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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
20/64

弐拾ノ巻 ~魂の記憶

 《 弐拾ノ巻 》 魂の記憶



 その日の夜。

 俺は剣道の練習から帰ってくると、荷物を床に置くなり、敷き布団の上にバタリッと勢い良く寝転がる。そして、大きく溜息を吐きながら、姫会長が説明していた学祭でのイヴェント内容を思い出すのであった。

 正直に言うと、練習の厳しさよりもイヴェント内容の方が、今日の俺にとっては頭の痛い事である。

 何故ならば、薙刀と剣道の異種格闘技戦を大学祭の特設ステージで行うらしいのだが、当然、素人同然の俺は幾らなんでも出場は無いだろう。と、高を括っていたら、モロ出場メンバーに名を連ねていたからだ。その為、練習中から今までずっと気分が優れないのであった。

 また、姫会長の説明を聞いてから、まだ3時間半程しかたってない為、その時の光景は鮮明に思い返される。俺は布団の上に突っ伏しながら、午後3時半に始まった姫会長の演説を頭の中で復唱するのだった――

「今日は皆に話がある。かねてから言っていた大学祭での催し物だが、それを皆に発表しようと思う。それで、その内容だが。11月13日の昼一番に高天大中央広場に設けられた特設ステージで、剣道VS薙刀の異種格闘技戦を行う。形式としては、3対3の団体戦だ。それで面子だが、林、田島、日比野が剣道側で出場だ。薙刀側は私を含めた愛好会の女子3人が相手する。以上だ。何か質問は!」

 といった練習冒頭での姫会長の話を思い返していたのである。勿論、凄い迫力だった。有無を言わせぬオーラを纏っていた。と、言っておこう。

 それとついでに。姫会長の説明を聞き、思わず「エェェェ」と声を張り上げたら、物凄いメンチを姫会長に切られたのも思い出した。正に、蛇に睨まれた蛙というやつである。

 兎に角、そういう内容であった為、俺は練習が始まってから今までずっとナーバスになっているのだった。

 話は変るが。今回、名前を呼ばれた林さんという人は、田島さんと同じ2年生で、中肉中背の眼鏡を掛けた大人しそうな先輩である。やや長めの頭髪で、イマ○ンを発表した時のジョン・レノンという感じのヘアースタイルだ。というか、実際にジョンというあだ名で呼ばれていたりする。しかも、結構似ているので、それを聞いた時『ナイスネーミング』と心の中で呟いたのを憶えている。

 また、高天大には武道系のサークルというのが少ない。特に、得物を使用する武道が無いので姫会長達が奔走しているというのが現状のようである。今回の異種格闘技戦も部員勧誘を兼ねてのパフォーマンスなのだろう。そう、俺は推測していた。

 という訳で話を戻す。

 それからというもの、俺の中で培われてきた第六感が、非常に喧しい警報を発しているのだった。かなりデンジャラスな展開になりそうな予感である。

 後で西田さんから聞いた話だが、何と言っても、相手は薙刀の経験者ばかりだそうだ。姫会長は剣道を始める前は薙刀もやっていたようである。他の二人は、高校時代にモロやってたそうだ。

 俺はそれを聞いてからというもの、異種格闘技戦というより、公開処刑といったほうがシックリくる様な気がしてならないのであった。

 何故なにゆえ異種格闘技戦こうかいしょけいなどという、たわけたイヴェントをする事になったのかは分からないが、これだけは言える。本ッ当に勘弁してくれッ。

 しかし、そんな事を直接、姫会長に言おうものなら、五体満足でこうしてアパートに帰ってくる事は無かったかもしれない。そんな事を今の俺は考えているのだった。

 そして、練習が終わった直後に、俺は何故そんな展開になったのか、西田さんに尋ねてみた。

 すると、こんな答えが返ってきたのだ。

「実は、学祭の運営に姫の友達がいてね。13日の2時過ぎから予定している『お笑い芸人のライブ』まで、時間が少し空くらしくて相談を受けたらしいんだよ。それで、こんな展開になってしまったんだ。剣道側で出場する3人には可愛そうだけど、運が悪かったと思い諦めてくれ。俺にはどうする事もできない……あぐふッ、ゴメンよッ」

