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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
16/64

拾六ノ巻 ~高等術

   【壱】



 剣道愛好会に入会してから一週間後の早朝。

 俺はいつもと同じ様に、高天智天満宮の裏山のいただきにて、真言術の修練をしていた。

 時刻は午前5時。今はもう10月の下旬に入りかけているので、外気は冷たく、衣服も厚着をしないと寒さで震えがくる気温になってきた。吐く息も少しではあるが、煙の様に白くなり始めている。

 また、二週間程前まで聞こえていたコオロギの鳴き声も、いつ頃からか分からないが、もう聞こえなくなっていた。虫達の季節はもう終わりを迎えたようだ。

 空を見上げれば、夏よりも鮮明になった幾千もの星達が、どこまでも続く広大な闇の空間で、宝石を散りばめたように光り輝いていた。その光景は非常に美しく、見た瞬間に気温の低さなど忘れてしまうくらいであった。だが、あくまでも一瞬だ。寒いものは寒い。

 しかし、今の現状はそんないい事ばかりではない。

 最近は日が昇るのも遅い為、今の時間帯ではまだ周囲は真っ暗であり、非常に見通しが悪いのであった。おまけに、今は霧も深く視界の悪さは輪をかけて酷い状態なのである。

 そんな中、俺は術の修練を続けているところであった。

 今、俺の右手と左手は真言術『浄化の炎』を発動させている為、直径15cm程の二つの青白い火球が揺らめきながら燃え盛っている。

 これは勿論、鬼一爺さんの指示でやっている。霊力の扱いを更に高度なものに、より霊圧を高める為に、霊力の練度と制御の修練をしているところなのだ。

 この修行も剣道愛好会に入ると共に始めた修練ではあるが、かなり心身に負担が掛かる。

 しかし、これで霊力を成長させていかないと、この先に待っている高度な応用術を行使する事が出来ないそうで、俺は何とか前向きになりながら術の修練に取り組んでいるのだった。

 そうやって暫く術のコントロールをしていると、俺自身がヘバッてきたので浄化の炎を中断し、一旦休憩をする事になった。

 俺は術を中断すると東屋の方まで移動する。

 そして、東屋にある石のベンチに腰掛け、呼吸を整えてから鬼一爺さんに自分の現状を報告したのである。

「鬼一爺さん……とりあえず、両手に分散させるコントロールはだいぶ出来るようになってきたけど、そこから更に霊圧を上げるのは今の俺には厳しいわ。まぁこれから更に精進するしかないわけだけどさ」

 自分の現状をそう評すると鬼一爺さんは笑顔で言った。

『フォフォフォ。そうじゃ、精進するしかないの。さすれば、その内できるようになるじゃろ。お主のその霊力を練り上げる才ならの』

 因みに、今の俺は呼吸法を使わずに霊圧を上げている。

 これも爺さんの指示によるものだ。

 だいぶ練度が上がってきたので、ここらで補助を外してみようと言う事になったからである。

 お陰で霊圧を上げるのにより一層の集中が必要になったのだが、何とかやれているので良しとしよう。

「ところで、爺さん。これから覚えてゆく術は、符術や結界術、法陣術そして真言術を単体で行使するんじゃなくて、それらを組み合わせて高度な術にしていくって言ってたよな?」

『そうじゃ。それがどうかしたかの?』

「いや、今の俺って色んな種類の術法から摘み食いをしているような状態だけど、これでいいのかな? ってこの間から考えるんだけど。どうなの実際?」

 俺は各術法を熟知せずに別ジャンルの術を覚えている為、若干疑問に思っていたのである。

『フォフォフォ。涼一も術の修練をする内に、色々と考えるようになったのじゃな。そういう風に考える事も大切じゃ。さて、では疑問に答えようかの。我がお主に教えておる術は、何もその場の思い付きで適当に教えておるわけじゃないぞ。今のお主が使える術は、幾種類かある術法の中でも基本となるモノばかりじゃ。次の段階に進む為に必要な知識を考えて、我はお主に授けておる。じゃから、心配せずともよいわ』

