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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
23/64

弐拾参ノ巻 ~依頼 一

 《 弐拾参ノ巻 》 依頼



 ――F県民剣道大会から一週間後の話である。

 今日は日曜日で剣道の練習は無い。どうやら、武道場が今日は使えないようだ。その為、俺は久しぶりに何も考えず、自室でゴロゴロと心地よく寝ていた。

 こうやって心地よく寝ているのには理由がある。それは、我が家に電気コタツを設置したからである。勿論、コタツの台の上には、ミカンが置いてある。最近、実家から送られてきたからだ。どうやら爺ちゃんが俺に気を使って送ってくれたようだ。ありがとう、爺ちゃん。

 そんな訳で俺の部屋には冬の室内オブジェの一つであるコタツがど真ん中に鎮座してるのであった。

 コタツ……。これは日本が世界に誇る最強の暖房器具だと俺は自負している。

 これを聞いた者の中には、『ハァ、コタツが最強? フン、笑わせやがるぜッ』などと突っ込みを入れる奴もいるだろう。

 だが、そう答える奴はコタツの持つ本当の魔力を味わってないからだ。恐らく、それを体験した日には病みつきになること間違い無しだ。

 オホンッ。それではこのコタツの持つ一番素晴らしいところを語ろう。

 それは、寝具と共同させる事にある! つまり、コタツ布団と掛け布団、そして敷布団を共存させるのだ。但し、コタツは弱の温かさで調節しておくのがモアベターである。

 これで一晩寝た人間は、恐らく殆どの者が朝を迎えた時にこういうだろうと思う。

「コタツから出たくねェ」と。

 気温が下がる日などは特にそうである。事実、俺は今コタツから出たくない。無理に出された場合は、水槽から揚げられた活きの良い魚の如く暴れること確実である。

 因みに術の修練も今日はお休みだ。身体に負担が掛かりすぎるのも良くない、という鬼一爺さんの判断である。

 そんな訳で、俺は見事に何の予定もない久しぶりの休日である為、コタツ寝床でゴロゴロとしているのだった。

 とはいっても、時間は気になるのでテレビの上に置かれたデジタル時計に視線を向ける。

 今の時刻は9時半だ。それを確認した俺は、もう一寝入りするかぁ〜と二度寝を試みる。

 だが、その時! 俺を封印から呼び覚ます者が現れたのであった。

(目覚めるのじゃ、涼一)

 俺は声の聞こえた方向にゆっくりと視線を向ける。

 すると、コタツの真上にユラリと浮かぶ、鬼一爺さんの姿が目に飛び込んできた。

 しかも、何やら険しい表情をしながら佇んでいる。

 爺さんを視界に収めた俺は、ダルそうに口を開いた。

「何だ、爺さん? そんな深刻そうな顔して。フワァァ」と同時に欠伸も……。

(涼一に会わせたい人物、嫌、霊がおるのじゃ)

「……もしかして、瑞希ちゃんの爺さん時と同じパターンじゃないだろうな?」

 俺は鬼一爺さんの表情を見て、『孫の部屋に憑いて悪さしている霊を追い払ってくれ』と、訴えてきた瑞希ちゃんの祖父の霊を思い出した。

 当時の鬼一爺さんは、丁度、今の様な険しい表情で、俺のところにその霊を連れて来たからだ。

 そんな苦い体験を思い返していると、鬼一爺さんは口を開いた。

(実はの、涼一。その通りなのじゃ)

「フゥゥ、やっぱりか……。今度は一体、何なんだよ?」

 俺は上半身を起こして溜息を吐いた後、ダルそうに問い掛ける。

 鬼一爺さんは、俺がそう聞き返すと窓際に視線を向けた。

 すると、其処にはオバサンの幽霊が申し訳なさそうに佇んでいるのだった。

 年齢は40歳位で、髪型はショートヘアである。体型はややぽっちゃりした感じだ。

 また、服装は赤い服と青いジーンズといった、生前に着ていたであろう格好をしている。

 それらを総合した見た目は、普通のオバサンといった言い方がピッタリの女性の幽霊だ。

 そのオバサンはやや申し訳なさそうに部屋の窓をすり抜け、鬼一爺さんの横にまでくる。

 爺さんはオバサンが隣に来たところで話を始めた。

(実はじゃな、涼一。このお方の悩みを聞いて欲しいのだ。もう幾許も時が無い為、お主しか頼ることは出来ぬのだ。頼む)

