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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
28/64

弐拾八ノ巻 ~思惑

 《 弐拾八ノ巻 》 思惑



 ――12月24日

 今日の高天智市内は気温がグッと下がっており、かなり冷え込む朝となっていた。しかし、雪が降り積もるような寒波は、まだこの地方にはやって来てない。その為、市内はいつもと変わらない様相をしている。

 だが、積もらないとはいえ雪は時折降る事はある。今現在も、やや灰色がかった上空からは、無数の白い雪がユラユラと静かに高天智市内に降り注いでいた。その雪の降る様は、白く小さな羽毛がフワリと舞い降りてくる様にも見える。また、そんな空模様の所為か、市内では人々が慌しい動きをしているにも拘らず、今日は非常にゆっくりとした時の流れを感じさせる日となっていた。

 だが、こんな降り方では積雪するまでには至らず、地面に辿り着くなりスゥと融けてゆく。そして、それらの消えゆく白い雪は、非常にもの悲しく儚い印象を見る者に与えているのであった。

 そんな天候の中、朝から非常に忙しそうに人が出入りする大きな建物があった。高天智市の中心市街地に位置するF県立県民交流センターという名前の建物である。真っ白い外壁の四角い立派な鉄筋コンクリートの建造物で、玄関部分は駅前の様なロータリー構造となっている。また、建物の外には幾種類かの木々が植られて小さな林を形成しており、無機質な建物ばかりが見えるこの中心市街地に於いて、小さな自然が砂漠のオアシスの様に展開されているのであった。

 今日の午後からこの県民交流センターでは、地元から選出された光民党代議士と、その応援に駆けつけた野党第一党の現光民党幹事長である大沢伊知郎の講演が行われる予定となっている。来年は衆議院議員総選挙の年でもある為、各政党の間では既に来年を見据えた動きを精力的にしているのである。そういった事もあり、多数の後援会関係者や光民党関係者達が慌しく出入りしているのであった。

 講演会場となる大ホールでは、今正にその準備に追われていた。学校の体育館を思わせる広さの大ホールでは、壇上の飾り付けや大量の机や椅子の運び込み、そして音響設備等の準備で沢山の人々が忙しそうに動き回っている。

 また、会場の外でも案内板の設置等に追われる人々の姿が見受けられ、中と外で慌しくなっているのであった。

 そんな交流センター内のとある一室に、今、十数名の男女がいた。12畳程の広さで、置いてある物も会議机とホワイトボードだけという質素な部屋である。

 其処には道間親子の3人と土門長老と呼ばれる老人、その他十数名の人間がおり、室内にいる人間は全員がスーツ姿であった。

 また、壁面に置かれたホワイトボードには、この建物周辺の地図が貼り付けられており、地図には幾つかの赤い線が引かれ、所々の箇所に黒い印が描かれていた。

 そして今、茶色い背広を着た土門長老はそのホワイトボードの横に立ち、皆に何かの説明をしている最中であり、此処に居る者たちはみなが真剣な表情で土門長老の話に耳を傾けているところなのであった。

「――という訳で、道間殿にはこのエリアの見張りをお願いしたいのじゃが、どうじゃろう。何か分からぬところがあれば言うてくれぬか?」

 と、ややゆっくりとした口調で説明を終えた土門長老は一将に意見を求める。

「いや、特にありませんな。土門長老の言う様に致しましょう。それに、地脈の通る真上にこの建物がありますので、それが一番良い配置でしょうな」

 腕を組み背筋を伸ばした姿勢で椅子に座る一将は、ボード上の地図を見ながら土門長老にそう返事をする。

 そして、隣に座る沙耶香と一樹に視線を移すと一将は二人に意見を求めた。

「お前達はどうだ? 何か不満な点があれば今の内だぞ」

「あの……」

 沙耶香はそこでやや控えめに言葉を発した。

 皆の視線が沙耶香に向く。

 一将は言う。

「ン? どうした沙耶香。遠慮なく言ってみよ」

 父の言葉を聞いた沙耶香はやや間を空けてから話し始める。

「はい、それでは。土門長老、その配置ですと地脈を使った呪殺には対応できますが、それ以外の方法を敵がとってきた場合は難しいように思われます。その点はどうされるのでしょうか?」