 西田さんは目を潤ませ、口元を右手で覆いながらそう答えると、目を逸らして部室の奥へそそくさと入って行くのであった――といった感じの映像が脳内で再生された。

 今の話を分かりやすく言えば、要するに俺らはただの前座のようである。所謂いわゆる、噛ませ犬というやつだ。

 そう考えると、そのお笑い芸人に恨みはないが、殺意というものが湧いてくる。

 こういった感情が悪霊を生み出すと分かっていても、こればかりはどうする事もできない。というか無理ッ。

 まぁ、それは置いておくとして。公開処刑となると俺も流石にブルーになる。そして隣をみると、同じ処刑名簿に名を連ねた田島さんや林さんが、緊張した面持ちで練習後も呆然とその場に立ち尽くしており、俺は事の重大さを再認識するのだった。特に林さんに至っては、今にもイマ○ンを歌いだしそうにさえ見える。

 と、まぁそんな訳で、俺は練習の始まった3時半から今までの間ずっと気分が優れないのであった。

 そして、これが練習冒頭で行われた姫会長からのお達しの全容なのである。

 それらを思い返しながら、俺は体中の空気を抜くかのように大きく溜息を吐く。

 そんな中、鬼一爺さんが俺に話し掛けてきた。

(涼一。瑞希とか言う娘子に連絡せぬでもよいのか?)

「ン、瑞希ちゃんに連絡? ああ、そう言えば朝にそんなやりとりがあったな。衝撃的な時間を過ごしてたから忘れてたよ」

 俺はそれを聞き、今朝、駅でバッタリ会った瑞希ちゃんとの約束を思い出した。

 まぁ結論から言うと、明日は休みだ。

 その為、瑞希ちゃんと会う事は可能なのだが、公開処刑の事が今まで、というか今も俺に圧し掛かっているので、スッカリ失念していたのである。

 俺はとりあえず、公開処刑の事は頭から振り払い、携帯をポケットからだすと、その旨を瑞希ちゃんにメールで送信した。

 そして、それを終えた俺は、サッパリとしたい気分になった為、久しぶりに浴槽にお湯を張って湯船につかり、一日の疲れを癒す事にしたのだった。



 ―― 一方、その少し前 ――



 高天智市内の街中を少々出歩いてきた沙耶香は、今、自分の部屋にいた。

 沙耶香の住むマンションは、洋室二部屋と和室が一部屋といった感じの3LDKで、廊下で隔たれた洋室二部屋は一樹と沙耶香が自分の部屋として使用している。また、和室には自分達の裏稼業である、呪術関係の道具等が重厚な木箱に入れられて、安置されているのであった。

 沙耶香の部屋は4畳半といった大きさで、持ってきた荷物が少ないせいか、スッキリとした雰囲気の空間となっている。あるのは木製のシンプルな学習机と椅子、そしてシングルベッドと本棚が一つといった感じで、あまり細々とした装飾品等は置かれていない。服などは壁に据え付けられたクローゼットの中に収納している為、室内で存在しているのは先に挙げたもの以外はないという状態である。

 その為、あまり年頃の女の子っぽくない殺風景な部屋なのであった。

 沙耶香はそんな部屋の机に向かい、昼近くに図書館で遭遇した涼一と鬼一法眼の事を考えていた。特に鬼一法眼の方を……。

 何故ならば、自分が今まで行ってきた修祓しゅばつ関係の記憶を辿っても、珍しいタイプの霊だからなのであった。

 そして考えるのである。何故、あんな古い時代の霊が人に憑いているのだろうか? と。

 沙耶香が今まで見てきた、ああいった古い時代の霊は悪霊といったパターンしかない。だが、図書館で見た霊は悪霊ではない為、余計に気になったのである。しかし、考えても答えは出てこないので、一旦、この出来事は頭の片隅に仕舞っておこうと結論した。

