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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
11/64

拾壱ノ巻 ~土蜘蛛 二



   【壱】



『……こ、これは……まさ…か……土蜘蛛つちぐもの仕業か』


 鬼一爺さんは、驚愕の表情でそう呟いた。

 爺さんのこんな表情を見るのは、御迦土岳みかづちだけで出会った時以来である。

 この鬼一爺さんをそこまで驚かせる土蜘蛛つちぐもというのがどんな蜘蛛なのか興味が湧いたので、俺は好奇心から訊いてみる事にした。

「爺さん、何だ? その土蜘蛛つちぐもってのは」

 鬼一爺さんはゆっくりとした動作で俺に振り向くと、非常に険しい表情で話し始めたのであった。

土蜘蛛つちぐもというのは蜘蛛に似た、人や獣を食らう恐ろしい物の怪の一種でな。これが大きく成長すると手が付けられん程厄介になるのじゃ。今、驚いたのは、てれびに写っておった沢山の獣の干からびた屍を見て、嘗て我が土蜘蛛つちぐもと関わった時と重なって見えたからじゃ……』

 鬼一爺さんは当時の事を考えているのか、緊張感のある話し方をする。

 しかし、俺は今の話の中で気になったところがあったので、それを訊ねた。

「今、成長したら厄介になるって言ったけど、どういう事なん?」

土蜘蛛つちぐもは小さい頃は、人や獣の体液を養分としながら土中で過ごす。そして脱皮を繰り返して成長するのじゃが、成長した土蜘蛛つちぐもは獰猛で、食欲も恐ろしく貪欲になる。それも、沢山の人々を根こそぎ喰らっていく程にの。じゃからもし、てれびに写っていた屍が土蜘蛛つちぐもの仕業なら、早く手を打たねば大惨事になりかねんのじゃよ』

 俺は爺さんの話を聞き、背筋にゾゾッと冷たい何かが走ったような気がした。

 またそれと同時に、一週間程前に朝のテレビニュースで流れた話を俺は思い出したのである。

「鬼一爺さん……あのさ、7日程前にミイラ遺体のニュースを爺さんも見ていたと思うけど、あれもこれに関係あるのかなぁ?」

『オオ、そう言えばお主が我を怒らせた時の事じゃな。憶えておるぞ。フム……。あれはどこであった話なのじゃ?』

「あれは確か、このF県の隣、G県の話だったような気がする。多分だけど」

 俺はうろ覚えな為、やや自信なくそう答えた。

 すると、それを聞いた鬼一爺さんは、目を閉じて何かを考え始めたのである。

「爺さん? どうしたんだ、急に黙り込んで」

 鬼一爺さんは程なくして口を開いた。

『涼一……明日は学業は休みだと言っておったな?』

「ああ、それがどうかしたか?」

『明日、『てれび』で言っておった所に我を案内してくれぬか? 行けば、まこと土蜘蛛つちぐもの仕業かどうか、判断できるやも知れぬ』

 俺は少し躊躇したが、あの話が本当なら放って置くのは不味いと考え、とりあえず、返事をした。

「なんか、怖いけど。良いよ、案内するよ。といっても、行った事ないから地図見て案内する事になると思うけどね」

『すまぬな、涼一。土蜘蛛つちぐもでなければ問題ないんじゃが、そうであった場合は、霊術に長けた者でない限り対処が難しいのでな』

「え? 今、『霊術に長けた者でない限り対処が難しい』と言ったけど、どういう事?」

『フム、そうじゃな……お主には悪霊や威霊いれいの話はしたが、物の怪の話はまだしていなかったの。良い機会じゃ、話しとくとしよう。これは悪しき力を持つ威霊いれいが眠る地だけにおいての話じゃが、その周辺に住む生き物は凄まじい負の霊気に当てられ、普通の生命とは違った過程を辿ることになるのじゃよ。そして、それが物の怪となって現れるのじゃ。じゃから、ある意味では人の創りだした化け物とも言えるし、世のことわりが生んだ化け物とも言える。まぁ、それはよいとして、霊術に長けた者ではないと対処が難しいと言ったのは、その生まれた過程から、我等の使う霊術に対して奴等は脆弱であるからなのじゃ。負の霊気が生んだ化け物じゃからの。当然、悪霊と同じ性質たちになる。早い話が、実体を持つ悪霊だと思えばよい。まぁ物の怪に関してはこんなところかの』