 鬼一爺さんは悲しい表情で俺にそう告げる。

 俺はそれを聞き、爺さんの隣にいるオバサンに視線を向けた。

 そして、前回経験した瑞希ちゃんの祖父の事を思い出すのだった。

 今、爺さんが時間がないと言ったのには訳がある。

 現世に強い心残りがある人間が死んで霊体になった場合、暫くの間は自我を保っている事が出来るのだが、徐々に自我も失われていき、最終的には球状の霊魂へと変貌を遂げて大地に還る。という過程を辿るからである。

 その為、それを思い出すと同時に、今の爺さんが言った『時が無い』という意味も、凡その察しはついたのであった。

 俺はオバサンの幽霊に顔を向け、とりあえず話を聞くことにした。

「と、爺さんは言ってますが。一体、どんなご用件なんですか?」

 オバサンの幽霊は頭を一度下げてから、ゆっくりと丁寧に話し出す。

(はい、実は私の家族の事で酷く悩んでいるのです。ですが、私にはあと少ししか時間が残されてないんです。それで、そうなる前に何とかしたく悩んでいた所に、このお爺さんが現れたのです。それで説明をしたところ、此処にそういった事に慣れた人間がいると聞きましてお伺いさせてもらった次第であります)

 俺は爺さんを見る。爺さんは首を縦に振り頷く。

 まぁ、そんなところだろうとは薄々思っていた。

「家族の悩みですか……『ピンポーン』……ン?」

 俺がそう答えたところで、突如、アパートの呼び鈴がなった。

「えっと、誰か来た様なので、少し待っててもらえますか?」とオバサンに確認を取る。

(はい、どうぞお気になさらずに)

 俺はオバサンの返事を聞くと、『新聞の勧誘だろうか?』などと考えながら立ち上がり玄関の方へと移動した。

 そして玄関扉の前に来たところで、先ず、ドアスコープから訪問者の確認をする。

 すると其処には、黒いショートタイプのコートに下は青いデニムパンツといった出で立ちの瑞希ちゃんが、小さな手提げ鞄を持って佇んでいたのだ。

 俺は瑞希ちゃんを見るなり、今の状況と照らし合わせて考える。

 そして鬼一爺さんに尋ねたのであった。

「オイ、爺さん」

(何じゃ?)

「どうやら、外に居るのは瑞希ちゃんの様だけど……。不味いよな?」

 しかし、俺の予想とは裏腹に、鬼一爺さんは軽く言う。

(あの娘子か。なら別に問題ないじゃろ。一緒に話を聞いたらどうじゃ?)と。

「そ、そう。まぁ爺さんがそう言うのなら別にいいや。とりあえず玄関を開けるよ」

 俺は何処か釈然としないながらも、玄関扉を開いたのだった。


 扉を開くと、瑞希ちゃんが笑顔と共に元気な声で俺に挨拶をしてきた。

「おはようございま〜す、日比野さん。昨日、メールで『今日は部屋でゴロゴロする予定』って書いてあったので、遊びに来ちゃいました。テヘへ」

「ハハハッ、そうだったんだ。でも、来る前に一報入れてくれた方が良かったかな。なぁんてね、ハハハ」

 俺はやや引き攣った笑みを浮かべながら答える。

「えッ? もしかして不味かったですか?」と口元に右手を当てて瑞希ちゃんは言う。

「嫌、そういう訳じゃないんだけどね。まぁこんな所で立ち話もなんだし、上がってよ」

「は〜い。それじゃ、お邪魔しま〜す」

 瑞希ちゃんはテンション高く玄関を潜ると靴を脱ぎ、部屋の中へと入ってきた。

 そして、部屋の様相を見るなりこう呟く。

「アアッ、日比野さん。コタツじゃないですか。やっぱり冬はこれですよねぇ。しかもミカンまである」

 と言うと上に着ていたコートを脱いで、早速、我が家の様に寛ぎ始める。

 そんな瑞希ちゃんを苦笑いで見つつ、俺も寝具と融合させた先程の位置に戻るのだった。

 俺達が席に着いたところで、鬼一爺さんが霊圧を上げて瑞希ちゃんに話し掛けた。

(久しぶりじゃな、娘子よ。とはゆうても、話せぬだけで七日程前に一度見てはおるがの。フォフォフォ)

