15歳の学園生活(5)
コルネリス・フェリクス・エンゲルベルト学長先生はこのジュノン軍学校の出身で、20年ほど務めた宮廷魔術師の在任中に動力球の実用化、魔術無効領域常駐装置の開発など数々の功績を挙げた稀代の大魔術師である・・・とは物知りのカミーユ君から聞いた話である。
「ユイ君だね?そこに座りなさい」
野太く大きな声だ。入学式で遠くから見た学長先生は白髪と白髭が立派な老人だったが、間近で見るとかなりの偉丈夫だった。胸板は厚く拳は大きく、破壊魔術を唱えるよりも殴った方が早いのではと失礼なことを考えてしまった。
「教科書を破られたり、机に落書きをされたそうじゃな」
「はい」
「誰がやったのかわかるかね?」
「わかりますが証拠はありません」
「君が思ったままで良い。誰だね?」
「アシュリーさんと、その取り巻きです」
「そうか」
学長先生が大きく息を吸い込んだので、怒鳴られると思い身を固くした。やはり私が引き下がるしかないのかと思ったものだが、先生が発した大声も、その内容も予想以上のものだった。
「すまなかった!!!」
予想の数倍の声量を張り上げられて、私は文字通り飛び上がった。机の両端を掴んで頭を下げられたのでさらに混乱した。
「え、ええと、何だかすみません!?」
「すまなかった!!!」
多少声量は落としたものの、再び大声で謝罪されて私は逃げ腰になってしまった。いつでも逃げ出せる体勢で顔だけを学長先生に向ける。
「あの子の祖父とは古い学友でな。孫娘のアシュリーが我儘で困っている、甘やかしすぎたので性根を叩き直してやってくれ、と言われていたのだ。儂がしばらく学校を離れている間にこんな事になっていようとは」
鼻息荒く大きな拳を固める様を見て、急にアシュリーが気の毒に思えてきた。か弱い女の子の脳天にこんな巨大な拳骨を落とされたら命に関わるのではないか?
「この件、儂に任せてはもらえんか。悪いようにはせん」
「は、はい。お願いします・・・」
ふんす、と鼻から大量の息を吐き出し、学長先生は太い指を組んだ。
「ところでユイ君」
「はい!?」
「精霊感知、精霊操作、体内魔素量、総合魔力、いずれも12人中12位」
「・・・・・・」
「魔術自体も、古文字も独学で学んでいたゆえ学習が遅れている。間違いないね?」
「はい・・・」
それだけではない。歴史、地理、算術などの一般教養もすべて最下位だ。言い訳のしようがない。
「ふむ。よく・・・」
よくこんな成績で恥ずかしくないな、よくこの程度で魔術科に来たものだな、などという言葉を予想して再び身を固くしたが、またしても予想は外れた。
「よくぞここまで努力した!!!素晴らしい!!!」
「ええ!?何です!?」
この人は予想以上の大声で予想外の言葉を発するようだ。天然ボケのラミカちゃんと系統は一緒なのかもしれない。
「古文字を自力で解読した者など聞いたこともない。この程度の総合魔力で上級魔術が使える者など見たこともない。しかも師がおらぬという。一体どれほど、どのように学んだというのだ」
「子供の頃に図書館から捨てられた本を拾って、暗記するまで読んでいましたけど・・・」
「ふむ。何という題の本だね?」
「『基礎魔術指南書』です」
「ほうほう。おぬしはその本をどう思うね?」
「命の恩人です。おかげで何度も命を拾いました・・・が、一つだけ納得できない部分があります」
「ほう?」
「魔術の才に関してです。初級魔術を習得できるのは1000人に1人、上級魔術は10万人に1人・・・とありましたが、私に10万人に1人の才能があるとはとても思えません。習得できるか否かは才能ではなく、努力の量によると考えます」
「ふふふふふ・・・ふはははは!面と向かって反論されるなど、何十年ぶりかの」
「面と向かって?」
「その本に著者は書いていなかったかの?」
「表紙もページも抜け落ちていたので、著者は知りませんが・・・まさか」
「そこにはコルネリス・フェリクス・エンゲルベルトと書いてあったはずじゃ。命の恩人とは気恥ずかしいのう」
「・・・生意気言ってすみませんでした」
私は恐縮という文字通りに縮こまったが、学長先生は豪快に笑い飛ばした。
「どいつもこいつも大魔術師だ、宮廷魔術師だ、学長だと持ち上げるばかりで糞面白くもない。良いぞ良いぞ、気骨ある生徒というのは面白い」
「申し訳ありませんでした・・・」
「ユイよ、此度のことは儂に任せておけ。いつでも学長室に来るが良い」
「は、はあ・・・失礼します」
圧倒的な迫力に気圧されてしまったが、どうやら悪い結果にはならなさそうだ。
すっかり毒気を抜かれて学長室の扉を開けると、数人が折り重なるように倒れてきた。ロット君、カミーユ君、カチュア、ラミカ、プラたんが室内の様子を伺っていたようだ。
「みんな何してるの?」
「どうなった?退学とかじゃ?」
「たぶん大丈夫だと思うけど・・・」
学長室の入口でごちゃごちゃと話していると、中から恐ろしい声量の怒号が飛んできた。
「何をしておるか貴様ら!暇ならアシュリーを呼んで来い!!!」
「すみませんでした!!!」
しばらくして、凄まじい怒声が響く学長室から大泣きしたアシュリーが出てきたらしい。
中で何が起きたのか、彼女は誰にも語ることはなかったという。




