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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
21/64

弐拾壱ノ巻 ~鎮守の森

 《 弐拾壱ノ巻 》 鎮守の森



 ――11月13日 東京都内 某所 

 その日は快晴で、清々しいほどの陽光が周囲に降り注ぐ都内某所での話である。

 其処は、超高層ビル群と呼ぶに相応しい所であった。それらビル群の中には窓ガラスがマジックミラーになっており、日光が反射して宝石の様な輝きを放つビルもある。個々のビルは、形や色、雰囲気はバラバラであるが、不思議と違和感なく手を取り合っている様に立ち並んでいる。そして、地上からそれらの高層ビルを見上げると、まるで天に向かい手を伸ばすかの様であり、それらの佇まいは人間社会の際限ない欲望を映しているかの様に見えるのであった。

 また、地上には迷路の様に張り巡らされた大小様々な道路があり、道路や両脇の歩道には絶え間なく自動車と人々が行き交っている。それらの道路からは自動車のエンジン音やクラクションの音等が、周囲にけたたましく鳴り響いており、この大都会が発する喧騒の一部となっているのだ。

 そんな超高層ビル群のとあるビルの前に、一人の男が今、タクシーを降りたところであった。沙耶香と一樹の父 道間一将みちまかずまさである。

 今日の姿は上下を茶色のスーツに身を包んでおり、普段の着物姿が与える浮世離れした雰囲気とは打って変わり、現代人の様相をしていた。

 また、一将の右手には黒い革張りの鞄を携えており、一見するとビジネスマンの様にも見える出で立ちなのである。

 白髪交じりのやや短めである頭髪は整髪料で輝いており、凛々しい眉と鋭い眼つきも相俟って、どこか強い意気込みを感じさせる表情をしているのだった。

 そんな風貌をした一将は、正面に聳え立つやや青がかった外壁のビル入口に向かい歩き始める。

 そのビル入口の自動ドアからは、ビジネスマンといった感じである何人かのスーツ姿の人々が、忙しそうに出入りをしていた。

 一将はそれらの人々と同じく入口を潜りエントランスホールを抜けると、そのまま奥の方にあるエレベーターへと向かう。迷いなく進むその足取りは、何度もこの場所に訪れている様に感じられる。

 そして、大きく重厚なエレベータードアの前に来ると、上昇の矢印が表示されたボタンを押し、エレベーターがやってくるのを待った。

 暫くすると、「チィン」という甲高い音と共に両開きのドアが開く。中は無人で誰も乗ってない。

 一将はそれに乗ると、目的の階が表示されたボタンを押して上がるのを待つのであった。

 それから程なくしてエレベーターがある階層に到着すると、正面の通路を右に曲がり進んで行く。

 この階はやや物静かな雰囲気の空間で、活動する人の数も少ないように感じられるヒッソリとした所であった。

 通路の壁は灰色で、床には青いカーペットが敷かれている。所々にある各部屋の扉は壁の色と同様に灰色で、取っ手が付いてなければ扉には見えない。また、その反対の外壁側には、周囲の街並みを覗ける大きな窓が覆っており、通路を見た目以上に広く感じさせていた。

 そんな空間を進んで行くと、一将は大きな両開きの扉がある所に辿り着く。

 扉の佇まいは来る途中に見かけた幾つもの部屋の扉とは違い、意匠を凝らした高級感溢れる扉になっていた。

 その為、此処から先は雰囲気が違うというのを扉自身が訪れる者に訴えかけている。

 そして、その扉の前には黒いスーツに身を包んだ精悍な雰囲気の若い男が一人立っているのだった。

 歳は20代前半から半ば程であろうか。短く刈り上げられた頭髪をしており、表情は穏やかそのもので落ち着き払っている。身長は高く190cm以上はありそうに見える色白で長身の男であった。