 沙耶香の問い掛けに土門長老は笑顔を浮かべると白い顎鬚を撫でながら答える。

「フム。確かに、この配置は地脈を使った呪殺に重きを置いた布陣となっておる。が、勿論、他の方法をとってくる可能性も考慮しておるし、その為の術者も少しは余剰人員としておる。まぁ割合としては7:3くらいの人員配置じゃがの。じゃが、今までに亡くなった3人の呪殺の手口は、全て地脈を使ったものじゃ。こうなると地脈が使われることを前提に作戦を組まねばならぬ。それに、今日、鎮守の森が用意できる人員は此処に居る者達だけじゃからの。それらを踏まえるとどうしても、この配置になってしまうのじゃよ。まぁこんなところかのう。どうじゃ、納得してくれたかの?」

 沙耶香は今の説明を聞くと小さく頷き、そして言った。

「はい、分かりました。丁寧にご説明して頂きありがとうございます、土門長老」

「よいよい、ヒョヒョヒョ。道間殿の娘さんはまだ若いのに、中々よい観察眼をもってますな」

 と土門長老は一将に笑顔で言う。

「ハハハ、ありがとうございます。だが、まだまだ未熟なところはございますので、これからも精進が必要ではありますがな。さて、他には無いか?」

 一将は土門長老に笑顔でそう返答すると、また二人に視線を向け尋ねる。

 二人はお互いに顔を見合すと頷き「いえ、他は特にありません」と一樹が答えた。

 その言葉を聞いた土門長老は深く頷くと皆を見渡してから厳かに言う。

「では、打ち合わせはこれにて終わりじゃ。大沢議員は午後1時半にこの交流センターに入る予定じゃと聞いておる。各々が役割を果たせば呪殺は必ずや防げる筈じゃ。それでは健闘を祈るッ」

 土門長老の言葉を聞き、皆は立ち上がると各自が自分の持ち場へと移動する。

 道間親子3人はホワイトボードに書かれた位置を最後にもう一度確認すると、見張りをするエリアへと移動をするのであった。

 その道中、沙耶香はかねてから気になっていた事を一将に尋ねる。

「お父様、この間お聞きした話は、やはり今でも教えては貰えないのでしょうか?」

「……大沢議員が何故今日狙われるのか? という話か」

 一将は沙耶香に視線を移さずに前を見つめたまま答える。

「はい」

「すまぬな、沙耶香。教える事は出来ぬのだ。お前も薄々気付いているかもしれんが、今回のこの事件は複雑な政治情勢が絡んでいる。拠って、例え家族と言えども迂闊に話す事は出来んのだよ」

「やはり、そうなのですか……」

 と沙耶香がやや弱々しく言ったところで、今度は一樹が父に言う。

「父上。しかし、何も分からずに要人の周辺を警護すると言うのは、あまり気分の良いものではありません。私達にも少しくらいは教えられる事はないのですか?」

 一将は暫し考える。

 そして大きく深呼吸をした後、二人に言うのだった。

「それでは一つだけ教えておこう。だが、その前にこれだけは守ってもらう。今から言う事は他言はしてはならぬぞ」

 一将の言葉に二人は視線を合わせ頷くと一樹が返事をする。

「分かりました。他言はしません」

「ウム、では話すとしよう。私もこの間の代表者が集まる幹部会議で知ったのだが、今の政府関係者の中に『鎮守の森』幹部の人間が数名居るのだよ。そして、此度の依頼はその方々からのものだ」

「そ、それは本当ですか? 父上」

 一樹はやや目を大きくさせながら父に言う。

「ああ、本当だ……。しかも、その政府関係者とは土御門の流れを汲む者達なのだ。だが、土御門宗家の土門長老は『鎮守の森』が時の権勢に近づくのを良しとは思っておらぬ。従って、土御門宗家の総意ではなく、その者達が独断でそう動いているという事だ」

