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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
2/64

弐ノ巻 ~鬼神 二

   【 壱 】



『……良し、うまくいった。さて、もう幾許いくばくの猶予も無い。このままでは明日にでも鬼神が目覚めしまう。この男の霊力を使い封印せねば』

 日比野涼一に憑依したこの老人は、掌を合わせた後、人差し指と中指を伸ばして印を組む。

 そして、拳銃を構えるかのように前に突き出して、呪文をゆっくりと唱え始めた。

 すると次の瞬間、呪文を唱えるにつれ、印を組んだ指先に青白い光が収束しはじめたのである。

 またそれと共に、涼一の身体自体も仄かに光を帯びていたのだ。

 呪文を唱え終えた老人は「ハッ」っという掛声と共に、収束した青白い光を大岩に向かい撃ち出した。

 この光景をもし人が見ていたならば、SF映画でレーザー銃を撃つシーンの様に見える事だろう。

 しかし、レーザー銃の様に破壊を伴うのではなく、大岩自体がその光を吸収しているという事が両者の違いを明確にしていた。そう、『力を大岩に分け与えている』というのが正しい表現のようである。

 だが、術を行使し始めてから5分程経過すると、そこで突然、ある異変が起きたのだ。

 なんと、憑依した老人が、涼一の身体から弾き飛ばされるように出てきたのである。

 そして涼一はというと、老人が弾き出されると同時に、バタリとうつ伏せになって地面に倒れ込んだのであった。

『なッ! そんな馬鹿なッ! 何故じゃ。何故、突然、操れぬようになったのじゃ。クッ仕方ない。成らばもう一度……』

 だがその直後、今度は黒い大岩に異変が現れた。

 なんと大岩の中心に、大きな亀裂がピシッと縦に走ったのである。

 またそれと同時に、地響きを上げながら、大地が震え始めたのだ。

 老人は、それを見るなり叫んだ。

『い、いかんッ! 封印が解けてしまう。先程の不完全な術の反動で封印が一時いっとき、弱まったのか。……クッ、これはもう、止められぬッ』

 大地の震えは次第に大きくなってゆく。

 またそれと共に、大岩に走った亀裂が更に広がりを見せ、岩が崩壊を始めだした。

 そして岩が真っ二つに割れた、次の瞬間!

 崩れゆく大岩から、一閃の強烈な光の柱が、天を貫いたのだ。

 するとその直後であった。

 なんと崩れ落ちた大岩から、深紫色の禍々しいオーラを身体に纏う人型の存在が現れたのである。

 だがしかし、それは人型ではあるが、明らかに人とはかけ離れた存在であった。

 姿こそ人間に似ているが、目は怪しく赤い光を放っており、髪は天に向かい逆立っている為、とてもこの世のモノとは思えない様相をしているのである。

 しかし、それ以外は人とさほど変わらず、衣服なども身に付けていた。

 服装は鎌倉時代から室町時代の武士の姿である直垂姿ひたたれすがたで、頭に侍烏帽子さむらいえぼしを被るという格好である。

 そして右手には、青白い光を発する長さ80cmはあろうかという日本刀を持っており、口からは、この世の物とは思えぬ程の呻き声をあげているのだ。


 老人はその存在に目を向けながら、険しい表情でボソリと呟いた。

『グッ、鬼神・建御雷神たけみかずちのかみが復活してしまったか。だが、このまま引き下がる訳には行かぬわッ。復活して間もない今ならば、まだ、何とかできるやも知れぬ。その為には、もう一度あの男に憑依せねば……』

 老人はそう告げるや否や、涼一に憑依を始めた。

 その直後、涼一の身体はムクリと起き上がる。

 そして、右手を鬼神に向かい突き出し、呪文を唱え始めたのであった。

「ノウモ……キリーク・カンマン……ア・ヴァータ』

 老人が呪文を唱え終えると、掌から直径30cm以上はあろうかという青い炎の玉が現れた。

 炎の玉を確認した老人は、建御雷神たけみかずちのかみの右手に狙いを定める。

 そして「ハッ」という掛け声の元、炎の玉を放ったのだ。

 炎の玉は勢いよく建御雷神に向かって飛んでゆく。

 だが復活したばかりでフラフラと足元がおぼつかない建御雷神たけみかずちのかみは、迫り来る炎の存在にまったく気付いていなかった。

 その為、炎の玉はまともに直撃する。

 青き炎の玉が、建御雷神たけみかずちのかみにアッサリ命中すると、爆発が巻き起こった。

 そしてその直後!


