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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
19/64

拾九ノ巻 ~遭遇

   【壱】



 今日は土曜日。

 いつもの日課である真言術の朝練を終えた俺は、朝食を食べた後、床に寝転がりながらくつろいでいた。

 俺の視界には、やや黄ばんだ感じのする白い天井が入ってくる。前の入居者は、喫煙者だったのだろうか? フト、そんな事が頭を過ぎる。が、考えても仕方ない事なので、直ぐに頭から離れていった。

 テレビの方に視線を移すと、鬼一爺さんが宙に浮きながら朝のテレビニュースを熱心に聞き入っていた。そんな爺さんの姿をボーと眺めた後、俺はまた天井に視線を戻した。そして、黄ばんだ天井をぼんやり眺めながら、これからの予定を考えたのであった。

 今日は午前中がフリーで、昼の3時半から夜6時半までが、剣道愛好会での練習といった感じになっているからである。そういった予定である為、朝食が終わってからは、暫くの間、時間を持て余す事になるのだ。

 テレビ台の上に置かれたデジタル時計はAM7時半を表示している。

(練習まで8時間もフリータイムがあるのか……何すっかなぁ。ン?)

 するとそこで、テレビニュースを見終えた鬼一爺さんが、俺の隣にやってきた。

『涼一、今日はこれからどうするのじゃ。何もする事はないのかの?』

「まぁそれをどうするか、今考えているところなんだよ。練習まで時間があるからね」

 俺がダルそうにそう答えると、鬼一爺さんは少し考える仕草をした。

『そうか……なら、我の我侭わがままを聞いてくれぬか?』

「我侭? 何だ一体?」

『お主、この間言っておったろう。我のいた時代から今の世まで、受け継がれている物や書が沢山あると。我はそれが見たいのじゃ』

「ああ、文化財のことか。まぁ別にいいけど。でも、この高天智市内の物しか時間的には無理だよ。それでもいいのか?」

『構わぬ。なら早速、案内してくれぬか。どのような物が残っておるのか、ずっと気になっておったのじゃ』

「そっか、何かあったかなぁ……」

 俺はどこに案内するかを暫し考える事にした。

 しかし、考えたところであまり遠くには行けない為、高天智市内にあるF県立歴史民俗資料館に向かう事にした。

「それじゃ、ちょっと待っててくれるか。今、用意するからさ」

『おお、構わぬぞ。急かしてすまぬな、涼一』

 俺はクローゼットの中から適当に衣服を取り出した。

 今日の格好は、白いパーカーに黒いパンツといった地味な服装をチョイスした。この組み合わせにしたのは別に大して意味はない。何となくだ。

 準備を終えた俺は、早速出掛けることにした。

「それじゃあ、爺さん。もう準備は出来たから行くか」

『おお、すまんの。では、出発じゃあ』――


 アパートを出た俺達は、学園町の駅へと向かい歩を進めた。

 今から向かうF県立歴史民俗資料館だが、場所は俺の住む学園町からやや離れたところにあるので、公的な移動手段が電車かバスになってしまうのだ。

 外に出てみると、早朝の修練をしていた時は霧がかなり深かったが、日が昇ってきて暖かくなってきたせいか、多少、見通しが良くなってきていた。

 とはいえ、薄っすらとした白い靄が辺り一面に広がっており、数十m先は見えないという感じではあったが……。

 おまけに、視界が悪い中を進んでゆくというのは気持ち悪いもので、幾らいつも通る道とはいえ、迷ってしまいそうな不安感が押し寄せてくる。

 また、人の姿も見られない為、ここには本当に人が住んでいるのだろうか? などと馬鹿げた事も考えてしまうのであった。まぁそんな風に考えてしまうのも、否が応でも視界に入ってくる霊魂のせいなのだろう。まるで死者の国といった感じである。