「お父様、私もそう思います。鎮守の森は各々が伝えてきた霊術を持って、ちまた蔓延はびこる物の怪や悪霊が元である災いを鎮め、そして日ノ本を守る森となるのが本来の理念です。幾ら幹部の人間とはいえ、無闇に権力に近づくのは危険な発想の様に思います」

 沙耶香は父の話を聞くなり興奮したのか、勢い良くハッキリとした口調でそう述べた。

 娘の口から飛び出す言葉に、やや苦笑いを浮かべながらも一将は言う。

「確かにな。沙耶香の言うとおりだ。私もそう危惧している。その者達が一体何を考えているのかは分からんが、時の権勢に近付き過ぎれば……鎮守の森は何れ、難しい選択を迫られる事になるやも知れぬ。嘗ての陰陽師達の様に……」

 と言うと一将は腕を組み空を見上げた。その表情は何かを憂いている様にも見える。

 そんな父の表情を一樹と沙耶香は無言で眺めながら歩を進めるのだった。

 そして目的の場所に着いたところで一将は言う。

「とりあえず今は目の前の任務に集中するのだ。良いな、二人共」

「はい、父上」

「はい、お父様」

 二人は気を引き締めた表情でそう返事をすると、各々が各自の持ち場へと移動し警戒に当たるのであった。



 ―― 涼一は ――



 朝食を終えた俺は、今、コタツの上にて霊符の作成をしているところである。そして、筆を走らせながら俺は考えるのだった。雪が降り積もる様になった場合、真言術の練習場所をどうしようかと……。

 今朝も早くから修行をしてきたが、流石に降雪が何十cmにもなってくると今までの様にはいかなくなってくる。鬼一爺さんにもその事は一応言ってはあるが、今のところ良い案は無い状態だ。何処かに雨や雪を凌げる良い場所があればいいのだが……。

 そこでテレビからジングルベルの軽快なメロディーが聞こえてきた。それと同時に思い出す。今日はクリスマス・イブでイエス・キリストの誕生前夜であるという事を。

 このクリスマスと呼ばれる宗教行事は、キリスト教圏の国々ではまさしく聖夜という意味合いの特別な日であるが、こと日本に於いては性夜の意味合いを持つ、恋人達の特別な日としてほぼ全ての日本人の間に浸透している。

 いつからこのような解釈で使われる様になったのかは定かではないが、俺にとってこの文化改変は日本人て凄いなぁと思わせる事柄の一つでもあるのだった。そして、仏教徒が多いこの日本に於いて、イエス・キリストの生誕を祝うキリスト教の行事が仏教徒の間でも定着をしているのは、ある意味、キリストの奇跡の様にも見えるのだ。まぁ俺にとってはだが……。

 理由は簡単だ。こんな国無いからである。今の日本にこれだけ沢山の宗教が存在しているにも拘らず、クリスマスは宗教に関係なく各家庭や恋人達の間に浸透しており、しかも、誰もキリストの生誕を祝っていない。ある意味凄い行事だ。最早、クリスマスと言う名の別の行事へと進化?している。

 だが、このイヴェントのお陰で、潤う企業や各種団体が沢山あるので、今の日本経済とは切っても切り離せない大切な国民行事となっているだった。もう此処までくると、元の意味合いなど如何でもよくなってくる。

 だが、俺は別にそれを非難している訳ではない。日本人は柔軟だなぁと言っているのである。

 これは俺の持論だが、恐らく、日本の太古から伝わる八百万の神々という多神教的な考え方が、どんな宗教でも受け入れてしまう土壌になっているのかも知れない。そう俺は考えているのである。


 俺はそこで、テレビの上にあるデジタル時計を確認する。今は午前10時30分を表示していた。

 手前に視線を移すとテレビの前に陣取りクリスマス特番を見ている鬼一爺さんの姿が目に入る。最近は見慣れた光景になっているので、別に深く考える事はなくなった。もう何でも勝手に見てくれ。