「ふぅん、ならいいよ」

『じゃが、基本となる術を全て教えているわけではない。それには理由があるのじゃよ。我が今のお主にまず、憶えてもらおうとしておるのは『浄化の炎』を基にして発展させる術の進化の過程じゃ。これを修めれば、他の高等術の構成やことわりを理解できるからの。その為の布石として今の修練をお主に課しておるのじゃよ』

「へぇ、そういう理由があったのか。あ、別に疑っていたわけじゃないよ。ただ少し気になってたからさ。まぁでもこれでスッキリしたよ」

 俺は今までの鬼一爺さんからの指導を思い浮かべ、今の説明と符合させて行く。

 そして、『浄化の炎』の進化というものを漠然と考えたのである。

 やや難しい顔をしながら俺が考え込んだせいか、爺さんは首を傾げて訊いてきた。

『何じゃ、涼一。まだ納得イカン事でもあるのかの?』

「ン? ああそういうわけじゃないよ。ただ、浄化の炎の進化というのが、どんなモノなのか気になっただけだよ」

『フム、その事か。まぁそれなら教えてもよいじゃろ。じゃがその前に、涼一に聞きたい事がある。今のお主がもし何十、嫌、何百という大量の悪霊に襲い掛かられたらどう対処するかの?』

「沢山の悪霊に……襲い掛かられる?」

 爺さんの問い掛けに俺は眼を閉じて考える。

 そして、大きく裂けた目や口が特徴の悪霊が、四方八方から大量に俺目掛けて飛び掛ってくる様を想像した。

 それは想像とはいえ、身震いするほどのおぞましい光景であった。

 しかし、その妄想の中の俺は成すすべなく悪霊達の餌食となっていたのだ。

 それと同時に物凄い悪寒が俺の背中を走り抜けたのである。

 俺は顔を上げ、鬼一爺さんに力なく告げた。

「今の俺では対処は……無理だ。すべがない」

 俺の弱々しい言葉を聞き、鬼一爺さんは無言で頷いた。

『そうじゃな。残念じゃが、今のお主では、精々5〜10体程度の悪霊しか同時に相手できんの。じゃが、気を落とすでないぞ。お主の行使できる術法を考えれば当然の話じゃからな』

「でも爺さん、そんな大量の悪霊なんて、そうそう出くわす事無いんじゃないのか?」

 すると、鬼一爺さんは鋭い目で俺を見ていた。

『お主……自分が『幽現なる体』じゃという事をもう忘れたのかの。それに霊団が集まる現象は、ある条件が揃うと起き得る事なんじゃ。あまり楽観視するでない』

「ある条件?」

『まぁ、それは後で教えてやろう。話がそれたが、その霊団に対処できる方法というのが『浄化の炎』を進化させる事なんじゃ。つまり、広範囲に渡り敵を焼き尽くせる術という事じゃな』

「マジかよ。でも、そこまで広範囲に術を行使するとなると、膨大な霊力が必要になるんじゃないの? それに、そんな霊力を練るのは何十年修行しても無理じゃないのか」

 俺も今までずっと術の手解きを爺さんから受けている為、簡単な術の理論は分かる。

 そう、全ての術の効果は、霊力の扱いと絶対量に比例するということが。

 だから、今の爺さんの説明は、その基本を無視しているように思えるのだった。

 しかし、爺さんは不敵な笑みを浮かべながら、俺に自信満々にこう言ったのである。

『フォフォフォ。確かに人一人の練り上げる霊力ではそんな事は無理じゃの。じゃが、それを可能にするすべがあるのじゃよ。涼一、もう少し柔軟に考えてみよ。霊力なんぞは外に溜めておけるじゃろうが。まぁ答えを言うと、符術と真言術を組み合わせるのじゃよ』

「符術と真言術? もしかして霊籠の符を使うのか?」

 爺さんは頭を振った。

『イヤイヤ、違う違う。もっと高霊圧の霊力を溜め込む術式の符術があるのじゃ。使うのはその符術だけじゃないがの。まぁとにかくじゃ、これからの術は威力は強いが、構成やその理念をしっかりと把握していかんと使いこなせんというわけじゃわい。まぁこんなとこかの』

