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霊異戦記  作者: 股切拳
第壱章  二律双生の門 
1/64

壱ノ巻 ~鬼神 一

   【 壱 】



 ――いかぬ……このままでは鬼神の封印が解けてしまう。

 早く封印の呪法を施さねば、この地に未曾有の災いが降り掛かる。

 じゃが、今の我にはそんな嘗ての力など最早持ってはおらぬ。

 我が術を施す事は叶わぬことじゃ。

 もう十夜もつまい……。

 このまま封印が解けるのをただ待つばかりなのか。

 あぁ、クチオシヤ……クチオシヤ――



 F県 物部市の北東に御迦土岳みかづちだけと呼ばれる標高2000m程の山がある。

 緑溢れる山で、山中には幾種類もの野鳥や野生動物が生息する、物部市を代表するといっても過言ではない美しい山である。

 そんな御迦土岳みかづちだけには、F県を横断する一級河川 石守川いしがみがわの源流があり、非常に澄んだ綺麗な水が山中を流れていた。その流れの速い水流の音や水飛沫みずしぶき、そして生い茂る木々とのコントラストは訪れる者に癒しを与えてくれる、美しくも優しい空間を作り出しているのである。が、しかし……。

 その美しい渓流からやや離れた位置に、不気味で巨大な、黒い大岩のある開けた場所があった。大岩の周囲には草や木々は生えておらず、土と砂利だけの荒れ果てた地面が剥き出しになっていた。その様はまるで、大岩が大地の養分を吸い上げる様にも見え、この緑溢れる美しい御迦土岳みかづちだけにおいて、大岩のあるこの場所だけが別世界のように、重苦しい空気で満ち溢れているのであった――



   【 弐 】



 俺の名前は日比野涼一。歳は19で彼女はいない。趣味はフライフィッシング。身長は180cm、体重65kg。容姿は友人に言わすと、好みの分かれるタイプだそうだ。因みにその時、「皆そうやろ!」っと突っ込みを入れたのは言うまでもない。容姿の特徴を敢えてあげるなら、髪をかなり短かくカットした爽やかなヘアースタイルだろうか。まぁ早い話が、そのくらいの特徴しかない男である。要は凡人という奴だ。

 それと職業は学生で、今年の春に入学したF県の高天智市にある、高天智市立大学の工学部・電気電子工学科に通っている。一応言っておくと、高天智市はF県の県庁所在地だ。

 とまぁ、自己紹介はこの位にしておくとして、ここからは俺の人生を狂わせた……嫌、狂ったというか世界観が大幅に変わったというか……そういう大きな変化を俺にもたらした、世にも恐ろしい体験を記述していこうと思う。

 人生というのは往々にして、避けて通れない重大な選択をしなければならない時があるが、この話も正にその選択によって生まれた話である。

 こんな話をこうやって記録しようと思ったのは、これから書き綴る内容を読んで貰えば分かる筈だ。

 さて、それでは始めよう。それは、今から遡る事2ヶ月前……8月13日に起こった話だ。そう、その日の事は今でも鮮明に憶えている。朝から暑い陽射しが降り注ぐ真夏日で、外から発せられる蝉達のやかましい絶叫で俺は目を覚ましたのだ……。


 当時、俺はお盆という事もあり、物部市にある実家に帰省していた。

 一応言っておくと、物部市は山や田んぼが市の7割は占めているもの凄い田舎である。

 実家には親父とオカン、そして、爺ちゃんと6つ下の妹の4人が暮らしている。取り立てて何の特徴もない、ごく普通のありふれた一般家庭というやつだ。

 因みにだが、大学のある高天智市と物部市は約90km程離れている為、俺自身は高天智市で一人暮らしをしている。同じF県なので、偶に用事で家に帰ったりもする所為か、帰省しても『遠路はるばる返ってきたぜ』なんて感じには全然ならない。それは家族にしても同じ様で、この日も、いつもと変わらない日比野家といったところであった。

 さて、そろそろ本題に入ろうと思うが、今回、俺は帰省したついでにある計画を立てていた。

 上にも書いたと思うが、俺の趣味はフライフィッシング。早い話が擬似餌の魚釣りの事だ。毛ばりという虫に似せた釣針フライを使い、それを水面に浮かべて魚を釣るというシンプルな釣りだが、中々に奥の深い釣法で、俺はそれにハマっているのである。