「エヘへッ。お爺さんともこの間の大会でお話したかったけど、しょうがないもんね。今日はそれもあって来たんですよ」

 瑞希ちゃんはニコニコと明るい笑顔で爺さんに言う。

 爺さんも孫の様な感じで瑞希ちゃんを見ているのか、先程の険しい表情からはガラッと変わり、陽気な表情になっているのだった。

 そんな二人を見た後、俺はオバサンに視線を向ける。

 そして謝った。

「ああ、すいません。少し騒がしくしてしまい」

(いいえ、気にしないで下さい。元気なお嬢さんですわね)

 オバサンは、俺達の賑やかな雰囲気を穏やかな表情で眺めながらそう答える。

「ハハハッ、そうですね」

 俺がそう答えたところで、瑞希ちゃんが怪訝な表情で話しかけてきた。

「ひ、日比野さん。だ、誰と話して……。いや、というか。何、独り言を喋ってるんですか?」と。

 俺はオバサンと瑞希ちゃんを交互に見る。

 そして、説明するのだった。

「ああ、実は今此処に、幽霊のお客さんが来ているんだよ」

「えっ? でも、何も見えませんよ。お爺さんは見えるの?」

(ウム。我は勿論見えるぞい)

 鬼一爺さんの返事を聞いた瑞希ちゃんは、やや寂しい表情で俺に尋ねる。

「日比野さん、私には見る事は出来ないのですか?」

 俺はそれを聞くなり腕を組んで考える。

 だが、考えたところで分からん為、爺さんに尋ねるのだった。

「鬼一爺さん。瑞希ちゃんに霊の姿を見せる方法ってあるのか?」

(霊を見せる方法か。あるぞい)

 その途端、瑞希ちゃんが身を乗り出して爺さんに尋ねる。

「お爺さん、どうやれば見える様になるんですか? 私だけ見えないというのは嫌です」

 瑞希ちゃんは俺との付き合いがあるからか、あまり幽霊とかは怖くないようだ。恐るべき女子中学生である。俺が逆の立場ならスルーしてたところだ。

 そんな瑞希ちゃんの問い掛けに鬼一爺さんはニコヤカに話し出した。

(そうじゃな。では、涼一にやってもらうかの。涼一、お主にこの間、依り代の話をしたじゃろう)

「ああ、それがどうかしたのか?」

(今から娘子の霊力の波長に合わせて、お主が娘子の霊圧を操るのじゃ。それで見える様になる。以前、我がお主の霊力を刺激した時と同じ要領でできる筈じゃ。依り代を操る練習じゃと思うてやってみい)