 一将はその男の前に行くと、何かの模様が描かれた一枚の黒いカードを掲げる。

 その男はカードと一将の顔を見ると、笑顔で声を掛けてきた。

「現、道摩家当主の道間一将様でございますね。お待ちしておりました。さぁ中へお入りください」

 若い男はそう言うと扉を開き一将を招き入れる。

「ウム。ありがとう。宗貴むねたか君」

 一将は笑顔で男にそう答えると、扉を潜り中へと入ってゆくのだった。

 扉の向こうは大きな会議室の様になっており、室内の真中には大きな円を描くように木製の立派な机が設置されていた。床には高級感溢れる赤いカーペットが敷かれており、外に面した窓には黒いカーテンが覆っている。全ての内壁は幾何学な模様の意匠が施された若干濃い灰色のクロスが貼られており、この部屋を引き締まった感じにしていた。また、その上の白い天井には対照的に、豪華な意匠が施された電灯器具が埋め込まれており、室内を白い光で明るく照らして気品ある空間にしているのだった。

 中央の机には既に何人かの人間が座っており、一将の姿を見るなり、皆が笑顔で挨拶をしてくる。

 一将はそれらの人々に頭を下げ、丁寧に挨拶をした。

 すると、その中の一人である歳経た老人が杖を片手に席を立ち、一将に近寄ってきた。

 そして、ニコニコとした表情で挨拶をしてくるのだった。

「おはようございます、道間殿。半年振りでございますな」

 服装は黒い着物姿で、やや腰は曲がっているものの、その眼光は中々にしっかりしており、好々爺然とした雰囲気を持つ老人である。

 真っ白く長い頭髪は邪魔にならないよう後ろで結っており、口元には一将と同じく白い髭を蓄えている。また、眼を覆い隠すくらいまで伸びた、長く白い眉毛が特徴の老人であった。

「おはようございます。土門どもん長老もお元気そうで何よりです。それはそうと、表にいた宗貴君もだいぶ板についてきた感がありますな。ハハハ」

 一将は挨拶と共にその老人と握手をする。

「ほほう。道間殿にそう言われれば、あやつも喜ぶじゃろうて。ささッ此処に座りなされ」

 老人は自分の隣にある黒い革張りの椅子を引き、一将に座るよう促した。

 一将は一礼をした後、其処に腰掛けると荷物を床に置き、老人に話し掛けた。

「ところで土門長老。此度の『鎮守の森』代表者の緊急招集は一体何事なので?」

 一将の問いかけに、老人は若干険しい表情をする。

 そして、一将の耳元に小声で言うのだった。

「この間、心臓発作で死んだと報道された代議士がおったじゃろう。それ絡みの話じゃ」

「……普通の突然死ではない。そういう事ですかな?」

「そうじゃ。その二日後に我等の手の者が依頼を受けて現場を見たところ、付近の地脈に乱れと室内に残留霊痕があったそうじゃ。恐らく、その代議士は呪殺されたとみて間違いなかろう」

 一将は目を瞑り腕を組む。

 そして、暫く考えた後に口を開いた。

「近頃、噂にのぼる呪殺組織の仕業ですかな?」

「さての。真相はまだ分からぬ。じゃがここ数年、やたらと呪殺される要人が増えておる。しかも、世界的にじゃ。各国の要人達が相次いで死んでおる背景には、何やら良からぬ企てをしておる輩がいるのかも知れんの。困った話じゃわい」

 土門長老はそう答えると大きく息を吐き、顎の髭を撫でる。

「しかし、各国の要人暗殺となると、話は変ってきますな。我等『鎮守の森』はあくまでも日本でのみ活動をする呪術組織です。国内の事は兎も角、海外となると中々手出し出来ないのでは?」と、一将。

「確かにの……。じゃが、とある筋からの報告じゃと、各国にはそういった呪殺専門の暗殺集団が組織されておるようじゃ。日本にもそれらに繋がりがある暗殺組織があるのじゃろう。儂にはそれらが一つの意思の元に集まっておるような気がするのじゃよ」

「と言いますと、昨今の要人暗殺と此度の代議士暗殺は無関係ではない。そう言う事ですかな、土門長老?」

 腕を組み、物静かな雰囲気で一将は言った。

 すると、この老人は笑いながら言う。

「ヒョヒョヒョ、そこは儂の勘じゃ」

「しかし、土門長老の勘は馬鹿に出来ませぬからな。ハハハ」

 一将は、素直にそう述べると笑みをこぼす。

 その理由は、土門長老の長年の経験からくる、その洞察力は鋭いものがあり、関係者を度々唸らせているからである。

「兎も角、この代議士呪殺を行った術者はかなりの手練てだれの様じゃ。地脈を利用した術など、そうそう誰にでも扱えんからの」

「地脈を使った呪殺ですか……。だとすれば、かなり厄介な術者ですな」

「まぁ、そういう訳じゃ。今日はこれから皆が集まり次第、呪殺者やその集団に対しての協議が始まるじゃろう。その為の緊急招集じゃ。それと今回は非公式ながら政府要人から鎮守の森への依頼でもあるしの」