 念の為に言うが、ハエ捕りやフィッシング詐欺とは全然関係ないのであしからず……。

 話を戻そう。

 その日、地元で有名な渓流釣りの名所でフライフィッシングをする計画を立てていた俺は、朝食を食べた後、用意しておいたアウトドアな衣服や道具を身に着け、高校時代に使っていたチャリンコで、今回の釣り場所である物部市の北東に聳える御迦土岳みかづちだけへと向かったのであった。

 御迦土岳みかづちだけは、実家から10km程離れており、久しぶりにチャリンコを乗ったという事もあったせいか、麓に着いたころには肩で息をしていたのを憶えている。

 その為、俺は暫く麓で休んでから、渓流釣りのポイントへと向かい歩き始めたのだ。


 御迦土岳みかづちだけの山道には線路のように、二本の轍が何処までも伸びていた。これを見る限り、車も良く通るのだろう。

 そんな山道を進むに従い、先程まで五月蠅いくらいに響いていた蝉の鳴き声は何時の間にか聞こえなくなっていた。物音も少なくなり、聞こえてくるのは野鳥の鳴き声と、俺が歩く度に鳴るリュックに括り付けた熊避けの鈴の音色だけであった。

 その為、少し心細くなった俺は、周囲の景色を見て気を紛らわす事にしたのだ。

 山道の両脇に目を向けると、手入れの行き届いた沢山の杉が視界に入ってきた。結構上のほうまで枝打ちがされており、木々が密集している割に、すごく見通しが良かった。恐らく、地元の森林組合とかが手入れしてるんだろう。

 上に視線を移すと、木々の隙間から燦然と輝く太陽が俺を照りつけていた。しかし、不思議と山に入ってからはそれ程暑さは感じず、逆にやや肌寒いくらいだった。やはり山中は、木々が日影をつくるので、それ程気温は上がらないのだろう。

 ふとそんな事を考えながら、俺は奥へと進んで行く。

 そして、歩きだしてから約20分程経った頃だろうか。右側の方から「サァァァ」という水の流れる音が聞こえてきたのであった。

(ようやく、釣りポイントか)

 俺は喜び勇んで足早に歩き出した。

 音が大きくなるにつれ、音源である川の姿も見えてくるようになる。

 それから更に進むと、山道と川の間に障害物の少ない、なだらかな傾斜地が俺の視界に入ってきた。

 俺は此処が川に降りるのに一番楽な場所に思えたので、早速、降りることにした。

 遠目では分からなかったが、その傾斜地には幅50cm程の歩道が一筋、川に向かって伸びていた。

 俺はこれ幸いとその歩道を進み、川のほとりへと向かったのである。

 川の付近は水の冷気もあり、山道と比べると、更に肌寒い気温となっていた。

 もう少し厚着をして来ればよかったかな……などと思いつつ、俺は周囲にある適度な大きさの岩に腰掛ける。それから背負ったリュックを降ろし、まずは身体を休める事にしたのだ。

 俺は大きく深呼吸をして、自然の作り出す不思議な癒しの空間を暫く堪能する。それから暫しの休憩の後、俺はリュックからフライロッドや道具を取り出して、釣りの準備に取り掛かったのであった。

 とまぁここまでは何の変哲も無い、ただの釣りに行った話だが、厄介な出来事はこの暫くの後にやって来たのである……。



   【参】



 ムッ、近くに人の気配がする……。

 どうやら、川で何かをしている様じゃ。……これは良いかもしれぬ。

 あの若い男の霊力を操り、術を行使すれば鬼神の復活は止められるやも知れん。

 じゃが、あの男の体が術に耐え切れるじゃろうか。

 あの若さなら死ぬ事は無いかも知れんが、暫くの期間は身体を動かすことは出来んじゃろう。

 しかし、これを逃せばもう後が無い。

 もはや、悠長に方法を選んでいる場合ではない。

 一刻も早く、あの男をこの大岩の場所まで呼ばねばならぬ。

 許せ……見ず知らずの男よ――



   【四】



 魚に見えないように適度な岩に身を隠し、フライロッドを振る。そういうのを想像しながら、キャスティングの練習を重ねてきた。

 フライフィッシングはハッキリ言って余り釣れない釣りだ。けど、この釣りは一度はまると抜け出せない。この釣りは技術力と観察力が一つになって釣果が上がる、マニア向けの釣法である。