 と爺さんの話を聞いた俺は瑞希ちゃんに視線を向けた。

 瑞希ちゃんは『何が始まるんだろう?』といった好奇心一杯の表情で俺を見ている。

 その目を輝かせた表情に若干引きながら俺は言う。

「み、瑞希ちゃん。それじゃあ、俺の傍に来てくれるかい」

「はい」と返事をすると、瑞希ちゃんは俺の右隣に来てチョコンと座った。

 俺は瑞希ちゃんに身体を寄せると、瑞希ちゃんの腰のやや上辺りに右掌を当てる。

 するとビックリしたのか、身体をビクッと震わせた。

「アッゴメンね。驚かせて」と、俺はとりあえず謝る。

「い、いいえ。大丈夫です」

 瑞希ちゃんはそう返事すると、頬を赤く染めて俺の顔を見上げる。

 その表情は若干、恥ずかしさと不安が入り混じったものの様に俺には見えた。

 そこで、安心させる意味も込めて俺は言う。

「別に変な事はしないよ。ただ、こうしないと瑞希ちゃんの霊力を操れないからね。嫌かもしれないけど、ごめんね」

「そんな謝らないで下さい。私、何とも思ってません。それに……日比野さんになら別に……」

 と、ややモジモジしながら瑞希ちゃんは言う。

 俺はその反応を見て安心するとこれからの説明をするのだった。

「それじゃあ、瑞希ちゃん。大きく深呼吸をしてくれるかい?」

「エット、こうですか?」

 指示に従い、瑞希ちゃんは深呼吸を始める。

 その様子を見た俺はこれから起きるであろう事の注意点を説明する。

「じゃあ、これから少し身体が熱くなるけど心配しないでね。問題ないから」

「は、はい」

「それじゃあ、始めるよ」

 俺は右掌に意識を集中させ、瑞希ちゃんの霊力の波長を直に感じる。

 そして、俺の霊力の波長もそれに合わせ始めるのだった。

 すると、波長がピタリと合ったところで、俺の霊力と瑞希ちゃんの霊力が繋がった様な不思議な感覚を覚えるのだった。まるで歯車がはまった様な感じだ。

 それからはもう簡単である。いつも通りに霊圧を上げてゆくだけで良かったからだ。

 瑞希ちゃんも自分の身体に異変を感じたのか俺に話し掛けてきた。

「日比野さん。何だか、お腹が熱くなってきました。本当ですね。何かが渦巻いてるような感じです」

「そうかい。それで幽霊なんだけど。どうだい、見える?」

「それじゃあ確認します。……えっと、お、女の人の幽霊ですか? 日比野さん」

「そうだよ。見えた様だね。じゃあ成功だ」

 俺がそう答えると、瑞希ちゃんは正面にいるオバサンに向かい挨拶をした。

「あ、あの。初めまして」

 オバサンは瑞希ちゃんを見て笑顔で返事をする。

(どうも初めまして。可愛らしいお嬢さん)と。

 瑞希ちゃんはオバサンの返事を聞き、照れたのか頭をポリポリと人差し指で掻きだした。

 そこで俺はオバサンに言う。

「あの、新しく聞き手が増える事になったんですけど。いいですか?」

(はい、構いませんわ。では、もうお話をさせて貰っても良いのでしょうか?)

「はい。それじゃあ、お願いします」

 まぁそんな訳で少々バタバタとしたが、俺達は瑞希ちゃんという新しいメンバーを迎えて、このオバサンの話を聞く事になったのである。


 オバサンは仕切り直しとばかりにオホンと咳払いをする。

 そして、行儀の良い佇まいで話し始めた。

(先程もいいましたが、私の悩みと言うのは家族の事なのです。私は生前に夫と13歳の娘、そして12歳の息子の家族4人で幸せに暮らしておりました。家の中に笑い声が聞こえない日は無いと言うくらいに仲の良い家族だったのです。まぁそうはいっても、偶には喧嘩等もする事がありましたが……)

 と言い終えるとオバサンは遠い眼をする。

 嘗ての出来事を思い出してるのだろう。

 少し間をおいてから続ける。

(しかし、それも突然訪れた私の死によって終わりを迎えるのです。今から半年程前に、私は突如襲い掛かってきた交通事故でこの世を去りました。そして、今までの幸せな家庭もそれと同時に脆くも崩れ去ってしまったのです。家族は私の突然の死を深く悲しみ、そして嘆きました。ですが、生きている者はいつまでも悲しんでばかりいてはいけません。悲しくても前を向いて歩いて行かねばならないんです。ですが、私の死が引き金となり、夫や子供達は悪い方向へと歩み始めます。夫は悲しみのあまり毎夜酒に溺れ、息子や娘はそれ以来あまり笑う事はなくなりました。ですが、これだけならまだ良かったのです。時間は掛かるかも知れないけれど、何れ立ち直って歩き出すだろう……そう、私は思っておりました)

 オバサンはそこで、一旦、話を切ると俯く。

 恐らく、心の奥底から込み上げてくるものがあったのだろう。

 俺はオバサンの口から出てくる暗い話を、居たたまれない表情で聞いていた。

 隣にいる瑞希ちゃんも悲しい表情で沈黙しながら聞き入っている。その表情は何ともいえない切ない感じに見える。

 また、鬼一爺さんは目を閉じて腕を組む姿で宙に浮かんでいる。今の話を色々と考えてるようだ。黄門様モードにならないか心配なところではある。

 そして俺はオバサンに視線を戻す。

 すると、だいぶ落ち着いてきたのか、俯いていた顔を上げると話を続けるのだった。

(スミマセン……話を続けます。それで悩みの原因ですが、実は、今お話した悲しみにくれる夫についてなのです)

「旦那さんですか?」と俺は聞き返す。

(はい。お恥ずかしい話なんですが。私の死後、夫は寂しいあまりに霊能者と名乗る如何いかがわしい者と関わる様になってしまったのです。しかも、その霊能者が夫に妙な物を売りつけたり、イタコの真似事をして私の言葉だと言って嘘を伝えたり、それはもう目を覆いたくなる様な惨劇が繰り広げられているのです。ウッウゥゥ)

