エルトリア王国公職試験(1)
エルトリア王都フルートは、建国以前から交易の拠点として栄えた古都である。
今日初めてここを訪れた私の印象は、「雑多な町」というものだった。
古い家屋と新しい店が雑然と立ち並び、街路は複雑に入り組んで旅人を惑わせる。
間違えて暗い裏通りに踏み込んでしまい、そこを住居にする人々から睨みつけられて慌てて引き返す。
高台に見える王宮を目指してひたすら歩いたのだが、どういう訳か一向に近づいた気がしない。どうにか王宮近くの宿屋にたどり着いた頃にはすっかり日が暮れていた。
カラヤ村から徒歩と馬車で3日の旅。わざわざ1人でこんな所まで来たのは、年1回行われる公職試験のためだ。
予定表によると裁判官や行政官の試験は既に終了しており、私が目指す巡検士と一代限りの騎士の試験は明日から3日間の予定で行われる。
「ん・・・?」
宿で出された夕食は川魚のグリル、南瓜のスープ、玉ねぎのサラダなど彩り豊かなものだったが、どうも味が今一つ・・・な気がしてしまった。
いや、子供の頃はろくに食べる物も無かった私だ。温かい料理が食べられるだけで有難いし、文句をつける気は全くない。
でも、お母さんが作ってくれる南瓜のスープや、軍学校でいつでも食べられたパンなどに比べると数段見劣りしてしまう。
考えてみれば、村ではその日獲れたばかりの食材をすぐ調理していたのだ。産地からの輸送に時間がかかる都会では、食材の鮮度が落ちるのは仕方ないのだろう。【保存】の魔術が使えれば良いのだけれど。
「あの、すみません。このあたりでお風呂に入れる場所はありませんか?」
「お風呂に・・・?」
食事を終えた私は宿屋の受付で聞いてみたのだが、何故か怪訝な顔をされてしまった。
それどころか上から下まで値踏みするような目で見られている。
「表通りの『水晶の泉』という宿にならありますよ」
「・・・? ありがとうございます」
私はお風呂が大好きだ。冷たい川の水で身体を洗う生活がずっと続いていたからかもしれない。
いま住んでいるカラヤ村には公共の沐浴場があり、1日おきに温かい湯船に浸かることができる。軍学校のお風呂も大きくて清潔だった。
何といっても最高だったのは、カチュアの家のお風呂だ。毎日あの大理石の湯船を独り占めできるなんて羨ましい。
表通りに出ると、薄暗い夜道に煌びやかな王宮が浮かび上がった。
おそらくあの王宮も軍学校と同じように、魔術で光や水や熱が供給されているのだろう。
フェリオさんは1年のうち50日ほどをここで過ごすという。私も明日からの試験に合格すればそうなるはずだ、どんな生活が待っているのだろうか・・・。
宿屋『水晶の泉』はすぐに見つかった。おそらく魔術による照明だろう、その宿だけが白い光に照らし出されていたから。
店構えからして高級感に溢れ、中に入るのが躊躇われる。
ええい、お風呂に入るためだ!と勇気をふり絞って扉を開けてみたが、やはり場違いだったようだ。
煌めく照明、重厚な建具、贅を凝らした調度品。客のすべてが貴族や大商人といったところで、私のように旅服に風呂桶を抱えた者など1人もいない。
「お風呂ですか?500ペルです」
「・・・・・・」
一礼して宿を去った。
子供の頃、牧場と農場で1日働いた給金が合わせて400ペル。軍学校の動力供給が3時間で450ペル。今日の宿代が二食付きで450ペル。
旅費は多めに持ってきているし旅の汚れも落としたいところだが、さすがにこの値段では諦めるしかない。
仕方なく井戸水を汲んで部屋に戻った。
寝台と毛布だけの粗末な部屋で桶に手をかざし、【加熱】の魔術で水を温める。しばらくすると湯気が上がってきた。
夜道に浮かんだ眩いばかりの王宮を、贅の限りを尽くした宿屋を思い出す。
あれほどの照明、溢れるほどの水や熱を供給するには、どれほどの設備と魔術師が必要になるだろう。
軍学校では周りが魔術師ばかりなので忘れていたが、本来は動力供給ができる程度の魔術師など1000人に1人もいない。お風呂くらいと軽く考えていたが、それに必要な経費はまさに王侯貴族でもなければ賄えないのだ。
暗く湿った路地裏、天井代わりに布を張って住居にしていた人達を思い出す。
そこに住む子供達はお風呂に入ったことなどないだろう。幼い頃の私と同じように、もしかしたらそれ以上に飢えているかもしれない。
いつの世、どこの国でも不公平や不公正は存在する。世の中こんなものだろうとは思う。
でも、もう少しやりようがあるのではないか。もう少し平等でもいいのではないか。
私が公職に就くことで、巡見士として働きかけることで少しだけ変えることができるなら、2度目の人生は意味あるものになるのではないか。
「あつっ!」
ぼんやりとそんなことを考えていたら、お湯が熱くなりすぎていた。