「確かに、話を聞く限りだと結構面倒な手順とか踏まなければいけない術のような気がするな。まぁでも、頑張って自分のモノにしていくしかないか」

『その意気じゃ、涼一。フォフォフォ。成せば成るじゃな』

 爺さんの説明を受け、そういった最悪な事態にも対処できる術があると分かっただけでも、今の俺には大きな収穫だ。

 そして、それと同時に俄然、高等術に興味が湧いてきたのだった。

 だが、今の自分はまだまだ未熟な為、とりあえず今日の修練に意識を戻し、また先程と同じように霊力の制御と練度の向上を俺は図るのであった。


 ―― その日の夕方 ――


 基礎数学の講義を終えた俺とヤマッチは、1号館のエントランスに向かい歩を進めていた。

 白い壁が延々と続く、やや殺風景な通路を俺達は進んで行く。

 前方と後方には俺達と同様に、エントランスホールへと進む学生達の姿が沢山あった。

 そんな1号館の廊下を進んで行くと、エントランス手前にあるT字路になった所で俺は立ち止まる。

 ここからはヤマッチと俺の進む方向が違うからだ。

「それじゃあな、ヤマッチ。ここでお別れだ。バイト頑張れよ」

「オウ、お前も頑張れよ。しっかし、日比野が剣道とはねぇ。正直、その選択は俺の中では考え付かなかったわ。まぁ話を聞く限りだと、交通事故にあったような感じだから、少し同情はするけどさ」