 そして、机に置かれたガラスの置き時計に目を向けると、椅子から立ち上がり、リビングの方へと向かうのであった。

 リビングには、テーブルの前で書類整理をする一樹の姿があった。

 その一樹は、沢山のA4サイズの紙と睨めっこをしており、時折、大きく息を吐くと肩が凝ったのか、腕を回しながら書類整理の作業をしていた。

 そんな大変そうな兄の姿に、少しは妹として労ってやろうと考え、沙耶香はキッチンへと向かう。

 そして、銀色のコーヒーメーカーを用意すると、兄の好きなブルーマウンテンを棚から取り出して豆を挽くのだった。

 暫くすると、キッチンから何ともいえない、コーヒーの香りが湯気と共に立ち昇る。

 喫茶店の様な香ばしい豆の匂いが漂い始めたので、書類整理中の一樹も豆の香りに釣られ、キッチンの方へと視線を向かわせた。

 沙耶香はそんな兄の視線に気付き、笑顔で言った。

「お兄様、もう少し待ってて下さいね。今、コーヒーを持って行きますから」

「おお、悪いな、沙耶香。丁度、俺も一息入れようかと思ってたところだ」

 と、一樹は腕を回しながら沙耶香に言う。

 それから程なくして、挽き立てのコーヒーとカステラを一樹の待つテーブルへと沙耶香は運ぶのだった。

 沙耶香はそれらを一樹の前へと置くと、自分も相向かいに座る。

 そして、労いの言葉をかけた。

「お兄様、お疲れ様です。何やら色々と処理しないといけない物があるのですね」

 一樹はコーヒーをフゥと息を吹きかけながらカップを口に持ってゆく。

 そして一口飲んだ後に答える。

「ああ、色々とやらなければいけない事があるんだよ。教師とはいっても、サラリーマンだからな。おまけに住民票の移動とか、引越し関係の雑務も残ってるし」

「まぁ、最初だけですよ。ところでお兄様、今日の修祓しゅばつはどんな内容なので?」

「今日の修祓しゅばつは、寂れた通りに出没する悪霊を何体か祓うだけだ。簡単な仕事だから、道具も霊珠や霊符以外必要ないだろう」

 一樹はそう言うと首をクルクルと回す。

 その仕草からも大分肩が凝っている様子が窺える。

「なら、私が付いて行っても邪魔になるだけですわね」

「ま、今日のところはお前もゆっくりと休んだらどうだ? 結構、歩き疲れただろう」

 沙耶香は兄の気遣いに笑みを返すと、図書館で遭遇した霊のことを思い出すのだった。

 そして、一樹に言った。

「お兄様。今日、不思議な霊に遭遇したのです」

「不思議な霊? なんだそれは」

「実は、F県立図書館での話しなのですが。えらく古い時代の格好をした霊と遭遇したのです。私のこれまでの経験では、そういった古い時代の霊は、悪霊という形でしか見たこと無いのです。ですが、その霊からは悪霊の放つ負の波動が感じられませんでした。お兄様はどう思われますか?」