 オバサンはそう言うと、両手で顔を覆って泣き出した。

 俺は今の話の内容を聞いて色々と想像する。……確かに惨劇だ。

 しかも、聞いた限りじゃ、かなり胡散臭そうで性質たちの悪いインチキ霊能者の様である。これは浮かばれんわ。俺はオバサンに同情してしまう。

 だが、これは俺よりも警察や消費者センター等に連絡したほうが良さそうな案件に思えたので、そう告げる事にした。

「心中、お察し致します。ですが、霊障ではない様なので、僕に出来る事と言ってもあまり無いような気がするのです……。それに、詐欺の様なので警察や消費者センターに連絡したほうが良いと思います。何でしたら、連絡しましようか?」

 俺がそう意見をするとオバサンは言う。

(確かに仰る通りです。ですが、時間がないのです。主人は子供達の将来や家の為に積み立てた定期預金を切り崩して、霊能者から奇妙な仏像を購入しようとしております。それを貴方様に止めて頂きたいのです。頼れる人間も貴方様しかおりません。そのインチキ霊能者は今日の昼に売買契約書を持参し家にやってくる筈です。何卒、何卒、宜しくお願い致します)

 オバサンは切羽詰った表情をすると、土下座をして俺に向かいそう懇願する。

 俺はそんなオバサンを見ながら不憫に思いつつも言った。

「エェ、俺が止めるんですか?」と。

 すると、ここで瑞希ちゃんが話に入ってきた。

「日比野さん、私からもお願いします。このままじゃ、オバサンと家族の人達が可愛そうです。それに、その霊能者を日比野さんが懲らしめればいいんですよ。私も手伝いますッ!」

 瑞希ちゃんは、その霊能者にご立腹の様である。やや語気が強い。おまけに拳を握り締めているのが確認出来る。

(そうじゃ、涼一。この娘子の言う通りじゃぞ、この薄情者めがッ。人々を救うだけではなく、霊も救わねばならんのじゃ。その為にお主に術を授けたのじゃぞ。師匠として、我は悲しいぞい)

 と、そこで間髪いれずに今度はジジイが俺を非難し始めた。絶好のタイミングだ。ある意味……。

 しかし、聞き捨てならない部分があった。術を教えてくれた動機が、当初と比べると大幅に変更がされているからだ。

 おのれジジイ……。都合よく変更しやがって。大体ジジイが俺に術を教えるのは、この特異体質のせいで訪れる霊障を防ぐ為だろうガァァァ。と、俺は心の中で叫んだ。

 とは言うものの、ジジイと瑞希ちゃんはさっきからずっと俺に強い眼差しを向けている。

 そんな風に二人から迫られると、俺はたじろいでしまう。

 そして、半ば諦めるかのように返事をするのだった。

「フゥ、分かったよ。俺の負けだ」

(あ、ありがとうございます。ウッゥゥ)とオバサンは泣きながら返事をする。

「それでこそ日比野さんです。やっぱり、私の見込んだ人です」

 瑞希ちゃんはそう言うと、ニコヤカに俺の右腕に抱きついてきた。

 すると、どうだろう。瑞希ちゃんの胸の柔らかい感触が腕を通じて伝わってくる。

 イカンッ、イカンぞぉぉ。相手は中学生だ。欲情すれば御用になってしまう。落ち着けッ、俺ッ。

 などと考えながら俺は苦笑いを浮かべるのであった。

 しかし、引き受けたはいいが住所が分からないので、とりあえず尋ねる。

「ところで、オバサンの家はどの辺りなのですか?」

(私の住まいはこの学園地区の北にある月影地区になります。ですが、家までは私が案内しますのでご安心ください。どうか、家族を宜しくお願い致します)

「任せて下さい。日比野さんはこう見えて、とっても頼りになるんです」

 瑞希ちゃんはやたらと俺を持ち上げる。

 だが、あまり過剰な期待をされても困る為、俺は愛想笑いを浮かべてやんわりと言った。

「ハハッ、でも今回の様なケースは俺も初めての経験だからなぁ。あまり自信は無いなぁ、ハハハハ」

(心配せんでもお主なら出来るぞい。何と言っても、我の一番出来の良い弟子じゃからの。フォフォフォ)

 しかし、その直後にジジイがご丁寧にもそれを台無しにしてくれた。フンガァァァ!