【グァァァァァ】


 建御雷神たけみかずちのかみの、物凄い雄叫びが響き渡ったのである。建御雷神たけみかずちのかみは片膝を着き、命中した右手部分を左手で押さえ、うずくまる。それから周囲に目を向け、襲撃者を探し始めたのであった。

 老人は命中したのを見届けると、距離をとり森の中に身を隠し、注意深く敵の被害状況を確認した。

 建御雷神たけみかずちのかみの右手は肘から下が吹き飛んでおり、右手にあった武具も離れたところに転がっていた。

 それを見た老人は、少しだが安堵の表情を浮かべた。

『ふぅ……今の段階で、奴の右手に持つ布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを吹っ飛ばす事が出来たのは大きい。これで奴の霊力の源は少しの間は断つことが出来る筈じゃ。後は、奴がそれを拾う前に、再封印せねば……な、何じゃ、また弾き出されッ……』

 老人が再封印を施そうと考えた、その時だった。

 またもや老人は、涼一の身体から弾き出されたのである。

『クッ、何故じゃ! も、もう一度』

 早く再封印をしようと焦る老人は、もう一度、涼一の身体に憑依しようと試みる。

 だがしかし……今度は憑依する事すら出来なかったのである。

『……こ、こやつ、まさか【幽現なる体】の持主なのか』

 老人はそう告げると共に、驚愕の表情で涼一を見詰めた。

 だが程なくして、老人は諦めたかのように、こう言葉を紡いだのだった。

『グヌゥ……もはや、これまでか……』

 と、その時であった。

【グウォォォォォ】

 建御雷神たけみかずちのかみが物凄い咆哮をあげ、膨大な霊力を身体全体から放出したのである。その瞬間、強烈な突風が辺りに巻き起こった。

 その威力は周囲の木々が折れそうな程であり、尚且つ、砕けた封印石等を吹き飛ばすくらいであった。

 しかし、異変はそれでけではない。

 先程吹き飛んだ建御雷神たけみかずちのかみの肘から下は、何事も無かったかのように新しい腕が生えていたのである。

 そして腕を再生させた建御雷神たけみかずちのかみは、腕の動きを確認しながら、攻撃者を探し始めたのであった。



   【 弐 】



 老人が再封印を諦めかけた頃、涼一の意識も戻り始めていた。

 涼一は頭を押さえながら起き上がる。

 だがその直後、視界に飛び込んできた惨状を見て、顎が外れそうになるほど絶叫したのであった。

【ウッウワァァァァ!】

 涼一の目に飛び込んできた建御雷神たけみかずちのかみの姿は、それはもう、恐ろしい形相で周囲に恐怖と物凄い霊圧を撒き散らしており、一般人の涼一でも本能で生命の危機を感じるくらいであった。

 体を震わせながら涼一は口を開く。

「な、な、何だよ、これッ」

 と、そこで老人は涼一の前で正座し、深々と頭を下げた。

『……すまぬ、旅の男よ。お主の折角の助けが無駄になってしもうた。復活を止められなんだ我を好きなだけ恨むがいい』

「へ? し、失敗? ってことは、この後の展開は……」

『お主の想像通りじゃ。物凄い災いがこの地に降り掛かり、未曾有の危機が到来する……』

 それを聞いた瞬間、涼一は慌てて老人に詰め寄った。

「アッサリ言うなッ!。ちょっと待てよ、爺さん。何とかしてくれよ。つーか、何とかできるんじゃなかったのかよ」

『何とかできる予定じゃったんじゃが……想定外のことが起きての。もう完全に手詰まりじゃ……すまぬ』

 老人は再び土下座をする。

 涼一は頭を両手で抱え、叫ぶ様に言葉を発した。

「マ、マジかよ。俺の家族や友人が下の街や村に居るんだよ! あんなんが麓に降りたら米軍だって対処できねぇよ。チクショォォ、俺だってまだ遣り残した事が沢山あるのにィィィ。こんな所でこんな化け物に殺されるなんて嫌じゃァァァ!」

