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霊異戦記  作者: 股切拳
第弐章  霊験の道
13/64

拾参ノ巻 ~古の秘術



   【壱】



 ――チュンチュン。


 外からは小鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 どうやらベランダの手摺に雀が何匹かいるようだ。

 その雀の声で目を醒ました俺は、そこで身体を起こし、やや薄暗い部屋のカーテンをあけた。

 カーテンの向こう側には、溢れんばかりの朝日が降り注ぐ、明るい街並みが広がっていた。俺は朝日が眩しかったので、右手で日除けを作り、目を細める。続いて俺は、空気を入れ替える為、窓を全開にして大きく背伸びをしたのである。「フワァァァ」と、ついでに欠伸も。

 冷たくて新鮮な空気と心地よい暖かさの日光を浴びた俺は、そこで部屋の時計に目をやった。

 今の時刻はAM6時。いつも起きるより若干遅い時間帯だが、それでも以前の俺ならば、まだ夢の中だったのは間違いない。まぁとりあえず、そこそこ早い起床である。

 暫くそうやって外気に触れた俺は、寒くなってきたので窓を閉め、洗面所へと向かったのである。

 いつもならこの時間帯に、真言術の朝稽古から帰ってくるのだが、今日は朝稽古は無い。

 昨夜あった土蜘蛛との戦いでかなり俺も疲労している為、爺さんの計らいで今日の朝稽古は中止になったのだ。勿論、明日から通常メニューが開始される。

 そんな久しぶりの静かな朝を迎えた俺は、いつに無く時間の流れがゆっくりと感じられるのだった。

 と、その時、外を散歩に行ってた鬼一爺さんが窓から現れ、俺に声をかけてきたのである。

『おお、おはよう、涼一。お目覚めじゃな。さて、早速で悪いが、てれびを点けてくれぬか』

「お、爺さん。おはようさん。ちょっと待っててくれ。もう洗い終わるからさ」

 俺は濡れた顔をタオルで拭うと、折りたたみ式のローテーブル上にあるリモコンでテレビの電源をいれた。

 テレビはニュース番組がやっており、今の時間帯は全国ニュースをやっていた。

 聞こえてくる内容は政治家の汚職関係や外交会談の話がメインのようだ。

 霊体の鬼一爺さんが、テレビの前でジックリと腰を下ろし、それらのニュースを見ている姿は非常に奇妙な光景に見える。

 今の日本の政治や諸外国とのやり取りなど理解できるのだろうか?

 ふとそんな事を考えてみたが、どうでもいい事なのでとりあえずスルーする事にした。

 そして、俺は朝食の準備に取り掛かったのである。

 今日の献立は食パンとスクランブルエッグと焼きベーコン、そして、和風ドレッシングの野菜サラダ+いつものインスタントポタージュスープだ。

 家の親がこの朝食風景を見ると、涙を流して感動するかも知れない。

 特にオカンは、明らかに面倒くさがり屋の息子というイメージでいる筈だからだ。

 ふとそんな事を考えながら、俺は出来たての朝食に手を伸ばしたのである。

 その後、朝食を終えた俺は、ノートPCを立ち上げ、ネットで情報収集をする事にした。

 最近はオカルト関係のサイトとかも結構見るようになり、色々とその類を物色している。

 あまり参考になるようなモノはないが、掲示板とかを見ていると意外に濃い連中が多いので、それなりに楽しませてもらっていた。

 そうやってマウスをクリックしていると、机の上で充電中の携帯が鳴ったのである。

 ディスプレイを見ると瑞希ちゃんからであった。

「おはよう瑞希ちゃん」

「あ、日比野さん、おはようございます。エヘへ」

 瑞希ちゃんは電話越しでも元気が伝わってくる声だった。

 俺はとりあえず、昨日のことを謝っておいた。

「瑞希ちゃん、昨日はゴメンね。突然、用事が出来てね。電波の届かない所だったから気付かなかったんだ」

「いいですよ、もう。それじゃあ、今日は10時10分学園着の電車に乗っていくので、お出迎えお願いしまーす」

「了解。じゃあその頃に駅で待ってるよ」

「はい。それじゃあ、また後で……プツッ」

 というわけで俺の今日の予定は、瑞希ちゃんとの外出と相成ったのである。

 電話を終えた俺は、PCの電源を落とし、服を着替え始めた。

 今はもう10月の中旬に入っており、幾ら快晴といっても流石に寒い風も吹いてくる。なので、灰色のニットシャツに黒いジャケットと青いジーンズといったやや厚めの着こなしで行く事にした。