 それから俺はコタツの上にて墨を乾かしている符に視線を向けた。

 どうやら霊符は、まだ乾ききってないようだ。

 それらを確認した俺は、後ろにゴロンと寝転がるとこの後の事について考えるのであった。

 高天大は21日の土曜日からもう冬休みに入っている。その為、平日のこんな時間から俺は部屋でゴロゴロとしている訳である。

 因みに、この冬休みの間は剣道愛好会の活動も大人しくなる。色々と各自が私事で多忙になるうえ、来年1月の終わりからは試験やレポートの提出等で中々時間がとれなくなるからだ。こればかりはしょうがないだろう、なんたって学生だから。

 とは言いつつも、一応、何回かは愛好会関連で集まる事になっている。年末には愛好会の忘年会もあるそうで、会員は全員強制参加となっている。断ろうものなら姫会長の折檻を受ける羽目になるだろう。コワッ。


 まぁそれはさて置き。

 今日、この後の予定だが、実はもう既に決まっている。

 それは、瑞希ちゃんが俺の家に来る事になっているからだ。昨日、昼前にはコッチにくる様な事を言っていた。なんでも、今日は終業式だけらしい。他に用事はないそうなのだ。

 で、俺の部屋に来て何をするのかというと、別にクリスマスパーティをする訳じゃない。

 先々週の除霊で弟子入りを認めた為、俺が瑞希ちゃんに霊力の手解きをしないといけないからである。

 そういった事情もあり、瑞希ちゃんが来るまでの時間を有効利用する為に、俺は朝っぱらから霊符作成をしているのだった。

 だが、今作成している霊符は、鬼一爺さんから教えてもらった符術ではない。俺が考えたオリジナルの霊符である。とは言っても爺さんから習った術式を色々と組み合わせて作った符だが……。

 なんでこんな物を作っているかと言うと、唯単に考えていた事を形にしてみたかったからである。今まで習った符術の術式というものを大体把握できている俺は、電気回路を書くような要領でノートに閃いた案を今まで書き溜めていた。で、その内の一つをとりあえず作ってみた訳なのである。そして、墨が乾き次第、鬼一爺さんに見せて反応を見てみようと思っているところだ。


 寝転がってから10分程経過したので、俺は上半身を起こすと符が乾いているかどうか確認をする。かなり良い感じで乾いている。それを見るなり、ニヤッと笑みを浮かべた俺はテレビに夢中になっている爺さんに声をかけるのだった。

「鬼一爺さん。テレビ見てるところ悪いんだけど、今ちょっといいかい?」

(ンン? なんじゃ。何か分からぬ事でもあるのか)

「いや、違うよ。俺が術式を組み上げて作った符の出来栄えを見てほしいんだ」

 俺は額に手を当てキザッたらしい仕草をしながら爺さんに言う。

 すると爺さんはやや驚いた様子で答えた。

(ほう、なんと。お主が自分で考えた符術と言う事か。で、どんな符術なのじゃ?)

「聞いて驚くなよ。その名も、霊光灯れいこうとうの符術だ!」

 俺は自信満々に鬼一爺さんに言った。

 だが、爺さんは微妙な表情である。そして言う。

(名前は兎も角……一体どんな術なのじゃ?)

「い、いいだろう。それじゃ、実演するから見ててくれよ」

 と言うと俺は乾いたばかりの符を手に取り、鬼一爺さんの前で符の実演をするのだった。

 俺が符の力を解放すると同時に霊符は明るく光り輝く。まるで蛍光灯の様に。

 そして、符術が成功したのを見届けた俺はニヤッと笑みを浮かべ、鬼一爺さんを見るのであった。

 だが、鬼一爺さんはポカーンとした表情でその符術を眺めている。

 その表情は喜怒哀楽のどれでもなく、ただただ無感動といった感じだ。

 俺はそんな爺さんを見てこう思った。『やだッ、スッゴイ白けてるッ!』と……。

 鬼一爺さんはやる気の無い声色で言う。

(で、それは光を放つだけで終わりか?)