 そんな訳で、俺は溜息を吐きながらテレビの上にある時計を確認する。今の時刻は10時ジャストだ。

 時刻を確認した俺は、月影までの移動時間を考える。大体だが、徒歩で30分以上、バスで5分程の距離である。

 迷わずバスで移動する事に決めた俺は、外出する為に服を着替えることにした。

 余談だが、着替えは瑞希ちゃんに見られると恥ずかしいので、バスルームで行った。

 因みに格好は青いジーンズに黒っぽいミリタリージャケットという感じだ。

 着替えを終えた俺は霊符入れと財布、携帯等の小物類を上着のポケットに入れると皆に言った。

「さて、それじゃあ準備は出来たから行こうか」

(では、月影地区に着いたら私が家まで案内します。どうか宜しくお願いします)

 オバサンはそう言うと、もう一度俺に向かい頭を下げる。

「日比野さん。私も出来る事があるかも知れないので一緒に行きますね」

 瑞希ちゃんは何か強い決意を秘めた表情で俺に言う。

 俺は瑞希ちゃんに若干引き攣った笑みを浮かべながら言った。

「瑞希ちゃん。あまり無理はしないでね」と。

 そんなやりとりを玄関の前でした後、俺達は学園町の駅前にあるバス停へと向かい歩を進めるのだった。



 ――今日はいい天気だ。

 気温はやや肌寒いものの、真上から照らす日光は心地よい暖かさを俺達に提供していた。

 そんなポカポカとした陽気の中、俺達は今、月影のバス停に丁度降りたところである。

 月影地区は住宅の多い地域で、やや古い町並みの様相をしていた。新しい家もあるにはあるが、築50年以上は経つと見られる家々が狭い間隔で軒を連ねている。中には100年以上前の家屋もある様だ。また、道路も狭い所が多く、入り組んだ箇所も所々にあるのだった。

 それらの古い町並みも特徴ではあるが、月影地区最大の特徴は寺社の多さだろう。少し歩けば、そういった歴史ある寺や神社等の建造物が直ぐに目に飛び込んでくるからだ。そして、俺達が歩く道から見える景色は、高天智市の歩んできた歴史絵巻の一端を見せてくれるかの様に、入れ替わり立ち代りにそういった古い建造物が視界を横切って行くのだった。

 俺達はそんな歴史溢れる街並みに囲まれながら、オバサンの案内を頼りに進んで行く。

 バス亭から歩き始めて10分程経った頃だろうか。オバサンは灰色の外壁をした一軒の家の前で立ち止まった。見た感じはごく普通の民家である。築20年くらいだろうか。その家屋の佇まいは比較的新しく俺には感じたのだった。

 だが、この家からは異様な暗さが感じられる。丁度、悪霊の放つ負の霊波に似た感覚だ。

 しかし、その感覚は俺の第六感から感じるものではなく、目の前の光景から感じられるものだった。

 家の周囲には木製の柵が設けられており、その内側には当然庭がある。

 問題は、その庭の荒れようだ。地面からは背比べをするかの様に色んな種類の雑草が生い茂っている。所々にバケツやゴミなどがある為、訪れた者はこれらの惨状を見るなり二の足を踏むだろう。そう思わせるほど、酷く荒んだ光景だったからだ。