 そして、粗方の用意を終えたところで俺は時計を確認し、アパートを出たのである。

 今の時刻は9時40分。少し早いが、昨日すっぽかした罪悪感から今日は先に行って待つ事にしたのだ。


 アパートを出てから15分程で学園の駅についた俺は、駅の改札付近にあるベンチに腰掛けて暫くの間待つ事にした。

 因みに、鬼一爺さんも同行している。今の世の男女の逢引きを見てみたいなどとわけの分からない事を言ってたが……。

 まぁそれはさておき、時刻も10時頃という事もあり、駅には鉄道を利用する人々で混雑し始めていた。

 また、学園町の駅は最近改修工事をしたばかりなので、よく見ると所々新しくなっていた。

 いつもはこんな風にベンチに座ってゆっくり見る事など無いせいか、意外なところが改修されているのを見過ごしてしまう。

 例えば、窓枠やスピーカー、そして階段の手摺等、こういったあまり気にしない所も新しく生まれ変わっていたのであった。

 まぁ当然といえば当然だが、色々と細かい所も工事しているのだなと、俺は感慨深くそれらを眺めていたのである。

 そんな風に駅の構内を見ていると、瑞希ちゃんの姿が視界に入ってきた。

 今日の瑞希ちゃんは、上が白いパーカータイプのジャケットで、下は青っぽいチェックのスカートと膝上まである黒いニーソックスという姿であった。

 中学生の瑞希ちゃんに良く似合う可愛らしい着こなしだ。あと、肩にかけた薄いピンク色の可愛らしいバッグが印象的だった。

 瑞希ちゃんはベンチに座る俺を見つけると、大きく右手を振り、笑顔でこちらへと小走りで駆け寄ってきた。

 走る振動で瑞希ちゃんのサイドテールに纏めた長い髪が不規則に揺れる。

 そして、勢い良く俺の前に来ると、少し息を整えてから話し始めたのであった。

「日比野さん。待ちましたか?」

「いや、そんなに待ってないよ。俺もさっき来たところだしね。ところで、今日はどこに行くの?」

「エヘへ。今日は私に付き合ってくれるんですもんね。昨日の謝罪メールにもそう書いてありましたしぃ」

 瑞希ちゃんは悪戯っぽくそう言うと、小悪魔のような微笑を俺に向けた。

 俺は昨夜のメールにそういえばそんな事書いたかな? などと思いながら、やや引き気味に瑞希ちゃんに答えたのである。

「ハ、ハハッ。お、お手柔らかにね。瑞希ちゃん」

「エへへッ、それじゃあ、行きましょうか」

 瑞希ちゃんは可愛らしい笑顔を作ると俺の右手を取り、やや高めのテンションで歩き始める。

 そして俺は、瑞希ちゃんの進む方向へと歩き始めたのだった。



   【弐】



 これは中津市の霧守高原山中での話である。

 涼一達が土蜘蛛を退治した翌日の朝、三人の男女がこの山に登っていた。

 男二人と女一人という年齢もバラバラの少し変わった三人組である。

 男の内、一人は初老といった感じの年齢で、口と顎に白髪交じりの短い髭を生やしていた。頭髪は短く刈り上げられており、大部分が白髪の男であった。

 中肉中背ではあるが、厳格な顔つきをしており、幾多の経験をつんだ猛者を思わせる風貌をしている。また、この中で一番の年長者であった。

 もう一人の男は20代前半くらいの年齢で、精悍な顔つきをした凛々しい眉毛が特徴の若い男であった。

 上背は180cm以上あり、その太い首は体型が分からずとも鍛えられているのが良く分かる。見た目は細いが、かなり大柄な男であった。

 それから女性の方は、この中では一番若く、歳は10代半ばといった感じだろうか。可愛らしい顔つきをしているが、鋭い目つきをしており、一見すると気の強そうな雰囲気を感じさせる少女であった。また、背は150cmくらいあり、髪を左右に纏めたツインテールが特徴の女性である。

