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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
25/64

弐拾伍ノ巻 ~動き

 《 弐拾伍ノ巻 》 動き 



 此処は寂しいお堂のある森の中。

 以前はまだ残っていた緑の雑草もすっかりと色褪せ、周囲はより一層寂しい景色となっていた。

 今の時刻は午後3時頃だろうか。やや沈みかけた日の光がお堂のある部分だけを僅かに照らしている。

 また、お堂のある開けた空間には、時折、旋風が地面にある落ち葉を巻き上げ、紙ふぶきの様にゆっくりと落ち葉が舞っているのである。

 それらの光と舞い降りてくる落ち葉のコントラストは、この寂しい空間を一時だけ美しく神秘的な空間へと変えていた。

 だが、それも長くは続かず、その後には何事もなかった様にいつも通りの寂しい空間へと戻ってゆくのであった。

 そのお堂のある寂しい空間に、今、一人の男がいた。あの不気味な男である。

 以前と変わらずに殺気を纏うその男は、前回と同じ様にお堂の扉を開くと、賽銭箱の下にある板を外し、そこに納められた封筒を取り出した。目的の物を回収した男は、お堂を元通りにして南京錠の施錠をする。

 それらの作業を終えると、男は封筒の中にある便箋を取り出して内容を確認するのであった。

 

 ――依頼書――

 

 眩道斎 殿

 以下の者の呪殺を今年度中にお願いしたい。

 尚、呪殺金額5000万はいつもどおりの受け渡し方法でお願いする。

 

 《 呪殺対象者 》

 

 光民党幹事長 大沢伊知郎 衆議院議員

                         陽 炎

 ―――――――――――――――――――――――――――――――

 そして男は颯爽とこの場を後にしたのである。



 ―― 12月10日 ――



 F県もこの12月になると、いつ積雪があってもおかしくはない時季に入るが、今年はまだ降雪はない。だが、朝晩の気温は0度を下まわる日も珍しくはなく、雨が降った日の翌日が晴れの場合等は、放射冷却現象で気温がグンと下がり路面が凍結する事もある。

 そんな寒い季節ではあるが、高天智市内も12月になってからは様々な業種の人々があわただしく動き回るようになっており、非常に活気溢れる街の様相となっていた。教育機関の多い学園町も例外ではなく、人々が慌しく動きまわる姿が見受けられる。その忙しい様子は、坊主が走り回るほど忙しいと書いて、師走しわすと呼ばれるこの12月を如実に物語る光景であった。

 また、クリスマスが近いという事もあり、学園町にある商店街やショッピングセンター等ではクリスマス商戦の真っ只中という感じで、非常に明るく活気溢れる賑わいを見せている。

 ショッピングセンター内では、店舗入口にサンタクロースの置物やキラキラと光る星やベル等の装飾品が表に飾られており、派手な演出を施した店が沢山軒を連ねていた。そして、クリスマスの定番であるジングルベルの陽気なメロディーが其処彼処そこかしこから聞こえ、そのメロディーに吸い寄せられるかの様に、沢山の買物客でショッピングセンター内は混雑しているのだった。

 そんな賑やかなショッピングセンター内を、沙耶香は瑞希を含む4人のクラスメート達と共に談笑をしながら歩いていた。

 学校帰りなのか全員制服姿で、その上からコートやマフラー等の防寒対策をするといった格好をしている。

 沙耶香はクラスメートとの談笑に加わりつつも、時折、周囲の賑わいにも目を向ける。

 そんな各テナントの人々の往来を沙耶香が眺めている時に、瑞希が声を掛けてきた。

「道間さんは、この近くに住んでるの?」

 瑞希の問い掛けに、沙耶香は視線を戻すと笑顔で言う。

「はい、この近くです。このショッピングセンターから東に行ったところにあるマンションに住んでるんです」

「へぇ、そうなんだ。近くだから学校に通うの楽でいいなぁ。ちょっと羨ましいかな」

「高島さんは、どの辺りに住んでるのですか?」

「ン、私? 私は学園町の西にある高天智ニュータウンに住んでるの。少し離れてるから電車で通ってるんだぁ。嫌いな所じゃないけど、少し不便かな」

 というと瑞希はやや不満そうに口を尖らせる。

 そこで沙耶香は瑞希も自分と同じ転校生という事を思い出した。

 そして、問い掛ける。

「そういえば、高島さんはF県に来る前は何処におられたのですか?」

「私はC県に住んでたんだけど、お父さんの都合でこっちに来たんだ。初めての所だから最初はドキドキしてたけど、流石に慣れちゃったかな。それに、どんな所でも住めば都って言うしね」