 沙耶香の問いかけに腕を組んだ一樹は、目を閉じ暫く考えた後に口を開いた。

「古い時代の霊か。そういえば、最近、何処かでそんな霊を見た事があったような気がするなぁ。ンンンッ思いだせん」

「お兄様も目にしているのですか?」

 と、沙耶香はやや驚いた口調で言う。

「見た事ある気がするんだが、分からん。何かの見間違いかも知れんからな」

「そうですか……」

「ン、なんだ。そんなに気になるのか。その霊が?」

 一樹は難しい表情をする沙耶香が気になり、問い掛ける。

「はい。しかもその霊は、若い男に憑いている様に見えました。本当のところはどうか分かりませんが」

「若い男に憑いている、か。まぁ、いにしえの秘術を使う術者とはあまり関係がなさそうだから、そんなに気にする事でもないだろう。程々にしておけよ」

「はい、そうですね……」

 沙耶香はそうは言ったものの、あの時の光景が何故か頭から離れない。その為、返事も力ないものになってしまう。

 そして、今日一日はその事で頭が一杯になっているのであった。



 ―― 翌日 ――



 俺は今、自室のテーブル付近で寝転がりながらテレビを見ている。

 テレビの上にある時計はAM11時を表示しており、その下のテレビはツマラン旅番組の真ッ最中であった。

 そんなツマラン旅番組を何故見ているのかというと、鬼一爺さんと瑞希ちゃんがマニアックな歴史話に勤しんでいるからである。

 俺自身は、詳細な歴史には正直あまり興味が無い。まぁ呪術関連は別だが。

 その為、暇をもてあました俺は、とりあえずテレビをつけて適当に眺めているのだった。旅番組は偶々、電源を入れたらやっていただけの話である。

 さて、その瑞希ちゃんだが。今日はAM10時頃に俺のアパートに直接やってきた。出迎えに行こうかと言ったが、瑞希ちゃんは場所はもう知っているから大丈夫との事でそうなったのである。

 今日の瑞希ちゃんは、青いモコモコしたジャケットに黒いフリルの付いたスカートといった服装で、細い両足には黒っぽいチェック柄のニーソックスを穿いていた。全体的な雰囲気としては、シックな着こなしのわりに可愛さを滲ませる格好である。瑞希ちゃんのあどけない表情等もある為、余計にそう見えるのかもしれない。

 で、そんな瑞希ちゃんであるが、玄関を潜るなり、自分の部屋かの様に気兼ねなく寛いでいる。その様子は、此処に来るのが二度目とはとても思えないくらいである。

 また、瑞希ちゃんは剣道をやっているという事もあり、日本の古来から続く伝統や伝説等に興味が湧くようで、先程から鬼一爺さんに色々と質問をしているのだった。

 そのせいか、爺さんとの歴史談話中に「ウソォ」とか「エェェ、本当にィ」といった感じで、驚きを身体全体で表現していた。

 瑞希ちゃんにとって、この爺さんの存在というのは、ある意味シーラカンスの様なものなのだろう。生きた化石というか。もう随分前に死んではいるが……。

 そして、そんな瑞希ちゃんを見ていると、姫会長もそうなのだろうか? と考える自分がいるのだった。しかし、あの人の場合は戦国武将や武人等の武勇伝を特に好みそうな雰囲気ではあるが。

 そんな事を考えていると、瑞希ちゃんが俺に声をかけてきた。

「日比野さん、どうしたんです。あまり面白くないですか?……」

 と、やや悲しそうな声で話し掛けてくる。

 俺はそんな瑞希ちゃんを見るなり罪悪感が湧いたので、明るく振舞って返事をした。

「あぁ、違う違う。盛り上がってるところ悪いなと思ったから、俺は引っ込んだだけだよ。実は俺、歴史はそれほど詳しくはないからね。ハハハハ」

(涼一は、過去の事にあまり興味が無いのじゃよ。昨日、文化財とかいうのを見に行った時も退屈そうな顔をしとったわい)

 何故かここで、ジジイまでが俺の非難を始めた。予想外だ。

「エェ、それじゃ一緒に盛り上がれる話をしましょうよ。日比野さんも話に混ざってくれなきゃ駄目です」

 と、頬を膨らましながら瑞希ちゃんは言う。

 そんな少し怒った顔も可愛らしい表情だ。などと思いながら、俺は答えた。

「ゴメンね。それじゃ、何の話をしようか?」

「ン〜と、そうですね。お爺さんも混ぜての共通の話題という事で、幽霊の話を聞きたいなぁ」

 瑞希ちゃんは屈託の無い笑顔を俺と鬼一爺さんに向ける。

 そんな瑞希ちゃんに苦笑いを浮かべながら、俺は気になっていたある事を鬼一爺さんに尋ねるのだった。

「幽霊の話か……。そう言えばさ、俺、前から気になってた事があるんだよ」

(なんじゃ? 気になってた事というのは)

