16歳の学園生活(4)
「もう1回。もう1回だけいいかな」
「うん、もちろん」
私は木剣を片手に、意識を左手小指の指輪に集中させた。
「内なる生命の精霊よ、我は勝利を渇望する。来たりて仮初めの力を与えたまえ・・・」
「【身体強化・腕力】!」
「【身体強化・腕力】!」
私の詠唱にカチュアの声が重なる。
重々しい音を立てて木剣が十字に噛み合い、やや押された私の体勢が僅かに崩れる。その機を見逃すような相手ではない、鍔元から押し付けるように剣を跳ね上げられ、引き戻すよりも早く胸元に剣先を突きつけられた。
これで今朝は3連敗、それも数合打ち合っただけで圧倒される完敗ばかりだ。
負けるのは構わない、この軍学校でカチュアに勝てるような剣士など1人もいないのだから。それにしても。
「参ったなあ、これは」
「ユイちゃんのおかげだよ。魔術を教えてくれたから」
「それにしても、1年ちょっとで習得しちゃうとはね・・・」
「先生が良かったからだよ」
【身体強化・腕力】の魔術を習得したカチュアは、もはや手が付けられないほど強くなっていた。
もともと達人級だった技術と経験に加えて、女性ゆえの身体能力の不利という唯一の弱点を魔術で補完したのだ。もはやどんな人が彼女に勝てるのか想像できない。
カチュアの足取りが軽い。兎が跳ねるように女子寮の玄関ポーチを駆け上がっていく。
おそらくこの1年間、彼女は伸び悩んでいた。指導者も好敵手もいない環境と、自身の完成された強さゆえに。それが魔術の習得によって、壁を乗り越えるどころか飛び越える翼を得てしまった。さらなる高みに駆け上がっていくことだろう。
「うーん・・・」
私は図書室の机に本を積み上げ、頭を抱えて唸っていた。
『魔術剣士』という存在は非常に珍しくはあるが、過去に例が無かったわけではない。エルトリア王国200年余の中で数人、歴史書に名を記された者がいる。
ただしそれらは小隊指揮官、飛竜討伐隊の一員、軍学校の教官などであり、ある程度の実力者ではあっても大成したとは言い難い。
「わかってる。わかってるんだよ・・・」
剣術と魔術、どちらかを究めることさえ並大抵ではない。両立と言えば聞こえは良いが、どっちつかず、中途半端、未完成。やはりどちらかに絞った方が良いのだろうか。
しかしカチュアやラミカを見ていると、彼女らと肩を並べるのは至難のように思う。考えたくはないが才能、生まれ、そんな言葉が頭に浮かんでしまう。
私は机に伏して落ち込んでしまった。指で「の」の字を書く。
私の夢は巡見士になって世界中を見て回ることだ、最強の剣士や至高の魔術師になることではない。巡見士たるに十分な武力があれば、別にカチュアに勝てなくたって・・・
「だめ!絶対だめ!!!」
図書室だというのについ大声を出して、勉強していた1年生を驚かせてしまった。
ごめんなさい、と頭を下げて本を棚に戻し、別の本を探しに向かう。
カチュアは私を好敵手だと思ってくれている・・・はずだ。彼女が1年余りで魔術を使えるようになったのは、きっと陰で努力していたからだ。決して才能などではない。
それに私は最初に言った、対等の友達になりたいと。ここで諦めては友達失格だ。
「よし!こうなったら中途半端を究めてやる!」
今これから最大の努力を重ねたとしても、剣術でカチュアを、魔術でラミカを、それぞれ上回るのは難しい。
ならば双方の完成度を高めた上で、発想と工夫で互角以上に戦える状況を作り出す。それを可能にする多彩な戦術こそが『魔術剣士』の特長ではないだろうか。
「ふむ。卒業記念試合に出場とな?」
「はい。是非とも許可をお願いします」
気持ちが固まった数日後、私は学長室を訪れた。剣術科の卒業記念試合に出場させてほしいとの直談判のために。
一応担任のベルタ先生にも要望を伝えたのだが、やはり学長先生には伝えられていなかったようだ。
「過去に大成した魔術剣士がいないのは知っておるかね?」
「一応は調べました。学校の図書室くらいですが」
「その要因は何だと思うね?」
「効率が悪いからです。剣術を魔術の双方を究めるのは難しく、それならば強い戦士を魔術で援護した方が有効です」
「それを知った上で、敢えて挑む理由は何かね?」
「巡見士を目指しているからです。その職務上、単独の武力が求められます」
「ふむ・・・」
豪快な学長先生にしては反応が鈍い。それはそうだ、魔術科の生徒が魔術を蔑ろにするという。そして出来上がるのが中途半端な魔術剣士では、魔術を伝える先生としては残念だろう。
「魔術を軽く見るつもりはありません。出場するからにはあらゆる魔術を駆使して、カチュアに勝って優勝するつもりです」
「ほう・・・?」
退路を断つために大風呂敷を広げたことで、学長先生が初めて興味を示してくれた。
「私は魔術と剣術、双方を究めるつもりはありません。強力な破壊魔術や範囲魔術ではなく、生活に使うような基礎魔術を応用して戦うつもりです」
「ふむ。具体的には?」
「【色彩球】、【素雲】、【落下制御】などです」
「それはまた・・・どのように使うかは、実際に見た方が面白そうじゃな」
私は小さく頷いた。先生に限らず、誰にも手の内を明かすつもりはない。
「よろしい!!!」
学長先生は巨大な掌で机を叩き、立ち上がった。
「ユイ・レックハルト、お主の出場を認める!魔術剣士の力、存分に示すがよい!!!」
「はい!!!」
別に私まで声を張り上げる必要はなかったのだが、つい先生の大音量に釣られてしまった。
試合まで残り150日あまり。魔術でさらに力を増した親友に、私は必ず勝たねばならない。