 そんな年齢性別がバラバラの三人組ではあるが、唯一つ共通している事があった。

 それは、服装が三人共、神社の神主や巫女が着るような装束を身に纏っていたからである。

 この山中に似つかわしくないその姿は、普通の者達が見れば、ある種の異様な光景であった。

 そして、そんな三人は黙々と山道を進んでいるのである。

 三人組は暫く山の中を進むと、とある場所で立ち止まった。

 するとそこは、涼一が昨晩仕留めた土蜘蛛の亡骸が横たわる場所だったのである。

 三人は周囲を警戒するように見回した後、静かに話を始めた。

「お父様、この黒く焦げた物はもしかして……」と、少女が初老の男に言った。

「どうやら、我等より先にこの地に来て、妖怪を退治した者がいるようだな……」

「しかし、父上……まだ幼虫とはいえ、この古き言い伝えにある凶悪な妖怪を倒すほどの術者が、このような地にいるのでしょうか?」

 と、若い男。

 話の感じからすると、どうやらこの三人は親子のようだ。

 若い男の問いかけに、初老の男は顎に右手をあて思案顔になった。

「これを見る限り……居るのだろうな。しかも、どうやら只の術者ではないようだ。一樹かずき、そして沙耶香さやか、そこの地面を見てみよ。それと向こうの結界もだ」

 一樹かずき沙耶香さやかと呼ばれた2人は、初老の男に促された方向に視線を向ける。

 そして、驚きの声を上げた。

「お、お父様……こんな術式の法陣は見た事ありません。でも……この術式はどこと無く、私達の使う術と少し似ているような気がするのですが」

「父上は、どうお考えなのですか? あそこの結界の木々に貼り付けられた霊符も、私達が使うものとは違い、見た事がありません。沙耶香さやかが言うようにどこと無く似てはいますが」

 初老の男は二人の意見を聞いた後、目を閉じて暫し無言になった。

 ほどなくして、初老の男は口を開く。

「お前達は、この術式の一端を見た事がある筈だ。我等、道摩家どうまけに伝わる焼け残った秘法伝書の切れ端に、一部分だけだが、これと同じ術式が書かれている。恐らくこの術者は、現在では失伝したいにしえの秘法に通じた者に違いない。そして、私の知る情報と照らし合わせると、どうやらこの地に住まう者なのかも知れぬ」

 初老の男の話に耳を傾けていた二人は、目を見開き、結界と地面に描かれた霊籠の陣を凝視した。

「父上、まさかそのような術者がこの地にいるのですか? ならば、その術者を何とかして探し出し、失われた秘術を手に入れる事を考えなければいけないのでは」

「その通りです、お兄様。我が道摩家が失ったいにしえの秘術を取り戻せるチャンスかもしれませんわ、これは」

 沙耶香はやや興奮気味に一樹に同調した。

「そうはやるな二人とも。あくまでもその可能性があるというだけだ。少し落ち着きなさい」

「す、すいません。お父様」

 男に諭された二人は、高ぶる感情を徐々に抑えていった。

「しかし、父上……先程『私の知る情報と照らし合わせると、どうやらこの地に住まう者かも知れぬ』と申されましたが、情報とは一体どのような事なので?」

「そうだな、まずはそこから話すとしよう。お前達も知ってると思うが……今回、妖怪退治の依頼を受けたのは我等、道摩家が所属する修祓結社しゅばつけっしゃ・『鎮守ちんじゅの森』だが、これはそこからの情報だ。それによると、ここ一ヶ月程の事らしいのだが、このF県の高天智市において、修祓しゅばつ依頼があった結構な霊障件数が、正体不明の何者かによって、知らず知らずのうちに解決してしまっていたそうなのだ。それと照らし合わせると、恐らく、今回の件も無関係では無いだろうと私は思っているのだよ」