「あのさ、爺さんは何で着物を着ていられるんだ? 衣服って生物じゃないから霊体なんてないだろ。そこが前から気になってたんだよ」

「アッ本当だ。言われてみると服の幽霊なんて聞いたこともない」

 と、瑞希ちゃんは右手で口を覆いながら相槌を打つ。

 それを聞いた爺さんは、突如、大きな声で笑いながら言うのだった。

(フォフォフォフォ。お主、中々、面白い視点で物事を見るの)

「それは褒めてるのか、けなしてるのか、どっちだ?」

 俺は何故か馬鹿にされたような気がした為、やや怒気を込めてそう言った。

(勿論、褒めておるのじゃよ。涼一は今まで霊を見てきてどう思ったのじゃ? 大小様々に光り輝く球の霊魂に、我の様な生前の姿の霊。そんな様々な形の霊を見てきて何か気付かんかの)

「様々な形の霊……」

 俺は爺さんの謎掛けを頭の中で復唱する。

 隣を見ると、瑞希ちゃんも頭を捻っていた。「ウ〜ン」と唸っている。

 そんな瑞希ちゃんを見た後、俺は考える。服を着た生前の姿の霊と、球体の霊魂の違いを。

 俺が今まで見てきた服を着る姿の霊というのは、皆、何某なにがしかの思いが強いように感じられた。これには勿論、悪霊も含まれる。

 しかし、もう一方の光り輝く球体の霊魂からは、例外はあるが、あまりそういった強い思いというのが感じられないような気がしたのだ。

 そこで俺の脳内にある仮説が浮かんできた。

 そして、もしやと思い、鬼一爺さんに尋ねるのだった。

「爺さん。もしかして、生に対する思いの強さが、生前の魂の記憶からその姿を投影させてるのか?」

 俺の言葉を聞き、鬼一爺さんは笑顔で頷く。

 どうやら正解のようだ。

(フォフォフォ。そうじゃ、ころもの霊などではない。お主が今見ておる我の姿は、我の魂の記憶が映し出す姿なのじゃよ。そして、生への執着が強ければ強いほど、その姿は生前の姿になる傾向があるのじゃ)

 鬼一爺さんがそう解説すると、今度は瑞希ちゃんが爺さんに問い掛ける。

「エエッ! それじゃ、お爺さんは生に対する思いが強いのですか?」と驚きながら。

(あぁ、言い忘れとったが。我の場合は、そこ等辺の霊とは少し訳が変わる。それについては講釈はできぬので勘弁して欲しい。すまぬな、娘子よ)

「えぇ、そうなんだ。まぁ、いっか」と、瑞希ちゃんは軽く返事をする。

 俺はもう一つ気がかりな事があった為、それも尋ねた。

「爺さん。悪霊も服を着ているけど。負の感情が強すぎてもそうなるのか?」

(悪霊の場合は、色んな負の思念で出来ておるので、生前の姿というよりもその過程でそうなるとしか言えんの。まぁこればかりは我も正しくは答えられぬ。すまぬな涼一)

 確かに、悪霊の場合はそれらとは訳が違うので、そうなのかも知れない。

 俺がそう納得したところで、テレビから速報の時になる「ピコピコーン」という、いけ好かないチャイムの音が聞こえてくるのだった。

 俺達はテレビに視線を向けると、画面の上に白い文字のテロップが表示される。

 そこにはこう表示されていた。

 ――【ニュース速報】光民党党首の鴉川 幸雄 衆議院議員(54)が死亡。講演を予定しておりましたS県の宿泊先で、今朝方、関係者の手により発見された模様――

 といった内容のテロップが表示されたのだった。

「フゥン、政治家が死んだんだってさ」

「へぇ〜。心臓発作とかですかね?」と、瑞希ちゃん。

「かもね。中年の人というのは、ある時ポックリと逝ってしまう場合があるからな。まぁ若い人間でも偶にあるけどね」

 俺はテーブルに頬肘をつきながら言うと、爺さんが話しかけてくる。

(ところで涼一。もう昼じゃが、お主等はどこかに出かけるのではなかったのか?)