 だいぶ前だが、ネットでフライフィッシングの事を調べていた時にキャスティングだけの大会なども行われていると知り、驚いたのを憶えている。

 まあ、熱く語ったが、俺自身もキャスティング技術が向上してきた時に山女やまめを釣り上げて以来、釣の奥深さを身をもって知る事となり、ここまでのめり込む様になったのである。

 と、話がマニアックになってきたのでこれで終わりにする。


 釣を始めてから2時間程経った頃の事である。

 キャスティングの最中に、誰かが俺に声をかけてきた気がした。

 その為、俺は周囲を見回す。が、誰もいない。

 空耳と思った俺は、そこで再度キャスティングをしようと竿を振りかぶる。

 だがその時、今度はハッキリとした声が、俺の背後から聞こえてきたのであった。

『そこの男よ、頼みがある』と。

 俺はビックリして後ろを振り向く。

 そして俺は驚きのあまり、大声を出して後ずさったのだ。

「ウワァァ。あ、あんた何時の間に!」

 なんと其処には、えらく古風な格好をした爺さんが宙に浮いていたのである。

 その爺さんはとても長い白い髪と髭が特徴で、服装も以前見た鎌倉時代物の大河ドラマにでてくる武士のような服装をしていた。

 しかもその爺さんは体が透けており、後ろの風景がおぼろげながら見えるのである。

 こんなのに遭遇したら、誰だってこう叫ぶだろう。

「ゆ、ゆ、ゆ、ゆゥゥれェェェェ!」

 この時の俺は、多分、声が裏返っていたと思う。

 そして、お約束のように、俺は次の行動へと移っていたのだ。

 そう……俺はフライロッドを放り出して、一目散に逃げ出したのである。

 しかし、直ぐにまわり込まれてしまう。

 気が動転している俺は、また一目散に逃げ出す。

 しかし、またまわり込まれてしまう。

 俺は尚も、某RPGゲームのように、逃げる事を選択する。

 だが、そんな事を何回か繰り返したところで、幽霊爺さんは突然、俺の前で土下座をし、懇願する様に訴えかけてきたのであった。

『ま、待つのじゃ。驚かせたのは謝る。この通りじゃ。まず、話を聞いて欲しいのじゃ』

 幽霊爺さんの必死な眼差しと、土下座という意外な行動が、俺を少しだけ現実に引き戻した。

 そして徐々にではあるが、俺も落ち着きを取り戻し始め、目の前にいる幽霊のような存在を、渋々、受け入れる事にしたのである。

 若干震えながらではあるが、俺は幽霊に声を掛けた。

「じ、じ、爺さんは、ゆ、幽霊なのか?」

『似たようなものではあるが、我は幽霊ではない。意思を持つ霊体だと思ってくれ』

 俺はどもりつつも質問を続けた。

「い、意思を持った霊体? ま、ま、まぁ、いいや。お、俺に話があるって言ったけど、な、何?」

『おお、それなんじゃが……。実は、今、大変な事がこの地に起きようとしておるのじゃ』

「た、大変な事?」

『うむ。……今から800年程前の話になるのじゃが、その昔、この地で、してはならぬ禁術・鬼降ろしの呪法を行った者がおったのじゃ。そしてその忌まわしい出来事が、今また起きようとしておるのじゃよ』

「鬼降ろしの呪法?」

 何の事か知らんが、ヤバそうな名前である。

 幽霊爺さんは続ける。

『人の身に鬼神を宿らせる呪法じゃ。じゃが、この呪法を行った者は強大な力を得る代わりに、自我を失い暴走するという諸刃の剣でもあるのじゃよ』

「なんじゃそりゃ、何の為にそんな事すんの。自我を失うって事は力をコントロールできんやんか。意味ねぇやん」

 訳の分からん話だ。

 幽霊爺さんは、悲しげな表情を浮かべると言った。

『深く悲しい経緯があるのじゃ。その昔、怒りと復讐心で荒れ狂い、暴走した男がおった。その男は鬼の力を手に入れて鬼神となり、不条理な世を破壊しつくそうとしたのじゃ……』