修祓しゅばつ依頼を横取りするなんて、その人は何を考えてるのかしら。『鎮守の森』に喧嘩を売ってるようにしか見えませんわ。どうせ、お金に目がくらんでそんな事してるのでしょうけど」

 沙耶香はやや強い口調でそう言うと、左右に馬の尻尾の様に垂らした髪を弄りながら、「フンッ」と悪態を吐いた。

 初老の男はそんな沙耶香を見て、苦笑いを浮かべた。

「沙耶香、知らぬ人をそんな風に言ってはいけない。それに、この修祓しゅばつを行っている者は無償でやっているようだし、そんな悪い人では無いように思うがな。まぁともかく、このF県には失われた秘術を使える者がいるかもしれないという事を私は言いたいのだ。術を現在に蘇らせたのか、それとも古来から伝承してきたのかは知らぬがな。まぁこれは今は置いておこう。さて、二人とも、今話した事はすべて黙っておいてくれ。他言無用だ。特に『鎮守の森』とそれに属する修祓者しゅばつしゃ達には知られないようにな」

 一樹と沙耶香は真剣な表情で、首を縦に振った。

「はい、勿論、分かっております。父上」

「お父様、ご心配なさらずに。こんな大事な事は誰にも言いませんわ」

 初老の男はそこで土蜘蛛の亡骸に視線を向けた。

「さて……一応、後始末くらいは我等がしておくか。一樹はこの死骸を土に埋めるのだ。その後、結界や法陣を撤去せよ。それと、霊符に関しては持ち帰るのだ。沙耶香と私は周囲の森を見回ってくる。恐らく、ここに妖怪を誘き寄せる為の罠を仕掛けてる筈だからな。では頼んだぞ」

「分かりました。痕跡は消しておきます。父上達もお気をつけて。目的の妖怪は居らぬかも知れませんが、山には冬眠前の熊等がおりますので、獣にも注意してください」

「ああ、分かっている。さて、では行こうか、沙耶香」

「はい、お父様」――


 初老の男は沙耶香と共に、更に奥へと向かって歩き始めた。

 日が昇るに従い、やや明るくなった森の中を二人は静かに進んで行く。

 そんな中、考え事をしていた沙耶香は意を決し、父に話しかけたのである。

「お父様、先程の件ですが……確か、このF県高天智市には私の通う女子学院と同系列である高天智聖承女子学院があったと思います。もし何でしたら、そこに私が編入して、この地でその術者の事を調べるというのはどうでしょうか?」

「ン? そんなに先程の内容が気になるのか?」

 男はそんな提案を出す娘に、何とも言えない複雑な表情を向ける。

「はい、だって失われた道摩家の歴史の一端を取り戻せるかも知れないのですよ。私は道摩家の事を思い、そう言っているのです」

「心配せずとも、それは私も考えておる。沙耶香、お前も知っていよう。遥か昔、道摩家は陰陽術の大家として存在していたが、凡そ700年前に始まった南北朝の動乱に巻き込まれ、大事な道摩家当主とその跡取り、また、秘法伝書や術具等の大半が炎によって灰となって失ってしまった事を。その後、残った者達でなんとか再興をしようとしたが、残念ながら術法に関しては焼け残った秘法伝書以外手掛かりが無い為、どうしようも無かったのだ。そして、術の失われた部分は残った者達が独自に編み出した術式を代用して今に至るという事をな。これについては沙耶香も良く知っていよう」