 まぁそれはさておき、駅に着いた俺は、F県立歴史民俗資料館のある坂木町までの切符を購入すると、改札の方へと向かい進んで行った。

 するとそこで、予想外の人物と出会う事になったのである。

「あれ、日比野さんじゃないですか。どうしたんですか? こんな朝早くに」

 そこにいたのは、高天智聖承女子学院のジャージに身を包む瑞希ちゃんであった。いつもの様にサイドテールに纏めた髪が印象的である。

 瑞希ちゃんは今から部活動か何かなのか、右手には白い竹刀袋を持っており、背中には丸い鞄を背負う格好をしていた。

 全体の格好としては、上下紅い色のジャージで、その上から白っぽいフリースのようなものを着るといった感じだ。

「ああ、今から坂木町までね。瑞希ちゃんは今から部活かい?」

「はい、そうなんです。ッて、日比野さん、今日は剣道の練習はないのですか? 昨日、練習があると言ってませんでしたっけ」

「あるよ。ただ、武道場の使用が3時まで出来ないんだよ。なんでも、柔道部が他校と練習試合をするみたいでさ。まぁそんなわけで、それまでの時間つぶしをね」

「時間つぶしって、坂木町で何するんですか?」

「ああ、それかい。鬼一爺さんが歴史文化財を見たいって言うもんだからさ。それで、F県立歴史民俗資料館へ行こうと思ってね」

 それを聞くなり何か思い立ったのか、瑞希ちゃんは俺の隣に来ると小さな声で囁いた。

「日比野さん、今、少しだけ時間いいですか?」

「ん? まぁ10分くらいならいいよ」

「じゃ、コッチに来てくれますか」

 瑞希ちゃんは俺の手を引き、駅の片隅にある無人の長椅子へと向かった。

 そして、その長椅子に腰掛けたところで瑞希ちゃんは周りを気にしながら、静かに口を開いたのである。

「日比野さん……今、お爺さんているんですか?」

「ああ、いるよ。ここに」

 と、言いながら俺は自分の隣を指差した。

「日比野さん、お爺さんて姿を隠したままでも話って出来るんですか?」

「姿を隠したまま……か。まぁいいや、聞いてみるか。できるの、爺さん?」

『フム、まぁ出来ん事はないが、何か聞きたい事があるのか? 娘子よ』

 と、爺さんが話しだした途端、瑞希ちゃんは身体を乗り出した。

「あ、聞こえる。お爺さんの声聞こえます、エヘへっ。っと、それは置いておいて。この間、聞きそびれちゃったんですけど、お爺さんて、何時の時代の方なんですか?」

 鬼一爺さんは遠い目をしながら答えた。

『フム、何時の世か……。我が生きておった世は、丁度、源氏と平氏がこの国の覇権を賭けて争っていた戦乱の世じゃ。今から凡そ800年程前という事になるのかの』

「エェェ、そんなに昔の方だったんですか? ビックリしました。私、江戸時代くらいかと思ってたので」

 瑞希ちゃんは口を両手で覆いながら驚く。

『何じゃ。当てが外れたかの?』

「いいえ、違いますよ。ただ、最近そういう日本史にも興味を持ち始めたので、お爺さんに色々と聞きたいなぁ、なんて思ってたんですよ」

 といった感じで、爺さんと瑞希ちゃんは盛り上がっていた。

 だが、電車の来る時間が差し迫ってきている為、俺は二人の会話に割り込んで代案を出す事にしたのである。

「瑞希ちゃん、話し込んでいる最中にすまないけど。今度、お互いに時間を作って話でもしようよ。今の俺達はそこまでゆっくりと出来ないからね」

 俺の言葉を聞き、瑞希ちゃんも自分の腕時計を確認する。

「そうですね。私も部活がありますし。明日はどうですか? 一応、明日は剣道部はお休みなんですよ」

「明日かぁ。まぁ今のところは大丈夫だと思うよ。文化の日は、会長も何か用事があるようなこと言ってたからね。ただ、うちの会長がどう判断するかまだ分かんないけどね。自分が居なくても練習はさせる可能性があるから。まぁとりあえず、今日の練習が終わったらまた連絡するよ。それでいいかい?」

「はい、いいですよ。じゃあ待ってますね。私、日比野さんともお話ししたいですし」

 瑞希ちゃんはそう言うとニコヤカに微笑んだ。

「じゃあ、そうしよっか。部活遅れないようにね」

「わかってますよ。じゃあ、日比野さんまた後で」――


 瑞希ちゃんとそんなやり取りをした後、俺は電車に乗って目的の歴史民俗資料館へとやってきた。

 時刻は8時45分。因みにまだ資料館の中には入っていない。なぜならば、開館が9時だからだ。

 その為、俺は資料館の隣にある小さな公園で暫く待つ事にした。砂場とベンチと鉄棒だけのヒッソリとした公園である。

 周囲には人の姿は見えない。よってここに用があるのは俺達だけのようだ。

 鬼一爺さんはユラユラと宙に浮かびながら資料館を眺めている。時々、ああやって空を飛んでるのを見かけると羨ましく思う事がある。しかし、実行しようと思うと俺自身が死ななければならない為、勿論、却下である。