 そんな爺さんを見るなり俺はムキになって言った。

「じ、爺さん、ただ光ってるだけだと思うなよ。この符術はなぁ、発光持続時間が俺の計算だと1時間はある筈なんだ。中々に便利な符術だろ。これがあれば懐中電灯が無い時に重宝するぜ」

 俺は胸を張って腕を組み、『どうだ!』と言わんばかりの仕草をする。

 だが、鬼一爺さんは耳穴を小指で穿りながらダルそうに言った。霊体の爺さんに耳クソがあるのかどうかは分からないが……。

(フゥ、光を発するだけなら、ワザワザ符術なんぞで面倒な術式を組まんでも、霊石を使えば直ぐに出来るわい)

「エッそうなの?」

(そうじゃ。霊石があれば、己の霊力を籠めるだけで光るからの。まぁお主の組み上げた術は、溜めた霊力を少しづつ放出して長いあいだ光が得られる、という点では悪い訳ではないが、面倒なんじゃよ。その符を見た感じでは五つの術式で組んでおるじゃろ? 光を得るだけにそんなに術式を使うのは労力の無駄じゃわい)

 俺は鬼一爺さんのダメだしの言葉を聞き、ガクンッとこうべを垂らす。

 そして溜息混じりに言うのであった。

「はぁ〜良い術だと思ったんだけどなぁ。霊石かぁ……それは盲点だったよ。もう少し、依り代関係の知識も勉強しないといけないな」

 ゲンナリとしている俺を見た鬼一爺さんは、そこで陽気に笑いながら言う。

(フォフォフォ、まぁ我は別にお主を責めておる訳ではない。それに、涼一もこんな事をやり始めたと言う事は、符術という物を理解出来ているという事じゃからの。そこは我も認めておるぞい)

「ハハッ、ありがとさん。ハァ〜……『ピンポーン』ン?」

 そんなやりとりを爺さんとしていると、そこで呼び鈴が鳴った。

 俺はコタツから出て玄関へと向かうと覗き穴から訪問者の確認をする。

 するとお客さんは瑞希ちゃんであった。学校からそのまま来たようで制服姿をしている。また、持って帰る荷物が多かったのか、背中と右手は鞄で埋まっていた。

 俺は扉を開けると笑顔で迎えた。

「おっ早かったね、瑞希ちゃん。もう学校終わったんだ?」

「はい、今日で2学期終了でーす。ついでにそのまま来ちゃいました。エヘへッ」

 瑞希ちゃんは満面の笑顔を俺に向ける。

「ハハハ、元気だね瑞希ちゃん。さて、それじゃあ上がってよ」

「はい、お邪魔しまーす」

 と元気良く返事をした瑞希ちゃんは、早速、部屋の中へと入ってくる。

 そして、コタツの上に置かれた霊光灯の符や書道具類を見るなり言った。

「アッ日比野さん、お仕事中だったんですね」

「ああ、ちょっとね。まぁ別に大した事をしてた訳じゃないけど」

 俺は鬼一爺さんにダメだしされたのを思い出し、やや低いトーンで答える。

 すると瑞希ちゃんは、今の微妙な返答が気になったのか、首を傾げて聞いてきた。

「日比野さん、どうしたんですか? 妙に力なく聞こえましたけど」

 瑞希ちゃんがそう言うや否や、鬼一爺さんが霊圧を上げて話しに割って入ってくる。

(フォフォフォ。実はの、涼一は今、気分が沈んでおるのじゃよ。我に駄目を出されたもんじゃからの。フォフォフォ)

「エッ駄目を出されたって、一体何をですか?」

 瑞希ちゃんは興味津々といった感じの表情で俺に聞いてくる。

 俺は話すかどうかをやや悩んだものの、観念して先程までのやりとりを説明するのだった――


「……という訳なんだよ。それで気落ちしてたんだ」

 説明を聞いた瑞希ちゃんは此処で意外な返事をする。

「エェ、でも聞いた限りじゃ、結構便利な術の様に聞こえるんですけど。駄目なんですか?」

「それが爺さんの話だと、霊石さえあればワザワザそんな事しなくても光を得られるそうなんだ。盲点だったよ、トホホ」

(フォフォフォ。これで一つ勉強になったじゃろ)