「はい、お父様」

「だが、失われているのは我等、道摩家だけではない。安倍清明の流れを汲む土御門の者や陰陽道宗家である賀茂家でも、数々の歴史の動乱において嘗ての秘術の大半を失伝してしまっているのが現状なのだ。まぁ土御門家の場合は安倍清明が特定の秘術だけ後世に伝えなかったのでは、とは言われてはいるがな。とにかく、そういう裏事情が渦巻いているだけに、我等は慎重に事を運ばねばならんのだよ。隠密に調べねば、そういった輩が湧いて来て横槍が入る可能性もあるのだ。しかし、沙耶香がこの地で勉学に励むと言う手は悪い手ではないがな。それに、あそこの理事長とは知り合いだ。一応、考えておこう……とだけ今は言っておく」

 周囲に漏れた場合のデメリットを男は沙耶香に説明すると、優しく微笑み娘の頭を撫でるのだった。

 沙耶香も父の話に耳を傾け、今の事情を納得したようであった。

「分かりました。今すぐ結論を急ぐ事でも無いですしね。ン? お父様……あの木々に貼り付けられた紙のような物は何でしょうか?」

 沙耶香は前方に見え隠れする木々の一つに、白い霊符が貼られているのを見つけたのだった。

 男はそこで沙耶香の指差す方向を目で追った。

「あれは……呪符だな。そこそこ強い霊波動を感じる……とりあえず、行って見よう」

 二人は霊符の張られた木々の所へと向かった。

 そして辿り着くなり、沙耶香は驚きの表情で目を見開いたのである。

「お父様……何なのですか、この強い霊波を出す符は……。こんな霊波を出していたら、そうそう悪霊など寄ってこれませんわ」

 沙耶香は霊符を手に取り、まじまじと見つめた。

 男は沙耶香の言葉に頷いた。

「沙耶香、お前の言う通りだ。それが狙いなのだろう。これは恐らく、妖怪をあの場所に向かわせる為に貼られた霊符だ。私もここまで強い波動を放つ符は始めてみる。そして、これもまた我等の知らぬ術式が書かれておるな。沙耶香、少しばかり時間が掛かりそうだ。すまんな。その目的で貼った符なら広い範囲で貼られてるかも知れない。早く回収に取り掛かるぞ」

「はい、お父様。誰かに先を越されてはたまりませんものね。頑張って回収しましょう」

 そして、二人は霊符の回収作業に取り掛かるのだった。



   【参】



 今の時刻は午後5時を過ぎたところだ。

 俺は今、瑞希ちゃんと一緒に、夕暮れの高天智中央公園にいる。

 ショッピングセンターや映画館等、色々と学園町内を歩き回って疲れた為、公園のベンチに座って休憩をしているのだった。

 公園には沢山の人々がおり、家族連れや老人達が憩いの一時ひとときを過ごしていた。

 まぁ堪能しているのは生きた者ばかりでもないが……。

 とりあえず、気が滅入るので霊達の事は放っておくとしよう。

「日比野さん、今日はありがとうございました。それと、一緒にいて分かったんですけど、日比野さんといると楽しいです。エヘッ」

 瑞希ちゃんはそう言うと屈託の無い笑顔を俺に向けた。

「おお、そうかい。楽しんでもらえたなら何よりだよ」

 夕焼けの影響かも知れないが、その表情はいつもの瑞希ちゃんよりも幾分か大人っぽく見えた。が、まぁ気のせいだろう。

 と、そこで、俺は六つ下の妹の事を思い出したのである。

 歳は瑞希ちゃんの一つ下になるので、二人は良く似た体型をしている。

 因みに性格は、瑞希ちゃんとは正反対で、結構無茶をする男勝りな妹であった。

(よく考えたら、妹と同世代なんだよな。まぁここまで性格違うと、やっぱ育った環境なんだろうなぁ……)

 ふとそんな事を考えていると、瑞希ちゃんは首を傾げていた。

「日比野さん、どうしたんですか? 変な顔して」

「変な顔? 俺、そんな顔してた?」

「ムゥ……してましたぁ。何考えてたのか気になるぅ」と、やや膨れっ面になりながら瑞希ちゃんは言った。

「別に大したことは考えてないよ。ただ、実は俺、妹がいるんだよね。瑞希ちゃんの一つ下になるのかな。で、瑞希ちゃんを見てたら、正反対の性格だなぁと思ってね。ただそれだけさ」

