表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
27/64

弐拾七ノ巻 ~憑き物 二

 《 弐拾七ノ巻 》 憑き物落とし



 今日は12月15日 日曜日。浅野さんと憑き物落としの約束をした日である。という訳で、俺は今、浅野さんの運転するパジェロに乗ってG県 葦原市へと向かっている最中だ。

 助手席に座った俺は窓から外を眺める。空は雨雲が覆っており、みぞれ混じりの小雨が降っている。その為、今日は非常に気温が低く寒い。その光景を見た俺は、朝6時に見たテレビの天気予報で雪だるまのマークがついていたのを思い出す。と、同時にブルッと震えるのだった。気分的に……。

 まぁそういった気象条件もあり、俺は黒いフード付きの分厚いコートにジーンズといった厚着の服装している。だが、車内は暖房が隅々まで行き渡っているので、そんな事を忘れさせるくらいに暖かい。その為、俺は外の寒さなどは直ぐにどうでもよくなり『ファァァ』と欠伸をするのだった。

 欠伸で出てきた涙を拭いながら俺は車の内装に目を向ける。以前、土蜘蛛つちぐも退治の折に聞いた浅野さんの話では、この車は購入してから1年経ってないそうだ。そんな理由から、運転席側にある速度パネルやナビゲーションシステム等は、鮮やかな色艶で光り輝いているのであった。

 運転席には上下紺色のジャージ姿をした浅野さんがおり、ハンドルを握っている。以前と変わらずに豪快な雰囲気は健在で、時折、場を和ませるかのような冗談を言ってきたりする。

 また、鬼一爺さんも気兼ねなく話せる相手という事もあり、車内は中々に愉快な雰囲気となっているのであった。

 そんな車内を見回した俺はもう一度、口を大きく開いて欠伸をする。

 すると、後ろの席から俺に話しかける人物がいた。

「日比野さん。今すっごい欠伸してましたけど、眠いんですか?」

 そう……今日の除霊アシスタント、瑞希ちゃんである。

 俺は瑞希ちゃんの座る後ろの座席に視線を向ける。今日の瑞希ちゃんは茶色のトレンチコートっぽい物を着ており、首には青いマフラーを巻くという格好をしている。サイドに可愛らしく纏めた髪は今日も健在だ。

 何故、此処に瑞希ちゃんがいるのかというと、話は昨日の昼過ぎに遡る事になる――

 ――昨日、俺は昼飯を食べて暫くすると、鬼一爺さんに言われた物を揃える為にショッピングセンターに足を運んだ。用意するように言われた物の中に、もち米と小豆と塩、それと藁縄わらなわというのがあった為である。

 そして、それらを購入していた時にバッタリ瑞希ちゃんと出会ったのだった。

 因みに、その時の瑞希ちゃんは体操着の上からコートを着るという姿をしており、どうやら部活の帰りだったようである。

 瑞希ちゃんは俺の買った物を見るなり、こう聞いてきた。

「赤飯でも作るんですか?」と。

 確かにもち米と小豆で連想する物はそれしかないだろう。誰だってそう思う。

 だが、そこで俺は迂闊にも口を滑らせてしまうのだった。

「いや、違うんだ。実はある人から悪霊祓いを頼まれたから、それに必要な物を揃えに来たんだよ」

 今まで気兼ねなくオカルトに関わる事を話していた所為か、俺は自然にそう答えていた。

 そして瑞希ちゃんは驚きながら言うのであった。

「エェ、あ、悪霊祓い! 何をするんですか? 気になります。私にも教えて下さい」と。

 俺は言った後に『しまったァ』と心の中で呟いたが、時既に遅く、洗いざらい今までの経緯を説明する羽目になったのであった――

 ――まぁ、そんな訳で現在に至るという訳だ。

 浅野さんには一応、俺の事情を知る一人だと説明してはある。が、瑞希ちゃんを見た浅野さんは俺に一瞬不審な目を向けてきたのが気になった。俺がイケナイ事をしていると思ったのかも知れない。まぁ、確かに妹じゃないなら、普通そう思うはずだ。後で瑞希ちゃんが居ない時に浅野さんの誤解を解いておこう。ロ○コンの変態野郎と思われるのは俺も困る。