 まぁそれはさておき、この歴史民俗資料館は5年程前に竣工した新しい建造物である。

 3階建ての四角い建物で、床面積もかなり広いように感じた。全面が白い外壁になっており、幾つかある黒い窓枠がとても印象的である。また、なぜか分からないが、シースルーデザインのモニュメントや奇妙な形の像なども置かれており、一見すると歴史民俗資料館ではなく、美術館のような印象を受ける造りになっていた。多分、設計の段階で間違った方向に進んだのだろう。

 資料館の入り口は両開きの自動ドアになっており、そのガラスドアの向こうには、紅く綺麗なカーペットが通路に敷かれているのが見える。これは俺の主観だが、その光景はホテルのロビーのような佇まいであった。

 正直、センスを疑う装いをした施設である。

 残念なのは、まったく歴史の片鱗が垣間見えないという事だろうか。

 だがまぁ、別に俺が損をしている訳でもないので、暫くすると、心底、どうでもよくなっていった。好きにしなさいといった感じである。

 そんな事を考えながら待っていると、自動ドアが開き、頭の薄いオッサンが一人現れた。

 オッサンは自動ドアの前にある『開館時間はAM9時〜PM4時30分』と書かれた看板を脇に移動させる。そして、また中へと戻っていったのである。

 どうやら開館時間が来たようなので、俺は鬼一爺さんを呼び、資料館の中へと入ったのである。


 資料館に入ると、入口左手にある受付で入館料金を求められた。

 受付の壁には、ご丁寧にも大学生以上は200円と書かれている。

 俺は入館料を払い、一階の縄文時代から古墳時代にかけての文化財から、順に見て行くことにした。

 因みに、鬼一爺さんは中に入った途端に自由行動である。

 まぁそれはさておき、周囲を見回すと、薄々予想はしていたが、資料館というより美術館に近い雰囲気であった。

 確かに文化財が置かれているのだが、なぜか違和感があるのだ。

 恐らく、周囲の真っ白い壁に設けられた黄色い壁灯や、床に敷かれた紅いカーペットの所為だろう。それらがあまりにも現代的過ぎて、歴史遺産が放つ古めかしさをかき消しているのである。

(F県さんよぉ、なんか違うんじゃねぇの?)などと思いながら、俺は入ってすぐにある縄文式土器のコーナーを眺めていた。

 そこにはガラスのショーウィンドウにズラッと並べられた、茶色の土器やそれらの破片が、白いライトに照らされて存在をアピールしていた。まるでショータイムである。

 しかし、俺はこういった古代日本史にはあまり興味が無い為、それら全てが幼稚園児の工作した一品に見えて仕方ないのだった。

 物凄い曲がりくねった壷なんか見ると、製作した人は癇癪かんしゃく持ちだったんだろうか? などと現代的な考え方をしてしまう自分がいる。

 そして、そんな事を考える自分が、酷く場違いな気がしてきたのであった。まだ、5分しか経ってないのに……。

 まぁ、そうはいってもお金を払っているので、一応最後までは見ていくとしよう。

 一階は時代的にかなり古い為、似たような物ばかりであった。

 だが、退屈そうにそれらを見ていると、俺の前方に愉快なポーズをした埴輪はにわが現れたのである。格好は「シェー」といった感じだ。こういえば、何となく分かってもらえると思う。

 で、この埴輪はにわだが、俺はこれを見た時、古代人というのはあなどれない人達だと思ったのである。なぜならば、この造形を見る限り、相当にユーモア溢れる人達だと思ったからである。現代風に言うなら、土のアーティストといった感じだろうか。