 と言いながら、瑞希は引っ越してきてからの事を色々と思い返す。

 そうやって思い返してゆく内に、フト、涼一と初めて出会った時の事が頭を過ぎった。

 瑞希は気付いてないが、その時の表情は非常に穏やかな笑顔になっているのだった。

 沙耶香は瑞希のそんな笑顔を見ながら言う。

「高島さんは、此処に来てから大分良い事があったのですね」と。

 それを聞くなり瑞希は頬を赤く染め、やや恥ずかしそうに慌てた感じで言う。

「へ、な、何でそう思ったの?」

「だって、さっきの高島さん。顔にそう書いてありましたよ」

「そ、そう……」

 瑞希は沙耶香にそう言われ、照れた様にこめかみの辺りをポリポリと人差し指でかく。

 すると、そこで同行者である加奈が話に混ざってきた。

「あッそう言えば瑞希ィ、聞いたわよ。この間の日曜日に男の人と一緒に歩いてたって。さぁ白状しなさい」

 他のメンバーも加奈の言葉を聞くなり驚きの声を上げる。 

「「エェ、本当ッ? 初耳よ!」」と。

「か、加奈ッ。だ、誰から聞いたの?」

「隣のクラスの子からよ。私に内緒で彼氏を作ってたなんてぇ」

 と加奈は悪戯いたずらっぽく言った。

 そんな加奈の問い掛けに苦笑いを浮かべながら瑞希は焦った様子で言う。

「ち、違うよ。か、彼氏じゃないよ」

 そこで沙耶香は、この間の剣道大会の事を思い出すと瑞希に確認をした。

「高島さん。もしかして、その男の人って日比野さんですか?」

「「「知ってるの? 道間さんッ」」」

 沙耶香は3人に凄い勢いで詰め寄られる。

 そんな3人の勢いに、冷や汗を浮かべてたじろぎながら瑞希に視線を向けた。

 沙耶香と目が合うと、瑞希は観念した様子で弱々しく言うのだった。

「う、うん。日比野さんだよ……」と。

 瑞希の言葉を聞くなり3人の執拗な質問攻めが始まった。

 最初こそ戸惑いながらではあったが、それらの質問に瑞希は上手く誤魔化しながら答えてゆく。

 沙耶香はそんな瑞希を見るなり悪い事をしたかなと思い始める。

 そして、質問攻めから瑞希が開放されると、申し訳なさそうに小声で謝るのだった。

「ご、ごめんなさい。思わず口に出してしまい」

「いいよ。別に謝らなくても。それに、時間の問題だったような気がするし」

「そ、そうかもしれませんね……アッ!」

 そう言い終えると同時に、沙耶香は目の前にあるテナントへ視線を向けると思わず声を上げた。

 他の4人もその声を聞き沙耶香の視線を追う。其処は文房具店となっているテナントであった。

 その文房具店を見るなり、加奈は首を傾げ沙耶香に問い掛ける。

「道間さん。此処がどうかしたの?」

 加奈がそう聞くと同時に、今度は瑞希が声を上げた。

「ひ、日比野さん……」と。

 そう、其処にはなんと涼一が居たのである。

 涼一は瑞希達には気付いておらず、文房具店内の書道用品コーナーにて、何やら難しそうな表情で陳列されている商品を眺めていた。 

 そんな涼一を複雑な表情で瑞希は眺めていると、加奈はニヤッと笑みをこぼしながら呟く。

「ハハ〜ン。さてはあの人が瑞希の意中の人なんだぁ。なるほど、なるほど。これは突撃取材を是非ともしなければ」

 好奇心旺盛な加奈はそう言うと涼一の方へと歩を進める。

「ちょ、ちょっと加奈ッ。な、何を」

 瑞希は顔を赤く染めながら、焦った表情で慌ててそれを追いかける。

 沙耶香はそんな焦る瑞希を見ながら『余計な事してごめんなさい、高島さん』と、心の中で只管ひたすら謝るのだった。



 ―― 涼一は ――



 霊符作成に使う墨汁が切れた為、俺は今、学園町内のショッピングセンターに来ている。

 連日の様に霊符作成で使いまくってるので流石に減るのが早い。小学校で習字の授業を受けていた時の減りようと比べると明らかに違う。年単位で見ると10倍くらいの早さである。