 すると瑞希ちゃんは、好奇心満載の表情で訊いてきた。

「エッ、そうなんですか? 日比野さんて、妹さんがいたんだ。それで、何て名前なんですか?」

「名前は日比野 美涼みすずって言うんだけど、これが男のような性格の妹で、俺の事を兄貴って呼ぶんだよ。結構突っかかってくる事多いしね。瑞希ちゃんのようにお淑やかな面も持ってくれると良いんだけどねぇ」

「へぇ、美涼みすずちゃんて言うんですか。話を聞いてると楽しそうな兄弟ですね。でも、いいなぁそういうの。私、一人っ子だからそういう経験てないんですよ。羨ましいです」

 瑞希ちゃんは今までの事を振り返ってるのか、時折、空を見上げながら話していた。

「もし機会があれば会わしてあげるよ。歳も近いから話は合うんじゃないかな」

「その時はお願いしますね。あ、それと話は変わるんですけど、日比野さんてどこに住んでるのですか? 確か一人暮らしだとは聞いたんですけど」

「俺の住んでる所? この公園から歩いて10分か15分位の所だよ。それがどうかした?」

 すると瑞希ちゃんは、モジモジしながら言いにくそうに訊いてきたのだ。

「あのぉ……私、日比野さんがどんな所に住んでるのか気になるなぁ。良かったら、教えてくれませんか? それに、電話以外にも連絡手段が欲しいですしぃ……」

「まぁ減るもんでもないし、別にいいよ。でも、瑞希ちゃんの電車の時間もあるから、行くんなら早めに行かないと」

「はい、それじゃあ早速行きましょう。エヘッ、私、日比野さんがどんな部屋に住んでるのか前から気になってたんですよ。それに、日比野さんは私の部屋を見てるのに、私が知らないなんて不公平です」