「へぇ、なるほどねぇ。また新しい世の中の神秘に触れた気がするよ」

 俺は腕を組んで唸るように頷いた。

 そして、日本昔話とかでよくある妖怪等の逸話もそれが絡んでいるのだろう、と自分で納得していたのだった。

 また、俺はもう一つ気になった事があった為、それも訊いてみた。

「さっき、『土蜘蛛は小さい頃は人や獣の体液を養分として土中で過ごす』とも言ってたけど、どういう事なん?」

『ああ、それか。その言葉通りの意味じゃよ。土蜘蛛は幼き頃は土中で待ち構えて獣や人から体液をすすり、それをかてとしておるのじゃ。じゃから、人も獣も体の水気を殆ど奪われて干からびてしまうのじゃよ。じゃが、成長すると顎も発達しておるから、人も獣も骨ごと食べてしまうぞ』

「……子供の頃から最悪な生物じゃないか。そう言えば、脱皮を繰り返して大きくなるんだろ?」

『そうじゃ。最終的にはかなり大きな巨体になる。人なんぞ丸呑みするくらいの大きさにの。それともう一つ、奴は夜行性で夜にしか狩をせぬという特徴がある』

 俺はそれを聞き、生唾を飲み込んだ。

「も、もし土蜘蛛つちぐもだったら、必ず、成虫になるのは阻止しないといけないね」

 巨大な蜘蛛が自分を丸呑みするのを想像し、俺は寒気がした。

 できれば出遭いたくない化け物である。

 まぁそれはさておき、明日の簡単な段取りを俺は爺さんに言った。

「あと、場所だけどさ。多分、中津市とG県とを隔てた山だと思うから、此処からだと1時間位の所だな。朝8時頃から行けば、結構な時間調査できるよ。それで良いかい?」

『その辺の事は、この地に住まうお主に任せた。我はお主に従うのみじゃ』

「そうか。なら、それで行くよ」

 と、まぁそんなわけで、俺達は土蜘蛛つちぐもの調査をするために、明日の朝、中津市に向かう事になったのである。


 ―― 翌日の朝 ――


 俺は、いつもの日課である朝の術稽古を終えると、中津市に行く準備に取り掛かった。

 山の中に入るかも知れない為、俺は釣に行くとき使う布製のトレッキングシューズを用意し、服装も動きやすい格好を選んだ。上は茶色いミリタリージャケットに下はジーンズといった感じだ。

 それと昨日の夕方だが、鬼一爺さんは『大工さんが木材に線を引くとき使うような墨壷はないのか?』と奇妙な事を訊いてきたのである。

 そんな物は当然持ってない為、『無い』と答えたら、あると助かると言ったので急遽買いに行く事になったのだ。

 因みに購入したのは、ホームセンターの投売りコーナーにあった500円くらいの安い墨壷であった。

 そして、その墨壷と霊符等の術具、幾つかのアウトドア用品、救急用品等をリュックに入れ、俺はアパートを後にしたのである。

 外に出ると空は快晴で、行楽日和といった感じだった。

 やや肌寒い外気だったが、心地よい日の光がそれを紛らわしてくれていた。

 今から面倒な事をしに行くので、外に出た時はやや気が滅入る部分もあったが、この空模様のお陰でそれも少し緩和された感じである。

 まぁそれはさておき、街を歩いていくといつもの通学時と違って人や車通りも少なく、小鳥の鳴き声もよく聞こえるくらい静かで穏やかであった。恐らく、休日の朝だからだろう。ここは平日の方が活気のある町だからだ。

 そんないつもと違う学園町の様子を眺めながら、俺は駅へと向かい歩を進めた。

 それから暫くして駅に到着した俺は、中津市までの切符を購入し、ホームにある青いベンチに腰掛けて列車を待った。

 すると程なくして、中津市方面行きのローカル線である白っぽい車両がやって来たのである。

 因みにこの電車、田舎の方へ行くので2両編成のショボイ車両だ。

 ホームに停車すると扉が開く。

 俺はすぐさまその車両へと乗車した。すると、車両には座る場所がないほど人が沢山乗っていたので、俺は少し驚いたのである。

 というわけで、俺は適当な位置にある吊革に手を伸ばし、心の中で溜息を吐いたのであった。

(おいおい、休日のこんなローカル線で、吊革を握るハメになるとはね……ハァ……)

 電車内には、ピクニックに行くような格好の親子やカジュアルな着こなしの女の子等が乗っていた。あと、二日酔いで頭の痛そうなサラリーマンのオッサンと。

 俺は他の乗客をジロジロと見るのもアレなので視線を車窓に向け、景色を眺めながら中津市までの短い電車の旅を過ごす事にしたのであった。


 その後、中津駅に着いた俺は市営バスの停留所へと向かった。

 昨日、インターネットで例のニュースの事を調べたところ、中津市の霧守高原きりがみこうげんという場所で起きた事が分かったのだが、そこに行く公的な移動手段を探した結果、駅の近くの停留所から霧守高原行きの市営バスが走っているのを知ったからである。