 そんな事を考えながらも、瑞希ちゃんの問い掛けに答える。

「ああ、ちょっとね。昨日、夜遅くまで爺さんから言われた物を揃えたり作ったりしてたからね。フワァァァ」

 と答えた後に、また俺は大きく欠伸をした。

 そこで浅野さんが豪快に笑いながら話しかけてくる。

「ガハハハッ、すまんな、涼一。睡眠時間まで削らせちまって。事が済んだら、とびっきりの美味いもんを食わしてやるからな」

「ハハハ、今日はそれも楽しみに来たんですよ」

「しかし、なんだな。涼一がこの子を連れてきた時はビックリしたぜ。不純異性交遊してたのかと思ったよ。ガハハハッ」

 浅野さんは大きな声でそんな事を言うので、俺は慌てて抗議した。

「ちょ、ちょっと、一体何を言うんですか? 俺らはそんな関係じゃないっすよ。ねぇ、瑞希ちゃん」

 俺は浅野さんにそう告げると、瑞希ちゃんに視線を向け同意を求めた。

 すると、今の浅野さんの言葉が恥ずかしかったのか、瑞希ちゃんは顔を真っ赤にしながら無言で俯くのだった。

 それを見た俺は、すかさず浅野さんに言う。

「浅野さんがそんな事を言うから、瑞希ちゃんも困ってるじゃないですか」

「すまんすまん。お譲ちゃんもすまないな。冗談で言っただけだよ。ガハハハ」

「い、いえ。べ、別に何とも思ってませんよ」 

 瑞希ちゃんは声が上ずりながら、頬を赤く染め恥ずかしそうに答える。

 そして俺達がそんなやりとりをしていた、丁度その時。鬼一爺さんが話を割ってきた。

(話し込んでるところすまんが、一つ聞きたい事があるのじゃ。浅野殿、取り憑かれた者は何時からその様な状態なのじゃ?)

「ン? ああ、そうだった。それを言ってなかったな。様子がおかしくなったのは三日前の木曜の晩からだそうだ。まぁ、最初は怒りっぽいだけだったそうだが……他に変わったところは無かったそうだ」

(フム、三日前か……)

 鬼一爺さんはそれだけ言うと腕を組んで考え込む仕草をする。

「爺さん。どうしたんだ? 難しい顔をして」と俺。

(そうなった原因が分からんのじゃ。まぁ、兎も角、そこに行けば原因も見えてくるじゃろ)

「確かに……。多分、三日前に何かがあったんだろうね」

 何事にも原因と結果が付き纏ってくる。

 俺は色々と考えてみるが、憑き物という現象自体がどういったメカニズムでなっているのか分からない。

 しかし、気になる事ではあるので、俺は目的地へ着くまで皆と談笑をしながらも頭の片隅で色々と考えるのだった。


 ――それから約30分後。


 俺達はG県葦原市にある目的の家に到着した。

 2×4工法で建てたと思われる、全体的に黄色っぽいアメリカチックな家で、竣工してからまだそれほど経ってない様に見える。家の正面右側には、ちょっとした庭があり芝生や木々が確認出来る。犬を飼っているのか、庭の片隅には茶色い犬小屋も置かれていた。

 俺は家の周辺も見回す。この辺りは新興住宅地のようで、周囲には真新しい現代建築の家が沢山建ち並んでいた。中にはまだ建設途中の家もあり、仮設足場で四方を覆われているものも目に飛び込んでくる。また、道路や標識なども非常に新しいので、何処と無く、映画とかに使われる作り物のセットの様な感じがする所なのであった。

 そんな風に周囲を見回していると浅野さんが俺に言う。

「涼一、それじゃあ着いて来てくれ。一応、弟にはこういった事に慣れた人間を連れてくる、と言ってはあるからな。それと、今回の事を他言しないようにとも言ってあるから安心しろ」

「そうなんですか? それを聞いて安心しました」

 俺はそれを聞き、笑顔を浮かべる。

 そして鬼一爺さんを見た。宙に浮いた爺さんは睨みつけるような表情で2階の窓を眺めている。

 恐らく、其処に憑かれた息子さんが居るのかも知れない。

 そんな事を考えていると、瑞希ちゃんが俺に話し掛けてきた。

「日比野さん。荷物を持ちますよ。その方が助手っぽいですもんね」

 瑞希ちゃんは、一応俺の助手という形で来て貰うことにしたので気を使ってくれてるようだ。

「そうだね。それじゃあ、鞄をお願いするよ」

 それもそうだなと思った俺は、今回の除霊で使う術具が入った鞄を瑞希ちゃんに渡す。

 そして浅野さんの後ろから俺と瑞希ちゃんはついてゆくのだった。

 浅野さんは真っ白い扉が特徴の玄関に着くと、壁に取り付けられた呼び鈴のボタンを押す。

 すると、浅野さんくらいの年齢と思われるオジサンがガチャリと扉を開いて現れた。恐らくこの人が浅野さんの弟なのだろう。

 眼鏡をかけた人で、黒い服と青いジーンズといった格好をしていた。浅野さんの弟の様だが、あまり似てない。何故ならば、背も弟さんの方が高いし、人相も柔らかい感じであり、また、頭髪は7:3分けに近いからだ。その見た目は『本当に兄弟か?』と疑ってしまうくらいに似てないのであった。