 土門長老の言葉に一将は、やや眉をひそめ怪訝な表情で言った。

「政府要人から? 『鎮守の森』は秘密結社。何人たりとも直接依頼は出来ぬ筈では?」

「そうじゃが。まぁその辺の話は、これから始まる協議の中でも説明があるじゃろ……フン」

 と答えた後、土門長老は、やや憮然とした表情で周囲を見渡す。

 そして一将は、土門長老の言葉と様子から、何やら良からぬ陰謀の中に『鎮守の森』が巻き込まれつつあるのを漠然とではあるが感じ始めているのだった。



 ―― 高天智市立大学 ――



 今日は高天大の大学祭当日である。

 天気は快晴で心配された野外ステージのイヴェントも滞りなく進行している。

 因みにその前日。俺は雨が降る様にアパートの自室で必死に雨乞いをしたが効果は無かったようだ。残念!

 まぁそんな訳で、俺は今、高天大中央広場にある特設野外ステージ横の控え室にいるのだった。

 控え室とは言っても12畳程の広さを持つテントで、周囲は白い布で覆われており、外から中を窺い知る事は出来ない。中は折り畳み式の会議机が2脚と、パイプ椅子が幾つか置かれただけの質素な仮設の控え室である。

 俺の隣には林さんと田島さんが面以外を装備した状態で椅子に座っている。因みに今回の薙刀との試合では脛当すねあてを装備する事になっている為、俺達はいつもの武装より物々しい格好となっていた。

 そんな俺達の内、田島さんは眼を閉じて物静かに瞑想をしていた。嫌、瞑想と言うよりは現実逃避と言ったほうが正しいのかも知れない。

 そして、もう一人の林さんは落ち着かないのかソワソワしている。時折、ステージ司会の声がスピーカーから聞こえてくると、ビクッと体が反応していた。俺も人の事は言えないが……。

 今の時刻は12時30分で、出陣までは30分程時間がある。

 現在、ステージ上ではアコースティックギターを片手に弾き語りをする女子グループの出番であった。控え室の外からは、そんな女子グループの綺麗な歌声とジャカジャカと弾くギターの伴奏が聞こえてくる。

 ステージの前には観客も大勢いるようで、その女子グループへの声援も控え室の中にまで聞こえていた。外から聞こえてくる会場の賑わいは、演奏者と客席が一体となっている様に感じ、また、俺達へ捧げるレクイエムの様にも聞こえる。

 そんなステージ上の賑わいを余所に、俺は次の出番を粛々と待っているのであった。

 その時、俺は昨日の練習後に行われた順番を決める話し合いを思い返していた。

 因みにその結果、団体戦の順番は先鋒が林さんで中堅が田島さん、そして何故か俺が大将という結果になってしまった。

 何故こうなったのかというと、実はアミダクジをしたら唯単にこうなっただけの話である。

 で、大将というだけならまだ良かったのだが、不幸にも俺の対戦相手は姫会長だ。嫌、大将のクジを引いた時から薄々予感はしていた。

 そして、林さんと田島さんはクジが決まった瞬間、俺に同情の眼差しを向けてくるのだった。

 しかし、同情してくれるなら変りませんか? と俺が告げると、二人は一斉に目を逸らしたのを思い出す。ガッデム!

 そんな昨日のやりとりを思い出していると、突如俺の携帯が鳴り出した。どうやらメール着信音の様である。

 俺は携帯を確認する。メールは瑞希ちゃんからであった。

 そこにはこう書かれていた。


 ――日比野さん、大学祭は楽しんでますか? 