 まぁそんなわけで、バス停で暫く待っていると、紅葉をモチーフにした模様が描かれているバスがやってきた。

 俺はそのバスに乗り、霧守高原へと向かったのである。

 バスが中津市の市街地を抜けると、段々と人通りや車の交通量も減っていき、田園風景へと切り替わる。それから更に進むと田園風景も見えなくなり、草木だらけの森の中をバスは進んで行った。

 まるで、人生の縮図のような景色の移り変わりであった。最後は全て自然に帰るといった感じである。

 それから暫く進むと、今度は一気に開けた場所になった。

 そこは見渡す限りの草原が広がっていたのである。

 俺は前方の道路脇にある大きな看板に視線を向けた。

 すると、そこには霧守高原きりがみこうげんと大きく書かれていたのである。

 ようやく目的地に到着するようだ。

 柵が張り巡らされた草原には、放牧された牛がムシャムシャと草を食べていた。どうやらこの辺りは酪農が盛んなようである。

 そんな、ほのぼのとした霧守高原きりがみこうげんの光景を眺めていると、車内にバス停の位置を知らせるアナウンスが流れてきた。

 それから程なくしてバスは停まり、俺は忘れ物がないか確認した後、下車したのである。

 バスから下車した俺は周囲を見回した。

 するとそこは道の駅になっており、この地域の特産品等の販売が行われていた。結構、人も集まっており、そこそこ賑やかになっている。

 また、クレープや焼きそば、たこ焼き、岩魚の塩焼き等も野外テントの下で販売しており、非常に食欲のそそる旨そうな匂いがあたりに漂っていた。

 あと、このあたりは民宿が多いらしく、それらの看板が近くの巨大な掲示板みたいなのに幾つも張られていた。その他に、スキー場や温泉もあるようで、意外と観光地ぽい様相となっていた。

 そんなバス停付近の景色を少し眺めた後、俺は中津市観光課のホームページからプリントアウトしたこの地域の地図を広げ、目的の山の方へと歩を進めたのである。

 山へと続く道は結構急な坂道なので、いくらアスファルトで舗装されているとはいえしんどい。

 その為、俺は1km程歩いた所で一旦休憩する事にしたのだ。

 周囲には人もいないので、俺はそこで鬼一爺さんに話し掛けた。

「鬼一爺さん、目的の山はこの先のようだけど、相手は化け物かもしれないから、霊符の用意もしておいた方がいいよな?」

『とりあえず、魔除けの符を持っておけ。もし、奴ならば嫌な感じがして、無理してまで近寄ってこんじゃろ。それに夜行性じゃしの』

「それは、もう既にそうしてるよ。昨日の説明聞いたときからそんな気がしたからね」

『なんじゃ。もうそうしておったのか。なら、今は何もないぞ。このまま進むがよい』

「了解」

 こんな感じの会話をしていると、俺達の後ろから一台の車が坂道を駆け上がっていった。

 紺とゴールドのツートンカラーが特徴の大きなクロカン4WDの車だ。

 徒歩の俺と違い、比べ物にならないスピードで力強く駆け上がっていくその姿をみると、若干羨ましく思ってしまう。

 だが、無い物ねだりしても仕方がないので、俺もある程度体力が回復したところで、また坂道を歩き始めたのである。

 そんな感じで暫く進むと、ようやく坂道の終わりが見えてきた。

 すると、山の麓まで伸びたこの道の先は大きな駐車場になっており、その奥には、この辺り唯一の温泉宿である霧守ハイランドホテルの姿があったのである。

 また、駐車場には大型の観光バスが何台も止まっており、今は丁度、団体の観光客がそのバスに乗り込んでいる最中であった。

(ここの宿泊客か……バスも多いし、賑わってんなぁ。まぁそれは置いといて、山道の入口はあっちだったな)

 俺はそこで地図に描かれている山道の入口に目を向けた。

 すると、さっき俺達を追い抜いていったクロカン4WDの姿が視界に入ってきたのである。

 車は山道入口の手前に泊まっていた。

(ン? あの車の人も山に行くのだろうか?)