 そんなオジサンは浅野さんと俺達を見るなり口を開いた。

「おお、兄さん。待ってたよ。その若い子が一昨日電話で言っていた人かい?」

「そうだ。こういった事に慣れた奴だ。それより、あれから息子の様子はどうだ?」

「それが……。酷くなっているんだよ。家族が部屋に入ろうとすると威嚇をしてくるんだ。今じゃ部屋にも入れないよ」

 オジサンは、俯き加減に首を左右に振ると元気なくそう呟いた。この様子を見るだけでも異様な状況なのだと容易に想像できる。

 そこで俺はとりあえず簡単に自己紹介をする事にした。

「こんにちは。日比野といいます」と言った後にオジサンに向かい頭を下げる。

 俺が頭を下げると瑞希ちゃんもそれに続いて頭を下げた。

 そんな俺達を見たオジサンも丁寧に一礼をすると、早速中へと俺達を招き入れるのだった。

「兄がいつもお世話になっております。そして、今日は息子を何卒宜しくお願いします。さぁ、それでは上がってください」


 家の中に入った俺達は玄関の近くにある階段を上ると、二階の一番奥にある茶色い扉の前に案内された。

 オジサンは扉の前で立ち止まると俺達に振り返り言う。

「ここが、息子の部屋です。今も中にいます。そして、部屋に入ってくる者を威嚇しますので、入室する際はお気をつけ下さい」

 オジサンはそれだけ言うと廊下の端に移動する。その後、『どうぞ』というジェスチャーを俺に向かってするのであった。

 それに従い扉の前に行くと、一旦、大きく深呼吸を一回だけしてから俺はノブに手を掛ける。そして、扉をゆっくりと手前に開く。すると、やや暗い室内が俺の視界に入ってきた。

 電灯は点いてない。また、窓に掛けられたカーテンが外の光を遮っている。 

 そんな暗い室内をゆっくりと俺は前に進む。

 と、その時!

 此の世の者とは思えないほどの奇声が俺に向かい発せられるのであった。

【ヴァレヴァァァァァガウェリェェェ】

 俺は身構えながら声の聞こえる方向を確認する。

 すると、入って左の壁際にあるベッドの上に、体操座りで震える人物がいるのであった。が、暗いので良く分からない。

 その為、俺は入口の壁際にある電灯のスイッチと思われるものを押した。パァッと室内が明るく照らし出され部屋模様が明らかになる。

 部屋の大きさは大体6畳程の広さで小さな液晶テレビや本棚、机等が置かれており、机の上にはノートやテキストの類が広げられている。まぁ至って普通の学生の部屋である。

 だが、室内の様子を2秒ほど見たところで、体操座りをしていた人物は四つん這いになって俺に威嚇をしてくるのだった。

【シャァァァ】

 息子さんは完全に目が逝っている。口を大きく開き、猫の様な威嚇をするのである。その威嚇をする姿は黒いジャージを上下に着ている所為か、大きな黒猫の様だ。また、髪は逆立ち、顔色は青白く、目の下にはクマが出来ている。その為、とても不健康そうな感じの顔付きなのであった。

 俺はその様子を見るなり、もしかして取り憑かれたのは動物霊? などと考える。

 だが、今にも飛び掛ってきそうな雰囲気である為、俺は前もって用意していた魔除けの符を手に取ると、符の力を解放するのだった。

【ヒィィィ】

 その瞬間、息子さんは符から出てくるやや強めの霊波に脅えて後ずさる。

 そして、符の効果を確認した俺は4枚の魔除けの符を4方の壁面に貼り付けてゆくのだった。

 魔除けの符から発せられる霊波の影響で、息子さんは部屋の中央付近で脅えた様にうずくまり小さく奇声を上げている。

 俺は4枚貼り終えたところで鬼一爺さんに向かい小声で言った。因みに鬼一爺さんは霊圧を下げているのでオジサンには見えていない。

「爺さん。とりあえず、言われた通りにしたぞ」

(よし、では持ってきた藁縄で結界を作るのじゃ)