 まぁそんな訳で学校帰りに文房具店に寄り、今、その品々を見ているというわけだ。

 だが、そこで墨汁の隣に陳列されたすずりが俺の目に飛び込んできた。そこで俺は考えるのである。買おうか買うまいかを……。値段は安い物だと1000円からで高いのだと10000円は超えている。勿論、俺が悩んでいるのは1000円の方だ。

 今、俺が使ってる墨汁を入れる容器は100円ショップとかにありそうな安っぽい瀬戸物の丸い器である。俺はそれを使って霊符作成する自分の姿を想像する。すると、その安っぽい器の所為か、自分のやっている作業までが安っぽく見えてしまうのだ。その為、格好だけでもちゃんとした正統派の道具にするべきかな、などと考えながら硯の陳列棚を眺めているのであった。

 そうやって暫く硯と睨めっこをしていると、隣にポニーテールをした女の子がやってきた。瑞希ちゃんと同じ学校の制服を着ている子である。

 その子は俺と目が合うとニコニコとした表情を浮かべ話しかけてきたのだった。

「あの、少し宜しいですか?」と。

 俺は突然の呼掛けにやや戸惑いながらも言った。

「ヘ? な、何」

「いつも瑞希がお世話になってます」と、その子は言うと丁寧にお辞儀をした。

「ちょ、ちょっと加奈ッ」

 その子がそう言ったところで、顔を赤く染めた瑞希ちゃんが慌てて駆け寄ってきた。どうやら、瑞希ちゃんの友人のようだ。

 だが、瑞希ちゃんだけかと思いきや、後ろから更に2人の女の子が現れたのだった。

 2人は俺に歩み寄り、ニコニコと元気良く挨拶をしてきた。

「「初めましてッ」」と。

「あ、ああ。は、初めまして?」

 俺は今の流れに付いていけない為、思わず疑問系の様に語尾の発音が上がってしまう。

 すると、更に2人の後ろからツインテールに髪を纏めた新たな人物が現れて俺に話し掛けてきたのであった。

「お久しぶりでございます。その節はどうも」

 その人物はお淑やかにそう挨拶すると、俺に笑顔を向ける。

 しかし、俺はその人物を見るなり思わず引き攣った表情になるのだった。理由は勿論、危険人物だからである。

 また、それと同時にこうも考えた。何故、この子が此処にィ? と……。

 だが、あまり慌てて不自然な行動をするとかえって怪しまれると思い、俺は一旦咳払いをした後に爽やかな笑顔を作り言った。

「エット、皆は瑞希ちゃんのお友達かい?」

「「「はい、そうーでーすッ」」」

 瑞希ちゃんとツインテールの子を除いた3人の女の子達は元気良くそう答える。

「ハ、ハハハ。そ、そうなんだ」

 そこで、最初に話し掛けてきたポニーテールの子が元気良く口を開く。 

「日比野さん。瑞希とはどういったご関係で?」と、まるで芸能リポーターのように。

「ど、どういったご関係?」

 俺は質問の意味が良く分からない為、ポカンとした表情になる。

 すると、慌てた様子で瑞希ちゃんは言う。

「ひ、日比野さん。気にしないで下さい。もう加奈ったら突然何を言い出すのよ」

「だってぇ、気になるんだもん。ウフフフッ」

 二人がそんなやりとりをする中、ツインテールの子が俺に話し掛けてきた。

「あの、お名前は日比野さんと仰るのですよね。この間、高島さんからお聞きしました」 

「そうだよ。しかし、まさか君が瑞希ちゃんの同級生だとは思わなかったよ」

 俺は図書館で遭遇したときの事を思い浮かべる。

「私もまさか高島さんのお知り合いだとは思ってもいませんでした。あっそれと、私の名前は道間沙耶香と言います」

「道間沙耶香ちゃんね。覚えたよ。じゃあ、俺も名乗らないとね。俺は日比野涼一って言うんだ」

「日比野涼一さんですね」

 沙耶香ちゃんは笑顔でそう答える。

「そう言えば、道間さんも知ってるんだよね? 日比野さんの事」

 と、ここでさっきのポニーテールの子が話しに入ってきた。

「いや、知ってると言うほどでは……」