 ふとそんな事を考えながら、俺は山道の入口へと向かった。

 俺はその際、車内をチラッと見たが、中には誰も乗っていなかった。

 どうやら、もうすでに山の中へと入ったのかもしれない。

 まぁそんな事を詮索してもしょうがないので、俺も山中に入るべく、山道の入口に足を踏み入れたのであった。


 山の中は標高が高いのと木々の枝が日光を遮る為、結構冷えた。少し厚着をしてきて正解だったようだ。

 また、周囲の木々の枝葉には露が至る所に付いており、森全体を余計に冷たく感じさせていた。

 そんな薄暗く若干寒い山中を俺は黙々と登っていった。

 すると暫く進んだところで、鬼一爺さんが俺に話し掛けてきたのである。

『涼一、土蜘蛛つちぐもの痕跡を探すには八つの足跡と、奴独特の鼻にツンとする匂いがあるから、それらに気を配れ。そして、脱皮した抜け殻がないか注意して探すのじゃ』

「了解。ところで、持ってきた墨壷と糸って何に使うんだ? 後で教える、とは爺さんも言ってたけど……」

『墨壷は奴の存在がまことであった場合に備えての物じゃ。今はまず奴の存在の有無をハッキリさせねばならぬ』

「分かった」

 俺と鬼一爺さんはそんな会話をしながら山道を登ってゆく。

 すると、前方に茶色のアドベンチャーハットを被った中年のオッサンが一人、佇んでいたのである。

 服装は水色の作業服の様な物を着ており、靴はゴツイ登山靴を履いている。

 体型はやや小太りな感じのオッサンだった。

 オッサンも俺が登ってきている事に気付いた様で、こちらの方をジッと見ている。

 そして、その差が10m位になったところで、オッサンの方から俺に話しかけてきたのであった。

「おぅ、兄ちゃん。こんな山ン中に一体何しに来たんだ? まさか、首を吊りに来たんじゃないだろうな」

 いきなりこのオッサンは、俺にこんな失礼な事を訊いてきた。

 少し不愉快な気分になったので、俺はしかめっ面をしながらオッサンに答えた。

「はい? 俺はただ登山に来ただけですが」

 何も嘘は言ってない。

 山に来たらどの道登ることになるのだから……。

「登山ねぇ……まぁいいや。それと一つ忠告しておく。あまり、山の中をウロウロしない方がいい。この山には凶暴な獣が居そうだしな」

「凶暴な獣……。一体、何のことですか?」

 俺はオッサンが妙な脅しを掛けて、これ以上進ませないようにしてる気がした。

 もしかすると、このオッサンは何か知ってるのかもしれない。

「兄ちゃん、昨日のニュース見なかったのか? 言ってただろう。干からびた動物の死骸が沢山見つかったって。ありゃ、自然に成ったものじゃない。俺は凶暴な何かがやらかしたとみている」

 オッサンの話を聞き、思わずもっと踏み込んで聞きたい衝動に駆られたが、俺は我慢した。

 とりあえず、平静を装いながら俺は話を続ける事にした。

「ええ、そんな事をニュースで聞きましたが、何を根拠にそう仰るのですか?」

「俺の勘だ。それに、ココだけでもないしな……」

「どういうことですか?」

 すると、オッサンは少し躊躇したが、二枚の写真を俺に見せてくれたのである。

 一枚は猪やカモシカの干からびた死骸で、もう一枚は見た事もない巨大な蜘蛛の様な生き物の抜け殻であった。

 俺はそれを見るなり、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 しかし、ここで予定外の事が起きる。

 なんと鬼一爺さんが写真を見るなり、声を上げたのである。


【お主、一体この抜け殻を何処で見つけた! 教えるのだ!】


 普段は霊圧を下げて人からは見えなくなっている鬼一爺さんだが、実はこうなると話が違ってくる。

 そして、予想通り、オッサンに鬼一爺さんの姿が見られてしまったのである。

「ヒッ、ヒィィィ! な、何だ、一体……この爺さんはァァ」

「オイ! じ、爺さん。興奮しすぎだよ。見えてるよ」

 オッサンは目を引ん剥いて鬼一爺さんを見ると、直立不動でヒキツケを起こしかねん雰囲気になっていた。

 そして、俺は今のこの展開について行けず、右手で頭を抑えながら、ただただ項垂れていたのだった。

 鬼一爺さんの迂闊な行動を呪いながら――


 ――で、それから20分後。

 俺とオッサンはとりあえず腹を割って話をする事にした。

 オッサンは浅野 健次郎という名前で、G県葦原市の葦原警察署に勤務する刑事さんだそうだ。

 で、俺も素性を隠していてもしょうがなくなった為、オッサンに鬼一爺さんを紹介し、ついでに俺の素性も話したのである。

 まぁとりあえず、俺と鬼一爺さんの事は納得してくれた。それでも、最初は爺さんに少しビビっていたが……。

 それはさておき、俺と浅野さんはお互いに持つ化け物の情報を交換する事にした。

 そして俺が話し終えたところで、鬼一爺さんが浅野さんに話を切り出したのである。

『フム……なるほどの。浅野殿といったか、お主の持つその写真とやらに写っておるその殻は、土蜘蛛の抜け殻に間違いない。それで聞きたい。これを見つけたのは何時の事じゃ?』