「ふぅん……そうなんだ」

 俺も最初は爺さんの話を疑って聞いていたが、目の前の非常識な現実と照らし合わせて考えるとまんざらでもない様に思えてきた。

 それに、この時の幽霊爺さんは当時の事を噛み締めているのか、最後のくだりの部分は弱々しく、そして、悲しい声で語っていた。

 後から聞いた話ではあったが、理由を知ったときは俺もいたたまれない気持ちになったのを憶えている。

 しかし、当時の俺はそんな事は分かるわけも無い為、今起きている事を頭に巡らせていたのであった。

 俺は疑問を問いかける。

「ところで、その鬼降ろしの呪法とやらの事は分かったけど、それと俺が一体どういう関係があるんだ?」

『まあ待て。順を追って話す。鬼降ろしを行ったその男は、それはもう恐ろしい程の力を手に入れよった。大地を震え上がらせる位にな。まさしく鬼神と呼ぶに相応しい力じゃ。我等も一度は挑んでみたものの、倒す事は不可能という結論に至った。そこで我等は策を練り直すことにした。そして必死になって策を練った結果、我等は龍穴から噴き出す大地の霊力を借りて封印の呪法を施すという結論に至ったのじゃ』

 なんか知らんが、色んな意味で壮大な話である。

「それで、うまくいったのか?」

『ああ、うまくいった。其処までの道筋は口で言うほど容易ではなかったがの。しかし、この封印の呪法には最後にやらねばならぬ事があるのじゃ』

「やらねばならぬ事?」

『うむ。それはな、術者自身が人柱にならねばならぬのじゃよ。これだけは避けて通れぬのじゃ』

「って事は……まさか……爺さんが?」

『あぁ、そうじゃ。我の命と引き換えに封印を施したのじゃ。そして、我自身が霊体となりて龍穴から噴き出す地霊力を操り、鬼神を封印し続けて来たのじゃよ』

 爺さんの説明に、聞いた事ないような単語が次々と出てくるので、俺は少々面食らったが、とりあえず質問を続けた。

「それじゃ、今までは良かったけど、現在は良くないことでもおきたのか?」

『……ほう、お主なかなか物分りがいいの。その通りじゃ。龍穴から噴き出す地霊力が弱まって来た為、このままでは鬼神の封印は解けてしまうのじゃよ。もう一度封印を強化せねばならぬのじゃ。じゃから我はお主に協力をお願いしておるのじゃよ』

「ン〜でも、それが原因なら俺にはどうする事も出来んぞ。そんなオカルト関係とは無縁の生活を今まで送ってきたからな。俺は唯の一般人やから、他の人間を当たった方が良いと思うぞ」

 爺さんは頭を振る。

『実はな、もうそんなに悠長に構えてられぬくらいに事は切迫しておるのじゃ。それに、地霊力が弱まった原因も分かっている。何より、我にはその為の策もある。じゃから、どうか我を信じて力を貸してくれぬだろうか? この通りじゃ』