 瑞希ちゃんは何を想像してるのか妙にテンションが高い。

 そんな瑞希ちゃんを見ているうちに、俺は簡単に返事した事の迂闊さを後悔し始めていたのである。

 だって健全な男の子だもん。

 エロDVDとかエロ動画を見るもん。

 というわけで、先に部屋へ入り、瑞希ちゃんに見せられないような卑猥な物が無いかどうかをチェックしようと、俺は自分に言い聞かせたのであった。

 そして、夕暮れ時の学園町を俺は瑞希ちゃんと共に歩き始めたのである。


 で、それから約15分後。

 俺達は二階建ての横に長い築10年程の白い建造物の前にいた。要するに俺の住むアパートだ。

 俺は二階にある玄関扉の前へと瑞希ちゃんを案内した。

 そして、部屋の前で一度大きく深呼吸してから、瑞希ちゃんに言ったのである。

「み、瑞希ちゃん、ちょっとだけ待ってて貰えるかな。少し散らかってるかもしれないからね。ハハハッ、直ぐ戻るよ」

 俺は瑞希ちゃんの返事を聞く前に恐ろしいスピードで扉の鍵を開け中に入ると、テーブルの下にあるDVD関連の入った箱を漁る。

 すると、出てくるわ出てくるわ。『中○し女子高生10連発+α』とか『絶頂・病みつき超特急』等、様々な作品が箱の中から出てくるのである。

 その作業をしている時、後ろで鬼一爺さんが『ほほうッ』と顎に手を当て、何やら感心してたが、今はほっとく事にした。構ってる場合じゃない。

 そして、俺はそれらを急いでクローゼットの奥に収め、何食わぬ顔で玄関の扉を開いたのだった。

「やぁ、お待たせ。然程さほどは汚れてなかったから大丈夫だったよ。どうぞ、入って」

 俺は不自然ではあるが、爽やかな感じで瑞希ちゃんを招いた。

「ヘヘへッ、楽しみです。それじゃあ失礼しまーす」

 瑞希ちゃんは玄関で靴を脱ぎ、中へ入る。

 すると、周囲を物珍しそうに眺めながら、テーブルの前の座布団に座ったのである。

「へぇ……日比野さんの部屋って結構片付いてるんですね。それに、この建物まだ新しいので床のフローリングも綺麗ですし、狭いけど良いんじゃないですか」

「瑞希ちゃんて、家のオカンと同じ事言うね。俺の親も、ココに来て直ぐ言った言葉がそれなんだよ」

「そうなんですか? へへッ。でも、もう少し飾りっけのある部屋にしたらどうですか? なんかスッキリし過ぎて殺伐とした感じがしますよ」

 瑞希ちゃんにそう言われ、俺も周囲を見回す。

 まぁ確かに飾りっけは無い。

 というか必要な物以外置いてないので当然だ。

「まぁね。あまり余計な物は置かないようにしてるからなぁ。それに、大学を出たらココにずっと居るわけでもないしね」

「アッ、そっか。今だけなんですもんね。それじゃあ、余計な物を置いておくのも躊躇しますね。納得しました」

 瑞希ちゃんはそう言うと、頭をポリポリと人差し指で掻き出した。

「それはそうと、瑞希ちゃんなんか飲む? オレンジジュースとスポーツ飲料程度しか置いてないけど」

「それじゃあ、オレンジジュースをお願いします」

「了解」

 俺はキッチンの下にあるワンドアの冷蔵庫からオレンジの缶ジュースを取り出し、瑞希ちゃんの前に置いた。

「ありがとうございます。では、いただきまーす」――


 それから暫くの間、他愛の無い話を俺達はしていた。

 しかしその会話中に、瑞希ちゃんがややもったいぶった仕草をする事があったのである。

 不思議に思った俺は『何だろう?』と思い訊ねてみると、瑞希ちゃんは意を決し、口を開いたのだった。 

「日比野さん……前から気になっていた事があるんですけど。いいですか?」

「いいよ、何?」

「あのぉ、話したくなければ別にいいんですけど……日比野さんてこの間のような霊能力とか誰に習ったんですか? 秘密にしているようなので、嫌なら別にいいですけど……それが少し気になって」

「ああ、それ、ね……」

 話して良いもんかどうか迷うところである。

 俺はそこで宙に浮く鬼一爺さんに視線を向けた。

 すると鬼一爺さんは頷いていたのである。

 どうやら、話しても良いという事なのだろう。

 俺が怪訝な表情で爺さんを見ていると、瑞希ちゃんも鬼一爺さんがいる方へと視線を向けていた。

「あのぉ……日比野さん、さっきから変なところ見てますけど、そこに何かあるんですか?」

 俺は少し迷った。

 なぜなら鬼一爺さんの存在を話す事になるからだ。

(この子は俺がオカルトに関わっているのを初めて知った子だが、いきなり鬼一爺さんを見ると流石に驚くかもしれないな。どうしよう……)

