ハバキア帝国潜入調査(2)
石ころと低木だらけの街道、ナイフで切り分けられたような黒い石屋根の建物。ハバキア帝国の街並みはどれも似通っている。
国境の町ヴァーミリオンの次に訪れたのは、果実と酒の町ドランジュ。
ここでは両親と軍学校の友達へのお土産に果実酒を買ったことがある。
「ドランジュの町ではね、いろいろな果物が採れるの。もともとは自然のものを採るだけだったけど、国の政策で整備してから収穫量が増えて、食べるだけでなくお酒とかジャムに加工してるんだ」
硝子細工の町ルート。
ここではシエロ君とクリアちゃんのために砂時計を買った。
「どの建物も同じような屋根でしょ?見た目の統一感を出すために、このあたりで採れる石を平らに加工したものが使われてるんだ」
鉄製品の町トルメス。
ここでは両親に鋳物のタンブラーを買った。
「このトルメスの町はね、鉄製品を扱う店が多いんだ。鉄と石炭が採れる山の麓の村で造られた刃物とか鋳物とかが流通してるの」
町に着くたび、目立つ建物を見るたび、見覚えのある店を目にするたび、案内してくれたカチュアの言葉を思い出す。
彼女の生家であるユーロ侯爵家からの帰り道、国境までゆっくり馬車の旅を楽しんだのはもう5年近くも前になる。
彼女は今頃どうしているだろうか。未だに手紙のやりとりは続いているが、この半年はそれさえできていない。
お互いに職務上、所在を明らかにすることができないからだ。家に届いた手紙を預かっていてもらい、たまに帰ったときに開封して返事を書くことしかできない。
それに国の機密に触れる立場である以上、どうしても話題や言葉を選ぶ必要がある。あれほど一緒の時間を過ごしたというのに、よそよそしいと思われてはいないだろうか。
「ユイ君、そろそろ行くよ」
「・・・あ、はい」
「どうしたよ、若い頃の思い出ってやつに浸ってたか」
「私まだ20歳なんですけど!」
フェリオさんとミハエルさんに促されて、私は坂を下り始めた。
静かに空を映す水面、幾重にも連なる石造りの城壁、その隙間から覗く木々。
ユーロ侯爵領を見下ろす小高い丘。ここは以前、カチュアとお兄さんのヴィクトールさんに連れてきてもらった場所だ。
帝都に向かうにはユーロ侯爵領を通過するのが最も近いのだが、侯爵家に滞在したことがある私がこの町を通るわけにはいかない。
国交を断たれたエルトリア王国の公職にある者がここにいるはずがないのだ。万が一ユーロ侯爵家の者が私を見つければ、立場上捕えない訳にはいかない。
ここを訪れるだけでも危険を伴うのだが、親友の影が差す町を見ずに済ませることはどうしてもできず、二人に無理を言ってしまったのだ。
カチュアから贈られた銀鞘の細月刀を握り締める。
「また会えるよね」
「会えるよ、必ず」
軍学校の正門でそう言って別れたきり、4年が経つ。
まさかこれほど会えないとは、ここまで情勢が悪くなるとは考えてもみなかった。
何故だろう、このまま彼女と会えずに生涯を終える気はしない。
しかし今は駄目だ。互いの立場で、この情勢で私達が再会すれば、決して旧交を温めることにはならないだろう・・・。