 これらの埴輪のポーズは、正直言うとハッキリ言って意味が分からない。だが、そんな事を忘れさせるくらいの、記憶に残る造形なのである。

 多分、こんな事を思うのは俺だけじゃない筈だ。そして、この古代人達の造形センスは現代にも通じるような、そんな気さえするのであった。

 俺はそんな事を考えつつ、この埴輪達をショーウィンドウ越しに眺めていく。

 するとそこで、埴輪達の隣に置かれた説明書きが、俺の目に飛び込んできたのであった。

 それは驚きの説明書きであった。

 なんとそこにはこう書いてあったのである。


【人物埴輪や動物埴輪などは、行列や群像で並べられており、葬送儀礼を表現したとする説があります】


 俺は我が目を疑った。葬送儀礼? この記述と「シェー」の埴輪はにわを交互に見比べる。

 そして、出てきた結論は、『古代人はあなどれないッ!』であった。

 恐るべき、古代人のユーモアである。



   【弐】



 涼一がアパートを出た頃の話である。

 そこは学園町の住宅団地となっており、大小様々な集合住宅が立ち並ぶ所であった。

 その一画に、最近建てられたばかりの比較的大きな賃貸マンションがあった。

 マンションの外壁はレンガを積み上げたかのような赤いタイル貼りになっており、上から下までが全てそれで統一されている。周囲にある集合住宅の色が白や灰色といった感じである為、非常に目立つ建物であった。

 そんなマンションの一室に道間兄弟は住んでいた。

 部屋の間取りは3LDKで床面積も広く、日当たりの良いところである。

 この部屋に沙耶香と一樹は昨日から過ごしており、二人は今、バルコニーの前にあるリビングで、ゆったりと朝の紅茶を楽しんでいるところであった。

 一樹は白いカッターシャツに青いジーンズといった格好をしており、テーブルを囲うようにして置かれたソファに寄りかかりながら、朝のテレビニュースを見ていた。

 沙耶香は青い長袖のシャツと黒いデニムスカートといった格好をしており、テーブルの前に正座で座りながら紅茶の香りを楽しんでいるところであった。

 室外のバルコニーからは、白く優しい光がこの部屋に差し込んでいる。また、そういう影響もあってか、時間の流れがゆっくりと感じさせる空間となっていた。

 そんなゆったりとした雰囲気の中、沙耶香が一樹に話しかけた。

「お兄様、今日はお仕事の方はお休みなのですか?」

「ああ、今日は学校の方は休みだ。しかし、まさか俺までこの学校に関わるとは思わなかったよ。それも、女子学院高等部の教師をする事になるとはね」

 と言って、一樹は少し項垂れる仕草をした。

「仕方ありません。お父様がここの理事長の知り合いですから。それにこうなったのは、お兄様が地理歴史の教員免許を持ってたからじゃないですか」

「確かにそうだが、俺は今年大学卒業したばかりだし、尚且つ、もう家で働いてたからな。予定外だよ。まぁ、これも道摩家の事だと思って割り切るしかないか」

 そう納得させるよう自分に言うと、一樹は紅茶を持ち、口にティーカップを運んだ。

「ところで沙耶香、今日のお前はどういう予定なんだ? 俺は一応教師だから、今日は今後の事について色々としなければいけない事がある。まぁそれと、夜は『鎮守の森』から修祓しゅばつの依頼を1件受けているしな」

 沙耶香はその問い掛けに暫し考える。

 しかし、これといって予定というものは無い為、沙耶香はこの高天智市内を散策してみようと思ったのである。

「私はまだ、この地の事があまり分かりません。それで少し、この街を散策してみようと思ってます」

「まぁ、それもそうだな。俺は暫く張り込みをしていたからある程度は分かるが、沙耶香は初めてだからな。それもいいだろう」

「では、お茶を飲んだら私は外出の準備をします。お兄様は何かあった時の為に、携帯電話の電源は入れておいて下さいね」

「ああ、それは分かってるよ。まぁ、お前もゆっくり楽しんで来い。それと迷子にはなるなよ」

「それはご心配なく」――


 その後、沙耶香は市内を少し散策し、いつしかF県立図書館のある坂木町へと来ていた。時刻は11時頃。

 この図書館は3階建ての建造物で、F県の誇る最大面積の図書施設であり、蔵書数も県内最大である。

 横長のやや灰色っぽい巨大な建物で、その佇まいは地面にどっかりと根を下ろし腰を据えている様にさえ見える。また、その手前に大きく広がるアスファルトで覆われた駐車場の存在が、この図書館をより一層大きな建造物に見せているのであった。

 入口は大きく飛び出た鉄筋コンクリートの下屋があり、その真下の左右には、下屋を支える円筒状の太い柱が頼もしく建っている。また、その奥で幅の広い両開きの自動ドアが待ち構えるといった感じの玄関になっていた。