 休日なら私も行けたのにぃ、と悔しく思ってしまいます。

 ところで、今日はこの後に薙刀と剣道の異種格闘技戦と聞きました。

 瑞希は少し心配ですが、怪我をしないように頑張ってくださいね。

 あッそれと、今夜またメールしま〜す――


 といった内容の事が書かれていた。

 このメールを見て俺は考える。

 ついこの間、瑞希ちゃんと会った時に、かなり深刻な話としてこの事を切り出したのを……。

 そんな陰りのある俺の表情を見て、瑞希ちゃんも心配してメールしたのだろう。そう、俺は考えるのだった。

 そこでフト携帯から顔を上げると、林さんと目が合う。

 すると、若干硬くではあるが笑顔になり、林さんは俺に声を掛けてきた。

「もうすぐだね。俺達の出番」

 と笑顔で言うものの、やはり何処か暗い感じになってしまう。

「そうですね……。ハァ、落ち着きませんね。やっぱり」

「仕方ないよ。それに、日比野君は特にそうだと思うよ。ハ、ハハ、ハハ」

 林さんはそう言うと、若干乾いた笑いを浮かべる。

「出来るなら早々と一本取られて終わりにしたいですけど、出来そうにないですもんね。ハァァ」

 実は昨日、姫会長直々に俺達3人へお達しがあった。

 内容はこうである。


 ――「いいか、お前等! 手を抜いて早々と一本取られて終わろうなどと、フザケタことすんじゃねぇぞ。もし、それをやった日には地獄が待っていると覚えておけ。いいなッ分かったかぁ」

 「「「は、はいッ、分かっておりまする。その様な考えを持った事など、滅相もございません」」」――


 といった感じのやり取りである。

 林さんも思い出したのか冴えない表情になる。

「しかし、なんだ。俺は先に散るから良いとして、日比野君は最後に姫会長とだから色んな意味で大変だね」

「まぁ成る様になれと半ば諦めてはいますけどね。ハ、ハハハ、ハァ……」

 と、俺が林さんと話し込んでいると、控え室の外から看守、もとい、今回のレフェリーである西田さんが現れた。

 そして、真剣な表情で俺達に言う。

「もうすぐで出番だ。暫くするとアナウンスが入るだろう。3人とも準備をしておいてくれ」と。

 西田さんはそれだけ告げるとまた外に出て行った。

 それを聞くなり、俺は周囲の異変に気が付く。

 先程まで歌っていた女子グループの時間はもう終わったようで、辺りは少々ザワついていた。

 そんな周囲の異変を感じると共に、俺の鼓動も早くなり始める。

 林さんや今まで目を閉じて瞑想していた田島さんも、『とうとう来たか!』といった暗い表情で面を被り始めていた。

 俺も二人に習って同じく面、もとい、ヌメヌメする兜+大量ファ○リーズ噴射済を装着すると、看守の案内を待つのだった。

 それから10分程経った頃、ステージ司会である女性の明るい声がスピーカーから聞こえてきた。

【はい、それでは次の催し物は、なんと! 日本の伝統武術である薙刀と剣道の滅多に見られないこの異種格闘技戦が始まります。今回は3対3の団体戦という形式を取りまして、皆さんに手に汗握る戦いの模様をお送りしたいと思います。それでは選手の入場です。皆さん拍手でお迎えくださいッ】

 そうアナウンスされると同時に物凄い拍手が聞こえてきた。

 そして、西田さんは控え室にいる俺達を呼ぶと、ステージ上へ案内を始めるのだった。

 その時、御前試合でも始まるのかと思わせるような、ドドンッとやけに低い太鼓の音がスピーカーから聞こえてきた。恐らく、姫会長がチョイスした入場曲なのだろう。何となく、そんな気がする。

