16歳の学園生活(9)
「いやあ、いい試合だったなあ」
「あ、うん」
準決勝の相手、レイバー君とは多少の面識がある。ロット君と3人で食事をご一緒したことがあるし、一度だけカチュアとの自主練に混ざったこともある。
とにかく身体が大きくてよく食べる、見た目通り大らかで温厚。そんな印象だが、実力のほどはよくわからない。自主練の時はかなり手加減してくれていたようだから。
「兄妹揃って準決勝ってすごいな。俺達もあんな試合をしよう」
「うん。よろしくね」
試合を終えたロット君、カチュアと入れ替わりに競技場に入ると、急に明るくなったように感じた。広い採光窓に加えて、天井の数ヵ所に取り付られたガラス球に【照明】の魔術を常駐させてあるからだ。
そのような校内の設備に魔力を送り込む仕事を、私は入学以来ずっと続けている。今も生徒の誰かが働いているのだろう。
鞘から細身の模擬剣を抜き放ち、開始線に立った。レイバー君は幅広の剣と円形の大盾を手にしている。
彼との身長差は頭2つ分、体重差はおそらく2倍以上。まさに大人と子供だ、観覧席のざわめきもそれを話題にしているのだろうか。
「両者構えて・・・はじめ!」
「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初めの力を与えたまえ。【身体強化・敏捷】!」
開始早々、強化された脚力で瞬時に間合いを詰めての横薙ぎ。これは簡単に盾で弾かれた。低い姿勢から駆け抜けざまの切上、これも盾で防がれる。急停止から身を翻しての刺突、これを盾で受け止めたレイバー君は予想外の行動に出た。そのまま大盾を押し出して突進してくる。咄嗟に後ろに跳んで左半身で受けたものの、あまりの重さに息が詰まる。
このまま場外に押し出すつもりかと思ったが、その予想も外れた。大盾で作った死角から分厚い剣が振り下ろされる。押し潰されそうな斬撃を鍔元で受け止め、払いのけてようやく距離をとった。
「危なかった・・・でもこれは・・・」
強い。これまでの相手とは一線を画す力だ。
2回戦までは剣術のみで勝てた。3回戦以降も【身体強化・敏捷】の魔術で強化された私の動きを捉えた者はいなかった。
だがレイバー君は大盾のむこうに隠された目で、私の動きを完全に捉えている。鍛え上げられた雄偉な肉体、それを活かした戦術。さらには。
「動かない・・・」
2階から見下ろす観覧席がざわつき始めた。私達が睨み合ったまま、10秒、15秒と動きを止めてしまったから。
おそらくレイバー君は気づいている、【身体強化】の効果が長くは続かないことを。察しの通り効果時間は100秒程度、掛け直しも可能だが、魔力体力を消耗する上に詠唱中は隙を晒してしまう。それを待っているのだろう。
これは身体や技術だけでなく、考察力にまで優れた強敵だ。
決勝の舞台でカチュアと戦うことにばかり思いを馳せていたが、私の思い上がりだった。この相手には自分の全てをぶつけなければならない。
「生命の根源たる水の精霊、来たりて形を成せ。【色彩球】!」
かざした左手に応じて、赤、青、黄、緑、様々な色をした拳大の球体が私達の周囲に出現した。数は約20個。
観覧席が再びざわついた。魔術を使えない者にとっては、単純にこの球体が何なのかという興味。魔術を使える者にとっては、こんな初歩の魔術が何の役に立つのかという興味。
「【硬化】!」
床を蹴った私は、宙に浮かぶ【色彩球】のいくつかを足場にして跳躍し、頭上から斬りかかった。さすがにレイバー君も驚いたようだが、盾をかざして受け止める。だけでなく着地を狙った横薙ぎ。こちらもそれを受けると同時に地を蹴り、もう一度距離をとる。
これは昨年の魔人族との戦いで使った技を応用した戦術だ。周囲に多くの【色彩球】を配置しておき、空中の足場として使う。ただし高速で繰り返し着地するには【色彩球】は脆すぎるため、【硬化】の魔術で補強する必要がある。
離れては不利と見たか、レイバー君が巨体を押し出して距離を詰めてきた。大盾でも隠し切れない大質量の突進。こんなものをまともに喰らっては、ただ場外に押し出されるだけでは済まない。
「【水飛沫】!」
競技場の中央、何もない床から勢いよく水流が踊り出し、レイバー君が飛沫を浴びる。
・・・それだけ。水系魔術の基礎の基礎、任意の場所から任意の方向に水を噴出させるだけの魔術。
だが相手にとっては、何をするかわからない魔術師が出した得体の知れない液体だ。突進を止めて警戒する。
その間に私は体勢を立て直し、空中の【色彩球】を蹴って跳躍を重ねた。
「万里を駆ける風の精霊、我が剣と共に舞い踊れ!【剣の舞】!」
「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ!【落下制御】!」
観覧席ほどの高さで2種類の詠唱を終え、意を決して飛び降りた。落下中さらにもう1つ。
「【色彩球・暗闇】!」
レイバー君の眼前に黒い球体を3個出現させた。目障りなそれを彼は盾で払いのける。
簡単に砕け散った黒い球体は、その場に闇を漂わせた。可視化され、球体に詰め込まれただけの無害な闇の精霊。
「上手くいった・・・でもこれで勝てるような相手じゃない」
レイバー君は突然現れた暗闇に混乱することもなく、盾をかざしたまま横に跳躍した。その間も落下する私から目を離さず、両腕に力を溜めている。
やはり並みの相手ではなかった。私が【落下制御】の魔術で宙に急停止しても、空振りすることも姿勢を崩すこともなく、盾のむこうから視線を突き刺してくる。
ぽかり。
そう表記するしかないような音を立てて、大男の脳天を叩いた物がある。私が先程まで手にしていた模擬剣だ。
しばらくは身動きする者もいない。
【剣の舞】は、離れた場所にある武器を操作する魔術。
非力な魔術師が武器で戦うために開発されたのだが、詠唱時に持っていた武器でなければならない、それも1本だけ、他の魔術の詠唱中は操作できない、と制約が多く、とても実用的ではないとされている。
【色彩球】で作り出した暗闇はレイバー君の視界を塞ぐためではなく、私が剣を手放す瞬間を見られないようにするためだった。
「そ、それまで!」
呆然としていたレイバー君が、審判を務める先生の声で我に返った。
模擬剣を拾い上げ、【落下制御】を解除して地面に降りた私に手渡してくれた。
「参った、俺の負けだ」
「いいの?協議してるみたいだけど」
「ああ、面白い戦いだった。それに・・・」
「それに?」
「決勝でお前の戦いを見てみたい」
勝敗について協議を続けている先生達に構わず、レイバー君は私に向かって一礼した。
思わず私も礼を返すと観覧席からまばらな拍手が起こり、次第に大きくなり、歓声が降ってきた。
大きく息を吐き出した、これでようやくカチュアと戦える。
試合に勝った高揚感よりも、約束の場所にたどり着いた安堵が私を包んでいた。