 涼一は心の底から今の境遇を呪い、号泣した。

 そんな涼一を見た老人は、ここである一つの策が閃いた。

 しかし、涼一にそれを説明すべきかどうかを躊躇する。が、成功する確率は低いがそれしか方法が無い為、老人は意を決して涼一に語りかけたのだった。

『……策はひとつだけある』

「グス……どんな策だよ」

 涼一は鼻を啜り、涙を拭きながら聞き返す。

『お主は恐らく幽現なる体の持主。もしそうであるならば、我が吹き飛ばした布都御魂剣ふつのみたまのつるぎをお主自身が使い、奴の魂を切り捨てれば、鬼神返しが完成する』

「はぁ? 幽現なる体の持主ィ……何だよそれ」

『その説明は後じゃ。今は、やるか、やらぬか。ただそれだけじゃ』

「もし、俺がその幽現なる体の持主とやらじゃなかったら、どうなるんだよ?」

『剣に触れた瞬間、お主は剣に生気を抜かれて死ぬ。もう一度聞く。このまま座して死を待つか、それとも可能性に賭けて打って出るか。どっちじゃ?』

 涼一はその二択を思い浮かべたが、この状況で選べる選択肢は一つしかなかった。

 その為、吐き捨てるように涼一は返事をしたのである。

「クソッ、分かったよ。分かりましたよ。やるよ、やりゃ良いんだろうが。チクショォォ」

『分かった。では、手短に話す。先程言った布都御魂剣ふつのみたまのつるぎはアソコだ。そして、奴の魂だが、心の臓に剣を突き立てる事が出来ればそれで鬼神返しは完成する。これだけじゃ。では、我が奴の気を引いておく。その間に剣を拾い、問題なければ奴を討て。大丈夫、お主は幽現なる体の持主じゃ。我の言う事をもう一度だけ信じて欲しい』

 ムスッとしながらも涼一は返事をした。

「……分かったよ」

『今の奴はまだ復活したてで、動きも鈍い。それにまだ我々の隠れている所にも気付いてない。今ならお主でも討てる筈だ。では、行くぞ』

 そう告げた後、老人は建御雷神たけみかずちのかみの居る場所へと移動を始める。

 また涼一も、憮然としながらではあったが重い腰を上げ、渋々、移動を開始したのであった。



   【 参 】



 涼一は剣の落ちている場所に辿り着くと、青白く妖しい光を纏う布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを見て「ゴクリ」と生唾を飲み込んだ。

