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せっかく美少女に転生したのに不幸なまま終わってたまるか!  作者: 田舎師
3章 エルトリア巡見士
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少女の帰還(5)

私は深々と頭を下げて、街外れのパン屋さんを後にした。


この店は子供の頃、一度だけ泥棒をしてしまった場所だ。


その日私は牧場のお仕事をしていたのだが、いつものように乳牛のミルティから直接牛乳を飲んでいたところを雇い主に見つかってしまい、しこたま殴られ蹴られた上に給金を貰えなかった。


空腹に耐えかねてこの店のパンを手に取り逃げ出したのだが、すぐに目を回して倒れてしまった。

気が付くとパン屋さんの家で、看病してくれた奥さんはもう1個パンをくれた。私は泣きながらそれを食べて何度も何度も謝り続け、もう何があっても二度と人のものは盗まないと誓った・・・。


10年以上が経ってようやく謝罪し、あの時のパンが200個は買えるお金を受け取ってもらった。

立派になったな、また来てくれよ。と声をかけてくれたが、それで私の罪が消えたわけでもないだろう。

ただ今の私にできることを済ませて、心のつかえが少し減っただけだ。




私は今日でアカイア市での任を終え、次の任地に旅立つ。

その前にもう一人、どうしても会っておきたい人がいる。


「確かこの辺だったような・・・あ、あれかな?」


街外れのさらに外れ、倉庫が立ち並ぶ一角。整然と区分けされてはいるものの、ところどころ馬車や荷物が置かれて見通しは良くない。

しばらく探し回った末、ようやく見覚えのある馬車を見つけることができた。黒っぽい塗装はさらに剥げているようだが、耳の先が黒い葦毛の馬はあの時と同じ子だ。


さらに待つこと(しば)し。陽が傾いてきた頃、やはりこの時刻に現れた。

あの時は朝日を背にしていて顔がよく見えなかったが、体格といい逞しい髭面といい、おそらく間違いない。


「あの・・・」


いきなり声をかけられて、相手は用心したようだ。数歩の距離をそのままに視線だけを向けてくる。

今日の私は普段着とはいえ、腰に業物の細月刀を下げている。目の利く人が見ればただの町娘とは思わないだろう。


「夕刻に荷を運ぶ商人さんですね?数年前にお世話になったことがあります。そのお礼をと思って参りました」

「・・・覚えがねえな」

「3年ほど前です。事情があって追われることになり、この馬車に逃げ込みました。翌日カラヤ村に着いたところで起こされ、パンを1つ頂きました」

「・・・」

「その時あなたは言いました、『無料(ただ)じゃないぞ』と。代金を払わせてください」

「生きてて何よりだ、お嬢ちゃん。だがお代はいらねえよ。うちは駅馬車じゃねえんだ」


やはり。この時刻から夜を徹して荷を運ぶからには、特別な事情があるという事だ。

お金を受け取らないのも、足がつくことを恐れての事に違いない。


「ではお礼だけ言わせてください。あの時は貴方(あなた)のおかげで生き延びることができました。ありがとうございます」

「律儀なお嬢ちゃんだな。確かに礼は受け取ったぜ」


私は頭を下げただけで立ち去った。

これ以上引き留めるのは迷惑なだけだろう。人にはそれぞれ事情があり、礼を受け取らない自由もあるはずだ。




この商人さん、先ほどのパン屋さん、牛のミルティ、ギルドの事務員レナータさん、新しい父親になってくれたカイルさん。何度も切れかけた私の人生の糸は、ぎりぎりのところで誰かに繋いでもらってきた。

まだまだ恩を返していない人はいるけれど、陽も暮れてきた。そろそろ宿に戻らなければ・・・


「ユイちゃん!ユイちゃんだろ、クレイマーさん()の!」

「・・・」

「しばらく見ないうちに立派になったね。巡見士(ルティア)になったんだって?すごいねえ」

「ええ・・・」

「もちろん家に寄って行くんでしょ?お母さんに報せてくるよ!」


近所のおばさんの言葉に流されてしまったのか、それとも僅かな希望でも持っていたのか。私は数年ぶりに生家の扉をくぐった。


「ただいま戻りました・・・」


家の中は私が出て行った時よりも暗く、狭く、ひどい匂いがした。

それはそうだ。仕事、掃除、洗濯、片付け、洗い物、全てを担っていた者がいなくなったのだから。私がいなければ自立してくれるかもしれない、などという考えはやはり甘かったようだ。


「ユイ!帰ってきてくれたのかい!」

「・・・いえ、ご挨拶に伺っただけです」

「聞いたよ、巡見士(ルティア)になったんだってね」

「はい・・・」

「やっぱりねえ!お給料もいいんだろう?立派に育ってくれて鼻が高いよ」


息苦しい。染みついた匂いのせいだけでなく、恨み募る母親のせいだけでなく。この暗く狭い家が世界の全てに見えてくる。

ここには呪いでもかかっているのか。遠く羽ばたく力を得たはずの私を、またこの場所に縛り付けようという呪い。


「・・・今日はお別れの挨拶に参りました。お父様にもよろしくお伝えください」


腰の布袋を外し、酒瓶と食べ残しが並ぶテーブルの上に乗せた。

袋の中身がじゃらりと音を立てると、私の姿を見た時よりも母親の表情が明るくなった・・・。




何もかもが想像通りだった。それを確かめるために、私はここに来たのかもしれない。


呪いを解くために。いつまでも絡みつく鎖を断ち切り、今度こそ遠く旅立つために。


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