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侯爵令嬢の日常(4)

ずいぶんとカチュアの機嫌が良い。鼻歌混じりに旅支度する彼女を見て、半白髪の執事さんが「こんなお嬢様を見るのは初めてです」と驚いている。


この日私は4日間の滞在を終え、ユーロ侯爵家を後にする。帰りは令嬢カチュア自らが国境まで送ると張り切っているのだ。

国境まで片道4日、往復8日。その間厳しい訓練が免除されるという理由もあるかもしれない。


旅支度を終えた私を連れて、カチュアは城の武器庫に入っていった。壁一面どころか据え付けの棚にも武器・防具の類が所狭しと並べられている。

彼女はそれら武具には目もくれず、さらに奥の扉を開けた。2人で満員という狭い部屋の壁に、湾曲した片刃の剣ばかりが掛けられている。


「あ、これカチュアが使ってるやつだね」

「うん。どれか1本あげるよ」

「えっ、これを・・・?」


それは何種類もの素材を使い分けて強度と切れ味を両立させ、細身ゆえ非力な者でも扱いやすい「細月刀(セレーネ)」という両手剣の一種だった。確かに女性が振るうには最適な品かもしれない。

いずれも丁寧に手入れが為され、刀身は鏡のような光沢を放っている。細やかな細工が施された鍔や鞘は一組の美術品のようだ、一体どれほどの価値があるのか計り知れない。


「この前16歳になったって言ってたよね?誕生日のお祝いに」

「でも、こんな高価な物をもらう訳には・・・」

「私とお揃いにと思ったんだけど、駄目かな」

「そういう事なら・・・。カチュアが選んでくれないかな」

「それでいいの?じゃあこれ」

「あ、私もそれがいいと思ってた」


二人で手に取ったそれは、特に細身で鞘は銀色、柄尻に翠玉が嵌め込まれたものだった。私の髪と瞳の色に合わせて選んでくれたに違いない。カチュアが自分の黒髪黒目に合わせて、柄尻に黒曜石を埋め込んだ剣と黒色の鞘を愛用しているのを思い出した。


「お誕生日おめでとう」

「ありがとう・・・ずっと大事にするね」


互いの身体と刀身を削り合うことになっても、私達の因縁に決着がついても。

この時の言葉通り、私は生涯この剣を手放すことはなかった。




かくしてカチュアとの旅が始まった。いや、例の黒塗り馬車と御者さん、護衛の騎士3人も一緒なのだが。さすがに彼女の立場で2人旅という訳にはいかないようだ。


「どの建物も同じような屋根でしょ?見た目の統一感を出すために、このあたりで採れる石を平らに加工したものが使われてるんだ」


「このトルメスの町はね、鉄製品を扱う店が多いんだ。鉄と石炭が採れる山の(ふもと)の村で造られた刃物とか鋳物とかが流通してるの」


「帝国に入ってから亜人種はあまり見なかったでしょ?棲むのに適した森や川が少ないっていうのもあるけど、昔大きな戦いがあって差別意識が根強いみたい。若い人はそうでもないんだけど」


国境までの道中、カチュアは町や建物の由来、特産品などを仔細に教えてくれた。往路でも通ったはずの道なのに、彼女と一緒の帰り道は全く違って見える。

特徴がないように見える街並みにも意味があって、当然ながらそこに住む人々も、店で扱う品も全く違う。他の種族を見かけないことにさえ理由があるのだ。

硝子細工の町ルート、鉄製品の町トルメス、果実と酒の町ドランジュ。数日前の日記に『どこの町も同じように見える』などと書いてしまった自分が恥ずかしい。




国境の町ヴァーミリオンに着いたのは、すっかり陽が沈んだ後だった。

カチュアとの旅も今日で終わり。護衛の騎士さん達には内緒で宿を抜け出し、ちょっと洒落た酒場のカウンターでしばしの別れを惜しむことにした。この町の特産だというリンゴから作られた蒸留酒はほどよい甘さで、つい飲み過ぎてしまいそうだ。


「今度ユイちゃんの家にも行きたいな」

「うーん、それがね・・・」


この子になら全部話していいか、と思った。軍学校に入る直前まで実の両親に虐待を受けていたこと、貧困と暴力で何度も死にかけたこと、逃げ延びた先で今の両親に引き取ってもらったこと、まだ30日くらいしか一緒に暮らしていないこと。だから簡単に「来ていいよ」とは言えない、と。

時折頷き、目を潤ませて聞いていたカチュアは敢えてだろう、ちょっと話題を変えた。


「じゃあロット君とは血がつながってないんだ?」

「そうだよ」

「ふ~ん」

「な、なに、その目は」

「ずいぶん仲いいなーと思って」

「そんな事ないよ!ちょっと聞いて、この前あいつさ・・・」


最後の夜にふさわしく語り明かした。何不自由ない家に生まれ育った彼女にだって、思うところは色々あるようだ。好きで剣を握ったわけじゃない、自由な恋愛も許されない、貴族の娘というのも思ったほど楽じゃない。

好みの異性、軍学校での生活、男子どものお馬鹿な言動。飲みやすいリンゴ酒のせいで、最後の方は話が噛み合っていなかったかもしれない。




翌朝、ずきずきと痛む頭を押さえて宿の裏にある井戸に向かうと、カチュアも同じような有様でふらふらと歩いてきた。

そのまま仲良く井戸端で座り込む私達を見て、騎士の一人が「こんなお嬢様を見るのは初めてです・・・」と呟いた。


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