 爺さんのその言葉に瑞希ちゃんが真っ先に反応する。

「あぁ、もう12時20分ですよ。それに、今日は日比野さんが、お昼を奢ってくれるって言ってたので、楽しみにしてたんですから。エヘヘッ」

 瑞希ちゃんは満面の笑顔で俺にそう言うと勢い良く立ち上がった。

 そんな瑞希ちゃんを見上げた後、俺も重い腰を上げて立ち上がる。

 そして、大きく背伸びをして言った。

「ヨシッ、じゃあ行くか。と、その前に忘れ物ないか確認ッと」

 その後、俺達はアパートを出て学園町中心街へと進んで行くのであった。


 今日の高天智市内は晴天で文化の日という事もあり、屋内外問わず色んな公営施設で、それに因んだイヴェントが行われている様である。そして学園町もご多分に漏れず、各所で色んな催し物が行われているのだった。

 中心街を抜ける大通り両脇の歩道には、沢山の人々が行き交っており、これらの半数以上は、そういったイヴェント目的の様に俺の目には映る。

 俺達の進む先に見える茶色の大きな施設。高天智文化会館もそういった建物の一つらしく、建物の正面にある駐車場からは車の出入りが激しくなっていた。そこでは、何のイヴェントをするのか知らないが、その大きな駐車場は、ほぼ満車になっている様である。

 また、大通りに面したその駐車場入口では、シスの暗黒卿を思わせる赤いライトセ○バーのような棒を持ったオッサンが、しきりにそれを振って車を誘導をしていた。オッサンの振っている手の動きを見ていると、本物?のライトセ○バーなら、自分の足を切り落としてるかもしれないな、と。そんな有り得ない事を想像してしまう自分がいる。因みに俺はこの棒の名前を知らない。恐らく、これからも知る事は無いだろう。これも世のことわりだ。多分……。

 そんな事を考えながら、賑やかな文化会館の前を通り過ぎて行くと、途中で路地を曲がり、やや人気が薄くなる地域に移動した。

 其処はこの学園町でも珍しい、様々な形のビルや会社が軒を連ねる、ちょっとしたオフィス街といった感じの所なのであった。

 その為、この辺りにはイヴェント施設がないせいか、人通りも疎らになっている。また、休日という事もあり、どの会社を見ても営業している様子は無く、ビルの入口は固く閉ざされているのだった。

 そんな大通りの喧騒から離れたこの地域に、俺達の向かう洋食屋がある。

 因みにその店。実はこの地域に引っ越してきて初めて外食をした店で、俺にとっては非常に思い入れの深い店なのであった。

 そして、その目的の建物が見えてきた所で、隣を歩く瑞希ちゃんが前方を指差して言った。

「日比野さん。あそこに見える灰色のお店ですか?」

「そう、あそこだよ。結構、美味い店だから保証するよ」

 と、そんな会話をしている内に俺達は店の前に辿り着く。

 この店はコンクリート打ちっぱなしの外見で、清々しいほど何も飾り気が無く、全面がコンクリート剥きだしの様相をしている。その為、洋食屋としては地味な感があるのだが、玄関だけは異様に存在感を出しているのだ。

 玄関の頭上には、真っ黒い大きな看板が掲げられており、其処には、此処の店名とDBの神龍シェンロンに似た白い龍の絵が目に飛び込んでくる。

 そして、看板には明朝体の赤い文字で、こう名前が書かれているのだ。


 ――【レストラン 染味ジミー平治ペイジ】と――


 今年の春、この店に俺が初めてきた時は、親父と一緒だった。その時、親父はこの看板を見るなり、暫く玄関前で立ち尽くしていたのである。俺はそれが気になり、横から親父の顔を覗くと、どうやら感動している様子であった。