 沙耶香ちゃんは頬を赤く染めると、下に俯きやや恥ずかしそうに言う。恐らく、図書館での行動を思い出したのだろう。

 その様子を見たポニーテールの子は、瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんを交互に見比べると顎に手をあてニヤッと笑うのだった。どこか小悪魔的な笑みである。

 その子はそんな笑みを浮かべながら言った。

「瑞希に強力なライバルが出現したわよ」と。

 それを聞くなり、瑞希ちゃんが慌てて詰め寄る。

「加奈ッ、何を言い出すのよ。道間さんに日比野さんもごめんなさい。突然、加奈が変な事を口走って」

「い、いや、別にいいよ。それにしても、瑞希ちゃんのお友達は元気な子ばかりだね。ははは」

「そ、そうなんですぅ。ははは」と瑞希ちゃんは口元を引き攣らせて笑みを浮かべる。

 俺と瑞希ちゃんがそんなやりとりをしていると、沙耶香ちゃんを除いた他の3人は少し離れた所で何やらヒソヒソと話を始める。

 何かを話し合ってるのか、時折、俺達に視線を向けながら話をしているのであった。

 様子が変だったので、俺は瑞希ちゃんに問い掛ける。

「み、瑞希ちゃん。あの子達は何をしてるの?」

「さ、さぁ……」

 瑞希ちゃんも良く分からないのか、やや首を傾げながらそう言った。

 3人は暫くそういった感じで話し込む。

 すると意見が纏まったのか、笑顔で俺達のところに駆け寄って来るとポニーテールの子が言った。

「それじゃあ、私達はこれでもう帰ります。瑞希と道間さんの事をよろしくお願いしますね、日比野さん」

「「えッなんで?」」

 突然の展開にポカンとしながら、瑞希ちゃんと沙耶香ちゃんは綺麗にハモった。

「「じゃあ、瑞希と道間さん。また明日ね。それとお互いに頑張ってねッ」」

 他の2人がガッツポーズをしながらそう言うと、3人は手を振りながら文房具店を後にしたのであった。

 俺達は呆然と3人の姿を見送るとお互いに顔を見合わせる。

「ははは、なんか知らないけど、賑やかな友達だね」と俺。

「すみません。突然、こんな事になって。それに加奈ったら、何を勘違いしたのか道間さんまで……」

 瑞希ちゃんは恥ずかしいのか、顔を赤く染めて答える。

 沙耶香ちゃんもこの流れが良く分からないのか、首を傾げて言うのだった。

「そ、そうですよね。明日、学校に行ったら加奈さん達の誤解を解かないと」

「二人のお友達は凄いね。俺は少しついていけなかったよ。ハハハ」

「すみません、日比野さん」と瑞希ちゃんは頭を下げて謝る。

「私からもお詫びします。すみませんでした」と沙耶香ちゃんも同じく頭を下げる。

 だが、二人のそんな姿を見るなり罪悪感が湧いてきたので、俺は即座に言った。

「ああ、いいよ。別に責めるつもりで言ったんじゃないからさ。あまり気にしないで」

 俺はそう返事すると周囲を見回してから続ける。

「それじゃあ二人共、ちょっと待っててくれるかい。墨汁と硯を精算しに行ってくるからさ」

 二人に確認を取った俺は商品を持ってレジに向かう。因みに硯は買う事にした。

 そして、精算を済ませた後、二人と共にショッピングセンター内にあるフランチャイズ型の喫茶店ド○ールへと向かうのだった。


 ド○ールに入った俺達は、適当に空いた席に座ると各自飲み物を注文した。

 店内はそれ程混雑していない。とはいっても、ショッピングセンターに来ている人の多さと比較するとだが……。

 店の様相は、薄い黄色の壁と綺麗に並んだ流線型のテーブルが印象的な明るい雰囲気の店であった。

 だが、なんといってもこの店の一番の特徴は香りである。コーヒー豆の豊かな香りが店内に充満しており、その香りが気分をリラックスさせてくれるのだ。実はこの喫茶店特有のコーヒー豆の香りが俺は大好きなのである。そんな訳で店内に漂う豆の香りを俺は暫く堪能する。

