15歳の学園生活(6)
のそり、とそれは姿を現した。教室の扉を狭そうにくぐる。
のし、のし、と教壇に上り教卓に手を掛けると、木製のそれはみしりと軋んだ。
コルネリス・フェリクス・エンゲルベルト学長先生、稀代の魔術師と呼ばれるこの人は、どう見ても魔術師ではなく格闘家の類だ。食人鬼もかくやと思わせるその体躯、胸板は厚く手足は太く、よく見れば巨大な拳は傷だらけだ。豊かな白髪と白髭が申し訳程度に「魔術師です」と主張している。
「アシュリー君」
「ひゃい・・・」
「声が小さい!!!」
「ひゃい・・・!」
「ラミカ君」
「はい」
アシュリーは椅子がかたかた鳴るほど震えて泣き出したが、どうやら出席をとっているだけのようだ。
先生は名前を読み上げながら私の席まで来ると、机に分厚い手を乗せた。机の表面が淡い光を発し、それが消えた頃には「バカ」「カス」「ブス」「使用済み」などという落書きが綺麗に消えていた。これは【浄化】の魔術の応用だろうか?やはりこの人は格闘家ではなく魔術師だったようだ。
・・・などと失礼なことを考えている私の机に、真新しい教科書がそっと置かれた。二重の意味で頭を下げる。
「さて・・・」
教室にかつてない緊張が走った。張り詰めた空間にアシュリーの椅子が震える音だけが響く。
先日まで私はアシュリー達に様々な嫌がらせを受けており、学長先生自ら解決してくれたのだ。今日この場で何が始まるというのか。
「君達は動物に魔術をかけたことがあるかね?」
私は少し慣れつつあるが、この突拍子のなさに皆は驚いたことだろう。全員の頭に「!?」というマークが浮かぶ。
「儂はある。ちょうど君達くらいの頃、犬に【睡眠】の魔術をかけて抵抗されたものよ」
ぶわっはっはっは!!!と一人で豪快に笑い、教卓をばんばんと叩く。気の毒な教卓がぎしぎしと軋むのも、皆の当惑も意に介さず話し続ける。
「魔術の媒体にしていた杖を野良犬が咥えて行ってな。とっさに【睡眠】を唱えたのじゃが生意気にも抵抗しおって、杖を持ち去られてしまった。そこで儂は考えた、犬ごときに抵抗されたのは何が原因だったのかと。原因は2つ考えられた」
先生は黒板に巨大な文字で「①媒体を奪われたため魔術の精度が落ちた ②動物には【睡眠】が効きにくい」と書き記した。
「まず①は当然ではあるが、媒体がなければどの程度精度や確率が落ちるのかを調べた文献は見当たらなかった。そこで儂は友人に頼み、互いに【睡眠】の魔術を何度も掛けて確率を出した。媒体ありの場合は100回中80回成功し、媒体なしの場合は100回中47回成功した。つまり媒体なしの魔術は4割程度確率が落ちるということになる。ちなみにその友人というのは、アシュリー、おぬしの祖父のアレクサンデルじゃ」
ぶわっはっはっは!!!とまた一人で豪快に笑った頃には、もうアシュリーは泣き止んでいた。それよりも皆が話の続きを聞きたがっている。
「次に②じゃが、牧場の牛や馬や羊や駱駝や駝鳥、果ては街角のカラスや雀にも【睡眠】を唱えてみたが、媒体なしで何百回やっても成功した。ついには『軍学校の生徒が動物を片端から眠らせている』と苦情が来て、アレクサンデルと二人でしこたま絞られたわ。ぶわっはっはっは!!!」
「しばらくして、儂の杖を盗んだ野良犬を町で見かけた。ここで会ったが百年目と、媒体なしで【睡眠】を唱えた。今度はあっさり成功し、奴は眠ってしまった」
「また儂は訳がわからなくなった。こいつが魔術に特別強い訳ではないのか?では最初に魔術を抵抗されたのは何だったのか?数千回、数万回試せば失敗することもあるのか?それとも【睡眠】ばかり実験しすぎて習熟してしまったのか?未だに答えは出ておらん」
「だが儂はこれを記録し、誰に笑われようとも研究を続けた。これが『知識の探求』じゃ」
「そしていくつかの本を著した。これらがあれば、わざわざ何百回と動物相手に【睡眠】を唱えるような馬鹿な真似をする必要もない。これが『知識の継承』じゃ」
「おぬしらには儂の知識を継承してもらう。この老いぼれが、いつあの世に旅立っても良いようにな。ぶわっはっはっは!!!」
学長先生はごきりと太い首を鳴らし、ゆっくりと全員を見渡した。
「さて、授業を始めるとしようか」