「了解。瑞希ちゃん、鞄を此処に」

 俺は部屋の外にいる瑞希ちゃんを呼ぶ。すると無言で恐る恐る俺の傍へとやって来た。

 その表情は少々緊張気味のようである。

「はい、日比野さん。あのぉ……私に何か出来る事はありませんか?」

 瑞希ちゃんは鞄を俺に渡すと、真剣な表情でそう言ってきた。助手という事で色々と気を使っているのだろう。

 しかし、本当に肝の据わった子だ。この状況を見ても正気を保ってられるとは恐れ入った。俺なら即座に後ろへ下がるところである。

 そんな事が一瞬頭を過ぎったが今は除霊最中である。

 俺は直ぐに意識を戻すと瑞希ちゃんに向かい言った。

「じゃあ結界を張るのを手伝ってくれるかい。それと念の為にこれを持っていてね」

 そう返事すると瑞希ちゃんに魔除けの符を渡した。一応、用心の為である。

 俺は鞄の中から藁縄を取り出す。勿論、この藁縄には霊力を通しやすいように細工が施してある。

 そして、その藁縄を使い鬼一爺さんの指示の元、息子さんを中心に円を描いてゆくのだった。

 円を描いた後、今度は縄自体に俺の霊力を籠める。すると、白い光が縄を伝い光の輪を形成した。これで結界は完成である。

【ヒャアァァァァァ】

 結界を張り終えたと同時に息子さんは目を引ん剥いて奇怪な声を上げた。結界が放つ霊波が悪霊を脅えさせているからだ。

「キャッ」

 瑞希ちゃんは今の息子さんの声が怖かったのか、俺の後ろに回るとギュっと服の裾を掴む。

「瑞希ちゃん。結界張ったから大丈夫だとは思うけど、もしって事もあるから、一旦、外に出ていてくれるかい」

 俺はそんな瑞希ちゃんの頭を優しく撫でると部屋の外に出るように促した。

「い、いえ。だ、大丈夫です」

 やや震えながらも瑞希ちゃんは真剣にそう答える。

 怖いながらも俺の手伝いをしようとする健気なその姿に俺は思わず感動した。が、言っても聞かないような気もしたので俺は忠告だけする事にした。

「それじゃ、危ないから俺の後ろにいてね」と。

 瑞希ちゃんはコクリと頷く。

 だがそこで、鬼一爺さんは眉根を吊り上げる表情で言うのだった。

(涼一、どうやらこの者に憑いておるのはその辺の悪霊とは違うぞい。長い年月をかけて蓄積された禍々しい怒りの波動を感じる。この様な霊は負の地脈が通る箇所か、もしくは、依り代が無いと存在が出来ぬ筈じゃ)

「この場所には負の地脈なんて通ってないからなぁ……。となると、依り代という事か」

 霊波に脅えながら奇声を発する息子さんを眺めながら、俺は顎に手をあてそう呟く。

(何を依り代としておったのか分からぬが、そういう事じゃな)

「で、除霊はどうするんだ?」

(ムゥ……こりゃ、参ったわい。他の依り代が無ければ出て行かぬぞ、この類の霊は……。このままじゃとこの者の魂も危ないしの。弱ったのぉ)と鬼一爺さんは渋い表情で言う。

 それを聞き「エッ、マジかよッ」と言いながら俺は頭を抱えるのだった。

 だが、コイツの入っていた元の依り代がある筈だ、と思い直し鬼一爺さんに言った。

「爺さん、コイツが元いた依り代があれば問題ないのか?」

(そうじゃ。とりあえずはそれを探すのが近道かもしれんのぅ)

 爺さんの言葉を聞いた俺は大きく息を吐くと、とりあえず、この室内を調べる事にした。

 机の上や本棚、そしてベッドを順に確認してゆくが、特にこれといっておかしな物は目に入らない。

 一通り確認を終えた俺は埒が明かない為、部屋の外にいるオジサンに聞いてみる事にしたのだった。


 俺は部屋の入口に視線を向ける。

 オジサンと浅野さんは緊張した面持ちでおり、結界内で脅える息子さんを唯ジッと見守っていた。

 そんな二人の所に俺は移動すると、オジサンに向かい口を開いた。

「あの、お聞きしたい事があるのですが……」

「は、はい。なんでしょう?」

 と、やや慌てた様な仕草でオジサンは返事する。

「息子さんの容態がおかしくなり始めたのが三日前からだとお聞きしましたが、どんな小さな事でも結構ですので、その日の前後くらいに何か変わった事がありましたら教えて貰えませんでしょうか? 結論から言いますと、息子さんに取り憑いた霊は元々何かの依り代に宿っていた霊なんです。恐らく、その依り代と息子さんは何処かで接触している筈なので、それが知りたいのです」

