第三次カラヤ村防衛戦(3)
「【物理障壁】に【浮遊】?同時に2つの魔術を使えるなんて・・・」
格上の魔術師、塞がれた逃げ道。追い詰められた状況に却って肝が据わった。
先程は異形が死肉を喰らう光景に驚いたが、ここはそれらが巣食う世界だ。もうやるしかない。
落ち着けば状況が見えてくる。
青白い【照明】の魔術に照らし出された鍾乳洞。かつて魔人族と戦った、地底湖の上に架かる橋の前。
改めて虚空に浮かぶ術者を観察する。緑色とも茶色ともつかぬ表皮、不潔な乱杭歯、黒衣から覗く顔はゴブリンそのものだ。
右手には身体に比べて長すぎる抜き身の長剣。一昨年ここで倒した魔人族のものだ。ならばこのゴブリンが喰らっていたのはその死体だろう。水温の低い地底湖ゆえに腐敗しなかったのか。
しかし、ゴブリンは死肉を生で喰らうような種族だったろうか?ゴブリンの魔術師にしては異常なほどの魔力は、あの死体に起因するものだろうか?
・・・考える時間は終わったようだ。
ゆっくりと橋の上に舞い降りたゴブリン魔術師が、彼らの言葉で詠唱を始めた。
長剣の刀身に光の精霊が集まる。刀身自体を魔術の媒体として使っているのだろう。
「μЛΠΘ、ΣΦ・・・、ΨΞ・・・」
「二人とも私の後ろに!我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ!【魔術障壁】!」
しかし相手の魔力は私の予想を上回っていた。
ゴブリンが長剣を頭上にかざすと【光の矢】が同時に3本出現し、次々に襲いかかってくる。
1本目で【魔術障壁】に大きくひびが入り、2本目で全体に広がり、3本目で砕け散った。
衝撃の余波で左腕に裂傷を負ったようだが、たいした傷ではない。
それよりも・・・【物理障壁】を出現させたまま【光の矢】3本とは。私の見立てが甘かった、このゴブリンは本当にアシュリー並みの魔力を持っている。
「ルカちゃん、これ使って」
「これは・・・?」
「後で渡そうと思ってたけど、いま必要になったから」
ポケットに入れていた小さな箱から指輪を取り出し、手渡した。
意匠は少し違うものの、材質、加工技術など、私の左手小指に嵌っているものとほぼ同じだ。
この真銀の指輪を媒体に使えば、未熟な魔術師でもその魔力は跳ね上がる。
「ロット君、合図したら飛び出して。ルカちゃん、【障壁】は使えるね?」
「はい。でも・・・」
「大丈夫、自分を信じて。私がついてる」
長すぎる剣を掲げ、再びゴブリン魔術師が詠唱を始めた。
周囲の小石や岩の欠片が浮かび上がる。
「ΞΦЛ、ΘΣδ・・・、ΨΠμΓ・・・」
「ルカちゃん、【石礫】が来るよ!」
「わ、我が内なる生命の精霊、来たりて不可視の盾となれ・・・【物理障壁】」
続けざまに響く衝撃音。半透明の障壁に石礫が降り注ぎ、次第に亀裂が広がっていく。
いや、これでいい。以前のルカちゃんなら瞬時に破られていたであろう【障壁】が、十分な時間を稼いでくれた。
これは指輪の力だけではない。時が止まっているように見えた彼女も、少しずつ成長していた。
「だ、駄目です、もう・・・」
「ううん、もう大丈夫。3つ数えたら出るよ、ロット君」
「おう!」
ルカちゃんが稼いでくれた十数秒の間に、私は詠唱を1つ済ませていた。
「行くよ。1、2、3!」