 後で聞いた話だが、どうも親父が青春時代にハマっていた、ロックグループのメンバー名と同じなんだそうだ。因みにレッド・ツェッペ○ンというグループ名らしい。

 この時の俺は、店があまりにも地味だから、開き直ってこの名前にしたのだろうか? と思っていたが、親父の話を聞いて『そうだったのか』と納得したのを憶えている。

 まぁ、それはさておき。俺と瑞希ちゃんは早速、その店内へと入ってゆくのだった。

 入口の重厚な茶色の扉を開くと、食欲をそそる香辛料の香りで店内は充満していた。空腹時にこんな空間に入ると、腹もグゥと鳴くというものだ。実際、俺の腹はグゥグゥ鳴いていた。

 そんな美味しそうな匂いのする店内に入った俺達は、空きテーブルがないか見回す。しかし、店内は一杯で空きが無いようである。

 俺が、やや諦めモードに入りかけたその時。真中辺りにあるテーブルに座っていた人が立ち上がったのだ。俺は心の中でガッツポーズをすると、瑞希ちゃんにその事を伝えて、まだ食器類の残ったそのテーブルへと移動するのだった。

 そこで俺は周囲を見回す。

 店内は以前来た時と変わらず、やや暗めの明かりのせいか、落ち着いた雰囲気の様相をしている。木製の丸いテーブルが何脚も綺麗に並んでおり、店内の所々に観葉植物が育つ鉢が置かれていた。そういった植物等の影響もあり、この店内は落ち着きと安らぎと食欲を与えてくれる空間となっているのであった。

 一方、奥の壁を見ると、レッド・ツェッペ○ンのライブ時の大きな写真が額縁に入れられて飾られていた。物凄い汗だくになって、長い髪を振り乱しながら変ったギターを弾く外人の写真である。衣装には表の看板に描かれているような龍の刺繍が入ったものを着ていた。

 親父はこの人が弾くギターの事を、ギブソンSGのダブルネックギターとか言ってたが、俺にはサッパリである。また、この写真を見たときの親父は、天国への階段がどうのこうのと訳の分からない事を言っていたが、これも俺にはサッパリなのでスルーしていたのだった。

 と、この写真を見ていたら、そんな当時の事を思い出す。そんな訳で、これも以前のままなのであった。

 俺と瑞希ちゃんは空いたばかりの席に座ると、店の人がやってきて俺達に頭を下げてから、前の人達の食器類を下げてゆく。そして、テーブルの上を拭いた後、メニューを持ってやって来たのであった。

 俺がそのメニューを眺めていると瑞希ちゃんが聞いてくる。

「日比野さんのお勧めってなんですか? 私、それが食べてみたいです」

「ン、お勧めかい? そうだな。以前、ここに来た時にオムライスを食べたんだよ。しかも、あのトロッとフワッとした感じの卵が上に乗るタイプのやつをね。絶品だったよ。それにする?」