 そこで瑞希ちゃんは言う。

「日比野さん、その術見せてもらってもいいですか?」

「ン、霊光灯かい。まぁいいけど」

 俺は先程の符を手に取ると、もう一度、力を解放させた。

 眩い白い光が符から発せられる。

 その符を見た瑞希ちゃんは「わっ、すごーい」と両掌を組み、目を輝かせていた。

 そして言う。

「日比野さん。これって、瑞希も霊力を扱える様になると使えるんですか?」

「霊力を扱えれば使えるよ。唯単に符の力を解放させるだけだから」

「へぇー」と言いながら瑞希ちゃんは好奇心一杯の目で、光を眺めている。

 だが、こんな事をしていてもしょうがないので、俺は一旦符の力を止めた。 

 すると途端に光は消えうせる。

 それを確認した俺は瑞希ちゃんに向かい言った。

「まぁとりあえず、この術の事は置いておいて。どうする? もう修行を始めるかい」

「アッちょっと待ってもらえますか?」

 瑞希ちゃんはそう言うと、背中に担いだ鞄を降ろす。

 そしてモジモジしながら言った。

「日比野さん。服を着替えたいんですけど、そこのお風呂場を借りてもいいですか?」

「ああ、いいよ」

「それじゃ、ちょっと着替えてきます。待ってて下さい。アッそれと、幾ら瑞希が可愛いからって覗かないでくださいね」

 瑞希ちゃんは人差し指を俺の前に立ててそう言った。

「フゥ、心配しなくても覗かないよ。それに、鬼一爺さんが居るからそんな事出来ないよ。やった瞬間に長い説教になっちまう」

 それを聞き、瑞希ちゃんは笑顔で爺さんに言った。

「お爺さん。念の為、日比野さんを見張ってて下さいね」

(フォフォフォ、見張っとるから安心して着替えればよいぞ)

「俺って信用無いのかなぁ……心外だ」

 爺さんと瑞希ちゃんのやりとりを見た俺は、やや凹みながらもそう呟くのだった。


 それから10分後、瑞希ちゃんはチェック柄っぽい青いスカートに白いモコモコしたセーターといった姿で現れた。やや首周りが開いた格好だったので寒そうに見える。が、中々に可愛らしい格好であった。

 そして、瑞希ちゃんはモジモジしながら俺の前に来て白い紙袋を手渡してきた。

「ひ、日比野さん。これ受け取ってください」と言った表情はやや赤い。

「ン、何この袋?」

 俺はその紙袋を手に取ると、とりあえずそう聞いた。

「あのぉ。今日は、そのぉクリスマス・イブなので、ひ、日比野さんへのプレゼントです」

 瑞希ちゃんはたどたどしく答えると、恥ずかしいのか両手の人差し指を合わせてモジモジする。

「エッ、ク、クリスマス・プレゼント?」

 俺は『し、しまったぁ! 何も用意してない。どうしよう……』と頭の中で考える。

 そんな事を考えていると瑞希ちゃんは言う。

「と、とりあえず開けてみて下さい。気にいるかどうか分かりませんけど……」

「そ、そう。それじゃあ」

 俺は袋の中を確認する。

 すると、中からは青いマフラーが出てきたのであった。しかも、どうやら手編みの様である。

 俺はそのマフラーを袋から出して確認すると、瑞希ちゃんに向かい言った。

「こ、これ瑞希ちゃんが作ったの?」と。

「は、はい。一応、本を見ながら作ったので上手く出来てないかも知れませんけど……」

「いやいや、そんな事無いよ。綺麗に出来てるじゃない。凄いね瑞希ちゃん」

 俺はマフラーを眺めながら返事すると、早速、首に巻いてみた。

 そして瑞希ちゃんに向かい言う。

「どう、似合う?」

 すると、瑞希ちゃんは目を輝かせて答える。

「はい、とても似合ってます。だって、作ってたときのイメージどおりなんですもん。エへヘッ」

「そ、そうかい、ナハハッ」

 そこで『何かお返しをしなければ』といった考えが頭を過ぎった。

 俺は天井を見上げながら目を閉じて考える。

 そして、つい最近手に入れた琥珀のペンダントの事を思い出すのだった。

 実はこの間、輸入雑貨を扱う店に入ったときに、鬼一爺さんが其処に置かれていた琥珀こはくアクセサリーを見るなり俺に買う様に進言してきたからである。何でも、琥珀は霊力を通しやすい天然石の一つなのだそうだ。その為、俺にとってはやや高い値段ではあったが、憑き物落としで得たお金で余裕もあったので買う事にしたのである。

