行くんですか?」

 沙耶香ちゃんもアソコから出てくる負の波動を感じるのか、やや脅えた様子で言う。

「ああ、あれが周囲の悪霊が寄ってくる原因だからね。それと、さっき渡した霊符は無くさないでね。アレを持っていれば、そこ等辺に居る悪霊程度なら寄って来ないと思うから」

 俺は笑顔でそう告げると、沙耶香ちゃんの頭を撫でる。

 すると、恥ずかしかったのか顔を赤くして下に俯くのだった。どうやら、だいぶ緊張は解れているようだ。

 そんな沙耶香ちゃんの様子を見て安心した俺は石の所へ移動する。

 そして、俺は隣に浮く鬼一爺さんに向かい問い掛けるのであった。


「爺さん、アソコから負の波動が流れ出ているようだけど、どうするんだ?」

 鬼一爺さんは顎に手を当てやや渋い表情で言う。

(ムゥ……どうやら何者かが負の龍穴の封印を緩めた様じゃな。中途半端に龍穴が開いておる)

「負の龍穴? それってつまり地脈を流れる霊力が、自然に湧き出る箇所の事だよな」

(フム、そうじゃ。兎に角、今は一刻も早くこの負の波動を封じねばならん。涼一、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを送還の符から出すのじゃ)

「あ、アレを出すのか……」

 俺は渋々ではあるが、霊符入れからそれを封じた送還の符を取り出すと地面に置く。

 そしてもう一度、鬼一爺さんの顔を見てから言った。

「じ、爺さん。それじゃあ、本当に符の結界を解くぞ?」

 鬼一爺さんは無言で頷く。

 それを見た俺は、深呼吸を一回した後に畳んである符を広げるのだった。

 符の中心にある結界には以前と変わらず、深紫色に光る空間が小さく展開されていた。

 そこで俺はゴクリと生唾を一回飲み込む。だが、悩んでいてもしょうがない為、俺は思い切って符の結界を解いたのであった。

 その瞬間! 符から飛び出るように布都御魂剣ふつのみたまのつるぎが出現した。

 青白く妖しい光りを放つ刀身は相変わらず健在だ。だが、刀の周囲からは以前にも増してピリピリとした、布都御魂ふつのみたまのヤバイ雰囲気が俺の霊感に伝わってきたのである。恐らく、霊術修行によって培われた霊感に磨きが掛かった所為だろう。

 そんな事を考えつつも、俺は飛び出た刀に恐る恐る手を伸ばして柄を握るのであった。

 そして身体に異変が無いのを確認したところで、俺は爺さんに向かい言った。

「じ、爺さん。とりあえず、刀は取り出したぞ。これをどうするんだ?」

(よし、成らば、その刀を石の根元の地面に突き立てるのじゃ)

「お、おう分かった」

 俺は早速言われたとおりに刀を突き立てた。

 すると、湧き出ていた負の霊力が布都御魂剣ふつのみたまのつるぎに吸い上げられてゆくのである。

 それを感じ取った俺は若干ビビリながら鬼一爺さんの顔を見る。

 爺さんは俺と目が合うなり次の指示をしてきた。

(涼一、刀が負の霊力を吸い上げているのが分かるな?)

「ああ、一応ね……」

(よし、では布都御魂剣ふつのみたまのつるぎはとりあえずこのままにしておいて、今から我が言うとおり地面に法陣を描くのじゃ。持ってきた墨壷と糸を用意せよ)

「オ、オウ。わ、分かった」

 ややどもりながら俺は返事をすると、持ってきた術具入れの中から墨壷と糸を取り出す。

 そして、鬼一爺さんの細かい指導の下、丸い石を中心に見た事もない術式を描いてゆくのであった。


 ―― それから20分後 ――


 俺はその都度、爺さんの説明を聞きながら術式を描くという作業を繰り返していた。

 時折、沙耶香ちゃんの方へと視線を向ける。沙耶香ちゃんはまだ足が痛むのか、右足首を押えていた。まぁ、応急処置だけだから仕方ない。

 と、そこで、作業中の俺に向かい鬼一爺さんは龍穴の話を始めるのであった。

(涼一、こういった負の龍穴を封じた場所というのは各地に存在するのじゃよ。じゃが、一度緩めた封印はもう使い物にならんのじゃ。その為、直ぐに再封印を施さねばならんのじゃよ。しかし、一つ大きな問題があっての。龍穴の封印は規模にも依るが、最低でも10人以上の術者の霊力が必要なんじゃ)

「ちょ、ちょっと待てよッ。10人以上の術者なんて何処にもいないじゃないか?」

 聞き捨てならないことを鬼一爺さんが言った為、俺は即座に問い掛けた。

(確かに10人の術者はおらぬ。だが、お主にはそれを補って余りある手段があるのじゃよ。涼一、もう大体分かったであろう?)