「よ、依り代? ですか……」

 俺の問い掛けにオジサンは暫く考える。上を向いたり目を閉じたりしながらオジサンは考えるがイマイチ良く思い出せないようである。

 そして、やや気まずい表情でオジサンは答えるのであった。

「すいません。私では良く思い出せないです。家内にも聞いてみますんで、少し待っててもらえますか」

 オジサンはそう答えると、小走りで1階へと降りていった。

 そこで浅野さんが俺に話し掛けてくる。

「涼一、どんな感じだ? 治せそうか」

「それが、息子さんに憑いている霊が特殊なものなので困ってるんですよ。憑いた霊が元々宿っていた依り代がある筈なんで、それが見つかれば大丈夫だと思います」

「依り代ねぇ……」と部屋を覗きながら言う。

「お爺さん。代わりの依り代を用意しようと思うと難しいのですか?」と瑞希ちゃん。

 瑞希ちゃんの問い掛けに爺さんは霊圧を若干上げ、声だけ聞こえる状態で話し始めた。

(それがのぅ、悪霊と一口に言えども色々とあるのじゃよ。そう簡単にはいかんのじゃ。そういった意味では、憑かれたこの者は運が悪いとしか言えぬの。この悪霊が好む魂の波長をしてたのじゃからの)

「おおうッ、声だけバージョンもあるのか」

 浅野さんは突然爺さんの声が聞こえたので驚きつつもそう答える。

「はぁ〜予想以上に厄介やなぁ」

 俺が溜息を吐きながら呟いたところで、階段を上ってくる複数の足音が聞こえてきた。俺は階段の降り口へ視線を向ける。

 すると階段からはオジサンと共に一人の女性が現れて俺達の前にやってきたのだった。

 ややウェーブがかった長い髪の女性で、歳の頃はオジサンとほぼ同じだろう。どうやら奥さんを連れてきたようだ。

 また、台所作業をしていたのか、その人はエプロンを身に着けていた。ただ、息子さんがこんな状態なので、その女性からは暗いオーラを纏っている様に俺には見えるのだった。


 オジサンは俺の前に来たところで口を開いた。

「日比野君、さっきの話を家内にしたら思い当たる事があるそうなんだ」

「本当ですかッ。それで、どんな事なんでしょうか?」

 やや身を乗り出すような仕草で俺は尋ねる。

「さぁ、さっきの事を話してくれないか」

 オジサンは奥さんに話を振ると、奥さんは小さく頷き、ゆっくりとした口調で話し始める。

「実は4日前の話なのですが、私の実家からある仏像を譲り受けたのです……」

「仏像……ですか?」

「はい。実は私の父がこの夏に他界をしまして、父の遺品を整理していた兄がその仏像を見つけて私の元に送り届けてくれたのです。息子が大学受験控えていると言う事を兄も知っておりましたので、御利益がある様にと気を使ってくれたのだと思います。結構、古くて立派な物でしたので……」

 これは怪しい。物凄く怪しい。

 そんな事を考えながら俺は更に尋ねる。

「その仏像は今何処に?」

「仏像は今、リビングの片隅に木箱に入ったまま置かれています」

 俺はそこで鬼一爺さんに目配せをする。

 鬼一爺さんは無言で頷く。

「その仏像を見せてもらえますか?」

「はい、では付いて来て下さい」

 と言った後、奥さんは俺達を1階のリビングへ案内するのだった。

 階段を降りて直ぐの所にある、10畳程の広さのリビングに案内された俺達は、問題の木箱の所へと向かう。

 仏像の入った木箱は長さ30cm程の細長い箱であった。見た目もかなり古く、所々に細かい傷やシミが付いている。

 だが、中を開けるまでも無く、俺には何となく分かるのだった。上にいる悪霊と同じ波長を持つ残りカスの様な物がこの木箱から僅かに発せられているのを……。

 俺は宙に浮かぶ鬼一爺さんと目を見合す。爺さんは大きく頷くと上を指差した。どうやらビンゴのようだ。

 そこで俺は奥さんに確認をする。

「この木箱を2階に持って上がっても良いですか?」

「はい、どうぞ。構いませんわ」

 奥さんの返事を聞いた俺は、木箱を丁寧に抱きかかえると、早速2階へと移動する事にした。

 息子さんの部屋に着いた俺は、木箱の中から一体の仏像を丁寧に取り出すと爺さんに小声で話しかける。

「爺さん、とりあえず仏像を出したけど、次に何をすればいいんだ?」

(次に昨晩作った祓いの霊水を用意するのじゃ)