「ハァァ。ただ、フライフィッシングに来ただけなのに、何でこんな目に会うんだよ。クソッ」

 悪態を吐きつつも、涼一は徐々に剣に近づいてゆく。

 かなり接近したところで、歩みを止めると、ボソッと呟いた。

「なんか、嫌な感じの刀やなぁ、もう……」

 ここに来て手に取るかどうかを悩んだが、仕方ないと決心する。

 意を決した涼一は、緊張した顔付きで、ゆっくりと剣の柄へ手を伸ばしたのだ。

 それから、熱い物を触るかの様に、指先を一瞬だけ剣に触れて、すぐに手を引っ込めるという動作を繰り返したのである。

 何回かこれを繰り返した後、自分の体に異変が無いのを確認した涼一は、思い切って柄を握り締める。

 そして剣を手に取ると、ホッとしたように言葉を発したのだ。

「おお、なんか知らんけど大丈夫みたいや。とりあえず、あの何とかなる体とかいうやつみたいだ。……そ、それじゃ、あまり気が進まんけど。い、行くかぁ」

 涼一は自分を励ますように、自身に号令をかける。

 それから忍び足でコソコソと、建御雷神たけみかずちのかみのいる方向に移動を始めたのであった。



   【 四 】



 一方、その頃……。

 老人は建御雷神たけみかずちのかみの周囲を付かず離れずの距離を維持しながら飛び回り、注意を引き付けていた。

『むぅ……。しかし、復活したばかりとはいえ、何という霊圧じゃ。あまり奴に近づき過ぎると我までお陀仏じゃ。さて……あの男はうまくいったかの』

 老人は涼一のいる方向に視線を向ける。

 涼一は砕けた封印石の陰に隠れて、建御雷神たけみかずちのかみに攻撃を仕掛けるタイミングを窺っているところであった。

 それを確認した老人は、若干、笑みを浮かべる。

 そして建御雷神たけみかずちのかみを更に引きつける為、大胆にも、奴の前に躍り出たのだった。


『さて、あの男はどう見ても武士もののふではない。我がもう少し隙を作ってやらねば恐らく斬りかかれまい。少々危険ではあるがやむをえん。それに……800年の永きに渡る呪縛からお主ももう解放されるべきじゃ。お主と我が生きていた時代はとうに過ぎ去ってしまった。今生きる者達には、我等の事など最早関係の無い事じゃ。もう終わりにしようぞ、嘗ての弟子よ。ようやく我等を解放してくれる者に巡り逢えたのじゃ。あの幽現なる体を持つ男がこの地に来たのも、運命さだめに導かれたのかも知れん。少々頼りないがな』


 老人が突如前に出てきた為、建御雷神たけみかずちのかみは歩みを止めた。

 そして老人に掴みかかろうと右手を伸ばした。

 しかし、老人の方も自由の利く霊体である為、うまく避けていく。

 老人はそうやって、自身に注意を向かわせたのである。


 一方、涼一はまだ様子を窺っていた。

 涼一はフライフィッシングを練習するとき、岩陰に隠れ、魚に見えない角度からキャスティングするという状況を想像する事が偶にある。

 状況はまったく違えど、今の涼一と建御雷神たけみかずちのかみの間には、若干、似通った部分があった。

 だからなのかもしれない。

 この時の涼一は、老人とのやり取りを冷静に良く見定めていたのだ。

 だがそれも終わりを迎える。

 今が好機とみた涼一は岩陰からサッと飛び出し、建御雷神たけみかずちのかみの背後に駆け寄ると、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを勢いよく心臓に突き立てたのである。

 その刹那。


【グギャァァアァァ】


 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎを心臓に突き立てられた建御雷神たけみかずちのかみは、一瞬動きを止めた後、雄叫びをあげ、身体中から閃光がほとばしった。

 それはまるで、蓄積した力の全てを噴出するかのような光景であった。

 真後ろにいた涼一は、その煽りをモロに受けて10m程吹き飛ばされる。

 またそれと同時に、台風のような風が辺りに吹き荒れ、周囲の木々を揺らしながら、木の葉や枝などを上空に巻き上げたのだ。

 しかし、それらも1分程で治まり始める。

 それから程なくして風は止み、その中心にいた建御雷神たけみかずちのかみは燃え尽きたかのように、白い灰となって崩れ去ったのであった。



   【 四 】


 周囲には静寂が訪れる。

 老人は両手を合わせ、先程まで存在していた建御雷神たけみかずちのかみに黙祷を捧げていた。

 涼一は仰向けで大の字になり、焦点の定まらない目で、青い空を見上げていた。

 辺りがシンと静まり返る中、涼一は口を開いた。

「は、ははっ。この話多分、親やダチに言っても信じてくれんやろうなぁ……俺自身、夢でも見てた様な気分や」

『間違いなくあった話じゃ。それと、良くやってくれた……。あの鬼神の正体は、我の嘗て弟子であった男じゃ。お主は我等を長きに亘る呪縛から救ってくれたのじゃ。改めて礼を言うぞ』

