少女の帰還(1)
「ユイ・レックハルト、汝を巡見士に任じる」
王宮の絨毯に跪き、剣の平を肩に受ける。
エルトリア国王ベルナート陛下は49歳と聞いていたが、姿も動作も若々しく力感に溢れていた。
在位10年、治安は安定し異種族に寛容、境を接するハバキア帝国との関係も良好。これだけでも名君と呼ぶに足る人物と言えるだろう。
このたび巡見士となった者は2名、一代騎士となった者は6名。
叙任式の際に行われた親指を針で傷つけ母印を押すという儀式は、青い血液を持つ以外には人間と見分けがつかない魔人族が国政の中枢部に入り込むのを防ぐためだという。
新しく公職に就く者には、王宮近くの練兵所にて100日間の研修が義務付けられる。
全職に共通の科目は、法律、礼儀作法。
武官に共通の科目は、馬術、生存術、武術、部隊指揮など。
巡見士独自の科目は、地理、薬学、情報収集術など。
「おや?君は確か・・・」
「あ。武術試験で当たりましたよね?」
その研修の席で、武術試験第1試合で戦った元騎士の方と再会した。
名前はルッツさん。とある事情で騎士資格を剥奪されたが、一代限りではあるものの念願叶って復職したという。
人柄、武術、知識、どれをとっても一流の人物に思える。資格剥奪に至った経緯は、おそらく軽々しく聞いてはいけないものだろう。
「またどこか痛めたんですか?」
「あー、まあ、ちょっと腰をね」
「今度は本当ですか?」
「いや、膝だったかもしれん」
唯一の巡見士同期、ミハエルさん。飄々としてつかみどころがなく、現れたかと思えば消えている。
厳しい訓練はさぼっているくせに、他でちゃんと結果を出して帳尻を合わせる。扱いにくい人物ではあろうが、危険を冒して国内外の情勢を探るという任には最適かもしれない。
ちなみに巡見士の登用は17歳の私が歴代最年少、29歳のミハエルさんが歴代最年長らしい。
研修を終えた私達には、支度金75万ペルと銀製の身分証明プレート、30日の準備期間が与えられた。
軍学校の学費10万ペルさえ借金で工面した私だ。いきなりこんな大金を手に入れても実感が湧かない・・・のだが、実は大半の使い道がもう決まっている。
両親はどうしてもお金を受け取ってくれなかったので、最初の使い道はこれになった。
「本当に申し訳ありませんでした・・・」
「あなたのおかげでみんな助かったのよ。気にしなくていいのに」
「でも壊してしまったのは私ですから」
運命の女神アネシュカ様の銅像。村が妖魔の群れに襲われたとき、教会の入口にあったそれを鈍器として使ってしまったのだ。
その際に台座は抜け飛び、手足は折れ、ゴブリンと食人鬼の返り血にまみれた女神像は、捨てるわけにもいかない奇怪な金属棒と化して倉庫に保管されていた。今回これを元通りに修復してもらったのだ。代金は20万ペル。
これで胸のつかえが1つ取れた。次はあれかな・・・。
巡見士の最初の任地は出身地と決まっている。ただし小規模な村や集落が出身地の場合は付近の都市となる。
つまり最初の任地はカラヤ村ではなく、生まれ育ったアカイア市だ。
私にとってあまり良い思い出のない町だけれど、恩を返さなければならない人もいる。
「レナータさん!」
「ユイちゃん?だよね・・・?」
残り6日の準備期間を、私はここで調査に費やすことにした。




