亜人種自治区における産業の調査及び振興(1)
ご来訪ありがとうございます。
章は変わりませんが、前回から少し時が経ち、舞台が変わります。
引き続きお付き合い頂けますと幸いです。
こんな高揚感は久しぶりだ。
エルトリア王国の巡見士となって2年、様々な現実を見てきた。
アカイア市冒険者ギルドの怠慢に始まり、亜人種自治区との不平等交易、居住地域による貧富の差、既得権益層の妨害による産業の停滞。
かつて思い描いていたような、見知らぬ地を巡り、幻想的な光景に胸躍らせ、異種族の文化に触れ、それらを書き記すような任務はほとんど無かった。
少しでも現状を改善しようと動いても有力者に握りつぶされ、王都に報告しても動きは鈍く、溜息をつきながら配慮だらけの無難な報告書をまとめる。忘れかけていた前世をわざわざ思い出させるような仕事ばかりが続いていた。
でも今回は違う。ずっと申請していた亜人種自治区における産業の調査及び振興、この件への着手が認められたのだ。
そして現地の案内人から、調査に協力する旨の返書が届いた。
私が握るそれには、丁寧に書かれた小さな文字が並んでいる。
差出人はプラタレーナさん、通称プラたん。無口なハーフエルフ。
あの濃密な2年間を共に過ごした、軍学校時代の友人だ。
エルトリア王国南東部、広大な森そのものを領域とする亜人種自治区。
王国の庇護のもと高度な自治を許されている・・・というのは人間達の言い分で、そこに住む亜人種や半獣人の多くは人間の王国など相手にしていない。境界にあるいくつかの村で交易を行っているだけだ。
馬車が通れるような街道を外れて徒歩で1日。
交易村の一つ、森の木々が石造りの町をほとんど飲み込んでしまったような場所にたどり着いた。
フルシュ村。地図にもプラたんからの手紙にもそう書かれている。
二足歩行の兎のような種族の子供と、耳の長い子供が駆け去っていく。
大柄な毛むくじゃらの女性と擦れ違う。
屋台で飲み物を売る女の子の背中には、大きな白い翼が生えている。
かといって、こちらが注目されている様子もない。交易に訪れる人間も少なくないのだろう。
私は屋台で果物のジュースを注文して、この村にあるという学校の場所を聞き出した。女の子はぱたぱたと翼を小刻みに動かしながら、その場所を教えてくれた。
「学校」。蔓だらけの大木に掛けられた看板に、それだけが記されている。
町の名前も人の名前も冠さない、「学校」。何だか素朴で嬉しくなってしまうのは何故だろう。
建物は古い教会を利用しているのだろうか。木々に侵食されて装飾物などは跡形もないというのに、建物自体は大して傷んだ様子もない。私達が使う魔術にそのようなものはなかったと思うが、何らかの力で守られているのかもしれない。
「そったら難しく考えることねえだ。先生の後について、ゆっくり読むだよ。『この果物はおいくらですか?』」
「このくだものは、おいくらですか!」
「1つ15ペルです」
「ひとつ、じゅうごぺるです!」
開け放たれた教室の窓から懐かしい声が聞こえてきた。
豊かに波打つ亜麻色の髪、そこから飛び出した長めの耳。
様々な種族の子供達に読み書きを教えているのは、まぎれもなく私の学友だ。
「頑張ってるね、プラタレーナ先生」
「ユイちゃん!!」
授業の邪魔をするつもりはなかったのだが、懐かしさのあまりつい声をかけてしまった。
窓越しに私の両手を握ったプラたんは一つ咳払いをすると、尖った耳をぴんと立て、正しい発音の共通語で言い直した。
「・・・ようこそ、フルシュ村へ。ユイちゃん」