 爺さんは、さっきと同じ様に、また俺の前で土下座をして頼み込んできた。

 俺はそんな爺さんを見て、複雑な心境になりつつ、暫し考える事にしたのである――


 ――どうすっかなぁ……。まぁ、話してみた感じそんな悪い爺さんにも見えんが、話の内容がすごい重いしな。

 しかも鬼神て……物凄く重いわぁ。RPGやないんやから、勘弁してくれよ。

 はぁ……でもまぁとりあえず、危険な事かどうかだけ聞いとくか。どうせ俺に出来る事なんて簡単で安全な事しかないし。

 仕方ない。危険やったら撤収で、安全で尚且つ簡単やったら手伝ってやるという事にするか――


 ――という結論に達した俺は、未だ土下座を続ける爺さんに訊いてみる事にした。

「な、なぁ、爺さん。因みにそれって危険な事なん?」

『……だ、大丈夫じゃ。何も心配するような事ない』

 爺さんは少し間を空けてからそう返事した。

 後になって冷静に考えてみたが、この時の爺さんの目はかなり泳いでたように思う。

 しかし、当時の俺は色んな事が沢山起こりすぎて頭がパニック状態だったので、こんな簡単な状況証拠をも見逃してしまっていたのであった。

「そ、そっか。危なくないなら、手伝ってもいいぞ。あ、そうだもう一つある。それは簡単な事なのか?」

『あぁ、それは心配せんでもエエ。お主は、ただ立っているだけで良いんじゃ』

「エッ、立ってるだけなの? そのくらいなら構わんよ」

 俺の返事を聞いた爺さんは、明るい表情になり、口を開いた。

『おお、やってくれるか、見ず知らずの旅の男よ』

「やめてくれよ爺さん。俺は旅人なんかじゃねぇよ」

『そうかそうか。まぁそれはともかくじゃ。では、早速、龍穴の所まで行くとしよう。こっちじゃ。暫くは歩かねばならぬが、それは堪忍してくれ』

「ああ、わかったよ」



   【伍】



 問題の龍穴は10分程歩いた所にあった。

 だが、俺は現場に着くなり、目の前に広がる光景に思わず言葉を失ったのであった。

 何故ならそこは、一般人の俺でも何かがおかしいと分かるほどの異様な光景となっていたからだ。俺の目の前には、草木一つ生えてない荒れ果てた大地が広がっており、尚且つ、重苦しい空気に満ち溢れていた。しかも、その光景のど真中には、不気味で黒い大岩が異様な存在感を放ちながら鎮座しているのである。

 その様子はまるで、大岩に大地の養分を吸い取られているかのようであった。

(こんな場所が、御迦土岳みかづちだけにあったなんて……)

 これが正直な気持であった。

 俺は生唾をゴクリと飲み込み、爺さんにこれからの事を訊ねた。

「お、おい、爺さん。一体どうするんだ? それと、あの岩がすごい不気味なんやけど……」

『あの大岩が封印石の役目を果たしておる。その下が龍穴じゃ。そして、この地が荒れておるのは地霊力の弱まりが原因じゃ。……さて、それでじゃが、お主はとりあえず、この封印石の前に立っていて貰いたいのじゃ……大体、この辺りかの』

 爺さんはそう言いながら、大岩から15m程離れたとある位置を指さした。

「お、おう。其処だな」

 爺さんの雰囲気は、この地に入ってからうってかわり、恐ろしく切羽詰まった表情をしていた。

 恐らく、もうギリギリの状態だったのだろう。

 指定された位置に俺が移動したところで、爺さんは次の指示をしてきた。

『お主はそこで目を閉じ、暫く立って居てほしいのじゃ。そして、大きく息を吸い、大きく息を吐く、これを暫く繰り返してほしいのじゃよ。よいかの?』

「目を閉じて、大きく深呼吸すりゃ良いんだな。分かったよ」

 この行動に一体どんな意味があるんだろうと、当時、不思議に思っていた。

 しかし、まぁ、大して面倒な事でも無かったので、爺さんに言われるがまま、俺はそれらを実行したのであった。



   【六】



 ――すまぬ、見ず知らずの男よ……。

 お主の霊力を封印の強化に使わせてもらうぞ。先程、会って分かったが、中々に強い生命力をお主から感じた。

 恐らく術に何とか耐えれるじゃろう。暫くの間は動けぬ日々が続くじゃろうが、死ぬわけではない。

 術を行使した後は、我が責任を持ってお主を麓まで送り届けてやろう。恐らく、麓の村の者達がお主を介抱してくれる筈じゃ。

 さて、ではお主に憑依して封印の強化を施すとしよう。

 許せ……。お主の力でこの地の平穏が保たれるのじゃ――



   【七】



 俺は爺さんから言われたとおり目を閉じ大きく深呼吸を繰り返していた。

 だがその最中、ふと意識が朦朧とするような感覚が俺に襲い掛かってきた。

 そして、次の瞬間、俺は頭の中が真っ白になり、フッと意識を手放したのであった――

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