少女の帰還(4)
30日間の準備期間を終え、私はエルトリア王国巡見士の任に着いた。最初の任地は出身地のアカイア市。
まず最初の1年は先輩と行動を共にして仕事を学ぶことになる。
私の教育担当はバロンさんという先輩、というよりも大先輩で、巡見士歴25年だという。丸々とした体型で、薄い頭頂部を横髪で覆っている。
まずは各所に着任の挨拶。騎士団駐屯地、行政府、教会、有力者の邸宅などを回り、最後に私の希望でこの施設に立ち寄らせてもらった。
総レンガ造り2階建ての立派な建造物。周辺地域のギルド機能を統括する、アカイア市冒険者ギルド。
「新任のユイ・レックハルトと申します。お見知りおきください」
「あー、ギルド長のメニウスです。お世話になります」
「承知しております。以前お会いしたことがありますので」
「左様でしたか。この町のご出身だそうで」
「ええ。こちらのギルドに登録して頂いたこともあります」
「おや、そうでしたか」
無気力そうな灰色の老人。やはり覚えてはいないか、無理もない。
あの時だって、この人は私の顔など見ていなかった。
「3年ほど前、登録の翌日に除名処分を受けております」
「除名・・・!?」
「それはそうと、こちらの資料をご覧ください」
言いながら数枚の紙をテーブルに乗せた。
レナータさんを始め数名の事務員さんに協力してもらい、この数日で調査・作成したものだ。
「ここ数年、アカイア冒険者ギルド員の質の低下が目立っております。直近3年間で任務の放棄27件、依頼者との争議19件、それからギルド員同士の傷害事件が15件。うち1件は私自身が関わりましたが、ろくな調査もなしに即日除名処分を受けました」
「お、おい、ユイ君・・・」
「傷害事件の当事者数名に聞き取り調査を行ったところ、私と同様に即日処分を受けておりました。ギルドの調査能力に深刻な懸念を抱いております」
「ユイ君、そのへんで・・・」
バロンさんにたしなめられ、頭を下げた。さすがにこれ以上、新人が出過ぎた真似をするわけにもいかない。
「先ほどの資料に、それら案件の詳細とギルドの改革案が記載されております。ご一読ください」
「メニウス殿、申し訳ない。熱心なのは良いのですが、まだこの仕事に慣れておりませんで。そちらの事情も言い聞かせますゆえ、ご無礼をお許しください」
「はあ・・・」
ギルド長は驚いた表情のまま固まっているが、どうも当事者意識に欠けるようだ。
無理もない。調査によるとこの人は行政府からの天下りで、ギルドを運営する意思も能力もない。そのため職員の士気も低く、アカイア冒険者ギルドはとっくに機能不全に陥っているのだ。
「あのギルド長がいる間は駄目かなあ。前例通り、問題なし。何を言ってもその二言で握りつぶされてしまう。無事に任期を終えることしか頭にないもの」
レナータさんもそう嘆いていた。
広い権限を持つ巡見士とはいえ、民間団体の長を罷免したり、人事に口を出す権限はさすがに無い。
今の私にできるのは、調査部門の設置や規律の徹底などいくつかの改革案を提示すること、不定期の調査を行い中央に報告することくらい。
ただ、巡見士に目をつけられたという事実は、ギルドに小さからぬ変化をもたらすだろう。
世の中そう甘くはない、改革には早くても数年はかかる。
でも、職員の中にはレナータさんのように協力してくれる方もいる。
もう誰も私やルカちゃんのような目に遭わないようにするのが、今の私の仕事だ。