 今の時刻が11時頃という事もあってか、利用者の数も多く、玄関は人の出入りが多くなっていた。

 そんな県立図書館に向かい、沙耶香は歩を進めてゆく。

 沙耶香が図書館に訪れたのには、勿論理由がある。ここにはF県の歴史や文献、そして資料等を扱った書物がある為である。

 沙耶香は以前の霧守高原での経験から、ここで伝えられている嘗ての風習や伝説等の郷土資料を紐解き、失われた古の秘術の手掛かりを探そうと考えていたのだ。

 図書館に辿り着いた沙耶香は、入口の付近にある館内の大きな見取り図を眺めた。

 そして、見取り図に書かれている郷土資料コーナーという箇所を確認した後、そこに向かい歩き始めたのである。

 郷土資料コーナーは図書館一階の端にあり、そこには幾つもの木製の棚が、軒を連ねるように並んでいた。その全ての棚には、沢山の書物がびっしりと並んでいる。

 沙耶香は早速、嘗ての文献等について書かれた資料を探そうと棚の前へと歩みだす。

 しかし、その時であった。

 一人の気になる人物が沙耶香の目に飛び込んできたのである。 

 郷土資料コーナーの奥には、先客で若い男が一人いたのだが、問題はその男の後ろにいる存在であった。

 その男の後ろには鎌倉時代の武士等が着ていた紺色の直垂姿ひたたれすがたをした老人の霊が漂っていた為である。

 こんなタイプの幽霊を見たことが無かった沙耶香は、思わずビックリして「アッ」と大きな声を上げてしまった。

 その声を聞き、男と老人の幽霊は沙耶香にいぶかしげな視線を向ける。勿論、この男と幽霊は涼一と鬼一法眼である。

 沙耶香は迂闊にも声を出してしまった事に気付くと、恥ずかしさのあまり頬を赤く染めて、涼一に向かい、丁寧に頭を下げて謝った。

「あ、あの……突然、変な声を出してしまい、すいません」と。

「ああ、別にそんな謝らなくていいよ。何も気にしてないから」

 沙耶香は涼一の表情を見てホッとすると、自分も今日の目的である郷土資料の棚へと進んで行く。

 そして、ある棚の所で立ち止まると、そこで考えるのだった。

 今見た幽霊の事をである。

 涼一はある程度棚を物色した後ということもあり、暫くすると郷土資料コーナーから別の所へと移動していった。

 だが、それと同時に鬼一法眼も涼一と共に移動した為、この遭遇により二人の姿が不幸にも、沙耶香の脳裏に焼き付いてしまう事になるのであった。 



   【参】



 鬼一爺さんは図書館からずっと難しい顔をして首を傾けている。

 俺はそんな爺さんが、やや気になったので、周囲に人の居ない寂れた公園を見つけると、そこに移動して小声で話しかけた。

「爺さん……どうしたんだ一体。また、何かヤバイ事でもあるのか?」

 俺の問い掛けに、爺さんは腕を組み、困った表情で話し出した。

『参ったのぅ……先程の娘じゃが、我の姿が見えておったの』

「へ? そうなの。なら、霊感が強いからじゃないのか」

『涼一には話してなんだが。今の我の霊圧では余程の事がない限り、幾ら霊感が強かろうと普通の人には見える事はない。じゃが、霊力の扱いに長けた者は話が別じゃ。特に霊視の修練を積んだ者ならば、今の我の霊圧ならば見ることが出来よう。という事は、何が言いたいのか分かるじゃろう』

「という事は、あの子は霊力を扱えて、尚且つ、霊視の修練を積んだ者の可能性が高いということか……」

 爺さんは無言で頷いた。

『どうやら、その様じゃ。あの娘子は要注意じゃな。我等が縄張り荒らしてたのが、其処から漏れるかも知れぬの』

 その返答を聞き、何か寒い雰囲気になった俺は爺さんに忠告する。

「なんか、凄く嫌な予感がする。爺さん、今度からもう少し霊圧下げて行動したほうがいいんじゃないのか?」

『フム、そうじゃな。仕方がないの。そうするしかあるまい。面倒じゃがな』

 と、爺さんも流石に嫌な予感がしたのか、割とすんなり受け入れてくれた。

 その返事に満足した俺は、先程の女の子を目を閉じて思い浮かべる。すると、図書館での光景が鮮明に、頭の中に浮かび上がってきた。

 やや気の強そうな感じではあったが、可愛らしい子であった。瑞希ちゃんと良く似た年頃に見える。また、左右から垂れ下がったツインテールが特徴的だったので、直ぐに記憶から蘇ってきたのである。

 それらの光景を思い浮かべると、俺はとりあえず危険人物として、その子の容姿を脳内に記録する事にしたのだった――


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