亜人種自治区における産業の調査及び振興(4)
「せんせい、あぶない!」
何の前触れもなく突き飛ばされた。プラたんと一緒に草の上に倒れ込む。
私達を突き飛ばしたテロル君が巨大な鉤爪に捕らえられ、宙に連れ去られた。
「鷲獅子!いつの間に!」
ただ油断を悔やむ私より、生徒を案じるプラタレーナ先生の方が早かった。
「疾き風の精霊、ただ空を裂いて奔れ!【風の刃】!」
鉤爪の根元から血飛沫が跳ね、魔獣は捕らえたばかりの獲物を手放した。
次の魔術は私の方が早かった。たびたび実戦で使い慣れてもいる。
「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ!【落下制御】!」
ゆっくりと地面に落ちたテロル君をプラたんが抱きかかえ、木の陰に隠れた。
鷲の前半身に獅子の胴体、見るからに奇怪な生物が頭上を旋回し、敵意に満ちた咆哮を上げる。
巨大な猛禽類に餌として認識されることがこれほど恐ろしいとは。腰の細月刀を抜き放ったものの、あの巨体を相手にどれほど役に立つだろうか。
「草木の友たる大地の精霊、来たりてその姿を映せ。【質感・植物】」
プラタレーナ先生は詠唱とともに、自らが持つ短杖でテロル君の頭にこつんと触れた。
柔らかい茶色の体毛に包まれた姿が薄れていき、下草の質感と同化する。遠目には姿が消えたように見えるだろう。
「テロル、走って村まで行くだ」
「せんせいは?」
「先生も後から行くだよ。早くすれ」
テロル君は何度も後ろを振り返りながらも村に向かったようだ。
ようだ、というのは、すぐにその姿が森に溶け込んで見えなくなってしまったからだ。
さて・・・
私とプラたんは顔を見合わせて頷いた。
【質感】の効果時間は300秒程度、それも完全に姿が消えたわけではない。テロル君が距離を稼ぐまで鷲獅子の気を引かなければならない。
私は敢えて道の中央に立ち、剣を構え直した。
「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初めの力を与えたまえ!【身体強化・敏捷】!」
鳥とも獣ともつかぬ巨体が眼前に迫ったところで地面に身を投げ出す。その恐ろしげな爪は躱したものの、身を叩く突風に立ち上がることすらできない。
「・・・草木の友たる大地の精霊、その長き手を以て彼の者を戒めよ。【根の束縛】」
プラたんの杖に合わせて木々の根が地面を突き破り、宙に手を伸ばす。
道を覆わんばかりのそれは魔獣を絡め捕るかに見えたが、有翼獅子は大質量に物を言わせて引きちぎり、再び空に舞った。
「・・・逃げられた」
「でも良かったみたいだよ、警戒してる」
プラたんの【根の束縛】に捕らえられかけた鷲獅子は、私達をただの餌から警戒すべき敵に認識を改めたようだ。高さを保って頭上を旋回している。
このまま見逃してくれれば、せめてテロル君が村に着くまで旋回し続けてくれれば・・・
という目論見は、あまりにも甘かった。
鷲獅子は小賢しい敵よりも、抵抗する術のない餌を選んだ。【質感】の効果時間が終わり、姿が露わになったテロル君めがけて降下する。
「しまった!」
「ユイちゃん走れ!【雷撃】!」
不意の雷撃をまともに受けた鷲獅子は、身体を硬直させて地に堕ちた。
地響きに構わず駆け、勢いをそのままに剣を奔らせた。鷲と獅子の境目あたりから鮮血が噴き出す。
しかし獰猛で知られる魔獣は怯んだ様子もなく、嘴で、鉤爪で、空を裂き地を穿つ。それを細剣で受け止めることなどかなわず、ただ身を躱すのみ。
ずいぶん村に近いところまで来てしまった。テロル君はもう村に着いただろうが、これでは村に被害が出かねない。
それに・・・プラたんは無詠唱で中級破壊魔術を使ってしまった。軍学校時代よりも力を付けたのは間違いないが、その代償は大きいようだ。両膝をついて短杖にしがみついているだけで、もう魔術は使えそうにない。
「内なる精霊、生命の根源たる者よ。我が魔素を贄とし仮初めの血肉となれ・・・」
私の剣が通じる相手でもないだろうが、もうやるしかない。