 今、爺さんが言った祓いの霊水とは、俺がもち米と小豆を煮込んで作った重湯に、日本酒を混ぜ合わせて作った妙な液体である。

 小豆の赤い色と米から出てくる白い濁りが合わさって若干ピンク色に見える液体で、これの中には酒のほかに俺の血液が数滴垂らしてあり、おまけに俺の霊力入りである。

 だが、この霊水は俺の霊力の波動が感じられない。恐らく、混ぜ合わせた物の何かが霊波を隠す役目をしているのだろう。今度暇があったら、どの成分に霊力反応が掻き消されるのか検証してみたいところではある。

 まぁそれはさて置き、その液体が鬼一爺さん曰く、憑き物落としの妙薬なんだそうだ。

「瑞希ちゃん、鞄を」

「はい、日比野さん」

 俺は瑞希ちゃんから鞄を受け取ると、中からこの液体の入った500mlのペットボトルと100円ショップで売っていた小皿を取り出した。

 と、そこで鬼一爺さんが言う。

(涼一、祓いの霊水と持ってきた仏像を結界の中に入れるのだ)

 鬼一爺さんの指示に従い、俺は祓いの霊水を小皿に入れると仏像と共に結界の中にそっと置いた。

 因みに息子さんは脅えつつも、俺が近づくなり【シャァァァ】と猫の様に威嚇をしてくる。

 やや哀れみの眼差しを息子さんに向けた俺は、鬼一爺さんに次にする事を尋ねた。

「爺さん。次は?」

 しかし、鬼一爺さんは落ち着いた口調で不敵な笑みを浮かべると、意外な返答をしてくるのであった。

(フム。これで終わりじゃ。あの霊水はの、霊が好む物でもあり嫌う物でもあるのじゃ。まぁみておれ……)

 爺さんの言葉に首を傾げつつも俺は結界内に居る息子さんに目を向けた。瑞希ちゃんも俺の後ろから結界内を眺める。また、部屋の外にいるオジサン夫婦や浅野さんも固唾を呑んで見守っていた。

 俺が霊水と仏像を置いてから5分程経った頃だろうか、息子さんが奇妙な行動を取り出した。クンクンとまるで犬や猫が匂いを嗅ぐ様に、徐々に祓いの霊水が入った皿へと近づいて行くのである。そして皿の前に辿り着くと、暫く眺めた後にズズズッと霊水を啜り始めるのであった。

 皿に盛った霊水を全て飲み干した息子さんは舌なめずりをする。

 だが、その時! 

 息子さんに異変が起き始めた。

 突然、両手で胸元を引っ掻く様な仕草をしながら息子さんが苦しみ始めたのである。

【ウゥゥゥガァァァ】

「「聡史さとしッ!」」

 その様子を見るなり、オジサン夫婦は焦った口調で息子さんの名前を叫んだ。

 俺は慌てる二人を宥めるように言った。

「大丈夫です。息子さんが今啜ったのは霊力の籠められた祓いの霊水ですから。苦しんでいるのは息子さんではなく悪霊の方です」と。

「そ、そうですか」

 俺の言葉を聞いたオジサンは若干落ち着きを取り戻すと、一旦、大きく息を吐いて我が子の様子を見守る。

 それから暫くの間、息子さんはうずくまりながら手足をバタつかせ苦しみ続ける。

 そんな中、瑞希ちゃんが俺の背中越しに小声で聞いてきた。

「ひっ日比野さん。ほ、本当に大丈夫なんですか?」と。

 瑞希ちゃんは息子さんの苦しむ様が恐ろしく見えるのか、俺の腕にしがみ付いて震えながらそう聞いてきた。

「ああ、苦しんでるのは悪霊の方だよ。心配しないで」

 俺は震える瑞希ちゃんの頭を優しく撫で、穏やかな口調でそう告げる。すると震えも若干弱まり、大分落ち着いてきたようだ。

 そして、悪霊が苦しみ出してから10分程経った頃に更なる異変が起きた。なんと、息子さんの身体から仄かに赤い光が出てきたからである。

 赤い光を見たオジサン達は「なッ!」という息を飲むような言葉と共に目を見開く。当然だろう。誰だってこんな光景を見ればそうなる。

 それから程なくして、赤い光は息子さんの体から煙が立ち上る様に出てくると、すぐさま、仏像の中へ逃げ込む様に入っていくのであった。

 またそれと同時に、うずくまる息子さんは電池が切れたみたいに身動き一つする事無くその場にうつ伏せになる。

 そこで鬼一爺さんは俺に言う。

(今じゃ涼一ッ! 仏像を箱に納めてその周囲に魔除けの符を貼るのじゃ。急げッ!)

