少女の帰還(2)
「巡見士ですって!?ユイちゃんが!?」
「はい」
周囲に視線を送って小さく頷くと、心得たレナータさんは声をひそめてくれた。
アカイア市街、喫茶店の屋外席。冒険者ギルドの入口が見えるここから、お仕事を終えた彼女が出てくるのを待っていたのだ。
この町には虐待を繰り返した前の両親が住んでいる、他にも私自身に恨みを持つ人がいる。正直なところあまり近寄りたくないのだが、最初の任地とあっては仕方ない。
目立つ銀色の髪を布で包み、一応印象は変えてある。以前とは顔つきも体つきも別人のように違うので、心配することはないのかもしれないけれど・・・。
「あれから一体何があったの?」
「ええとですね・・・」
驚くのも無理はない。飢えて裏切られて死にかけて町を逃げ出した子供が、3年足らずで騎士階級になったという。それも難関中の難関、広い権限を持つ巡見士として戻ってきたという。
とても簡単に言い表せるような経験ではなかったが、かいつまんで説明する。
逃げ延びたカラヤ村で新しい両親に引き取られたこと、事件と偶然の出会いが重なって学費を工面できたこと、軍学校で魔術と剣術を学んだこと。話しながら濃密な時間を振り返り感慨に耽ってしまう。
「そうだったの・・・」
「レナータさんのおかげです。迷惑をおかけしたままで申し訳ありませんでした」
「そんな事ないよ。本当に良かった、生きていてくれて」
私はこの町に住んでいた頃、名前の無い存在だった。
両親も雇い主もみな「おい」「こら」「おまえ」「あいつ」「あれ」と呼ぶ世界の中で、名前を呼んでくれたのはレナータさんだけだ。彼女は幸薄い子供の私を助けるために手を尽くしてくれた。
なのにあの時、この人に迷惑をかけたまま逃げ出すしかなかった。無力な自分がずっと悔しかった。
少しでも恩を返したいのだけれど、今日の用件はもしかすると意趣返しになってしまうかもしれない。
「レナータさんの方はお変わりありませんか?」
「そうねえ、変わりようがないかしらね」
相変わらず重そうな胸をテーブルに乗せて溜息をつく。あのラミカをさえ上回る胸囲は時が経っても健在のようだ。
「実はそのことでお願いがあります」
胸のことではない。冒険者ギルドについていくつか確認したいこと、お願いしたいことがあるのだ。
それらを話し終えると、レナータさんの鼻息が荒くなった。
「なんだか恩を仇で返すようで申し訳ないのですが・・・」
「いいえ!私もこれじゃいけないって思っていたもの。ぜひ協力させてもらうわ」
「ありがとうございます、それからもう一つ。あの子は今、どうしていますか?」
「あの子?」
名前を告げると、レナータさんはすぐに思い出してくれた。良かった、心配していたが存命のようだ。
「あの子は悪くない、なんて言えないけど、事情は汲んであげてくれない?」
「あ、違うんです。根に持ってるわけじゃなくて、何とかしてあげたいと思って」
「そう。あの子は今ね・・・」