「俺も考え付かなかったよ。まぁ、西田君の兄さんともだいぶ気兼ねなく話せるようになったし、何とかやってみるわ。さて、それじゃなヤマッチ」

「ああ。じゃあ、また明日な、日比野」

 そして、ヤマッチはエントランスの方へと歩き始めたのだった。

 俺はヤマッチと別れた後、東側の渡り廊下を進んで武道場へと向かった。

 だがその道中、ジャケットのポケットにある携帯が軽快に鳴り出したのである。

 俺はそこで携帯を取り出しディスプレイを確認すると瑞希ちゃんからであった。

 俺は電話に出た。

「もしもし、瑞希ちゃん。どうしたの?」

「アッ、日比野さん。今って電話大丈夫ですか?」

 携帯からは瑞希ちゃんの可愛らしい声が聞こえてくる。

「ン、大丈夫だよ」

「良かった。エッと、今日はもう大学の講義は終わったんですか?」

「うん、一応終わったよ。それがどうかした?」

「エヘへ、もし良かったら一緒に買い物行きたいところがあるんですけど、どうですか?」

 俺はそこで、瑞希ちゃんに剣道愛好会に入った事を伝えてなかったのを思い出した。

 いい機会なので、俺は瑞希ちゃんにそれを言っておくことにした。

「瑞希ちゃん……実は俺、つい最近、剣道愛好会に入会したんだよね。それで、今から練習に行かなきゃならなくなったんだよ。だから、買い物は無理だなぁ。ゴメンね」

 瑞希ちゃんは驚きの声を上げた。

「エエェェ!? 日比野さん、剣道始めるんですか? 初耳ですよ!?」

「実は、この間色々とあってさ。まぁ今度ゆっくり教えてあげるよ。って、そういえば瑞希ちゃんも剣道やってるって言ってなかった?」

「そうです、剣道部員ですよ。そっかぁ、日比野さんが剣道始めるんだ。エヘへッ、じゃあ今度、私と剣道談義しましょうね。それに分からない事があれば聞いてくださいよ」

 瑞希ちゃんは凄く嬉しそうに言った。

 同じ仲間ができたという感じなのかもしれない。

 瑞希ちゃんは続ける。

「じゃあ、今日はいいです。また、今度にしますから。それじゃあ日比野さん、練習を頑張ってくださいね。あと今夜またメールしま〜す。では」 

「ごめんね、瑞希ちゃん。それじゃあね」

 そして、俺はまた武道場へと歩み始めたのである。


 俺が部室に着くと田島さんの姿があった。初めて会ったときと同じで、漫画とスナック菓子に夢中になっている。

 だが、今日はもう剣道着に着替えているので、以前よりやる気のある姿であった。

 そんな田島さんは、俺が部室に入ってきたのを確認すると、ゆるい話し方で俺に挨拶してきた。

「あ、こんにちは、日比野君。まだ誰も来てないよ」

 田島さんはそう言うと、スナック菓子に手を伸ばす。

 今日のスナック菓子は暴君ハ○ネロだ。袋にはインパクトの強い、醜悪な表情の唐辛子の絵が描かれている。

 また、このお菓子、香辛料の匂いが強烈で、この部屋にその匂いが充満しているのだった。まぁ嫌いな匂いではないから別に構わないが……。

 この田島さんは漫画とお菓子がいつもセットになっており、一昨日はきのこ○山を食べていたのを憶えている。

 だからどうしたという訳ではないが、とりあえず、そういう人なのである。

 まぁそれはともかく、そんな田島さんに俺も挨拶をした。

「こんにちは、田島さん。田島さんていつも早いですね」

「そうかい? まぁ西田先輩も結構早い時あるよ」

 そんな他愛ない会話をしながら、俺は部屋の片隅にあるロッカーに移動すると、中から剣道着を取り出して着替えるのだった。

 一応言っておくと、この剣道着は西田さんから借りた物だ。

 体型が殆ど同じだった為、今だけ借してもらう事になったのである。

 何回も洗濯されているようで、だいぶ色は禿げている剣道着だ。

 因みに、俺の剣道着は姫会長に手配してもらっている最中なので、その内来るだろうとの事であった。

 まぁそれはさておき、俺は剣道着に着替え終えると、部室にあるパイプ椅子を広げ、適当に座ることにした。

 と、そこで、西田さんが現れたのである。

「オッ日比野君、そして田島も、今日は早いな二人とも」

「西田さん、おつかれ〜」

「お疲れ様です、西田さん。まぁ一応新人ですからね。あまりダラダラしていると姫会長の竹刀が飛んでくるかもしれませんし」

「確かに、それはあるかもしれないね。ははは……」

 西田さんは若干乾いた笑いをしながら俺に同調すると、ロッカーの方へ行き、剣道着に着替え始めた。

 そうこうしている内に他の部員達もやってくる。

 そしてしばらくすると、女子部員2人を引き連れ、この愛好会のBOSSである姫野由香里会長、略して姫会長が威風堂々としながら姿を現したのであった。

 もし、この時の登場曲を選出するなら、ダースベ○ダーのテーマになるのは必然であろう。

 姫会長の激が飛ぶ。

「ヨシッ! 全員揃ったな! それじゃ武道場に移動して整列しろッ。急げッ」

 姫会長の迫力ある言葉と共に、皆は背筋を伸ばすと駆け足で移動する。まるで軍隊である。

 そして、キビキビとした動作で横一列に並び、皆が声を揃えて口を開くのであった。

「「「宜しくお願いします」」」と……。

 礼に始まり礼に終わるのが武道の真髄! というわけで、これが練習の始まる合図なのだ。

 挨拶を終えた俺は姫会長に呼ばれ、皆とはやや離れた場所で指導を受ける事になった。

 今の俺は初心者なので、皆と同じメニューをするにはまだ早いからである。

 そんなわけで、俺の場合、正しい姿勢や礼法等の基本動作から身に着けなければいけない為、一人寂しく別メニューで練習を始めたのであった。

 姫会長からこの指導を受けて分かった事だが、全ての動作は格調高く、まさしく武士の伝統といった感じだ。正しい構えから正しい心構えも生まれ、物事の変化に迅速に対応できるといった考え方で、今までの俺の人生には無いモノであった。

 その作法を体に叩き込ませる為、今日も姫会長の怒号が俺のチン○を縮み上がらせるのである。

「コラァ! オメェ、その背筋の曲がりを直せって言ってるだろッ。それと右足の出し方も教えたのと違うだろがッ。次ぎやったら竹刀で尻をブッタタクゾッ」

「ハ、ハイィィ。すいません。次は、き、気をつけます」とビビル俺。

「分かったらぁ、最初からやり直しだぁァァ。ダラダラしてんじゃねぇぞッ」

 姫会長はそう怒鳴ると床を竹刀でバシバシ叩く。

「ヒッ、ヒィィィ。ゴ、ゴメンナサァァイィィ」

 その迫力に俺は半泣きになる。

 そして今日も今日とて、見目麗しい外見からは想像もできないほどの天地がひっくり返ったような言動が、武道場内に大きく響き渡るのであった。




   【弐】



 とある日の夜の話である。

 ここは道間みちま邸の二階にある一室。

 そこは10畳程の広さがある和室で、壁際には本棚と箪笥たんす、そして座敷机が置かれていた。それらは、日本古来の伝統家具を思わせる物ばかりで、派手さはない。しかし、厳かな気品を持つ物ばかりであった。