 老人はそう告げると共に、涼一に頭を下げた。

「そうだったのか……。爺さんも色々とあったんやな。ま、それは置いておいてだ。もうこれ以上怪物は出て込んだろうな、爺さん?」

『さすがにもうおらぬわ。安心せい。これで我も800年の永き呪縛から解放されたというわけじゃ。礼を言うぞ。お主のお陰じゃ』

「800年か……。あ、そうだ。爺さんが言っていた【幽現なる体】の持主だっけ、あれって何なんだ?」

 老人はポンと手を打つと言った。

『おお、そうじゃった。それを説明せなんだな。まぁとりあえずじゃ。お主、一度周りの森に目を向けてくれぬか』

 涼一は体を起こすと、老人の言葉に従って森を見た。

「へ? 森がなんか関係あんの……って、何じゃこりゃァァァ」

 視界に入ってきた光景を見るなり、涼一は思わず叫んだ。

 何故ならば、周囲の森には、優しい光を放つ大小様々な球体が漂っていたからだ。

「オ、オイ、爺さん。何なんだよコリャ……変な光が沢山漂っているぞ」

『やはりか。答えを言うと、それは全部霊魂じゃ。ただし、人だけではなく、この世に生を受け死んだ生き物の霊魂じゃがな』

「ナンダッテェェェ。今までこんなん見た事なかったぞ。何で突然こんなの見える様になるんだよ」

 涼一はそう言って、周囲の霊魂を指差した。

『それなんじゃが……。我が先程、お主に憑依して大岩に封印強化の術を施したとき、何回か弾き出されたのじゃが、恐らく、我がお主の霊力を使ったのがきっかけになり、魂の波長と生命の波長が同じになって一体化してしまったのじゃろう。ほぼ全ての人間の、魂と生命の波長はズレておるからの。生まれつき霊感の強い人間でも、波長のズレが少ないというだけで、まったく同じ波長というわけではないんじゃよ』

「一体化? なんか良く分からんけど、言いたい事はなんとなく分かる。ハァ、そうなんや……って、ちょっと待て! その前の憑依って何だよ……まさか途中の記憶がないのってもしかして」

 涼一は目を大きく見開くと頭を抱えた。

『もしかしてじゃなくて、その通りじゃ』

「マジかよっ。聞いてねぇぞ、そんな話。俺を騙したな、このジジイ。簡単で安全な事じゃなかったのかよ」

『しょうがないじゃろが。本当の事言ったら手を貸してくれたか? 我も嘘など吐きとうなかったわ。もはや、手段を選べる状態じゃなかったのじゃ』

 このまま言い争っても平行線を辿ると思った涼一は渋々、怒りを鎮める。

「ハァ、まぁいいや。取り敢えず話を戻すぞ。さっきの説明を聞く限りやと、【幽現なる体】の持主というのは、四六時中幽霊が見えるって事か?」

 老人は頷く。

『そうじゃ。じゃが見えんようにする方法が無い訳ではない』

 涼一は勢いよく老人に体を寄せると言った。

「今すぐ教えろッ、その方法とやらを」

『いいじゃろ。どの道、お主には避けては通れん事やしの。さて、その方法じゃが。お主、我の弟子になれ』

「は? 何でそうなんの」

『今、避けて通れんと言ったのには理由があるのじゃよ。【幽現なる体】というのは非常に珍しい才でな。霊の住む幽世かくりよと生命の住む現世うつしよという二つの世界の理を知る事ができるのじゃ』

「そんなもん、知りたくないけどな」と老人に流し目を向けながら涼一は言った。

『まぁ、そう言わずに聞け。それで問題なのは、今のお主が、幽世かくりよ現世うつしよの本来交わる筈の無い両方の世界で存在しておるという事じゃ。当然、幽世かくりよの者達にも今のお主は見えておる。そして、幽世かくりよの者達の中には害の無いのも居れば、当然、悪霊もいる。という事はどうなるかわかるじゃろう。つまり、今のお主は、霊障に人一倍遭いやすいという事なんじゃ』

「な、なんだよ、それ。さ、最悪じゃねぇか」

 涼一は口元をひくつかせる。

 老人は言う。

『だから、お主はこれから術や霊力を操れる様に修行せねばならぬのじゃよ。我の責任でこうなったのも事実じゃし、せめてもの償いじゃ。我の全ての知識と技をお主に伝えよう。その中の術を使えば見えぬ様にする事も見える様にする事も可能じゃからの』

 老人の説明を聞いた涼一は、ロダンの考える人のような仕草をすると、溜息混じりに呟いたのである。

「一難去ってまた一難か……。はぁ〜他に方法がないしな。俺自体がそっち方面は素人やし。ところで爺さん一体何者だ? やけにマニアックな職業のようやけど」

『我か、我の名は鬼一法眼きいちほうげん。その昔、京で陰陽師をしておった事もある』

「へぇ〜、爺さん陰陽師なんか。俺も安倍清明なら知ってるぞ。映画にもなってたし」

『ほう、安倍清明か。有名どころじゃの。だが、我も京ではそれなりに名は知られておったぞ。今の世ではどうか知らぬがな』

「へぇそうなんだ。あ、そういえば俺も名乗らないとな。俺の名前は日比野涼一。涼一って呼んでくれ。これからよろしく頼むわッ鬼一爺さん」

『鬼一爺さんか、まぁよかろう。好きに呼べ。ところで我は800年後の世がどう変わったのかずっと気になっておったのじゃ。これからは自由に動けるからの。楽しみじゃわい』

