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侯爵令嬢の日常(2)

「やっぱり駄目?」

「ごめん、先に行って・・・」

「ここで座ってていいよ。お水持ってくるから」

「うう・・・」


ユーロ侯爵家滞在2日目。本当に早朝に叩き起こされた私は、二日酔いの身体を引きずって訓練に参加させられ・・・させてもらっている。

カチュアといい騎士のみなさんといい、昨夜あれほど蒸留酒を飲んでいたはずなのだが、身体の作りからして違うのだろうか。城の裏側にある練兵場の外周を、声を揃えて果てしなく周回している。


「はい。塩と果汁も入ってるから、ゆっくり飲んでね」

「うう・・・」


カチュアが水を持ってきてくれた。擦り切れた戦闘服に袖の無い上衣、とても昨日の可憐な侯爵令嬢と同一人物とは思えない。


「ごめんね。軍学校の友達だって言ったら、みんな喜んじゃって」

「こんな早くから毎日訓練してるの?」

「うん。午前中だけ」

「それは強くなるよね・・・」


しばらく部屋で休ませてもらい、陽が高くなってからのこのこと練兵場に戻ってもまだ訓練は続いていた。カチュアと一緒にゆっくり外周を走って、ようやく昨日のお酒が抜けてきた。


「集合!」


ユーロ侯爵ティベリウスさん、カチュアのお父さん自らが号令をかけると、20名ほどの軍人さんが寸分の狂いもなく整列した。


「ユイ・レックハルト、前へ」


えっ、私!?一瞬カチュアの方を見ようかと思ったが、それさえ許される雰囲気ではない。誰一人こちらを振り返らないのだ。軍学校の生徒やエルトリア騎士団の皆さんとは、何というか空気そのものが違う。駆け足で侯爵閣下の元に向かい、見よう見まねで敬礼する。


「ポーラ少尉、前へ」


引き締まった長身の女性が進み出た。カチュアと同じく戦闘服に袖の無い上衣、盛り上がった肩に走る傷が生々しい。


「『歓迎』せよ!」

「はっ!」


私とポーラ少尉の前に、いくつもの武器が差し出された。数種類の剣、盾、槍、槌。これはもしかして。


「はじめ!」


標準品より少し軽めの模擬剣を受け取るなり、何かが始まってしまった。

いや、頭では理解できているのだが、心と体がついてこない。落ち着きなく周りを見回し、心配そうなカチュアと目が合った瞬間、強烈な打ち込みが来た。反射的に受け止めたものの、距離を取ろうとしても逃してくれない。なんとか体を入れ替え、こちらから打ち込むことでようやく止まった。


「どうした?カチュアお嬢様のご友人がこの程度のはずはあるまい」


その言葉に目が覚めた。相手の黒い瞳を睨みつけ、下腹に力を込めて剣を外し、3歩飛び下がる。

そうだ。私が情けない姿を晒しては、カチュアが軽く見られてしまうのだ。


「内なる生命の精霊、我に疾風のごとき加護を。来たりて仮初めの力を与えたまえ!【身体(フィジカル)強化(エンハンス)敏捷(アジリティ)】!」


魔術を完成させるなり、懐に飛び込んで横薙ぎ。一度離れてから駆け抜けざまの切り上げ。もう一度一撃離脱・・・と見せての詠唱。


「母なる大地の精霊、数多あまたの塵となりて舞い踊れ!【砂塵(サンドブラスト)】!」


練兵場の乾いた地面から砂が舞い上がり、吹き付ける。ポーラさんも、近くにいた数名の軍人さんも片手を上げて顔を覆う。

その間に回り込んで背後からの一閃、これも振り向きざまに受け止められた。口元に笑みを浮かべている。カチュアといいこの人といい、一体どうなっているのか。


「面白いねぇ、お嬢ちゃん!」

「ええい、もう一度!【砂塵(サンドブラスト)】!」

「おや、また同じ技とはね。私の買いかぶりかな?」


砂塵に紛れた私を目で追おうともせず、ポーラ少尉は両手剣を下段に構えた。

私はそれを———身長の3倍ほどの高さから見下ろしている。上空から落下する私と、地上で待ち構えるポーラさんの目が合った。やはりこれも気配を読まれていた。


「ちょっと工夫が足りなかったねえ!」

「母なる大地の精霊、その優しき手に我を乗せよ!【落下(フォーリング)制御(コントロール)】!」


ポーラさんが振り上げた剣が届く寸前、私の身体は重力に逆らって急停止した。目標物のなくなった両手剣は宙を薙ぎ、私の剣が相手の肩口をとん、と軽く打った。宙返りして体勢を整え、着地する。


一礼して武器を返し、ようやくこの日の訓練が終わった。

解散!という声でほっと息をついた瞬間、後ろから大質量の何かにぶつかられて息が詰まった。ポーラさんが太い腕を私の首に巻き付けている。


「やるじゃないか、お嬢ちゃん。あとで付き合ってもらうよ」

「ど、どうも・・・」




その夜ポーラ少尉に呼び出された私は、士官用の談話室にて男女数人の騎士さんを相手に武勇伝を披露する羽目になった。

食人鬼(オーガー)との戦い、魔人族(ウェネフィクス)との遭遇、軍学校でのカチュアの様子。少しでも間が空くとコップに蒸留酒を注がれてしまう。


それらを無事に話し終えられたかどうかは分からない。酔いつぶれた私をカチュアが部屋まで背負ってくれたこと、翌朝ポーラさんに叩きのめされたことだけは覚えている。


「酒に強いのも実力のうちだよ、お嬢ちゃん」彼女はそう言って勝ち誇った。


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