 今、その座敷机に向かう少女がいた。沙耶香である。

 沙耶香は風呂上がりなのか、やや火照った顔をしている。

 髪の毛もストレートに下ろし、サラッとしたきめ細かい黒髪が部屋の明かりに照らされて、光り輝いていた。

 また、若干ピンクがかったパジャマをきており、歳相応の可愛らしい雰囲気を出していた。

 どうやら、沙耶香は就寝前のようである。

 そして、そんな沙耶香は今、何をしているのかというと、霧守高原山中から回収した霊符を机上に並べて、その術式を何とか解読しようと試みているところなのであった。

 そんな中、部屋の外から声が聞こえてきたのである。

「私だ、沙耶香。今、良いか?」

 沙耶香は顔を上げると、部屋の入口である襖に視線を向けた。

「はい、お父様。どうされたのですか?」

 襖が開き、父親が物静かな所作で部屋の中へと入ってきた。

「少し話がある」

「話ですか? とりあえず、立ち話もなんですので、どうぞお座り下さい」

 沙耶香は隅に置いてある座布団を出すと、その相向かいに自分も座った。

 父親は出された座布団に正座すると、腕を組み、静かに口を開いた。 

「沙耶香……以前、お前が言っていた件だが、今でもその気があるのなら私はその手筈を整えようと思う。それを確認する為に今日は来たのだ。本当に良いのだな?」

「それは、私がF県の高天智聖承女子学院に編入するという話の事ですか?」

「ああ、その事だ。今でも心境に変化はないか」 

「はい、変わりありませんわ。それに、少しでもその術者の近くにいた方が、接触できる可能性があるかも知れませんもの」

 沙耶香は強い意志を秘めた目で父にそう答えた。

 そんな娘の覚悟を見た父親は、目を瞑り暫く考えると、もう一度訊ねたのであった。

「沙耶香、その者が本当に失われた秘術を行使できるかは未だ確証はない。あくまでも、その可能性があるというだけだ。徒労に終わるかも知れん。それでも構わぬのだな?」

 父親は沙耶香の心情を揺さぶるような事を付け加え、もう一度問い掛けた。

 しかし、沙耶香の意思はその程度の事では揺がない強いモノであった。

「はい、それでも構いません」

「そうか、分かった。お前の覚悟を見させてもらった。では、そのように手筈を整えよう。準備が整い次第、お前には連絡する」

 父親はそう答えるとゆっくりと立ち上がる。

「ありがとうございます。お父様。私も頑張って術者の手掛かりを見つけて参りますわ」

「しかし、あまり無理はするなよ。それと言い忘れたが、我等の表の姓は道間みちまだ。修祓しゅばつを行う時の裏の姓である道摩どうまの名は、その地に着いてからは無闇に口にしてはならぬぞ。その術者を警戒させる事になるかも知れぬからな」

「はい、それも分かっております」

 沙耶香は穏やかに父に返事する。

「ウム、そこまで分かっているのなら、もう何も言うまい。お前に任せよう。それに一樹にも様子を見るように伝えてはあるから、何かあったら連絡を取るがよい。私の話はそれだけだ」

「はい、お兄様と連絡を取りながら事を運びます。お父様のご期待に沿えるように頑張りますわ。そして道摩家の為にも」

 父親はそんな娘を見て微笑んだ後、襖を開けて一階へと降りていった。

 沙耶香はこれから向かうであろう高天智市に色々と思いを馳せながら、父の出て行った方向をジッと見つめる。

 そして、強く誓うのだった。

 秘術の手掛かりを必ず掴んで見せると―― 

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