 そんな厳かな太鼓の音が聞こえる中、俺達は処刑場ステージに連れて来られた。

 到着するや否や、俺は面の格子越しに観客達の方を見る。

 すると、かなりの人数がステージ前に集まっており、ピューピューと口笛を吹き鳴らす戯け者までいる有様であった。

 正直、そんなに見に来る奴はいないだろうと俺は思っていたが、これは予想外である。

 そんな熱気がムンムンする中、俺達の反対側からは、剣道と良く似た防具を装備し、柄の長い薙刀を持った戦士が現れたのだった。

 俺はその3人を見るなりゴクリと生唾を飲み込む。

 俺達3人と対峙する形で薙刀戦士3人は立つと、そこで入場曲が止んだ。

 辺りには静けさが漂う。

 すると、黄色い服を着た司会の女性が、俺達の紹介とルール等の説明を始めるのだった。

 因みに3本勝負で、制限時間は10分である。要するに二本先取した方が勝ちという事だ。それに今回は剣道にない、脛一本が付け加えられる。

 それらの説明が終わると、一旦、俺達は舞台端に移動する。

 そして、其処で座って名前の呼ばれるのを待つという手筈だ。

 それから程なくして先鋒の林さんの名前が呼ばれるのであった。

 林さんの名前が呼ばれると共に、心の中で思わず合掌をしてしまう自分がいる。

 だが、間もなく、俺も同じ運命を辿ると考えると身の毛がよだつ思いである。

 俺は戦いを見てしまうと恐怖を覚えて萎縮してしまいそうな気がした為、戦いは見ずに眼を閉じて心を落ち着かせることにしたのだった。

 そして、時は動き出した。


「ウギャァ」

「ぶべらッ」

「あべしッ」

「イッテェェェェ」

「ドベェェェ」

「チョ?」

「ヒィィィ」

「オベェェェ」

「ノォォォ」

 といった悲鳴が時間経過とともに俺の耳に入ってくる。

 中には経絡秘孔を突かれたような声もあった為、俺は恐ろしくて目を開けれない。

 そして、中堅の田島さんの負けが確定すると、とうとう俺の名前がコールされるのであった。

 因みに先鋒の林さんは善戦むなしく早々と散った様である。

 俺は瞼を開き、ゆっくりとした動作で立ち上がると、やや膝を震わしながらステージ中央へと重い足を運ぶ。

 中央までたった10m程の距離ではあるが、50m程先の様に感じられる。

 そんな錯覚を覚えながらステージ中央付近に辿り着くと、其処には猛者の雰囲気を纏う姫会長の姿があった。

 その姿は、まるでドラマ等で見かける武蔵坊弁慶といったところで、今から合戦にでも行くかのような勇ましく、猛々しい印象を受ける。また、歪みのないその姿勢からは、一切手加減はしないという気迫が感じられるのであった。