 そして、注文してから2分程すると俺達の元に飲み物が運ばれてくる。女子二人は共にホットココアで俺はアメリカンコーヒーだ。

 それらが届いたところで俺は話し始めるのだった。

「今日は学校帰りのようだけど、何か買い物に来たの?」

「う〜ん、別にこれといって用はないんですけど。とりあえず目の保養という事で。ヘへッ」

 瑞希ちゃんは先程の焦った感じではなく、いつも通りの調子に戻っていた。

 そんな瑞希ちゃんを見た後、俺は沙耶香ちゃんに目を向け話しかける。

「沙耶香ちゃんは、瑞希ちゃんと同じクラスなの?」

「はい。ですが、先月此方に引っ越してきたばかりなので、まだそれ程のお付き合いはないのです。でも、高島さんには良くして頂いております」

 沙耶香ちゃんは、言葉遣いが丁寧でとても中学生とは思えない。

 相当厳しい家で育ったのか、それとも日本古来の伝統文化を受け継ぐ家で育ったのかは分からない。だが、姿勢や振る舞い等を見ても非常に品のある佇まいをしているのである。

 それが気になったので俺は聞いてみる事にした。

「沙耶香ちゃんの家って華道とか茶道をしているの?」

「いえ、やっておりませんが……。何故、その様な事をお聞きになられたのですか?」

 沙耶香ちゃんは首を傾げて逆に問い掛けてきた。

「いや、沙耶香ちゃんの話し方や所作が、妙に品があるから気になったんだよ。ハハハ」

「アッ、それ私も気になってたんですよ。道間さんて丁寧な話し方するから」

 と瑞希ちゃんがここで身を乗り出して聞いてくる。

 そんな俺達をみるなり、沙耶香ちゃんはやや恥ずかしそうに下を向く。

 そして上目遣いで言うのだった。

「あ、あのぉ、変ですかね? やっぱり……」

「いや、変じゃないよ。それが正しい言葉遣いだと思うからさ。ただ、その話し方を普段の会話で使うと、どうしても固そうな雰囲気が出るからね」

「そうだよ。道間さんも転校してきて日が浅いというのもあるかも知れないけど、もう少し楽にしようよ」と瑞希ちゃん。

 俺と瑞希ちゃんにそう言われ、沙耶香ちゃんは暫し考えると笑顔で言った。

「そうですね。もう少し肩の力を抜いて話をするようにします」

「その方がいいよ。俺もその方が話しやすいしね」

「私もその方がいいと思う」

 そんな他愛ない会話をしていると、今度は沙耶香ちゃんが俺に聞いてくる。

「日比野さんは書道をされてるのですか?」

「へ? ああ、さっき買った硯と墨汁の事かい。ウ〜ン、書道ではないけど、それと似たようなもんかなぁ。まぁそういう事にしておいてよ。ハハハ」

 俺はそう答えると爽やかに笑って誤魔化した。

「ひ、日比野さん。おかしな質問をかも知れませんが、一つ聞いてもいいですか?」

 と、ここで沙耶香ちゃんは先程までとは違い、やや真剣な表情で聞いてくるのだった。

「ン、何だい?」

 沙耶香ちゃんは一拍間をおいてから話し出す。

「あの、日比野さんの家は鎌倉時代か室町時代辺りから続く歴史ある家系なのですか?」

 俺はその質問の意味が一瞬分からなかったが、良く考えるにつれ、とんでもない質問だと思い始める。

 理由は勿論、鬼一爺さんの話を思い出したからだ。

 それと同時に頭の中にある警報機がグウォングウォンと鳴り響く。

 俺は心を落ち着かせてやや間をおいてから答えた。

「えっと……今の質問は、俺の家系がそこまで遡れるかって事かい?」

「は、はい。変な質問かも知れませんけど」

 俺は瑞希ちゃんを一瞬だけ見る。

 瑞希ちゃんも今の質問の意味を理解したのか、妙にヨソヨソしくなっていた。

 恐らく、瑞希ちゃんも鬼一爺さんの事を考えてるのだろう。後で瑞希ちゃんには、沙耶香ちゃんの霊能力の事を話しておいた方が良さそうだ。

 そんな事を考えながら俺は答える。

「結論を言うと、分からないというのが正直なところかな。ただ、付け加えるなら、俺ん家はもし遡れても明治時代くらいまでが精々だと思うけどね。そういった文献や家系図なんてものもないし」

「そ、そうですか……」

「それがどうかしたの?」

 俺の問い掛けに沙耶香ちゃんは暫く考え込むと、意を決した様子で言った。

「あ、あの。笑わないで欲しいのですけど、聞いてくれますか?」

「何の事か分からないけど、良いよ。何だい?」

「実は私、霊感があるんです。この間の図書館で大きな声を上げたのも、日比野さんの後ろに霊が見えたからなんですよ。それも、鎌倉時代辺りの服装をした霊なんです。それでご先祖なのかな? と思って聞いたんです。ごめんなさい、突然こんなオカルトチックな話をしてしまって……」