 俺は爺さんの言葉を聞き、若干、焦りながらも仏像を元の木箱へと納める。そして、箱の全ての面に魔除けの符を貼り付けてゆくのであった。

(よし、これで一応、憑き物落としは終わりじゃ。後はこの仏像をどうするかじゃな)

「ああ、後はそれだよな『ウ、ウ〜ン……ンン?』」

 と俺が爺さんに答えたところで息子さんから声が聞こえてきた。息子さんはユラリとした動作で上半身を起き上がらせると、寝惚けたような仕草をしながら周囲を見回す。

 そして、俺と瑞希ちゃんの顔を見るなり不審な表情で一言こう呟いた。

「ん?……あんた達、誰?」と。

「「聡史ッ!」」

 オジサンとオバサンは、息子が正気に戻ったのを確認すると一気に傍へと駆け寄った。

 息子さんは何がなんだか分からないのか、頭を掻きながら首を傾げて言う。

「ワッ! な、なんだよ一体? 父さんに母さん。二人ともどうしたんだよ急に……」

 オジサンとオバサンは何も言わずに涙を流しながら息子を抱擁している。

 息子さんはこの展開に付いていけないようで、やや引き攣った表情をしていた。無理もない。悪霊に憑かれていた時の記憶が無いのだから。

 そんな涙ぐましい家族の姿を暫く見届けた俺は、浅野さんに向かい依頼達成の報告をした。

「浅野さん。これで完了です」

「のようだな。ところでその仏像はどうするんだ?」

 浅野さんは木箱を指差しながら言う。

「そうなんですよねぇ。このまま此処に置いておくのも不味いですから、やっぱ奥さんの実家に返却した方が良いんじゃないですかね」

 俺がそう呟いたところで息子さんと抱擁をしていたオジサンが此方にやって来た。

 オジサンは丁寧に頭を下げると、俺の右手を両手で握りながら礼を言う。

「日比野君。本当にありがとう。君のお陰だよッ」

「ハハハ、そ、それ程でも」

 中々に凄い勢いでお礼を言ってきたので俺はビックリしつつもそう答えた。

「ガハハハッ、当たりめぇよ。なんたって、俺が唯一認めた拝み屋の類の人間だからな。ガハハハ」

 と言った後に浅野さんは踏ん反り返って豪快に笑う。

 そんな浅野さんを苦笑いをしながら見た俺は、オジサンに今後の事を告げる。

「とりあえず、これで除霊は終わりです。それと、あの仏像は奥さんの実家に返した方が良いですね。此処に置いておくと、何時また息子さんに憑依するか分かりませんから。後、息子さん以外に憑依する事は無いと思いますので、その点は心配しないで下さい」

 俺の進言を聞いたオジサンは魔除けの符が貼られた木箱を眺める。

 そして、息子さんを抱擁する奥さんの所へと向かった。

 二人は木箱を眺めながら色々と話をしている。恐らく、実家に戻すかどうかの話をしているのだろう。

 粗方、話も纏まったのかオジサンは俺の所にやって来ると、頭を掻きながら申し訳なさそうに言うのだった。

「日比野君……その、相談があるのだが」

「相談ですか?」

「そのぉ誠に申し訳ないのだが、日比野君の方で仏像を引き取って貰いたいんだよ」

「エエェッ! お、俺がですか?」

 思わず俺は大きな声を上げてしまう。

「流石に事情を知ってしまうと気味が悪いからね。お願いだ、引き取ってくれないだろうか? 妻の父の遺品でもあるので無下にも出来ないからね」

 俺は鬼一爺さんに視線を向ける。

 すると爺さんは俺に言うのだった。

(フム。仕方が無いの、涼一。以前、お主に教えた送還の符術を使い保管しておくのじゃ)