 その事を思い出すと、俺は机に移動して引き出しを開ける。中に仕舞って置いた、まだ開封されてない小さな黒い箱を取り出すと、瑞希ちゃんに手渡すのであった。

「瑞希ちゃん、これを受け取ってくれるかい。俺からのクリスマス・プレゼントという事で。何も包装されてないプレゼントで悪いんだけど」と、俺はやや照れながらも瑞希ちゃんに言った。

「いいですよ。気にしないで下さい。それはそうと、これは何ですか?」

 瑞希ちゃんは箱を受け取ると高めのテンションで俺に聞いてくる。

「気に入るかどうか分かんないけど、開けてみてよ。変な物じゃないからさ」

 俺の言葉を聞き、瑞希ちゃんは早速箱を開ける。すると中からは黄褐色に透き通る美しいペンダントが出てきた。その琥珀は丸みを帯びた加工がされているのでどの角度からでも美しく見える。

 だが、瑞希ちゃんはそれを見るなり、驚くとともに遠慮がちに言うのだった。

「ひ、日比野さん。良いんですか? こんな高そうな物を貰っても」

「いいよ。心配しなくても、そこまで高い物じゃないからさ」

「あのぉ、着けてみてもいいですか?」

「うん。着けてみて」

 瑞希ちゃんは俺の返事を聞き、箱からペンダントを取り出すと首にかけた。胸元の中心で琥珀がキラリと輝きを放つ。

 そこでやや恥ずかしそうに瑞希ちゃんは言う。

「ど、どうですか?」

「少し大人っぽい雰囲気になるかも知れないけど、似合ってるよ。それと言い忘れたけど、この琥珀は霊力を通しやすい石だから、これからの瑞希ちゃんの事を考えるとピッタリな物かもね」

 俺が顎に手を当てそう呟くと、「へぇ、そうなんですか」と言いながら、瑞希ちゃんは胸元に輝く琥珀を手に取りマジマジと見つめるのであった。

(ほう、中々に似合っておるぞい。フォフォフォ)