 事実、俺自身はそう思ってしまった。だが、隣にいる瑞希ちゃんはあまり気にしてないようだ。ウ〜ン、大物だ。

 そんな事を考えていると、オバサンは申し訳なさそうに俺に言った。

(……此処が私の生前住んでおりました家でございます。恐らく、今の時間帯なら主人が中にいると思われます。どうか宜しくお願いします)と。

「そうですか。とりあえず、ご主人の説得からいってみましょう。俺も訳の分からないインチキ霊能者をイキナリ退治するというのも嫌なので」

 俺はそう返事すると瑞希ちゃんに向かい言う。

「瑞希ちゃん。今は此処で待っていてくれるかい?」

「はい、今は私に出来る事はなさそうです。日比野さん頑張ってくださいね」

 と言いながら俺の手を取り励ましてくる。

 そんな瑞希ちゃんに笑顔を返すと、俺は家の玄関に向かい歩を進める。

 そして、玄関前に辿り着いた俺は、どうやって切り出すかを考えるのだった。

 だが、回りくどく言った所で伝わらないと考えた俺は、多少嘘を混ぜながらでもストレートに伝えようと決心をする。

 そう決意すると、玄関横の壁に取り付けられた呼び鈴のボタンを押したのである。

「ピンポーン」

 ボタンを押すと、家の中から呼び鈴の音が小さく聞こえてくる。

 音がして20秒程すると、家の中から人の近づく足音が聞こえてきた。

 そして、玄関扉が開かれる。すると中からは覇気の無い表情で、どこか虚ろな目をしたオジサンが現れたのだった。

 歳はオバサンと同じくらいだろうか。背は俺より少し低い。また、寝起きなのかは分からないが青いパジャマ姿であった。目の下には隈が出来ており、頬は痩せこけていた。一見すると病人にも見える風貌である。

 事前にオバサンの説明を聞いていた所為か、その姿からは幾多の絶望にさいなまされたという雰囲気が、ありありと俺には感じられるのだった。

 そのオジサンは俺の顔を見て口を開く。

「どちら様ですか?」と、やや覇気の無い声で。

「こんにちは。私は悪徳商法撲滅協会からやって参りました御手洗みたらいと申します」

 俺は嘘も方便と思い、身元を偽証する事にした。勿論、悪徳商法撲滅協会などという組織はない。意外とあったりするかも知れないが、当方は一切感知しない。

「悪徳……商法撲滅協会? そのような方が、一体どのようなご用件で家に?」

 オジサンはまったく心当たりが無いといった感じで俺に言う。

 そんなオジサンを見て俺は内心「フゥゥ」と溜息を吐きながらも忠告をするのだった。

「はい、それで用件の方でございますが。今、此方に出入りしている霊能者についてでございます」

「霊能者? ああ、岡田さんの事ですかな。岡田さんがどうかしましたか?」

「実はですね、彼は当協会が随分前からマークしていた対象業者なのでございます。それで、貴殿に御忠告をする為に、今日、お伺いさせて頂いた次第なのであります」

 今の俺には嘘を吐くのが得意な神霊が舞い降りているかのごとく、次々と捏造話が飛び出していた。我ながら恐ろしいくらいである。

 しかし、オジサンは手強かった。

「ははは、ご冗談を。あの方は本物の霊能者です。私は彼の言う事なら信用に値すると思っています」

 オジサンは完全にインチキ霊能者の手玉にとられてる様だ。

 そう話す表情からは疑うといった気持ちがまったく見受けられない。まるで、ダークサイドに堕ちたア○キン・スカ○ウォーカーのような表情だ。インチキ霊能者はパル○ティーン皇帝といったところなのだろう……。恐るべし、暗黒面の力!

 俺はそんなオジサンに若干引きながらも続ける。

「ですが、彼は危険な人物です。悪い事は申しません。今後は関係を一切絶った方がよろしいと思われます」

「あ、あの方は、私に生きる希望を下さった。あの方に乗り移った妻は間違いなく本当に妻の声だ。どうして赤の他人が妻しか知らない事実を知ることが出来ましょう? 彼は間違いなく本物の霊能者だ! 彼に乗り移った妻の霊は私に生きる希望を与えてくれたのです」

 オジサンは狂ったようにインチキ霊能者の弁護をする。

 その様は俺からすると見ていて痛々しくも思える。

 そして、敵を見るかのような鋭い視線を俺に投げかけて言うのだった。

「今日、妻の霊を宿しておく為の依り代となる仏像についての打ち合わせがあるのです。誰にも邪魔はさせません! さぁもう帰ってくれッ。あんたの様な若造に何が分かるって言うんだァァ、出ていけェェェ!」

 半分奇声に近い声色で狂った様にまくし立てたオジサンは、それを言うなりバタンと扉を勢い良く閉じる。そして、カチャリと鍵をかける音が聞こえてくるのだった。

 今の目が血走ったオジサンの凄い表情を思い返し、俺はこう考えていた。

 洗脳の完成した狂信者って怖いわッ。と……。

 それと同時に、作戦が失敗したと悟った俺は、トボトボとみんなの待つ道路の方へと進んで行くのだった。

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