カラヤ村防衛戦(3)
【落下制御】の魔術は、物体の落下速度を極小から2倍までの間で制御することができる。2階から飛び降りた私は人間の身長くらいの高さで魔術を発動させ、空中でほぼ停止すると同時にゴブリンの側頭部を蹴り飛ばした。ようやく気付いてくれたロット君が止めを刺した頃には、魔術を解除して地面に降り立っている。
「助かったよ。足は大丈夫か?」
「うん。それより塀を越えてくる奴がいるからお願い」
「お前も戦う気か?やめとけ、中に入れ!」
「わかった。早く行って!」
後ろを振り返りつつもロット君ともう一人が向かってくれたので、そちらは大丈夫だろう。それよりも門の向こう側の様子が変わった。集団が中央から割れ、ひときわ体格の良いゴブリンが進み出る。
身長は大柄な人間ほどもあるだろうか、粗末ながら革鎧を身に着け大剣まで持っている。彼らにはほとんど別種族と言って良いほど腕力体力に優れたホブゴブリンや、中には魔術まで扱う上位種が存在するというが、おそらくそれだろう。
大柄なゴブリンが雄叫びを上げ大剣を振りかざす、柵を守る数名の自警団員が槍を構え直す。
私もそれに気を取られてしまい、気づくのが遅れてしまった。大地の精霊が集まり放出されようとしている。外見では見分けがつかなかったが魔術を使う上位種もいたのだろう。
「前から土の魔術が来ます!気を付けてください!」
伝えてからこちらも詠唱を始めたが、おそらく相手の方が早い。私は土の魔術、というよりも生命の魔術以外をやや苦手にしている。破壊の魔術を実戦で使うのももちろん初めてで、効果範囲の指定や出力の調整にも時間がかかってしまう。
ゴブリン魔術師の動作に合わせて土と無数の小石が浮き上がり、渦を巻いて襲いかかる。致命傷になるような威力ではないが、まともに顔にでも当たれば無傷では済まない。申し訳ないが自警団員の背中に隠れて詠唱を続け、数瞬遅れて相手と同じ魔術を完成させた。
「母なる大地の精霊、欠片となりて彼の者を撃て!【石礫】!」
どうやら私の方が精霊の操作、魔術師としての力量で上回っている。こちら側から飛び去る石礫が相手のそれを相殺し、押し返した。ゴブリンの中には石礫を浴びて逃げ惑う者もいたが、少し遅かったようだ。既に大柄なゴブリンの大剣が木柵を割り砕き、のそりと敷地の中まで入ってきている。
「ひるむな!押し返せ!」
3本の槍が同時に突き出されたが、ホブゴブリンは大剣で2本をまとめて払いのけ、腹を捕らえた1本も革鎧の表面をえぐり浅く傷つけるにとどまった。
錆だらけ刃毀れだらけの大剣が恐ろしい勢いで振り回される。技術も効率もあったものではないがその腕力と勢いは凄まじく、槍を持った人間が一歩、二歩と後ずさる。穂先を薙ぎ払い濁った雄叫びを上げると、自警団はさらに腰が引けてしまった。騒ぎ立てるだけだった後続のゴブリンまでもが侵入してくる。
「すみません、通してください」
密かに【身体強化・腕力】の詠唱を済ませていた私は、手近にあった鈍器を引きずって前に出た。空気が固まったかのごとく敵味方全員が停止する。それはそうだ、小柄で貧相な少女がこんな物を片手で持ち運べるとは誰も思わないだろう。
ふざけている訳でもないし本当に申し訳ないのだが、近くにはこれしか無かった。私は運命の女神アネシュカ様の銅像を台座ごと振りかぶり、多少よろめきながらも力任せに叩きつけた。我に返ったホブゴブリンが大剣で受け止めようとしたが、あまりにも質量が違いすぎる。ばきぼきと色々なものが折れ砕ける強烈な手応えが伝わり、後ろのゴブリンをも巻き込んで柵の外側まで吹っ飛んでいった。
巻き込まれた中に魔術を使ったゴブリンを見つけたので、もう一度女神像を振り上げ振り下ろす。台座の下でぐしゃりと嫌な音がした。
意外な出来事にしばらく動く者はなかったが、数秒経って後ろで歓声が上がった。自警団が次々と槍を繰り出し、それに追われたゴブリンの群れが逃げ散っていく。
「お嬢ちゃん、あんたすごいな!」
「あ、いえ。お役に立てて何よりです・・・」
「ユイ、これお前がやったのか?」
「う、うん・・・あとで説明するね」
血濡れた女神像をせめて元の場所に戻そうとした時、ゴブリンの悲鳴が立て続けに響いた。
ずん、と重々しい音を立てて大きな人影が近づいてくる。見上げるような巨躯、布の腰巻に棍棒、隆々と盛り上がった肉体。昔話に出てくるような赤鬼が小鬼を蹴散らしながら目の前に現れた。