 俺はそれを聞き、警戒レベルを更に引き上げた。WHO風に言うならフェーズ6というやつである。

 しかし、慌ててはいけないと自分に言い聞かせて俺は答える。

「へぇ、さ、沙耶香ちゃんて霊感あるんだ」と。

「ほ、本当なの? 道間さん」

「はい。でも皆には内緒にしておいて下さいね。お願いします」

 沙耶香ちゃんは頭を下げ、俺と瑞希ちゃんにそう言った。

「勿論、誰にも言わないよ。ところで今もその幽霊って見えるの?」

 今の鬼一爺さんの姿は見えていないだろう、とは思いつつも確認の為に問い掛ける。

「いえ……。それが見えないんです。もしかすると見間違いだったのかな」

 沙耶香ちゃんは自分に言い聞かせるような声色でそう言った。

 するとその時、誰かの携帯が軽快に鳴り出したのであった。

 音の主はどうやら沙耶香ちゃんの様である。

 沙耶香ちゃんは携帯をポケットから取り出すと電話にでた。

「もしもし、お兄様。どうしたのですか?……はい、それではもう暫くしたら戻ります。……はい、それではまた後で」

 携帯を切った沙耶香ちゃんは、俺と瑞希ちゃんに向かい申し訳なさそうに言う。

「あの、すみません。ちょっと用事が出来ましたので、お先に失礼させてもらっても良いですか?」

「ああ、別に構わないよ。お金は俺が払っとくから行きなよ」

「道間さん。それじゃあ、また明日ね」

「はい、また明日。それと日比野さん、今日はどうもありがとうございました。それでは失礼します」

 沙耶香ちゃんは笑顔でそう言うと、最後に丁寧にお辞儀をしてこの場を離れるのであった。


 俺と瑞希ちゃんは沙耶香ちゃんの姿が見えなくなるまで見送ると、お互いに向き合い肩の力を抜いて話し始める。

「フゥゥ。なんか今日は疲れたよ」

「私もですぅ。ごめんなさい日比野さん。迷惑掛けて」

「ハハハ、それはもういいって。それにしても、今日の瑞希ちゃんは結構慌ててたね。あんな瑞希ちゃん初めて見たよ」

「そうなんですぅ。まさか、加奈があそこまで行動的だとは知らなかったんですよ」

 瑞希ちゃんはそう言うと、テーブルの上に突っ伏した。

 精神的にも肉体的にも疲れているようだ。

 だが、そこで俺は先程の沙耶香ちゃんとのやりとりを思い返す。

 そして、瑞希ちゃんに言った。

「瑞希ちゃん、さっきの霊の話だけど。多分、鬼一爺さんの事で間違いないな……」

「やっぱりそうですよね。お爺さんの事を知られると不味いんですか?」

「ああ。それで悪いんだけど、鬼一爺さんの事は沙耶香ちゃんには黙っていてくれるかい?」

「分かりました。でも、なにがそんなに不味いんですか? 必要以上に秘密にしてる様な気がするんですけど」

 瑞希ちゃんは納得がいかないのか、やや眉根を寄せて聞いてくる。

 そこで俺は、沙耶香ちゃんが修行を積んだ霊能力者かもしれない、という疑惑と、悪霊退治を無断でしていた?という縄張り荒らしの話を教えるかどうかを迷うのだった。

 だが、学校で頻繁に沙耶香ちゃんと接する瑞希ちゃんには粗方の事は教えておいた方が良いと思い、俺は詳細な部分を説明する事にした。

「実はね……」――



 ―― 高天智市のとあるマンション ――



 沙耶香は涼一達と別れると、そのまま自分のマンションへと向かう。

 そしてマンションに着いた沙耶香は、玄関扉の鍵をあけ中へと入っていった。