 鬼一爺さんの言葉を聞き『そう言えばそんな術があったなぁ』と考えた俺は、観念してオジサンのお願いを引き受ける事にした。

「分かりました。それでは僕が引き取りましょう。必要になった時はまたご連絡下さい」

「ほ、本当かい。あ、ありがとう。日比野君には返す言葉も無いよ」

 と言うとオジサンはパァッと明るい笑顔になり俺に満面の笑顔で微笑むのであった。


 ――その後。


 除霊を恙無つつがなく終わる事ができた俺達は浅野さんの車へと向かう。

 その帰り際にオジサン夫婦から俺は一通の封筒を受け取った。何か尋ねたら、今回のお礼だそうだ。

 そんな物を貰おうなどと思ってなかった俺はオジサンに一旦は封筒を返した。が、どうしてもと言うオジサン達の熱意と浅野さんの「貰っておけ」という進言もあって、渋々受け取る事にしたのであった。

 後で中を覗いたら、ビックリするほどの金額が入っていた。俺にとってはだが……。因みに、瑞希ちゃんにも後でこの中からバイト代を払わなければと思ったのは言うまでもない。

 そして、俺達は浅野さんの案内でご馳走を頂く為に次の場所へと移動をするのであった。

 その車内での事である。

「しかし、流石だなぁ涼一は。以前よりも大分腕を上げたんじゃないのか?」と浅野さん。

「はは、まだまだですよ。今回だって爺さんが居なければ解決はほぼ無理でした」

(フォフォフォ、そうじゃな。涼一にはまだまだ知らぬ事が沢山あるからの。毎日が精進じゃわい)

「ガハハハッ。師匠がそう言うんじゃ、しょうがねぇか」

 浅野さんが大きな声でそう答えたところで、俺は瑞希ちゃんを見る。

 実は瑞希ちゃん、除霊が終わった辺りから口数が少なく、やや元気が無いのであった。

 除霊現場が怖かったからなのかどうかは分からないが、心配だったので俺は瑞希ちゃんに声を掛けた。

「瑞希ちゃん。元気ない様だけど、大丈夫かい?」

 俺の問い掛けに瑞希ちゃんはゆっくりと顔を向けると、目を潤ませて言う。

「日比野さん……。私も荷物を持つだけじゃなくて、日比野さんの力になれる様になりたいです」

「「(エッ!?)」」

 瑞希ちゃんの言葉に爺さんを含めた俺達3人は思わずそう口にした。

 俺は思わず我が耳を疑ってしまいそうであったが、とりあえず、確認の為に問いかける。

「ち、力になれる様にって、もしかして霊術を使える様になりたいって事?」

「はい」と、はっきりした声で瑞希ちゃんは返事した。

 潤んだ瞳が俺をジッと見つめてくる。

 どうしたもんかと俺は鬼一爺さんに視線を向けると、爺さんは笑いながら言うのだった。

(フォフォフォ、涼一が教えたらどうじゃ。霊力の扱いなら教えても構わぬぞい)

「エッ、俺がか?」

(そうじゃ。教える事から学ぶ事もあるのじゃ。やってみよ。フォフォフォ)

 爺さんは簡単にそう答える。

 恐らく、霊力の扱いくらいは教えても構わないという事なのだろうが……。俺自身がまだ術を習い始めてまだ4ヶ月経ってないのに、そりゃ無いだろう。

 そんな事を考えながらチラッと瑞希ちゃんを見る。

 すると瑞希ちゃんは俺の腕を掴み言った。

「お願いします。私、日比野さんの力になりたい」

「ガハハハッ、モテる男は辛いねぇ」

 俺と瑞希ちゃんのやりとりを見ていた浅野さんは、そこで豪快に笑いながら言った。

「ちょ、一体何を言うんですか、浅野さん。ねぇ、瑞希ちゃ……」

 浅野さんにそう言った後に瑞希ちゃんを見た俺は、その真剣な表情に思わず言葉を飲み込む。

 そしてフゥと軽く息を吐いた後に、渋々、返事をするのであった。

「わ、分かったよ。それじゃあ、一応、瑞希ちゃんは俺の弟子一号という事で」

 俺の言葉を聞き、瑞希ちゃんは目を輝かせ明るい表情になるとガッツポーズをしながら言う。

「ほ、本当ですか。私、頑張ります」と。

(フォフォフォ。まぁこれも修行じゃ、涼一)

「ガハハハッ。それじゃあ、涼一とお嬢ちゃんの新しい門出を祝って、今日は俺が旨い物を沢山食わしてやるよ」

「なんか微妙な気分です……」

 と、まぁそんな訳で、俺に新しく弟子が誕生する事になったのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Wandering Network 逆アクセスランキング参加中
気にいって頂けたら投票おねがいします


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