 などと俺が考えていると、鬼一爺さんは『構わん。言うたれ、言うたれ』と言っていたのである。

 というわけで、俺は話す事にした。

「あのさ、瑞希ちゃん……言っても良いけど、この事は黙っていて欲しいだよ。前回の除霊の事もだけどね。もう一度念押しする為に聞くけど、どう? 守れる?」

「大丈夫です。絶対に誰にも言いません。私と日比野さんだけの秘密なんですね」

 瑞希ちゃんはそう言うと、キラキラと好奇心一杯の目をしていた。

 何かを期待してるようだが、逆に驚かせる事になる予定なので、それも念押ししておいた。

「あのさ、もう一つあるんだ。今回のは少しばかりビビると思うから覚悟しておいてね。いい?」

「え、お、恐ろしい事でも起きるんですか?」

 瑞希ちゃんは少し肩を萎縮させ、脅えたように訊いてきた。

「まぁ、人によるかな、多分……。それに怖いのは、最初だけだと思うしね」

 浅野さんの時もそうだったが、人間と言うのは受け入れてしまえば、後は然程さほど問題ないような気がしたのだった。

「そうなんですか。分かりました。私頑張ります!」

 瑞樹ちゃんはそう言ってガッツポーズをした。

「ま、まぁ、あまり頑張ってもしょうがないんだけどね。まぁいいや。それじゃ、ちょっと後ろを向いてくれるかい」

 瑞希ちゃんはそこで恐る恐る後ろを向いた。

 俺はそれを確認すると、鬼一爺さんに視線を向け、無言で頷いたのである。

 爺さんはそれを合図と受け、霊圧をあげる。

 そして、準備OKのサインをだしたのだ。

「瑞希ちゃん、もういいよぉ。ゆっくり振り向いてね。刺激が強いかもしれないから」

 俺は一体どんな反応するんだろう? と思ったが、凄い意外な反応を瑞希ちゃんはしたのだった。

「あれ? お爺さん、何時の間にココに来たんですか?」

「瑞希ちゃん、この爺さん身体透けてるよね? どう思う?」

「本当だ。透けてる。という事は幽霊なんですね」っとアッサリ受け入れたのだった。

「瑞希ちゃん。こ、怖くないの?」

「いいえ、別に。だって、この間の悪霊と比べたら普通のお爺さんでしょ。それに怖い感じなんて全然しないですしぃ」

『フォフォフォ。この娘はお主よりも肝が据わっておるわ。お主が初めて我を見たときは、慌てふためいて逃げ出したからの』

「わわッ喋った。お爺ちゃん喋れるんだね。スゴーイ」

 瑞希ちゃんは喋る鬼一爺さんを見ながら感動していた。

 そして、そのあまりの違和感の無さに観念して、俺は師匠を紹介することにしたのだった。

「えぇと……このお方が、私の霊術の師匠である鬼一法眼きいちほうげん氏で在らせられます。以後、お見知りおきを」

「お爺ちゃんが日比野さんを鍛えてるんですね。分かりました。だって不思議だったんですよ。さっきの話を聞いてても家族の人は普通のようだし」

「瑞希ちゃんて、結構鋭いね。まぁ、そういう事だよ。良かったな爺さん。俺以外の話し相手が出来て」

『フォフォフォ、まぁそういう訳じゃ娘子よ。これから宜しく頼むぞい』

「あ、此方こそ。お爺ちゃん宜しくね」

 鬼一爺さんは俺以外の話し相手が出来て喜んでいるようだ。

 俺はそんな光景を眺めると、「ふぅ」と一息入れ肩の力を抜いたのである。

 だがそうやってリラックスしていると、鬼一爺さんが突然とんでもない事を言い出したのであった。

『ところで、涼一、先程の『絶頂・病みつき超特急』ちゅうのは何じゃ?』

 俺は体温が3度ばかり下がったような気がした。

「何言ってんだよジジイ。ボケたんじゃないのか? ハ、ハハ、ハハハハ」

「何ですか? そのなんとか超特急って」

 瑞希ちゃんも身体を乗り出して訊いてくる。

「いや~何でもないんだよ。スティーブン・セガールが超特急の列車で格闘するのが病みつきになって絶頂に達する、つまらない映画の話さ。アハッ、アハッ、アハハハハッ」

 俺は適当にでまかせを述べた。

「え~何か気になりますねぇ」

 焦りまくった俺は、何か話を逸らすネタを探した。

 するとテレビの前に置かれた時計に目がいったのである。

「いや、気にしちゃ駄目だよ。っていうか、瑞希ちゃんもう電車の時間だよ?」

「あっ本当だ。でも、気になるなぁ。今度来た時はちゃんと教えてくださいよ」

『フォフォフォ、涼一、お主なかなか面白いの』

「このジジイ……」


 とまぁそんな感じで、俺は半分涙目になりながらこの修羅場を切り抜け、瑞希ちゃんを駅まで送ったのであった。

 そして、帰ってきて部屋に着くなり床に突っ伏すと、暫くその場で屍と化したのである。

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