 玄関には黒光りする革靴が一足、綺麗に揃えて置かれている。沙耶香はそれを確認すると奥のリビングを見つめた。

 奥のリビングからはテレビが点いている様で話し声が聞こえてくる。また、エアコンがかかっているのか、室内機の低い送風音もそれと共に聞こえてくるのだった。

 沙耶香は少しの間、耳をそばだてて奥を見つめると自分も靴を脱ぎリビングの方へと向かう。

 すると、リビングには茶色いスーツ姿の一将が一人ソファに座って寛いでおり、沙耶香の姿を見るなりニコやかに声を掛けてきた。

「おお、お帰り沙耶香」

「お父様。お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」

 沙耶香も笑顔でそう返すと、一将は言う。

「ははは。お前も元気そうで良かった。それとどうだ学校の方は?」

「はい、クラスの皆にも良くしてもらっているので、快適な学園生活を送れています」

「そうか、それは良かった」

 一将はそう言うと、安心したのかホッと一息ついた。

 そんな父を見て沙耶香はクスリと笑う。

 そして今回の訪ねてきた理由を聞くのだった。

「お父様、お兄様ももう暫くすると来ると思いますが、一体何があったのですか?」

 娘の問い掛けにやや渋い表情で一将は言う。

「実は鎮守の森からある依頼を受けたのだよ。しかも、かなり厄介な部類のものだ……」

「や、厄介な依頼ですか……。一体、どのような内容の依頼なのですか?」

 沙耶香はいつもと違う父の表情を怪訝に思い尋ねる。

 すると、一将は顎に手をあて渋い表情で言うのだった。

「沙耶香、お前も知っているだろう。大物政治家が3人立て続けに心臓発作で亡くなっているのを」

「はい、確かに先月から光民党の方が3人亡くなったと報道されておりますけど。それが何かあるのですか? 報道では事件性は無いと言っておりましたが」

「報道ではな。だが、真相は暗殺されているのが本当のところだ。しかも、地霊力を使った呪殺でな」

「ほ、本当ですか? お父様ッ」

 沙耶香は両手で口元を覆いながら驚く。

「ああ、間違いない。土御門の長老からそう聞いた後に、私自身も現場近くの地脈の乱れを確認したからな」

「それで私達、道摩家に依頼してきたという事は『その術者を捕らえよ』という事ですか?」

「まぁそれについては一樹が来てから話そう」

 一将は依頼話を一旦ここで切ると、先程の表情に戻って沙耶香に尋ねる。

「そういえば、沙耶香。例の術者の足取りはどうだ。何か掴めたか?」

「それが、今のところ鳴りを潜めているようです。修祓しゅばつのほうもここ最近は大人しい様ですし、我々の警戒に気が付いてるのかも知れません」

 沙耶香はここ最近の捜査報告を簡単にすると小さく溜息を吐いた。

「そうか……。まぁいい、気長にいけ。それと、あまり無理はするなよ」

 一将は気落ちする娘に優しく語り掛けるように言う。 

「はい、分かってます」

 沙耶香はそんな父の気遣いに感謝しながら穏やかにそう返事をする。

 その後、二人は世間話や沙耶香の学校話をしながら時間を潰して一樹のやってくるのを待つのであった。


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