 俺はその姿を見るなり、再度、生唾を飲み込む。

 そして、俺と姫会長は互いに礼すると、ステージ真中にある開始線についた。

 俺と姫会長が中段構えをとると、外野からは割れんばかりの歓声が上がる。

 どうやら先程の派手な処刑を見てギャラリーは興奮しているようだ。

 そんな事を考えながら竹刀の切先を交えると、主審の西田さんが合図をしたのだった。

「始めッ」と。

 くして、公開処刑の幕が上がったのである。

 俺は姫会長を真っ直ぐと見据える。

 視界に入る姫会長の堂々とした佇まいは、まさしく幾多の修羅場を潜り抜けてきた武人といった表現がピッタリだ。 

 ややその雰囲気に気圧されつつも俺は考えるのだった。

 勿論、どうやってこの武人から一本取るか、をである。

 理由は、無様な試合をした場合は、試合後に折檻される可能性があるからだ。

 試合に勝とうと思わない限りそんな事は不可能なので、初心者の俺は考えるのである。

 しかし、悲しいかな。残念ながら、現段階の俺では正攻法で行ったところで返り討ちに合うのが関の山だ。

 かといって、あまり奇抜な戦法や手段は、剣道に於いて反則となりうる場合がある。

 それに受身になりすぎても戦意が無いと見なされる為、難しいところである。

 だが、今は異種格闘技戦だ。

 唯でさえ俺と姫会長の間には、武術経験の差というハンデがある上に、今は獲物のリーチ差というハンデもある。

 これがもし実戦なら、尋常ならざる手段が求められるところだ。

 おまけに今回は独自ルールでもある為、多少は冒険しても問題ない様である。

 まぁ試合と言うよりはエキシビジョンの意味合いの方が強く感じるし……。

 そういう訳で俺は考える。ついでに言えば、鬼一爺さんのアドバイスもあり、少しは作戦を立ててはあるのだった。

 と、俺がそんな事を考えていると、姫会長が「メンッ」という掛声と共に俺を打ち据えてきた。

 思った通りである。相手は初心者の俺である為、正面から面を打ちにくるだろうと俺はある程度予想はしていた。といっても爺さんのアドバイスだが。

 その為、俺はすんなり体が動いたのだった。

 俺はそれを竹刀で受けると、力を抜き体を半身になりながら前に踏み込む。

 そして小さく弧を描く様に竹刀を上段に構え其処から面を打った。

「面!」という大きな掛声と共に。

 その結果、面にクリーンヒットする。

 俺はその直後、すぐに間合いをとり中段に構えた。残心というやつである。

 この剣道という競技の一本は、充実した気勢・適法な姿勢・竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し・残心あるもの、というのが当てはまらないと一本として認めてくれないからだ。

 そこで西田さんが驚いた表情で、やや弱々しい合図を入れた。

「め、面……い、一本……」

 周囲は、俺のいきなりの一本にやや毒気を抜かれた様に静まり返っていた。

 それはさておき。とりあえず、俺は自分の当初からの作戦がうまくいった事に力を抜くと、今の事を振り返るのだった。

 何と言っても、得物のリーチが長いという事は、それだけ間合いを詰められた場合は不利になるという事である。

 そして、姫会長の最初の行動に山をはっていた俺は、そこを凌ぐと、間合いを一気に詰めて一本を取ったという訳だ。

 しかし、この一撃が眠っていた修羅を呼び起こす事になろうとは、この時の俺には知る由もなかったのだった……。



 ―― 対戦相手は ――



 姫野由香里は初太刀を受けてからの流れるような涼一の動きと、其処から間合いを詰められた一本に、思わず我が目を疑った。

 そこで考えるのである。何故こうも簡単に一本を許したのだろうか?と。

 それと同時に、剣道を始めたばかりの涼一に一本を取られたという事実が彼女に重く圧し掛かる。

 その為、心の奥底から沸々と沸きあがり始めた自分への怒りが、彼女を本気にさせるのであった。

 由香里は開始線までくると、中段に構える。しかし、先程までとは違いその動作は鋭さと切れが増していた。

 周囲に見ている者もその様子はなんとなく分かり、特に主審の西田は、先程までとの違いを肌で感じているのであった。それと同時に思った。日比野君、南無阿弥陀仏っと。

 両者が開始線について構えると西田は開始の合図を二人に告げた。

「始めッ」

 合図と同時に由香里は八相に構える。

 先程の中段よりも横に高く掲げられた薙刀は、直ぐにでも振り下ろせる様な状態で、相手には威圧的な構えに見える。

 その為、涼一はこの構えを見るなり息を飲むのであった。

 そしてこう思った。ヤバイ、本気にさせたようだ。殺される、っと。

 涼一はその威圧的な姿を見て、飲み込まれた様に呆然と立ち尽くす。

 しかし、由香里はその様子を好機とみて一気に踏み込み、涼一の面に向かい鋭く切先を振り下ろした。

「面ッ!」という大きな声と共に。

 やや袈裟斬りのような角度から涼一の面に鋭く切れ込む。

 涼一は面を喰らうと同時に尻餅をつく。

「面、一本ッ」

 主審の西田は由香里に一本を告げる。

 すると会場は、涼一の派手な尻餅もあってか一気に沸き返るのだった。

「「由香里サァァン、カッコいいィィ」」

 ギャラリーは女子が多いようで、由香里に向かった声援が多い。

 ある意味、場を盛り上げる為に男達は生贄にされたかのようである。

 そんな会場の賑わいの中、涼一はややフラフラしながら立ち上がった。

 そして、立ち上がると首を前後左右に振り、首のマッサージを始める。どうやら先程の一撃が効いた様である。

 そんな痛々しい仕草をした後、涼一はやや重い足取りで開始線にまで向かうのだった。



 ―― 涼一は ――


 