「一応、一昨日の事だ。俺達が署の方から連絡を受けて山に入ったらこの抜け殻があった。で、これの付近にさっきの獣の干からびた死骸も転がっていたというわけだ。それに加えて、コイツがF県の方へ進んだ痕跡があったもんだから、ちょうど連休って事もあって、俺の独断でココに調査に来たんだよ。ニュースでも出てたしな。ところで爺さん、今の話は本当か? コイツが成長すると村や町の人間を根こそぎ喰らうってのは……」

 浅野さんも、あまりのぶっ飛んだ展開に、いくら非常識の塊である鬼一爺さんの事を受け入れても、そればかりは少し疑っていた。

 刑事としての職業柄、それは仕方ないのかもしれない。

『本当じゃ。しかし、問題は何故、突然現れたのかが分からぬのじゃ。この辺りの土蜘蛛は嘗ての昔、我等が滅ぼしたはずじゃと思っておったのじゃが……』

 鬼一爺さんの話を聞いた浅野さんは、そこで顎に手を当て、思案顔になった。

 何かを思い出しているのだろう。

 程なくして浅野さんは口を開いた。

「これはオフレコだ。他言しないで欲しい。俺はミイラ化遺体事件を葦原署で担当してるんだが、そのミイラ遺体の身元は、考古学者の白川という男だと分かっている。それで、その白川だが、水無原みなばらの遺跡発掘現場で出土した変わった壷をえらい熱心に調べていたそうだ。出土した当時、一緒にいたG県の埋蔵文化財担当の者がそう言っていた。で、この壷だが、白川が行方不明になってから少し変わった所があったそうだ。何でも、出土した当初は壷の口が何かで塗り固められていたらしいんだが、それを境に、塗り固められていた物がなくなって壷の口があらわになっていたそうだ。このくらいかな、俺の今知っている情報は」

 浅野さんの説明を聞くと、鬼一爺さんは何やら考え込む。

 そして、ボソッと呟いたのであった。

『それは、蠱壷むしつぼかも知れぬ』

「「むしつぼ?」」

 俺と浅野さんは綺麗にハモッた。

 鬼一爺さんは続ける。

『そうじゃ、今から凡そ1500年程前の話じゃが。当時の日ノ本には呪禁師じゅごんしという世の支配者のお抱え術者がおってな。その呪禁師じゅごんしの使う呪禁道呪術じゅごんどうじゅじゅつというものの中に厭魅・蠱毒法えんみこどくほうという術があるのじゃよ。己の霊力で蠱を壷の中で調伏ちょうぶくして、呪術具として操る邪法じゃ。まぁ小さい頃の土蜘蛛つちぐもしか操るなんて事は無理じゃがの。ともかく、今の話を聞く限りじゃと、恐らく、それが出て来たのじゃろう』

「ちょっと待てよ、鬼一爺さん。1500年も壷の中に居た土蜘蛛つちぐもが何で生きてるんだよ」

 すると、意外な答えが帰って来た。

『涼一、お主は普通の虫と同じ様に考えておるのかも知れんが、土蜘蛛はもはや虫として、嫌、生き物としての枠をはみ出しておるのじゃ。物の怪は、例え生きる為のかてが得られんでも、己を仮死状態にしてでもその苦難を乗り切ってしまうのじゃよ。そこ等にいる虫と同じ様に考えてはならぬぞ』

「お、おう、分かった」

「まぁそれはともかく、どうするんだ? そんな化け物を野放しになんて出来ないぞ」と、浅野さん。

『我等も、土蜘蛛つちぐもだった場合の事も考えて、用意だけはしてこの地にやってきた。それで、今からその対処を説明しようと思う。浅野殿も手伝ってくれるか?』

「聞いちまったからな……良いだろう。で、何をするんだ?」

『では話すとしようかの』

 俺と浅野さんは身を乗り出して、鬼一爺さんの話に耳をそばだてる

 そして、それを聞き終えた後、俺達は土蜘蛛退治の準備に取り掛かったのである――

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