 鬼一法眼はそう言うと、ニコヤカに笑顔を作りながら大きく背伸びをする。

「多分、驚くと思うぜ。もう、武家社会じゃないからな。ま、それだけじゃないけどね」

『ほう。おっと、そうじゃ言い忘れておった。涼一、建御雷神たけみかずちのかみが消滅した所を見てみろ』

 涼一は、鬼一法眼きいちほうげんに促された方向に目を向ける。

 そして驚愕の表情を浮かべたのであった。

 何故ならば、先程、自分が振るった布都御魂剣ふつのみたまのつるぎが、未だに青白く妖しい光を発しながら、其処に存在していたからである。

 涼一はそこで立ち上がると、剣の付近へと恐る恐る近づき、鬼一法眼に訊ねた。

「なぁ、鬼一爺さん。この刀は一体なんなんだ? 名前はどっかで聞いた事があるような気がするけど」

『この刀には、建御雷神たけみかずちのかみの分霊、布都御魂ふつのみたまが宿っておる。これも、鬼降ろしの呪法で出来た代物じゃ。本体の建御雷神たけみかずちのかみを降ろす為に必要な術具だからの』

 涼一はそれらの名前に聞き覚えがあったので、首を傾げながら言った。

「さっきから気になってたんだけど。その二つの名前って、鬼というより神様なんじゃないの? 確か、八百万の神々だったっけ」

『……鬼と神は同じ存在じゃ。人の都合で勝手に神と鬼に分けているだけじゃからな。まあ、神にしておけば民の心を集めやすいからの、世の支配者には色々と都合がよいじゃろ』

「なんか妙に納得する話だ。ま、それはそれとして。この刀はどうするんだ?」

『先程も言うたが、分霊とはいえ鬼神の武具に生身で触れる事が出来るのは【幽現なる体】と鬼降ろしをした者のみじゃ。よってこれから先は、お主の元で管理した方が良いじゃろな』

「ウワァ、やっぱりか。でも、人の生気を吸い取るような超危険物は、確かに此処に放って置くには不味いよなぁ。しゃあないか」

 涼一は観念したかのように項垂れると、恐る恐る刀を手に持った。

 そして、その研ぎ澄まされた刀身が発する妖しい光に、薄ら寒い雰囲気を感じとったのである。

「なぁ、これって元は唯の刀だったんだろ? 鬼一爺さん」

『ああ、当時の非常に優れた刀匠、五郎入道正宗が鍛錬した業物だと聞いた。この刀も元を辿れば御神体として何処かの神社に奉納されていたものだそうじゃ。文字通り御神体になったのは皮肉な事じゃがな』

「確かにね……。でも、どうすっかな。これ隠していかないと警察に通報されて銃刀法違反で捕まっちまうよ」

『なんじゃ、今の世はそんな法があるのか?』

「そうなんだよ。参ったなぁ。あ、そういえばリュックにタオルを入れてきた筈だ。タオルでグルグル巻きにして隠しとこう。うん、そうしよう」――


 ――っとまぁそんなわけで、幽現なる体というものに目覚めてしまったわけだが、これから先、俺は世にも恐ろしい体験する事になるのであった。

 なぜなら、二つの世界が見えて、見られてしまうというのは想像以上に厳しい事だからだ。

 その為、次々と起こる理不尽なトラブルに疲れた俺は、誰にも言えない体験をこうやって書き綴る事で、日々のストレスを解消することにしているのである。

 そしていつの日か、俺と秘密を共有できる様な人間に出会った時の事も考えて、この最悪な体験を記しておこうと思ったわけなのだ。

 ま、最近は鬼一爺さんから術や霊力の理論を学んでいるお陰で、最初の頃と比べると大分マシになったのが救いだろうか。

 まぁとにかくだ。こうなった以上は、もうどうしようもないので、前向きに考えて生きてゆくしかないのである。

 

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