「エヘへ、ありがとう、お爺さん」

 琥珀を暫く眺めた瑞希ちゃんは、俺に向かい満面の笑顔でお礼を言う。

「日比野さん。ありがとうございます。私、これ大事にしますからね」

「ハハハ、此方こそ。あったかいマフラーありがとうね。大事にするよ」

 そんなほのぼのとした会話をしたところで、瑞希ちゃんは何かを思い出したのか、ハッとした表情になる。

 そして首をかしげて俺に聞いてきたのだった。

「日比野さん。道間さんを憶えてますよね?」

「うん、憶えてるよ。沙耶香ちゃんがどうかしたの?」

 俺はそう答えると、沙耶香ちゃんのツインテールの髪型を思い浮かべる。

「それが、今日の終業式に道間さんお休みだったんですよ」

「風邪でもひいたんじゃないの?」と軽い口調で俺は言う。

「違いますよ。だって、お兄さんの道間先生もお休みだったんですから。で、以前、日比野さん言ってたじゃないですか。道間さんは恐らく霊能力者だって」

「ああ、言ったね」

 すると瑞希ちゃんは唇に人差し指を当てながら、何かを推察するような思案顔で話すのだった。

「その話を思い出して、道間さんは今日それ関係で何かあったのかな? って思ったんですよ。どう思います、日比野さん」

「ハハハッ、それは考えすぎだよ。もしかしたら、家の方で何かがあったのかも知れないし、それに兄弟揃って風邪を引いたかもしれないしさ」

「確かに、それもあるんですけど。何か引っかかるんですよね。私の第六感に……なんちゃって。テヘへッ」

 と言うと瑞希ちゃんはペロッと舌を出す。中々、お茶目な仕草である。

 そこで俺は時計に目をやり話を変える。

「さて、それじゃあどうする? もう直ぐで昼だけど」

「アッホントだ。じゃあ、お昼にしましょうよ」

「それじゃあ外に食べに行こうか? 折角のクリスマスだし、何か奢るよ」

「エヘへ、楽しみです」

 瑞希ちゃんはニコニコと微笑む。

 そんな訳で、俺達は昼食をたべる為に外出をする事になったのであった。



 ―― その2時間前 ――



 高天智市中心街に佇む高さ80m近くはあろうかという高層ホテルの一室から、双眼鏡を片手に県民交流センターを眺める一人の男が居た。寂しいお堂にいたあの不気味な男である。

 今日の男は黒いロングコートに身を包む出で立ちをしており、コートの裾からは黒い皮製のブーツを履いているのが確認出来る。その為、肩の下まで伸びた漆黒の様な長く黒い髪が、コートと一体化している様に見え、全身が隅々まで黒一色で覆い尽くされた格好となっていた。

 また、それらの服装に男の体から噴出す微量の殺気が混ざる事もあり、やや近寄りがたい雰囲気を男は醸し出しているのであった。

 今、男はビルの中間部分に位置する部屋にいる。部屋はそれなりに豪勢な佇まいで、セミダブルのベッドとソファ、大きな液晶テレビ等が設置されており、ベージュ色の壁や凝った意匠をした照明器具がこの部屋を豪華な雰囲気にさせていた。

 この部屋にはその男の他にもう一人の人物がおり、今、室内のソファに腰掛けて男に視線を向けている。

 そして、その人物はソファに寄りかかりながら、外を眺める男に向かい声をかけるのだった。

眩道斎げんとうさい殿。陽炎かげろうからのご忠告はお聞きになっておりますかな?」

 と言ったこの人物は、紺色のスーツに身を包む40歳位の男で、サラッとした若干長い黒髪が特徴の人物である。太い眉をしており、その下にある目は細く鋭い。そして、右目の下には3cm程の切り傷がある為、やや人相が悪く見える男であった。

「ああ、聞いている。鎮守の森が大沢の護衛に付いたという話であろう。だが、そんな事より、俺と接触をしても大丈夫なのか? 当初の計画では、陽炎を通じて以外は連絡をしないと聞いたが」

 眩道斎は双眼鏡を眺めながら、底に響くような低く重い声色でそう答えた。

 それを聞き、男は口の端を吊り上げる様な笑みを浮かべて言う。

「ええ、ご心配無く。今日は今までと状況が違う為、その確認に参った次第であります。それに、これも今日の予定の一部ですのでね」

「そうか。ならいい」

「さて、それでは、今回も眩道斎殿に全てお任せしますので、宜しくお願い致します」

 と言うと男はソファから立ち上がる。

 眩道斎はそこで、双眼鏡から男に視線を変えると言った。

「依頼は滞りなく達成する。心配は無用だ」

「頼もしいお言葉ですな。だが、油断は禁物です。鎮守の森は土御門宗家直属の者が動いておりますのでね」

 すると、眩道斎は噛み殺した様な笑い声を発しながら男に言う。

「ククククッ、何を言うのかと思えば……。お主も同じ穴のムジナであろう」

「確かにそうですが、私は宗家の者達とはいささか考え方が違いますのでね」

「クククッまぁいい。兎も角、心配は無用だ。そう主に伝えておいてくれ」

 と言うと眩道斎はまた窓から外へ視線を戻す。

 男はそんな眩道斎の後ろ姿に向かい、笑みをこぼしながら言った。

「ええ、勿論伝えておきますとも。大沢など我等の歩む道に転がる唯の小石ですが、これも創世の計画の一つです。我等の理想に僅かですが、また一歩近付くのですからね」

 その男は眩道斎にそう告げると、音も立てずにこの部屋を後にしたのだった。

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