 イッテェ、首が縮んだかと思った。

 しかし、やべぇな。姫会長マジだよ。しかも、今のフルスイングで打ってきたよ。

 俺、生きてこのステージを降りられるんだろうか……。

 かといって、簡単に終わると、姫会長に後で何言われるか分かったもんじゃないしな。

 ハァァ憂鬱だ。でも、次の一本で勝敗がつく。とりあえず前向きに考えよう――

 俺はそんな事を考えながら開始線につくと、先程と同じ様に中段に構えた。

 そして、今みたいに姫会長の雰囲気に呑まれてアッサリとやられない為にも、大きく深呼吸をして心を落ち着かせ、気を引き締めるのだった。

 俺は姿勢を真っ直ぐにして、姫会長を見据える。

 そこで西田さんの合図が入った。

「始めッ」

 俺は心を落ち着かせ相手を見る。

 焦りや恐れは自分の行動範囲を狭めてしまうからだ。

 姫会長も、中段の構えのままである。

 恐らく、油断大敵と思い、基本に立ち返ったのだろう。

 そんな姫会長を見ながら俺は考える。どうやったら無事にステージを降りられるかを。

 と、そんな余計な事を考えていると、姫会長は俺の脛を狙って鋭く打ってきた。

「スネェェェ」と充実した気勢で。

「ヒィィィィ」と充実した奇声を上げた俺は、バックステップでその攻撃をギリギリかわすと、そのまま勢いあまってでんぐり返しをする。

 多分、周囲の人間には無様な姿に見えただろう。

 しかし、そんな事を考えている暇など俺には無い為、直ぐに立ち上がると中段に構える。

 だがここで西田さんが中断する。

「止めッ」

 開始線に戻った俺は西田さんに着衣の乱れを指摘される。

 恐らく、でんぐり返しをしたときに乱れたのだろう。

 俺は一旦、竹刀を置いて着衣の乱れを直すと、開始線に戻りまた中段に構えるのだった。

「始めッ」

 そして、また対峙が始まる。

 俺は大分この雰囲気にも慣れてきたのか、落ち着いて相手を見れるようになっていた。

 お陰で、姫会長の動きにも何とか対応できそうな気がしたのだ。

 これも今までの悪霊退治や土蜘蛛退治での経験からきているのかも知れない。

 やや、心にゆとりを持たせながら俺は眼前の相手を見据える。

 しかし、姫会長は中々打っては来ない。

 予想外にも大分、警戒しているようであった。

 俺は、消極的な試合運びをして怒られるのも嫌なので、この膠着状態を打破すべく考える。

 そして、ある一つの考えが浮かぶと、俺はそれを実行する為に構えを変えたのだった。

 俺は竹刀を上段にゆっくりと持ってゆく。

 すると胴の守りが手薄になり、ガラ空きになる。

 わざと隙を作って打たせようという俺なりの誘いの構えだ。

 しかし、姫会長は俺の構えを見るなり、やや後ろへ下がる。

 だが、すぐさま物凄い踏み込みで俺に胴突きを放った。

 俺は突きを竹刀で左に打ち、薙刀の軌道をずらして身体を半身にすると、姫会長との間合いをつめようとした。

 だが、その時!

「スネェェェ」

 予想外のところから俺の脛に衝撃が加わった。

 俺はその衝撃で脚を取られて転んでしまう。

 そして、西田さんのコールが会場に響くのだった。

「脛、一本!」と。

 やや呆然としながらも、俺は今の攻撃を考える。

 そして、どうやって脛に入れられたのかが分かってきたのだった。

 確かに薙刀の切先は竹刀で弾いた筈だが、どうやら反対側の柄で脛を打たれたようだ。

 そんなの有りかよ、とも思った。だが、兎も角、これで俺の負けが確定したわけである。

 俺はフゥと大きく息を吐いてゆらりと立ち上がると、開始線に戻る。

 そこで、西田さんが旗を揚げ勝者のコールをした。

「勝者、姫野ッ」と。

 コールと共に会場からは姫野コールが湧き起こった。

 そんな会場の雰囲気にややゲンナリしつも俺は姫会長に礼をする。

 だがそこで、姫会長が俺に近寄りこう言ったのだった。

「お前、中々面白い奴だな。見所あるよ」と。

 俺は、突然そういわれたので、ややビックリしたが、悪い気はしなかった。

 そして、帰ってゆく姫会長の後ろ姿を見送った後、大きく息を吐いて体の力を抜く。

 何はともあれ、無事に異種格闘技戦を乗り切れたのが、一番、今の俺をホッとさせていた。

 まぁそんな訳で、ステージを降りた俺は控え室でサッサと着替えて、サッパリすることにしたのだった。  

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