 俺は当時食べた、あのオムライスのイメージを何とか伝えようと、ジェスチャーをしながら説明する。

 すると、瑞希ちゃんも俺から出てくる熱意が伝わったのか、両掌を組んで笑顔で返事をしてきた。 

「へぇ、そうなんですか? なんか楽しみです。じゃ、それにしますね」

 その返事を聞いた俺は、店の人にオムライスを二つ注文した。

 そして、オムライスが届くまで、俺と瑞希ちゃんは剣道の話やお互いの学校での話で盛り上がり、暫く間話し込むのだった。

 だが、そこで付近に居た妙な客が、場の空気を一変させてしまう。

「オイッ。一体、何時までまたせんだよ。フザケンナヨッ!」

 歳は十代後半から二十代前半くらいだろうか。

 頭が金髪ツンツンヘアーの目つきの悪い男が厨房に向かい吼えていた。

 両耳には秘鏡の奥地にいる未開の部族の様に、デカイ輪っかのピアスを付けていたのが印象的である。

 また、寝不足なのかどうか分からないが、顔色は青白く、目の下にクマが出来ている。何か妙な薬でもやってるのかもしれない。

 服装はダブダブの黒い服を上下に着ており、首筋にはタトゥーを入れてるのか、奇妙な黒い筋が見えるのだった。

 その男は気が短いようで、自分が座っていた椅子を蹴り倒し、厨房に向かって何やら威嚇を始めたのである。

 また、この男の居たテーブルには、スキンヘッドでDBのMrサタンの様な髭を蓄えた、ガラの悪い男がもう一人おり、そいつは暴走中の男を笑いながら見ているのだった。

 店内の客もシンとしながら、この成り行きを見守っていた。

 そして、スタッフの若い男は、その男に向かい必死に頭を下げているところである。

 俺の相向かいに座る瑞希ちゃんは、やや脅えた様子で、その男達を眺めているのだった。

「フザケンジャねぇぞ。何時から来てると思ってんだよ。今すぐもってこいやァァ」

「そうだよお前等、早くもってこねぇとコイツ何するかわからねぇぞ」

 といいながら、今度はスキンヘッドが凄い剣幕で若い男の店員の胸倉を掴む。

 この男達からは更にエスカレートしそうな雰囲気が漂い始めてきた。

 俺はどうしたものかと爺さんに視線を向かわせる。

 すると、鬼一爺さんは里見○太郎演じる、水戸の御老公様の様に満面の笑顔で頷き、口パクで言うのだった。

 そんな鬼一爺さんの口の動きを見ると、確かにこう言っていたのだ。

(涼さんや、懲らしめてやりなさい)と――

 それを見た俺は一瞬ではあるが、水戸黄門のテーマが流れた様な気がした。

 まぁそれは兎も角、俺は悩んだ。幾ら狼藉者ろうぜきものとはいえ、一般人に術を行使するのは少々躊躇ためらってしまう。だが、このまま放っておくと面倒な展開になりそうだったので観念して使うことにしたのだった。

 俺は大きく息を吐くと、一枚の符を霊符入れから取り出す。因みにこの霊符入れは、唯の財布だったりする。

 それはさておき。彼等の近くにいる瑞希ちゃんに、俺は少し離れるよう注意を促した。

「瑞希ちゃん。少し横に離れていてくれるかい」

「えッ? 日比野さん、何をするんですか? 一体……」

 瑞希ちゃんはやや脅えた口調で言う。

「ああ、大丈夫。心配しないでいいよ。少し彼等にお灸を据えるだけだから」

 俺の言葉を聞き、瑞希ちゃんは何かを悟ったのか、言われたとおりに横に離れる。

 それを確認すると、右手に持った霊符に俺の霊力を通す。

 そして強制的に霊符の力を解放して彼等を狙い打ったのだった。

 符から放たれた、やや薄紫色の霊力のほとばしりは彼等にぶち当たる。

 すると、面白いほど効果が現れるのだった。

「「ヒッヒィィィィ」」

 男達は奇声を発しながら突然へたり込み、床に尻餅をつく。

 その様は何かに恐れおののいている様にさえ見える。また、腰を抜かしたのか、彼らは満足に立てないようになっていたのであった。

 さて、俺が今使用した符術は唯の人払いの符術だ。

 だが、この符術。強制的に力を解放させて人や動物にピンポイントで放つと、物凄い恐怖心を植えつけるのである。

 しかも、肉体にではなく魂が直接影響を受ける為、こういった状況になっているのであった。

 そう、彼らは本能で恐れおののいてるのである。

 そして、彼らはお互いに支えあい何とか立ち上がると、何かに脅えるようにこの店からそそくさと出て行ったのだった。

 店内にいる全ての人間は、彼等の急激な変化についていけないのか、出て行った先を呆然とした表情で、ただただ眺めていた。

 彼らが玄関から出てゆくと、暫くシーンとした物音一つしない空気が店内に漂う。

 そんな中、瑞希ちゃんが俺に小声で聞いてきた。

「ひ、日比野さん。一体、何をしたのですか?」

「ンン、今のかい? 後で教えてあげるよ」

 といいながら、俺は周囲を警戒する様に見回す。

 すると、瑞希ちゃんは念押ししてくるのだった。

「絶対ですよ。ちゃんと説明してもらいますからね」と。


 俺はそんな瑞希ちゃんに苦笑いを浮かべると、溜息を吐きながら、まだ見ぬオムライスを待つのであった――


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