 俺は爺さんの言葉を聞きながら、石の根元に突き刺した布都御魂剣ふつのみたまのつるぎに視線を向ける。

 そして言った。

布都御魂剣ふつのみたまのつるぎが取り込んだ霊力を使うって事か……」

(そうじゃ。だからあの時、刀を持って来いとお主に言ったのじゃよ。これはお主でなければ対応できぬ事じゃからの)

「……なるほどね。さて、一応、言われたとおりに描いたけど、この後はどうするんだ?」

 俺がそう問い掛けると、鬼一爺さんはニコリと微笑みながら言った。

(では涼一、もうやる事は一つじゃ。布都御魂剣ふつのみたまのつるぎが取り込んだ霊力を用いて地霊封陣ちれいふうじんを発動させるのじゃ。あ、言い忘れたが、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの使い方は依り代の使い方と同じじゃからの。では頑張れッ)

 そう俺に告げた鬼一爺さんは、自分のやる事は全て終わったとばかりに、そそくさと法陣の外へ出て行くのだった。

 何となく鬼一爺さんの行動にムカついたが、今は負の龍穴を封じるのが先決な為、俺は地霊封陣を行使する事に意識を向かわせた。

 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの所にまで移動した俺は刀の柄を握ると、剣から発せられる波長と自分の霊魂の波長を合わせ始める。

 そして波長が同期した、その時! 膨大な霊力が自分の霊魂と繋がったのを俺は感じ取ったのであった。それは恐ろしいほどの霊力で、身体中から青白いオーラを放つくらいである。

 俺はその余りにも強力な力に思わずたじろぐ。

(涼一、何をやっとるッ、早く法陣を行使するのじゃ!)

 と、そこで爺さんが俺に叫ぶ。

 恐らく、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎの力にビビッた俺に渇を入れたのだろう。

「わ、分かった」

 俺は爺さんの一声で冷静さを取り戻すと、一旦、刀を石の根元から抜いた。

 そして鬼一爺さんから説明された所定の位置に向かった俺は、其処に布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを突き立てて、地霊封陣の術を発動させたのであった。

 その瞬間! 丸い石を中心に描いた法陣が眩しく光り輝く。

 それはまるで、青白く光輝いた柱が建ったかのように見え、その何ともいえない美しい光景に俺は言葉を失った。だが、その輝きも徐々に終息していき、最後には先程と変わらない薄暗い景色へと戻るのであった。

 光が消えたところで、いつもの雰囲気に戻った鬼一爺さんが俺の傍に来て言う。

(よし、良くやったわい涼一。これで、封印はお仕舞いじゃ。すまんの、お主には苦労かけるわい。フォフォフォフォ)

「フゥゥ、なんか知らんけどスッゲー疲れたよ」

 術を終えた俺は、突如襲ってきた疲労感の為、ドサッと地べたにへたり込む。

 そんな俺を見るなり鬼一爺さんは笑いながら言うのだった。

(フォフォフォ、すまんの涼一。それを言うのを忘れてたわい)

「何だよそれ……」

 爺さんは懸念事項が取り除かれたので、かなりテンションが高い。

 さっきまでの焦った様子からすると雲泥の差である。

 と、その時、沙耶香ちゃんが怪我した右足を庇いながら、ゆっくりと此方にやってきた。

 沙耶香ちゃんは大きく目を見開いた驚きの表情で俺と鬼一爺さんの顔を交互に見る。

 そして、一呼吸於いてから真剣な表情で俺に言うのであった。

「ひ、日比野さん、今の術は一体……。いや、それよりも、そのご老人の幽霊は一体誰なのですか? 私は今までこんなタイプの幽霊を見た事がありません。どういう事なのか差し支えなければ教えてもらえませんか?」

「じ、爺さんかい?」と言った俺は鬼一爺さんを見る。

 鬼一爺さんは、なんか微妙な表情をしていた。

「はい、差し支えなければ」

 そこで沙耶香ちゃんはもう一度聞いてきた。

 俺は腕を組み目を瞑る。

 そして、どうしようか悩んだその時だった。

【ククククククッ】

 と、奇妙な笑い声が前方の暗闇から聞こえてきたのである。

 感じ的には、以前見た「犬神家の一族」に出てきたスケキヨのような笑い方だ。多分……。

 そして、その笑い声を聞いた沙耶香ちゃんは、肩を震わせて脅えながら俺の傍にやってきたのだった。

 俺はとりあえず立ち上がり、声の聞こえる方向に視線を向ける。

 すると其処から、黒いロングコートに身を包んだ不気味な感じの男が現れたのであった。

 その出で立ちはマト○ックスの終盤に出てきたネオといった感じだ。顔は全然違うが……。

 だがそこで、俺は大きく目を見開く。

 何故ならば、その男と共に首筋にナイフを突きつけられながらもう一人の人物が現れたのである。

 俺の良く知る人物が……。

「ひ、日比野さん」

「瑞希ちゃん、如何して此処に!」「た、高島さん!」――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Wandering Network 逆アクセスランキング参加中
気にいって頂けたら投票おねがいします


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